杖なんて必要ない   作:青虹

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まずは日間ランキング12位ありがとうございます。

そして、UA数11000越え、お気に入り550人突破も併せて感謝します。

今回は勉強の疲れの反動や、唐突に別作品が日間ランキング1位に輝いたせいで私のテンションがおかしい中の執筆となっていますので、カオスなことになっているかもしれませんがご了承ください。

でも、そんなよう実もありだと思うんです。


順調な滑り出し

 現在、俺の隣のお嬢様(坂柳)はとてもご機嫌である。

 理由は単純明快、ポイント減少の予想が的中したからだ。

 既にクラス中には『坂柳派では減少の可能性が示唆されていた』という情報が広まっており、葛城派の生徒に葛城への不安を煽らせることに成功している。

 そして、それと同時に坂柳への信頼も高まりつつある。まさに一石二鳥だ。

 

 時折、戸塚がこちらをみては顔を歪めて睨みつけてくる。『葛城さんの邪魔をするな!』そう言いたげな表情をしている。

 悪いが戸塚、俺たちは何もしていないぞ。あくまでも予想をしただけ。逆にそっちが何もしていないだけなんだが? 

 

 そして、今日はポイントが振り込まれた日。つまり、そういうことさ。

 

「今日は5時半に寮の一階のロビーに集合ですよ?」

「分かった。ただし、優しくしてくれよ」

 

 もちろん値段設定をね。16万あるとはいえ、無駄遣いしたくはない。この学校において、ポイントはあらゆるものに使える。真嶋先生は最後にそう言い残していった。

 そうなると、使い道は無数に存在することになる。何にどれだけ必要なのか分からない以上、浪費だけは避けたいのだ。

 

 俺はそういう意図で言ったはずなのに。なのに、なぜか周りが凍りついている。

 喧騒に包まれていたはずの教室もいつのまにか静まり返っていて、坂柳やさっきまで騒いでいた戸塚飛び跳ねて驚き、葛城は苦笑い。そしてみんな俺を凝視したまま動かなくなってしまった。

 あれ、俺ってDI◯様だったっけ? 

 

 だけど、坂柳の顔が赤くなっているので、時が止まったわけではないと安心する。安心できる状況じゃないけど。

 

「優しく、っておま……」

 

 あの橋下や後藤ですら口をパクパクさせて驚いている。神室は少し離れたところでゴミを見る目をしていた。

 

 さあ、もう一度自分自身の所業を振り返ってみよう。

 後藤の反応からして『優しく』が問題だろう。そしてその用法を列挙すると──っ!? 

 

「やっと気付いたみたいだな……」

 

 橋下が呆れた表情をしているが、今ならはっきり分かる。みんなに『優しく』は◯◯◯◯◯◯(教育上よろしくない内容につき自粛)として捉えられてしまったのだッ! 

 

 そこからの行動は早かった。

 

「大変申し訳ございませんでしたァァァ!」

 

 俺は華麗にアクロバティックDO☆GE☆ZA☆を決める。プライド? んなもんとうの昔に下水道に糞と一緒に流したわ! 

 

「中山くん、覚悟はいいですね?」

「イ、イェッサー……」

 

 俺は大人しく小指を差し出す。いつもやられている右足の方は変色しそうだったので左側を出した。

 坂柳が思い切り杖を振り上げた。

 ああ、坂柳が魔王に見える……

 まあ、元々ロリ悪魔なんだけどね──っ!!? 

 

「〜〜!」

 

 声にならない悲鳴が上がる。

 

「うわぁ、痛そうだな」

「あれ食らったら、しばらく歩ける自信がねえぞ」

 

 やべえ、小指が壊死したかもしれない……

 ていうか坂柳さん、あなた非力なんじゃないんですか? 一体どこからそんな怪力が……

 はっ、まさか坂柳、吉田◯保里を内蔵しているのか──!? 

 

「反省しましたか?」

「いや、うん。あれはみんなの勘違いで、その、えと──」

「何か文句でも?」

「ないです」

 

 坂柳ハンパないって! あいつハンパないって! 後ろにめっちゃ修羅引き連れてるもん。そんなんできひんやん普通。

 

 しかし、この後坂柳に奢らなければならない。ここで死んでたまるかッ! 

 

「立ったんだけど!?」

「痛くねえのか?」

「慣れだ慣れ。段々気持ちよくなってきて、最終的には無しで生きていけなくなる体になってくんじゃね?」

「それはアウト」

「薬はあかん」

 

 そんなことはどうでもいい。早く家に帰って身支度を整えなくてはならない。いつも一緒にいるとはいえ、恥ずかしい格好はできない。しばらくそれで弄られる羽目になるからな。

 

「じゃ、俺はお先に失礼!」

 

 小指の痛み? そんなもん我慢に決まってる。Aクラスたる者、堂々としていなくては──。

 

「やっぱ痛え!」

「うるさいわね……」

「あ、すいません」

 

 黒髪ロングの美少女に真顔で注意されたので大人しく屈服しておく。下手に出れば基本どうにかなる。

 プライドは処分済みだから、ためらいなく頭を下げられるのだ。はっはっはっ。

 

 悲しいなぁ。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 時刻は5時15分、紳士を体現した男である中山祐介は、坂柳を待たせまいとロビーへ降りていく最中にいた。

 15分前とか紳士失格だわ、とか声が聞こえそうだけど、俺には絶対に聞こえてこない。

 

 紳士失格? 笑わせるなよ。

 

 

 放課後にあの醜態を晒しておいて、紳士もクソもあるかって話だよ! 

 

 

 ……失礼、取り乱してしまった。

 

 ま、まあとにかく、足しにもならないだろうが、放課後の償いでもしておこうと思ってだな……

 

 あ、着いた。さて、どうやって出迎えようか──。

 

「遅いですよ、中山くん」

 

 うん、なんとなく察してた。15分前じゃ遅いかもなって思ってた。でも、もしかしたらいないんじゃないかなーとか思ってたけど、やっぱいたわ。

 

「す、すまん。待たせたな」

「いいえ。私が早く来すぎただけですので」

 

 俺はあまり知りたくないと思いながらも、気になって聞いてみた。

 

「ち、ちなみに、どのくらい待ったんだ?」

「10分くらいでしょうか」

 

 はいアウト。完全に遅刻。集合時間に間に合ってるから問題なし? ふざけるな。女の子が集合場所に来た時間が集合時間なのだ。それに遅れた俺は遅刻、恥ずべし。せめて、今来たばかりって嘘でもいいから言って欲しかった……

 

「もっと早く来ればよかったなぁ」

「放課後のことを気にしてるんですか?」

 

 寮から出たところで、そんな後悔の念が漏れ出した。坂柳の言うように、結構気にしているのだ。好感度下げたくないし? 隣のやつに嫌われたら気まずいじゃん? それに俺はガラスのハートの持ち主だからな。

 

「その、あれは本当にすまなかった。そういう意図を持って言った訳ではなかったんだ」

「そうでしょう。中山くんはそんな人ではありませんから」

 

 ああ、感じる。心が浄化されていくのが。

 

「中山くんはいつも私のことを気にかけてくれるじゃないですか。いつも感謝していますよ」

 

 そして俺は決意した。坂柳のことをもう悪魔呼ばわりしない、と。

 

 今まで散々ロリやら悪魔やらなど馬鹿にしてきた自分に猛省する。

 本当はこんなにいいやつなのに。しょっちゅう杖で殴りつけてくるけど、それはただの照れ隠しなのではないか? そう思うようになってきた。

 

「ですが、予定よりも高いレストランに行くので覚悟してくださいね?」

「ですよねー」

 

 そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。やはり坂柳は坂柳。いつでも容赦ないのがこの少女の特徴なのだ。

 

 ていうか期待を返せ。

 

 そんな小さな怒りを覚えながらも、雑談で消しつつ俺たちは歩を進めた。

 周りの喧騒から隔離されたかのような錯覚を感じながら歩き続けること十数分。坂柳が指し示したところに、それはあった。

 

 目的のレストランは、ショッピングセンターのあるエリアから少し中に入ったところに佇んでいた。

 

 高いところにしたのは本気のようで、外装からして高そうだった。足りないということはないのだが、いくら飛んでいくのか、想像するだけで震え上がりそうだ。

 

 中に入ると、美人なお姉さんが接客に応じる──っ!? 

 

「おい」

「なぜか不吉な気配がしましたので」

「それは気のせいだ」

 

 そんな雰囲気出した覚えないし。一目惚れされるような人じゃないし。

 

「予約していた坂柳様でよろしいでしょうか?」

「はい」

「ではご案内しますね」

 

 あれ? 予約? 元からここだったの? つまり、初めから高いところだった、と。そっちの方が酷い気がするんだけど? 

 お姉さんの後について席に向かう。

 店内は木が基調の造りで、そこに光が照らされることで暖かさと高級感を生んでいる。

 

 案内されたのは、大きな窓に面する席だった。窓には俺たちの姿がはっきりと映っていた。

 俺たちは対面する形で座った。学校では机の並びの関係上隣同士なだけあって、新鮮だった。

 

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」

 

 ご注文はお姉さんですなんて言おうものなら、小指を砕かれそうなので妄想にとどめておく。

 

 メニュー表を眺めてみると、この店は洋食も和食も扱っている店らしい。しかも、それぞれに専門のシェフがいるとのこと。

 値段は……うわぁ、いつも『ゴチになります!』ってやってるあの番組で見るような値段ばかりだ。ああ、俺の金ェ……! 

 

 しかし、もう逃れることはできない。今店を飛び出した方が後々大惨事になることは目に見えている。坂柳に嫌われたくないし。

 

 なるべく安い料理で済ませよう。こういう店はどれでも美味いからね! 

 そう思いながら、値段だけを見てメニュー表を読み進めていく。すると、あるページに目が留まった。

 

 そこに大々的に書かれていたのは『シェフのおすすめコース』。内容は名前のままで、旬の食材などの厳選された食材のみを使った料理が、コース形式で食べられるというものだ。

 とても美味しそうなこのコース、ただ一つ問題点があった。洋食コースと和食コースがあることだ。

 洋食専門、和食専門のシェフがそれぞれいるのだ。両方あってもおかしくない。しかし、どちらかに決めろと言われても、そう簡単にはいかない難しいものだった。

 

「中山くん」

「ん? どうした?」

 

 坂柳に呼ばれ、一旦メニュー表から目を離す。

 坂柳が指を指して見せてきたのは、ちょうど俺が気になっていたものだった。

 

「これを食べたいのですが、どちらも魅力的で決められないのですが……」

 

 珍しく坂柳が口ごもる。

 それだけ言いにくい話なのだろうか。坂柳が再び切り出すのを俺はじっと待つ。

 坂柳が再び口を開いたのは、それから少し間があった。

 

「それぞれが別々のコースを頼んで、分け合うというのはどうでしょうか?」

「おお、ナイスアイデア」

 

 これなら誰も損しないね、やったねたえちゃん! 

 

「じゃあそうしようか」

「はい」

 

 店員を呼ぶと、さっきの人がやってきた。

 そして、それぞれが別々のコースを注文した。

 

「予想、当たってたな」

 

 店員がいなくなったのを確認してから、俺から話題を振る。

 この店は穴場らしく、生徒の数は多くない。いたとしても上級生で、1年生らしき人は見られなかった。

 

「そうですね。これで少し優位に立てたでしょう」

 

 坂柳は嬉しそうに微笑む。

 

「正直、ガチガチの実力主義学校だとは思わなかった。授業もフレンドリーな感じだったし、ちょっと驚かされたな」

「そうでしたか? 私はなんとなくそんな気はしていましたよ?」

「え?」

 

 食堂の山菜定食が0ポイントだったこと。コンビニやスーパーの0ポイントコーナーのこと。

 そして、過剰とも言える量の監視カメラ。

 

「上級生の方が山菜定食を食べている光景はよく目にしましたよ」

「あー、確かに。でも俺は0円でどこまで暮らせるかっていうチャレンジをしてるのかと思ったわ」

 

 もちろん嘘だけど。本当のところは、ちょっと疑問に思っただけ。他人事だし、深くは気にしていなかった。

 

「私に嘘は通用しませんよ」

「だろうな」

 

 なにせこの少女は天才なのだから。優秀と言われたAクラスをまとめる存在。俺は中心人物だと思われがちだが、俺がしているのは坂柳の補助。俺の意見でクラスが動くことはそうない。

 

「clが逆転すればクラスは変わります。来月のポイント変動次第なのでなんとも言えないのですが、このままでは変わることはまずないと思いませんか?」

「確かにな。Bクラスとのポイントも300近い。同じように真面目に授業を受けてテストに臨むだけでは、クラスの交代などまず考えられないな」

 

 この学校の恩恵を受けるには、卒業時にAクラスでなければならない。しかし、普通の学校と同じようではBクラス以下が受けようとしても不可能だ。

 

「はい。なので、c()l()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です」

「まあ、そう考えるのが妥当だろうな」

 

 そうでなければ、わざわざクラスごとに配布するポイントに差をつける必要もないし、クラス替えを行う必要もない。ましてや、Sシステム自体が不要になるかもしれない。

 

「どちらにせよ、俺のすることは変わらんがな」

「私の手足となって働いてくれれば私もそれで満足ですから」

 

 だからなぜそこで満面の笑みを浮かべるんだ。可愛いから許しちゃうだろうが。

 

 ここで前菜が運ばれてくる。食べ物を口に含む時間が生まれ、会話のスピードが下がる。

 

「最悪、俺たちはポイントが減らなきゃそうそう逆転されることはないさ」

「確かにそうでしょう。ですが、それではつまらないと思いませんか?」

 

 口に含んだ食べ物を飲み込んで坂柳の問いかけに答える。

 

「そうだけどさ、わざわざリスク冒してまで戦わなくてもいいんじゃないかと思っちゃうんだよなぁ。もちろん戦うべきところは真っ向勝負すべきだと思うけどさ」

「大丈夫です。私が負けるなど()()()()()()()()

「……すごい自信だな」

 

 それでも信用できてしまうのがこの少女の強さでもあり恐ろしさでもある。

 

 こんなのが敵だったら、敵前逃亡待った無しだね。

 

 坂柳は幸せそうな笑みで食事を進めている。

 それが単純に料理が美味しいからなのか、それとも学校生活への期待感なのか、それともそれ以外の何かに対するものなのか、俺には分からなかった。

 

「さて、堅苦しい話はここまでにして料理を楽しみましょう」

「そうだな。俺が大量のポイントを払ってやってるんだからな。味をしっかり覚えとかないと得しねえもんな」

 

 ちょうど運ばれてきたメインディッシュに目を輝かせ、舌鼓を打ちながら他愛のない雑談へ身を投じる。

 

 俺はやはり、この時間の方が好きだ。

 

「あーん」

「またですか……」

 

 こういうのはかなり困るけどな。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 フルコースを楽しんだ帰り道。ゴールデンウィーク直前の夜はまだ肌寒いと感じる程だった。

 辺りを吹き抜ける風によって木々は揺れ、葉は音を奏でる。虫たちは揃って歌い、閑散とした夜の世界に華を添えている。

 

 そんな中で、坂柳有栖をこの世界の住人にあてがうなら、間違いなく『女王』だろう。

 街灯に照らされて銀色の髪は淡く光る。その上に載せられたペレー帽は神秘さを醸し出している。

 彼女が歩くだけで絵になり、俺は必要ではないと思わされる。

 

「美味しかったですね」

 

 坂柳は嬉々とした表情で言う。

 一方の俺はというと、色々ヤバい。夕食だけで10000以上減ったし、何より──。

 

「あー、食い過ぎた」

「私の分も食べてくれましたからね」

 

 坂柳は疾患持ちである。そうなると、食事量があまり多くないというのは少し考えれば分かることだった。

 

 料理自体はめちゃくちゃ美味かった。でも、途中から苦痛になってしまうのは仕方ないことだった。

 

「しばらくは質素なやつでいいや」

「山菜定食は0ポイントですよ?」

「流石にAクラスの俺が食ってると変な目で見られるから無理」

 

 Dクラスを軽蔑しているというわけではないが、この学校で『不良品』とカテゴライズされているDクラスと同じ扱いはされたくない。

 Aクラスの生徒なら、それらしくあるべきだ。

 

「また来たいですね」

「俺はしばらくはいい。他の誰かを誘ってやれ。後藤とかどうだ」

「彼と一対一では心配しかありません」

「これ本人が聞いてたら超傷つくぞ……」

 

 ドンマイ後藤。そしてざまあみやがれ! 

 

 やっぱりロリはロリコンには振り向いてくれないらしいぞぉ! 

 

「だからまだ痛いんだから止めろって」

「ならやるしかありませんね」

「ちょっ、おいバカやめろ!」

「あなたよりバカではありません」

「プッ、子供みたいじゃねえか」

「私は子供じゃありません!」

 

 急いで杖の射程範囲内から離脱する。杖さえなければ負けることはない。そして煽りたい放題である。

 

「じゃああれか、コ◯ン型だな。見た目は子供、中身は大人。よかったじゃないか、半分は大人だぞ」

「見た目気にしてるんですからこれ以上言わないでください!」

 

 顔を真っ赤にしてぷりぷり怒ってる坂柳さんありがとうございます。端末で写真に収めてもいいんだけど、これは俺だけの隠し事にしておくことにしよう。この激レアシーンは誰にも渡すわけにはいかん。

 

「おー怒った怒った。可愛いぞ」

 

 また言い返してくることを期待してそう言ったのに、なぜか返事が返ってこない。

 あれ? どうしました? 俯かないで。可愛いお顔が見れねえだろうがァ! 

 

「おーい、大丈夫か?」

 

 流石に1分近くもその状態を続けられると心配になり、声をかけに側に寄る。

 もしかしてやり過ぎた? と思ったら杖がものすごい勢いで脛に。そして激痛がァァァァ!!! 

 

「痛っ! ちょっ、脛はねえだろ!」

「私を散々煽ってきたお返しです」

 

 くっ、こんな時に今日イチの笑顔をしやがって……! バッチリ脳内坂柳コレクションに保存したけどさ! 

 

「くっ、対価が重すぎる……」

「なんのことですか?」

「いや、こっちの話だ」

 

 坂柳のペースにならギリ合わせられる。けど、次食らったら無事帰還できるかどうか怪しくなる。ここからは無心で行こう無心で。

 

 結局、足に痛みが残ったまま10分弱歩き続け、なんとか帰ってこられた。

 

 エレベーターに乗り込み、それぞれの階で止まるようにボタンを押す。

 

 下の方の階の俺は先に降りる。

 

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 坂柳と別れを告げ、扉が閉まるのを確認してから自室に戻る。

 

「湿布湿布……」

 

 最近常備するようになった湿布を一枚取り、脛に貼り付ける。

 

 もう少し暴力行為を抑えてくれませんかね……

 

 今日は色々疲れたので、さっさと風呂に入って寝てしまおう。

 ベッドに入ったのはいつもより1時間早かったが、あっという間に意識は闇に誘われた。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

「可愛いって言われたの、本当は嬉しかったんですよ」

 

 扉が閉ざされてから言葉を口にしたところで、彼に届くはずもない。密室内で反響し、遂に誰かがその音を拾うことはなかった。

 

 今日もまた1日が終わる。そしてまた太陽は昇り、新たな1日をスタートさせるのだ。

 

 昨日までと変わらない日々を。この思いが届くまでは。

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