級長の務めとして大聖堂を訪れた帰りに顔を合わせたのは偶然だった。
「貴方は……」
「お、あんたは、エーデルガルトか」
鎧を着用した兵の体格を自前の肉体で超える偉丈夫。
ベレトの父、ジェラルトと出くわしたのだ。
「お久しぶりです、ジェラルト殿」
「久しぶりだな。ルミール村から修道院に戻った時以来か。おっと、皇女様にぞんざいな口を利いたらいけませんかね」
「構いませんよ、命の恩人に対して口うるさく言うほど狭量ではありません。それに今の私はあくまで士官学校の生徒ですから」
「そうか? 助かるぜ」
軽く挨拶を交わす二人。
そこでジェラルトは何かを思い立つ。
「そうだ、あんた今は時間取れるか? できれば話したいことがあるんだが」
「私と、ですか?」
一瞬だけエーデルガルトは考える。
今日やるべきことは全て終えている。放課後なので今日の授業は終わっているし、ここに来る前にヒューベルトからの本日分の定時報告も受けてある。
この後はベレトに声をかけて一緒に食事しに行こうかと考えていたくらいだが、彼の父と話す機会は少ないだろうし、今日は誘いに乗ることにした。
「いいですよ。そのお誘い、受けましょう」
「ありがたいね。立ち話させるわけにはいかねえし、場所を変えようか。ついて来てくれ」
そう言ってジェラルトは歩き出す。その背について行き、向かう先は騎士団長室かしらとエーデルガルトは予想した。
予想通り騎士団長室に案内されたのだが、そこで見せられたものは意外だった。
ジェラルト自らが茶を淹れ、座る自分に差し出される。こう言うと失礼だろうが、武骨な見た目を裏切る優雅な手付きであった。
「どうぞ」
「いただきます」
一度香りを楽しみ、一口飲んで味と風味を楽しむ。
「美味しい……お上手ですね」
「そいつはよかった。傭兵時代は茶を嗜む余裕なんてなかったからよ、やり方なんざすっかり忘れちまったかと思ってたんだが、体はすぐに思い出してくれて安心だ」
対面に座りながらジェラルトは笑顔を見せる。豪快な笑いが似合いそうな人だが、こんな風に穏やかに微笑むこともできるのだと初めて知った。
──ああ、でも、こうやって見ると静かな微笑みは少しだけ
「それで、話なんだが」
「っ! ええ、伺います。何かしら?」
「俺達の間で共通の話題と言えば、まあ、ベレトのことなんだけどよ」
つい思考が流れがちになるがすぐに向き直るエーデルガルトに、ジェラルトはどことなく言いにくそうに続ける。何度か口を開け閉めして、自分の茶を一口飲んで気を落ち着けられたのか、しばらくしてようやく言葉を絞り出した。
「……あいつは、ちゃんと教師をやれてるかい?」
そこには職場先の息子を気遣う父親の顔があった。
【壊刃】の異名を持つあのジェラルトでもこういう表情をするのかとおかしくなって、失礼だとは思うがエーデルガルトは小さく噴き出してしまった。
「おいおい、笑わないでくれよ」
「ご、ごめんなさい、ジェラルト殿でもそういうことを気にすると思うと、なんだか不思議な気がしてしまって」
「仕方ねえだろ……俺でも息子のことは気になる」
急いで口元を整えて、返事をする。
「心配いりませんよ、師は私達をしっかり指導して下さってます。素晴らしい人が担任になって、
「そうかい……級長のあんたがそこまで言うなら、安心できそうかな」
「むしろ彼の教養の深さにこちらが驚かされる日々です。彼にものを教えたのはジェラルト殿なのですよね。一体どのような指導を?」
これは前から気になっていたことだった。あの若さであれほどの能力を身に付けたベレトのことだ、さぞかし高度な教育を受けたのだと想像するが、父親のジェラルトはどんな風に彼を鍛えたのか。
「俺が教えたのは物事の基礎に当たる部分だ。どんなことでも始めが肝心だからな」
「ですが、基礎だけということはないでしょう? 師の力は明らかに練達の域にあります」
「そりゃあ、おかしな癖が付かないように是正したり、間違った方に進まないように引き止める時はあるが、教えたことの大半は基礎的なものさ」
士官学校の誰もが気になるベレトのルーツとでも言うべき情報に、エーデルガルトは興味津々に聞き入る。美味な茶と併せる上等な話題は場を盛り上げるものだ。
「基礎と一言に仰いますけど、それだけでも相当なものですよ」
日頃教室で授業をするベレトの姿は、皇族として高等教育を受けてきたエーデルガルトの目から見ても堂々としたものである。
自分達と大して歳が違わない人間が教壇に立つ姿は違和感があってもおかしくないのに、彼の指導は不思議と安心感があり、ついて行きたいと思わせるのだ。無表情で泰然とした態度が良い意味で頼もしさを感じさせるのかもしれない。
授業内容にしても驚きの充実度だ。
傭兵だったベレトが武芸関係の指導が上手いのは理解できる。戦術の講義では実戦に即した貴重な私見を聞けて為になるし、手合わせして彼から一本でも取れた生徒はまだ一人もいない。
それに加えて、まさか算術や語学まで精通しているとは思わなかった。座学を放り出しがちなカスパルに四則計算を根気強く教えたり、慣用句に首を傾げるペトラに噛み砕いて説明したり、並の貴族以上の教養を備えていると思わしき場面をよく見る。
そんな指導もジェラルトからすれば基礎でしかないのだろうか?
エーデルガルトは不思議だった。
「基礎は俺が教えた。それ以上は他の教師が良かったのさ」
「貴方の他にも師に教えた方が?」
「日差しと影、川のせせらぎ、月と星……自然の全てがあいつの教師だよ」
太陽の動きが、時の移りと季節の巡りを。
水の流れが、大地の恵みと厳しさを。
夜空の模様が、天地の広さと己の小ささを。
そしてそれらの中に存在するあらゆる生き物達が、ベレトに無数の教えを与えたのだと言う。
「あいつは優秀だからな。俺が教えたことなんて始めの一歩か二歩みたいなもんだ」
軽く言ってのけるジェラルトだが、そんなはずはないとエーデルガルトは思う。
その根拠はベレトの戦闘力。追いかける背中があればこそ、鍛えてくれる師匠がいるからこそ、彼は強くなったはずなのだ。
「戦い方もですか?」
「ん? あー、それは……まあ……」
「あれほどまでに強く鍛えておいてそういう言い方をするのは、いくらジェラルト殿でも師に対して失礼ですよ。彼は間違いなく貴方が育てたのです、胸を張ってください」
級長として、他の生徒よりもベレトと一緒にいる時間が多い──授業の進行具合や訓練方針の相談とか彼が教師としてまだまだ未熟だから生徒をよく知る自分と色々擦り合わせた方が指導も上手く進められるでしょう、そのついでに雑談を交えたり一緒に食事したりするのも別に不思議ではないでしょう、ええそうでしょうとも──エーデルガルトは、彼の口から傭兵時代の話を聞くことがある。
そんな時、ベレトが決まって語るのは、父が如何に偉大な人物かということ。
他人との交流が希薄だったというベレトにとって、ジェラルトは最も身近に接する人間であり、彼にとっては世界の中心となる存在なのだ。
『俺が君達の教師になったように、俺にとっては父さんが教師だった。だから、俺は父さんみたいな教師になって、君達に教えていく』
対抗戦が終わり、竪琴の節になってから最初の授業の時に教室でベレトがした宣言は、その後の士官学校で語り草となっている。
セテスの意向により、ベレトがあの【壊刃】ジェラルトの息子であることは早くから知れ渡り、無名の新人教師に箔を付けるためのバックボーンとして活用された。
親の威光を笠に着るような発言は普通なら鼻につくのかもしれないが、当のベレトはあっさりと割り切って父への敬意を隠さないので、周囲の者も自然とそういうものなのかと受け入れるようになったのだ。
そして行われるベレトの授業が傭兵の身とは思えないほど高度なもので、ジェラルトの薫陶を受けた者ならば、と後に納得もされた。
間接的にかの【壊刃】の指導が自分達にも行われているように感じられて、授業に臨む生徒達の士気は総じて高い。
今では授業の合間の休み時間に、フォドラに流れる【壊刃】の武勇伝で盛り上がるのがちょっとした流行りとなっている。そこにベレトが加わり、彼の口から生のジェラルトの姿が語られることで場はさらに盛り上がるのだ。
生徒と交流を深める切欠を得られたベレトは無表情ながらも楽しそうで、父親のことを語る口振りは淡々としながらもどこか誇らしげだった。
ベレトにとってジェラルトはどんな時でも尊敬する偉大な父親なのだ。
「そうか……そうだな。あいつは子供の時からずっとそうだった。無表情のくせに好奇心旺盛でよ。俺にあれこれ聞いてきたっけな。その経験が元になって今の教師をやれてるのかね」
親子であると同時に師弟関係でもある息子のことを、エーデルガルトという第三者を通して伝えられることで、これまでとは違った感慨が生まれたのだろう。
「俺に聞いても分からねえことは一緒になって考えて逆に教えてくれたりもした。俺にとっても、ベレトは教師だったのかもな」
目を細めてしみじみと語るジェラルトの様子は、彼がどれほど息子を誇らしく思っているのかを感じさせて、エーデルガルトは胸が温かくなった。
同時に、感情を表に出すことの少ないベレトが父を心から尊敬し、彼の影響を色濃く受けていることも改めて感じられて、二人の絆の強さに敬意を抱いた。
それでも不安はある、とジェラルトは言う。
「ベレトのやつ、素直だと思わないか?」
「そうですね、私達生徒の言葉を真摯に受け止めてくれます」
「真摯、か……教える側としてはあいつほどやりやすい相手はいないだろうが、そのあいつが誰かを導く教師になると思うと、俺はどうしても不安でよ。あのとぼけた顔で素っ頓狂なことをやらかさないかと心配になっちまうんだ」
あいつ天然だしな。
締めくくりの言葉に、エーデルガルトは
対抗戦のミーティングでされた爆弾発言は彼女の記憶にも新しい。結果的に上手く話は進んだからよかったものの、あの衝撃的な空気は心臓に悪い。
「だからよ、あんたに頼みがある。元々これも話したいことだったんだ」
「私にできることですか?」
カップを置いて居住まいを正すジェラルトを見て、エーデルガルトも自然と背を伸ばして向かい合う。
「エーデルガルト、あんたが級長として学級の生徒達をまとめているのは分かる。色々と忙しいだろうし無理は言えねえが……余裕がある時でいい、ベレトを見てやってくれねえか。あいつは何故か、生徒の中でもあんたに心を許してるように思う。できる範囲で構わないんだ、あいつを助けてやってくれ」
それがこの話の一番の本題だったのだろう。
真っ直ぐ見ながら頼み込み、自分より遥か年下の少女に向かって深々と頭を下げるジェラルトは、紛れもなく父親であった。
とは言え、これでは立場が逆ではないだろうか。
教師に向かって生徒を見てくれと親が頼むのならまだしも、生徒に向けて教師を見てほしいと親が頼むとは……なんだかちぐはぐに思えてしまう。
またとない珍妙なシチュエーションはおかしくはあるものの、こうして真面目に話しているところで笑ってしまうのはいくらなんでも失礼だ。こちらも居住まいを正し、真剣に応じなくてはいけないだろう。
「ジェラルト殿、顔を上げてください」
「エーデルガルト……」
「ご安心ください。師を補佐する役目はすでに心得ています。彼とはよく相談したり話す仲なんですよ。貴方が不安になることはありません」
彼を安心させるためにもエーデルガルトは堂々と応える。
心配はいらない、息子さんは私と一緒に立派にやっているから、と。
実際、ジェラルトの懸念は尤もだと理解できる。傭兵から教師へと、まるで違う分野に飛び込むことになった息子を親として案じないわけがない。しかも自身は騎士団長に任命されて多忙の身となってしまっては、ベレトを支えるのも難しいのだろう。
ならば彼ら親子の助けとなるのは級長のエーデルガルトの役目。すでに始めていることで役に立てるのであれば拒む理由はなかった。
それにジェラルトに言われるまでもなく、ベレトから目を離すつもりはエーデルガルトにはないのだ。
──ほら、互いに気心が知れたり、仲を深めた方が帝国への誘致もきっと上手くいくでしょうし、傭兵且つ平民という出自が貴族達に突かれるようなら皇帝としてではなく個人として側仕えに雇うのも、いややはり師は師として部下ではなく私と並び立つ方が相応しいわね、雑言を黙らせるためにも私自身がもっと実力を付けて威厳ある皇帝にならなくては、だからこそ師とより密になって指導してもらうのよ──
口には出さない皇女の内心はこんな時でも平常運転である。
「俺が頼むまでもなかったってことか」
「ええ。師には我ら黒鷲の学級をしっかり導いてもらわなくてはなりませんから」
「そうか……改めて、息子を頼む」
そうして再び頼み込むジェラルトへ、エーデルガルトは大きく頷いて応えるのだった。
学級ごとに会話内容に微妙に差があったりするはずなんですよ。それを見るためにも周回プレイすることになるんですよ。初回プレイでは途中でいなくなっちゃうことに愕然として二周目からは優先的に支援値上げるんですよ。
こんな会話がゲーム内にあってもよかったんじゃないかなって考えながら書きました。
というわけで、今後はお父さん公認で師と仲良くなれます。よかったねエガちゃん。