「一夏さん、私と組まなかったことを……後悔させてあげますわ!」
とあるアリーナ内。
空中展開される的を狙ってライフルの引き金を引く。機体からビットからレーザーが解き放たれ、次々と的のど真ん中を正確に打ち抜いて行った。
「ふふ、うふふ……うふふふふふふふ」
はたから見たら狂気の沙汰である。
セシリアは不気味な笑い声を上げながら、全ての的のど真ん中を打ち抜いて見せた。仕事を終えたビットが次々とセシリアの機体の下へと戻っていく。
同時にスコアが映し出されるもののそのスコアは満点で、一寸の狂いもなかった。元々狙撃の名手ではあるが、改めて恐ろしい腕前である。
「震えなさい。私、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でるレクイエムで!」
「だーかーらー! 今すぐ頂戴って言ってるのよ!! 三日で仕上げてよね! はぁ? 出来ないじゃないわよやるのよ! 良いわね!!」
所変わって今度はピット内。
一通りまくし立てた後は、ブチッ! と強制的に通信を切る鈴。タッグマッチまでに追加のパッケージを用意しろと、それも今すぐに、三日以内に準備をして送れと無理難題を押しつけたわけだが、それにもまた理由があった。
「見てなさいよ一夏、泣いて許しを乞うても許さないんだからっ!!」
甲龍を身に纏いながら右手にグッと力を入れると鈴は駆け出す。もし当たった時は容赦はしない、そう言わんばかりの形相で。
「……」
塔の上に佇むオレンジの機体。
タイミングを見計らって宙に身を委ねると、そのまま頭から地面に向かって落下を始める。落下の後、機体の周囲を纏うかの如く次々と的が現れた。
一定時間落下が進むと閉じていた目をカッと見開き、その両手にはアサルトライフルを展開する。
「行くよ、リヴァイブ! はぁああああああああっ!!!」
シャルロットの声を合図に規則的に鳴り響く発射音と共に、弾丸が打ち出される。ただの乱射ではなく、発射された弾丸の一つ一つが展開された的の中央部を寸分の狂いもなく打ち抜いて行く。
一定数の目標を打ち抜くと今度は近接ブレードを展開し、落下速度そのままに的へ接近。次々と中心を切り裂いていった。全てを破壊し終えたシャルロットはスピードを維持したまま、地面へと着陸すると不敵に笑ってみせる。
「僕は強敵だよ? 一夏」
いつでも待っているから来いと挑発するかのように。
さて、何故一夏ラヴァーズの面々が揃いも揃って殺気立っているのか。それは彼に纏わる噂を聞いたからである。
近々開催予定の専用機持ちによるタッグマッチ。専用機持ちたちは各々自身と組む相手を探す必要があるわけだが、箒、セシリア、鈴、シャルロットは真っ先に一夏とペアを組もうと考えて彼に声を掛けに行こうとする。
本来であればここで四人での取り合いが発生するわけだが、一夏のペアを組む相手が既に決まっている噂を耳にする。本来なら自分たちがそのポジションに行くはずが、全く知らない相手に取られてしまっていた。
もし相手が無理やり一夏とペアを組んでいたとしたら、当然抗議をしていただろう。だが話を聞く限りは一夏から積極的にペアを組んでほしいとアプローチをしていたために、抗議をする訳にもいかなくなってしまった。
ただ何処の誰かも分からない相手に、ペアを取られてしまったことに対しては当然悔しさも出てくる。だからこの悔しさは試合で晴らそうというのが彼女たちの魂胆だった。
対戦相手として当たったのなら容赦はしないし、絶対に負けない。その気持ちが皆の闘争心に火をつけたのだった。
「……一夏」
そして篠ノ之箒もそれは同じことだった。
誰もいない剣道場で道着をまとい凛とした姿で出で立つ。両手にはいつもの竹刀や木刀ではなく、人を殺めるための道具……日本刀が握られていた。
これからどこかの城に乗り込むつもりではく、箒は偶に日本刀を使って修練を積むことがある。今日は偶々その日だった……というよりかは自身の荒ぶった心身を落ち着ける意味合いで修行内容を組み替えていた。
すぅっと小さく息を吐きながら精神統一すると、下ろしていた日本刀を振り上げて上段に構える。
脳内でイメージする視線の先には笑顔を浮かべる一夏の姿があった。一体一夏のことをどうしたいのか、まさか今回の件が原因で真っ二つに切り裂こうとしておるのか。
当然、そんなつもりは毛頭ないわけで、あくまで自身のモチベーションを維持するためのイメージだった。
先日共に雑誌のインタビューと撮影会に行った一夏と箒。比較的いい雰囲気にもなったことから、そのまま自分とペアを組んでくれるかもしれない……という淡い幻想は脆くも崩れ去った。
選ばれなかった悔しさを晴らすためにと、気分を切り替えて日本刀を振ろうとぐっと両手に力を入れる。
「……箒ちゃんゲットだぜ!」
「えっ……ひゃぁっ!!?」
背後から両腕が伸びてきたかと思うと、上段に日本刀を構えたことで無防備となった上半身の膨らみをガシッと握られた。音に例えるのであればぐにゃり、が正しいのだろう、大きな箒のたわわは両手からこぼれんばかりに形を大きく変える。
箒からすればまさか、という気持ちに違いない。困惑とともに口からこぼれたのは普段の凛とした彼女からは想像出来ない艶っぽい声色だった。
自分にこんなことをする人間がいるとしたら一人しか思い浮かばない、妙な感覚をぐっとこらえつつその人物の名前を呼ぶ。
「た、楯無先輩、急に何ですか! は、離してください!」
「んふふ、ごめんごめん。目の前においしそうな果実があったからつい」
「なっ、何言ってるんですか!」
かぁっと顔を赤らめたまま楯無と距離を取る箒は、力が抜けなければ危うく日本刀で背後に斬りかかるところだったと抗議する。
「ごめんてば。箒ちゃん、私とタッグマッチのペアを組みましょう?」
「も、もう……って、え?」
キョトンと意外そうな表情を箒は浮かべる。
楯無さんともあろう人間であれば、もっとレベルの高い相手とペアを組むことだって出来るはず。にも関わらずどうして自分に声をかけて来たのか。
その疑問を率直に楯無へと投げ掛けてみる。
「あ、あの楯無先輩、どうして私なんですか? 楯無さんなら私なんかと組まなくてももっと強い相手と組めるんじゃないですか」
「ふふっ、箒ちゃんと距離を縮めたいな〜って。もしかしてもうペア決まっちゃってた?」
「あ、いえ。まだ決まってないのでどうしようかと。でもそんな理由で私と組んでいいんですか?」
距離を縮めたいなら他にも方法はあるのでは、と箒は続ける。彼女の言うことはごもっともであり、ペアを組む理由としてはいささか弱いような気もする。
とはいえ折角心強い先輩がペアを組んでくれると言っているわけでむしろ大歓迎であって、箒としても断る理由はない。ただいきなり箒に声を掛けてくるということは、何か理由があるのではないか? と勘ぐってしまった。
「箒ちゃんだからよ。ね、私と組みましょう?」
「わ、分かりました! 分かりましたから胸から手を離してください! 私なんかで良ければ全然組みますから!」
「んふふ、決まりね♪」
箒の果実を鷲掴みしていた両手を離すと、少し距離を取って荒っぽい呼吸を落ち着かせた。いくら同性とはいっても、自身の胸を掴まれれば変な気分になる。
やがて箒の呼吸が落ち着いたタイミングで、楯無は本格的に話を切り出し始めた。
「じゃ、まずはフィジカルデータを調べるから測定室に行きましょ?」
「え、今からですか?」
有無を言わさずに箒は測定室へと連行されるのだった。
「はい、じゃあ箒ちゃん早速測定を始めていくわね」
「まぁその……構いませんが」
測定室へと訪れた箒は専用のISスーツに着替えて専用の測定機の中へと入り、測定の準備を始めた。
箒自身はいささか納得が行かない表情を浮かべるが、それは自身のIS適性に対して劣等感があるからだ。以前測定した時の自身の適性は『C』ランク。
男性の一夏が『B』ランクのため、遠回しに自身の値が低いことを表していた。過去、セシリアとも誰が一夏を教えるかで揉めた時に、適性値の話を出されて何も言えなくなってしまった苦い思い出もあり、彼女自身調べられることに対して多少の抵抗感があった。
少なくとも国家代表を務める楯無は、自分よりも上のランクになるだろう。楯無の性格上ランクが低かったとしてもバカにすることは無いにしても、人に自分のランクを知られて良い気分にはなるはずも無かった。
ただし、知識面、経験面の双方で上を行く存在である楯無なら、自身のランクを知った上で様々なレクチャーをしてくれるかもしれない。
「よし、準備完了〜。それじゃ、行くわよ」
自身の目の前に複数のモニターコンソールを展開し、キーボードを叩きながら処理を進めていく。楯無が開始ボタンを押すと、測定機の足元から円形の機械が上昇し始め、箒の身体を通過していった。
限界まで上昇が終わるとガチャンと音がして、取得したデータを楯無の閲覧しているメインコンピュータのデータベースへと転送する。
反映されたデータを元に、楯無の視界に結果値が表示されていく。
「こ、これは……」
表示された結果値を見て驚きの声を漏らす楯無に連動するように、箒が不安げに見つめる。もしかして何か異常が見つかったのかと。
「ど、どうかしましたか?」
自身では測定結果が直接見えるわけではないため、楯無の反応から何が起きているかを推察することしか出来なかった。その反応から見るに、少なくともあまり良くないデータが出ているのかもしれない。
実際に楯無の表情はかなり強張ったものになっている。
少しの間を空けて、楯無は言葉を続けた。
「んん……おっぱい、大きいのね。私、もしかしたらちょっと負けてるかも……最近ナギちゃんも大きくなってきているし、皆成長期なのね」
と、まさかのISの適性値に全く関係ないスタイルの話が出てきて、思わず箒はズッコケそうになる。
自分の不安は何だったのかと思う気持ちと、緊張しながらやったのに測定後の第一声が胸の話とは見当外れな内容にもほどがある。
顔を赤らめながら、ちゃんとやってくれと楯無に注意する。
「ど、何処を見てるんですか! 真面目にやってください!」
「なはは……ごめんごめん」
うがー! と注意をする箒に対してただひたすらに苦笑いを浮かべるしかない楯無。
が、楯無が本当に着目したのは箒の胸の大きさではない。彼女の目に飛び込んできた特定の項目に驚きを隠せなかったからだった。
とっさに箒の胸の成長が著しく、自身が負けそうだなんて突拍子も無いことを言わなければ自身の驚きが箒にも伝わってしまったことだろう。
(どういうこと……この短期間にそんなことあり得るのかしら。これまで適性値を見てきたことはあるけれど、こんな事象初めてだわ)
楯無の見つめる先のモニターには箒の姿の横に、今回の測定で算出された適性レベルが表示されている。
そこにはハッキリと『S』と表示されていた。
測定ミスでも起こったのかと思うほど、過去の結果と現在の結果に乖離がある。
過去とはいっても入学時の適性検査から半年弱しか経過していない。一般的には訓練や操縦経験の蓄積などで変化する項目ではあるため絶対値というわけではないが箒の場合は一段階どころか三段階も上がっている。
そもそも『S』ランクは『ヴァルキリー』『ブリュンヒルデ』級の数名しか存在しないわけで、本来ISを稼働して一年も経過していない操縦者が叩き出すレベルではない。
一般常識では考えられないことが現実として起きている。
見たことのない結果に対して、楯無は何も言えなくなってしまった。
(Sランクは世界でもたった数人……それも元々Cランクの箒ちゃんが? 専用機を与えられてから約二ヶ月でこの上昇。これもまさか篠ノ之束が影響しているのかしら)
あくまで想定であって確証はない。
それでもこの異常なまでの適性値の上昇は本来あり得ないこと。あり得るとすると第三者の介入、そしてISに介入が出来る箒に関連している人物といえばただ一人。
篠ノ之束だけだった。
(……分からない、あの人の意図が何一つ。何がしたいのかしら)
「……先輩」
分からない。
何が目的なのか、それとも自分の杞憂なのか。今までであれば冷静に自信を持って判断が出来ていたことが分からない。
頭に靄が掛かったように思考が上手くまとまってくれない、いつからこんな状態になってしまったのだろう。
……そう言えばここ最近プライベートが上手くいっていないこともあるのか、言われてみれば先日大和と一悶着を起こしてからずっとな気がする。
「……先輩っ!」
大和から言われたことにカッと腹を立てて、溜まっていたストレスを全て彼にぶつけてしまった。もちろん自分なりに頑張った部分だってある故に、過去やってきた自分の行い全てを否定されたかのように感じたからだ。
彼自身、過去にどれだけ楯無が簪との関係で苦労したかなど知る由もない。そう考えると迂闊な発言もあったのは間違いなかった。
ただ、彼の言うことは決して間違ってはいない。実際に必要以上に遠慮しすぎてしまい、一夏や大和に任せきりなってしまったことは明らかであり、そこは楯無は理解している。
間違っていないからこそ大和だけではなく不甲斐ない自分に腹が立ち、その捌け口として大和に当たってしまった。苦労なんてしとことなんか無いくせにと、大和の過去のことなんて何も知らないのに一方的に決めつけてぶちまけてしまった。
彼を傷付けるようなことを言ってしまった。
「楯無先輩!!」
「あっ……え?」
大きな声にピクリと身体を震わせて我に返ると、どこか心配そうな顔をした箒が楯無の顔を覗き込んでいる。
「ど、どうしたの箒ちゃん」
「どうしたもこうしたもないですよ! 冗談を言ったと思ったら今度は急に黙り込んで……声を掛けても反応無いし何かあったんですか? まさか私の適性値の低さに絶句してしまったとか?」
「ち、違うわ。ただちょっと色々と考え込んじゃっただけで……心配掛けてごめんね?」
ブンブンと手を振りながらそういうわけではないと否定する楯無。
もちろん箒の適性値の結果を受けて、浮世離れした結果値の変化に対して困惑したのは間違いない。
適性値の大幅な変化に対して、姉である束が関与しているのではないかという仮説を立てたが、では何のために適性値を上げる必要があるのか、目的は何なのかまでは分からないままに話がまとまらず。
上手く行かない理由は何なのかと思い返した時に、簪との関係が複雑化しているのと、大和との一件が引きずっているからではないかと勝手に深く考え込んでしまっていた。
今マイナスなことを考えても箒に失礼だし、一旦気分を切り替えよう。
「そ、そうなんですか? 問題ないのなら良いんですが……あの、他に何か調べることってあるんですか?」
「ううん。ある程度箒ちゃんの情報は知れたし……その上で今度は実際の稼働も見せてもらいたいかな。あ、紅椿にデータは送っておくわね、調整は自分でもちゃんとやらなきゃダメよ。大会までは私がレクチャーしてあげるわ。いいわよね?」
「え、ええ。別に断る理由はありませんから」
「んー、素直な箒ちゃんって可愛い♪」
「か、からかわないでください! ではその……今日はこれで」
「うん、じゃあまた明日ね」
ひらひらと手を振りながら部屋を出ていく箒の後ろ姿を見送り、部屋から箒が立ち去り扉がバタンと閉じると、そっと壁にもたれ掛かって一つ大きくため息を吐く。
何をやっているのかと。
箒とペアを組んだことに対してではない。箒と話をしているのに別のことに気を取られて自分の世界に入り込んでしまった自分の行動に対して悔いていたのだ。
「はぁ……私ってこんなに弱かったかしら」
ボソリと呟く楯無は天井を見上げる。
こんな時、大和ならどうしていただろうと。いつもなら率先して彼に甘えにいっていたかもしれない。だが、先日の一件から声を掛けるのも気まずくなってしまい、声を掛けることはもちろんのこと連絡の一つも出来ないでいた。
それどころか勢いに身を任せて彼の部屋に設置した全てを回収してしまっているため、大和自身も楯無に明確に拒絶された、もしくは嫌われたと思っていても不思議はない。
現状大和の部屋にはいる大義名分は存在しなかった。
ただ、先日の一件を大和自身はいつまでも引きずっているとは思えない。彼の性格上、話し掛けたら既に忘れているか俺も言い過ぎたなんて言ってくるに違いない。
それでも楯無自身が、彼との距離感を詰めることに対して抵抗感があった。
まるで簪と同じように。
「これじゃ簪ちゃんの時と同じね…私なーんにも変わっていないじゃない」
ダメだなぁと再びガックリと頭を垂れる。箒に気を遣われてしまっては元も子もなかった。
しっかりしないと、せめて誰かと相対している時くらいは弱い自分を見せるわけにはいかない。簪の問題と大和の問題、どちらとも何とかしなければならない問題だ。
現に私生活に影響が出てきている。
今までは簪の問題だけであって、彼女自身もそこまでの焦りは無かった。だが今回は心の拠り所でもあった大和とも問題を起こしてしまっている。
それでも、楯無自身は大和のことを嫌いになることはなかった。
「はぁ……」
三度、彼女の口からはため息が溢れるのだった。
「……」
ISの機体が飛び交うアリーナ。
グラウンド内が一望できるガラス越しに、大和はモニターコンソールを見ていた。
タッグトーナメントマッチまで時間が残されているわけではない。モニターには各学年ごとの専用機持ちの情報、期待の大まかな特性などが書かれている。
トーナメントまでにどれ程の情報を集められるかは分からないが、マッチングする可能性のある相手の情報は出来る限り収集をしておきたかった。これまで戦ったことがある相手については機体の特性はある程度把握しているものの、中には一度も戦ったことのない相手だっている。
相手の特性が分からないから勝てませんでした、戦えませんでしたは言い訳になってしまう。
実際に機体を動かしている他の学年の稼働状況を見ながら当日の戦略を練るのは、情報が少ない大和にとって大きな意味を持っていた。
「前回と違って学年混合か……知らない相手も多いしどう戦っていくか」
自身の戦い方は至ってシンプルで、近付いて切り付けるだけ。ある意味、一夏の白式と戦闘スタイルは変わらなかった。唯一の違いといえば操縦者の身体能力によって、機体性能が大きく変わるというところだろうか。
基本的に専用機を与えられている人間は自己研鑽に励む者が多いため、ベースの身体能力は一般人に比べて高いことが多い。が、常識的に考えたら身体能力で機体性能の上下がある機体を誰が好んで開発してもらうだろうか。
大和自身のポテンシャルがあってこそ、初めて活かせる機体性能になるため、いくら第四世代機とはいっても同型機を開発する企業は今後出てこない可能性も十分に考えられた。
故に、マッチングの相手も大和の機体情報を知らない可能性だってある。今回は連携前提のタッグマッチのため、一年生であったとしても十分に勝機はある。
「ん……アレはセシリアと鈴か。何だかんだ言い合ってるけど、外から見てみるといい動きしてるんだな」
大和の見つめる先には青と赤の光が互いに交差しながらラインを描く様子が見て取れた。
一夏が簪をペアを組むことに意欲を燃やしていることを知った二人は当然不機嫌になったわけだが、同じ気持ちを抱く者として互いに思うところがあったようだ。一夏関連ではよく衝突している二人だが、何だかんだ長い付き合いにもなって来ているし、連携も徐々に取れるようになって来ている。
少なくとも過去の授業で真耶で連携の不味さをつかれてコテンパンにされた一学期に比べれば、二人の連携のレベルも大きく上がっていた。
確実に成長している姿を改めて拝見し、大和はふっと笑みをこぼす。
そういえばセシリアに関しては最悪の初対面だったなと、鈴に関しても悪い印象は無かったが中々に強烈な転校生が来たなと過去を思い返してしまう。
元々自分がIS学園に入学した大義名分は、IS操縦者として全世界に名前を轟かすこと、ではなくて一夏の護衛のためだ。それもただの口約束ではなく、千冬からの正式な依頼となる。
本来は学生生活にうつつを抜かして……なんて余裕は彼の立場上無いはずなのだが、実りのある学生生活を送れてしまっていた。もちろんこれまでに幾度と命を懸けた戦いがあったことは事実であり、常に生死と隣り合わせの日常を駆け抜けてきたのは間違いない。
何も無かった、ことの方が少ないのだから。
「へぇ……なるほど、そういう立ち回りもあるのか」
「―――あら、放課後に感心ね。何か新しい発見はあった?」
「……えっ」
背後から不意に声を掛けられて思わず身体が硬直する。聞き覚えのある口調に思わず振り向くと。
「やっほー大和くん。元気?」
「あ……ナタ……んんっ、ファイルス先生」
振り向いた先にいたのはナターシャだった。
いつものような軍服ではなく、灰色の半袖ニットに黒のロングスカートといった少しカジュアルな服を纏っている。
ここにいるということはプライベートな時間では無く、IS学園の非常勤講師として来ているのだろうと判断し、名前呼びではなく名字でナターシャの名前を呼んだ。
一瞬、楯無と口調がダブったことで驚いてしまったが、ナターシャの顔を見て何処かほっと胸を撫で下ろす。もし楯無だったとしたら何を話せばいいのか、すぐに判断は出来なかった。
名字呼びをされたことでむくれ面を浮かべながら、ナターシャは大和に抗議をする。
「むーっ、ファイルスじゃなくていつもみたいにナターシャって呼んでよ」
好きな人には名前で呼んで欲しい、それが彼女の性だった。
とはいえ仮にもここはIS学園で、一般世間の学校になる。大和とナターシャの関係は生徒と教師、他の生徒もいる以上は名前呼びは多少なりともリスクがある。
「一応学校ですし仮にもウチの非常勤講師なんですから、いつもみたいなプライベート呼びはちょっとまずいんじゃないかと……」
「あら、私は全然気にしないわよ? それに、別に私たちの関係がバレたところで何か問題を起こしたわけじゃないからお咎めは無いし、その辺りはしっかりと確認してるから問題ないわ」
「そ、そうなんですか?」
どうやら何があっても大丈夫なようにナターシャは学園側に確認を取っていたらしい。
恋する乙女は強し、というのはまさにこのことか。好きな人のためなら徹底的に行動をするあたり、ナターシャの大和に対する思いの強さが分かる。
「そうそう、それに名前で呼んじゃダメなんてルールは無いし。そんな厳しいのは千冬くらいじゃない?」
ナターシャに率直な疑問を投げ掛けられて、うーんと大和は口籠ってしまう。
確かに言われてみれば一夏がうっかりと千冬のことを名前で呼んで引っ叩かれる光景は良く見るが、頻度が多すぎるだけで他の教師はそこまで厳しくしていない。
普通の高校なら教師のあだ名をつけるようなところもあるわけで、よほど失礼なことをしなければ本来名前呼びをしてはならないなんてことはない。
結局のところ各教師の裁量に任されているため、好きに呼んでもいいということであれば、校則に禁止事項として定められていない限り自由なのである。
「ね〜、いつもみたいに『ナターシャ』って呼んでよ〜」
むーっも膨れ面を浮かべながらナターシャは大和に抱き着いた。周囲に生徒はいないとはいえ、もし誰かに見られてたとしたら後で何を言われるか分からない。
こういう時の女性はズルいと心底大和は思うわけだが、慌ててナターシャを引き剥がそうとする。
「わ、分かりました! 分かりましたからナターシャさん。後ろからくっつかないで下さいよ! 他の生徒に見られたらまずいですって!」
「んふふ〜♪ 大和くんに名前を呼んでもらえるだけで嬉しいわ。じゃ、離れるけど……んっ」
離れ際に大和の無防備な頬に軽く唇を押しつけた。ニヤリとしてやったりの笑みを浮かべながら少しだけ大和から離れる。
「ちょ、ちょっと!」
「あはは、可愛い♪」
キスをされた部分を押さえながら顔を赤くする大和。満更ではない様子ではあるが、やはり誰かに見られているかもしれないという心配はあるのかもしれない。
年相応の反応に満足そうに微笑む。
「でも、急にごめんね。私、ナギちゃんや千尋さんに比べると大和くんといる時間は圧倒的に短いから、大和くんの姿を見て我慢しようって思ったんだけど……やっぱり好きが溢れちゃった」
ダメだよね、と今度は少しシュンとした表情をナターシャは浮かべた。この表情をされると大和はもう何も言えなくなる。
ナターシャの言うように自身の間近にいる女性の中では、ナターシャと触れ合える時間が圧倒的に少ないのは事実。だからこそこうして会えた時が彼女にとってコミュニケーションを取れる貴重な時間だった。
「っ!! そ、それはそうかもしれないですけど。い、一応学園内ですし変な憶測が飛んで……その、ナターシャさんに悲しい思いだけはさせたくないので」
最低限の節度は守ってもらえれば、としか言えなかった。
明確に嫌だと拒絶しないのは彼なりの優しさだろうが、事情を知らない第三者がこの光景を見たら様々な憶測や噂が飛び交うことになるかもしれない。
大和としては自身が嫌だとか、迷惑だとは思っておらず、純粋にナターシャが悲しい思いをするのだけは避けたかった。そんな大和の回答にぽっと頬を赤らめながら嬉しそうに微笑み、ナターシャは言葉を返す。
「大和くん……やっぱり貴方は理想的な男性よ。益々大和くんのことが好きになっちゃった。今度絶対に二人でデートに行くわよ、アメリカでは私行けなかったんだから約束してね!」
「え、あぁ。わ、分かりました」
「約束だからね? もし忘れてたら私しつこーく聞いちゃうかもだから……あっ」
「ん?」
話途中に何かを思い出したかのように反応するナターシャ、それに対して何だろうと大和も反応する。
「しつこい……で思い出したんだけど。大和くんのクラスに織斑一夏くんっているでしょ?」
「え? えぇ、一夏はうちのクラスですけど何かありましたか?」
「ううん。何かあったとか、問題があったとかではないんだけど今日偶々私四組の授業を受け持ったんだけど、その時に生徒たちが言ってたのよ。近々行われるタッグマッチのペアの件でクラスにいる更識さんって生徒を口説いて回っているって」
「く、口説く……?」
「そ、口説く。多分本人はそのつもりは毛頭ないんでしょうけど、一夏くんとしては自分とペアを組んで欲しいんだと思う。何回も教室に来ているから巡り巡って口説いているってなったんじゃないかしら」
更識さんのことが好き、って感じじゃないから何か別の意図があるんじゃないかしらとナターシャは付け加える。流石年上の女性といったところだろうか。
何となく想像が付きそうな内容に大和は思わず苦笑いを浮かべるしなかった。初っ端簪にアプローチを掛けて叩かれた後も折れずに教室を含め様々な場所に声を掛けに行っているようだ。
性格的に簪も断るだろう。そんなやりとりが続いていることから口説いていると話が拗れてしまっているようにも見える。
(しかしまぁ……あのポジティブさとしぶとさは俺も見習わないとな)
いい意味で言えば引き摺らない、強心臓とも捉えることが出来る。
何が起きても動じない鋼のメンタルはある意味、大和自身も見習うところだと笑ってしまう。
「私ももう少し大会があることを早目に知ってたら大和くんと出たい! って打診していたんだけど……こればかりはタイミングもあるし仕方ないわよね」
「ははっ、ナターシャさんがペアだったら心強いですけどね。周りからは不公平だ! って言われそうですけど」
元々銀の福音のテストパイロットにも選ばれていたほどの実力者であるナターシャ、そんな相手と大和がペアを組もうものなら各所からクレームが上がっていたかもしれない。
それにしても、一夏は一夏なりに頑張っているようだった。今回は自身があまり介入せずに遠くから静観しようと思ってはいたが、今度少し様子を見に行くことにしよう。
(簪のことは気にかけているつもりだけど……それ以上に一夏がうまくやってくれているのかもしれない。ちょっと今度状況は見てみるとするか)
「あ、そうだ。一応私も教師って立場だから、あんまりイチ生徒に肩入れすることは出来ないけど、大和くんの戦闘映像は一通り見させて貰ったから、多少アドバイス出来ることがあるけど……どう?」
ナターシャから大和の過去の戦闘を元にアドバイス出来るがどうするかと提案を受ける。むしろその提案に驚きしかないが、大和にとってはプラスにしかならない。
稼働実績は決して多くないし、自身のスタイルにアドバイスを出来る人も限られて来る。こうして実戦経験の長い操縦者から話をいただけるのは願ったり叶ったりだった。
「良いんですか? 正直中々自分の戦い方にアドバイス出来る人がいなくて……それこそ織斑先生くらいだったんです。是非お願いしたいです」
「うん、分かったわ。じゃあまず大和くんの戦い方なんだけど……」
こうして小一時間、大和はナターシャから気づいた点のアドバイスを受けるのだった。
尚、最後には決して無茶をしないようにと釘を刺されたのはまた別の話になる。