もしまたやるとなったら、前回のもまとめて別枠で投稿するかもしれません。
嫌な夢を見たものだ。真夏でもないのに汗をぐっしょりかき、服を着たまま水に飛び込んだのかと思わせるほどだった。
風呂に一目散に向かって汗と気持ち悪さを洗い流し、背筋の凍るような恐怖をお湯で中和する。
シャワーで体を洗い流し、制服を見に纏う。
夢はあまり覚えていないことが多い。しかし、時々やけにはっきりと覚えている夢がある。
今回のがまさにそれだった。身に降りかかる拳を思い出す度に身の毛のよだつ思いをし、恐怖に体を震わせる。
「はぁ……」
煌々と輝く太陽とは対照に、俺の心は底知れぬ沼にはまっていた。
俺は見えない何かから逃げるように端末に光を灯した。今日は6月1日だったからだ。しかし、そこに光る数字は一つ足りとも変化せず、これも悪い夢なのだろうか。
いや、まさか。Aクラスがポイントを全て吐き出すはずがない。流石に夢ではないかと思って頬をつねっても、さっき悪夢から覚めたばかりであり、当然ベッドから起き上がることもなかった。
さらに端末を操作して、各クラスのcl一覧を開いても、Aクラスが0になっている痕跡はない。むしろ1004と数字を増しているくらいだ。
国管轄のこの学校に限って、システムトラブルなど起こるまい。
そうなると、clに関わりかねない事件や事故が発生した可能性があるということだ。
突然、端末が振動した。電話の相手を確認し、端末を耳に当てる。
『おはようございます、中山くん』
「ああ……おはよう」
電話の相手はいつも通りの口調で社交辞令をしてきた。
『中山くん、いつもより調子が悪いのですか?』
「いや、寝起きなだけだ」
『ならいいのですが』
半分嘘で、半分事実である言い訳をした。シャワーを浴びたとはいえ、まだ寝起き。恐怖はまだ残り、そのおかげで頭が機能しきっていないのだろう。
坂柳の言う用事とは、間違いなくポイントのことだろう。
『中山くん、ポイントは振り込まれていましたか?』
「いや、全く」
坂柳は予想通りの質問をしてきた。振り込まれていないのを再確認して、俺は答えた。
俺だけ振り込まれていないという可能性もあったが、坂柳もだとは。もしかしたら、Aクラス全員、いや、学年全員という可能性もある。
『学校のシステムトラブルでしょうか?』
「どうだろうな。国立の学校がそんなことやらかすとも思えんけどな」
『となると、ポイントを配布できない特別な事情でもあるということでしょうか』
「まあ、それが妥当だろうな」
万が一それでポイントの変動が起こっても、俺たちには関係のない話だ。
『分かりました。ありがとうございます』
「ちゃんと振り込まれるといいな」
『そうですね』
坂柳との電話を終え、端末を机に置く。悪夢に強制的に起こされたので登校まではあと10分ほどある。
少し早いが、早いに越したことはないのでもう出てしまおう。
学校に向かう時も、ポイントが振り込まれていないという声があちらこちらから聞こえてくる。
特にDクラスの生徒の嘆きは大きなものだった。今月、Dクラスは87ポイントを手に入れていた。
金額にして8700ポイント。節約すれば生活できるくらいの額だ。
いつもよりも時間が早く、教室にいたのは数人程度。当然、葛城派の人間も、坂柳派の人間もいた。
「ねえ、中山くん」
「ん? どうした?」
俺は、平静を繕いながらも驚いていた。決して女子への耐性がないわけではない。むしろ坂柳のおかげでつきまくっている。
俺が驚いたのは、この女子生徒が葛城派の生徒だったからだ。
だからか、相手の女子生徒もしどろもどろに話を進めていた。
「その……ポイントって振り込まれた?」
「いや、振り込まれてないな。もしかして、そっちも?」
「うん……」
やっぱりか。事件が起こった可能性が高いな。
「何か原因って知ってる?」
「いや……詳しくは分からないな。学校側にトラブルがあったか、生徒側に問題があったか、どっちかだと思うけど」
「えっ!? 私たち何かしちゃダメなことしちゃった?」
「俺たちは何もしていないけど、他のクラスで何かあったのかもしれないぞ」
「そ、そうだよね……よかったぁ……ありがとう」
女子生徒は安心した様子で自分の席に戻っていった。
そういえば借りていた本があった。そう思い、文庫本を開いた。本の世界に入ることで朝の悪夢を忘れようとしたのかもしれない。
その甲斐もあってか、時間を忘れて本を読み続けていた。25ページほど進んだところで、いつもの小指に激痛が走った。痛い。
「中山くん、本を読むのをやめてください」
「もうそんな時間か。でも、わざわざ杖を使う必要はなかっただろ」
「その方が面白いリアクションを見れると思いまして」
「だからって俺の小指を犠牲にしていいわけじゃないんだけどな?」
そろそろ俺の小指が限界に差し迫っている。今度小指の防御を固めることにしよう。
だが、真嶋先生が教室に入ってきたことにも、坂柳が登校してきたことにすらも気づかないくらいに没頭していたのは事実。
後ろの方の席だったから安心感はあるけども、最前列だったらただの恥さらし。
「ポイントの振り込みだが、少しトラブルが起きていてもう少し時間がかかる。すまないな」
真嶋先生がそう言うと、戸塚が焦りを含んだ口調でまくし立てる。
坂柳派の中では、すぐにしゃしゃりだす面倒な男という印象が板についている。
「先生、ちゃんと10万400ポイント振り込まれるんですよね?」
「ああ。それは保証する」
よかった。うちのクラスは問題ないようだ。もともと、Aクラスの生徒が問題を起こしたと言う話は聞いていなかったが。
「先生、どこのクラスが関係しているかなど教えて頂けませんか?」
うるさい戸塚の代わりに、俺が質問する。
「今はまだ教えることはできない」
「では、事件の内容は」
「それもまだだ」
「……分かりました」
結局この日は原因を知ることが出来ぬまま流れていった。しかし、真嶋先生は『今は』と言っていた。おそらく近いうちに知ることができるはずだ。
俺の願いが叶ったのは、それから2日後のことだった。
「ポイントが振り込まれていない理由だが、Dクラスの須藤健という男がCクラスの生徒を殴ったという事件が発生したからだ」
もしかしたら、図書館で騒いでいたあの赤毛の男のことか?
だとすれば、Dクラスは相当大きな爆弾を抱えてしまっていることになる。この前は無事テストを乗り切ったようだが、その直後にこんなことをされたらたまったものではないだろう。
俺がそう分析している間、クラスは非難の嵐に包まれていた。一人の男のせいで10万ポイントという大金が振り込まれなくなっているのだ。納得がいかないのは当然だろう。
「んだよ、不良品のくせに……!」
「須藤って男、最低だよな」
Aクラスといえど、やはり人間。集団心理が働いてしまい、僅かに上がった罵詈雑言はあっという間に全体に広がった。
それに紛れて、坂柳が俺の肩を
「中山くん、この一件に少し手を出してみませんか?」
「うちは関係ないだろ。無理に首を突っ込む必要はないんじゃないか」
「他のクラス同士だからこそです。他のクラスがどんな仕掛けをするのか、よく観察しておくのも大事です」
なるほどな。これからの戦いを見据えておくのも大事ってことか。さすが坂柳さん、そこに痺れる、憧れるゥ!
「ん、分かった。ただ、期待はするなよ」
「頑張ってくださいね」
実力至上主義の前哨戦、そんな位置付けで今回の件を見ておこう。
「静かにしろ」
真嶋先生の声が喧騒を切り裂く。一瞬で静まり返り、視線が一点に向けられる。
こういうところはいいんだけどな。
「そこで、もし事件の目撃者がいればここで名乗り上げて欲しい」
だが、誰も手を挙げなかった。場所は特別棟、よほどのことがない限り行かないだろう。
この時期あそこは熱がこもってしまい、いるだけで汗を大量にかいてしまう。
「いないか。分かった」
結局、最後まで手を挙げる人は現れなかった。
「事件の内容が判明した以上、すぐにポイントが振り込まれるだろう」
「本当ですか!?」
「ああ、それは保証する」
ただ、それがいつかは教えてくれなかった。ただ、ポイント自体は大量にあるので、俺としては急ぐ必要はないと思っている。
「ただし、万が一知っている生徒がいるのであればこの後直接話しに来い」
そう言い残し、真嶋先生は教室を後にした。
「中山くん、どちらへ行かれるんですか?」
「用を足しに行くだけだ」
「では、聞かないほうがよかったですね」
「ああ」
相変わらずこの件に関する話題が絶えない教室を後ろに、俺は歩き出した。
ー▼△△▼ー
翌日の放課後、DクラスがBクラスに聞き込みしているのを見かけた。
しばらくは坂柳と離れての行動になるので、自分の事情だけで動くことができる。それがいいのか悪いのかは分からないが。
「なあ、何してるんだ?」
「中山くん、聞いてよっ!」
「例のアレか?」
「そうそう! 何か知らない?」
クラス関係なく全員と仲良くなるのが目標だという少女、櫛田が俺の両肩を掴んでぐいっ、と迫ってくる。この少女の前ではパーソナルスペースが無意味になってしまう。逆にそれが怖いのだが。
「というか、まず詳しい状況を教えて欲しいんだが」
「ご、ごめんね」
櫛田が言うに、須藤健という男はCクラスの生徒を一方的に殴りつけ、相手に怪我を負わせてしまった。だが、Cクラスの生徒が脅してきて殴られそうだったので、須藤が先に殴った、と。
要するに、Cクラスの生徒は嘘をついているらしい。
「いや、知らないな。だが、手伝いくらいはできるぞ」
「ほんと──」
「悪いけれど、手伝いは要らないわ」
櫛田が嬉しそうにしているのをよそに、黒髪の少女が真っ向から否定してきた。
「いいんじゃないのか。もしかしたらAクラスから何か情報が得られるかもしれないぞ」
「Bクラスですらあまり信用していないというのに、Aクラスは尚更ね。それに、Aクラスがわざわざ首を突っ込む必要はないわ」
Dクラス側唯一の男子生徒が俺に助け舟を出してくれたが、黒髪の少女はそれすらも正論で一刀両断した。
「まあ、確かにそうだろうな。だけど、うちのクラスでもポイントを早く振り込めってぼやく生徒がいるんだ。それに、これはAクラスとしてではなく個人的に協力したいと思っているだけだ」
坂柳に頼まれただけではあるが、クラスとしては静観の方針で決まっている。
「人数が多い方が効率はいいだろう。聞き込みくらいしかできないだろうけど、どうだ?」
「それ、私も手伝っていいかな?」
「え? 手伝うの?」
教室の中から一之瀬がやってきて、俺と同じように黒髪の少女に申し出た。
近くにいた白波から疑問の声が上がるが、一之瀬は大丈夫だよ、と言った。
「どうするの? 堀北さん」
櫛田が黒髪の少女に問いかける。名前は堀北というらしい。あとで男の方にも聞いておかないと。
「……聞き込みなら手伝ってもらおうかしら」
「分かった」
「任せて!」
無事俺たちの仕事が決定したところで、堀北たち一行はありがとう、と言い残して去っていった。彼女たちの方が忙しいのだろう。厄介なクラスメイトを持つのは大変だな。
その場に残った俺たちは、早速聞き込みの方法について意見を交わすことに。
「じゃあ、どうやって聞き込みしよっか」
「直接聞くのは効率が悪いし面倒だな」
「じゃあ、掲示板はどうだ?」
さっきからずっと一之瀬のそばにいた男が初めて口を開いた。坂柳にくっつく自分を見ているみたいだ。
「へえ、そんなものがあるのか」
「うん、これなんだけどね」
一之瀬が見せてくれた掲示板は、俗に言う『裏掲示板』というものらしく、書かれている内容はなかなか闇が深いものもあったので、あとでしようとするのはやめた。もうやだ女子コワイ。
「じゃあ、ここで情報提供を呼びかけて、情報をくれた人にはポイントを譲渡するって感じでいいかな?」
「ああ、それがいい」
一之瀬の案に賛成し、こちらの方針も固まってきた。
「ところで、お前名前は何だ? 俺は中山祐介だ」
「俺は神崎隆二だ。よろしく」
「よろしくな」
差し出された手を取って、2、3秒ほど握手を交わした。
「それにしても、Aクラスってすごいよね。今clが1004だっけ?」
「そうだな」
Bクラスもそれなりに伸ばしていたが、やはりすぐには縮まらない。
「そういえば、夏休みにバカンスに連れていってくれるとかって話があったな」
「ああ、そんな話もあったな」
神崎の言葉で、話題がそちらへ移っていく。
「でも、正直怪しいよね。ただのバカンスじゃない気がするっていうか」
「まあ、そうだよな。今月になってもポイント差はほとんど縮まっていないし、夏休みにそういう
もし何もないのであれば、よほどのことがない限り俺たちがAクラスのまま卒業、進学率・就職率100%の恩恵を手に入れることだろう。
だが、実力至上主義を謳うこの学校で、そんな俺たちにとって都合のいい話があるはずがない。
「だけど、それはその時になってから、だよね」
「そうだな」
今はまだ確定した話でない以上、気にしてばかりではどうしようもない。それよりも、今大事なのは目先のことだ。
「じゃあ、目撃者の件は何か情報が入ったら教えてくれ」
「うん、任せてね」
「ああ。すまないな」
「ううん、全然気にしなくていいよ!」
「そうか。俺もそろそろ時間だし、他のクラスの前で長居しているのも良くないだろうから、そろそろ行くぞ」
「うん、ありがとう!」
「ああ」
一之瀬、神崎と別れて階段をひた歩く。
事件は解決に向けて順調に進み始めた。あとは、俺の参加に否定的な堀北の視線をかいくぐって櫛田や冴えない男子生徒に接触し、Dクラスの取る行動を観察すれば俺の任務は完了だ。
今まで膠着状態が続いていただけに、学年内で動きがではじめたのだ。この程よい忙しさが充実感を生み、俺の心を満たしているのだろう。
真っ赤に燃える夕日の下、軽い足取りで寮へ向かった。
ー▼△△▼ー
放課後のDクラスの教室、そこで綾小路と堀北、櫛田は、Cクラスの嘘を証明する方法を模索していた。
「今のところ目撃者はなし、ね……」
「このままだと嘘だと証明できるだけの証拠は集まらないな」
堀北は頭を抱えていた。綾小路の言うように、証拠も、情報も、圧倒的に不足していた。
須藤は人の気配がしたと話していたが、見たわけではないし、いた気がするというだけの話だ。
今はAクラスとBクラスからの情報提供を待つしか方法がないのだ。だが、審議までは1週間もない。
「ただでさえ時間がないというのに、このままではね……」
堀北は顔を歪めて言う。
「やっぱり須藤くんを切り捨てた方が良かったかしら」
「そ、そんなことはないよ! ほ、ほら、須藤くんって運動出来るよ!」
「でも、それ以外が壊滅的では結局マイナスじゃない」
櫛田のフォローにも堀北は容赦なく食い掛かる。
先のテストで、綾小路と堀北は須藤の退学を食い止めるために、英語で足りなかった一点分、二人合計10万ポイントを支払っていた。
堀北なりに須藤の運動神経を高く買い、数万ポイントも支払い、その上須藤に頭を下げたのだ。
それだけに、今回の事件で須藤への不信感はさらに強まっていた。
「それにしても、あのAクラスの中山という生徒がこの件に絡んできているのがどうしても気がかりなのよね……」
もしDクラスが負ければ、Dクラスのclは減らされる。それと同時に、Dクラスに加担したAクラスとBクラスも少なからずダメージを受けることになる。
Cクラスと争っているBクラスはまだしも、Aクラスが関与する必要性は全くない。
「仮に中山が目撃者だったとしたら、すでに名乗り出ているはずだし、オレたちにも伝えてくれているはずだからな」
「ますます理由が分からないわ……」
堀北にとって、中山祐介という少年は不可解でしかなかった。
図書館で一之瀬とともに仲裁に入ったり、なんのメリットもない今回の一件に自ら関わってきたり。
一之瀬も相当なお人好しだが、中山はそれ以上なのではないかと考えていた。ただ、堀北は完全な善人はいないと考えていた。
「利用されているのかしら……?」
Aクラスであるという点、リスクを冒してまで接触してきた理由。堀北には、それが限界だった。
「助けてくれるだけありがたいと思った方がいいだろうな」
「そうね……」
ただでさえ情報がないAクラスの一生徒について考えても、何も見えてこない。堀北はその結論にたどり着かないほど愚かではなかった。
完全に出遅れたDクラスにとって、目先の問題を一個一個片付けていくのが何よりも重要であると、本気でAクラスを目指している堀北はよく理解していたからだ。
「今日はここまでね。これ以上は時間の無駄よ」
堀北は教室を後にした。
綾小路と櫛田はそれをただ見つめているだけだった。
11.5巻面白かったです。下校後全力で自転車を漕いだ甲斐がありました。