ようやく午前の授業が終わり、疲れ果てて修道院に帰ってきた
ベルナデッタのように元々体力がなく、終われば倒れて動けなくなり、その度にベレトに担がれて(無論街の中でもそのまま運ばれて)帰還するという、ある意味辱めに遭っていた生徒も以前は何人かいたが、今では這う這うの体ながらも自力で歩いて帰れるようになっていた。
しかし今日からまたベレトに担がれて帰還する生徒が二人。言わずもがな、フレンとモニカである。辛うじて意識は繋いでいても立つ気力すら残っていなかった。
そんな有様でまともに食事が取れるはずもなく。
他の生徒が昼食にありつく様を尻目に、疲労困憊の二人は喉に水を流し込むことくらいしかできなかった。
昼食の献立は二種の魚のバター焼き。旬の魚に乗る脂と、濃厚なバターの油。食堂に漂うかぐわしいはずの香りが激しい吐き気を催させて、食欲を根こそぎ薙ぎ払ってくれた。
大好物の魚料理を体が受け付けない現実はフレンに大きな衝撃を与えたのである。
他の女子生徒に手伝われる形で連れていかれた浴室で簡単に身を清め、制服へ着替えを済ませ、午後の授業のために今度は教室に向かう。
生まれたての仔馬よりも情けない歩調は、朝の浮き立つ足取りとは打って変わって不安になるほど弱々しく、教室に辿り着くまでの廊下が二人には実際の何倍の長さにも感じられた。
「……へ…………ふ、ぇ……つ……着きました、わ……」
「ち……く、しょ…………なんで、あたしが……こんな……」
転がり込むように辿り着いた黒鷲の学級の教室で、縋り付いた席に着くや否や、二人して机に突っ伏してしまう。
全身の筋肉が痙攣して、もはや力の抜き方が分からない。自分の体がまるで自分のものではないみたいで、フワフワと意識が定まらなかった。
そんな二人の姿は、もちろん他の黒鷲の学級の生徒達も見守っているのだが、生温かい目線を送るばかりでそれ以上は何もしようとしない。
そうそう自分にもあんな感じの頃があったっけ~、と暢気に見やるばかりでそれ以上気遣う様子はなく、一見すれば薄情と言えるくらいの放置ぶりであった。
何しろ彼らの担任はあのベレトである。午前のあれは毎週行われる授業の一つでしかなく、彼曰く、あくまで基礎。この学級にいれば誰もが経験する、最初の洗礼みたいなものに過ぎない。あの程度で出る悲鳴も呻きも物の数ではないのだ。
日々【壊刃】仕込みの指導を受ける黒鷲の学級は順調に感覚がズレてきていた。
声をかけられたところで返事をするのも辛い、という事情を身を以て知っていることも理由の一つかもしれない。
一分、一秒でも長く休ませてあげよう。そんな心遣いなのだろう。そう信じよう。
しかしながら休み時間は限られており、どうしたって午後の授業はやって来る。
全員が教室に揃い、修道院中に響き渡る鐘の音に合わせて座学の時間が始まる……と思いきや、教壇から降りたベレトは授業の声掛けをする前に動き出した。
何をするのかと見やる生徒達の間を通り、フレンの後ろに立つと、持ってきた物を手に構える。それは一本の平たい棒。
すわ、一喝して気合いを入れるのか、などと体罰を危ぶむ者はこの場にはいない。言葉にせずとも誰もがベレトのやろうとしていることを察したのだ。それはこの学級のほぼ全員が経験したことだから。
縦に構えたそれを、徐に支え起こしたフレンの襟から背中へストンと差し込んだのである。
「ひゃうっ」
「授業だ、起きろフレン」
「せ、せんせ──んぎゅ」
棒の冷たさに驚くも、再び机に突っ伏そうと崩れる姿勢につられ、棒に引っ張られた襟元がフレンの喉に食い込み倒れることを許さない。
そう、姿勢矯正のための補助棒である。
「あ、あの、先生、これって……」
「人は前を見なければ何もできない。これは授業だろうと戦場だろうと同じことだ。体を起こして目を開け」
それだけ告げると、ベレトは同じことをするためにモニカの方へ向かった。
言わんとすることは理解できたのでフレンは反論できず、同じように前触れなく差し込まれた棒に驚き「ひゃあ!」と悲鳴を上げたモニカをぼんやり見ることしかできなかった。
そんなこんなで授業は始まる。
午後から行われる座学は戦術講義。ベレトが持つ傭兵ならではの観点、実戦をよく知る者の見識から語られる内容は真に迫っており、彼の授業の中でも特に注目されている科目である。
毎年の中でも定番の課題、飛竜の節に決まって行われるグロンダーズ鷲獅子戦に向けて、今節はその手の指導が増えるとのこと。
ベレトの授業では彼からお題を出されて、それに対して生徒が意見を述べたり、別の生徒と意見を交換したりして考察を深めるのが定番の流れである。
騎士団の運用とか陣形とかの勉強は実際に部隊を率いて隊長をやる人だけがやればいい、その気もないのに漫然と受ける授業なんて時間の無駄だとベレトは言い切り、支給された教本を用いる内容の大半はバッサリ切り捨ててしまったのだ。
それらは意欲ある生徒が個別指導を受ける時に教えることにして、平日の授業ではここでも『誰にとっても役に立つ力』として基礎を教えている。
さて、本日のお題は『特定の状況から考えられる有効な手段とは何か』ということ。
ある村が山賊に脅かされています。
その村が山賊に対抗するためにはどのような手段があるでしょう?
実際に自分が村にいるものとして考えてください。
「はい、フェルディナント」
「うむ、この私が答えてみせよう」
出題してから一番速く挙手したフェルディナントが指名された。立ち上がったフェルディナントは自信満々の表情で口を開く。
「領民が脅かされているのなら、それを助けない貴族はいない。無論、貴族の中の貴族たるこの私も助けるとも!」
「君ならどうする?」
「まず、私が地方の村を訪れるとしたら領地の視察だと考えられる。それには必ず我がエーギル家が誇る精鋭、エーギル星騎士団より一部隊を預かり率いていることだろう。私自らが部隊の先頭に立ち、卑劣な山賊を討伐するのだ!」
つかつかつかつか ぐい 「んきゅ」
「そして仮に、何らかの事情で私が単身村を訪れていたとしても、その地を治める貴族に頼んで私設軍を派兵させよう。エーギル家の名を出せば否とは言わないさ!」
「ありがとう、良い答えだ」
褒められたフェルディナントは得意満面に胸を張って着席した。ベレトは教室の黒板に今の答えを要約して書く。
・自前の戦力で討伐
・貴族に依頼して軍を派兵
「居合わせた自分の力で何とかできるなら問題ない。フェルディナントのように精鋭を率いてただの山賊に後れを取らない戦力があれば素早く解決できるし、そこを治める貴族に事態を把握させれば村も今後が安心だろう。正解とする」
「ふっ……民の安寧を守るのも貴族として当然のことさ」
「なあなあ先生」
前髪をかき上げて誇るフェルディナントの後ろの席で、今度はカスパルが手を挙げた。
「どうしたカスパル」
「それってさ、俺がその村に居合わせたらって考えていいんだよな」
「ああ。君ならどう動く」
「俺って将来は家を出て独り立ちするつもりだから、村には一人でいると思うんだよな。そんなところに山賊が来たりしたらよ、俺も襲われるだろ? それを逆にとっちめちまえばいいんだ!」
つかつかつかつか ぐい 「はぐ」
「そいつに拠点の場所を吐かせて、乗り込んで残りもまとめてぶっ飛ばす! そうすりゃもっと早く解決できるんじゃねえか?」
「ありがとう。それも良い答えだ」
自身の腕を叩いて豪語するカスパルに頷きを返して、ベレトは黒板に答えを追加する。
・自力で討伐
「兵は拙速を尊ぶという言葉もあるように、単純なやり方だとしても事態を素早く収束させて解決できるならそれも大切な考え方だ。特にカスパルのように個人で動けるなら行軍の負担も最低限に抑えられるしな。これも正解とする」
「へへっ、もちろん実力があって初めて使えるやり方だってのは分かってるぜ。そのためにこの学校で訓練してるんだからな!」
得意気に笑いつつ、謙虚な考えも付け足すカスパル。彼の将来予想図を知る生徒は密かに応援の視線を向けていた。
すると離れた席のヒューベルトが手を挙げる。
「どうしたヒューベルト」
「質問をよろしいですかな?」
「聞こう、何だ」
「個人で反抗するとなると、山賊一味を全て同時に制するのは極めて難しいと言えましょう。一部の敵を倒せたとしても他の敵が逆上し、集中して襲い掛かってきたり、または村人に矛先が向く可能性が考えられます。それでも先生は個人で動いてもよいとお考えですか?」
「確かに複数の敵を相手にする時は、敵がどう動くか分からない以上、その心配は常について回るだろう」
つかつかつかつか ぐい 「おぶ」
「だが今の場合、そもそも山賊は襲撃と略奪という惨劇を行おうとしている。居合わせても無抵抗のままでいるのはそれこそ被害を広げる最悪手。もし被害をやり過ごそうとするなら、逃げたり、隠れたり、注意を引く餌を用意して誘導したり、決して受け身ではない何かしらの積極的な行動を取るはずだ。これも個人の対処だよ」
「何もせずにいることこそあり得ない、と……ふむ、目から鱗でしたな」
「でもヒューベルトの今の指摘は大切だ。行動を起こせば必ず注目が集まるし、相応の被害を被ることは覚悟しなくてはいけない。逆に言えば、山賊の敵意を自分に集中させて村人を守ることもできる。カスパルなら体を張って村人を守りそうだ」
「そうそう、俺もそういうことを言いたかったんだ!」
興味深そうに頷くヒューベルトと合点がいって手を叩くカスパルを見ながら、ベレトは黒板に書き込みを追加した。
・自力で討伐(積極的対処)
次に手を挙げたのはペトラ。話し方が拙くても彼女は積極的に発言するのだ。
「先生」
「ペトラも意見があるか?」
「はい。傭兵、その村、雇う、選択、あります、でしょうか?」
「ある。具体的にどう動くか説明できるか」
つかつかつかつか ぐい 「ひにゃ」
「私、村に行く、途中、多くの街、通る、思います。様々な民、すれ違う、話す、あります。私、先生みたいな人、市井、探す、思いました。頼れる傭兵、見つけられると、困った時、頼れる、願います」
「なるほど。道中に立ち寄った街で戦力になりそうな傭兵を探しながら歩いて、必要な時にその傭兵に依頼する、ということか」
「はい、ありがとうございます!」
己の言を要約したベレトに強く頷きを返してペトラは礼を言う。
そこでエーデルガルトが難しい顔で手を挙げた。
「どうした、エーデルガルト」
「今の手段は少し難しいのではないかしら」
「説明を」
「戦力を見つけられるに越したことはないけど、市井から頼りになる傭兵を探すのは確実性が薄いと言わざるを得ないわ。単独でも賊を圧倒できる、例えば
「そうよね~、他ならぬエーデルちゃんがまさにそうやって先生と出会えたんだし、自分だけの特別な出会いだと思いたいわよね~」
「ちょっとドロテア、からかわないでちょうだい!」
ニコニコと楽しそうな言いぶりでドロテアは口を挟む。釣られて他の生徒達も温かい笑顔を向けるが、当のエーデルガルトは真面目に意見しただけなのに何故そんな反応をするのかとツンとした表情である。
それを見ているベレトは、何か面白いところがあったのか、理解できなかったようで首を傾げるだけだった。
「エーデルガルトの言うことは分かる。命がかかっている状況で確実ではない手段を選ぶのは賢いとは言えないかもしれない。ただし、何らかの事情があって近場の傭兵しか頼れないことも十分あり得る。なのでペトラの意見も正解だ」
つかつかつかつか ぐい 「んご」
「先生、何らかの事情、例えば、如何、ありますか」
「あり得そうなのは街道の封鎖。俺も以前、崖崩れがあった山道を通れなくて大きく遠回りする羽目になったことがある。河川の氾濫もあり得るだろう。後は、規模の大きい山賊だと村に通じる道を塞いでしまうかもしれない。悪い想定は幾らでもある」
ペトラの質問に対する解説を聞いて頷く生徒を背に、ベレトは黒板に答えを追加する。
・傭兵に依頼
それからも意見を出す生徒、反論する生徒、あれこれ考察を深める授業がしばらく続き、黒板に並ぶ複数の答えを示したベレトはまとめに入る。
「今挙げられた手段はどれも正解だ。状況次第でどの手段が適しているかは変わる。君達には最良の一つだけではなく、良いものから悪いものまで問題の解決には複数の道があること、そしてそのために自分がどう動けるのかを考えてほしい」
つかつかつかつか ぐい 「ふみゅ」
「目標までの選択肢があればあるほど有利、ということね。複数の道があると知っていれば自分から主導権を取りに動けるのだから」
「エーデルガルトの言う通りだ。みんなには自分から主導権を取れる人間になってほしい。最初はだめだと感じた手段でも、状況が変われば意外と有効かもしれない。そういう判断も知っていなければできないんだ。たくさん知って覚えてくれ」
ベレトの弁を補足するように口を挟んだエーデルガルトは、彼から頷きを返されて満足気に笑う。対抗戦の時に得た教訓を忘れていないのだという主張は微笑ましいものかもしれない。
しかし、授業を受けるフレンはそれを気にしていられる余裕はなかった。
と言うのも、補助棒に支えられながら疲れた体は尚も姿勢が崩れてしまい、体が傾きかけるその時には背後に回ったベレトが棒を元の真っ直ぐに戻して強制、もとい矯正してくるのだ。
フレンだけでなくモニカまで、教室を見渡すベレトは常に意識して潰れることを許さない。二人の姿勢が崩れるとすぐに歩み寄って棒を動かし、その度に引かれた襟に喉を締められて淑女としてあられもない声が漏れてしまう。
座ったままでも休まる気がせず、回復を忘れたように重くなる一方の体はフレンの心をますます疲弊させた。
(ああ、わたくし……お部屋に帰れるのかしら?)
どんよりした気持ちは強まるばかり。
せめて板書だけでもちゃんとやらなければ、と健気に考えて黒板の答えをノロノロと書き写す。ベレトの言いつけ通り、一生懸命に体を起こして目を開いて、何度も彼に矯正されながらフレンは無心に授業を受けた。
それは授業が終わり、放課後になってしばらく経ってからのこと。
角弓の節よりは早く赤狼の節よりは遅い、そんな飛竜の節らしき日暮れの時分。
突如として、食堂で事件の火蓋は切られた。
「ぶぇるぇとぅお!!!」
その手に愛用の斧を握り締め、扉を蹴破る勢いで飛び込んできたセテスの咆哮に、食堂で夕食を楽しんでいた人々は言葉を失う。
見るからに怒りに染まった形相は明らかに我を忘れていた。
本日の夕飯当番が忙しなく動く厨房の端で自身も料理に勤しんでいたベレトは、セテスの雄叫びが響くや否や、即座に厨房を飛び出した。配膳用の台を、足をかけることなく一息に飛び越え、麺棒片手にエプロンを翻して駆ける。
狙われている自分が他人の近くにいては危険だと判断しての疾走は、飛び出したが故に当のセテスに発見されて早々に止められた。
「逃がすかぁ!!!」
銀の斧を振り回して襲い掛かるセテスを、ベレトは已む無く食堂のど真ん中で相手取った。近くの人に被害が届かないよう体捌きを調整して、セテスから離れ過ぎず、近付き過ぎない絶妙な立ち回りが要求された。
セテスはドラゴンナイトの兵種であるが、ドラゴンに乗っていなければ戦えないなどということはなく、個人で見ても斧術の達人として高い戦闘力の持ち主でもある。
銀製で重く、扱い難い斧を問題なく振るうセテスは確かに強いのだろう。しかし完全に冷静さを欠いた戦いぶりは彼本来の姿からは遠く、武装として使うには不安がある麺棒でも凌げるほど斧の太刀筋が乱れまくっていた。
その場に留まり斧をいなすベレトの顔に焦りはなく、丁寧に捌き続け、ついには斧の柄を掴んで鍔迫り合いのように抑えることに成功する。
至近距離で鼻息も荒くベレトを睨むセテスの目は、いつもの落ち着きある彼とは別人の如く狂乱の色に染まっていた。
「貴様ー!! フレンを、よくもフレンを痛めつけてくれおったなー!! フレンをいじめる不届き者をこの私が許すわけなかろうがー!!」
(ああ……)
(うんうん……)
(そりゃまあ……)
(だよなあ……)
(ですよねえ……)
迸るセテスの主張を聞き、昼間のフレンの姿を知る者は皆一様に胸中で頷く。
セテスが日頃からどれだけフレンを溺愛しているかは周知の事実だ。それこそ掌中の珠の如く、何者も手を出すことは許さないと過保護なほど守ってきた。普段の公明正大な大司教補佐として知られる彼が、妹のことになれば一転して駄目人間に変貌するのが納得されてしまうくらいには知られた、修道院の共通認識である。
そのフレンを授業とは言え、疲労困憊になるまで扱き、悲鳴を上げさせるほど追い込んだベレトを、あのセテスが許すはずがない。
「違うぞセテスさん、聞いてくれ」
斧を抑えながら、ベレトは堂々とした態度で口を開いた。
「今日やったのはただの基礎だ。個別指導ではもっとやる」
「おのれまだいうかきさまー!!!」
(((((先生、それ逆効果)))))
こんな時でも表情を変えずに放たれた素っ頓狂な発言に、食堂内の人達は心を一つにして無言で突っ込んだ。
ぬけぬけと宣うベレトに、さらに逆上したセテスが蹴りを放ってその体勢を崩し、緩んだ手元から斧を取り戻して再び猛攻が始まる。縦横無尽に振り回される斧は先ほどより勢いを増し、更なる怒りを伴って襲い掛かった。
今にも口から火を噴きそうな彼の気勢には流石に顔色を変えるほどだったようで、ベレトも珍しく目付きを険しくして対応した。
突然始まった二人の戦闘。間近で生まれた脅威に、今さらになって悲鳴を上げる人が続出する。修道院の内部、それも食堂という憩いの場で勃発した戦いは多くの人を戸惑わせた。
そうやって多くの人が惑う中、状況に対処するために素早く動く者もいた。
「扉を全て開けなさい! 二人がすぐ動けるように! 早く!」
エーデルガルトが指示を飛ばし、彼女の指示を受けた生徒がすぐさま食堂の扉を開けて外への道筋を確保した。
「テーブルを動かします! みなさん下がって!」
ディミトリが片手を一つずつ長テーブルにかけ、その怪力で二つのテーブルを一気に押しやって動きやすくするための空間を食堂の中央に空けた。
「はーい離れて離れてー、巻き込まれたら大変だぞー、もっと距離取ってくれなー」
クロードが素早く誘導して人を払い、攻防が届きそうな人を遠ざけて被害を未然に防ぐことができた。
級長を中心として生徒達が自発的に動き、避難誘導と空間の確保をしてくれた。
彼らの働きに気付いたベレトは目線だけで礼を伝える。その一瞬だけ外れた目線をセテスは見逃さなかった。
「死ねぇベレトぉ!!」
お前ちょっとは殺意隠せよ、と言いたくなる怒声と共に斧を大きく振り被って突撃してくる。その斧に向けて、ベレトは手に持つ麺棒をかざして構えた。
食器の中ではそれなりに頑丈と言えど、麺棒で銀の斧を受け止めるなど無茶もいいところ。ベレトの無謀を感じて悲痛な叫びが上がりかける。
すると如何なる力が働いたのか、斧が振り下ろされたかと思えばベレトの体がセテスの懐へクルリと折り畳まれていく。腕を掴んで、開け放たれた扉へとその体を放り投げた。
間を置かず、軽々と投げ飛ばしたセテスを追ってベレトも食堂を飛び出す。転がるセテスの体を飛び越えて、階段を使わず高台を飛び降り、釣り堀前に着地した。
一瞬の判断。
左。門前の市場は開けた場所だが、夕飯時の今でもまだまだ人が多く残っている。露店を片付ける作業で荷車などを動員しているところもあるはずだ。そこに戦いを持ち込むわけにはいかない。
右。温室に近付かないよう道筋に気を付けて、学生寮の前を駆け抜けられれば、そのまま訓練所に誘い込めて理想的。可能なら行きがけに自室から剣を拾えると麺棒より戦いやすくなる。
正面。視界に映る限り、人影は無い模様。釣り道具を貸し出す小屋にも誰もいない無人の場所で動きやすい。後は桟橋に被害が出ないように調節できれば──
「逃がさんぞー!!」
高台からセテスが飛び降りて斧を振り被る。それに向かってベレトは自らも跳躍して迫った。
下にいるベレトに向けて振るはずの斧は目測を外され、乱れたところを麺棒で押しやられる。そこからすれ違い様にセテスの腹部へ足を添えたベレトは釣り堀に向けて蹴飛ばした。
桟橋手前に落下したセテスに向かってベレトはすかさず突進を仕掛ける。受け身を取って立ち上がろうとする彼の動きを待たず、速度を落とさないまま腕と襟首を掴むと一気に桟橋の端まで踏み込んだ。
引かれて浮き上がるセテスの体を全身の力で振り回す。先ほど食堂から放り出した時のような加減はしないで、全力を以て真下へと投げ落とした。
即ち、釣り池に。
盛大な水柱と水音が上がり、斧ごとセテスが池に叩き落された。
素早く桟橋から離れてベレトは様子を窺う。その後ろの高台から、生徒を始めとして戦いの様子が気になった人達がぽつぽつと顔を出してくる。
池に落とされれば頭の熱も冷めるだろうか。
というか落としたままで助けなくていいのか。
幾つもの視線が向けられる中、セテスの物と思わしき気泡がボコボコと水面に浮かび、止まる。
これは、沈んだか? 張り詰めた空気が緩みそうになった、その時。
「私は負けーぬ!!!」
勢いよく水を撒き散らしてセテスが水面から飛び出した。水中で上手いこと足場を見つけたのか、泳がず二本足で立って岸に近付く。
「フレンを守るのはこの私だ!! あの子を守るためなら何だってやってやどぅ!」
岸に手をかけようとしたところで、ベレトが投げた麺棒がセテスの額を打った。言葉を途切れさせてひっくり返り、またも水に落ちる姿を見て一同は思う。
──だめだこりゃ。
あれがセイロス教団の大司教補佐なのだと、知る者は否定したくてもできず、むしろ納得してしまう有様に頭を抱えた。
「何のこれしきー!!」
セテスが懲りずに飛び上がって地上に舞い戻った時にはベレトは走り出していた。わざわざ一度高台への階段を上がってから学生寮の前を走る。そのベレトを追ってセテスも走り出した。
ベレトは己の失策を感じた。
想定より遥かにセテスの地上への復帰が速い。両者の距離はさほど開いておらず、これで自室に寄ろうものなら飛び込んだ入口を抑えられて出られなくなり、より狭い室内での戦闘を強いられてしまう。自ら袋小路に向かうようなものだ。
この時間帯、訓練所の大扉が開いている保証はなく、開けるために足を止めてしまえばやはり追いつかれてしまう。訓練所前の通りには花壇があり、そこで戦闘を再開するのは躊躇われる。ドゥドゥー達花好きの生徒が世話する花を危険に晒したくない。
どうするか。無手の格闘はできないわけではないが、銀の斧相手では流石に厳しいものがある。麺棒を投げてしまったのは早計だったかもしれない。
壁を上って屋根へと逃げるか? だめだ、被害を広げないために食堂から移動したのに、高低差を生んでセテスにドラゴンを使う理由を与えては本末転倒。
こうなったら、先日見つけた地下へ通じる道に飛び込むか……修道院の地下に広がる空間、通称アビスに戦いを持ち込むことになってしまうのは躊躇われるが、このまま地上でやり合うよりは選択肢も増えるだろう。
考えながら学生寮の前を走るベレトの目に訓練所の大扉が見えてくる。あそこにセテスを誘導できれば理想なのだが──そう歯噛みするベレトの横から飛び出してくる人影があった。
「よう先生! 今日の地上は一段と賑やかだな!」
「ユーリス?」
学生寮の隙間から飛び出してベレトと並走を始めたのは、今し方考えたアビスで出会った青年ユーリスだった。
アビスを訪れた際、紆余曲折あってユーリスを始めたとした
地上を追いやられた人が行きつく果てがアビスだと言うのに、地上から定期的に訪れて授業を行うベレトはあまり歓迎されていない……と思いきや、地下の住人達からはそれなりに好意的に受け入れられていた。
元々傭兵であり、セイロス教に馴染みなく生きてきたベレトは先入観を持ち得ておらず、偏見の目に追いやられて地下に移ったアビスの人々はむしろ親近感を覚えて彼を迎え入れたのだ。
紫の髪をなびかせ、女性と見紛う美貌に楽しそうな笑みを浮かべながら走るユーリスは特にそういった目に敏感な生い立ちをしていて、だからこそベレトのような存在を好ましく思っていた。
灰狼の学級の仲間は誰もが訳ありの過去を持ってアビスにいる。その彼らを前にしてもベレトは特に身構えず、地上の生徒と同じように対等に接し、有りの侭を見てくれたのだ。そういう人物がどれほど貴重な存在なのかをユーリスはよく知っている。
そんな彼の助けになれるのなら、こうして地上に足を運んだ甲斐があるというものだ。
「今日から新しい子が学級に加わるって聞いてさ! 何か面白いことになるんじゃないかと見に来たら想像以上の大騒ぎ! あんたを見てると本当に飽きないよ!」
「そういう君は堂々とここに来て大丈夫なのか?」
「俺様のことは気にすんなって、これでも自衛はできるつもりさ! それよりこいつを使いな!」
そう言ってユーリスが投げてきた訓練用の剣を受け取る。訓練所の備品であるその剣はベレトもよく使うもので、切れ味は度外視してとにかく頑丈に作られている。これならセテスの斧とも打ち合えるだろう。
「エーデルガルトに感謝しとけよ! あんたの狙いを誰よりも早く察して訓練所を開けるために生徒を走らせたんだ! 俺はその手伝いをしただけさ」
「そうだったのか。助かった」
「そう思うならもっと下に遊びに来いよ! みんな、あんたを待ってるんだぜ!」
それだけ言うとユーリスは行き先を変えて、浴室へと続く階段を駆け上がっていく。自分が知らないだけで、あの先にもアビスに通じる秘密の入り口があるのかもしれない。
視界の先で何人かの生徒が訓練所の大扉を開けているのをありがたく思いながら、ベレトは走る速さを意図して抑えた。当然、背後から迫るセテスとの距離が急速に縮まる。
「ベーレートー!!」
やはり躊躇いなく振るわれる銀の斧へ、反転したベレトは訓練用の剣を正面からぶつけた。麺棒ではできなかった全力のぶつかり合い。強烈な衝撃に押されるが、押されかけた体を力で抑えてその場で踏ん張る。
これまでとは違い、避けずに受け止めるベレトに合わせるようにセテスも足を止めてその場で斧を振るう。次々に襲い掛かる斧の攻勢を、ベレトは剣を翻して捌き、時には弾いて防ぎ続ける。
重量武器の斧を相手に正面から戦うと、やはり剣は攻撃力で上回れず、じりじりとベレトの足が押しやられていく。
だが、上回らなくてもいいのだ。麺棒という貧弱な得物では当てる位置に注意を払ってもいなすことがせいぜいだったが、頑丈な訓練用の剣なら銀の斧とも打ち合える。打ち合えるようになれば駆け引きが可能になる。
池に落とされ、物理的に冷やされてなお怒るほど冷静さを欠いたセテス相手なら、戦闘の駆け引きは百戦錬磨のベレトにとって、戦う場所を誘導することくらいは問題なかった。
逃げることなくその場にセテスを留め、訓練所の大扉が十分に開いたのを視界の端で確認したベレトは次の動きに移る。
それまで防御一辺倒だったベレトが初めて攻撃に転じた。
その動きは前と言うより下。
横薙ぎの斧を潜るように、あるいは自ら伏すように、脱力して重力に委ねた体が前方に倒れる。顔面から倒れ込もうとした刹那、地面に触れるだけだった足の力を零から百へと爆発させて踏み込みを敢行。
強靭な足腰による踏み出しに自然落下の勢いを上乗せした踏み込みは、通常のそれに倍する加速を生み、倒れる寸前の姿勢を維持したまま相手の足下への侵入を可能にした。
この時、ベレトの頭はセテスの膝より低かった。
加速の勢いは水平から垂直へ変化する。目の前で敵を見失い一瞬の硬直を見せてしまったセテスの顎を真下から、ベレトの前転からの逆立ち蹴りが打ち上げた。
曲芸じみた攻撃でセテスをふらつかせたのを契機に、ベレトが猛攻を始めた。
剣戟と格闘術を駆使した攻めは相手の足を踏ん張らせないことを目的としており、セテスの体を浮かせるほど強烈な一撃も織り交ぜるベレトに押しやられて二人の戦闘が強制的に動かされる。
たちまちの内にセテスが追いやられていく。たまらず体勢を立て直そうと数歩退いた時には、すっかり訓練所の中へ移動させられていた。
顎の痛みを払うように顔を振り、改めて斧を構えるセテスの目は未だ力強く、決意の緩みは見られない。
「私が……! フレンは私が守らねばならんのだ! ベレト!! 貴様のような無頼漢を信じたのが間違いだった! あの子だけは、私が守ってみせる!!」
静まらない気勢を上げるセテスの前で、言葉は不要とばかりにベレトも無言で剣を構える。
こうして急遽、怒れるびしょ濡れ大司教補佐と、エプロン三角巾装備傭兵教師という異色の組み合わせの対戦が始まったのだった。
……実に、シュールである。
自室のベッドでフレンはぐったりしていた。授業の終わりから他の生徒に手を貸してもらって何とか階段を上って聖堂まで辿り着き、自室に入るや否や教材を机に放り投げてベッドに倒れ込んでからずっとこの調子なのだ。
夕暮れ時に仕事の暇を見つけて顔を出したセテスの手で幾らか身形を整えて、改めてベッドに横になってから全く動けずにいた。何やら焦った声でセテスが語り掛けてきたような気がするが、朦朧とした意識でどんな会話をしたかあまり覚えていない。
午前に酷使した体は今でも疲労に沈んでおり、昼食を取っていない腹が空腹を訴えているにも関わらず、夕食のために起き上がろうとする気力も沸いてこなかった。
教室を後にする間際、最後の力を振り絞ったモニカがエーデルガルトに縋り付いたのが見えたので、きっと彼女も似たような状態だろう。
ああ、今日はこのまま休んでしまおうか……浴室には昼間に行ったのだし、それなりに身綺麗で一日を終えられるなら、もうそれでいいのでは……
普段の彼女らしからぬいいかげんな考えが脳裏を過ぎるくらい力無く横になっていたところに、軽いノック音が誰かの訪れを教えた。
「はい~……どちら様でしょう?」
「レアです。入っても構いませんか?」
「あ、レア様。はい、どうぞ」
何とも元気の無いフレンに応えたのはレアだった。静かにドアを開けて入る彼女に一礼したかったが、案の定フレンの体は言うことを聞いてくれず、ベッド横の椅子に座るレアに目礼をするのが精々だった。
「ごめんなさいレア様、横になったままで……」
「いいのですよフレン、今日は本当に疲れたのでしょう。授業のことはベレトから報告を受けてます。頑張ったのですね」
「うふふ……でも一日でこうなってしまいましたわ。今日はこのまま休もうと思っていましたの」
「まあ。ですが貴女はまだ夕食を取っていないのでしょう? きちんと食べて栄養を取らなければ回復しませんよ」
「そうですけど、本当に体が動かなくて……」
柔らかく微笑むレアに釣られてフレンも笑みを浮かべるが、やはりそこには力が無く、起き上がれないのは本当のことだ。
そんなフレンを見てクスクスとレアは笑う。どうしたのかと訝しげな目を向けるフレンに一言断りを入れた。
「彼の言った通りでしたね。貴女のために食事を持ってきてくれたのですよ」
お入りなさい──レアの声を受けて部屋に入ってきたのは、深皿が載ったお盆を手にしたベレトだった。
「まあ、先生?」
「大丈夫かフレン」
彼が入ってくるとレアは立ち上がり、入れ替わるようにベレトを近くに招く。彼女は見舞いに来ただけで、これでもう退席するようだった。
「ではベレト、後は任せましたよ」
「ああ。そちらもセテスさんを頼む」
「安心してください。二度とあんなことを仕出かさないようきちんと絞めておきますから」
「明日に響かない程度にな」
「ええ、心得ています」
何やら言葉を交わすとレアは部屋を出ていく。ドアの前で振り返ると優しい微笑みを二人に向けてきた。
「それではフレン、また明日」
「はい、レア様、ごきげんよう」
来た時と同じようにレアは静かにドアを閉めて去っていった。
見送ったフレンはベレトに向き直る。と言ってもベッドに横になったままだが。
「先生、横になったままで失礼します」
「気にするな。今日は随分疲れただろう」
「……ええ、本当に、とっても疲れましたわ。先生の授業があんなに厳しいものだとは思っておりませんでしたの」
「俺も今日の授業内容は反省が残った。優しくしたつもりだがもっと抑えるべきだったな」
フレンとしては珍しく嫌味に聞こえる言い方をしたつもりなのだが、ベレトには通用しなかったようで、サラリと流されて小さく頭を下げられてしまった。
まあ、今の言い回しを嫌味と呼ぶにはあまりにも可愛らしい言い方で、彼女の人の好さが感じられるだけだったが。
むぅ、と唇を尖らせるフレンに向けてベレトは徐に身を乗り出し、ベッドの中にいるフレンの背中に腕を回してきた。
「せ、先生?」
「辛いかもしれないが上体だけ起こしてくれ」
ゆっくりと体を起こされたフレンに持ってきたお盆が差し出される。億劫な手を動かして受け取ると、ベレトはそこに載る厚手の深皿から蓋を取ってくれた。
途端に立ち上る湯気と美味しそうな香り。優しい味を感じさせる皿の中にはたっぷりのスープが満たされていた。
「まあ……!」
「今日の夕飯の献立は魚と豆のスープだ。材料を分けてもらって少し調整した」
昼の時とは違い、疲れた体に重く響くような脂っこさは感じない。恐らく煮立たせながら浮いた脂を丁寧に取り除き、食べやすいようにわざわざ面倒な工程を経て作ってくれたのだ。
赤みを湛えた汁はトマトの色だろうか。具沢山の豪華なスープは飲むより食べると表現すべきでフレンの知るものとは違い、ベレトが手を加えた特製の料理は見ているだけで嬉しくなる。
「でも先生、ベッドで食べるなんてお行儀が悪いですわ」
「構わないだろう。動けないなら今日は特別だ」
「特別」
「ああ、特別」
生来の真面目さから躊躇するフレンだが、ベレトの言葉を聞いて思い直す。
今なら口やかましい兄はいない。見ているのはベレトだけ。自分は動けないのだから仕方ない。仕方ないのだから、今日は特別。
特別という言葉が頭の中で踊り、知らず知らずの内に口がニンマリと弧を描いた。いけないことをやっているはずが何だか楽しい気持ちが湧いてくる。
「今日は特別、なのですわね」
「そうだ。冷めない内に食べてくれ」
「はい、いただきますわ!」
気持ちに釣られて疲れを忘れた手でスプーンを取ると、フレンは元気よく食べ始めた。
コリコリするヒヨコマメの触感に加えて、シャキシャキの歯応えを残したキャベツと、ニンジンのしっとりした軟らかさが口の中を楽しませてくれる。
香辛料は最低限に控えて素材の味を生かしたのだろう。ほんのりと感じる程度のトマトの酸味が食欲を掻き立て、手の動きを止めさせない。
添えられたパンは焼けたばかりなのか柔らかく、そのままでもスープに浸しても味わい深くて、ベレトが注いでくれる水と一緒に喉を拭って次の一口を急がせる。
そしてスープに溶けて尚残るホワイトトラウトの淡泊な旨味が、ホクホクの身から噛む度に溢れ出してフレンを感激させた。
吹いて冷ますのももどかしく、ハフハフ言いながら手を動かす。
先ほどまで食事に行く気力もなかったはずなのに、旺盛な食欲を思い出した体は貪欲に栄養を欲していた。
そうやって勢いよく食べるフレンの姿を見るベレトがほんの少しだけ微笑みを浮かべたことには誰も気付かなかった。
「そういえば、はむ、先生、お兄様はどうしたんですの? 今日は、あむ、お仕事が長引いているのかしら」
仕事が終われば真っ先にフレンに会いに来るはずのセテスがまだ来ないのなら、帰りが遅くなっているのだろうと予想はできる。いつもならツィリル辺りに遅くなると伝言を届けさせるのだが、急な用事でも入ったのだろうか。
食べる手を止めずに聞いてくるフレンの口元を、お盆と一緒に持ってきた布巾で拭いてあげながらベレトは答えた。
「セテスさんは今レアさんから説教を受けてる。今日は帰りが遅くなるだろう」
「説教って、んっく、どうしてそんなことを?」
「俺に襲い掛かって修道院で暴れたからじゃないかな」
「……一体何が…………いえ、お兄様は何をしたんですの?」
どこか他人事のようなベレトの言葉を聞いて、フレンの頭に疑問が浮かび、すぐに兄が自分関係で何かやらかしたのだと察した。
何しろこういう展開は初めてではない。自分を溺愛するセテスが些細なことを切欠に信じられない行動を起こすのは容易に想像できる。そういえば先ほどもレアと何やら不穏な言葉を交わしていたではないか。
どう話したものかとベレトは一瞬考えるが、特に隠す意味も思い当たらなかったので自分が体験したことをそのまま伝えることにした。
斧を手に修道院を走り抜けたこと。
食堂に殴り込んだこと。
人前でベレトと大立回りを演じたこと。
訓練所で取り押さえられたこと。
実際に相手取った関係上、ベレトの話は戦闘の様子を多く含み、食事中の話題としては相応しくなかったかもしれない。しかしフレンの目は真実を求めているように感じられたので、下手に隠さず見たままを話したのだ。
「お兄様ったら……!」
一通り話を聞いたフレンは頭を抱えたくなった。ベレトだけでなく、他の生徒、修道院全体に迷惑をかけた行いはまさに身内の恥である。
特に話の終盤で、訓練所に追い込まれたセテスがベレトの剣(の腹)で脳天を殴られても、横面を引っ叩かれても、鳩尾を打たれても、足を払われても、まるで不死者のように立ち上がり抵抗を続けたという件には呆れるしかない。
結局駆けつけたレアの一声で身を固まらせ、その隙を突いて飛び掛かったベレトが組み付いて倒したのを皮切りに、彼に協力した生徒達の手で取り押さえられたのだという。
「……先生、兄に代わって謝罪いたします。本当に申し訳ありません」
「構わない。あの人のことだからフレン絡みだということはすぐに分かった。生徒のためなら体を張るのが教師だろう」
「まっ、わたくしのためだと仰いますの? 大胆ですわね」
兄の所業に恥じ入るフレンはバツの悪さを誤魔化すために、敢えておどけた物言いをしてしまった。素直になれない幼子のようで情けない。兄妹揃って負担をかけて、こうして夕飯を持ってきてくれたべレトに取っていい態度ではないはず。
「そうだ。君のためだ」
だと言うのに、彼はてらいなくそう言ってのけるのだ。
他意はないと分かる。彼は教師としての責任感からそう言っているだけだろう。
それでも、その率直な言い方が嬉しくなる。苦労を感じていないはずがないのにそれを表に出すことなく、当たり前のように背負ってくれる。
以前、フレンはベレトのことを海と例えた。
広く、深く、普段は静かで、時に嵐を巻き起こして暴威を振るう。
どのような理不尽に襲われようと泰然と受け止めて、何事もなかったように苦労を飲み込む彼の振る舞いはやはり海みたいではないか。
(やっぱり先生は優しい人ですわ)
今日の授業でとてつもなく厳しい運動をただの基礎と言ったり、泣き叫んでも手心を加えず柔軟をさせたり、教室で何度も首を絞める矯正をしてきたベレトに対して恨めしく思う気持ちがなかったわけではないが、何だかんだで平時の凪いだ海のように穏やかな彼のことがフレンは好きだった。
ベレトの優しさを感じて心がほっこり。
美味しいスープを食べて体もほっこり。
満たされた気持ちで両手を合わせる。
「ごちそうさまでした」
「全部食べられたな。よかった」
「はい、とっても美味しかったですわ!」
「ありがとう。それでフレン、明日のことなんだが」
「ええ、明日の授業も頑張りますわ」
「その気合いはいいが、このまま休んでも恐らく君は明日もまともに動けない」
「えっと……座学はできますわ! 運動は、その……」
「だから明日もきちんと動けるように、君の体に施しておきたいことがある」
「はい?」
受け取ったお盆を離れたテーブルに置いたベレトが、いつもの無表情のまま宣告する。
「父さん考案、アイスナー式回復マッサージ。就寝直前にやって一晩ぐっすり寝れば疲労回復に効果抜群。少し痛いが我慢しろ」
指をパキポキ鳴らす姿にただならぬ雰囲気を感じてしまい、フレンの顔が盛大に引き攣った。
このアイスナー式回復マッサージ。ベレトが言うようにジェラルトが考案したものであり、彼が率いた傭兵団では定番の疲労回復法である。
毎日が命がけの人生である傭兵は常に実力を発揮できなければ容易に死に至る。そんな傭兵にとって、疲れは大敵だ。時には無茶な依頼日程をこなさなければいけない彼らは疲労に左右されず、自身の調子を保つ手段が求められた。
浴びるように酒を飲む者。女を抱きに娼館へ通う者。趣味に興じる者。傭兵は様々な息抜きで己の体調を整えるが、それらはあくまで士気を高めるだけでしかないと考えたジェラルトは疲労そのものを何とかできないかと模索した。
そうして編み出されたのがこのマッサージである。
そもそもフォドラには体をほぐすという観念が薄く、ベレトが授業で行った柔軟も初めは生徒から奇異の視線が向けられていた。運動前に多少伸ばしておけば体が動かしやすくなると知られていても、各所を入念にほぐす意味は理解されなかったのだ。
それでも授業で柔軟を教えて、潰れて動けなくなった生徒にマッサージを施してやると、ただ休んだだけでは考えられないほど早く回復する事実が非常に驚かれた。それだけこれは画期的な技だったのだ。
理解を得られたベレト曰く、これは父が考えた技術であり、自分や傭兵団の仲間はこれに何度も助けられてきた、という逸話が広がり【壊刃】の武勇伝に加えられた。
これほど有用な技術、覚えれば間違いなく多くの人の役に立つだろうと考えたベレトは当然授業に取り入れようとした。今日のように全身運動訓練と併せて教えれば一石二鳥。体験すれば身に付きやすい。
しかし、黒鷲の学級総出の陳情により、あえなく授業内容から外される運びとなってしまった。
理由は単純。このマッサージ……べらぼうに痛いのである。
竪琴の節で初めて外周を走らせ、五周走らされて動けない生徒一人一人にベレトが強制的にマッサージを施した際に上がった数々の絶叫は、知る人にとっては怪談の種になるほど凄まじいものだった。阿鼻叫喚の半分以上はこれのせいである。
あんなものを受けるくらいなら大急ぎで体力をつけてやる! そうでなくても自力でほぐした方がまだマシだ!
そう主張する生徒が続出し、ベレトは渋々引き下がった。
以下、アイスナー式回復マッサージ体験者の声を一部紹介。
骨がバラバラになるかと思ったな。筋肉をすり潰されるってあんな感じかしらね。首が一度取れた気がするぞ。私とあろう者が舌を外したいと考えてしまいましたよ。私眼球存在する感謝です。なあ俺の腕と脚入れ替わってねえか。逆に士気が下がりかねないわね。ごめんなさいごめんなさい生きててごめんなさいもう許して。
以上、お疲れ様でした。
あの先生大好きエーデルガルトですら猛反対した事実が、このマッサージの恐ろしさを物語っていると言えよう。
修道院に籠っていたフレンがそれを知る由はないのだが、壮絶に嫌な予感が彼女の身を強張らせた。残念ながら相変わらず四肢に力が入らず、動きたくても動けない体を意味なく捩るくらいしかできない。
「あ、ああ、あの、先生、何を、わたくし、その、痛いのは、ちょっと」
「この後モニカにもやらないといけないから一気にやるぞ。できればじっくりやりたかったんだが、セテスさんに足止めされてかなり時間を取られてしまったからな」
こんなところでも兄のせいで不利を被ることになろうとは!
頭を抱えたくなるフレンに頓着せず、その体にベレトの手が伸びる。
「それじゃあ始めるぞ」
そして、地獄が始まった。
「ああ、ちょっと! 先生、そこは今とても痛くて! あー! 苦しい、苦しいですわ! 待って! 伸びません! そこは伸びるところではありませんのよ! いた、痛いですの! 先生! 待ってください先生! あー! お、押される! 押し潰されますわ! あー! あーーー!! あ゙ーーーーー!!!」
またしても。
またしても少しだけ。
フレンは、好きになれたと思ったベレトのことが嫌いになった。
翌朝。
廊下で対峙するベレトとセテスの姿があった。
「…………」
「…………」
場所はフレンの部屋の前。ドアの前に立ちはだかるセテスがベレトと向かい合う形だ。
昨日のような狂乱の戦闘が始まる雰囲気こそないが、厳しい顔付きのセテスと無表情のベレトが向かい合うと奇妙な緊張感があった。
「……昨日はすまなかったな。私も正気ではなかったのだ」
「ああ、とても取り乱していたのは分かった。フレンは起きてるか?」
「……あの後拘束された私は一晩かけて大司教より懇々と説教を受けた。多くの責任を負う立場でありながら、今思い出しても情けない限りだと反省している」
「そうか、学んだなら今後に生かせばいい。フレンは起きてるか?」
「……君にも色々と暴言を放った覚えがある。ここで謝罪させてくれ。ベレト、すまなかった」
「俺は気にしてない。正気じゃない時の言葉は忘れるよ。フレンは起きてるか?」
「…………」
「…………」
話が一方通行だった。片方が意図的に話題を逸らして、もう片方は受け答えしながらその都度軌道を修正する。言わずもがな、前者がセテスで後者がベレトだ。
「やはり……やはり納得できんのだ! 君のことは信用に足る人間だと今では思う。しかしそれでも、フレンを心配する気持ちが私の中で抑えられん!」
「けどあの子は黒鷲の学級に所属した。本人に学ぶ意思があるなら俺は指導する。そういう契約で俺は教師をやっている」
「分かっている! こればかりは感情の問題だ! 私とて、これが大人げない振る舞いだと理解しているが、フレンのことだけは話が別なのだよ!」
頭を抱えるセテスは苦渋の表情だった。冷静になった今はベレトを信じたい気持ちはある。それでも昨日のフレンの姿を思うととても平静ではいられないのだ。過保護と言われても仕方ないだろう。それでも、それでもフレンだけは……
唸るセテスを見て、ベレトも無表情ながら困惑した様子だった。彼の言い分も分からないでもないが、迎えに来た手前このまま立ち往生するわけにもいかない。どうしたものか。
授業に出させるためにフレンを迎えに来たベレトと、フレンを授業に出させたくないセテス。
硬直した状況を崩したのは渦中のフレンだった。
「お二人共、朝から廊下ではしたないですわよ」
セテスの背後のドアが開き、フレンが姿を現したのだ。
「フレン! 起き上がっていいのか、辛いなら今日は休んでもいいのだぞ?」
「平気ですわ、想像していたより体調はとてもいいんですの。だからお兄様、そんなに大きな声を出さないで?」
不安気にするセテスを宥めるようにフレンは微笑むと、無言で見つめるベレトの方を向く。
「先生、おはようございますですわ」
「おはよう、フレン」
「朝から来てくださったんですのね。心配しました?」
「ああ。立てなかった時のために迎えに来たが、どうやら大丈夫そうだな」
「ベレト……! またそうやって……」
「待ってお兄様」
暗に立てなければその手で教室へ連行すると仄めかすベレトの言い方にセテスが食いつくが、それをフレンは阻んだ。
「お兄様、聞いてください。わたくし、このまま先生の授業を受けますわ」
「フレン! 無理をするんじゃない! たった一日であの有様ではお前は壊れてしまうぞ! お前が苦しむ姿を思い出すだけで私の胸は張り裂けそうだというのに!」
「それでも、行きます。お兄様を悩ませるのは本意ではありませんけれど、わたくしは学ばなければいけないのです……いえ、本当はもっとしっかりしていなければいけなかったのです」
掴みかかるセテスの手に自身の手を重ねてフレンは諭す。それは彼女にとって、反省の告白でもあった。
「わたくしは今までずっとお兄様に守られてきましたわ。それはお兄様がわたくしを心から愛し、大切に思ってくださった証だと知っています。ですがそれは、本来わたくしが負うべきだった負担をお兄様に、引いてはこの修道院に肩代わりしてもらっていたんですの」
「フレン……」
「お兄様を始めとしてとても優しい方々のおかげで、わたくしはその温かい慈悲の中で生きてこれました。その慈悲に浸って、わたくしは生きる力を……困難に抗うための戦う力をすっかり失ってしまったのです」
「それは違うぞフレン! お前を守るため、この兄は全てをかけて!」
「ねえ、お兄様。わたくしにちゃんと戦う力があれば、前節の誘拐事件で少しでも抵抗できていれば、何かが変わっていたのではありません? せめて騒音を立てたり、争った痕跡の一つでも残せていれば、状況は違っていたのではありませんこと?」
フレンはずっと気掛かりだった。
全力で守ってくれるセテス。慈悲深く見守ってくれるレア。修道院や騎士団で働く人達。多くの人に守られている自分は何ができるだろう。何を返せるだろう。
根が良い子であり、素直に自分自身を見つめられるくらいの歳でもあるフレンは、一方的に愛情を注がれるばかりの生活にどうしても違和感があったのだ。
積もりに積もった違和感がついに形となって表れたのが前節の事件。
敵方の手際がよかったと言えるのかもしれないが、あの時にフレンがされるがまま誘拐されてしまったことは、明らかに自身の力量不足だと言えよう。
ベレト達黒鷲の学級が気付いて助け出してくれたことは運が良かっただけだ。あのままどこかへ連れ去られてもおかしくなかったはず。
このままではいけないと強く感じた。変わらなければ、力がなければ生きていくことすら危ういのはこのフォドラでは当たり前のこと。それを思い出した。
故に成長の機会を欲した。今まではセテスの意向に流されるままだったが、自分の意思を主張して憧れの士官学校に入ることにしたのだ。
確かに後悔はした。以前からの憧れが叶って浮かれていたのは認める。授業の様子を確認せず学級に加わったのは早まったのだろう。まさか士官学校が、ベレトの授業がこんなに厳しいものだとは思わなかったのだ。
それでも彼の下で授業を受け、学級の生徒達に混ざってついていけば、この怠けた体にも喝が入り、かつて戦を生き抜いた力を取り戻せるかもしれない。
あの痛ましい戦争は確かに悲惨な経験だった。母は死に、父は力を失い、自分もこの身に後遺症を抱えることになった。
反面、得られたものはあったのだ。
あの時と同じとまでは言わない。せめて自分の身を守り、身近な人々の助けとなれるだけの力を取り戻せるとしたら。
大変な思いをするだろう。昨日の有様を思えばもっと酷い目に遭うに違いない。だがそれは言い換えれば、怠慢に浸っていた自分を甘やかさず本気で向き合ってくれるということだ。
ベレトという厳しくも優れた教師の下で学び、自分を鍛えてもらえるなら、それはとても幸運なことではないだろうか。
それが、昨夜から今に至るまで、ベッドで横になりながらフレンがじっくり考えて出した結論だった。
「信じてください、お兄様。わたくしと、先生を。わたくしはお兄様に守られるばかりではない、きっとお兄様が誇りに思える妹になってみせますわ」
セテスを見上げてフレンは胸を張る。強く言い切る彼女の姿は、ただ新しい世界に浮かれるだけではない、より良き未来を目指して変わろうとする逞しさがあった。
強く目を閉じてセテスは悩む。昨日、授業から帰って部屋のベッドに倒れるフレンを見た時は、我を忘れるほどの恐怖と焦りに支配された。意識が朦朧としていた彼女から話を聞いてつい正気を投げ捨ててベレトに突撃してしまうくらい、力無く横たわる姿は自分にとって狂乱するのに十分な理由となったのだ。
フレンが消えた時のことは今でも思い出すだけで総毛立つ。さらわれた彼女を助けてくれたベレトを信じたいが、そのベレトのせいでフレンが倒れたとあっては居ても立っても居られない。
しかし、やはりと言うか何と言うか、セテスはどこまでもフレンに甘いのだった。
「……お前が困難に立ち向かおうとする健気な姿を、どうして私が止められようか。愛しい妹の決意を、どうして兄が無下にできようか……」
フレンの選択を自分が台無しにするわけにはいかない。葛藤を振り払うように頭を振ると、まるで眩しいものを見つめるように細めた目でフレンを見る。
自分にとって一番の宝──何よりも愛しい我が子を。
「約束してくれフレン。少しでも無理だと感じた時は私でも、レアでも、お前の近くにいる誰にでもいい、相談すること」
「はい」
「帰りが遅くなるようであれば必ず伝言を寄こすこと」
「はい」
「食事はきちんと取ること。勉強だからと言って夜更かししないこと。修道院の外に出る時は必ず信用できる者と一緒に行くこと」
「お兄様、多いですわ」
「……最後に一つ」
「はい」
「……精一杯、学んできなさい」
「はい!」
そこまで言うとようやくセテスはフレンの肩を掴んでいた手を放した。
今度は振り返り、それまでずっと後ろに立って控えていたベレトに向き直る。
「ベレト、君に一度でも刃を向けた手前、こんなことを言うのは筋違いなのだろう。だがあえて言葉に出す。教師となる契約でここにいる君に、加えて頼む」
一瞬の溜め。そして恐れを払うようにはっきりと。
「フレンを守れ! 私のように、全てに優先してまでとは言わん……君に叶う限りの力で、この子を守ってくれ!」
「もちろんだ。フレンは俺の生徒になった。だったら守るのは当然だ」
即答するベレトを見て、セテスはようやく肩の力を抜いた。小さく息を吐いて姿勢を正した彼の表情は、心なしか常より柔らかい。
「それと……今後は私のことはセテスと呼び捨てで構わん。立ち位置は上司に当たるが、傭兵だった君に忠誠を求めたりはしない」
「いいのか?」
「ああ。私も、もう少し君のことを信じてみよう」
フレンが変わるための勇気を出したのなら、自分も怖気づいてばかりいられない。そう考えたセテスが、恐らく初めて見せた、フレン絡みで本当の意味で他人を信じて歩み寄る姿勢だった。
「分かった。それじゃあセテス、フレンと一緒に行くよ」
「うむ、頼むぞ」
「行って参ります、お兄様!」
「ああ、行ってきなさい、フレン」
今日はどんな一日になるだろう。昨日と同じワクワクする気持ちがフレンの中に湧いてくる。
昨夜はあれだけ疲れに沈んでいた体も、今は驚くほど調子がいい。これもベレトのおかげか。あのマッサージは……うん、二度と受けたくないけど……そのおかげで今日も元気に学校へ行けるのだから感謝である。
親近感や感謝だけではない。昨日一日で随分と印象が変わった、もとい少しだけ嫌いなところも見えたベレトだが、その不思議な魅力は損なわれるどころか興味が深まるばかり。
彼ならばきっと自分を守り、導き、強くしてくれる。そう信じられる。
そんなベレトの下で今日は何を学べるか。
明日はどんな自分に変われるか。
まるで生まれ変わったような清々しい気持ちを胸にフレンは歩き出す。
「それでは先生、本日もよろしくお願いいたしますわ!」
「ああ、今日も頑張ろう、フレン」
セテスに見送られ、ベレトと並んで元気よく歩くフレンは、かつてないほど明日への活力に満ちる生き生きとした姿だった。
* * *
後に、修道院で過ごした思い出を振り返った時、士官学校に加わった日々を述懐したフレンはこう語る。
「たくさんたくさん後悔しましたけど、あの日々も今のわたくしを形作る大切な経験になりましたの。後悔も含めてわたくしの人生ですわ。だから先生にはお礼を言いたいんですの。わたくしは貴方に会えてよかったと、貴方の学級で学べて幸せでしたと……まあ、もう少し手心を加えてほしかったのが本音ではありますけど、うふふ」
一通り不満を口にすれば落ち着けたのか、最後はいつもの朗らかな笑みを浮かべてそう締め括るのだった。
セテスさんごめんなさい。僕の中では彼はこういうキャラなんです。ゲームでは、普段は厳格な口調なのにフレン相手だと声色が別人のように柔らかくなるのはビックリしました。声優ってすごいな。書きながら声が脳内再生しまくって大変でしたよ。
そのゲームは現在紅花ルート目指して進めてますけどまだ一周目、今は白鷺杯の辺りです。スカウトどうしようかめっちゃ悩む。
煤闇の章にはまだ一切手を付けてないのですが、灰狼のみんなが気に入ったので小説に盛り込みたくて今回ユーリスに出てもらいました。いずれプレイしますよ。
作者の活動報告に載せた後書き