3巻と4巻は有栖がいないんですよね......3巻はどう頑張っても無理ですが、4巻は頑張って出したいところ。
7月に入り、本格的に蒸し暑さが増してくる今日この頃。
俺のすぐ近くに龍園がいることが判明し、その対策に乗り出さざるを得なくなった。このままだと、あの時の二の舞になることは目に見えている。何としてでもそれは避けたいところ。
うちのクラスには鬼頭というやつがいるが、一人だと心許ないのも事実。
風の噂によると、Cクラスには武闘系の生徒が多く集まっているのだとか。
しかも、めっちゃデカくてゴツい生徒もいるらしい。勝ち目ないね、うん。
龍園はそんな奴らに勝って従えてる訳だから、もっと無理。
「ねえ、話聞いてるの?」
「ああ、なんだっけ。今日の天気だっけ」
「そんなの見れば分かるわよ」
はぁ、とため息を漏らし、神室真澄はアイスコーヒーを口に含んだ。
須藤の事件が解決して早1ヶ月、あれからはどのクラスもアクションを起こすことはなく、束の間の休息となっていた。
そのため、今日俺は坂柳とではなく偶然出会った神室とカフェに来ていた。窓から差し込む梅雨の貴重な太陽は、以前よりも熱量を増している気がしてならない。もう良いって、俺たちを焼き殺すつもりか。
「で、なんの話だったっけ」
「なんであんたが坂柳に目つけられてるのかって話」
「ああ、残念だけど知らないな。過去に接点があったわけでも無さそうだし。特徴がないのが一周回って特徴になってるんじゃないのか?」
神室は坂柳に度々命令を受けて他クラスに探りを入れたりしているのだが、今のところめぼしい成果はない。
Bクラスはまとまりが強い、とか、Cクラスは龍園がまとめているとか、表面上の事実だけ。決して神室が無能というわけではない。この時期にそんな多くの情報が集まるわけでもないのだ。
俺も俺でこの前以来坂柳から指令を貰うようになり、堀北を中心にDクラスに定期的に接近したり、一之瀬にCクラスについて聞いてみたりと割と大変でシビアな役を担っている。
だが、当然こちらもめぼしい情報が得られるわけでもなくほぼ無意味な時を過ごしていた。坂柳に意味ないと言ったことがあるが、続けろとしか言われなかった。理由くらい教えてくれても良いと思うのだが。
そういうわけで他のクラスに探りを入れているのが今ここで呑気にカフェを楽しんでいる俺と神室だ。俺は正面から関わりに行って、神室は影に隠れてこっそりと情報を集める、そんな棲み分けがされている。
「でも、あんたたち入学初日から仲良さそうじゃない」
「席が隣だからってだけだろ。それに、あいつは杖をついてるからな。その助けをしただけだ」
こういう時ってあれじゃん。先生が『お前は隣の席だから困ってたら率先して助けるように』っていうパターンのやつじゃん。俺はそれを先回りしてやっただけのことだ。
「あんたにだけは随分と気を許してる節はあるけど」
「んー、まあそう言われればそんな気もするけどな」
だけど、本当に心当たりがない。坂柳の思い違いか、俺の記憶から消えてしまっているのか。坂柳が俺に執拗に接触してくる理由だけはどうしても分からないんだよな。
「まあ、坂柳があんたを気にしてくれてるおかげで私の負担が減るからその方がありがたいけどね」
「一体、1日のうち坂柳といる時間はどれだけ占めているのだろうか……」
朝起きるじゃん。学校行くじゃん。坂柳に会うじゃん。一緒に教室で飯食うじゃん。一緒に帰るじゃん。その後高確率で用事があるって言って会うことになるじゃん。開放される頃には太陽は地平線の下にいるじゃん。
「朝8時半から夜9時……1日の半分じゃねえか」
だから、こういう時間は本当に珍しいのだ。まあ、神室とはばったり会っただけなんだけども。
「随分と忙しいのね」
「なーんか人ごとな気がしてならないんだけど?」
「事実だし」
「そうだけどさ……」
少しくらい同情してくれたって良いじゃないか、そう思わずにはいられなかった。同じ坂柳にこき使われている人間として、少しだけでも良いから賛同して欲しかった。
「あんたなんかこれといった特徴ないじゃない。顔も大してかっこいい訳でもないし。どう考えても坂柳があんたに興味を引く要素が見当たらないんだけど」
「自覚はしてるけど、面と向かって言われるのはやっぱ心にくるものがあるなぁ。でも間違ってないから何も言い返せないっていう」
俺はピュアな少年なんだぞ。俺のハートはガラス製なんだからな。
……すいません調子に乗りました。だから睨まないで。
何でそんな簡単に思考読まれるのかなぁ。本当に表情で読まれてるのか? 家に帰ったら鏡の前でやってみよう。
はぁ、とため息を漏らした神室は、コーヒーを一口飲むと話を続ける。
「坂柳に聞いても『彼は優秀ですから』としか答えないし」
「俺より優秀なやつなんてそこら中にいるだろうに」
たとえ俺が優秀だったとしても、必ずその上に更に優秀な人間がいる。俺が一番になることは絶対にない。どれだけ努力しようとも、届かない極地はあるのだ。
「でも、あんたはなんでもそつなくこなすって感じがするけど」
「まあ、そうだな。求められたことはきっちりこなすべきだし」
任されている分だけ責任が伴う。
やらかした暁には……想像もしたくないね。
「そういうお前は最近どうなんだ。まだ万引きしてるのか?」
「そんなことする暇もないわよ」
神室としても坂柳に従うのは不本意なのだろうが、入学早々坂柳に万引きがバレた以上、強く出られない。
逆らったら学校に報告するって言われてたからな。南無。
「放課後や休みの日に自由時間があることすら珍しいし」
完全に労働環境がブラック企業のそれで流石に可哀想だ。今度坂柳に話してみようか。
「お前も大変なんだな」
「あんたは大変じゃないわけ?」
「そりゃ、手足の如く使われてるからな、大変じゃないわけがない」
正直、もっと1人の時間が欲しいな、とは思う。度々飯に連れ出され、放課後寮でゆっくりしようと思ってた矢先に仕事が舞い込んでくる。
社畜の1日ってこんな感じなのかなって。最近そう思うようになった。どんどん思考がおかしな方へ進んでいる気がしてならず、俺は真っ当な人生を送れるのだろうかと不安になってしまう。
「でも、Bクラス以下に落ちたくはないし、仕方ないかなとは思うな」
「それはそうだけれど」
Aクラスで卒業することができれば、希望の進路に進むことができる。ほぼ間違いなく、多くの生徒はそれに釣られてきている。俺もその中の一人だったりする訳だが。今では社畜を逃れるため、というのも理由に含まれている。
「とりあえず今は大人しく坂柳に従っておけばいいんじゃないのか? なんだかんだ言って実力があるのは事実だし、葛城よりは可能性あるだろ」
「……そうね」
神室は不服そうに唇を噛みしめた。そんなに嫌だったのかよ、と思わされるほどに。そんなに嫌なのであれば、自ら新しい派閥を作ってしまえばいい。神室には向かないだろうが。
「でも、そういうもんだろ。大人になったらどうせこんなのばっかりだからな」
雑用が楽しいという思考に至るのは普通ならあり得ない。坂柳信者かそういうことが好きな変わった人だけだ。今おれと神室が行っているのは、いつまでやらされるか分からない偵察。しかも殆ど情報を得られないという。量だけがやたらと多い悲しき任務なのだ。
チビチビと飲み進めていたラテが無くなってしまった。それは神室も同じだった。
「折角だし、どこか遊びに行かないか?」
「断る」
「……」
即答ですか神室さん。日々疲れているであろう彼女の気休めが出来ればいいと思ったのに、そんな俺の好意を一瞬の間も無く木っ端微塵に砕いてしまうとは。俺泣いちゃうよ?
「……少しだけならいいけど」
「あ、デレた」
「脛を蹴られたいの?」
「冗談ですすいません」
坂柳は杖を装備しているとはいえ非力だ。だから、痛いけどそこまでだったりする。でも、神室の場合容赦なく蹴りを入れてくるタイプにしか思えないから本当に勘弁してください。神室に弄りはもうしないから!
胸の前で手を合わせ、俺は必死の命乞いをする。その甲斐あってか、神室は溜息をつくと、早くしなさい、と言って許してくれた。
神室さんの睨みがコワイ。
「それで、どこに行くの?」
相変わらずのぶっきらぼうな口調で尋ねてきた。
どこに行くか、か。坂柳とよく行くところでいいのかなぁ。あまり行かないところにも行ってみたいという気持ちもあるし、この後の計画の困難さに頭を抱えることになった。
「希望があるなら聞くぞ?」
「ない」
「あっそうですか」
うせやん。完全に俺に丸投げですか。
そういえば季節はもう間も無く夏だ。そろそろ夏休みに向けて夏物を買っておかねば。ビシッとキメて坂柳を驚かせるんだ!
「その気持ち悪い顔やめてくれない? どうせ坂柳のことでも考えてるんでしょ」
「何でバレてんの?」
「あんたの思考回路が単純すぎるだけ」
俺の脳味噌が脳筋みたいだとかやめて頼む。
……実際坂柳にかなり肩入れしてるのは事実だけども。ただなぁ、友達以上恋人未満的な一から先に進まんのよ。俺がチキンなだけなんだけれどね!
あれ、待って。神室にオレの坂柳に対する気持ち悪い思考が筒抜けってことは、坂柳に対してもだよね?
ってことは俺嫌われてる?
「……」
「今度は何? 顔芸が趣味なの?」
「……ここまでの俺の3ヶ月を猛省しているだけだ。本当は坂柳に嫌われたんやな、って」
この際だから隠すのは止めにするが、俺は坂柳のことが好きだ。一目惚れだよ、悪いか? ロリは対象外とか知らん。ただの強がりだ。
ちょっと乗せられれば、告白しちゃうだろうね。でも、向こうはどうなのかって話が浮上してくるわけで。玉砕されたらどうしよう、みたいな? だから未だに踏み出せていないのだ。
──チキンで悪かったな!
「なるほどね……」
「え、そこまで読んじゃうの?」
「あんたが自分で言ったんでしょ」
「……えっ?」
マジで言ってる? しかもここ公衆の面前だぜ? まだカフェを出ていないから誰も聞いていないだろうけど、出てたら間違いなくスリーアウトゲームセットだったわ。
「ちなみに、どの辺から?」
「俺は坂柳のことが好きだ、ってところから。気づかないとかやっぱあんた頭おかしいんじゃない?」
「殆ど全部じゃねえか。そしてこの期に及んで辛辣な口調を止めないか」
終わったな、俺の人生。俺の恋愛事情が筒抜けだったとか恥ずかしすぎる。
「……どっかに奈落の落とし穴ない?」
「あるわけないでしょ」
そりゃそうだ。あったら大問題だからな。ていうか、めっちゃ恥ずかしいんだけど。校則破って敷地外逃亡を図ろうとするレベルだ。
「そもそも、坂柳があんたを嫌ってるはず無いでしょ」
「マジ?」
「本当にあんたのことが嫌いだったら、毎日毎日しつこく磁石みたいにくっ付かないに決まってる」
確かにそれはそうだ。正直駒ならいくらでもいるわけだし。橋下とかいるからな。後藤……は無理か。
だが、納得がいかない。どうしても、だ。
神室に諭されているという現実に。
「すごく不快な気分なんだけど」
「気のせいじゃないですかね」
俺の表情筋どうなってるんですかね。綾小路のが固まってる分俺のは柔らかいって? そんなところよりも、身体が固いのをどうにかして欲しいものだ。
前屈とかそもそも手が足につかないから。
「そんなことで悩んでるなんて馬鹿みたい。暑いし早く行くわよ」
「ちょっと待って、置いてかないで」
俺を置いて歩みを進める神室を小走りで追いかけ、横に並ぶ。
いつもの坂柳のペースよりもかなり速い。
それでも、悪くないと思う自分がいた。
気持ち悪い、というのはあくまでも神室視点でしかなく、坂柳がどう思っているとはあまり相関はない。
「……何で私がこんな話をしなければならないんだか」
「そこに神室がいたから」
「あっそ」
神室が素っ気ない返事をした。絶対、ツンデレの素質あるよな。
「とりあえず服買ってこうぜ」
「好きにすれば」
やっぱり服は大事だ。汚い服で会ったら好感度だだ下がりなのが目に見えている。
女心ってのはよく理解できない。相対性理論くらい難しい。だから、憶測だけでも懸念材料は潰していかなければならないのだ。
少なくとも、見た目で気持ち悪いなどと言われたらそこで試合終了だ。安◯先生も諦めるレベル。
俺たちは色々な店を回った。坂柳が喜びそうな服装は何だろうか、着て行って恥ずかしくない服装はどれだろうか、と。正直神室には申し訳ないと思っている。
その結果──
「あんた買いすぎ」
「これから夏なんだ。それ用に新しい服を買わないといけないだろ? 元からこういう予定だったからいいんだよ」
俺は両手に幾つのも袋をぶら下げて帰宅していた。対する神室は片手に収まる程度。
季節の変わり目は自然とこうなってしまうのだ。それに、毎月有り余る量のポイントが支給されている。多少は使っても問題無いのだ。
「それに、坂柳と出かける時に恥ずかしく無いような服じゃないとな」
「そう」
ふと空を見る。太陽はかなり傾いているがまだ暗くはなっていない。しかし、夏は日の入りが遅い。想像以上に時間の進みは早いのだ。腕時計で時間を確認すると、5時半を回っていた。
夕食は家で作って食べるのもいいが、疲れたしそんな気分ではなかった。
「どっかで食べてかない?」
「却下」
「そこは『仕方ないな〜♡』とか言って了承してくれるところじゃない……すいません」
やべえ、神室さんやべえ。めっちゃ睨まれたんだけど。悪いけど、そういうのは坂柳抗体からは生成できないから、耐性がないんだ。蛇足だけど、坂柳抗体は足の痛みと過労に効果があるぞ!
「あ、中山じゃん!」
「……何だよ後藤」
「そんな嫌な顔すんなって!」
神室にビビっていると、どこからか後藤が表れて割り込んできた。どこかで食べて行こうと思っていたが一気に失せた。
「え? 今度は神室? お前、浮気はダメだぞ」
「違えよ。たまたま会っただけだっての」
神室ととか考えられん。北斗◯の尻に敷かれる佐々木健◯状態は勘弁です。
「折角だし飯食いに行かね? あ、神室も来る?」
そう言いながら神室の方を見たが、そこには誰もいなかった。
ということはつまり。
「あの野郎先に帰りやがったな!」
数十メートル先に神室の姿があった。余程後藤が嫌だったのだろう。
「じゃあ俺も帰る」
「ちょっと待てよ!」
どうせこいつと行くところはファミレスかフードコート。それなら、自分で作って食べた方がマシだと思った。
料理の腕を上げておいて損はない。
今日は梅雨の間の晴れ。梅雨明けはもう少し先、明日も漁っても雨の予報だ。俺は今日だけでも晴れてくれたことに感謝して、帰宅路を追いついてきた後藤と共に歩き続けた。
「悪かったって! だから機嫌直してくれよ!」
神室と一対一だったのを妨害してきた後藤を許す気にはなれなかったが。
ー▼△△▼ー
──夢を見た。
公園で、幼い少女と遊んでいる夢。とは言っても、少女の方は足が悪いのか杖をついていて、俺が鉄棒とかブランコとかに乗って遊んで、少女がそれを見ている、という構図だった。
近くに大きな遊具もあったが、行けず仕舞いだった。理由は言わなくても分かるだろう。
一人よりも二人で遊んだ方が楽しい。だから、俺は少女に言うのだ。
──一緒に遊ぼう、と。
少女は目を見開いて驚いた。そもそもどうやって遊ぶのか。親に見つかったらどうするんだ。問題は山積みだった。
「大丈夫だよ」
「……うん」
何の脈絡もない感情論だ。子供らしい言い訳だった。どこからどう見ても、説得力に欠けている。
少女は俺について来る事を選択した。なるべく安全な道を。そう思って進むものの、少女にとっては試練の連続だ。
数十センチはあろうかという段差だらけの遊具。杖をつきながら遊ぶのは難しいに決まっている。なのに、少女は俺についてくる事を止めなかった。
立ちはだかる障害物を、己の力だけで乗り越えようとしていた。心配になって伸ばした俺の手を取ることもせず。
それは、疾患にも負けないという意志の表れにも思えた。
結局、少女は俺が飽きるまで側を離れなかった。
楽しかったかと聞いたら、しっかりと頷いてくれた。
その表情を見て、俺は安心した。いや、それだけではない。
──俺はちゃんと彼女の側にいた。
それが何よりも俺を安堵させていた。
また遊ぼうね、そう言って別れたところで意識が現実に引き戻された。
何日かに一回は夢を見るが、やけに現実味を帯びた夢は珍しい。
夢での風景は見たことのあるもので構成される、という話を聞いたことがある。だが、どれも身に覚えのないものばかり。
もしかしたら、今回のも俺の幼少期の頃なのかもしれない。それを脚色してあれは形作られた。杖をついた少女のモデルは坂柳なのであろうが、どれだけ記憶を遡ってもそれがヒットすることはない。小学校四年生より前の記憶が曖昧だ。以前にも思い出そうとしたが、その時も同様に思い出せなかった。
小学校入学、そこが俺の記憶の切れ目だ。近所に住んでいた人によれば、俺はよく出来た子供だったらしい。学業も、運動も。
現在はそこに至れない。もしかしたら
ふと思い出したのは、坂柳と初めて出会った階段での出来事。初対面だったはずなのに、躊躇無く杖で足を殴られた。
水泳の授業の時には、俺が一位を取ると確信した口ぶりを見せた。
抜き打ちの小テストでは、俺の方が勉強が出来る、というような発言をしていた。
もしかしたら、俺は──
「──っ!?」
一つの結論に至ろうとしたところで、脳に電撃が走った。
まるで、思い出すことを許さないかのようだった。欠損した記憶が禁忌だと言わんばかりの痛みだった。
「──あれ、もうこんな時間じゃん」
ベッドから起き上がってからの数分間、俺は何をしていたのだろうか。
抜け落ちた数分間を全く思い出せないままいつも通りの朝支度を始めるのだった。