風花雪月場面切抜短編   作:飛天無縫

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 始め方がちょっと変則的です。
 後世で、昔こんなことがありました、と過去の出来事を語るように書いてます。


邂逅の卓、開戦の声

 戦変会談(せんぺんかいだん)

 それまで五年に渡って続いていた戦争の行きつく先のみならず、フォドラの文化や常識が千変(せんぺん)の如く大きく変わるきっかけになったこの会談を後世ではそう呼んだ。

 アドラステア帝国皇帝、エーデルガルト。

 レスター諸侯同盟盟主、クロード。

 帝国と同盟をそれぞれ率いる人物が同じ卓に着くという、歴史の転換点とも言える会談だ。

 

 和平のために設けられた会談だが、両陣営が如何にして連絡を交わし、この席を作ることができたのかは判然としない。

 

 ある日、リーガン家の使者がふらりと帝国を訪れ、皇帝の名の下にするりと招かれた使者が謁見を果たし、特に何事もなく使者はすんなり同盟へと帰還した……遺された資料からはそうとしか読み取れないので、当時から伝わる不思議の一つとしてたまに議論の的になる。

 士官学校で学んだ同期でもある二人は実は戦争中も密かに文を交わす仲だったなどと口さがない説もあるが、それならそれで文書やら逸話の一つでも伝わっていないのでただのゴシップだとすぐ分かる。

 戦争中だった当時である。厳戒態勢を敷いていたであろう領の奥の拠点にこっそり忍び込んで親書を届けられたりするようなスニーキングスキルの持ち主がいた、だなんて流石に考えにくい。

 何しろ時代が時代。当時のフォドラでは乗り物一つ取っても馬に頼り、空路もペガサスやドラゴンを運用していたのだ。

 体一つで国境をも越えてフォドラを横切れる人間が実在した……なんて想像に留めないと歴史家には一笑に伏されるだろう。どんな物語の登場人物だ。

 

 とにかく。

 1186年、弧月の節。場所はガルグ=マク大修道院。

 大胆にも帝国が抑えたフォドラの中心地で両者はまみえた。

 セイロス教の要地であるガルグ=マクは帝国に攻め落とされてから一度放棄されたが、会談の約半年前に同じ帝国によって復興が始められていた。

 同時期に皇帝エーデルガルトが発令したセイロス教を盛り立てる動きが始まっているので、この会談のように和平へ繋げられることを目的としていたと見られている。

 

 前節の天馬の節にあったセイロス騎士団による強襲を辛くも退けられた──この襲撃についても少々疑問があり、彼我の戦力差を考えると帝国側が不利だったにも関わらず両軍の損害が妙に少なく、局所的な天災に見舞われただの、ドラゴンが前後不覚に陥っただの、眉唾な説がある──ことで、帝国は誰に邪魔される心配のない万全な体制で同盟の盟主一行を迎え入れられた。

 それだけエーデルガルトが会談を熱望していたと言える。

 

 この会談の驚くべき点は、両陣営に武装が許されていたことである。

 エーデルガルトからの提案で「武器を帯びた身でも武器を抜くことなく言葉を交わせるようになることこそ平和への道である」として、参加者はあえて武装する運びとなったのだ。

 和平を目的とした会談。常識的に考えれば、相手を無用に刺激してはならないと非武装で臨むのが当たり前だとするもの。

 そこに出されたこの提案をクロードは快諾した。

 今や二つ名まで付けられた士官学校の同期も連れていき、ちょっとした同窓会みたいだという軽口を叩いたとも伝えられている。

 

 そうやってかつての学び舎があったガルグ=マクで対面することになった両陣営。

 どちらも和平に向けて積極的な姿勢で臨んだことが窺える。

 しかし、行われた会談はどうにも平和的とは言えないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドゴッ!!──テーブルを殴りつける音が鈍く響く。

 

「……断る。論じるまでもないわ」

 

 エーデルガルトが硬い声で言い放った。

 対面のクロードは表情を変えず、軽く微笑むだけ。

 

 会談の場に使われた講堂は重苦しい空気に包まれていた。それまでは決して和やかとは言い難いものの歩み寄ろうとする雰囲気はあったのだが、一瞬で塗り替えられてしまった。

 クロードの提案と、エーデルガルトの即答。

 分かる人ならこうなるだろうとすぐに分かる問答で流れは変わった。

 

 元々こんな空気ではなかったのだ。

 初めの方は間違いなく和平に向けた話し合いができていたのに。

 

 ………………

 …………

 ……

 

 今回の会談のためにガルグ=マクを訪れた同盟の一行を、帝国側は皇帝自らが出迎えるという形で相手への歓迎の姿勢を示した。

 表情に緊張はあっても会談への意気込みを感じさせる面々の中で、にこやかに挨拶を交わすクロードとエーデルガルトがやや浮いているくらい二人の態度は落ち着いていた。

 

『よう、久しぶりだなエーデルガルト。元気にしてたか?』

『誰目線なのよ……まあ、それなりにね。そういう貴方は随分と機嫌がよさそうね』

『そりゃあな。武力でどんぱちやり合うより、こうして交渉のテーブルに着いて言葉でやり合う方が俺の性に合ってるからよ、気合い入っちまって』

『でしょうね。口先で同盟をまとめ上げた【卓上の鬼神】の弁論、相手にとって不足はないわ』

『その呼び名はやめてくれ……酷いと思わないか? こーんな愛想の良い男前を捕まえて鬼神呼ばわりなんて、誰が言い始めたんだか』

『あら、箔のある二つ名じゃない。私は格好いいと思うわよ?』

『あー、そうだな、お前は好きそうだもんな、こういうの』

『……どういう意味かしら』

『派手な色合いとか、思い切った行動とか、好きだろ。帝国の動きなんか見てると、やる事なす事がとにかく派手だなって感じるぜ』

『褒め言葉だと受け取っておくわね……とにかくクロード、良い話ができると期待しているわ』

『おう、よろしくな』

 

 顔を合わせて最初のやり取りだけ見ても、五年にも渡る戦争を続けてきた相手とは思えないくらい穏やかな雰囲気で、何事もなく士官学校を卒業した同期が久しぶりに再会したと言っても通じそうだった。

 

 連れてきた他の同期、元金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)の面子も同じように元黒鷲の学級(アドラークラッセ)と顔を合わせ、戦場ではない場所での再会を喜ぶ。

 

『ラファエルー! 元気に筋肉してっかー!』

『おお、カスパル君! オデの筋肉はバチバチだぞ! カスパル君はどうだ?』

『もうバリバリよ! こないだ先生にビシビシに鍛えてもらったからな!』

『ビシビシか~、いいな~。オデも久しぶりに先生の訓練やりてえな!』

 

 笑顔で駆け寄ったカスパルと、ハイタッチで応えるラファエル。

 

『久しぶり、会いました、イグナーツ。緊張、なくすこと、できませんか?』

『あ、ペトラさん、お久しぶりです。すみません、どうしても身構えてしまって……せっかく和平に向けて歩み寄ろうとしてるのに』

『緊張、無理に抑える、逆効果、あります。あなた、意気込む、会談の成功、わたしは感じます。それ、よいことです』

『そう言ってもらえると助かります……ところでペトラさん、五年前より言葉遣いが随分滑らかになりましたね』

『はい。わたし、鍛錬止めません。体も、言葉も、成長します。イグナーツも、声、低くなりました。男らしい成長、よいです』

『あはは……僕は遅めの声変わりをしただけですけど』

 

 緊張を隠せないイグナーツを、微笑んではげますペトラ。

 

『リシテアちゃん久しぶりね~! 綺麗になっちゃって~』

『ああもう、ドロテア、勝手に抱きつかないでください。私達って一応まだ敵対してるんですよ』

『背もかなり伸びたわね~……ひょっとしてエーデルちゃんより高くなった?』

『そうなんですか? それは……嬉しいですね。私も大人になりました。ふふん』

『お化粧もばっちりで綺麗な大人になったわ。膝の上に乗せてた頃が懐かしい~』

『いやあんたの膝に乗ったことなんてありませんからね!』

 

 躍るように手を取ってはしゃぐドロテアに、呆れながら振りほどかないリシテア。

 

『やっほ、フェルディナント君。活躍聞いてるよ。元気そうだね』

『御機嫌ようヒルダ。貴女の素晴らしい武勇も私の耳に届いているよ』

『あはは~、不本意ながらやらかしてまーす。ちなみに、そっちの方でさ……』

『ローレンツとマリアンヌのことだね。二人のことなら心配いらない。エーギル家は力こそ失ったが、友人を放り出すほど落ちぶれてはいないよ。むしろ二人の積極的な活動に私の方こそ頭が下がる思いさ』

『……どっちも元気にしてるんだね。よかった』

『いずれ二人が同盟に戻り、また貴女達と足並みを揃える日が来るだろう。その時のために、帝国にいながら同盟でも通じる実績作りをしようと尽力しているよ』

『っ! ……そっか。戻ってくるんだよね』

『そのためにも、今回の会談を成功させねばなるまい』

『うん!』

 

 挨拶がてら帝国に行ったローレンツとマリアンヌの様子を聞いてみたヒルダに、立場では二人を保護する役のフェルディナントは嬉しそうに話す。

 

『やあレオニー』

『リンハルトか……何か用か?』

『なんだが物々しい雰囲気だからさ。気にかかることでもあるのかなって』

『珍しいじゃん。やる気もないし他人にも興味を持たないあんたが、わざわざあたしの顔色を気にするなんて』

『今から和平会談だっていうのに、そんな顔をしてたら目に付くよ』

『……本当に珍しいな。あんたはこの会談に前向きなのかよ』

『そりゃあ戦争なんていう物凄く面倒臭いことが停められるかもしれないからね。そうすれば僕ももっと研究に没頭できるようになる』

『あーそーかい。結局自分のためかよ』

『もちろん。それで、会談の前にその顔色を変えることはできるかな?』

『……ほっといてくれ。みんながみんな、和平に前向きなわけじゃないんだ』

『ふーん、変えられないか。なら仕方ないね』

『あ、おい……相変わらず貴族らしくない奴だな』

 

 棘のある雰囲気を漂わせるレオニーに声をかけるも、あっさり離れるリンハルト。

 

 各々が挨拶を交わしながら大修道院に入っていく様は、一部含むところがあっても仲が良いように見えて、この後の会談へは悪くない雰囲気で臨めると期待できるものだった。

 少なくとも、彼らに続いて元生徒へ挨拶しに行ったベレトにはそう感じられた。

 

『おお、ほんとに先生だ! 久しぶりだなあ! もう会えねえかと思ってたぞ!』

『また先生に会えるなんて……嬉しいです!』

『死んだかと思ってましたよ。ま、先生ならひょっこり戻ってきても不思議ではありませんけど』

『せんせーのそのぽけーっとした顔、全然変わってなーい!』

『生きてたならもっと早く出てこいよな……ったく』

 

 元生徒の顔ぶれを見て、彼らが強く逞しく成長したことを嬉しく思うのと同時に、やはり自分だけ取り残されたような気持ちがある。

 それでも自分の生存を祝い、立場では敵対しても再会を喜んでくれる姿を見ていると、やはり敵だからと安易に踏みにじる道を選ぶことはできないと内心で決意は高まるのだった。

 

 そうして準備を整え、講堂に集まった彼らは全員が武装していた。その気になればすぐにでも戦闘を始められる格好で会談に臨む姿は、和平を求める会談にはそぐわないちぐはぐした印象である。

 その印象は前例がないからだと無視して、いよいよ帝国と同盟による和平会談が始められた。

 

 エーデルガルトの傍に控えて話を聞くベレトは、正直なところ、意味が分からないやり取りが多くて困ってしまった。

 

 戦争を仕掛けた帝国側が負債を多く受け持つことになると事前にヒューベルトから聞いていた。なので和平のための落としどころは帝国が多めに負担することになるのは分かるのだが。

 国境の税関、〇〇領の税収、〇〇の貴族の処遇、穀物等の融通、平民の感情整理のために布告する文面、対パルミラへの影響、フォドラの首飾りの次回改修のための出費、ガルグ=マクから同盟へ通じる山道の整備、エトセトラ……

 どれも大事だと分かっても、どう大事なのか、どのように決められるものなのか、いまいち分からず内心首を傾げることばかり。

 

 加えて予め「先生に政治的判断は期待しておりません。貴殿はエーデルガルト様の御心を支える存在でいてくださればそれで結構」ともヒューベルトから言われているので、はっきり言ってこの会談でベレトが発言する必要はないに等しい。

 元より貴族の名前にすら疎かったベレトが政治の分野に口出しできるとは思えないのはその通りなので、エーデルガルトからも会談は任せてほしいと言われている。

 

 そういえば傭兵時代に国境を通る時も、関所とかでのやり取りはいつも父さん達に任せ切りで当時の俺は何も考えず通っていたな──とか。

 教師になってからも所属はセイロス聖教会だとして、国境を越えて移動する時も気にすることなくいられたのは色々免除されてたんだな──とか。

 今まではエーデルガルトのために傭兵の自分にできることに手を付けていたが、今後はより彼女を支えられるように政治のことも勉強すべきか──とか。

 

 頭の隅でつらつらと考えながらベレトは会談の場を見渡す。

 

 エーデルガルトも、クロードも、他の面子も、表情は落ち着いたものだ。

 不満を露わにする発言はなく、特に騒いだり、逆に黙り込むようなこともない。

 話の内容は大雑把にしか理解できないが、少なくともベレトの目には会談は順調に進められているように見える。

 なので会談の内容は耳に入れる程度で進行などはすっかり任せてしまって、自分は彼ら一人一人の様子に注意を払うことに集中した。

 

 ──結果から言うとベレトのこの判断は大正解だった。

 

『とまあそんな具合だが、帝国からの要求は他にないってことでいいんだな?』

『ええ。今話した通り、戦火による負債と経済の支援を約束するわ。対パルミラのための武力支援も含めてね』

『なんか聞いてるとまるで帝国が敗戦したような扱いだよな。そんな約束しちまっていいのか?』

『必要なことよ。この五年でフォドラに大きな負担を強いてきたのが私の咎。それを少しでも返すために帝国が荷を負うのは、皇帝たる私の判断。誰にも異を唱えさせないわ』

 

 探るようなクロードの言葉にも毅然とした態度を崩さないエーデルガルト。帝国を率いる皇帝として、己の決定に恥じるところなどないと伸びた背筋が物語る。

 

『そうかそうか。いやー、さっすが皇帝陛下。太っ腹でいらっしゃる』

『その言い方はやめてほしいのだけれど……』

『じゃあその太っ腹ぶりに甘えて、後一つだけ要求追加しちゃいましょうかね』

『まだ他にあったかしら?』

『この頼みを聞いてもらえるなら他はこっちで何とかするってくらい大事なことなんだが、言うのが遅れちまったよ。悪いね』

『だから、その頼みは何なのか言いなさい』

『簡単なことさ。()()()()()()()()()()()()?』

 

 その問いかけに、エーデルガルトは拳を振り上げることで応えた。

 

 ……

 …………

 ………………

 

 よほどの怪力が込められていたのか、叩きつけたエーデルガルトの拳がテーブルを陥没させてしまい、表面のヒビが向かい側まで伸びる。

 目に見えて分かる決裂の証により、講堂の空気は一変した。

 

 苛烈な目でエーデルガルトに睨まれても、対するクロードは落ち着いていた。

 軽く言い放った態度のまま、浮かべた微笑みも崩さない。まるでこうなるのを想定していたように。

 実際に想定していたのだろう。エーデルガルトにあんなことを言えば断られることなど、彼女を知る者ならすぐに分かるから。

 

 エーデルガルトがここまでの激昂を露わにしたことに驚いた面々は、場の空気が変わったのを感じて即座に緊張を身に纏った。武装も相まって戦闘前にも似た張り詰めた雰囲気が漂う。

 ある者は拳を固め。

 ある者は掌で魔力を練り。

 ある者は武器に手を伸ばし。

 

「そこまでばっさり断らなくてもいいだろ。考えてくれてもよくないか?」

 

 そんな中でも微笑んだ表情を変えないクロードはどこか不気味だった。

 

「必要ないわ。私が(せんせい)を手放すわけがないのは分かるでしょう」

「そりゃああんたの個人的な気持ちだろ。帝国と同盟の和平会談で持ち出していいことじゃないんじゃないか?」

「何と言われようと返事は変わらないわ。師は渡さない」

「皇帝の発言とは思えないね。言ってしまえば平民の技術者を一人派遣させるようなものだろ? 先生の行動範囲が同盟にも広がって、そっちにとってもいいことだと思うんだが」

 

 緊迫した空気の中で、頭の後ろで手を組むという無防備な姿を晒すクロード。エーデルガルトの激昂を前にしても崩れない余裕に注目が集まる。

 

「……どういう意味かしら」

「俺らが帝国の動きを何も知らないと思ってるのか? この数節であんたらが大幅に変わったのは先生が帰ってきたからだろ。こんな短い時間で帝国を変えてみせた有能な人材、その活動を一つの国に限定させるなんてもったいないじゃないか」

 

 優秀な人物には相応しき立場を。より広く、大きな活動ができる支援を。

 士官学校にいた時からエーデルガルトが掲げていた公約とも言える理念であり、彼女が目指す社会の理想像。

 それに準ずるなら、ベレトほどの有能を一つ所に押し留めるのは人材の無駄遣いに他ならない。彼はもっと広く活躍するべき人物である。

 

 帝国だけでなく、同盟にも、ゆくゆくは王国にも人々が問題なく行き交えるように計らうこともこの会談の目的だ。将来的に目指す形を見据えてベレトをモデルケースにしたい。

 ベレトなら国の違いなどに囚われることなく動いてみせるだろう。セイロス教の聖人でもある彼が率先して国境を越えた活動をしていけば、それを見た人々の意識も変えていきやすい。

 

 ベレトがエーデルガルトの支えになっているのは分かる。

 会談で発言を求められるわけでもないのに、今も彼女の傍に控えてそこに存在するだけで大きな励みになっているのだろう。もちろん帝国にはセイロス教が認めた聖人がいるのだぞという公的なアピールも兼ねているのだろうが。

 しかし、帝国の頂点に立ち、多くの民を率いて世界を変えんとする皇帝が、たった一人に固執して手元に置いておきたがるなど外聞が悪いというもの。

 

「しかも先生は今でも無位無官らしいじゃないか。帝国を離れたって特に支障はないだろ?」

「それは! 特定の立場に縛ることで師の動きを妨げるなんてできないから!」

「そう、そこだよ。エーデルガルトだって先生が動きやすいようにって配慮できてるじゃないか。なら同盟まで活動範囲を広げるのはむしろいいことだ」

「……っ! それは、そうかもしれない、けど……!」

 

 それまで整然と話ができていたのに、ベレトのことになると途端に心が乱れる。

 エーデルガルトが思わず目を伏せてしまったのを見て、クロードは僅かにだがにやりと笑った。

 

「聞けば先生は帝国におけるセイロス教の顔役としてあっちこっちに顔を出してるんだろう? 皇帝の隣に立って演説に付き合ったり、その腕っ節で暴動を鎮めたりして大活躍。いいことじゃん。是非その腕を同盟でも振るってほしいもんだ」

「…………私が、師の足枷になっていると?」

「違うとでも?」

 

 絞り出した言葉を軽く一言で返され、エーデルガルトは二の句が継げなくなる。喉が詰まり、歯を食いしばるのみ。

 

 考えたことがなかったわけではない。

 

 レアより私を選んでくれた師。

 教団を出て帝国に来てくれた師。

 私の心を支えてくれた師。

 そうだ。私は彼を欲している。手放すなんて想像すらしたくない。ずっと傍にいてほしい。彼と離れてしまう道はきっと選べない。

 こんな私の下に縛り付けることが師の邪魔になっているのでは?

 士官学校での彼の活躍を思えば明らかではないか。学級どころが国の垣根を越えて多くの人から慕われた彼を、私はただ個人の情で囲っている。

 この私情は、師にとって足枷だ。自由人の彼には重荷であるに違いない。

 それでいてこの枷と言える繋がりは、私の拠り所であり、悦びなのだ。

 師が欲しい。一度知ってしまったからにはこの気持ちを捨てられない。この気持ちを知らなかった頃の私には、もう戻れない。

 でも、その私のせいで師の道を阻んでしまうのは……嫌だけど、それでも彼を手放せない。彼が離れてしまう道なんて……

 

 言葉を詰まらせ、目を伏せてしまうエーデルガルト。

 それは世間で語られる鋼のような力強い皇帝には見えず、まるで怯える幼子を思わせる姿で、目の当たりにした会談の参加者は目を見張った。

 明らかな弱みだと言える姿。皇帝が人前で晒していいものではない。ましてや会談の真っ最中である今。

 

 そんなエーデルガルトと、目を細めて微笑むクロードを見て、ヒューベルトは顔に出さないまま焦燥にかられる。

 

(いけませんね……先生を絡めて言いくるめられて、場の流れが完全にクロードに握られてしまっている……強引にでも口を挟むべきか……)

 

 帝国と同盟の長同士が仕切る話し合いに、会談の参加者とは言え、急な口出しは不敬に取られる恐れがある。これは宮内卿のヒューベルトであっても例外ではない。それくらい会談の空気とは繊細なものなのだ。

 しかし、このままエーデルガルトを放っておくわけにはいかない。無理やりにでも流れを断たなければクロードの思うままに話を進められてしまう。

 

 そう意を決して口を開こうとしたヒューベルトだが、それより早く視界の中で動いた人物を見て動きを改めた。

 エーデルガルト様の御心を支えてくださる存在──自分が願ったことを彼ならやり遂げてくれると信じられたから。

 

「発言をいいか?」

 

 国の行く末を決める重要な会談。

 王の器の持ち主同士の話し合い。

 並の神経であればとても割り込めない空気でも、いつもの無表情を変えることなく挙手したベレトが訊ねた。

 

「おう、いいぜ。どうした先生」

「師……?」

 

 おもしろそうに許すクロードとは対照的に、焦りを隠せていない顔でエーデルガルトは隣を見上げた。

 彼女の視線にはあえて反応せず、許可を得たベレトはおもむろに席を立つ。

 

「まず、そんなにも俺を高く評価してくれてありがとう。傭兵としては実力を認められるのは一種の誉れみたいなものだから、褒めてくれるのは嬉しい」

「うん? あんたのことを知っていればこれくらい妥当な評価さ。それに同盟に来てほしいってのも本音だぜ。それだけの影響力があんたにはある」

 

 ベレトが口にしたことが意外だったのか、軽く首を傾げるクロードだったがお世辞ではないと念を押す。かつての友誼からではなく本心でベレトが欲しいのだと。

 

「で、どうだい先生。俺達のところに来てくれよ」

「いや、俺はエーデルガルトの傍にいる」

 

 故に、こうもさっぱりと爽やかに断られてしまっては、さしものクロードと言えど二の句が告げぬというものであった。

 

 安堵と歓喜に顔を輝かせるエーデルガルト。

 冷や冷やさせてくれると溜息を吐くヒューベルト。

 他にも様々な視線が向けられるベレトに、頬をひくつかせながらクロードは何とか口を開く。

 

「お、おう、そうか……いや、そこまでばっさりだとは思わなかったな」

「そうだったか。驚かせてすまない」

「……理由は、聞かせてもらえるかい?」

 

 ベレトのことだ。金だったり権力だったり、皇帝に取り入って甘い汁を啜ろうなどと俗物めいた目的があるとは思えない。そんな人間ではないからこそ彼は魅力的なのだ。

 彼なりに真剣にフォドラを想った結論としてエーデルガルトに付くことにした。その理由を聞くくらいは許されるだろう。

 

「答える前に、俺から一つ訊ねたい」

「先生が俺に?」

「クロード。君の野望は何だ?」

 

 再び、言葉に詰まる。

 このようにして度々こちらの口を凍らせるような鋭い指摘をしてくるのがベレトの難点である。そこがまた彼のおもしろいところでもあるのだが。

 

 この場で言っていいことなのか。

 少なくとも公の場でうかつに出していい話ではない。受け取り方次第では全ての人を敵に回しかねない。クロードの野望はそれくらい突拍子のない話だ。

 しかし、この野望をベレトはもう知っている。その彼から訊ねられては誤魔化しも通用しない。

 

「……フォドラの壁を壊すことさ。ここの連中は人種だの常識だのに縛られて、その向こうにあるものをしっかり見ようとしない。そんなのもったいないだろ。手を取り合えば今までにない新しい世界に辿り着けるかもしれないのに、すぐ隣の奴にも手を取るどころか排他的。俺にはそれがもどかしくて仕方ない」

 

 五年前にベレトに教えた自身の野望。それは今でも変わっていないとクロードは語る。まさかここで暴露させられるとは思わなかったが、ベレトの眼差しから目を逸らしてはいけないと感じた。

 彼を欲するならば。彼と並び立とうとするならば。今正面から受けて立たねばならないだろうから。

 

 そんなことを考えていたのか、という視線が自分に殺到するのを感じながらクロードは続ける。

 

「例えば、昔フォドラを侵略しようと攻めてきたダグザとブリギットの連合とそれを撃退した帝国が今は手を取り合って新しい関係を築けているだろ? 俺としちゃあ羨ましい話さ。それと同じように、長い間戦争を続けてきた俺達だって手を取り合って新しい関係を作れる道はあるんじゃないか?」

 

 近年、帝国が国力を増した政策の原動力の一つにブリギット諸島との交易がある。ブリギットの姫ペトラが率先して動いたこともあって、この五年だけで人も物も随分動いたと聞く。

 最初に縁が繋がった切欠が侵略目的の戦いだったというのに、それが今では海を越えて貿易できるほどの仲になるとは。

 クロードからすれば理想が形になったと言える関係だった。

 

「うん。帝国とブリギットの間にあった壁が崩れて、新しい風が吹き込んで今の関係が作られた。クロードが目指していた世界が作られ始めたんだな」

「そうだろ? 先生も分かってるじゃないか。なら──」

「だがクロード。未来を見据える君は、人を見ているか?」

 

 肯定されて嬉しくなるクロードだったが、続けてベレトが指摘した。

 人を見ているか──はたと言葉を止めて耳を傾ける。

 

「侵攻してくるダグザとブリギットの連合軍を、帝国はベルグリーズ伯が率いる軍で迎え撃った。その連合軍の中にペトラの父がいた。そしてその連合軍はベルグリーズ伯によって撃破された。そこでペトラの父も含む多くの人が殺された。同じように、帝国側にも多くの犠牲があった」

「……」

「分かるか? 帝国とブリギットの間に最初に生まれたのは怨恨なんだ」

 

 静かに話すベレトの声を聞いていると、会談の場がまるで歴史の授業をしている教室に思えてきた。

 

「以後は帝国とブリギットの上下関係が固まった。明確に下になったブリギットからペトラがフォドラに来た理由は、分かるだろう」

「実質的な人質、だよな……ブリギットに反抗させないための」

「そうだ。帝国の言うことを聞かせるための人質だった」

 

 クロードが出した答えに頷くベレト。

 そのまま顔は動かさず視界の中にいる同席するペトラをこっそり見ると、彼女は小さく目を伏せつつも伸びる背筋は変わらなかった。

 

 敵地である帝国に単身送られることになり、言葉もろくに通じない異国で生きていかなくてはいけないという辛い過去だったろうに。その話をベレトが持ち出しても、懐かしそうに微笑んですらいる。

 それはペトラの中で、怨恨から始まったに違いない帝国との関わりが、今では笑顔で受け止められるくらい良いものになっている証だった。

 

「ペトラだけじゃない。ベルグリーズ伯の息子であるカスパルも、とても悩まされていた。仲間であるペトラとどう接すればいいか、憎しみを自分が受け止めなければいけないか、困っていたそうだ」

「あー、まあ俺の場合は個人的な感情っていうか事情っていうか、あんま大した話ってわけじゃないけどよ」

「違います、カスパル。あなたの気持ち、嬉しく思います。それ、心遣い、言う、わたし、知っています。そのあなた、仲間、思う、わたし、誇らしいです」

 

 気まずそうに頭をガリガリ掻きながら笑うカスパルへ、そんなことはないとペトラが伝えた。

 続けてペトラはクロードに顔を向ける。

 

「クロード、聞いてほしい、願います」

「ああ、何だいペトラ」

「わたしの心、帝国と、カスパルの父、憎さ、ない、ありえません。しかし、わたしの仲間、好きな気持ち、あります。共に、戦う、生きる、本心です」

「……憎しみがあっても、それを打ち消す友情があるってことか」

「はい。わたし、ブリギットの未来、背負います。いずれ、帝国、エーデルガルト様、並び立つため、成長する、求めます。それ、わたし一人、できる、違います」

 

 人は人と関わることでしか成長できない。個人で努力しても必ず蓋に阻まれる。

 ベレトが彼自身が体感して得た成長のコツ。それを教わったペトラは積極的にベレトを、そして周りの仲間を頼った。

 

 ヒューベルトには何かと主と比較されて負けるものかと奮起させられた。

 フェルディナントとは武具にまつわる歴史と研鑽を学べた。

 リンハルトからは思いもよらない視点と知恵をもらえた。

 ドロテアとは故郷を語る誇らしさと国を越えた他者への友愛を知れた。

 ベルナデッタには逆に自身の技と心得を教えて成長を与えられた。

 そしてカスパルとは憎しみをも克服できる絆を結ぶ喜びを得られた。

 

 楽観的に生きるのとは違う。過去の痛みを忘れることなく、よりよい未来を目指してペトラは成長してきたのだ。

 

「仲間いる、わたし、成長する、できました。帝国いる、ブリギット、成長する、できました。それ、似ている、思います。いつか、並び立つ、向かい合う、握手です」

 

 過去は消えない。怨恨も憎しみも消すことはできない。

 それでも耐え忍び、人との繋がりを持つことができれば新しい何かが得られる。

 そういった理念を知識としてではなく己の血肉としてペトラは体得していた。

 

 それはまさにクロードが思い描く野望の在り方である。

 しかし、その大前提として考えなければいけないこともある。

 

「クロード。君の野望は俺も応援したい。だが、そもそも壁とは何なのか考えたことはあるか?」

 

 間を置かずベレトは続けて訊ねる。授業を思わせる厳しさで、鋭く、逃げ場を残さないように。

 

「心情的な壁……ってのとは、先生が言いたいのは違うか」

「ああ。この講堂の壁だったり、大修道院の門、ガルグ=マク周辺の城郭、家屋を囲む柵、そういうものが何のためにあるか、分かるか?」

「人の目を、行き来を遮るためのもの……侵入を阻む、防御のための障壁」

「そうだ。遮る、阻む、防御を目的としたもの。つまりは身を守る盾であり、鎧だ」

 

 それを壊すということは、外敵に無防備な姿を晒させるようなもの。

 裸に剥かれそうになれば抵抗されて当然なのだ。

 

 自ら襟を開いたところで、相手が必ず同じように応じてくれるわけではない。

 懐を見せてもいいと相手に信頼してもらうのが先。

 そういう信頼がないまま壁を壊してしまえば、待っているのは衝突だ。

 

「壁を壊した先の未来を見るのは、いい。けどクロード、君はそこに生きる人を見ていないように思える。人を軽んじてしまえば少なからず痛みが生まれる。そんなことにはなってほしくない」

「……っ」

「だから、クロードは壁を壊すより先に、壁を越えた向こう側で人との信頼を作ってほしい。聡明な君ならきっと俺に言われなくても気付いて、同盟の内側からフォドラを変えていけると思う。そしてそれは()()()()()()()()()()()()だ」

「……先生がそこまで帝国に付くのは、何のためだ?」

「エーデルガルトを守るため」

「ははっ、だよな。あんたはずっとそうだもんな」

 

 振られちまった、と笑うクロード。話が決着したのを感じ取ったエーデルガルト達はそれぞれが安堵の溜息を吐いた。

 

 ベレトはソティスの言葉を思い出していた。

 フォドラの地は泣いている。人々は苦しんでいる。それを救えるのはベレトだけだという。

 しかし、ベレトは自分一人で全てを救おうとは思っていなかった。

 それどころか、救えるのならそれは誰がやってもいいとさえ考えていた。

 

 一人で指導も勉強もと張り切っていたら、生徒を疎かにしていると父に叱られた。

 一人で復讐に先走ったら、独走の代償にソティスがいなくなってしまった。

 一人で生徒を守ろうと戦ったら、どこにも手が回り切らず半端な結果になった。

 

 ベレトは自分一人にできることなんて少ないのだと分かっている。いくら強いと持て囃されようと、どんなに力を尽くそうと、個人で為せることなど高が知れているという現実を理解している。

 だからこそ、ベレトは自分にできることを考える。自分が本当にやりたいことを考える。

 

 エーデルガルトの覇道が、クロードの野望が、多くの人々を救うことに繋がるのならそれを支えよう。

 その道中で自身の目的──エーデルガルトを守り、彼女が幸せに生きていける世界を創る──を果たすことができるのなら、きっとそれが最良なのだ。

 ベレトはそう信じていた。

 

「あーあ、参ったな。まさか先生に論破されるとは思わなかったぜ。あんたこういうのは苦手だったはずだろ」

「得意ではない。俺にできるのは正直に応えることだけだ」

「そうかい……誠実に勝る説得はなし、か。今後の教訓にさせてもらうよ」

 

 天井を仰ぎ見ながら、降参と言うように諸手を上げるクロード。言葉とは裏腹に表情は楽しそうで、苦い色は見えなかった。

 

 ただ、話がこれで終わったわけではなく。

 

「しかし、それはそれで困ったな。これじゃあ同盟と帝国の和平はご破算だ」

「なっ……どういうこと!? 確かに師は渡さないけど、帝国が様々な補償をするという約束に変わりはないわ!」

「ああ、それはすごくありがたい話なんだが……こっちも事情があってね」

 

 エーデルガルトが慌てて問い詰めるが、クロードは軽い調子で続ける。

 

「議会で貴族連中から言われてんのさ。この会談で帝国から金や支援を引き出せるならそれに越したことはないが、それらを差し置いてでも『聖人ベレトを確保せよ』とね」

「え……何それクロード君、あたし知らない、あたし達それ聞いてない!」

「教えるわけにはいかないだろう。だってお前ら、誰も腹芸できないじゃん」

 

 続く言葉を聞いて、今度はヒルダが声を上げる。そんな大事な通達、同じ会談に臨む自分達は聞かされていない。

 目を剥いて問うてもクロードに軽く返されてしまって押し黙る。事実、真の狙いを隠したまま会談の席に着き、和平を結びつつベレトを誘う交渉をするとなれば仲間達には荷が重いのが正直なところ。

 ラファエル、レオニーは言うに及ばず。才女のリシテアも内心を隠す貴族めいた振る舞いには長けていない。商家の出であってもイグナーツは腹の探り合いは苦手と聞く。そしてヒルダ自身も、エーデルガルト相手に通用するような交渉術はない。

 ここにローレンツがいれば話は違ったかもしれないが……

 できないと分かっている腹芸ならクロード一人に任せてしまった方がいい。それが理解できてしまうので口の中で声にならない唸りを転がすしかなかった。

 

 同盟側の参加者が言葉を失い、帝国側の参加者もまさかそのような事情を抱えているとは思わず追及が止まる。

 ベレトのためなら他の条件は全て放棄しても構わないというのだ。同盟の議会はそれほどの価値を彼一人に見出しているのか。普段はベレトが評価されれば鼻高々になるエーデルガルトすら唖然としてしまう。

 

 だが、ベレト=アイスナーという存在が切欠となってフォドラに生まれた変化を思えば理解できなくもない。

 【灰色の悪魔】の二つ名を持ち、英雄の遺産を操り、それがなくても個人の実力は超一流のそれであり、さらには軍を動かす手腕までも優れる。そんな戦力的価値。

 皇帝を公私共に支え、助言し、時には諫めて導くご意見番であり、帝国の次代の有力者達にも教師として意見できてしまう。そんな政治的価値。

 炎の紋章の持ち主で、大司教レアが直々に認めた聖人の称号を賜り、翠の髪と翠の瞳というレアに並ぶ存在。そんな宗教的価値。

 これほどの価値がベレトにはある。

 

 そのベレトが同盟に属すれば?

 東のパルミラへの対抗戦力。

 同盟を発展させる影響力。

 教団を抱えた王国に負けない宗教力。

 彼一人迎えるだけでこれらが一気に手に入るのだ。

 

 当の本人が「ただの傭兵が出世したものだ」と他人事のように考えているのはさて置き。

 

「先生をもらう、この条件を通すことが同盟議会の意思だ。それを断られちまったら和平が成立しないのは……分かるだろ?」

「……変えることはできないのね?」

「できないな。悪いが、皇帝様と違って盟主にそこまでの権限はないもんでね」

 

 分かっていても重ねて問うエーデルガルトに、分かっていた答えを返すクロード。

 

 必須の条件を撥ね退けてしまえば交渉は決裂する。当然のことである。

 それが当然だと分かっていても、和平が叶わないことに苦い空気が広がった。

 

 重苦しい沈黙が講堂に広がる中──突如、事態は急変する。

 

「じゃあもう我慢しなくていいよな」

 

 そう呟いて。

 槍を手に取ったレオニーが弾かれたように飛ぶ。

 一瞬でテーブルの上を横切り、エーデルガルトに向けて一閃を繰り出したのだ。

 

 決裂したとは言え、和平を目的とした会談の場。

 武装していても得物を納めたまま終わらせるのだと考えていた者は、それを無視して起こる凶行に意識が追いつかなかっただろうが。

 思考の一部でずっと参列する全員に注意を払っていたベレトだけが反応できた。

 エーデルガルトに突きこまれた槍を横から、穂先の根元を掴んでテーブルに突き刺させることで防いでみせた。

 

 間一髪の横入り。ベレトが掌を小さく切っただけで済んだが、後僅かに遅れてしまえば歴史が変わっていたかもしれない。

 先ほどエーデルガルトがテーブルを殴ったのとは比較にならない暴挙。

 あわや全てが終わりかねなかった事態に、帝国側は色めき立つどころではなく一気に戦闘の緊張が走る。同盟側も同様で、続々と席を立って武器を構える始末だ。

 

「おいこらレオニー、何してんだよ!?」

 

 たまらずクロードが叫ぶが、当の彼女は槍を突き出した体勢のまま動く動こうとしない。踏み込んでそのままエーデルガルトを、そしてその前に立ち塞がったベレトを睨んでいる。

 

「……何で」

 

 やがて小さく溢したレオニーの声は、締め付けられたように苦しげなものだった。

 

「何であんたがそっちにいるんだよ……!」

「レオニー……」

「師匠を殺した奴がいる帝国に、何でよりにもよってあんたが味方するんだ!! 奴らと帝国が繋がってるなんて明らかじゃないか!? 先生だって知ってるんだろ! こいつらが怪しい組織と協力して、五年前の時も暗躍していたって! 帝国なんか、師匠の仇も同然だ!!」

 

 レオニーの叫びには、怒りと、悲しみが籠っていた。

 

 師匠とは彼女の傭兵としての師、ジェラルトのことである。

 幼少の頃、レオニーの故郷のサウィン村へジェラルト傭兵団が依頼のために訪れた際、密猟者を軽々と退治したジェラルトを慕ったことで師弟関係を結んだのだ。教えを受けた期間は極めて短いものだったが、彼女にとっては大切な思い出だった。

 ……勝手に弟子入りして勝手に弟子を名乗ったのが始まりだが。

 成長してもその縁を忘れず、士官学校でジェラルトと再会できたレオニーは殊の外喜んだ。周囲が【壊刃】の名声ありきでジェラルトを歓迎する中、彼女は一人の人間としてのジェラルトを強く慕ったのだ。

 息子のベレトに対して初めは対抗心を持っていた。自分こそが一番弟子であると名乗り出たり、訓練で張り合ったり。

 同時にジェラルトに鍛えられたベレトを一目置いていた。実力を知るにつれて彼を見直し、指導を受けるようになってからは貪欲に食らいつくなど、レオニーなりにベレトを尊敬していた。

 ジェラルトが殺された時も、レオニーは人一倍悲しんでいた。それでいて父を失ったベレトを気遣ったり、復讐に付き合ったりと力を貸してくれた。

 自分に万一のことがあれば、代わりにベレトを支えてくれ──ジェラルトと交わした約束を守ろうとしてくれたのだ。

 

 そのベレトが、よりにもよってジェラルトを殺した奴に味方するなんて!

 かの組織と協力関係にあるであろう帝国と皇帝エーデルガルトは、レオニーにとって仇も同然。戦争まで起こすような事情があったとしても関係ない。

 エーデルガルトと帝国は敵のはず。なのに何故ベレトが守るのか。

 

「何とか言ってみろよ! この裏切り者!!」

 

 そう、これは明らかな裏切りだ。レオニーからすればそうとしか思えなかった。

 ジェラルトから愛情を注がれておいて、そのジェラルトを殺した奴に力を貸す。こんなのはジェラルトとの、そして自分との信頼を裏切る行為に他ならない。

 

 あんたは裏切りを許さなかったじゃないか。

 信頼を裏切るのをあんなめちゃくちゃに怒るくらい嫌っていたじゃないか。

 なのに、どうして……どうしてあんたが!

 

「……レオニー」

 

 叫びを聞き、ベレトは一瞬だけ目を閉じる。開いた目でレオニーと正面から視線を合わせた。

 

 先ほど言った通り、自分は口が上手くない。

 穏便に済ませようとか、相手を説得しようとか、そんな器用なことはできない。

 できるのは正直に応えることだけ。

 ならば、せめて彼女にもよく分かる言葉で伝えるしかない。

 

 話す内容をまとめたベレトは口を開く。

 

「甘えるなよレオニー」

「……はあ!?」

 

 叱咤をぶつけられ、レオニーは思わず顔を歪めた。ベレトの言うことが理解できなかったのだ。

 甘えている? 自分が? 誰に?

 

「父さんを殺したのはエーデルガルトじゃない。クロニエだ」

「なっ……」

「個人への恨みを集団への憎しみにすり替えるな。怒りを向ける相手を間違えるな。君がやっているのはエーデルガルトへの八つ当たりという名の甘えだ」

「ふ、ふざけんな! 何が甘えだよ! 帝国があの組織と手を組んでるなら、やったことの責任は皇帝のこいつが背負うもんだろ!」

 

 自分がエーデルガルトに甘えていると言われ、レオニーは激昂する。胸の中に黒々と湧く怒りを甘えと評されるなど心外だった。

 槍を持つ手に力が籠るが、ベレトに抑えられたまま動かせない。

 

「レオニー。君は今でも傭兵を志しているんだな」

「……もう実際に依頼を受ける傭兵だよ。それがどうした」

「そうか。なら現状の把握と、依頼内容の理解を間違えてはいけないぞ」

「どういう意味だよ?」

「現在地と目的地を間違えたらどんなに強い傭兵でも依頼は果たせないんだ」

 

 レオニーの立場とその目的。それを依頼という形に照らし合わせる。

 立場は傭兵。依頼目的に向けて武器を振るい戦う者。

 目的はジェラルトの仇討ち。師匠を殺した仇を殺すこと。

 

「もう一度言うぞ。父さんを殺したのはクロニエだ。エーデルガルトじゃない」

「……んなことは分かってる! そのクロニエがもう死んじまったからわたしはエーデルガルトを狙って──」

「そこがズレてるんだ」

「だから何が!」

 

 クロニエは五年前、封じられた森の掃討戦でベレトによって討たれた。少なくともあの時点で、ジェラルトの仇討ちは果たされたと言っていい。

 しかし、それで生まれた怒りや憎しみが全て消えたわけではない。仇だけが消えてやり場のない感情を今まで抱え続けた人もいる。

 そんな人はどうすればいい? この先もずっと負の感情を抱えて、押し殺して生きていかなければいけないのか? 愛情が大きければ大きいほど、生まれる憎しみも大きいのに?

 生まれた感情は、ぶつける相手が必要なのだ。

 

「父さんを殺したのはクロニエ。だからクロニエを憎むのは当然だ。俺もそうだったからな。そのクロニエは俺が殺した。君より先に、俺が殺したんだ」

「……?」

「つまり俺は()()()()()()()()()()

 

 だから──そこまで言ってベレトは固めていた腕を動かした。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 テーブルに刺していた槍を引き抜き、手放すことなくそのまま穂先を自分に向けさせる。するとレオニーがベレトに槍を突きつける形になった。

 

「え……でも……それ、は……!」

「レオニーは怒っていい。怒りは大きな力になる。けど使い方や矛先を間違えちゃいけない。あの時の俺のように味方がいないところまで突っ走ってしまえば、取り返しのつかないことになるかもしれないから」

「そうじゃない! 何でわたしがあんたを憎むことになるんだよ!? 悪いのは帝国で、エーデルガルトで!」

「傭兵なら、割り切れ。区切りを付けろ。目的を越えてまでやり過ぎるな。じゃないとただの八つ当たりになってしまう」

 

 話を聞くにつれてレオニーの表情は歪んでいく。怒りに燃えていた瞳は今は困惑に揺れていた。

 これまでずっと抱えてきた憎しみの向ける先が間違っていたとベレトは言う。そんなこと、すぐには納得できない。

 でも、ジェラルトの息子で、仇討ちを果たした当の本人で、尊敬できる傭兵で、士官学校でたくさんのことを教えてくれた先生で、そのベレトの言うことならそれはたぶん正しくて……

 

「それに怒る理由なら充分ある。君との信頼を俺は裏切っているだろう。だから、君は俺を憎んでいいんだ」

「ち、ちが……わたしは先生を、守りたくて……」

 

 本当は……嬉しかったのだ。

 ベレトが生きていると知って、ガルグ=マクで再会できて、嬉しかった。

 士官学校では学級が別だったが、彼の指導を受けて楽しかったし、同じジェラルトから教えを受けた者同士で兄弟弟子みたいだと思えたのだ。

 

 そんなベレトを仲間のように思っていたのに、憎む?

 彼がジェラルトを殺したわけではないのに?

 ベレトに向くことになるなら、この怒りは本当に正しいものなの?

 

(わたしは、師匠との約束を守りたいだけ……あんたを守りたいだけなのに……それは間違ってることなのか……?)

 

「レオニー」

 

 視界がくらくらするような困惑に包まれるレオニーへ、ベレトの静かな声が向けられる。いつの間にか俯いていた顔を上げると、先ほどより近付いた彼が見えた。

 手からはもう力が抜けていた。穂先を避けて近付いたベレトの手が、槍を握る自分の手を包むように添えられる。

 

「父さんとの約束を覚えていてくれて、ありがとう」

「っ……」

「ずっと父さんを愛してくれて、ありがとう。レオニーが心に残るジェラルト=アイスナーを大切に想い続けてくれたことを、俺は嬉しく思う」

「先生……」

「だからもう、父さんを思い出す時にそんな悲しい顔をしないでくれ。君自身が幸せになれるような……他の誰かに父さんのことを話す時は、その人と一緒に笑顔になれるような、そんな思い出も大切にしてくれ」

「…………ちっくしょう……」

 

 ベレトの声を聞いている内に自分の感情がすっかり萎えてしまったことをレオニーは認めるしかなかった。もう手に力が入らないし、エーデルガルトと帝国に抱いていた憎しみもしぼんでいくのを自覚してしまう。

 彼の手に促されて槍を下ろす。手放すことこそしないが、今さら構え直すことはできなかった。

 

 あわや血を見るかとハラハラしていた周囲も、ベレトと一緒にテーブルを降りたレオニーを見てようやく緊張を解くことができた。

 結局会談は一時中断されることになり、ベレトは帝国側へ、レオニーは同盟側へ引き取られる。

 ベレトの手の治療をしたり、レオニーの身柄は取り抑えられるなど慌ただしく動いていると、今にも戦闘に発展するのではと危ぶまれた講堂の空気も落ち着きを取り戻していった。

 

 その後、何やかんやで1時間ほどの小休憩を挟んでから会談は再開された。

 

「すまなかったな。こんなことになるとは」

「いえ、レオニーのことは師が場を治めたとして、もういいわ。ただ、刃を向けられたという意味では帝国は受けて立つわよ」

 

 頭を下げるクロードを、何はともあれ自分とベレトは無事だったからと許すエーデルガルトだが釘は差す。こうなってしまった以上、後には引けないと。

 

「そうだな。和平は叶わず、矛を交えることになったわけだが……できるだけ犠牲は避けたいのは帝国も同盟も変わらない意見だと思うんだ」

「? ええ。潰し合いは望んでいないわ」

「そこで一つ提案だ。無用に戦線を広げたり無駄に時間をかけたりしないで、お互いの最高戦力による一度の戦闘で決着をつけるってのはどうだい?」

「他には損害を出さず、勝った方の総取り……ということかしら」

「そういうこと」

 

 クロードから出された提案は犠牲を減らすという意味では悪くないものだ。

 

 後には引けない。しかし無駄な犠牲は避けたい。和平は叶わずともそこは一致している。

 ならせめてその一致した点を下地にして今後の動きを決めよう。

 辛うじて合わせられた意見の下、帝国と同盟の決戦内容が話し合われた。

 

 帝国が戦端を開いたというのに、その帝国の都合で戦争を終わらせて和平を結ぼうとした。ならば同盟側に大きなメリットでもないと和平を受け入れる理由がない。

 なので帝国は同盟へ様々な補償をするつもりだった。大きな負担を被ってでも和平を結びたかったのだ。

 そしてそれが叶わず、被害を抑えるために最高戦力同士の決戦という限定された戦いにわざわざ臨むのなら、やはり同盟側に大きなメリットがなければ話は通らない。

 和平から戦いへ形は変えても、帝国側の補償を引き出させた特殊な決戦になる。

 

 戦場になるのはリーガン領、デアドラの港。

 市街には一切手を出さず、港とそこから広がる海に限定させる。

 帝国にとっては敵地。港に被害を受ける代わりに同盟は地の利を得る。

 

 戦力はお互いの最高の軍。

 帝国は、元黒鷲の学級からなる黒鷲遊撃軍のみ。

 同盟は、元金鹿の学級を長とする専属の騎士団の集合体。

 数で勝るはずの帝国が、今回は数で劣る軍勢で同盟に挑む。

 

 ……本来であれば、こんな戦いなどやらなくていいはずである。

 

 帝国が誇る強大な軍事力を余すことなく投入してしまえば、恐らく同盟は力尽くで倒されるだろう。

 グロンダーズ平原の戦線を押し戻し、ミルディン大橋を抑え、補給線を確保した上でリーガン領に王手をかけて真っ向から戦い、同盟を制圧する。今の帝国ならやろうと思えばそれができてしまう。

 

 だが、それではだめなのだ。エーデルガルトは和平を申し出たのだから。

 

 五年前に帝国がガルグ=マクを侵略したことを考えれば、それまでの世界を在り方を破壊し尽くそうと、血塗られた覇道を突き進まんとする皇帝の姿が浮かぶのは確かだ。

 しかしこの五年間、国内に軍を巡らせて治安を守り、各都市の連絡を密に取り、ブリギットとの関係も改善させ、正道を歩んで帝国を豊かにしてきたことも否定できない。

 そして今ではガルグ=マクを解放し、セイロス教を盛り立て、和平会談の場を用意してみせた。同盟に対して様々な補償をするとも表明した。

 和平の成立こそ叶わなかったが、できる限り同盟の希望に沿う流れで進めたかった帝国が、戦うことになっても同盟の希望を聞き入れたのだ。

 

 言ってしまえば、ハンディマッチである。

 明らかに力で勝る側が「〇〇に付き合え」と持ち掛けてしまうと、劣る側は本心では嫌でも渋々付き合わざるを得ない。そんな歪んだ関係では遺恨が残る。後になって拗れてしまうと、せっかくの〇〇が台無しだ。

 そうならないように対等な勝負が成り立つための制限を設けた状態に持ち込めば、実力差がある相手でもフェアな戦いができる。

 そうやってフェアな状態で戦うことができれば勝敗がどうなろうとお互いが納得できるだろう。

 

 帝国は同盟に対して、戦争を始めたという負い目がある。

 その帝国が「和平を受け入れろ」と持ち掛けると、同盟としては「え~、あんなことやらかしといて今さらそれ~?」と嫌な気持ちになって当然。

 そこで同盟から「受け入れてほしいなら一勝負付き合えや、そっちハンデありな」と条件を提示して、帝国が「よっしゃ、ケジメつけた上で白黒決めるぞ、勝った方がこれからの主役な」と話に乗った形。

 

 ──交渉を傍で聞きながらベレトは頭の中でこの話の流れをそんな風にまとめた。

 

 難しい言い回し除いて整理するとだいたいそのような感じになるはず。

 後でエーデルガルトとヒューベルトに確認を取ることにして、今後に向けて意識を切り換える。

 

 勝った方の総取り(オールオアナッシング)という戦いの常がここでも行われることになったが、今までにあった戦いとは違う。少なくともこうして話し合った末に臨む戦いでは、勝者が敗者の尊厳を踏みにじるようなことはきっと起こらない。

 戦争の形が変わった。そんな実感があった。

 

「戦うとなれば手は抜かないわ」

「望むところだ。口先以外の強さを見せてやるよ」

「勝てると思っているの?」

「勝つさ」

「そう……いいわ。次に会うのは戦場ね」

「待ってるぜ。お前らを打ち破る時を」

 

 戦意を滲ませる表情で短く言葉を交わすと、エーデルガルトとクロードは同時に背を向けた。それぞれ仲間を率いて講堂を出る。

 するべき話は終わった。後は戦いに向けて動くだけ。

 

 これにて会談は終了。

 和平は成立せず、決戦が確定した。

 結果がどうなるにせよ、フォドラの気運は再び大きく動くことになる。

 

 解散した彼らの胸中は様々だった。

 それでも、戦いが決まったことで各々の胸に戦意が宿る。

 

(絶対に勝つ!)

 

 エーデルガルトは絶勝を決意した。

 

(勝ったな)

 

 クロードは必勝を確信した。

 

(どうすれば勝ったことになるか)

 

 ベレトは勝利の形を模索した。

 

 次の舞台は水上都市デアドラ。

 本来の歴史ではレスター諸侯同盟が終焉を迎える地。

 その流れがどのように変わるのか……鍵を握る三人の選択が決めることである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、クロード達が同盟に帰った後。

 

「エーデルガルト、さあ」

「せ、師、本当に?」

「君が言わなきゃいけないことだ。ほら」

 

 大修道院で雑務を中心に働いている者達を講堂に集め、彼らを前にして渋るエーデルガルトをベレトは促す。

 

「エーデルガルト」

「わ、分かった、分かったから」

「……」

「……うぅ……」

「……」

「み、皆の者……テーブルを、壊してしまって、ごめんなさい。片付けと交換を、頼むわね」

「よし、ちゃんと言えた」

「ああもう、これじゃあ皇帝の威厳が……」

「大丈夫だ。エーデルガルトは偉い」

「師……」

 

 色々あった会談で、衝動に任せて殴り壊してしまったテーブル。これついては明らかにエーデルガルトの責任だ。

 備品はタダではない。無駄に仕事を増やしてしまったと関係者に一言くらい謝っておきなさいとベレトに言われ、彼の言うことには弱いエーデルガルトが作業する者達に頭を下げる場が作られたのだ。

 

 帝国を率いる皇帝が下働きでしかない平民に謝罪する。権威失墜の疑いすら生まれそうな光景だが、筋を通す信頼がなければ権威も何もないと諭されてしまって言い返せず。

 会談が終わったその日の内、講堂の清掃作業が始まる前にこの珍事が起こったのである。

 

 それを見せられた側としては、

 

(なんだこれ)

(我々は何を見せつけられてるんでしょうか……)

(陛下ってこんな顔できるんですね)

(皇帝陛下って実は可愛い説……ありだな)

(きゃわたん)

 

 といった風に困惑半分、愉快半分であった。

 

 よくできましたと皇帝の頭を撫でて満足気なベレト。

 恥を忍んで下げた頭を師に撫でられて表情が蕩けるエーデルガルト。

 

 人前であるにも関わらず見せつけられる二人の姿に思われるものは、まあ、各々あるけれど。

 それでも帝国の仲間達がこっそり覗いたところ、マイナス寄りの印象は少なかったと見て。

 ある者は頭を痛め。

 ある者は気持ちをほっこりさせ。

 ある者は尊敬の眼差しを向け。

 しばしの間、この珍事を見守るのであった。




 ファイアーエムブレムらしいと言えるのか分かりませんが、順当な流れでしょう。
 次のバトル回は長めになるかな。

作者の活動報告に載せた後書き

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