杖なんて必要ない   作:青虹

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今度の修学旅行で鬼滅の刃を全巻大人買いしようと思った(聞いてない)


一発逆転

 この学校の生徒会室は4階にある。そこで今回の事件の審議が行われるのだ。

 

 審議開始少し前にCクラスが先に現れ、開始直前にDクラスが姿を見せた。

 Cクラスは石崎、近藤、小宮、担任の坂上先生というメンバー。対するDクラスは須藤、堀北、綾小路、担任の茶柱先生。

 

 少し離れたところで待機している俺には話の内容は全く聞こえてこない。生徒会室内にも監視カメラがあるのだろうが、一生徒に過ぎない俺が見ることはできない。そもそも、どこで見られているかすら分からない。

 

 ただ、お互いの意見は相変わらず相反していて一向に進展がないのだろう、ということは安易に予測できた。

 お互いに主張を曲げた瞬間、クラスが大きな被害を受けることになる。負けだけは絶対に避けなければならない。

 

 審議が始まってしばらくして、一人の生徒が中に入っていくのが見えた。この前カメラの修理に来ていた女子生徒だ。

 かなり緊張した様子だった。

 おそらく人前で話すことが苦手なのだろう。おそらく、彼女の主張は大した意味をなさないだろう。つい先日まで俺たちは目撃者探しをしていたのだ。彼女が名乗りをあげたのは、事件の詳細が知らされてから日が経っているはずだ。

 わざわざ証人になろうとする理由が分からない。あの行動はDクラスのためにはあまりならないはずだ。彼女を突き動かす別の理由があるのなら話は別だが。

 

 俺はそれを見届け、生徒会室の扉の前に移動する。

 

 しばらくして、部活動説明会の時に聞いた覚えのある声が聞こえてきた。

 

「行ってこい」

 

 同伴していた真嶋先生がそう声をかけた。

 

「任せておいてください」

 

 生徒会室へと続く扉に手をかける。

 

 これは俺たちの、俺のための戦いだ。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

 生徒会長も立ち会う、そう茶柱先生から聞かされた時背筋が凍った。

 この学校の生徒会長は他でもない、私の兄さんなのだから。

 

 兄さんの前で醜態を晒してはいけない。それは兄さんの顔に泥を塗ることと同じだ。

 

 そう何度も自分に言い聞かせて、やらなければならないことはやろう、そう意気込んで入室したのは良かった。しかし、生徒会室は兄さんのホーム。その場の雰囲気を掌握する力は飛び抜けていた。

 私の意気込みは何処へやら。兄さんの評価を下げないようにしなければならない、そう思うたびに私は萎縮していく。

 

 審議が始まっても、なかなか身に入らない。視線はずっと机に向かっていた。太ももに置かれた手はいつの間にか拳を作っていた。

 

 Cクラスの生徒と須藤くんが何か言い争っていることは理解できるけれど、制止しようとしても口が動かない。

 

 しばらくして、佐倉さんが入ってきたのが分かった。それでも、私は兄さんに束縛されてしまっているかのように首一つ動かせなかった。実際、兄さんに束縛され続けているのだろうけれど。

 入って早々、坂上先生の心無い言葉を佐倉さんは浴びせられていた。佐倉さんはただでさえ気が弱い。もしかしたら、このまま何も言えないまま黙り込んでしまうのではないかと思った。どちらにせよ、話してくれたところで大きな効果は期待できないだろう。

 

「わ、私は見たんです!」

 

 佐倉さんの絶叫が響いた。

 

 私は驚かずにいられなかった。あの兄さんを前にして佐倉さんが勇気を振り絞って自分の言葉で話を続けている。それでも、効果があまり得られないことには変わりない。

 一体、何が佐倉さんをそこまで突き動かすのか分からなかった。

 

 佐倉さんの主張はあまり効果がない、坂上先生からそう告げられて、佐倉さんは再び萎縮してしまった。

 

 やはり審議をしてもお互い譲らない。

 このままでは埒があかないと判断した茶柱先生と坂上先生が折衷案を出した。須藤くんが2週間、小宮くんと近藤くん、石崎くんが1週間の停学。須藤くんの方が期間が長いから、事実上Dクラスの負けだ。それに、clにどれだけの悪影響が及ぶか分からない。

 

 須藤くんが私に助けを求めても、思い通りに体が動いてくれない。

 

 ……結局、兄さんの名誉を傷つけるだけなのね。

 

「堀北、本当にもう手はないのか?」

 

 隣に座る綾小路くんが私にそう声をかけた。

 

「頭の悪いオレには何一つ解決策が思い浮かばない。それどころか、坂上先生からの妥協案を受け入れるべきだと思った」

「そうでしょう」

 

 机に視線を落としながら綾小路くんの話に耳を傾ける。同調する坂上先生の声は無視した。

 

「須藤の無実を裏付ける絶対的な証拠なんてあるはずもない。いや、存在しないんだ。これが教室やコンビニ──」

「そういえば、もう一人証人がいたな」

「え?」

 

 素っ頓狂な声は私の口から発せられたものだった。兄さんの声に綾小路くんが僅かに顔をしかめたのが分かった。

 

 どれだけ探し回っても、証人は佐倉さんしか現れなかった。一之瀬さんや中山くんを頼っても、名乗り出る人はいなかった。

 

 それは揺るがない事実であり──

 いや、佐倉さんのように証人という事実を伏せていたら? 

 

「いや、まさかな……」

 

 綾小路くんがそう声を漏らした。

 

 そして、私も綾小路くんも一つの結論に至ろうとしていた。

 扉の方へ視線を送ると、一人の生徒が入室してくる。その顔は見知ったものだった。

 

 中山くんだ。

 

 よく考えれば、Aクラスの彼がこの問題に関与する必要性は全くない。それなのに、彼は自ら協力を志願した。ハイリスクローリターンという、最も無意味な行動に。

 

 でも、もし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 

 自分へのリスクを確実に跳ね返すことができる。そうすれば、デメリットなどあってないようなもの。

 

「こんにちは。Aクラスの中山祐介です」

 

 やっぱり。あの時既に中山くんは証拠を持っていたのだ。

 

 それを誰にも知らせないようにして、私たちを試していたのだ。

 

「あなたが証拠人だとは。生徒会長、これは信憑性があるのかね?」

「ああ。事件の詳細が各クラスに伝わった日に俺と真嶋先生の元にこの動画を提出しに来ていた。信憑性は高い」

 

 橘書記が事件の瞬間を捉えた動画の再生の準備を進めていた。

 坂上先生の顔が曇った。石崎くんたちも不安そうに彼を見つめていた。

 

 しばらくして、動画が始まる。

 

「俺はあの日、理科の先生に頼まれて、理科室で手伝いをしていました。それを終えて戻ろうと思った時、人気がしました」

 

 スクリーンには須藤くんと小宮くん、近藤くん、そして石崎くんの姿が映し出されている。

 

「壁から少し顔を覗かせたら、彼らがいました。Cクラスの生徒がDクラスの生徒を煽っているように見えたので、慌てて録画することにしました」

 

 特別棟には防犯カメラが設置されていない。理科室前だろうと、それは例外じゃない。だから、証拠を確保するために録画という選択をした。

 

 この時から既にこうなることを予測していたのかもしれない。

 

「こちらの映像をご覧ください。Cクラスの生徒がDクラスの生徒を度々挑発しているのが伺えます」

 

 スクリーンに度々須藤くんを煽る石崎くんたちが映る。

 Cクラス側の表情がみるみるうちに青ざめていく。信じられないといった表情で、坂上先生は彼らを見つめたまま硬直していた。

 

「そして、先に手を出したのはCクラスです。Dクラスの生徒はその後でした」

 

 石崎くんが須藤くんに殴りかかった。須藤くんがそれに応戦し、小宮くんと近藤くんも加勢する。しかし、Cクラス側は一方的に殴られていた。

 佐倉さんのデジカメが捉えた通りだった。端に小さく写っているのも確認できた。

 

 映像は須藤くんが立ち去ったところで終わっていた。その頃にはCクラスの生徒はボロボロだった。

 

 映像が終わり、スクリーンが暗転する。

 

「以上が証拠です。Cクラスは初めから虚偽の報告をしていたのです。どうか、正しい判決を」

 

 中山くんは一礼すると生徒会室を後にした。

 

 彼は私たちにとって十分な活躍をしてくれた。彼のおかげでCクラスが敗北したことが確定したのだから。

 

「Cクラスは反論はあるか?」

「……」

 

 さっきまで饒舌だった坂上先生もすっかり勢いを失っている。

 

 中山くんが残した爪痕はあまりにも大きすぎた。

 

「……っ」

 

 それと同時に、Aクラスの強大さを実感させられた。偶然とはいえ、それをうまく活用し、結果的に彼にとって最善の結末を作り上げた。

 

 審議に関しては私たちにとても有利な状況に傾いている。あとは私が引き継ぐだけ。理由はどうあれ、中山くんが作ってくれた好機を逃すわけにはいかない。

 私は立ち上がる。そして、今上げるのだ。反撃の狼煙を。

 

「今彼がそう証言してくれたように、Cクラスの嘘は既に見抜かれていました。私たちはCクラスの動向を初めから見ていました」

 

 もちろん、そんなのは真っ赤な嘘。たった今考えたことだ。

 

「自分たちの罪を反省すべきだと私は思います」

 

 Cクラスからの反論はなかった。私が着席して程なく、兄さんが話し始めた。

 

「Cクラスの虚偽申告は当然許されるものではない。心の底から罪を償って、反省してもらわなければならない」

 

 最悪退学だ。そうでなくても長期間の停学は避けられない。卑劣な方法を使って敵クラスを貶めようとするとこうなってしまう。

 

 戦いは正々堂々とやらなければならない。そして、中山くんを倒してAクラスの座を勝ち取るのだ。

 

「Cクラスの生徒を3週間の停学とする。それと、坂上先生」

「何ですか?」

「あなたもCクラスの嘘に加担した。自分のクラスへの被害を少しでも減らしたかったのでしょうが、あなたの行為も許されるものではありません。このことは理事長に報告し、然るべき罰を受けてもらいます」

 

 坂上先生は俯いて返事をすることはなかった。

 

「この学校において、欺瞞は通用しない。上のクラスを目指したければ、正々堂々と実力で戦うように」

 

 まるで私にそう言っているかのようだった。兄さんにそんな意図はないはずなのに。

 

「ただ、暴力行為も到底許されるものではない。今回は正当防衛が認められたが、今回の件に関して反省しておけ」

 

 須藤くんはすぐに手を出してしまう傾向にある。今後もこのような事件を起こしてもらってはいらないマイナスがついてしまうかもしれない。

 これで反省してくれればいいのだけれど。

 

「以上で審議は終わりです。お疲れ様でした」

 

 橘書記がそう言うと、須藤くんは真っ先に部屋を後にした。早く部活に合流したいのだろう。

 

「綾小路くん」

「なんだ?」

 

 彼はすぐに動こうとしなかった。

 

「中山くんの行動も想定内だったの?」

「いや……全くだ」

 

 そう言うと、綾小路くんも部屋を後にした。私もそれに続き、部屋を出る。

 

 Cクラスは呆然として動く気配を見せなかった。

 

 振り返った時、石崎くんたちの体は震えていた。

 

 

 

 ー▼△△▼ー

 

 

 

「中山くん、お疲れ様でした」

「ああ」

 

 生徒会室を後にすると、坂柳が俺を待っていた。坂柳は俺を見つけるなり、こちらに向かってくる。

 

「お前は俺が証拠を持ってるって知ってたのか?」

「はい。真嶋先生にこの事件について聞かされた時、中山くんだけとても冷静でしたから。まるで、既に知っていたかのように」

「やっぱすげえわお前」

 

 改めて、この少女には敵わないと痛感させられる。

 

「それほどでもありませんよ。上には上がいると言いますから」

「お前の上とかそれもう人間じゃねえよ」

 

 そんなの絶対に会いたくないわ。自分のあまりの平凡さにおいおいと涙を流すだけだから。

 

「Dクラスの皆さんを待つんですか?」

「そうだな」

 

 聞きたいこととかいくらでもあるだろうし。ここでさっさと帰って後日ストーカー並みの執着で追いかけられても困る。実際、堀北ならやりかねないと思っている。

 

 無言で扉を見つめること数分、須藤が生徒会室から出てきた。

 

「ありがとな!」

「おう」

 

 それだけ言うと、須藤は一目散に帰っていった。早く部活に行きたいんでしょうかね。

 

「中山くん」

 

 それからすぐに堀北と冴えない男──綾小路というらしい──たちが出てきた。

 

 堀北は俺を見つけるなり鋭い目で俺を睨んでくる。

 なんで不機嫌なんですかね……

 

「全て教えてちょうだい。なぜあなたはこんなに回りくどいことをしたの?」

「私がそう指示したんですよ」

 

 坂柳が俺の代弁をした。堀北の疑問はまだあるようで、更に疑問をぶつけてくる。

 

「目的は何かしら?」

「何故そんなことをさせたと思いますか?」

 

 坂柳は堀北の実力を試すように不敵に笑った。

 

「私たちの実力を測ろうとしていた、違う?」

「概ね当たりです」

「概ね? まだ他にも理由があるのかしら?」

「さあ。これはDクラスの皆さんには関係のない話ですので」

 

 うわぁ、女同士の争いマジ怖えよ。雰囲気だけはガチだもんな……堀北とかも普通に美人なのになぁ。どことは言わないけど、いいくらいの大きさなんだよな──っ!? 

 

 グリグリってすんな、グリグリって。堀北も呆れ顔じゃねえか。

 

「中山くん」

 

 堀北はまた俺の名を口にした。

 

「この事件の裏であなたがしていたことを教えてちょうだい」

「そんなに難しいことはしていない。先生と生徒会長に報告して、それを審議当日まで公にしないように頼んだ。それくらいだ。後はお前らの行動を知るために自ら手伝いを志願して、この事件にどう立ち向かっていくか見ているだけだ」

 

 ちなみに、綾小路が事件の起こった場所に防犯カメラを設置しようとしているという話は前に聞いた。

 

 っていうクソ真面目な話をしている間も杖が刺さってるんですよね、これが。

 

「さて、もういいでしょう。私たちはこれで失礼します」

「え、ええ……」

 

 困惑する堀北を差し置いて俺たちは並んで生徒会室を後にした。

 後ろから『中山ってもしかしたら頭のおかしい子なんじゃないか?』って綾小路の声が聞こえたけど、全力で否定させてもらうからな。どこぞの爆裂魔法で快感を覚える厨二ロリと同じ扱いすんなし。

 

「証拠はタダで提供したんですか?」

 

 堀北たちの姿が見えなくなったところで坂柳がそう切り出した。

 

「prが貰えるらしい」

「具体的にはどのくらいですか?」

「えーっと、大体3万くらいだな。事件解決に大きく貢献したからだけど、口止めの代わりに少し減らされたな」

 

 口止めするということは、それだけ事件の解決が遅れてしまうということ。だから、それは仕方のないことだ。

 だけど、俺たちは今月10万ポイント貰えている。もし振り込まれるポイントが少なかったら、ポイントを貰う方を選択しただろう。

 

「これで一件落着ですね」

「だな」

 

 しかし、世の中にはこんな言葉もある。

 

 

 

 ──一難去ってまた一難。

 

 

 

「オイ、よく俺の邪魔をしてくれたな、雑魚が」

「……っ!」

 

 足が止まった。金縛りにあったようにその男から目を離せない。その男はせせら笑いを浮かべていた。

 隣で坂柳が心配そうに見つめているが、それを気に止めている場合ではなかった。

 

 何故お前がここにいる? 

 そんな疑問が脳内を駆け巡る。

 どうやら、運命は俺に試練ばかりを与えてくるらしい。

 

 俺の人生を狂わせた元凶。そいつに向かって、最大限の憎しみを込めてその名前を吐き捨てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍園翔……!」

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