心して書いていくので、よろしくお願いします。
──猜疑心の塊として生きてきた。
昔から周りは敵だらけだった。
生まれた土地の気風のせいか、強さが正義、強い者が偉いというのが当たり前。そんな環境に生まれたひ弱な子供は格好の標的で、出自もあってかよく狙われた。
守ってくれないかと最初は期待していた親も、父親は敵に立ち向かわず逃げ回っていた俺を情けないと感じたのか、罰として縄で縛って馬で引きずり回したりしやがってさ。
母親の方は、弱いなら強くなればいいって考え方で、鍛えてやるとか言って嫌がる俺をとっ捕まえてしごきやがる。ありゃ鍛えてるんじゃなくて叩きのめしてるっていうやつだろ。
そんな環境で育ったもんだから、まあ見事に捻くれたさ。
いやまあ立場上、食うものと寝床があったのは恵まれていたとは思うよ。それでもあんな子供時代を過ごしたからには捻くれるくらい当然だろ?
辛うじて生き延びたからには体も少しずつ育つし、周りに抵抗する内にしたたかになっていくもんで。
元々の気性がそうだったんだろうな。何かと他人を疑ってかかる性格になりましたとさ。
ま、苦労した覚えは数え切れないけど、それでも生まれ故郷だ。愛着はあるよ。
昼間の照りつける陽射しに負けない明るい笑顔がそこかしこで見れる市場とか好きだ。小銭で適当な果物でも買って、ぶらつきながらカシュっと齧るとたまらんね。
夕方になって風が涼しくなる時に仲間と町に繰り出すのも楽しい。そこら辺でやってる宴に飛び入りで参加して一杯やるとすぐ笑い出しちまう。
鍛錬がきついから城内はいい思い出は少ないが、夜にこっそり書庫に忍び込むのはワクワクしたよ。薬のこととか学ぶのは好奇心がそそられておもしろい。
別にあそこは嫌いじゃないんだ。俺の肌に合わないところが多いだけで、好ましいこともたくさんあったし。
そうして成長した俺はある日お隣の国のことを知った。
何でもこことは全く違う土地で、全く違う価値観があって、全く違う人間が生きているとか。
俄然興味が湧いたね。
元々どこか遠くに行ってみたいっていう漠然とした願望はあったから、すぐ隣に全く違う世界があるかもしれないと分かれば居ても立っても居られない。
まあ、国と国の境にそびえる山を越えるのは大変だったが……
どうにかこうにかしてやってきたのがフォドラってわけさ。
母親の伝手を辿って転がり込んだ俺を迎えたのは、期待通りの未知の世界。
見るもの聞くもの全てが新鮮で、そりゃあもうはしゃいださ。根が知りたがりの俺だぜ。頼った先の家の執事や世話役に何度も質問しまくったよ。
ああでも言葉が通じないのは困ったな。俺も急いで勉強したけど、最初は単語をいくつか繋げるだけで大体は身振り手振りになっちまった。こっちの言いたいことを汲んでくれた人には感謝してる。
苦労してここに来た甲斐はあった。期待を上回る世界が見れて、俺は満足だった。
楽しかったんだ。知らなかった世界に触れて、知らなかった文化に触れて、今までの自分から変わっていく感じ。
これが成長するっていうことなのか? 人間として大きくなるって言えばいいのか分からんが、まあ悪い変化じゃないだろ。
ただ……慣れていく内に何とな~く気付いちまうんだよな。周りの空気と言うか、視線や雰囲気とか。
異物を見る目。異端者を拒む声。余所者を
確かに俺はここの連中から見ればいきなり現れた異物で、彼らにとっては未知の異端者で、ぽっと出の余所者だろうさ。言ってしまえば赤の他人。
けどよ、そんなの当たり前のことだろ?
人間誰だって自分以外は他人だ。相手が考えてることなんて分かりゃしない。会話できなけりゃ意思の疎通もままならない。言葉を交わせても本音なんか知りようもない。当然だ。だって他人なんだから。
でもそういう他人と触れ合って、繋がって、そうして人間の社会ってのは作られていくものだろう? それは俺の故郷もこの国も変わらない……というかどこだろうと同じはずだ。
だから不思議で仕方なかったよ。こいつら、俺の何をそんなに気にしてるんだってさ。
そうして避けられて、距離を置かれながら考えてたら分かった。俺はそういう目を知っているから分かる。昔からよく向けられていた目だ。
こいつら、俺に壁を作ってるんだ。
理解できないものが怖くて拒絶する。距離を置いて、排斥して、しまいには攻撃してまで遠ざける。分からないから。知らないから。
それは俺が故郷で受けてきた扱いとほとんど同じもので昔はよく分からなかったんだが、どういうことなのかこの時にはっきりと認識できた。
俺に言わせれば、その考え方こそ理解できないね。知らないなら知ればいい。分からないなら分かればいい。見栄や体裁ばかり気にして繋がりを疎かにするなんて、そんなもったいないことはないぞ。
馬鹿馬鹿しいって思った。それと同時に、結局人間ってのはどこでも同じなんだなとも思った。
安心したとまで言うとちょっと違うけど、俺を疎んじてる奴らは生きる場所が違うだけで同じ人間なんだなって思ったんだ。
それが分かれば話は早かった。俺の望み、俺の野望はこの時明確になった。
壁を壊す。常識だったり価値観だったり、人が繋がるのを遮る壁を壊して、風を吹かせる。
風通しが良くなればフォドラの閉鎖的な空気も入れ替わって、もっと面白く、もっと豊かな世界に変えていけるはず。
そうして変わっていく世界、変わっていく景色を見たい。俺の手で変わっていく景色を見届けたい。それが俺の野望。
と、決めたまではよかったんだが……これがなかなかどうして難しくてね。
何しろ俺がフォドラで異端であるという事実はそのままだ。この地の常識の根幹であるセイロス教の教義にも馴染めないし、セイロス教の敬虔な信徒ばかりの周囲との溝は埋まらない。
おまけに頼った先の家が貴族とかいうフォドラでは特別な立場で、その血を引いている俺も特別な立場だから色々とめんどくさいことになっちまった。母親がこの家の出身だし、その息子である俺が血筋なのは当然だけどさ。紋章なんていう身分証まで現れたから否定もできないし。
まあせっかく使える力なんだから使わせてもらうがね。
そうこうする内に俺を次期当主に、ゆくゆくは次期盟主にする話まで出てきて、そのための教育まで始まって……この時期は大変だったぜ。
単純に忙しかったし、大変な教育を乗り越えてもそこから社交界の関わりも増えたから時間が取れないしで動きにくい感じになっちまった。でも社交界は人と関われる機会が増えたからどっこいどっこいかな。
そうして図らずも立場に縛られちまったが、利点はある。
俺の野望、フォドラの壁を壊すためには一人じゃ無理だ。賛同者が要る。それも、俺と同じ目線で語れる同志が。
そして貴族が幅を利かせるフォドラでは、その貴族を動かせるだけの力も要る。俺自身がその貴族になれたのは、ま、ここは都合が良いと考えておこう。
話が合う奴と通じたり昔覚えた薬を使ったりして、繋がりを作り始めたのはこの時期だ。ちぃと黒い手段を使ったこともある。
──だから本気で信頼できた奴はいない。
俺の野望を余所に周りが次第に俺を盟主に推す動きが進められて、フォドラの慣習とかいうやつで俺はガルグ=マク大修道院の士官学校に行くことになった。
これまでは同盟の中でしか動けなかったから、帝国と王国の奴らとも繋がりが作れるかと思うとワクワクしたね。純粋におもしろい奴に会えるかもっていう期待もあったしさ。
想像以上に愉快な奴らが多くて、大修道院の書庫は興味深くて、来た甲斐があったと思う。ここに来てなければ今の俺はありえない。
あんたにも会えたしな。
なあ先生。
初めて会った時のこと、俺はよく覚えてるぜ。
俺は、ほら、こんなんだからさ、よく他人を値踏みしちまうんだ。
疑り深いってのももちろんあるし、相手がどんな風に俺の利になるかって考える。
野望のために俺は立ち止まってられない。使えるものは何でも使う。それくらいの気概がないと成し遂げられないだろうからさ。
あんたみたいに腕の立つ男がどうすれば俺の役に立ってくれるか、なんて目線を向けちまった。
もちろん表面上は隠したつもりだったけど……あんた、気付いてたんじゃないか?
だってのにさ! あんたってば、ちっとも態度が変わらないんだ!
その無表情で、俺のことも他の生徒と同じ扱いしやがる。級長で、次期盟主だって分かってるのに。振る舞いも、考え方も、明らかに周りから浮いた俺を同じように、ただの生徒として。
初めてだったよ。他の奴と変わらない、一人の人間として接してもらえたのは。
世間知らずが理由だったとしても、先生が初めてだったんだ。
──だから本気で信頼したいと思った。
俺って意外とチョロいのか?
いやいや、あんた相手だとどうにも調子がおかしくなるだけさ。
何しろ俺が仕掛けたはずの薬のことを平然と聞いてきたのなんて先生しかいなかったんだぜ。責めるでもなく、それどころか使い方から狙いまで興味深く質問して、俺も何だかおもしろくなって色々話し込んじまってさ。
セイロス教を知らないまま育ったあんたの先入観のない目が俺には新鮮で……そうだな、俺は嬉しかったんだ。
まあ、指導はすごかったけどさ……あんたの授業とか、いやもう本当に、流石としか言いようがなかったし。でもそういう時間も振り返れば楽しかったよ。
そんなあんたに俺の野望を話して、きょうだいと呼んだことは後悔してない。
先生なら共感してくれるって期待があったし、俺達が手を取り合っていけばきっとこのフォドラを変えていけると俺の中では確信があったんだ。
結果、そうはならなかったな。
あんたが選んだのはエーデルガルト。俺もディミトリも振られちまって、これから先は敵として戦う運命。そういうルートに入って、流れはもう変えられない。
まあ、決まった流れに後からあれこれ文句垂れてうずくまるほど子供じゃないし、腹括って戦争することにしたさ。
そう考えていたんだがなあ……何でこんな時にまであんたはまた俺の懐に入ってくるんだよ。
もう遅いんだ。同盟と帝国の決戦が今から始まる。士官学校の同期まで動員して、最高戦力同士のぶつかり合いだ。お互いただでは済まない。
数は絞ったけど、それでも犠牲は出る。犠牲を出してでも相容れない敵を踏み越えて進むしかないんだ、俺達は。
『俺は諦めない』
いやいや、諦めてくれよ。
俺はとっくに覚悟を決めたんだぜ。
『また俺達は肩を並べて笑い合えると信じている』
信じるなよ。疑えよ。
もう敵になっちまったんだぞ俺達は。
『だから大丈夫だよ、きょうだい』
大丈夫じゃないんだよ。
あんたが今さら何をしようと時は戻らないんだから。
なのに、俺は頭の片隅で考えちまうんだ。
先生ならこの状況をひっくり返してもっといい方に変えられるんじゃないかって。
あの日、俺の執務室にあっさり忍び込んだように、敵になった関係も障害も越えてするりと懐に潜り込むように、俺達の凝り固まった世界を変えてくれるってさ。
そうして先生なら変えてくれるっていう期待が浮かぶ度に、そんな都合のいい妄想を否定する俺の疑り深さが頭の中でがなり立てる。
思考を止めない賢しさが俺の強みだからな。一度考え始めたら止まらないんだ。
──だから俺は俺のことも疑う。
考えろ。
考え続けろ。
それが俺にできる一番強い戦い方なんだから。
「全部隊、港の配置に着きました」
「デアドラ市街地は封鎖済み。指示通り、市民の避難も完了しております」
「よーし、準備は整ったな。お前達も自分の部隊に合流してくれ」
「ははっ!」
報告に来た兵を下がらせる。いよいよ始まるぞ、俺の人生の大一番。
「さて……ナデル、ジュディット、覚悟はいいか」
「ふははは、無論だとも! 『常勝ならずとも不敗を誇る』と謳われた我らの強さ、思い知らせてやろう!」
「準備は万全さ。坊やの策についてもちゃあんと分かってるよ」
頼もしい二人が力強い笑みを向けてくれる。実際二人の存在はこの戦いの要と言ってもいい。
「手筈通り頼むぜ。つーか、坊やはやめろって。もう盟主様だぞ俺は」
「はいはい、分かりましたよ頭でっかちの盟主殿」
「相変わらずジュディットさんには頭が上がらないな坊主! まあ、かく言う俺も似たようなものだがな、がっはっは!」
「坊主もやめろってのに……」
頼もしくはあるんだが、昔から俺を知ってる二人にはどうにも強く出れないんだよなあ。
「ところであんた、本当にいいのかい?」
「何だよ急に」
「そんな目でちゃんと戦えるのかってことさ」
「……本当に何だよ今さら」
「言われなきゃ分からないってわけでもないだろう? 坊やの今の目は覚えがある。戦場なんていう鉄火場じゃ、そういう迷いを抱えた奴から先に死ぬものさ」
ああ、くそっ。だから付き合いが長い奴は厄介なんだ。こっちの腹ん中をあっさり探り当てやがる。
本当に今さらさ。俺の迷いも、戦いへの覚悟も、これから始まる決戦には関係ないだろ。
「俺の内心がどうであれ、そんなのお構いなしに事は進むんだ。迷いがあろうがなかろうが腹括って戦うだけだろ」
「ほう……言うじゃないか、一丁前に」
「やめときなジュディットさん。こいつも男だ。男が覚悟を決めて戦場に立つなら、余計な口出しは無粋ってものだぜ」
薄い目で見てくるジュディットを止めるようにナデルが口を挟む。
「さあ、お喋りはここまでだ。二人も持ち場に着いてくれ。念を押すが、やらかすんじゃないぞ」
「ふんっ……坊やこそヘマするんじゃないよ」
「任せておけ坊主! お前のためにもしっかり戦ってやるさ!」
だから坊やも坊主もやめろって……思わずガクッと頭が下がってしまう。ほんっとにもう、力抜けるなあ。
まあ一応、俺の緊張をほぐすためにわざと繰り返したってことにしとくか。
二人を見送り、パルミラの軍港の端に控えておいた相棒のドラゴンに跨る。飛び上がったそいつを波止場に向かうよう指示して、飛びながら俺は南の平野を見やった。
目視できる位置にもう帝国軍は陣取っている。ついに決戦が始まる。
「来たな先生……恨みっこなしだぜ」
自分の口から零れた言葉に苦笑してしまう。
この期に及んで許しを請うているのか、俺は? 今から戦う敵相手に?
そもそも、俺は戦えるのか? いざ先生を目の前にした時、あいつを殺せるのか?
「……やれるさ」
言葉に出す。自分に言い聞かせる。
例え先生でも……俺の前に立つ敵なら、殺せる。
この野望のため、俺はあんたを殺して、勝ってみせるさ。
デアドラの南、港を見渡せる小高い丘に陣取る
帝国が誇る最高戦力が決戦を前にして今か今かと意気を高めているところ。
「始まりますな。フォドラ平定から形を変えた、まとめ上げるための戦いが」
「ええ。小競り合いとは次元の違う戦いよ……皆の者! この決戦、勝つわよ!」
陣頭に立つヒューベルトに促されるように、エーデルガルトが背後に向かって呼びかけた。皇帝の掛け声に応じて遊撃軍全体から鬨の声が上がる。
「よっしゃあああ!! おっ始めてやるぜええ!!」
「ついに来ちゃったなー。将来の昼寝のために、今は戦いますか」
「う、うむ……任せたまえ……やって、やるとも……」
「この雰囲気やっぱり苦手だけど、ベルだってやってやりますよ!」
「先生の作戦通りにできれば希望はあるのよね、頑張りましょ!」
「苦難……負けません……わたし達、勝利……掴みます……」
各部隊の長でもある仲間達も声を上げて応じる。一人一人が決戦への意気込みを発して今から始まる戦いへの士気を高めた。
が、気になる声が二人ほど。
戦いを目前にして既に戦い終えたように疲労が露わになっている者もいるのだ。
フェルディナントとペトラである。よく見れば後ろに続くそれぞれの部隊もどこか盛り上がりに欠けると言うか、疲れが見えた。
「……今さらですが先生、この強行軍は無茶だったのでは」
「多少の苦境は問題にならないくらいに仕込んだから大丈夫だ」
ヒューベルトが隣に立つベレトに苦言を呈するも、いつもの無表情を崩すことなくさらりと答えたベレトは自信ありげである。
泰然とした態度だから説得力があるように見えるのだが、ヒューベルトの感覚からすればとんでもない無茶をしたなという感想はなくならなかった。
何のことかと言うと例の高度教練、アイスナー式ブートキャンプのことだ。
同盟との決戦が確定してすぐ、戦いの前にもっと生徒を鍛えておきたいと言ったベレトの主張により、この短期間で選んだ二人をずっと指導していた。
そう、ずっとである。
ガルグ=マク大修道院から出陣したエーデルガルトの軍と合流するまで、文字通りずっと鍛え続けていたのだ。
その標的にされてしまったのがフェルディナントとペトラ。
いやまあ標的という表現は正しくない。一応ベレトの口から事前に高度教練について二人には説明したのだし、カスパルからも大まかな体験談は聞かされていた。
両者共に向上心旺盛なこともあって、己を大きく成長させられる機会には喜んで応じた。ベレトの指導を久しぶりに受けられることも相まって、二人は張り切ってこのブートキャンプに臨んだのである。
後悔しても遅かった。
カスパルの時と違って二人同時に指導するので内容が薄くならないようベレトまで張り切ったことで行われたのは、
当然のことながら、カスパルが受けた指導とは別の内容である。詳細は割愛するにしても、相当な無茶をしたとだけ言っておこう。
それでも大雑把に説明するなら、フェルディナントは森や荒れ地でも足運び(人でも馬でも)を乱さない走破性と絶え間ない槍術による連撃を身に付け、ペトラは彼女の戦闘力はそのままにどの武器を使おうがドラゴンに乗っていようが手加減できる技を仕込んだ。
そしてこれも当然のことながら、フェルディナントが率いるエーギル星騎士団と、ペトラに従うブリギット猟兵も道連れ。彼らの表情まで疲労に染まっているのもむべなるかな。
だが一番割を食ったのは同行したジェラルト傭兵団だろう。
何しろカスパルの時から然程間を置かない内にフェルディナントとペトラの二人、合計三回分のブートキャンプに付き合う羽目になったのだ。
彼らからもやり過ぎだと苦言を呈されたベレトが反省して、以後の指導が少し和らぐことになるのは余談である。
「し、心配はいらない。私も望んで受けた訓練なのだ。この戦いでその成果を見せてやるとも!」
「完全勝利、目指す、わたし、承知です。役目、果たす、誓います!」
疲労は拭えなくても、二人の気合は充実しているようだ。馬上で槍を掲げるフェルディナントも、ドラゴンに跨って武装を確かめるペトラも、士気は高い。
デアドラに着くまでの道中でも彼らの様子を見てきたので、いざ戦いが始まれば疲れを理由に後れを取ることはないだろうとヒューベルトも判断した。
視線を前に戻す。進軍を始める正午となり、まるでかつて士官学校で行われた対抗戦を思わせる状況だ。
エーデルガルトが掲げる斧に陽光が当たって煌めき、続いてベレトが天帝の剣を出したのを皮切りに軍のあちこちで武器が抜かれる。
「さあ、
皇帝の咆哮を受け、帝国の精鋭が動き出した。デアドラの軍港を目指して部隊が動き、飛行兵が飛び上がる。
ついに決戦が始まった──その時。
一同の目に信じられないものが飛び込んできた。
帝国軍が動き出すのを見たクロードは大声を放つ。
「さあ出番だぜ、パルミラの精鋭達よ! 同盟が恐れるその爪と牙、今だけは同盟のために使ってくれ!!」
彼の声に応えるように、港に並ぶ内の一つの船の甲板が解放された。
激しい戦闘が起こると分かっているはずなのに停泊したままの船から現れたのは、追加の同盟勢力ではなく大量のドラゴンナイト。
次から次へと空へ舞い上がり、船を中心とした海上、そしてその一部は港の上空にまで及んでいく。同盟軍のどよめきを覆うように広がる彼らは、長年に渡って同盟、そしてフォドラを狙う脅威とされてきたパルミラの飛竜隊に違いなかった。
こんな時に現れるとは思わなかったパルミラの勢力に、同盟軍は総毛立つ。
今まさに決戦が始まるというこのタイミングで!
歯噛みしながら対空警戒をしようとしたその時、女傑が声を張り上げた。
「うろたえるな!! あれは敵じゃない、我ら同盟と共に帝国と戦う味方だよ!!」
ジュディットの声に同盟の兵はギョッとして目を剥く。
「彼らの動きをよく見な! 空の警戒を引き受けて、その力が狙うのは向こうにいる帝国軍さ! 頼もしい味方が現れたと思いな!」
「し、しかしジュディット様! パルミラとは今まで敵対してきた関係です! 急にそんなこと仰られましても……」
慌てて口を挟んだ同盟兵にもジュディットは自信に満ちた笑みを向けた。
「そのパルミラの将を、我らが盟主様は密かに口説き落としていたのさ。盟主様の口の上手さはお前達も知っているだろう?」
「まさか……ジュディット様はこのことを最初からご存じで?」
「ちょいと刺激的な策だからって、皆には伏せておくように言われてたんだ。事前にこの策を教えられていたのはごく限られた者だけでね。心配いらない! 彼らは共に戦う味方だよ!!」
愛嬌も滲ませる笑みで返されて同盟兵は口を止めてしまう。
確かに海上に展開したパルミラ兵達は意識を帝国軍の方へ向けており、港に攻め入ろうとする意思は感じられない。それどころか、空は任せろと言わんばかりに武器を振り上げて声を張っているのが見えた。
言う通りに信じていいのか。やはり敵だと疑えばいいのか。
同盟軍の中に一瞬だけ思考の停滞が生まれ、直後に響いた声が疑念を吹き飛ばす。
「みんなー! ぼさっとしないで、動いた動いた!」
よく通る明るい声でヒルダが呼びかけた。集まる注目に朗らかな笑顔で応じる。
「クロード君が考えてくれた作戦でしょ? 危なっかしい盟主様をあたし達が支えてあげなきゃ! ついでにこれを貸しにして、後でみんなに奢ってもらっちゃお! あたしが話つけてあげちゃうからさ!」
ね?──ウインクと共に締めたヒルダの言葉が兵の間を通り抜ける。
呼応して仲間達の声も続いた。
「うおおおお!! 難しいことはよく分かんねえけど、味方だってんならありがてえぞ!! オデも負けてらんねえぞおおお!!」
「クロード君の策なら信じられます! みなさん、よろしくお願いします!」
いの一番に走り出したラファエルが空のパルミラ兵に向かって叫ぶ。最前線へ飛び出していく彼を追うように、空に向かって一礼だけしたイグナーツが後に続いた。
「秘密主義にも程があるだろあいつ! 後で折檻してやる!」
「戦いが終わったら問い詰めなくてはいけなくなりましたね……ほら皆さん、駆け足ですよ!」
馬を走らせて騎馬隊を引っ張っていくレオニーと同時に、歩兵部隊に指示を飛ばすリシテアの声が響く。
この五年で新しく名を上げた若き英雄達の動きにより、同盟軍は一つにまとまって構え始めた。
疑惑の空気が広がる前に押し流されたことで何事もなかったように陣を構える同盟兵を見て、表情に出さないままジュディットは心の中で盛大に息を吐いた。
(冷や冷やさせてくれる!)
内心では冷や汗ダラダラである。後少しでも動き出しが遅れていたら同盟軍の結束は崩れ、戦いが始まる前に負けていたかもしれない。
こんな策、薄氷を踏むどころではない。薄氷にヘッドスライディングをかます勢いで飛び込んだら何故か向こう岸に手が届いていた、それくらい危ういものだった。
自分の言葉だけではこうはならなかった。金鹿の仲間達が先導してくれなければ兵達はこうして動かなかっただろう。そこまで読んだ上での策なのか。もしくは……これほど危うい策を強行しなければいけないくらい、今回の戦いはギリギリなのか。
(本当にこれでよかったんだね、坊や?)
一瞬だけ空を飛ぶクロードを睨む。空中でドラゴンナイト達に指示を飛ばす姿を認めると、自分も部隊を率いて動き出した。
「あの旗、武装……まさか、パルミラ軍!?」
「偽装、ではありませんな……遠目でも目立つあの将、パルミラのナデルという男です」
停泊してある船から次々に飛び上がるドラゴンナイトを見てエーデルガルトは愕然と叫んだ。隣で目を細めるヒューベルトも険しい声で呟く。
現れたドラゴン達と相手側の動きを見れば、あのパルミラ軍が同盟に味方して自分達と戦おうとしているのは明白。
黒鷲遊撃軍の面々の誰もが驚愕と緊張に襲われた。
会談の協定で決められたもの以外の戦力が飛び入りで参戦したことは、そこまで衝撃があるわけではない。
これは戦い、命の獲り合いである。戦場に出ておいて不利になったからと臆するような軟弱者はいない──あの気弱なベルナデッタでさえ、口では不満混じりの絶叫を上げようと何だかんだで体は動いて戦う──のだ。
物事が想定通りに進む保証なんてないし、最初の想定が悪い方向に崩れるなんて珍しいことではない。そういった戦場の逞しさを彼らは士官学校でベレトから教わり、率いる兵にも徹底させているのだから。
そんなことより問題なのは、現れた戦力がよりにもよってパルミラのものだということである。
「やってくれたわね……!」
怒りを込めた目でエーデルガルトは港を睨む。自らドラゴンを駆ってパルミラ軍に近付き、将のナデルと何か言い合うクロードの姿が憎らしい。
パルミラの勢力をクロードがフォドラに引き入れた。その事実が問題なのだ。
フォドラの東にある山脈、フォドラの喉元の向こうにある大国パルミラ。山を越えてまで攻め入ろうとするその敵にフォドラは長きに渡って悩まされたいた。山脈の中にフォドラの首飾りという砦を築いたり、山脈に隣接するゴネリル領を支援したりして対抗してきた。
そのパルミラの軍勢を
確かに、ただ勝つことだけを考えたらこの策は悪くない。
数の上では有利であっても帝国を侮らず、盤石な勝利を目指したいからと戦力をさらに充実させるのは分かる。指揮官ベレトを抱えた万全の黒鷲遊撃軍をそれだけ強敵と認めた結果、出し惜しみすることなく決戦に臨むのは良い判断だろう。
だがそうして選んだ手段がパルミラ軍に助力を頼むものになると別の問題が生まれてしまう。
これは外国の戦力に自国で活動する大義名分を与えるようなものであり、今までパルミラの脅威に抗い続けてきたフォドラの尽力を嘲笑う行為と受け取られても仕方ないのである。
現代的な価値観で例えるなら、一国の王が外患誘致を働いた、と言えば近いか。
もちろん中世世界のフォドラに現代で言う国際法は定められておらず、法に基づいてクロードを糾弾することはできない。
しかし、未来を見据えて変革を起こす活動をしてきたエーデルガルトからすれば、同じく未来を見据えて世界を変えようと考えるクロードがこんな手段を取ったことが衝撃なのだ。
やはり彼にフォドラの未来は任せられない──エーデルガルトは思いを深める。
有効だからと言って越えてはならない一線を越えてしまう者を、人はそう簡単に信用できない。そうせねばならないとしても、何度も足掻き、他者と言葉を重ね、意見をぶつけ合い、やり尽くした末の最終手段だと認識しなければいけない。
クロードはその一線をあまりにもあっさり越えてしまう。誰もが同じようにできるわけではないのに。
彼は軽いのだ。言葉も態度もふわふわとしたまま、いつの間にか他人の先に手を伸ばしている。さながら風の如く、壁や障害を軽やかに越えて先に進んでしまう。
一人で進むのならいいかもしれない。だが盟主という責任ある立場のクロードがこんなことをしでかしてしまえば、それは多くの信頼を蔑ろにする軽はずみな行いになる。本人がどう考えていようと関係ない。そうなってしまう。
それはフォドラの歴史を、この地に生きる人々が乗り越えてきた痛みまで軽んじることに他ならないのだから。
同じように、やるべきことをやり尽くさないまま一線を越えてしまったエーデルガルトだからこそ、クロードの浮薄な姿勢が許せなかった。
かつての自分は戦争という強硬手段で世界の仕組みを変えるしかないと考えていたが、事前にベレトに事情を打ち明けたり、レアと向かい合って話したり、あるいは先に貴族社会の変革に手を出したりしてもよかった。それをしないまま戦争に踏み切ったことを後悔こそしていないものの、反省はしている。
ベレトに守られ、彼の言葉に諭されたことでエーデルガルトは変わった。決意はそのままに、見据える未来を広げられた。
彼の指導を受けたことで物事をより広い視野で見る『目』を手に入れたエーデルガルトは、今回のクロードの策を前に絶勝の想いを新たにする。
同時に、彼の策の問題点もすぐに見抜けた。
(それに早まったわねクロード。こちらには師がいるのよ)
普通の相手ならこの策は刺さっただろう。大量のドラゴンナイト、それも長きに渡りフォドラを悩ませてきたパルミラの精鋭は脅威。
しかしこちらにはベレトがいる。ドラゴンをその声一つで従わせ、その威一つで畏怖させる神祖の加護を得た男を相手に、如何に数を揃えようとドラゴンならば敵ではない。
「師はあのドラゴン共を止めてちょうだい! 空を乱戦に持ち込んで、その間に地上の主導権を私達が握れば──」
「いや、だめだ」
「──大きく有利に、って、え?」
エーデルガルトの声に割り込んでベレトが返したのは端的な一言。
だめだ、とは。
「あのドラゴン達は違う」
「違うって、何が?」
「彼らには俺の声が聞こえない。聞こえても
ベレトははっきりとそう言う。あやふやではない、確信が宿る声だった。
彼は嘘を言わない。目の前に広がるドラゴンの群れに臆したわけでもないだろう。
ドラゴンを畏怖させる力を持つベレトが、彼にしか分からない感覚でだめだと感じたなら、それはきっと正しい。
だが、何故?
「フォドラのドラゴンとは見た感じが違う。あれはパルミラのドラゴンだ」
疑問の視線に対して、答えはすぐにベレトから返ってきた。
ベレトが得た神祖の加護。その神祖とはフォドラの地に降臨した女神ソティスのことだ。加護がもたらす恩恵は恐らくフォドラに関わるものに限られて、その影響が及ぶのもフォドラのドラゴンに限られるのかもしれない。
細かい理屈がどうであれ、ベレトがそう判断したなら信用できる。あのドラゴン達に彼の声は届かない。エーデルガルトの考えは通用せず、普通の敵と同じように戦うしかない。
即ち帝国は、数で勝る同盟軍と、パルミラの精鋭を同時に相手取らなくてはいけないのである。
(じゃあそれって……)
「まずいな。始まる前からこんなに不利な戦闘は初めてだ」
エーデルガルトの脳裏に浮かんだ懸念を、ベレトがあっさり声に出してしまう。
ただでさえ数の不利を強いられるこの戦い。それに加えて戦力的な脅威であるパルミラが同盟に味方してしまった。
出来上がった状況は傍から見れば最悪なもの。
絶望的と言っても過言ではない人数差のある決戦が始まった。
原作ゲームをやってて「数の差ひどいな」と思いました。
プレイヤー側の出撃人数制限、難易度ノーマルくらいは緩くしてほしい。