風花雪月場面切抜短編   作:飛天無縫

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 やっと戦闘が始まります。
 話の都合上、あっちこっちに場面が飛ぶので注意。


信じたいもの、信じ抜いたもの 中編

 昔のベレトは人が死ぬことを何とも思わなかった。

 生きている人はやがて死ぬ。遅いか早いかの違いがあるだけで、誰だろうと必ず死ぬ。それが当たり前。

 傭兵として育ち、戦いに生きる日々の中、死は身近にあるもので特別なことではなかった。悲しんだり疎んだりする人がいるのは認識していたが、自分がそこに何かを思うことはなかったのだ。

 

 そんなベレトがガルグ=マク大修道院に来て、士官学校で教師を務めるようになってから急激に変わる。

 生徒と関わるようになったからか。

 セイロス教を知ったからか。

 はたまた……自分の中でソティスが目覚めたからか。

 心を急速に成長させる彼が様々なものを学ぶ内に、人の死について認識を改めるようになる。

 

 死とは誰にでも平等に訪れるものだという考えは変わっていない。ただ、基本的にそれが望ましいものではないと知った。

 往々にして死は悲劇的なものだ。老いによる寿命は仕方ないにしても、叶うのなら人は死を遠ざけたいと考える。

 自ら覚悟して戦場に出て斃れるならまだしも、事故死や病死、そして何者かの手で殺される死は痛ましいものであり、それは忌避されることだと。

 

 知識としてそれを学び、父ジェラルトの死を契機にまざまざと思い知らされる。

 ──死とは、こんなにも恐ろしく、悲しいものなのか。

 何故自分はこれほど簡単なことを分かってなかったのかと内心で反省したし、親族を失った過去を乗り越えた生徒がいると知った時は尊敬の念を覚えた。

 

 以来ベレトは昔とは比べ物にならないくらい死に敏感になった。

 人間が生きる姿を尊いと感じるようにもなった。

 何より仲間を、とりわけ自分の生徒を死から守ることに今まで以上に強い使命感を覚えるようになった。

 

 だが同時に、ベレトは今までの人生で培ってきた傭兵の生き方を否定していない。父と仲間から教わったこと、叩き込まれた技と心得が自身を構成する大切なものだという意識がある。

 なので必要があれば剣を振るうし、殺すと決めた敵は躊躇なく殺す。戦いに臨む覚悟の程までもが変わったわけではない。

 変わったのは彼の戦いに『敵を殺さず制する』という選択肢が増えたことだ。

 

 はっきり言って、これはとてつもなく難しいことである。

 ただ敵を殺すだけなら特に考えることなく目の前の敵を殺せばいい。それで勝てるのなら何も問題はないのだから。

 しかしベレトに新しく増えたこの選択肢は、言ってしまえば酷く我がままなもの。

 正確に表すなら『敵を殺さないよう必要以上に傷付けないまま相手に負けを認めさせて制する』ということになる。もちろん、守りたい人を守り抜いた上での話だ。

 余程の実力差がなければまず成立しないし、そもそも実力差があろうがなかろうが自身が負う危険度は跳ね上がる。

 

 それでも関係ない。

 ベレトはやると決めたのだ。その選択に後悔はない。

 勝つために、望む結末に至るために、やるべきことをやるだけだ。

 例え、()()()()()()()()()()()

 

「作戦を変える!」

 

 動揺する黒鷲遊撃軍(シュヴァルツァアドラーヴェーア)に向けてベレトの声が響く。

 同盟軍とパルミラ軍、倍加した敵勢に合わせて即席で動き方を変えなくてはいけない。

 

「軍港を攻める方針はそのままで、変えるのは部隊編成!」

 

 平原などの広々とした戦場に豊富な戦力を敷く帝国軍のいつもの戦い方と違い、港という狭い場所に雪崩れ込むのに必要なのは機動力、即ち足の速さ。

 遊撃軍を構成する黒鷲の生徒達にとっては十八番とも言える速攻を活かす作戦は間違いではない。各部隊の配置を変えるのだ。

 

 先頭を担うのはフェルディナントとカスパル。その突破力で敵陣を抉じ開けて、敵の重要戦力を早くに叩く。

 中団を進むのはリンハルトとドロテア。全体に行き渡らせる回復の他、攻撃魔法で要所の補佐も務める。

 ヒューベルトは敵側の最強を抑える役。これは彼にしかできない。

 

 ここまでは予定通り。変えるのは他の面子だ。

 

「エーデルガルト! 君の飛竜隊で海上のパルミラ軍を抑えろ! 深追いする必要はない、相手が港に飛ぶのを遮れ!」

「分かったわ!」

「ペトラ! 港側の空中戦は君が主軸だ! 敵の弓兵に注意しながら広く飛び回れ! 建物が少ないからこそ高低差を活かすんだ!」

「承知! 乱戦、戦います!」

 

 ドラゴンに乗って空中を移動できるエーデルガルトとペトラは海側を南から北へ回り込んで攻める手筈だったのだが、船から現れたパルミラ軍が海上に陣取っているのでそれは使えなくなった。

 倍加した敵に、こちらは少数で立ち向かわなくてはならない。薄くなるのを承知で手を広げなくてはならないのだ。

 

「シャミア! 中団まで進んで対空警戒! エーデルガルトが抑え切れなかったドラゴンナイトを落とせ!」

「私だけでか? ベルナデッタはどこに配置する?」

「ベルナデッタは別の役目がある。すまないが、あんたに任せるしかない」

「ふぉええええ!? ベルは別なんですかああ!?」

「地上の方はある程度無視していい、パルミラ軍のドラゴンを撃ち落とすのを優先してくれ!」

「厄介な仕事だな……高くつくぞ!」

「アロイスさん! 殿から上がってシャミアと一緒に中団を守れ!」

「心得た! しかし、入口は抑えなくてよいのか?」

「この際入口は捨てる! 伏兵がいても無視して前に出てくれ!」

「そうか、承知した!」

 

 後方から支援射撃させる予定だったシャミアを中団まで上がらせて、周囲全ての対空警戒を頼んだ。

 シャミアが聞き返したように普通なら一人に任せる役割ではないが、ここは卓越した狙撃手である彼女の弓を信じるしかない。

 そのシャミアを守りつつ、港の入り口に置いて背後の伏兵対策も含めて殿を任せる予定だったアロイスを、同じく中団へ上がらせる。

 敵陣に突撃するメンバーは攻撃に意識を偏らせている。彼らの分の防御をアロイスに一任させることで役割を完全に分けてしまい、意識上の負担を少しでも減らすのが狙いだ。

 そうでもしないと今は手が足りない。一人一人にあれもこれもとさせられないのだから。

 

 なので、その原因を排除しなければならない。

 大量の敵を抑えながら、原因であるパルミラ軍を戦場から取り除く。そのためにベレトが動くには必要な人物がいる。

 

「ベルナデッタ、君の力が必要だ」

「でもでも、あたしも対空役にならないとマズくないですか? いくらシャミアさんでも抑え切れないと思うんですけど!」

「どちらにせよ長くは保てない。だからこそ短期決着を狙う」

「それで、あたしの力が? でもどこで弓を撃てば……」

 

 呼び寄せたベルナデッタが不安そうな声でベレトに言う。

 

「いや、今回は君の弓より頼る力がある」

「ふぇ?」

 

 そのベルナデッタをひょいと摘まみ上げ、

 

「時間がない、動きながら説明する」

「ふぁ?」

 

 自分のドラゴンの後ろに乗せたベレトは、今度は後ろのジェラルト傭兵団に向き直る。

 

「レンバス! 俺達は船をやるぞ!」

「わぁってるよ! 俺らは船落としだ、お前ら準備しろ!!」

「「「「「おっしゃあああ!!」」」」」

 

 傭兵団は一言伝えられただけでベレトとの意思疎通を済ませると、港へ進撃を始めた黒鷲遊撃軍とは別方向、南の雑木林に沿って東の海岸へと彼らは向かった。

 それを追うようにベレトはドラゴンを飛ばす。確固たる狙いを定めて海上の船を睨んだ。

 

 始まった決戦はいきなり慌ただしいものになった。

 

「あの、先生? 結局ベルは何をするんですか? ……はい? ええ、まあ一応使えますよ。授業で教わったくらいのことなら。でも、戦いに使えるほどじゃ……え? じゃあベルは何するんですか? ……はあ、海。でもあたしの力じゃそんなに上手くは……ああだからレンバスさん達が、なるほど。いやいやちょっと待ってください先生、今戦闘中ですよ! 敵のドラゴンナイトが襲ってきたら避けられませんって! ……先生が? ……ベルを? …………………………正気ですかああああああああああ!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会談で取り付けた条件により、帝国は数の不利を、同盟は地の利を得たこの決戦。

 帝国軍は得意の物量戦を展開できなくなるなど同盟軍に大きく有利な状況で始められ、そこに駄目押しのパルミラ軍が参戦したことで、傍目にはまともに戦えば勝敗は揺るぎないものとなっただろう。

 

 帝国側がそれを危惧して速攻を仕掛けてくることは、当然同盟側も把握していた。

 あのベレトが率いる軍である。例え圧倒的な不利に陥っても、その状況を覆せる策を講じてくるかもしれない。それを予想していたクロードは敵にそういった余裕を与えないよう速攻を命じる。

 

 それによって生じたのは速攻と速攻のぶつかり合い。

 ガチンコの正面衝突であった。

 

「どぉっせえええい!!」

「押し通る!!」

 

 先陣を切ったカスパルとフェルディナントが港の入口を抉じ開け、突進の勢いのままに黒鷲遊撃軍はそれぞれの目標に向かう。

 軍港らしい倉庫街に雪崩れ込み、各部隊が一斉に分かれて走った。

 

 ベレトの見立てによれば、港の各所に金鹿の生徒を長とする敵部隊が待ち構えている。その配置はある程度絞って予想できるとのこと。

 

 この戦いは同盟側の兵が多いと分かっている。数が多いのは戦いにおいて大きな強みだが、逆に枷となる場合がある。

 大所帯はどうしても動きが鈍くなるものだ。数で優る同盟軍は脅威でも、港という狭い戦場でその力を完全に発揮するのは難しい。

 もちろん地の利は同盟側にあるし、あのクロードが指揮する軍なのだから判断が遅れて後手に回るとかは期待できない。

 それでも、機動力の一点に限れば帝国側にも利を見出せる戦いなのだ。

 

 並み居る同盟兵を突進の勢いで薙ぎ倒して路地を進むカスパルがぶつかったのはラファエル。

 

「行くぜラファエル! 勝負だあああ!!」

「負けねえぞカスパル君!!」

 

 二人は正面から拳と拳の真っ向勝負を始める。

 激突の衝撃は、率いる部隊を慄かせる強大なものだった。

 

 倉庫街の中でも広い大通りを突き進むフェルディナントを待ち受けたのはレオニーとジュディットの混合部隊。

 

「市街戦なんて久しぶりだねえ……さあ、かかって来な若造!」

「わたしらも負けられないんだ! 帝国に勝つんだ!」

「覚悟はできているさ。ただ勝利のため、全力でゆく!」

 

 倍の数の敵部隊に向けて突進するフェルディナントにエーギル星騎士団が続く。

 レオニーも馬を走らせ、ジュディットもレイピア片手に走り出した。

 

 倉庫の壁を駆け上がり、配下のドラゴンナイトを足場代わりにしながら空中を跳ね回るペトラは上空から弓で攻撃する。それを逆に地上から弓で狙うのはイグナーツ。

 

「イグナーツ、狙い、上手、脅威です!」

「逃がしませんよペトラさん!」

 

 常人離れした身軽さで宙を跳ねるペトラを追ってイグナーツは矢を番える。

 ベレトの立体機動とはまた違う空中移動で敵を翻弄するペトラは本当に翼を持っているように見えて、優れた射手であるイグナーツのことも振り回した。

 

 港の中央部、遊撃軍の中団が踏み込んだ区画はさらに大混戦である。

 リンハルトとドロテアが陣取り、リブローで遠距離回復を飛ばしている場に乗り込んできたのはヒルダ。率いたゴネリル戦姫隊の一斉突撃で遊撃軍の陣形を切り開いたところで、先頭に立つ彼女が叫ぶ。

 

「いたー! 帝国軍を支えてるとこ、見逃さないよー!」

「げぇ……やな人が来ちゃったな」

「ヒルダさん!? もうここまで踏み込んだの!?」

 

 女だてらに身の丈に迫る巨大斧の英雄の遺産フライクーゲルを振るうヒルダは、後衛職にとっては恐ろしい脅威だ。

 一気に飛び込んで港を進んだ前衛がヒルダのような戦士を引き付けるつもりだったのだが、流石と言うべきか、倉庫街という地の利を生かすことで遊撃軍の突撃をやり過ごし、こうして後衛へ逆に踏み込んだのだろう。

 

 帝国の回復を担う二人を潰そうと迫るヒルダ。しかしそうは問屋が卸さない。

 中団の守り役を任されたアロイスが前に出て、彼女の斧を大楯で防いでみせた。

 

「むぐぅ! 流石は英雄の遺産……凄まじい攻撃力!」

「わ、アロイスさん、一人で守るつもり? 無理しない方がいいよ?」

「ははっ、気遣いかたじけない! だがそうも言えん! 私は今度こそ、彼の大切な人を守らなければならないのだ!」

 

 フライクーゲルの一撃を正面から受け止めるという、よく考えればとてつもない防御力を見せたアロイスは快活に咆える。

 ベレトの指揮下で、ベレトの仲間を守る。それはアロイスにとって闘志がいや増す役目であると同時に、彼にとって贖罪の意味もあるのだ。

 

 自身が誰よりも敬愛する団長ジェラルトが亡くなり、アロイスも悲しみに暮れたのはもちろんなのだが、それと同じくらい衝撃だったのがベレトの落ち込み様だった。

 無表情で、生徒を指導する時も泰然としており、何か手伝うことはないかと話しかけた時も変わらない態度だったベレト。そんな彼が父ジェラルトを目の前で失い、一時は引き籠るほどの悲痛に襲われた際に如何なる心境だったか、アロイスには想像を絶する。

 そのベレトに、二度と大切な人を失う悲しみを与えてはならない。

 彼の守りたい人は自分の守るべき人でもある。

 そう心に誓うアロイスの胸に宿るのは、ジェラルトに向けるものに勝るとも劣らない敬愛の情。団長を守れなかった分もベレトを守ってみせるという使命感だった。

 

 五年前のガルグ=マク襲撃、そこから始まる戦乱を見て、いつか見つけ出す(実際には自力で帰還した)ベレトが戦争に巻き込まれると予想したアロイスは、捜索活動の傍ら己を鍛え直した。

 得意の重装、守備の力を鍛え、仲間を守る盾役としての腕を磨く。

 ベレトが天帝の剣を手にしたことから、彼の前に立ち塞がる脅威は低く見積もっても同じ英雄の遺産を操る者。ならば彼を守る自分は()()()()英雄の遺産の攻撃に耐えられなければならないと考え。

 この五年で鍛えに鍛え、今や物理防御の面ではカスパルを上回り帝国最堅を誇るに至った。

 

 そんなアロイスにとってフライクーゲルを操るヒルダとの勝負はこの五年の成果を披露する絶好の機会なのだ。

 

「仲間はやらせん! まずはこのアロイスを破ってもらおうか!!」

「んもー、やりにくい……ってわ!?」

 

 望むところだと全力で防御の構えを取るアロイスの前で思わず溢したヒルダだが、直後に気付いた別方向へ引いた斧に何かが当たり甲高い音を立てた。

 防がれて地面に転がったのは飾り気のない小刀。戦意の隙を突くように襲ってきたその先には、弓を取りながらジロリと鋭い眼でこちらを睨むシャミアの姿。

 

「上を重視しろと言われたが、下を無視する理由もないからな。働いた分は後で追加請求させてもらうぞ!」

 

 上空のドラゴンに射かけながら地上の戦いも忘れないシャミアは細かく首を振って戦場の把握を続ける。ベレトの指示通り全方向の対空警戒をしつつ、それでいて周囲のサポートもしていた。

 それは当然、自分の近くでヒルダと戦うアロイスのサポートも含まれていて、常に視界の端で戦闘の様子を捉えているのだ。

 

 凄腕の射手までも相手取らなくてはいけないことを理解したヒルダは頬をひくつかせる。

 

「……ひょっとしてヒルダちゃん、この四人いっぺんに相手しなきゃいけないの?」

 

 前には出たくないともっとクロードにごねればよかったか。

 それともこの動きにも対応してみせたベレトを恨めばいいのか。

 変なところでヒルダは悩んでしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラゴンを飛ばしながら港を見下ろすエーデルガルトは小さく頷いた。

 少なくともここまでは作戦通りだ。パルミラ軍の出現に驚きはしたものの、事前に立てた予想と変わらない展開になっている。

 

 それでも戦力差は如何ともし難い。この戦いで攻撃も防御もこなせる余裕はない帝国軍は時間が経つほど不利になるだろう。

 故に狙うのは超速攻の制圧戦。敵に地の利がある港の内部へ踏み込むことになっても、相手に防御する暇を与えない勢いで攻めて攻めて攻めまくる。

 先の先を取って攻撃の主導権を握ることが帝国の勝ち筋だ。

 

 初手は成功。ベレトがいち早く出した指示のおかげで、動揺に足を止めることなくこちらから港へ突撃することができた。

 させられたのとは違う。自発的な動きは勢いが別物だ。気合いの乗り方、踏み出す足の力強さ、心と体を一致させた動きはその人本来のもの以上の力を発揮する。

 この戦いではそういう100%を超えた力を引き出さなくては勝てないとエーデルガルトには分かっていた。

 

 当のベレトが隊を離れて何をしに行ったのかは分からない。説明する間さえ惜しいのだとは思うが、遊撃軍の指揮官が本隊を放ってしまうのは普通なら大問題だと言える。

 しかしエーデルガルトは疑わない。

 

 

 

『大丈夫だよエーデルガルト。大丈夫じゃなくても大丈夫にするから、大丈夫だ』

 

 

 

 覚えている。何があろうと絶対に忘れない。

 彼の導きには光がある。彼の動きには希望がある。

 ならば私はただ信じるだけでいい。必ず勝つのだと戦えばいい。

 

 海上を往く飛竜隊の先頭を飛ぶエーデルガルトは、自分の心と体が一致しているのがはっきりと感じられた。

 

「皇帝が最前線へ出るとは! 帝国は随分と人材難なのだな!」

 

 空中へまみえたパルミラの将、ナデルが笑って言い放つ。

 既に始まった空中戦、多数のドラゴンナイトが入り乱れる中で自身もドラゴンを駆りながらそんな軽口を飛ばしてきた。

 

 数度、宙で斧を打ち合わせたエーデルガルトはナデルの力を肌で味わう。

 相手の斧を振るう速度と角度、ドラゴンを操る飛行術、豪放磊落に見えて繊細な戦術眼も備えていると見える。流石は噂に名高いパルミラの猛将。

 改めて、急に現れた敵の厄介さに息を呑む。

 

 それでもエーデルガルトは揺らがない。

 

「否定はしないわ! でも、パルミラの王もそういう武人だと聞くわ! 貴方がこうしてフォドラの地で戦うのも、戦場に立つ王のためでしょう!」

「おっと、こいつは一本取られたか! 確かに、俺がここにいるのはそういう奴のためだ!」

 

 再び勢いよく斧を打ち合わせる。競り合う刃越しの問答で、一瞬だけ空中にいながら両者の動きが止まった。

 そこへ、エーデルガルトの背後から敵のドラゴンナイトが迫る。

 

「見え見えよ!」

GGRRYUUOOO(合点ご主人┌( ・∀・)┘)!!」

「ぬぉ!?」

 

 瞬間、エーデルガルトに踵で蹴られて合図されたドラゴンがくるりと反転。ナデルのドラゴンを足場代わりに踏んで反対方向へ加速。背後から迫ったドラゴンナイトの一撃をかわし、逆に振り上げた斧で反撃してみせた。

 

 人間のように軽やかな動きを見てナデルは舌を巻く。こうも自在にドラゴンを操る戦士はパルミラでも少ない。皇帝が優れた戦士でもあるとクロードから聞いてはいたが、実際に目にして思わず感嘆してしまった。

 これほどの戦士と戦場でぶつかれる機会に感謝する。釣り上がる頬のままに、戦意を声に出す。

 

「ふふふ、昂るぞ皇帝よ。この邂逅、楽しませてもらう! 戦場に身を置くこと三十と余年、無敗を誇る我が武勇、とくと味わえ!」

「戦歴で勝敗は決まらない。決めるのは、今この戦場で戦う私達よ!」

 

 ナデルの戦意を真っ向から受け止めるエーデルガルト。その胸中は不思議と落ち着いていた。

 分かるからだ。この感覚を自分は知っているのだから。

 

 五年前。ベレトが教師になってすぐ執り行われた対抗戦。その最中に入った、普段の自分とは違う領域。

 戦場の緊張感があると意識の上では感じている。それを情報の一つとして心の中に置き、周囲から取り入れた多種多様な情報が次々に脳へ流れ込んでくる。

 まるで目が増えたように、視界の端の端まで届く意識が見えないはずの背中にまで及ぶようで、敵の動きはおろか、自分が次にどう動けばいいのかも手に取るように分かる。

 久しぶりに入ったこの感覚は間違いなくあの時と同じ状態だった。

 

 極限を超えた集中状態に入ったエーデルガルトは理解している。自分の今の役目も対抗戦の時と同じ、ベレトが自由に動くための露払いだと。

 彼が仕掛ける策を成功させるため、あの背が向かう先、勝利へ至る道をひた走る。

 依然として数の差は苦しい。それでもやることが決まっているならやるだけだ。

 

「まとめて蹴散らしてあげるわ! 帝国の、我らの力、思い知りなさい!!」

VVGRRR、RRYYOOO(やってやんよオラァ( っ・д・)≡⊃)!!」

 

 自身のドラゴンが吼えるのに合わせてエーデルガルトは斧を振り、突進を命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵将発見!」

「あそこだ! 【魔刃】がいるぞ!」

 

 港の中でも、建物がない開けた空間。時期によっては市場が催されるかもしれない広場で、進撃する黒鷲遊撃軍が見つけたのは同盟の将の一人。

 

「騒々しい……数に任せれば私に勝てると思いましたか」

 

 片手に杖を、片手に剣を携え、僅かな部下を従えるだけで迎え撃つのはリシテア。

 その魔導と剣技によって名を馳せる同盟の最高戦力。

 

 正面から突撃を仕掛ける遊撃軍。前面に大楯を構える一団は生半可な攻撃では止まらない。

 向かい合うリシテアは細い腕を上げて、魔法を一つ放つだけ。

 

「──ハデスΩ!」

 

 力むことなく静かに放たれたのは闇の上級魔法。

 降り注ぐ闇の奔流が敵部隊を押し潰し、石畳ごと吹き飛ばした。

 

 たった一つの魔法で敵の突撃を阻んだリシテアだが、油断なく魔力を練り上げる。

 強い魔法を撃つだけが彼女の本領ではないのだから。

 

 すぐに土煙の中から帝国兵達が現れる。今度は整然とした部隊の動きではなく、バラバラに多方向から攻めてきた。

 

「怯むな!」

「囲んで叩け!」

 

 複数の方向から攻めてくる帝国兵。それぞれが武器を構えて接近戦を仕掛けてくるのは、普通の魔法使いからすれば大きな脅威である。

 

 それに対してリシテアは小さく鼻を鳴らすと、自ら前に出る。

 ローブを翻して細かくステップを刻む少女が、精鋭の波状攻撃を次々に回避する様はさながら演劇のような美しさがあった。

 

 しかしここは戦場。ただの舞踏で終わるはずもなく。

 

「──ウォームΖ×4!」

 

 剣を握った右手の指から。

 杖を持つ左手はそのままに肘から。

 踏み込みと同時に捻る右腰から。

 屈んだ背中から。

 漲らせた魔力がリシテアの体の各所から4発同時の闇魔法となって放たれ、取り囲む帝国兵をまとめて弾き飛ばした。

 

 中には闇魔法を凌いで踏み出す剛の者もいた。

 その一際大柄な戦士が、斧を振り上げてリシテアに襲い掛かる。

 

「小娘、覚悟ぉ!」

「その程度!」

 

 対するリシテアは右手の剣を振るう。

 体格も、膂力も、あまりにも不利。

 打ち合えば負けは必至と思われた激突は、しかしリシテアに軍配が上がった。

 

 大男が両手で振り下ろした斧の一撃を、小柄な少女が片手で振り上げた剣が正面から弾き返す。

 拮抗すらしない、冗談のような交差に続くのは一方的な剣戟。

 体勢を崩された戦士を防戦一方に追い込み、最後は体ごと回転させる大振りの剣で横一閃。

 相手が防御のために構えた斧諸共真っ二つに切り裂いてみせた。

 

「さあ、次は誰ですか?」

 

 造作もないと言わんばかりに周囲を睥睨するリシテアは、遊撃軍の精鋭達すらもたじろがせる威圧感があった。

 

 【魔刃】リシテア=フォン=コーデリア。

 それは彼女の圧倒的な魔法と超常の剣技を称えて付けられた二つ名。

 猛将ホルストに並ぶ、同盟最強の戦力である。

 

 その高い魔力からなる闇魔法は恐るべき威力となり、あらゆる敵を粉砕する。堅い防御も、魔道士による魔防も、関係なく打ち砕く。

 何より威力以上に彼女の脅威とはその手数。個人が放つものではありえない大量の魔法は、集団魔法を操る魔法兵団の如し。

 体に宿った二つの紋章により、他人に倍する魔力操作が生んだ高い魔法適性が、常人離れの高威力と連発を支えて常識外れの戦法を形にしてみせた。

 

 また、彼女のさらなる武器である剣技も無視できない。

 魔法使いの悩みどころである接近戦が、彼女にとっては格好の的。この点でも常識外れと言える近接戦闘力の高さが強み。

 小柄な体は力と重さで劣る代わりに小回りと素早さで優る。度胸に任せて密着してしまえば敵の攻撃はその身軽さで回避できる。

 そして正面からのぶつかり合いになっても、桁外れの魔力を乗せた魔法剣が体格の不利をいとも容易く覆してしまうのだ。

 

「故に【魔刃】……まったく、厄介な存在になりましたね」

「ヒューベルトですか。あんたがわたしの相手を?」

 

 兵を下がらせて前に進み出たヒューベルトを見て、リシテアは訝しげに訊ねた。

 

「ええ。僭越ながら、貴殿を抑える役は私が仰せつかっております。付き合っていただきますよ」

 

 いつも通り慇懃に一礼してみせるヒューベルト。

 しかしその内心は、同じ魔法使いとしてリシテアに対する称賛と……ベレトに対して少なからず苛立ちがあった。

 

 何しろ彼女がこれほどまでに厄介な戦士へと成長したのは間違いなくベレトが指導したせいなのだから。

 

 まず、ベレトがコンスタンツェに協力して実現した魔法の使い方、魔法を足から放つ発動方法。これがいけない。

 魔法を専門に学ぶ勉強熱心なリシテアが、ベレトの魔法の使い方に興味を持たないはずがなく、ベレトもベレトで意欲的な生徒の質問に応えないはずもなく、惜しみなく教える教師からあっさりとその技術は伝えられた。

 それだけならまだいいが、当のリシテアが教わったものをただ使うだけではなく、自身に合わせて技を改良してみせる天才であることが災い──ヒューベルトにとっては紛れもなく災いだと言えよう──した。

 

 彼女はこう考えた。手以外から放てるなら、体のどこからでも魔法を放てるのではないか、と。

 考えたことを実現してしまえるのが天才たる所以。魔力の放出口を手以外にも用意することで、ベレト以上の魔力の持ち主である彼女はベレトにはできなかった魔法の並列行使を可能にした。

 余りある魔力を元手に並列魔法を操るリシテアの攻撃力は先ほど見せた通り。

 多数の敵に囲まれた状況であろうと、一人で周囲の敵をまとめて薙ぎ払えてしまう桁外れの火力を手に入れたのだ。

 

 さらにリシテアを厄介たらしめるのがその剣技。

 士官学校での訓練を通じて、彼女の身のこなしから剣の素質を感じたベレトが指導すると才能が開花する。剣を握りながら魔力を練り、刀身に魔力を乗せて振るう魔法剣という戦技を編み出した。

 その威力も先ほど見せた通り。体格も腕力も大きな差がある敵を正面から打ち破ってしまえる超常の攻撃力を発揮する。

 全ての魔法使いにとって共通の弱点であるはずの接近戦は、彼女にとってはもう一つの得意分野である剣を振るう場なのだ。

 

 加えて言及したいのが彼女の武装。

 同盟内の派閥争いに負けたグロスタール家から接収した英雄の遺産、テュルソスの杖。これをグロスタールの紋章を持つリシテアが手にすることでその力を遺憾なく発揮し、ただでさえ強力な魔法が一段と強くなる。

 そして近年発見された、魔獣から獲れる材料で作られるウーツ鋼という合金。これを原材料にして鍛えられた勇者シリーズという武器が開発された。

 リシテアが持つ勇者の剣もその一つ。刀身に穴を空けるという普通なら強度を犠牲にしそうな作りでも問題ない丈夫な剣で、独特の重量バランスは熟達した剣士が握れば一呼吸に二回振ることが可能だと言われる。

 

 他を圧倒する大火力の魔法と剣技が、他の倍する手数となって襲い来る。

 こうして、【魔刃】の名を冠する小さな魔神が誕生したのである。

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 

 時間を少し遡り、デアドラへ進撃する道中で。

 

「問題は数の差。となれば誰をどこに配置して誰と当たらせるかが重要だ」

 

 作戦会議の場でベレトの説明を遊撃軍の面子は神妙な態度で聞く。

 ブートキャンプから合流したフェルディナントとペトラはぐったりとしているが。

 

「今回の戦いで狙うのは短期決着。一気に敵陣に飛び込んで直接将官を狙う」

「なんだか鷲獅子戦みたいだな。対抗戦でもそんな感じの作戦だったし!」

「あったねー、そんなの。士官学校で培った僕らの強みを生かすんですね」

 

 改めてベレトが提示した作戦の方針を聞いて、カスパルが思い出したように言う。続いてリンハルトが一言を添えた。

 

「そうだな。五年前から君達が他に優っている速さを活かした開幕速攻で主導権を取りたい」

 

 簡易テーブルに広げた軍港の見取り図を指さしながら、ベレトは説明を続ける。

 敵将官として立ち塞がるであろう金鹿の生徒にも言及して、誰がどこへ向かってどう戦うか、あえて細かくは詰めない方針で各員の動きを伝えた。

 

 聞いてからリンハルトが何とはなしに口を開く。

 

「前から思ってましたけど、先生ってこういう作戦とかけっこう緩く伝える時がありますよね。大雑把と言うか、指定する範囲が広いと言うか。いやまあ、それでも戦場には合致するし困ったことにならないからいいんですが」

「あまりに細かく詰めすぎると、そこから少しズレただけで通用しなくなる。戦況は変化していくものだから、対応させるためにわざと緩くしているところもあるよ」

「まあそうですよね。そうやって緩くしても予想した範囲に戦況がきちんと納まるんだから、貴方の先読みがすごいですよ」

 

 ベレトの返事を聞いてしみじみと頷くリンハルトである。

 エーデルガルトやヒューベルトのように細かい指示でも十全に理解してその通りに動ける者もいれば、カスパルのように作戦への理解が浅いまま飛び出してしまう(五年前は顕著だった)者もいるし、ペトラのように言葉遣いが拙い故に細々と指示を出しても理解が及ばない者もいる。

 そういった生徒を一緒くたにした学級を指導してきたベレトだからこそ、作戦などの上手い伝え方も慣れていったのだろう。

 

 しかし、今回ほど厳しい状況から始まる戦闘はベレトも初めてだったようで。

 各員の配置にかなり悩むことになり、自分だけでは詰められない部分もあった。

 

「問題は敵将に対する配備なんだが……」

「あら、決められないの?」

「考えてはある。だがみんなの意見も聞きたい」

 

 エーデルガルトの質問に返されたのは珍しい発言で、全員の背筋が伸びる。

 ベレトの指揮能力は誰もが知るところだ。その彼が自信を持って決められないのであれば余程の悩みどころなのだろう。

 幸いにもメンバーの士気は高く、苦戦を強いられるこの決戦にも率先して声を上げてくれた。

 

 【烈女】ジュディット。

 【震展】レオニー。

 【轍薙】ラファエル。

 二つ名を持つ脅威を筆頭に、誰を中心にして対応させるか(大まかに)決めていくが、それでもベレトには決め切れない相手がいた。

 

「リシテアをどうするべきか……」

 

 同盟軍の中でも飛び抜けた強さを持つリシテアにどう対処するべきか。

 ベレト自身が当たることも考えたが、自分はクロードを攻めなくてはいけない。

 戦力的に不利なこの戦い、彼女一人に複数を当てる余裕はなく。当然放置するわけにもいかず。かと言って単独で誰かを向かわせるのは……

 

 悩むベレトという珍しいものを横目に、これは自分が言わなければいけないと決めたエーデルガルトは口を開く。

 

「ヒューベルト」

「はい」

「リシテアは貴方が抑えなさい」

 

 【魔刃】と単独で戦え──己の忠臣に向けたそれは「死んでこい」と意味するに等しい言葉。

 

「畏まりました」

 

 その言葉に、忠臣は即答で応じてみせた。

 

 堪らずベレトが眉をひそめる。

 

「エーデルガルト、それではヒューベルトが……」

「師も分かるはずよ。これが最適な采配だと。他に適任はいないわ」

「……確かにそうだが」

 

 考えを指摘されたベレトは言い返せなかった。

 

 総合的な防御力が高いカスパルでも、彼の魔防ではリシテアの魔法の大火力には耐えられない。

 自軍で最も魔防に優れるリンハルトでも、魔法には耐えられたとしても剣技で押し切られる。

 遊撃軍の他のメンバーでは誰だろうと同じこと。

 魔法使いとして魔防が高く、それでいて接近戦の実力もそれなりに高い。そんな相反する能力の持ち主はヒューベルトしかいないのだ。

 

 しかし、そのヒューベルトの力量を知るベレトは予感してしまう。

 彼ではリシテアに勝てない。どのように戦っても殺される。

 戦士としての感覚と指揮官としての思考が、ヒューベルトの死を確信してしまう。

 生徒に向けて「死んでこい」と命じることは、ベレトにはできなかった。

 

 だからこそ察したエーデルガルトが代わりに言ったのは分かるのだが……

 

「どうしましたか先生? エーデルガルト様の采配に何か異論でも?」

「君の負担が大き過ぎる。下手をしなくても死ぬぞ」

「くっくっくっ……率直な言い方ですね。しかし彼我の戦力差を考えると私しか適任がいないのが現状でしょう」

「やはり俺も一度加勢しに行く」

「先生はクロードを叩くという無二の役目があるでしょう。早急に敵の頭を討ち戦いを終わらせれば、それだけ生き残る者も増えます。その方が貴殿の目指すものと一致するのでは?」

 

 ベレトを窘めるのが楽しいのか、目線を下げる彼を見ながら上機嫌にヒューベルトは続ける。

 

「私とて死ぬつもりは毛頭ございません。我が主の覇道を最後まで支えるのはこの私だと自負しております。生き延びてみせましょう……それに、私にも奥の手くらいありますので」

「……じゃあ君を支援する策も必要だろう。そっちも別に考えなくては」

 

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

「一人でわたしを相手取ると? あんたじゃ勝てませんよ」

 

 帝国が誇る精鋭を一蹴してみせたリシテアが口にするからこそ、傲然に聞こえる言い方も事実の指摘でしかなかった。

 

「ええ、私一人で貴殿を倒せるとは思っておりませんとも」

「あら、素直に認めるんですね」

「もちろんです。しかし貴殿と私とでは勝利条件が違います。この戦いの間、貴殿をこの場に留めることさえできれば、それだけで私にとっては勝利と言えるのですよ」

「だから……()()さえできないと言ってるんですよ!」

 

 テュルソスの杖を振り、ほとんど溜めることなく繰り出したルナΛがヒューベルトを襲う。

 僅かな魔力の起こりから即座に回避したヒューベルト。これだけでも彼が非凡な戦士であることが窺えるが、それだけで敵う相手ではない。

 

「重々承知しております……なのでこちらも早々に札を切りましょう」

 

 距離を保って走りながら彼が取り出したのは細長い棒。力を込めて握るのが作用したのか、その先端がオーラを帯びて刃を形作った。

 それを見たリシテアは眉をひそめる。

 

(何あれ? 槍? 魔法武器? ヒューベルトは魔法使いだけど、前衛として動けないわけじゃないから接近戦を仕掛けようとして……でもそれじゃさっきの帝国兵と同じようにわたしの敵じゃない。武器一つでひっくり返る実力差じゃないことくらい彼も理解してるだろうし……)

 

 考えながらも目で追うヒューベルトが槍を振り被り──瞬間、嫌な予感に従って全力で剣に魔力を込める。

 明らかに届かない位置からヒューベルトが槍を振るったのが見えたので前方へかざすように剣を構えた直後、甲高い音を立ててその剣が大きく弾かれた。

 腕ごと持っていかれそうな衝撃だった。間違いなく自分を狙った攻撃。

 

「くくくっ……防ぎましたか。傷の一つでも負えばよいものを……」

 

 くるりと槍を回してヒューベルトが笑う。

 

 小さく後退るリシテアの目が捉えたのは槍の穂先。ただの魔力とは違う、キラキラと光る何かが伸びている。

 

(魔法じゃない! 剣に当たった堅い衝撃からして実体がある! 魔力で作った何かを穂先から伸ばして近付くことなくわたしに攻撃を届かせた!)

 

 それはまるでベレトが持つ天帝の剣のように。

 離れた場所からでも届く攻撃は、ヒューベルトにとって間合いが意味を為さないことを表していた。

 

 正体を探らんとリシテアは目を凝らす。光を反射して煌めいているそれは、どこか透けて見えるようで……

 

「……氷?」

 

 魔力で作られた氷の刃。

 一瞬でここまで伸ばし、衝撃で砕けても追加で生み出せる不定形の穂先。

 ただ魔力を流す武器ではありえない、ヒューベルト固有の技。

 

「流石はリシテア殿。初見でもう見抜かれるとは」

「それがあんたの切札ですか」

「ええ。貴殿ならばお判りでしょう。私がこの技を使うことの意味が」

 

 リシテアほどではないにしても、ヒューベルトも優れた魔法使いだ。彼の操る闇魔法が敵を容赦なく叩き潰すものであるとリシテアは知っている。

 そのヒューベルトが魔法以外に遠距離攻撃の手段を持つことの意味をリシテアは察する。

 

 魔法と魔法の撃ち合いになれば、間違いなく自分が勝つ。威力も手数も疑問の余地なくこちらの方が上だ。

 しかし遠距離の勝負だと、自分には魔法しかないがヒューベルトは武器で攻撃できる。動き出しが同時だと想定した場合、()()()()()()()()()のだ。

 

 基本的に魔法とは深い集中を以て発動する術である。リシテアもヒューベルトも必要な魔力を素早く集中させられる熟達した魔法使いだが、それでも集中は必要だ。

 それは感覚的な集中とは違い、自身の魔力を特定の流れに操作すること。噛み砕いて言えば、魔法を使おうとする時は絶対に「これをこれこれこうする」と思考しなくてはならない。

 

 対して、武器を振って攻撃するのは肉体動作である。今では剣技を得意とするリシテアは体で理解できることだが、武器を振るのにいちいち思考を挟む必要などない。

 それはヒューベルトも同様。穂先に氷の刃を作るという極めて単純な魔力操作では思考の負担なんてほとんどないと予想できる。自信があるからこそ持ち出した技だ。

 

 思考を挟まず振れる武器攻撃の速度に、必ず思考しなければ行使できない魔法攻撃の速度は決して勝てない。

 どんなに訓練を積んだとしても、無意識に魔法を使うことなど絶対に不可能なのだから。

 

 即ちこの状況は、魔法で一方的に押し潰せるはずだったリシテアを、ヒューベルトが自身の土俵に引きずり込んだと表現できるものだった。

 

「我が氷槍、とくとご覧あれ……!」

「小賢しい……そんな小手先の技でわたしに勝てると思ったんですか?」

 

 自ら危険域に踏み込まなければならない状況になったと理解しても、リシテアには臆する気など微塵もなかった。

 武器一つ、技一つで埋まるような実力差ではないことも揺るぎない事実。ヒューベルトがどんなに手を尽くしたとしても結局は時間の問題。戦えば遠からず自分が勝つとリシテアは確信する。

 

 同じことを理解しているだろう。しかしヒューベルトは態度を変えない。

 

「無論です。言ったでしょう? 貴殿をこの場に留めることさえできれば私の勝ちであると」

 

 勝敗の定義が違うのだと彼は笑う。

 エーデルガルトを、ベレトを、仲間を信じている。

 自分はただ、己の役目に全力を尽くすのみ。

 

 高まる魔力が紋様を描く。

 示し合わせたように両者は同時に魔法を放って走り出した。

 

「──ダークスパイクΤ!!」

「──ドーラΔ×4!!」

 

 殺到する闇の棘を、迎え撃つ闇の球が相殺する。

 二人の激突が港の一角を黒く染めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突だが、一種の例えとしてゲームの話をしよう。

 

 ゲームに登場するキャラクターが持つ性能は様々で、まさしく十人十色と表するに相応しく一つ一つが違っている。

 力が優れるキャラクターは物理攻撃が得意。

 魔力が伸びるキャラクターは魔法攻撃が強い。

 守備が高いキャラクターは物理攻撃を受けても平気。

 運が良いキャラクターはクリティカルヒットが出やすい。

 魅力があるキャラクターは他人が言うことを聞いてくれる。

 このようにキャラクター一人一人に特徴があり、多様なキャラクターが登場することでゲームに幅を生み、プレイを彩るのだ。

 

 こういったキャラクターの性能はステータスとして表示される。

 各項目がパラメータという数値となり、ゲームを操作するプレイヤーが一目で理解できる形で表現されている。

 また、パラメータが純粋な性能を表している他にスキルで補強される場合もある。画面を変えれば修得したスキルが一覧になって並び、そのキャラクターの強さを表してくれる。

 

 これらのステータスを伸ばすため、キャラクターを成長させることもゲームの醍醐味の一つと言えよう。そこに意義を見出すプレイヤーも多いはずだ。

 どうやって成長させるかと言えば当然、レベル上げである。

 経験値を貯めてレベルが上がればパラメータが伸びる。前述したキャラクター毎の傾向によって伸びる部分も変わり、それがそのキャラクターの個性になる。

 そうしてレベルを上げていけば自然とスキルの熟練度も上がり、新しく覚えたスキルがキャラクターを一層強くしてくれる。

 以上が基本的なキャラクターの育成だ。ゲーム内容によっては道筋が違うこともあるだろうが、概ね共通すると言っていいだろう。

 

 一応……種だのドリンクだの、ステータスを直接伸ばす道具、いわゆるドーピングアイテムを使い込んでレベルを上げることなくキャラクターを強化させるプレイヤーも存在する。

 とは言え、それは育成の手段としては極めて効率が悪く、趣味を通り越して性癖の分野だ。とてもではないが一般的とは言えないプレイであり、手を出すのは廃と呼ばれる極めて限られた人種なのでここでは考慮しないものとする。

 

 レベルを上げればステータスが上がる。パラメータは伸び、スキルも育つ。

 当たり前だがレベルが高いほどキャラクターは強くなる。

 自分が操作するキャラクターのレベルより敵の方が高いとゲームは難しくなり、逆に自分のキャラクターの方が敵よりレベルが高ければ楽になるものだ。

 

 では、その前提があるとして。

 

 ストーリー進行の目安となる推奨レベルが20台後半の時点で、

 レベル20から高くても30のキャラクターばかりが入り乱れるフィールドに、

 レベル40超えのキャラクターが出るとどうなるだろうか?

 

 ()()なるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 港の倉庫街。黒鷲遊撃軍の前衛が躍り出て、同盟の軍勢を蹴散らしている場。

 そこで彼らは文字通り、蹴散らしていた。

 

 真っ向勝負を続けるカスパルとラファエルは、戦い始めた路地から大通りへ転がり出ても手を止めようとしない。

 

「おらおらおらぁ!!」

「ふんぬぁ!!」

 

 互いの連打がぶつかり合う殴り合い。最初から力を惜しまない二人だが、その均衡は徐々に、着実に傾こうとしていた。

 

「そこぉ!!」

「んぐ!」

 

 一際大きく踏み込んだカスパルが下から持ち上げるように横腹を殴り、潜り込まれたラファエルは思わず足を止めてしまう。

 

「もいっちょ!!」

「こんのぉ!」

 

 真下から突き上げるカスパルの拳を今度は受け止めるも、

 

「ここだぁ!!」

「ぐぅ!?」

 

 押さえられた手を支点にして体を上下に回転させた浴びせ蹴りがラファエルの脳天に入る。

 下から上へと急変する攻撃を受け、タフな巨体が初めて後退した。

 

 配下のベルグリーズ戦団も後に続き、周囲の同盟兵を圧していた。

 カスパルに続けと言わんばかりに勢いを強めて踏み出し、数で優る敵を打ち倒していく。

 

 怯むことのない前進を旨とする【轍薙】が押し負ける。明らかな力負けと言える事態だった。

 そして他の場所でも似た事態が起こっている。

 

 大通りで戦い始めたフェルディナントがエーギル星騎士団の先頭で槍を振るい始めてから、彼は止まることなく戦っていた。

 足を止めず、手も止めず、馬上にいながら踊るように滑らかな槍捌きが同盟兵を斬り払う。

 

「ちぃっ、なんて奴だい! 数の差が意味ないじゃないか!」

 

 それを相手するジュディットが思わず悪態を吐くほどその戦いぶりは速く、まるで彼一人で二人分の戦力を担っているようだった。

 

 並んで戦うレオニーが負けじと槍を振るうも、片手間のような動きでフェルディナントに対処されてしまう。

 

「遅い!」

「っづ……くっそおお!」

 

 しまいには同じく騎馬のレオニーの槍を軽く受け流してからその背中がすれ違い様に柄尻で打ち据えられてしまい、防御と攻撃を一挙動で済ませたフェルディナントは尚も足を止めない。

 

 多数の手段を以て勝利を手繰り寄せる【震展】が、それ以上の手数によって防戦に追い込まれている。格の違いすら感じさせる展開だった。

 そこから上に目を向ければ、これまた驚く光景が広がる。

 

 倉庫街の壁を跳ね、屋根から飛び出し、配下のドラゴンナイトを足場にして空中を転々とするペトラが宙を舞う。

 ドラゴンでは叶わない鋭角の方向転換を駆使して港の制空権を奪わんと、足を止めないまま構えた弓から次々に矢を射る。

 さながら密林を自在に駆け巡る獣の如き身のこなし。

 

「くっ、なんて動きをするんだ……!」

 

 そのペトラを地上からイグナーツは狙うのだが、彼の優れた視力を以てしても追い切れず、時折見失ってはまた見つけて矢を射かけても中てることができない。

 それくらい空を動き回るペトラは手が届かないと感じさせる存在だった。

 

 戦場(狩場)で見せたそんな心の隙を、彼女(狩人)は見逃さない。

 

 数え切れないほど繰り返した空中移動。その最中で足をもつれさせたのか、足場のドラゴンを踏み切ろうとしたペトラの動きが明らかに鈍る。上体がぐらついて踏ん張ろうと足が止まる。

 それを見たイグナーツはほとんど反射的に弓で狙う。思考を飛ばして矢を番え、指を放して、射かけ──気付いた時には遅かった。

 止まったように見えたペトラは横ではなく、脱力した体で下に向けて動いていた。

 上下逆さまの状態でドラゴンの腹を踏み切り、地上へ向けて加速したペトラが飛んでくる。攻撃した直後の足を止めたイグナーツ目がけて。

 

 矢が当たらないことに焦る心は、明確に隙だと分かる止まった姿にまんまと引っかかってしまったのだ。まるで餌に飛びつく獲物のように。

 

「しまっ──」

「だああああ!!」

 

 落下しながら剣を抜いたペトラから少しでも離れようと、イグナーツは咄嗟に地面へ倒れるように回避を試みる。間一髪、剣の先が彼の肩を掠めるだけで済んだ。

 その代わりに、今のペトラの一撃によってイグナーツの弓が真っ二つに斬られる。

 追撃は初めから考えてなかったようで、周囲の同盟兵に囲まれる前に走り抜けたペトラはまた壁を駆け上がり、あちこちを足場にして再び空中から攻撃を始めた。

 

 たった一人、率いた部隊を駆使して敵の地上と空中を同時に相手取る姫は、既に港の制空権を奪いつつあった。

 

 異常と称していい戦果である。一部ではあるが帝国が同盟を圧倒しており、それに釣られるように他の場所でも遊撃軍は不利な戦況を互角なものへと持ち堪えさせていた。

 

 ここで、この戦いにおける両軍を数字で表してみよう。

 

 帝国が本来動員できる軍の総数を100だと仮定してみる。それに対して同盟の軍の総数は、どれだけかき集めても50そこそこである。両者がまともにやり合えば軍配はほぼ間違いなく帝国に上がるだろう。

 今回の決戦はそうではない。

 決裂した和平会談で取り決められた内容により、同盟は幾らか、帝国は大幅に限られた戦力のみで戦うことになった。

 

 同盟は金鹿の生徒を長とした各部隊と有力な領地から厳選された戦力をデアドラへ結集させた。数値に表すなら20ほど。

 対して帝国は黒鷲遊撃軍という最高戦力のみ。今でこそ軍の中では師団と呼べる規模になってはいるが、この戦力一つを数にするなら10となる。

 そしてそこに乗り込んできたパルミラ軍の数が10ほどであり、これがそのまま同盟に味方した。

 

 結果、帝国(10)VS同盟+パルミラ(30)という構図ができあがった。

 普通に考えれば三倍の戦力差がある相手と戦っても勝ち目はない。

 ただしこれは戦力を単純な人数だけで考えた場合の話だ。

 

 数の差は大きい。それは確かな事実ではあるが、人の世には時として数の差をねじ伏せる個の力が現れるのである。

 フォドラに生まれる紋章持ち、英雄の遺産の担い手、そういった常人を超えた力の持ち主。

 そしてここにはそれらの他に生まれた天然の英雄(ベレト)彼に導かれた者達(ブートキャンプ経験者)がいるのだ。

 

 紋章持ちはどちらにもいる。英雄の遺産の担い手は、帝国には現状ベレトだけで、同盟はクロードとヒルダとリシテアの三名いる。ここまでを考慮しても同盟が有利。

 が、しかし。

 その差を埋めてみせたのが個の地力。

 人数の差や武装の差に左右されない、その陣営を支える基礎の力。

 ベレトに鍛えられた者達が先頭に立って戦うことで、人数差三倍の敵を相手に拮抗しているのである。

 

 先述した帝国全軍の総数100の中で黒鷲遊撃軍が10だという下りも少なく見えるかもしれないが、たった一割という少ない戦力だけでこうして同盟とパルミラを同時に相手取っていることもあり、最高戦力と呼ぶに相応しい奮迅ぶりだと言えよう。

 もしこの戦いの場が広々とした平野で、帝国が本来の軍を存分に出せた上に黒鷲遊撃軍を編成できていたとしたら。

 机上の空論ではあるが、同盟六つ分の戦力と渡り合えるかもしれないのだ。

 

 とは言え、短期決着を狙って初手から全力を出し、数が少ないこともあって継戦能力はどうしても乏しい帝国としては、長引くほど不利になっていく状況は変わっていない。

 よって、この戦況を変えるべく動いた彼を信じて戦っているのだが。

 

 ──まだか先生!

 

 この危うい拮抗はそう長くは続かない。戦いながら常に意識してしまう。

 信じる気持ちと焦る気持ちが心の中で競り合い、それを払うように力を振り絞って戦う彼らに吉報が届いたのはすぐのこと。

 

 海上に展開するパルミラ軍のドラゴンナイトはエーデルガルトが抑えることになっているが、完全に抑えることはできていない。幾らか港の方まで来て遊撃軍を空から脅かす個体もいる。

 そういった敵もペトラが追い払ったりシャミアが撃ち落としたりするのだが、そうなる前にやってきたドラゴンナイトの一人が叫んだ言葉が切欠で戦局は動いた。

 

 ただしそれはパルミラの言語だったので、港でその叫びを聞いた者の大半は彼が何を言ったか理解できなかった。山を挟んでいるとは言え、高等教育を受ける貴族も多くいるのに隣国の言語がまるで理解されないところはフォドラの閉鎖的な気風の表れかもしれない。

 その中でも辛うじて理解できた数少ない人物、ジュディットが表情を驚愕に染めたことで危機感は伝わった。

 

「馬鹿な! 本当なのかい!?」

 

 思わず問い返してしまう彼女が聞き取れた内容は、この戦況が覆されたと言っても過言ではない通達。

 船が奪われた──ドラゴンナイトはそう言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次いで場面は海上に移る。

 

 パルミラ軍が潜み、大量のドラゴンナイトが飛び立った船は彼らの拠点として戦場で機能している。その船は戦闘が始まった時から動いていない。

 桟橋などは掛けられていないので徒歩で立ち入ることはできず、戦場である港に隣接しながらパルミラの精鋭達にとっては安全なありがたい海上の足場だった。

 

 はたして油断と言っていいのだろうか。

 少なくとも、敵に脅かされることはないと彼らが高を括っていても声を大にして責めにくいはずである。

 戦う相手の帝国は目に見えて数が少なく、港に雪崩れ込んだ部隊からして大半の力をそちらに注いでいた。分かれて林の方へ向かった部隊もいるにはいたが、あんな少数が別の船を動かしたりボートで乗り込んでこようとしても問題なく潰せる。

 フォドラまでやってきた精鋭だという自負が目を曇らせた……とまで言ってしまうのは、戦いの世界を知らない外野の野次になるだろう。

 あんな手段で乗り込まれるなんて考え付かなくても無理はない。

 

『て、敵しゅ──がは!』

「パルミラ語なんて初めて聞いたぜ」

 

 船の縁を超えると同時に抜いた剣で一人斬り伏せたヨニックが呟く。

 彼に続き、ジェラルト傭兵団の戦士達が次々に船へ乗り込んできた。

 

 海に浮かぶ船へ、地形を無視して大陸最強の傭兵達は現れたのだ。

 

『侵入者だ!』

『どうやって来た!?』

『知るか! 戦え!』

 

 パルミラ兵もすぐさま武器を取って応戦するが、少なくない動揺もあって後手に回り、勢いに乗る傭兵の攻勢に畳みかけられていく。

 

 急いで飛び立とうとするドラゴンナイトの間を高速で駆け抜けるジードが槍を振り回すと、ドラゴンの翼と足を小さく傷付けていった。

 

『こいつ、ドラゴンだけ狙いやがるな!』

『この野郎!』

「飛んでないドラゴンなんてデカいだけの羽根つきトカゲですよ、のろいのろい」

 

 軽口を叩いて甲板を走り回るジードは敵ドラゴンの飛行を阻止していき、彼に続く傭兵達もドラゴンを次々に抑えていくことで飛び立つドラゴンナイトが目に見えて減る。それはパルミラ軍の戦力を直接削るに等しい戦果だ。

 

 ガロテを始め複数の傭兵が船倉に繋がる扉の一つへ飛び込むと、合図を受けたダンダが適当な積み荷を一人で抱え上げる。

 

「ではダンダ、塞いでください」

「お任せー!」

 

 一声かけたガロテが扉を閉めて、そこを目がけてダンダは一抱えある積み荷を叩きつけた。扉も壁も破壊して行き来を封鎖した内部では多くの怒声が響いているので、突入班が船の内部を制圧していくだろう。

 

 レンバスの班が船首の方を回り、ドナイの班が船尾を回る。ドラゴンの周り以外のパルミラ兵を倒し、時に海へ蹴り落としたりして一周すると粗方制圧が終わった。

 

「前、よし」

「後ろ、よし」

「ドナイは見張り台に上がれ。他は入れるとこ探して中だ」

「あいよ。レンバスさんは?」

「後続を引き上げるよ。ダンダ、見つけたか?」

「縄梯子いっぱいあったぞー」

「でかした!」

 

 指示に従って散った傭兵から目を放し、ダンダが持ってきた縄梯子を船の縁から下ろしたレンバスは空を仰ぐ。

 

「レト坊! もういいぞ!」

 

 彼らの様子をドラゴンに乗って空から見ていたベレトは合図を受けてすぐに後続へ飛ぶ。

 滑空した先は海の上。人が立つことなど叶わないはずのそこには長く伸びた氷の道があり、地上から徒歩で渡ることができる即席の橋が作られていた。

 そこに待機しているのはヴァーリ弓兵隊。

 

「制圧完了! 梯子を上ってくれ!」

 

 指示が届いて動き出した弓兵隊が梯子に飛びついて次々に船へ乗り込んでいくのを見て、ベレトは作戦の成功を確信した。

 振り返り、この作戦の一番の功労者に声をかける。

 

「ベルナデッタ、作戦は成功だ。君のおかげだぞ」

「は、はひ……ど、も……ベルは、もう……ダメです……」

「充分だ。後は休んでくれ」

 

 ドラゴンの羽ばたき音に隠れてしまいそうな掠れ声でベルナデッタが返事をした。辛うじて返る声を聞いて、無茶をさせてしまったなとベレトは彼女の背を撫でる。

 船を強襲するこの即興作戦の要に抜擢したベルナデッタは見事期待に応えてくれたのだから。

 

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 

 

「あの、先生? 結局ベルは何をするんですか?」

「ベルナデッタ、君は魔法のブリザーを今でも使えるな?」

「はい? ええ、まあ一応使えますよ。授業で教わったくらいのことなら。でも、戦いに使えるほどじゃ……」

「敵との戦闘に使うんじゃない」

「え? じゃあベルは何するんですか?」

「海だ。俺達はこれからパルミラの船を攻める。その進軍路として海面を凍らせて、続く弓兵隊が船に乗り込むための氷の道を作るんだ」

「はあ、海。でもあたしの魔力じゃそんなに上手くは……」

「君だけでやるんじゃない。ジェラルト傭兵団が今から海に木材を投げ入れて氷の芯を用意する。ベルナデッタはそれに沿うようにブリザーをかけて凍らせてくれ」

「ああだからレンバスさん達が、なるほど。いやいやちょっと待ってください先生、今戦闘中ですよ! 敵のドラゴンナイトが襲ってきたら避けられませんって!」

「レンバス達は海面だろうが自分達でどうとでもする。君は俺がコントロールするから大丈夫だ」

「……先生が?」

「まず、ドラゴンに乗る俺が天帝の剣のワイヤーを巻いて吊るしたベルナデッタを海面近くまで下げながら空中を移動。君が木材に沿って海面をブリザーで凍らせて即席の道を作る」

「……ベルを?」

「敵ドラゴンが襲ってきたら俺がワイヤーを引いて回避。敵はジェラルト傭兵団が処理する。氷の道を作れたらヴァーリ弓兵隊が海上を進行。パルミラ軍の拠点である船を乗っ取って、敵ドラゴンナイトを海側から攻める態勢を作る」

「…………………………正気ですかああああああああああ!?!?!?」

 

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

 海の上に氷の道を作る。言葉にしてしまえばそれだけのことでも、実際に行うのは非常に難しいことだった。

 

 海水は塩分を含んでおり、水から氷へと変わる温度、凝固点が普通の水より低い。上級の氷魔法フィンブルならともかく、初級のブリザーを海面にぶつけたところでそこに作れた氷は脆く、人が乗ればすぐ割れてしまうものだろう。

 なのでただブリザーを使うのではなく、ジェラルト傭兵団が近くの林で調達した木材をその場で細く裁断して海に投げ入れて氷を支える芯材として用い、それに沿うように凍らせたのである。

 

 ちなみに、作業中に襲撃された時のための対策(吊り下げベルナデッタ)は結局一度も利用することはなかった。ベレト達の動きをパルミラ軍が見逃したと言うより、向こうがそれどころではなくなったのだ。

 というのも、ベルナデッタがブリザーを使うのを待たずしてジェラルト傭兵団が先んじて船に特攻したからだ。海に投げ入れた木材を足場に、不安定さも何のその、軽やかに跳ねて進む傭兵達は常識外れの海面進撃をやってのけ、まさかの強襲で船内は大混乱に陥ったのである。

 そうして傭兵団に襲われたパルミラ軍は海面を警戒するどころではなかった。こんなにも速く、しかも徒歩で下から船へ攻め込まれた彼らを責めることはできまい。

 

 襲われなかったベルナデッタは吊り下げられるという変な姿勢でも必死に集中してブリザーを使い、ヴァーリ弓兵隊が続くための道を作った。

 彼女も士官学校にいた時に少しだけ魔法の訓練を受けていた。その時に判明した自身の氷魔法の適性が他の生徒にはなかったので心細かった覚えがある。

 五年経った今でもベレトがその成果を覚えていてくれて、しかも作戦の要として頼んできたことは及び腰になると同時に嬉しいことでもあったので、泣き叫びながらも頑張ったのだ。

 

「先生……後は、お願いします……」

「ああ。任せてくれ」

 

 使えるとは言え慣れない魔法の大量使用で疲労困憊になってしまったベルナデッタにこれ以上無理はさせられない。

 甲板に着地させたドラゴンから降ろしたベルナデッタを仲間に預ける。最後に頭を一撫でしてからベレトは甲板に並んだヴァーリ弓兵隊の前に立った。

 

「諸君の長、ベルナデッタの尽力により船の制圧が叶った! 彼女の働きに応えるために、今こそヴァーリの弓を以てパルミラの精鋭を撃ち落とさん!」

 

 然り!──ベレトの発破に応じた弓兵隊が大きく声を上げる。仕える主があんなにも疲弊するほど力を尽くす姿を見て、彼らも奮起させられたのだ。

 

「構え!」

 

 手を上げたベレトの目線に従って全体が弓矢を構える。示された先は、向かって港の海上。

 

「目標、手前のドラゴンナイト!」

 

 港に向かおうとするパルミラ軍のドラゴンナイトはその多くがエーデルガルトの飛竜隊によって海上に抑えられている。ベレトが指示した通り、彼女は深追いせず敵の侵攻を阻むことに注力していた。

 つまり船にいるベレト達から見て手前側、比較的近いところを飛ぶドラゴンナイトが敵だということ。

 実に、狙いやすい。

 

「撃て!!」

 

 振り下ろされた腕を合図に、ヴァーリ弓兵隊による一斉射撃がパルミラ軍を背後から襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はははっ……マジかよ。やりやがった、あの野郎……!」

 

 笑ってしまった。笑うしかなかった。

 頬が緩んで、腹に力が入る。何もしなくても笑声が込み上げる。

 おかしくて仕方なかった。

 

 だってそうだろう?

 あんなに準備したのに。策を練って、備えて、構えて、敵を上回ったのに。

 それを、たった一手でひっくり返すとか、何なんだあの人は!?

 

 思わず天を仰ぎ、クロードは笑うのだった。

 

 急に笑い出したのを訝しく思ったのか、相棒のドラゴンが首をこちらに巡らせる。

 その目つきがどことなくこちらを咎めてるみたいで、戦場で気を抜くんじゃないと叱られたような気がした。

 

「分かった分かった。ああ、分かってるよ」

 

 首元を叩いて謝ってから手綱を握り直した。飛ばす方向を指示しながら、クロードは不思議に思う。

 自分は今どうしてこんなにおかしな気分なのか。

 

 戦いとは、戦おうと思った瞬間から始まっている。ベレトは生徒にそう教えた。

 その考え方はクロードも同意だった。騎士道精神だとか正々堂々だとか、そんな言葉遊びにかまけて拾えるはずの優位を捨てて、確実な勝利を手放すなどもったいないにも程がある。

 拘りたい奴は好きにすればいい。自分はそういうものより裏をかく方を優先する。それだけのこと。

 いずれ戦うと予感した時から、そのための仕込みをしておく。備え、下準備、言い方は別に何でもいい。

 

 五年前から。いや、士官学校に行く前から。それこそ故郷にいた時から。

 クロードはずっとそう生きてきた。どんな戦いにもそう臨んできた。

 体を鍛えて自分を強くするのも。

 策を用いて相手を弱くするのも。

 どちらも勝利を手繰り寄せんとする真剣な向き合い方だ。そこに優劣はない。その人がどちらを重視するかというだけ。

 クロードは後者を重視する。前者を全く疎かにするつもりはないが、頭を捻って策を練ることが自分に合っていると思うのだ。

 

 デアドラの館に忍び込んで親書を届けに来たベレトに会った時から、帝国とこうして戦うと予感していた。彼の体質によってドラゴンを運用すれば不利になるという先入観を逆手に取って、パルミラ軍のドラゴンナイトを投入する段取りを組んだ。

 同盟議会から要求されたベレトの身柄はエーデルガルトが断固として拒むと予想できたので、その代わりに決戦における有利な条件を引き出せることを思い付いた。

 この決戦に備えて用意した策は確かに効果があった。帝国に対して有利に立てて戦いを始められた。

 

 その渾身の策が、ベレトの咄嗟の対応で覆されてしまうとは。

 戦略が戦術で覆されてたまるか、と喚いてもおかしくない事態なのだが、クロードの口から出るのは楽し気な笑い声で。

 自分でも不思議な気持ちを探り、クロードは思い至る。

 

(ああ、そうか……俺は今、楽しいんだ)

 

 不謹慎かもしれないが、きっとそれが真実。

 

 異端扱いされてきた自分と初めて同じ目線で話せる人間と会えて。

 指導を受けて、逆に自分の考えを教えて、いつか同じ野望を目指したいを思えて。

 歩む道は別たれてしまってもこうしてぶつかり合えて。

 生まれて初めて見つけた、自分と同じ種類の人間。それがベレト。

 

 そのベレトとこうして戦っている。本気で考えた策をぶつけて、相手を上回ろうと思考して、それに相手が予想外の戦術で対抗して、全力で競い合っている。

 自分と同じ目線で語れる相手と、同じ領域で向かい合う。恐らくそれは多くの人が望んでも得ることのない好敵手なのだ。

 

 この状況でこんな気持ちにさせてくれるとは。

 

「やってくれるじゃないかよ、きょうだい!」

 

 もうしないと決めたきょうだい呼びを興奮のまま口にした自覚もなく、クロードは海の方を睨んだ。船からドラゴンが飛び立ち、その背にベレトが乗っているのを遠目で捉える。

 ここから先は同盟が有利とは言えない。むしろ制空権を帝国に奪われた今、同盟こそ決着を急がなければいけない時。

 

 北の波止場からドラゴンを飛ばすクロードは海を周るように移動する。ベレトのところへ直接向かい、自分で戦うため。

 例えここから同盟が盛り返したとしても、ベレトがいる限り帝国はいくらでも戦況を変えてくるだろう。ならばそのベレトを早急に討ち、相手側の士気を挫かなければ展開は同じだ。

 それができるのは自分だけ。否、自分以外は認めない。

 

「こっからだよな……一番盛り上がるのはさ!」

 

 英雄の遺産、魔弓フェイルノートを握る手に力が籠る。直接対決とあってこれまでと違う意味で鼓動が高鳴る。

 今度は戦略ではない。実力ともう一つの策を用いて、積み上げてきた全てをぶつけてやる。

 鬼神は獰猛な笑みを浮かべて戦場へ躍り出た。




 好きなところを切り抜いて書くので、端折る部分もあります。
 ご理解ください。
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