予想だにしなかったデルフリンガーの死。激しい憤りと深い哀しみを胸に、才人は武器屋の扉を叩く。

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死んだ剣

 これなるはトリステインが王都、麗しきトリスタニアのしみったれたドブ臭い、貧民ですら鼻をつまんで歩く通りの武器屋でのお話

 

 ボロ屋には似つかわしくない、小柄なメイジもどきの少女とその従者もどきが、ちょうど店を訪れていた。

 

「失礼するわよ。ちょっと言いたいことがあるんだけど…… ちょっと、聞いているの?」

 

「これはこれはお貴族様、うちは目を付けられるようなことは何もいたしておりません。

ただのしがない武器屋でごぜえます」

 

「さっき来た時も聞いたわよ、それ! 私は苦情を言いに来たの」

 

「すみませんが、今日はもう店じまいなもので」

 

「気にしないことね。まだ30分と経ってないけど、先ほどこの店でインテリジェンスソードを

買ったわ。その剣のことで一言言いたいの」

 

「ああ、デルフリンガーね。なにか問題でも?」

 

その一言に、従者もどきの少年はいきり立って怒鳴った。

 

「問題があったからこうして言いに来てるんだよ! この剣、死んでる」

 

彼はそう言うと、背中に担いでいた剣を降ろし、がちゃんと音を立ててカウンターに置いた。

 

「何言うんですかい? ちょっと見せてくだせえ。……寝てるんですよ、それ」

 

少年の眉間へは、余計に深いしわが刻まれた。

 

「よく見てみろ! この剣が死んでることは、一目見れば分かる。今だって、ご覧の有様だよ。ピクリとも動かねえ」

 

「だから違いますって。死んでません。眠ってるんでさあ」

 

「眠ってる?」

 

「そうですとも。インテリジェンスソードは珍しくってですな。見てくだせえ、この剣身の、

血潮のように鮮やかな、赤く見事なさび!」

 

「自慢げに言うことかよ! そうじゃない、この剣はカチコチに、冷たくなって死んでる」

 

「いやいや、寝てるだけでさあ」

 

「そうか。寝てるだけか。それなら、起こしてみようじゃないか。オハヨー、起きろー、デル公ちゃん! お目々を覚ましたら、高めの砥石で研いであげましゅよ~。なんなら、決闘にでも使って、美味しい生き血だって吸わせてあげましゅよ~。いよっ、伝説の剣のデル公ちゃん♪

 

ドンッと、大きな物音がした。

 

「ほら、少し動いた」

 

「動いてない! あんたが机を叩いたんじゃないか!」

 

「叩いてませんぜ」

 

「いいや、叩いた! オハヨ~、デルフちゃん~。凛々しい剣のデル公ちゃん~、お目目ぱっちりしましょうねえ♪ デル公ちゃん~♪ そのままじっとしてたら、勘違いされまちゅよ~♪ ......やい、これを死んだと言わずして、何と言うんだ」

 

「いやいや、気絶してるんでしょうな」

 

「お前な。死んでるのは今ので、十分わかっただろう? このインテリジェンスソードは明らかに死亡してるの。お前、俺たちがさっき買いに来たとき、店を出てから剣が喋らなくなっても、それは喋り続けてクタクタに疲れてるだけだって言ってたよな?」

 

「じゃあ、疲れてるんじゃないですかい?」

 

「うめき声一つ上げないじゃないかよ!」

 

「ううん、参りましたなあ…… 店が恋しくて、塞ぎ込みがちになっちまってるのかも」

 

「店が恋しい? 何だそりゃ。だったら、店に舞い戻ってきた今この時でさえ、声を上げないのはどう説明してくれる?」

 

「デルフリンガーは、口は悪くても実は寡黙な奴なんですよ。きれいな剣でしょ。それに見映えのする赤さび。こういう剣は、意外にも人見知りが激しいもんでして」

 

「失礼を承知で言わせて貰うけどよ。どうしてこの剣が、最初店に来たとき喋っていられたか、分かったぜ。理由は一つ、お前が裏声で喋ってたんだ。思えば、俺たちが剣に目を向けてる間しか、声を聞いた覚えがない」

 

「そんなの、当たり前じゃないですか。剣にだって、プライドがあるんでさ。視線も合わせて貰えない相手に喋ったんじゃあ、悲しくなっちまう」

 

このまだるこしいやり取りに、ついに少女の方が爆発した。

 

「いい加減にしなさいよ! この剣にライトニング・クラウドをぶち当てたって、喋るわけないわ。これは、完っぺきにご臨終なの」

 

「いやいや、ホームシックになってるんでさあ」

 

「ホームシックなんかじゃないわよ! お亡くなりになったんだわ。この剣の魂は、世を去ったの。既に、事切れてしまったの。息を引き取り、始祖の御許に導かれたんだわ。これは、『元』インテリジェンスソード。ただの剣。命尽き果て、永遠の眠りに付いたの。今はもう、安らかに眠ってるわ。身罷ってしまったの。声をあてられてなきゃ、今頃は屑鉄一杯の溶鉱炉の中で真っ赤に鋳溶かされていたはずなのよ。剣はその永き生涯に幕を閉じ、昇天なすったの。あんたが何と言おうとね、これは『元』インテリジェンスソード」

 

「ああもう、分かりましたよ。お取り替えしましょ」

 

店主は、もう結構というような、投げやりな態度で答えた。

従者もどきは、呆れ果てて嘆いた。

 

「この店で何か買おうと思ったら、性根尽き果てるまで文句を言う羽目になるな」

 

 

「全くだぜ」

 

「さっき聞いた声だ!」

 

驚きに目を見開く主従もどきに向け、店主はおそるおそるといった様子で答えた。

 

「実は、別の剣にもデルフリンガーの分霊が乗り移ったみたいでして」

 

「分霊! そんなことがあり得るのか?」

 

「へえ、まあ、こう、なんというか、ふよんと魂が二つに分かれましてな。しかし一つの剣に魂二つってのは窮屈なもんですから、片方の魂が別の剣に乗り移るんでございまさあ」

 

「まあいい。どこだよ、その伝説の剣の魂の半分が宿った半伝説的な剣は?」

 

「そこの、まとめて置いてあるところの、そうそう、それそれ」

 

新たに手にした剣の刀身を見て、従者もどきの少年は唸った。

 

「さっきの奴よりは、ましな錆だな。代わりに貰ってくぜ。この死んだ剣は引き取ってくれ」

 

「追加で10エキューになります」

 

「金取るのかよ!」

 

「一応、良い刀身に替える訳ですから」

 

釈然としない顔で、少女は尋ねた。

 

「それ、迷惑料代わりに差し引こうとは考えないの?」

 

「それでも勉強してるんでさあ。元々、剣は安くても200エキューはするところ、更にお安くしておりますもんでね。これ以上はうちでもちょっと……」

 

少女はチッと舌打ちし、エキュー金貨10枚をカウンターにばら撒いた。

 

「こんな店、二度と来るもんですか」

 

 年若い少年少女の主従もどきが店を出ていくと、店内は途端に静かになった。

客が剣を手にして空になった剣立ての、すぐ隣りの剣がカタリと動いた。

 

「で、何度繰り返すんだ、これ?」

 

「そりゃあ、客が二度と来なくなるまでよ」

 

 カランカランと店の戸が鳴った。

先ほどとは別の客が、息巻いて現れる。

店主は愛想よく声を張り上げた。

 

「ご用は何でしょう!」

 

もう叫ばずにはいられない。

 

「こんなバカげたことにはうんざりだぜ!」




その通り! バカバカしい! さあ、次のSSでも探すぞ!
ゼロの使い魔×モンティ・パイソン(終)
元ネタ『死んだオウム』


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