杖なんて必要ない   作:青虹

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坂柳成分が少ないという旨の感想をいただきましたので、今回はたっぷり10000文字盛り込んでやりました。気がついたらこんなに長くなってました。

で、でも坂柳がたくさん見れるならそれでいいよね!3巻の前にたくさん出しておかないと(使命感)

それと、いつも誤字報告してくださっている方、本当にありがとうございます。これからもお世話になると思いますが、どうかお許しを。私自身だけでは意外と気づかないことが多いんですよね・・


約束の裏に

 審議まで後3日と迫る中、俺と坂柳は昼間から街に繰り出していた。たまには休まないとね。それに、俺自身あんまり重要なポジションじゃないからね、バレないよね。

 

 暦は6月、梅雨入りはまだとはいえ暑い。暑くて溶けそうである。

 

「随分と暑そうですね」

「お前は汗かかんのか」

 

 俺がすでに汗だくになっている中、坂柳は涼しげにしている。

 

 俺は早すぎる日焼けのせいで肌が黒いが、対照的に坂柳の肌は雪を彷彿とさせる白さだ──っ!? 

 

「何ですか、ジロジロ見ないでください」

「あ、ああ、すまん」

 

 痛いのは事実。だけど、いつもよりは痛くない。理由はただ一つッ! 

 

「というか、プロテクターつけましたか?」

「当たり前だ。このまま歩けなくなったらどうするつもりだ」

「私が介護してあげましょうか?」

「それはそれであり──って次は薬指かよ!」

 

 せっかく小指を守ったのに、今度は薬指だ。こっちもプロテクターをつけるしかない。

 

 でも、坂柳の介護って悪くないよね。……いや、ロリに介護されてる男ってなんかやだ。

 

「何ですか、また薬指に杖を振り落としてあげましょうか?」

「やめてください」

 

 急いで煩悩を振り払わなければ、俺の足が危うい。今度足の指全部にプロテクターをつけに行こう。整体師の人に怪しい目で見られても構うもんか。俺の健康な生活の方が大事なんじゃい。つけた時の違和感は気合でどうにかします。

 

「んで、今日はどこへ行くんだ?」

「特に予定はないですよ。ただ、家にいるのが暇だと思いまして」

 

 まさかの行き当たりばったりだとは。俺も特にいきたいところはないしなぁ……と思ったけど、やっぱりあのゲームやりたいんだよね、アイス◯ーン。

 今までは本体すら無くてお小遣いが足りなくて買うことができなかったけど、今は親の監視もないしポイントも十分にある。多少の支出は仕方ないね。

 

「そこの家電量販店に寄ってっていいか?」

「ええ、いいですよ」

 

 本体とかは後でまるごと家に配送して貰えばいい。送料がかかるだろうけど、すぐ近くだし問題ないよね。最悪ロビーまででいいし。

 

 坂柳の了承も得たところで、店の中へ。冷房の効いた涼しげな空気が身を包み、とても快適だ。

 

「えーっと、ああ、あったあった」

 

 ゲームやらが売っているコーナーに、それはかなりの広範囲を占領して置かれていた。さすが人気タイトル、格が違うね。

 

「これですか。面白いのですか?」

「ああ。昔からやってるんだけど、大人数でやるとより楽しいんだよなぁ」

 

 ソロでタイムアタックする人外もいるが、モン◯ンとは友達とプレイしてこそというところがあるからな。

 

「では、私も買いましょうか」

「え? 買っちゃうの?」

「とても面白そうなので。ダメでしたか?」

「い、いや、別にいいけど」

「では決定ですね」

 

 うん、本人にそういう意図はないんだろうけど、自然と俺を見上げる構図になるからどうしても上目遣いになるんだよな。それを坂柳のようなかわいい子がやるとそれは致死レベルである。後藤とは違うってことがよく分かったわ。

 

 二人で本体とソフトを持って会計へ。すると、見覚えのある女子と見覚えのない女子が。

 

「あれ、中山くんだっ! と、隣の子は坂柳さんかな?」

「そうです」

 

 坂柳はふふっと微笑んでいる。なんとも穏やかですね。

 あなたの持つ杖が足の甲に突き刺さってなければね! 

 

「つ、杖大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ。中山くんはもう慣れているので」

「それでも痛いわ」

 

 慣れたのではない。リアクションがしょぼくなっただけだ。

 

「で、櫛田たちはカメラの修理に来た、と」

「そうなんだけどね……」

 

 それなら早く出せばいいのにな。何してるんだか。

 

 と思っていたら櫛田が視線をある店員に向けた。

 ちょっとヤベーやつなオーラが漂っちゃってるねぇ。

 

「あー、うん。近寄りにくいな」

「でも、行かなきゃ修理できないからね。佐倉さん、行ける?」

「は、はい……」

 

 絶対無理してるよな。佐倉って子。

 そういえば、修理の時は商品を部屋に配送するためだとか、諸々の関係で部屋番号とか電話番号とか書かなきゃいけないんだよな。

 

「まあ、櫛田なら何とかなるだろ」

「あはは、私はそこまで万能じゃないって」

「何かあったら言ってくれよ」

「うん、ありがとう!」

 

 佐倉と櫛田は意を決して店員の方へ向かっていった。大丈夫かねえ。

 ……さて。

 

「いつまでそうしてるつもりなんですかね?」

 

 坂柳の持つ杖は未だに俺の足に突き刺さっていた。

 

「おっと、すいません。気づきませんでした」

「高さ的にも気づくだろ──」

「気づかなかったんです」

「そうならそれでいいけどさ……」

 

 ようやく坂柳が杖を降ろしてくれ、会計の方へ向かう。が、店員は一人しかいないらしい。仕方なく二人の後ろに並ぶことにした。

 

「あとはこれの配送手続きしなきゃいけないから、少し時間がかかるかもな」

「そうですね。私としてはこのまま荷物持ちを続けてくださっても構わないのですが」

「俺を殺す気ですか、そうですか」

 

 だって、まだ昼過ぎだぜ? 少なくとも夕暮れ時まではいるだろうから、腕が千切れてしまう。それだけは絶対に避けなければならないので、意地でも配送サービスを使ってやる。

 

 と、俺たちを抜かしていく影があった。おい、言おうとしたが、それはあの冴えない男だった。どうやら、一緒に来ていたらしい。だが、さっきまで何してたんだ? 

 

 男は二人の間に割って入ると、何やら書き出した。

 

「お、お客様、困ります!」

「何か問題でもありますか? 法的には何も問題ありませんよね?」

「わ、分かりました……」

 

 店員はしぶしぶ署名を認めた。もしかして、佐倉という少女の個人情報が貰えると思ったのか? 

 

「あの男、危険ですね」

「目が気持ち悪いな。同じ男だから分かるが、あれは絶対やらしい目で見てる──っ!?」

「今の中山くんも同じ目をしていましたよ」

「まじすか……」

 

 あんな男と同列とか泣くで。遠回しに俺犯罪者扱いされてる気がするんですけど。

 

「あ、終わったようですね」

「ちょっと怖いなぁ」

「あの店員はノーマルのはずです。……中山くんがノーマルかどうかは分かりませんが」

「俺もノーマルですけど!?」

 

 男に欲情するとかまじで無理っす。目の前の店員のような男と抱き合うとかそれはビデオの中だけにしてくれ。

 

「これ、配送でお願いします」

「了解しました。では、こちらに記入してください」

 

 折角のチャンスを逃してしまったからか、店員の声は沈んでいた。

 それでも、異常があるようには見えなかった。バレない程度に注視していたが、いたって通常通りの接客だった。

 

 手続きも無事滞りなく進み、俺は無事身軽になることができた。

 

「次、行きたいところとかあるか?」

「そうですね……カフェに入るのはどうでしょうか。途中経過も聞きたいところですし」

「面白い話かどうかは分からないけどな」

 

 外野の人間だから、詳しいことは探れていない。一之瀬と掲示板で協力を呼びかけたら、被害者の一人の石崎という男は、中学生の頃は喧嘩が強かったという書き込みがあったくらいだ。

 

 その生徒には、一之瀬の方からポイントが譲渡された。俺も名乗り出たが、なぜか断られた。俺は頼りないってか? ははっ、言えてるな。

 

「ここです」

「『パレット』じゃん。席空いてるの?」

 

『パレット』は女子に人気のカフェで、空きがほとんどない。櫛田からもちらほら話は聞いていたが、女子しかいないというので行く気にはならなかったのだ。

 でも、坂柳がいれば問題ないよね! 

 

「ちょうどあそこが空きましたね。行きましょう」

「ラッキーだな」

 

 四方八方から女子特有の香水やら砂糖の甘い匂いやらの香りが漂ってくる。頭がクラクラしそうで、天国か地獄なのかもう分からん。

 普通なら天国ではあるのだろうが、背後に迫る杖に警戒しなければいけない俺にとって、この環境は地獄でもあった。

 

「やっと座れますね」

「視線が怖いっす」

 

 数メートル歩いただけのはずなのに、精神的に疲労困憊だ。周りに女子グループしかいないからか『あれ付き合ってんの?』みたいな視線を向けられている。だから付き合ってないんだって。

 

「とりあえず入ったはいいけど、何か食べるのか?」

「いえ、そこまで空腹でもないですし、コーヒーを頼むくらいにしておきましょうか」

 

 坂柳はそう言うとメニュー表を取って眺め始めた。

 

「ふーん、お前コーヒー飲めたんだ」

「飲めますけど」

 

 おいおい、そんなジト目で見んなって。かわいすぎだろ──っ!? 

 

「バカにされた気がしたので」

「バカにしてねーよ」

 

 俺はいつもいつも事実しか言ってないし、考えも事実に基づいてしかしないからな。だから、坂柳に薬指を杖で殴られるのは間違っている。小指よりは痛くないんだけどね。

 

「ただ、どちらかと言えばコーヒーよりも紅茶の方が好きですね」

「紅茶は無糖派だなぁ。なんか砂糖が入ると邪魔っていうか……」

「むしろ砂糖入ってた方が美味しいです」

「やっぱ子供だな──ったぁ! ここ店の中だからね!?」

 

 だから頼むから杖で殴りつけるのやめていただけませんかね。そのうち歩くのに支障が出てしまうかもしれないんだぞ。

 

「私は子供じゃありません! 何回言ったら分かるんですか!」

「法律的には子供。見た目はもっと子供」

「くっ……言ってくれるじゃありませんか!」

 

 こうやって俺の煽りにすぐ感化されちゃうところも子供なんだよなぁ。かわいい。

 坂柳の攻撃は杖ただ一つ。足を引っ込めば、足の指は守られる。案の定机の下で杖を振り回しているが、かすりもしない。

 

「足を引っ込めないでください!」

「自ら食らいに行くほどのMじゃないって」

 

 怒った坂柳もかわいいっす。表情をコロコロ変えてて、見ていて飽きない。

 

「なあ、そろそろ注文しようぜ」

「そうしましょうか。いつまでも注文しないのは失礼ですし」

 

 一時休戦し、坂柳 と共にメニュー表を眺める。

 ちなみに、俺はカフェラテが一番好きだ。ブラックも飲めるが、よく飲むのはカフェラテだ。あの美味しさに勝るものはない。

 

 坂柳も決まったようなので、ベルを鳴らして店員を呼ぶ。

 

「紅茶を一つ、砂糖もお願いします」

「カフェラテを一つ」

「かしこまりました」

 

 店員はカウンター裏へ戻っていき、再び開戦。

 

「中山くん、私を子供だと見くびっていると、痛い目にあいますよ」

「物理攻撃は杖だけだろ? 当たらなきゃ怖くないんだよな」

「疾患持ちをこれほどまでに恨んだのはこれが初めてです……!」

「絶対にそれ以上恨んだときあっただろ」

 

 なんで俺がそこまで恨まれなきゃいけないんですかね。俺にはちょっと分かんない。

 

「ところで、進捗の方はどうなんですか?」

「ああ、暴力事件のやつね」

 

 このままでは埒があかないと思ったのか、ここで中間報告を要求してきた。面白いネタあんまないけど。

 

「DクラスはCクラスが事実を捏造して訴えたから、それを証明したいんだと」

「ですが、今のところ目撃者は現れていないんですよね?」

「いや、一応名乗り出てくれたんだけど、Dクラスの生徒だし名乗り出たのが遅かったからほとんど意味ないと思う」

 

 つまりどういうことかって? 詰みってことですよ。

 

 俺たちは初めから負け戦をしてるっていうわけ。俺は坂柳にやれって言われてやってるけど、ただの被害者なんだよなぁ。

 

「ですが、中山くんならどうにかしてくれるんじゃないですか」

「どうにもならんって。このまま審議に突入しても、Dクラスにとって理想の展開には持っていけない」

 

 Dクラスは、須藤の完全無実を勝ち取りたいんだとか。須藤は一年生にしてレギュラー入りの可能性を秘めていて、ここで汚点を残すとそれにも影響が出てしまう。だから、何としても避けたいのだ。

 

「そもそも証拠がなさすぎる。証人はいるにはいるけど、Dクラスで時間が経ってから名乗り出ているからなぁ」

「ほとんど意味はないでしょうね」

「そうなんだよな。先生が聞いた時に名乗り出てればもうちょっと楽だったんだ」

「そのあたりも不良品と言われる所以なのでしょう」

 

 4月にクラスポイントを全て吐き出すようなクラスだ。不良品と言わざるを得ない。実際、先輩にそうやって言われていたからな。

 ただ、どうしても拭えない疑問がある。

 

 なぜ、そんな彼らを合格させたのか? 

 

 この学校の受験倍率は、その特殊な制度もあり並の学校とは次元が違うはず。

 悪行を重ねる生徒よりも優秀な生徒は確実にいたはずだ。

 

 それに、そんな彼らにポイント争いを強いるというのも酷な話だ。はじめの所持ポイントは横ばいだったとはいえ、平均的な能力の差は歴然。1ヶ月経った時には天と地ほどの差が開いている。

 

「俺は一之瀬と掲示板を使って目撃者の情報を集めてたけど、その中の一人が元ヤンってこと以外は収穫なし」

「一之瀬……Bクラスも関わっているのですか」

「そうだ。俺たちはあくまでも追う立場と追われる立場だ。協力関係は今回だけ。そのあとはバチバチやり合うつもりだ」

 

 一之瀬としても、是非そうしてもらいたいだろう。

 

「紅茶とカフェラテです」

「ありがとうございます」

 

 店員から飲み物を受け取り、少し流し込む。このクリーミーさがクセになるんだ。

 

「Dクラスの勝算はありそうですか?」

「いや、ないね」

 

 即答で言い切った。このままでは、どこかで落とし所を見つけなければならない。須藤の罰を軽くするのが限界だ。

 俺としてはどんな結果になっても関係ない訳だけど。

 

「やっぱり、と言った感じですね。4月にクラスポイントを全て吐き出したのでどんなクラスかと思いましたが、Cクラスにすら追い込まれてしまうとは」

「しばらくはBクラスに専念できそうだな」

「そうですね。ちょっとつまらないですけど」

 

 坂柳は、紅茶の入ったカップを片手に残念そうな表情を浮かべた。

 

「CクラスやDクラスにお前の欲しいものを求めたって無理があるだろ。CクラスにもDクラスにも素行の荒い人間がいるんだ。普通の高校で言ったらかなり下のレベルだぞ」

 

 実際、俺が住んでいた地域はそういう人が多かった印象がある。放課後ふらっと出歩けば、どこからともなくオラオラ言い合っている声が聞こえたもんだ。

 

 至って普通な俺は、悪印象をつけられないようにそういうやつのパシリもしたことがあったけど。でも、大抵ぼっちの子とかよく被害にあってたもんだ。

 

「はぁ……」

「どうかしましたか?」

「いや、ちょっと嫌なこと思い出したなぁ、って」

 

 カフェラテを一口含み、心を落ち着ける。あいつらは地元の高校に進学したって話を聞いたから、ここにはいないはずだ。

 

 会話が途絶え、雰囲気が重苦しくなる。あれ、ここって『パレット』だよ? こんな雰囲気まずくね? 

 坂柳もそれに気づいてか、話題を変えるべく口を開いた。

 

「そういえば、里中くんが田中さんと付き合い始めたという話は聞きましたか?」

「はぁ? 何だよそれ聞いてねえよ羨ましいわお幸せに」

「情緒不安定すぎではないですか?」

 

 里中ァ……これがイケメンの宿命ですか、そうですか。どこの学校にもいそうな顔つきの俺には一生モテ期なんて来ねえよ。

 ねえ諭吉さん『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』って嘘だよな。この後に『あっ、でもこれ学問にしか言えないからね、そこんとこよろしくね』追記してくれよ。

 

「でも、あいつが彼女持つなんて時間の問題だったからな。仕方ねえ」

 

 正直、里中なら諦めがつく。分かりきってたから。もし、後藤とかが付き合い始めたら俺発狂するよ? 自殺とか企てちゃうよ? 

 

「にしても田中さんかぁ。おそらく全男子が狙ってたろ」

 

 だって、スタイル抜群、性格完璧だぞ? それに、愛する男のためには尽くしてくれそうじゃん。夜も捗るじゃん。やっぱ里中、田中さんだけはダメだぁぁぁ!? 

 

「やめろって言ってもやめる気全くないよね?」

「当たり前です」

「即答すな」

 

 ほんとやだ。事あるごとに杖を武器にするロリなんて絶対やだ。

 

 お、俺は絶対に優しい子を落とすんだ! 

 

「さて、あまり長居していてもよくありません。そろそろ次行きましょう」

「はいはい、ノープランなのにそんなに急ぐ必要ないと思うけどね」

 

 急いでカフェラテを飲み干し、店を後にする。

 再び灼熱の太陽が俺たちを襲いかかる。やっぱり中で涼みたい。

 

「やっぱ暑い……!」

「情けないですよ」

「何も言えねえ……」

 

 何で坂柳はそんなにけろっとしてんの? 絶対体内の構造俺の方がしょぼいよね? 

 

「ほら、早く行きましょう」

「坂柳が楽しそうで何よりだけど……」

 

 もし一人で来ていたら、速攻で家に帰ってきていただろう。半強制的だからとか、坂柳が楽しそうにしているから、そういうこともあってその分俺も頑張れるのかもしれない。

 

「私は少し寄りたいところがあるので、中山くんは行きたいところに行っていていいですよ」

「行きたいとことかないんだけど」

「とにかく、どこでもいいので時間を潰していてください。私の用事が済んだら連絡しますので、ここに集合です。それと、絶対に私についてこないでくださいね?」

「お、おう」

 

 あれですね、見られて恥ずかしいものなんですね。例えばそう、したg──っ!? 

 

「今プロテクターにヒビ入った! バキッって言った! しかもいつもよりもめっちゃ痛かったんだけど!?」

「中山くん」

「は、はい……」

「次は、脛をフルスイングです」

「は、はい……」

 

 歩けなくなる前に、逃げるようにしてその場を後にした。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

『終わりましたよ』

『りょーかい』

 

 学校から支給されたスマホが振動し、坂柳からの連絡を受け取った。あれから1時間くらい経過していて、かなり時間がかかったようだ。人には見えないところとはいえ、意外と気にするものなのだろうか? 

 

 ゲーセンで暇を潰していた俺は急ぎ足で集合場所に向かった。今日こそは、俺が先に着いて紳士的一面を見せるんだ! 

 と、意気込んでたんだけどね……

 

「遅いですよ」

「どうせ距離的にお前の方が近かったんだろ? 俺結構急ぎ足で来たからね?」

「ええ、すぐそこでしたから」

 

 坂柳が指差した先に、今坂柳が持っている紙袋に描かれているロゴと同じものが見えた。

 俺氏、超不利過ぎてただの負け戦をさせられてた件。

 

「買いたいものは買えたのか?」

「はい」

 

 坂柳は声を弾ませて言った。欲しかったものが買えたようで何よりだ。

 

「夜ご飯にはまだ早いし、どうする?」

「しばらくショッピングセンターを歩き回りましょう」

「足疲れるだけじゃね、それ」

「では、他に暇をつぶす方法があるのですか?」

「い、いや、ないです」

 

 俺の意見は正論で瞬殺されたので、大人しく並んで歩くことに。

 

「夜ご飯はどうするんだ?」

「今日はそこまでポイントを使いたい気分ではないので、フードコートでいいでしょう」

 

 やったね、これでポイントが心許無くなることがなくなったよ! 

 

「なぜか嬉しそうですね」

「ポイント使わなくていいしな」

「たくさんあるんですから、そこまで気にしなくてもいいと思いますけど」

「だけど、浪費癖はつけたくないんだよな。卒業後とか大変そうじゃん」

「そういう考えもありますね」

 

 それで破産したら人生終わりだぜ? やっぱり生きる上で金は大事なんだよなぁ。愛だとか何だとか綺麗事並べるよりも、素直に金だと言うべきだ。どうせ愛がとか言ってる人も一番は金って絶対思ってるから。

 

「こういうときの◯亀。安くて美味いし最高!」

「私はどうしましょうか……」

 

 沢山ある店に迷っているらしい。坂柳は首をキョロキョロさせている。

 おお、迷える小娘よ。この俺が導いてあげましょう。

 

「なら◯亀でいいんじゃね?」

「で、ではそうしましょうか」

 

 俺は安心と信頼の釜揚げうどんだ。今までこれ以外頼んだこと無いんじゃねえのかってくらいこれしか食べてねえ。ちなみには天ぷらはかしわは確定、それ以外は気分だ。かしわは最強。

 

 この施設を利用するのが学生のみだからか、空席はすぐに見つかった。こういうのはありがたい。普通のとこはこの時間帯は満席だからね。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 ズルズル、と麺を吸い込むと、だしの旨味が口いっぱいに広がる。

 

 俺たちは雑談しながら麺を啜り続けた。うどんがいつもより美味しく感じたのはおそらく気のせいではない。

 

 うどんを食べ終わり、俺たちがショッピングセンターを出た時には既に空は闇に染まっていた。

 そよ風が頰を撫で、服はなびく。

 

「折角ですし、公園で涼んでいきませんか?」

「いいな。これから暑くなるし」

 

 とはいえ、急にどうしたんでしょうかね? ベンチに座っても何かイベントが起こるわけでもないし。

 

「今日は楽しかったですか?」

「楽しかったぞ」

 

 むしろ、坂柳と行けば場所なんてどこでもいいんだよなぁ。

 

「ところで、今日は何の日か分かりますか?」

「いや……分からん」

 

 強いて言うなら日曜日、明日から学校という絶望の日だな。日本人は夕方にサザ◯さんとかを見て明日からは平日だ、と嘆く日なのだ。

 

 と、そんな下らない事を考えていたら、坂柳が何やら紙袋を取り出した。って、それさっき買ったやつじゃね? 

 

「その……これを……」

 

 坂柳は柄にもなく、しどろもどろに呟いた。

 金縛りにあったかのように首が動かせず、横目で見ることしかできなかった。

 

 坂柳の言いたいことはすぐに理解できた。でも、その言葉は坂柳自身が言うべきだと思い、その時を静かに待った。

 

「こ、これを……受け取って欲しいんです……」

「あ、ありがとう」

 

 それ以上、言葉が浮かんでこなかった。

 ただ誕生日プレゼントを貰っただけなのに、なぜこうも緊張してしまうのか。

 

「そ、それは戻ってから見てください」

「分かった」

「誕生日おめでとうございます、ゆ──()()()()

「──!?」

 

 状況が理解できないでいる間に、坂柳は公園から去ってしまった。

 

 しばらくしてからようやく理解した。今明らかに名前で呼んだよな、あいつ。その瞬間、頰が熱くなるのを感じた。

 相変わらず頰を撫で続ける冷風だけでは、それを冷ますにはあまりにも不十分すぎた。

 

 取り敢えず家に帰ろう。誰かに見られたら黒歴史になりかねん。そう思って、急いで家に帰った。

 

 坂柳はかなり前に戻っているので、会うことはなかったのだが、他の生徒は結構な数いた。なるべく平静を装って帰宅したが、誰かに勘付かれていないか心配だ。

 

「はぁ、やっと着いた……!」

 

 自室に戻ると、どっと疲れが出てきた。これだけ疲れたのは今までで始めてだ。

 しばらくの間、机の上に置いた紙袋を開けようという気が起きなかった。

 

 でも、もしかしたら明日中身の感想を聞かれるかもしれない。そう思い、意を決して開けることにした。

 

「これは……チェス盤、それと、花かんむり?」

 

 シロツメクサを使って、丁寧に作られている。

 シロツメクサの花言葉は『約束』『幸福』とかそんな意味だったはずだ。

 

 ──約束……? 

 

 坂柳との約束に心当たりはない。高校で初めて会ったのだ。そこで大事な約束をした記憶はない。したとしても、待ち合わせだとかその類。

 

 明日の朝起きたら枯れてしまっているかもしれない。だから、俺は深追いすることはやめた。おそらく、幸せになってね、とかそんな意味合いなのだろう。

 

 チェスはまた今度やればいい。坂柳らしいと思って、花冠を飾り、チェス盤を片付けた。

 

 明日気まずくならないか、そんなことばかり気にしていた。

 シロツメクサの花言葉とか、もっとちゃんと調べておけばよかったのに。

 

 俺は昼家電量販店で買った商品を受け取ってから眠りについた。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 時計の針はチクタクと規則的なリズムを刻んでいる。深夜の部屋は静寂に包まれていた。

 

「喜んでもらえたでしょうか?」

 

 暗がりの中、少女は不安げに声を漏らした。窓の外に目をやると、夜空に輝く星々が見える。

 しかし、じきに梅雨。しばしの間星空とは別れを告げなければならない。

 

 少女はしばしの間じっと夜空を見つめていたが、しばらくしてその場を離れた。

 

「大丈夫です。私が選んだのですから」

 

 鏡には、月明かりに照らされた少女が映る。頰が僅かに朱く染まっていた。

 

 少女は布団へと足を踏み入れた。

 

 一日中歩き回ったからだろうか、疲れは溜まっていたはずだった。しかし、それでもすぐには寝付くことはできないでいた。

 

()が頭から離れず、高鳴る鼓動は落ち着きを見せる気配がない。

 

「この感情は何と言い表せばいいのでしょうか」

 

 ぽつりと呟いても、言葉は返ってこない。いつものキャッチボールの相手はこの場にいなかった。

 

 今まで抱いたことのない感情。数多の知識、教養を我が身にしてきた彼女ですら、その正体を知り得なかった。

 それもそのはず、それは体験しなければ理解しようのない感情だから。感情とは、当人にしか理解できないものだから。

 

 しかし、少女はその正体だけは知っていた。

 

「これが……()と言うものなのでしょうか」

 

()()()に抱いた感情とは全く違う。

()()()に行った思考とは全く違う。

 

 少女は、まるで自分が自分でないような錯覚に陥っていた。

 

 少女は今まで()を倒すために生きてきた。だから、そういった感情を抱くことはあり得ない、そう思っていた。

 

「あなたなら分かりますよね……? 私が認めた()()なのですから」

 

 しかし、その声は届かない。その思いは届かない。今の彼はそんな素振りを一切見せない。

 少女が知る彼と今の彼は似ても似つかない。

 

「何が……あったんですか……」

 

 遂に少女は眠気に降伏した。目に涙をうっすらと浮かべながら。

 

 結局、()に関することは何も分からなかった。たとえ天才でも、知らないことは知らないのだ。

 

()()()()……」

 

 寝言を漏らす少女を、額縁に飾られて大切にされている一枚の絵が見守っていた。

 クレヨンで描かれた少女と少年が、仲良く手を繋ぎ太陽のように眩しい笑顔を浮かべて。

 

 時刻は深夜0時半、夜はまだ明けない。

 

 少女は、もう離すまいと枕を強く抱きしめていた。




別作品を見てくださっている方、もうしばらくお待ちください。スポーツの描写にかなり手こずっています。
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