閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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ナギト・シュバルツァーの不細工なやり方

「流れ行く 星の軌跡は 道しるべ 君へ続く

焦がれれば 想い 胸を裂き 苦しさを 月が笑う

叶うことなどない はかない望みなら

せめてひとつ 傷を残そう」

 

 

 

放課後、学院の屋上からグラウンドを眺めながら口ずさむ……否、熱唱する。

 

 

曲名は『琥珀の愛』。

少し昔に流行った曲で、ラジオ番組『オリビエ・レンハイムのリベール旅日記』のエンディングで流れる曲でもある。

 

 

暇潰しに屋上に来て鼻歌まじりに景色を眺めていたら、いつの間にか興が乗って熱唱してしまっていた。

 

 

せめて屋上に人影がないのがせめてもの救いではあったが、どこぞの教室の窓でも開いていたら聞こえるくらいの熱唱だ。

マイクを片手に持つようにノリノリに歌いあげたところで、パチパチパチパチとはりのない拍手が行われる。

 

 

「よう、なかなか上手いもんだな」

 

 

現れたのはクロウ・アームブラスト。2.5枚目キャラの2年生で、初対面のナギトから50ミラを盗もうとした先輩だった。ちなみにリィンは普通に手品に騙されて50ミラを奪われたそうだ。

当人から聞いて大爆笑してやったら普通に殴られた。

 

 

 

「50ミラ先輩じゃないですか」

 

 

 

「50ミラ先輩ってなんだオイ」

 

 

若干気恥ずかしかったためそんな言葉で感情を隠す。クロウが破顔したのを見て同じくナギトも表情を緩め、

 

 

「冗談ですよ、クロウ先輩。 何か用でも?」

 

 

「いやなに、屋上から奇声が聞こえるってんで調査に来たわけよ」

 

 

どうやらこの罵倒が50ミラ先輩呼びの仕返しらしかった。ナギトは「はっ」と笑って肩をすくめる。

 

 

「それはそれは。どうもお騒がせしました」

 

 

慇懃無礼に一礼し、顔を上げるとクロウと視線が交錯する。

その目つきはいつものおちゃらけたものではなく、鋭い。それにどんな意図があるのか。そもそも意味なんてないのか。真顔なのか。

黙ってればイケメンとはこういう事か。などと納得する。

 

 

「ジョルジュが呼んでたぜ」

 

 

クロウの用件とは、ジョルジュがナギトを呼んでいる事を伝える事だった。

 

 

「ああ、なるほど。…ARCUSで呼んでくれればいいのに」

 

 

「通信で呼び出せって? 味気ねぇ事言うなよ」

 

 

なにが、と言いたかったが、先輩相手にさすがに生意気だと思って喉元に留めておく。

 

 

「工房棟に行けばいいですね?」

 

 

すでに歩き出したナギトは速度を緩めずに問う。「ああ」と言うクロウ。すれ違いざまに再び視線が交わった。

 

身震いするほど底冷えのする視線。こちらを見透かそうとする赤い瞳。が、すぐにお調子者のそれに変貌する。

 

 

「得物の話だったか? 面白そうだし俺もついてっていいか?」

 

 

クロウの提案を却下する理由もなく、「どうぞ」と返事をする。

 

ナギトの得物…すなわち“太刀”。それについてジョルジュに調査を頼んでいた。きっとその報告だろうと当たりをつけて工房棟へ向かう。

 

事の発端は数日前に遡る。

 

 

☆★

 

 

「……相変わらず傷ひとつなし、か」

 

 

太刀の刀身を眺めて、嘆息するようにナギトは言った。その手には己の物と思われる太刀ーーーおそらく記憶を失う以前から使っていた得物が握られていた。

 

リィンの見様見真似で太刀の整備を行った後の一言である。

 

 

ケルディックでの実習を終えて1日が経過していた。レポートやら面倒な課題を片付けてようやっと太刀を点検する。

記憶と共に太刀の扱いについても忘れたナギトはリィンがやっているのを真似して太刀を手入れする。

ユミルの修行中にも思っていた事だったが、ナギトの太刀には刃毀れひとつない。リィンの愛刀はたびたび本格的な整備を行っていたが、ナギトの太刀はそういった必要もなかった。

 

ケルディックの実習ではかなり無茶な使い方をしたし、今回こそ傷つくかと懸念していたが杞憂のようで、しかしそれはそれで疑問だ。

 

 

実習においてブルブランという脅威を退けた、炎の剣技は本来太刀で使うクラフトではない。しかしそれを使い、なおかつ太刀に傷ひとつないのは疑問と共に不信感を抱かせる。

 

“剣”と“太刀”は似て非なる武具だ。

剣が“叩き切る”のに対し太刀は“斬る”。

刃の鋭い太刀は耐久性を犠牲にしているとも言える。

 

それなのにナギトの太刀は剣のような扱いをしても折れるどころか刃毀れひとつない有様だ。

使い手としてはありがたいが、有事の際にぽっきりいかれても困るので、わかる人間に見てもらう必要性を感じたナギトはメンテナンスできる人を探し、それに引っかかったのがジョルジュであった。

 

 

ジョルジュ・ノーム。トールズ士官学院の2年生であり、黄色のツナギを着た恰幅の良い青年だ。技術者としての力量は本職顔負けであり、卒業後の進路についてもすでにいくつかスカウトがきているほど。

 

 

「結果から言うと、この太刀には本格的な手入れは必要ない」

 

 

工房棟にて、ナギトの太刀をテーブルに置き、それを挟んでナギトとジョルジュが向かい合う。クロウはさっさと奥の方に入って行ったが、どことなく聞いている雰囲気は感じられた。

 

 

「と言うと、どういう意味です?」

 

 

「君の太刀が特殊な鉱石でつくられているからだ。 ゼムリアストーンについては知っているかな?」

 

 

“ゼムリアストーン”

この大陸の名を冠する鉱石については耳にした事があった。

 

 

「確か、世界一硬い鉱石じゃないですか?」

 

 

「うん、その通り。ゼムリアストーンは世界一硬い鉱石とされている。そしてこの太刀はゼムリアストーン製だ」

 

 

「つまり、世界一硬いゼムリアストーンで製作された太刀だから、手入れの必要はない?」

 

 

「そういう事だね」とナギトの言葉を肯定するジョルジュ。

 

 

「それでも軽いメンテナンスはした方がいいだろうけどね」

 

 

ジョルジュの言う軽いメンテナンスとは、これまでやってきたようなリィンの猿真似メンテナンスだろう。

 

「はい」と受け取ったナギトに「だけどね」とジョルジュは続けた。

 

 

「ゼムリアストーンの加工法が確立したのは2年ほど前…リベール王国のA・ラッセル博士によってなんだけど、この太刀が製造されたのはそれより前のようなんだ」

 

 

そう言ってジョルジュはナギトに写真を見せる。どうやら太刀を分解した時の写真のようで、刀身を留める目釘穴の下部、なかごに1201と刻んである。おそらく制作年だ。その裏側には“宵星”と彫ってあった。こちらは太刀の銘だろう。

 

 

「なるほど?」

 

 

ナギトの太刀が制作されたのは1201年。これはゼムリアストーンの加工技術確立以前だ。

つまりラッセル博士が加工法を確立するより前に、別の誰かがゼムリアストーンの加工に成功していた?

 

 

「1201という数字を根拠にして、1201年につくられたと断定はできないけどね。…でも正直、1201年に制作されたと思えるほどには、つくりが粗い」

 

 

「……ああ」

 

と、そこでナギトはジョルジュの言いたい事を理解した。

 

 

「要は、ゼムリアストーン加工技術が確立されるより前に、無理矢理ゼムリアストーンを加工してつくった太刀だから、つくりが粗いと」

 

 

「その通りだ」とジョルジュは首肯する。

 

 

「僕は太刀という武器について詳しくないからリィンくんのそれと比べて…になるけど、耐久性はこちらが高い。だが切れ味については劣る。…そんな感じだね」

 

 

「まあ確かに、太刀と言うにはお粗末なつくりだとは思ってました。正直なところナマクラでしょう」

 

 

ジョルジュがオブラートに包んだ評価がナギトによって剥がされる。見た目でわかる刃紋にしてもリィンの愛刀のほうが立派だ。

しかし太刀の問題点である脆弱性についてカバーできているなら評価は五分五分だろうと自分を慰める。

 

 

そんな時、工房棟の奥からクロウがひょこっと顔を出した。

 

 

「ゼムリアストーン製の武具だって? ジョルジュ、お前が打ち直してやる事はできねーのか?」

 

 

確かに科学・技術分野において貪欲であるジョルジュならゼムリアストーンの加工技術を体得している可能性はあった。

クロウも一年前からの付き合いであるジョルジュの有能さについては身をもって理解しており、それゆえの提案だったが、

 

「うーん、ゼムリアストーンそのものを加工するだけならできるけど、一度かたちにされたものを再度打ち直すのはさすがに無理かな」

 

 

ジョルジュの回答は否。それに太刀を打ち直すのにだって専門的な知識と技量が要る。ジョルジュならすんなり覚えそうな気もするが、ナギトのためにそこまで労力を割いてもらうのも申し訳ない。

 

 

「俺には今のままで充分ですので」

 

ナギトはそう言って太刀を腰に提げた。話は終わりかと思われたが「そうか?」とクロウが口を挟んだ。

 

 

「お前は本当にそんな得物で満足なのか? ナマクラって自分で言うくらいだろ」

 

 

言葉の意味を測りかねた。クロウの声音は字面通り受け取らせるものでもあり、また何かを探られているような気もする。

 

 

「…? まあ、俺がもうちょい拘れるくらい強かったら話は違ったんでしょうけども」

 

 

言ってから、まずったかと内心で冷や汗をかく。言葉を額面通りに受け取り返答するという演技。クロウの言葉に、それ以上の意味を見出した事を隠すための演技を見抜かれたかと。

 

 

「…そうかよ」

 

 

クロウの怪訝な視線は3秒と続かない。きっとクロウも探っている事を感づかれたくないのだ。

お互いにまだ気づいていないと、勘違いだと言い逃れできる場面だ。

 

 

 

なんとなく据わりは悪いが……ああ、なんだろう……こんな腹の探り合いが、少しだけ楽しい。

 

 

 

「話が終わったんならちょっと来てみろよ。面白いモン見せてやるぜ、後輩」

 

 

 

ジョルジュに視線をやると、うんと頷かれた。ここにきた本題は終わり、クロウの道楽に付き合う事になる。

 

クロウに続いて工房棟の奥に進むと、そこには前後に車輪のついた乗り物らしい機械が安置してあった。

 

 

「これ……バイク?」

 

 

「誰かから聞いたか? こりゃ導力バイクっつって風を感じられる最高のマシンだ。今は組み立て中だがな」

 

 

“導力バイク” 初耳だ。なのに何故自分から“バイク”という単語が出たのか不思議でたまらない。普通に知識としてこれがバイクだと知っているような感覚だった。幸い、それについてクロウは深く追及してこなかったためナギトも考えるのをやめた。

 

 

「…導力自動車の二輪版みたいなもんです?」

 

 

「ま、そんなとこだ。組み立て終わったらお前にも乗せてやんぜ」

 

 

「ありがとうございます?」

 

 

「乗ってみりゃコイツの良さがわかるさ」

 

 

そんな事を言うクロウは楽しそうで、先程のような不自然なものは何もない。

その後も他愛もない話をして時間が過ぎていく。やがて退校のベルが鳴り、他の学生と同様に寮に戻るのだった。

 

 

☆★

 

 

「あ」

 

「あ」

 

 

ある日の放課後、学院内をうろついているとパトリックとばったり出くわしたナギト。

 

「そこにいるのはマイフレンド、パトリック! ご機嫌いかがかなー?」

 

とりあえずウザ絡みしておく。

するとパトリックは苦い顔をして、「だからマイフレンドと呼ぶのはやめたまえ」などと言う。

 

ナギトとパトリックは部活での対決以来、そこそこ良い仲となっていた。

パトリックはどこかⅦ組を疎ましく思っている様子があるため、その架け橋になれればとナギトはらしからぬ殊勝さを発揮していた。

それだけが友情の理由というわけでもないが。

 

 

「僕は今から部活に行くが……君もどうだ?」

 

 

パトリックが所属するのはフェンシング部であり、ナギトはその幽霊部員としての地位を確立していた。

具体的に言うと週一で顔を出せば良い事になっている。

 

 

「一昨日に顔出したから今日はパスで。ちょいと用事もあるしな」

 

 

ナギトは今週すでに顔を出すというノルマを達成していた。

時間があれば誘いに乗るのもやぶさかではなかったが、生憎と用事があった。

 

 

「そうか。…手は必要か?」

 

 

「いや大丈夫。ありがとさんです」

 

 

この頃パトリックが微妙にデレを見せてくる。根はいいやつなのだろうが、いらんプライドで普段はつんけんした態度になっているのだろう。

 

その後、パトリックと別れたナギトは学生会館に向かう。

 

 

ナギトの用事というのは、端的に言うとマキアスとの関係の修復だ。

帝都知事を父に持つマキアス・レーグニッツは貴族を毛嫌いしている。そこに父親が関係しているかは判明してないが、貴族嫌いは相当なものだった。

 

そのマキアスと不仲になった理由は、先月の実習ののち、リィンがシュバルツァー男爵家の子息だと明かしたからだ。

 

ちなみにナギトは記憶喪失の話を前もってしていたため好感度ダウン度合いはリィンよりマシだ。

それでも“貴族かどうかは関係なく、嘘をつく人間を信用する事はできない”という理由で睨まれる事にはなっているが。

 

 

時間が解決するかとも思っていたナギトだったが、今月の特別実習も近づいてきているため、本格的に関係を修復しなければ実習先で痛い目を見る可能性もあるのだ。実際、前回の実習でB班はそれで崩壊寸前だったらしい。

そうじゃなくてもクラスの雰囲気も悪いため、その解決に動くのは自然な事でもある。

 

 

 

「失礼します」

 

 

学生会館の2階に上がると第二チェス部のドアをノックして開放、入室する。

 

 

「っと、マキアスいま…せんね」

 

 

室内を見渡してもマキアスは見当たらない。

放課後であれば所属する第二チェス部にいるかと思っていたが当てが外れた。

 

 

「君は…マキアスくんの…」

 

 

その代わり、部室には1人の男子生徒がいた。水色の髪を短く刈り込んだ熱血ゲジ眉のステファンだ。

 

 

「クラスメイトのナギトと言います」

 

 

トールズ士官学院において赤い制服を着たⅦ組を判別するのは容易だ。

マキアスのクラスメイトという体裁で名乗ると、部室への闖入者であるナギトへの警戒もやわらいだ。

 

 

「マキアスくんなら今日はまだ来てない。もし良ければここで待っているといい」

 

 

ステファンの提案に乗ってナギトは第二チェス部の部室でマキアスを待つ事にした。

その間の暇つぶしとしてステファンとチェスで一勝負する事になったが、余裕で負けた事は言うまでもない。

 

雑談しつつ一局勝負するのにおよそ1時間ほどかかったが、それでもマキアスは来なかった。

「今日はもう来ないかもしれない」と言うステファンに別れを告げて寮に帰る事にする。

第二チェス部への入部を誘われたが、丁重にお断りしておいた。

 

 

学生寮でマキアスと話そうとすると「忙しい」と言われて門前払いをくらうのはここ2日間で理解していた。

いっそサラに相談してみたが、

 

 

「自分たちの問題は自分たちで解決しなさい。…特にあんた、重心の重臣なんでしょ」

 

「くそが」

 

 

という会話で終了した。

 

サラはⅦ組の担任教官のくせに、Ⅶ組という括りに自分を含めていない。

それが担任としての適切な距離感かはわからない。それも学院の方針かもしれないが、生徒の自主性を重んじ過ぎではないだろうか。

 

それでも実習の時にフォローするのは、サラなりの責任の取り方か。なんだかんだでサラはナギトにとって尊敬に値する人物だった。さすがは元A級遊撃士だ。

 

 

ともあれ、ひとまずマキアスとの仲良し計画はナギトに一任された。

大貴族で険悪を隠さないユーシスは論外であり、貴族である事を隠していた負い目があるリィンも同様。ラウラもまた人の機微に聡いとは言えない事に加え当事者ではないため任せられない。

 

 

「ノックしてもっしもお〜し!」

 

 

ドンドン、という遠慮のないノックと共に名乗らずともナギトとわかる間の抜けた声をかける。

 

わずかな沈黙ののち、ドアの向こうから「何の用だ」と低いマキアスの声。

 

 

「お喋りしようぜ」

 

 

「僕は忙しい。またにしてくれ」

 

 

「それ昨日も一昨日も言われたんだが。で今日またやって来たんだが」

 

 

取り付く島もないかと思われたが、沈黙とため息の後、ドアは開かれた。

 

 

「君もわからないやつだな。どうしてこう…」

 

 

言葉を遮るようにしてナギトはその脇を通り抜けてマキアスの部屋に入り込んだ。そのままベッドに腰掛けつつ、

 

 

「三顧の礼ってやつよ。三度目の正直って言い換えても良し」

 

 

「流れるようにベッドに座るんじゃない!」

 

 

「ははは。まあそうかっかすんなよ。友達なくすぜ?」

 

 

マキアスのツッコミにからからと笑い、冗談のように本題を暗示した。

“友達”というワードにナギトがやって来た理由を把握したマキアスも雰囲気が一変する。

部屋の温度が、下がった気がした。

 

 

「僕は君を友達だと思っていない」

 

 

「そうか。俺はお前を友達だと思ってるよ」

 

 

年頃の男子が、同年代の男子に言うには勇気がいるセリフだ。棘があるセリフだ。隔絶を覚悟すべき言葉だ。

 

それを軽々しく受け止められ、そして友達だと思っていると言われたマキアスはばつが悪い。

 

 

「ッ……、よくもそんな事が言えたものだ。君は、君たち兄弟は僕を騙していた! その上で友達だと? 厚かましいにも程があるだろう!」

 

 

「そうだな」と言ってナギトは哀しげに微笑む。

ここで正論を言うのは簡単だ。しかしそれでは誰も救われない。友達との喧嘩に、正論を使うのは正しくない。友達なら同じ目線で、同じ土俵で喧嘩をするべきなのだ。

だからナギトは幼稚に、挑発的に、無遠慮に、言葉を紡ぐ。

 

 

「だけど“騙していた”とは人聞きが悪い。俺とリィンは何一つ嘘はついていなかったのに」

 

 

「誤解を承知で黙っているのは嘘をついているのと一緒だ。掌で転がされる僕を見てさぞ気持ちが良かっただろうな!」

 

 

「んな事ねーよ。俺もリィンもお前と友達でいたかった。だから…」

 

 

「だから黙っていたとでも言うつもりか! 騙して、それでできた友情に何の意味がある!?」

 

 

“正しさ”には人を屈服させる魔力がある。人を振るい立たせる魔力がある。自らの信じる正しさに人は抗えない。まるで麻薬。

 

「俺は、俺の事について真実を話したよ。リィンについては…本人が黙っている事を俺が喋るのも筋違いだろ。 それにマキアス、お前は初めて会った時から貴族嫌いが目に見えてた。そんなやつと仲良くしたいと思えば貴族である事を隠すというのは当然の選択だし、仲良くなれば今度は友情を失いたくないと身分を明かす事に臆病になってもおかしくはない」

 

 

マキアスが言葉に詰まる。ナギトの言が“正しい”からだ。しかし未だ会話は同じ次元で行われている。上から押さえつけるだけの正論は、まだない。

 

 

「だからと言って…君たちが僕に隠し事をしていた事に変わりはない」

 

 

マキアスから勢いが消え失せる。なんだかんだでマキアスも自身に非がある事をわかっているのだ。

 

 

「そうだな。でも人間関係ってそんなもんだろ。特に俺たちはまだ出会ってから2ヶ月と経ってない。それなのに胸襟開いて隠し事なし、秘密なんかとんでもない……なんてそれこそありえない。 マキアス、お前だってみんなに言ってない事があるはずじゃないの?」

 

 

「それは……ッ」

 

 

ナギトの言葉にマキアスの表情が歪む。

 

 

「あるだろ。ないはずない。お前の人生がたった2ヶ月ぽっちで理解されるほど薄っぺらなはずがない」

 

 

「知ったような口を……!」

 

 

「知らないからな、お前が話さないから。だから知ったふうな口しかきけない」

 

 

リィンがシュバルツァー家が貴族だと語らなかったように、マキアスにも隠し事がある。その指摘は皮肉でもあり、また論点のすり替えにも近い。

 

 

「君たちと一緒にするな! 僕は…」

 

 

マキアスの言葉は続かない。続くはずがないのだ。マキアスの貴族嫌悪の理由を、そう軽々と話せるわけがなかった。

 

「知らねえから知ったような口をもうひとつきかせてもらえば、だ」

 

そう言ってナギトはマキアスにたたみかける。

 

 

「お前がどんな理由で貴族が嫌いなのかは知らん。けどそれは、俺たちには関係ないだろ…! マキアス、お前の憤懣を俺や、リィンや、ユーシスにぶつけるのは八つ当たりだろ!」

 

 

「八つ当たりだと……?」

 

 

マキアスは目を伏せると表情を消し、わなわなとふるえたかと思うと、烈火の如き勢いでナギトに詰め寄って胸ぐらを掴み上げた。

 

 

「ふざけるなっ! お前たち貴族が僕の姉さんにっーーー」

 

 

止まる。停止する。凍てつく。

事情を語るべき場面ではないと気づいたから、というのもあるが、それ以上にナギトの視線が怜悧なものだったからだ。

それこそ、マキアスの烈火をかき消してあまりある程の。

 

 

「建前が崩れたぞ」

 

 

冷ややかに告げられ、マキアスははっとした。

マキアスがナギトとリィンとの仲に亀裂を入れたのは“貴族だからではなく、嘘をつく人間を信用できない”からだ。

しかし今のマキアスのセリフは、ナギトとリィンが貴族だから嫌ってるのだと言ったようなものだった。

 

ナギトは自身の胸ぐらを掴むマキアスの腕を捻りあげると、そのままベッドに投げた。

 

失望した、と言わないのは友情を繋ぎ止めるためだった。

 

 

そのまま部屋を出ようとして、はたと足を止める。

 

 

「あー、くそ」

 

悪態。舌打ち。ため息。

くるりと振り返ってマキアスを見るナギトの表情は先程とは違い、いつもおどけてみせるⅦ組でお馴染みのナギトの顔だ。

 

 

「話めっちゃ逸れたから本題を簡潔に言います! 俺はお前と仲良くしたい。リィンもお前と仲良くしたい。シュバルツァーが貴族って事を隠してたのは悪いと思ってる…けどそれはお前との友情の喪失を恐れてとのことと理解してほしい。ていうかそこに拘る必要もないよね。身分の違いでナギト・シュバルツァーとマキアス・レーグニッツが友誼を結ぶのに何か支障がありますか?ないです!せっかくクラスメイトになれたんだから仲良くなろうぜ!以上!」

 

 

簡潔でも何でもなく、自分の気持ちを叫ぶだけのセリフだったが、それだけに真っ直ぐな言葉だった。

ナギトは言い切るとマキアスの反応を待たずに部屋を出て、そしてーーー

 

 

 

「あ」

 

 

目が合ったリィンらに向かって顎をしゃくって先導するのだった。

 

 

 

☆★

 

 

 

「で、なんで俺の部屋なんだ?」

 

 

マキアスの部屋での言い争いを聞きつけたリィン、エリオット、ガイウスはナギトに先導されるままにリィンの部屋に来ていた。

ナギトは図々しくベッドに腰掛け、リィンは椅子に座り、ガイウスは壁に背中を預け、エリオットは所在なさげに立っている。

 

 

「だって俺の部屋でイカ臭いとか言われたらショックだし」

 

 

「お前な……」

 

 

目を細めて困ったようにナギトを睨むリィン。ちなみにエリオットとガイウスは「?」という顔である。幼い。

 

 

「部屋でイカでも食べてたの?」

 

 

「聞くなよ」

 

 

「イカは消化に悪いと聞く。夕食後に食べるのはおすすめしない」

 

 

「掘り返すなっての」

 

 

 

エリオットとガイウスの追及を躱し、「ごほん」と咳払いするとナギトは本題に入る。

 

 

「どう思ってる? ユーシスとマキアスのこと」

 

 

 

わざわざナギトとマキアスの言い争いを盗み聞きしていた3人だ。その理由に思う事があるのだろうという話題の提供。

 

しかし、問われた3人は視線を落として渋い顔をした。

 

 

「よし、ユーシスん部屋凸るか」

 

 

「待て待て待て待て」

 

 

ノータイムで立ち上がったナギトを制したリィン。ナギトの行動は暴挙としか言いようがなかった。

先程のマキアスとの会話も仲直りしに行った、と言うよりは喧嘩を売りに行ったと表現すべきだ。それをユーシスにもしようと言うならば止めるのは当然だ。

すでに学級崩壊寸前なのにそんな事をすれば閾値を突破し騒動になる。

 

 

ナギトは制されるまま再びベッドに座る。今の行動は“意見がなければユーシスの所に行く”というポーズのようだった。

 

 

「正直、クラスの雰囲気は良いとは言えないよね。 特にその…先月の実習以降」

 

 

そこで口火を切ったのはエリオットだった。はっきりしない物言いはしかし、彼の優しさの証左だ。

 

だが、そんな優しさがリィンには刺さった。エリオットの言う先月の実習以降の話はつまり、リィンが身分を明かしてからの事だ。

 

ナギトは短くリィンの名前を読んで表情の険しさを取り払う。その目は“お前のせいじゃない”と言っているかのようだった。

 

 

「この際だから俺も言わせてもらうが。マキアスに対するユーシスの対応も悪いが、そもそもマキアスの突っかかり方が異常にも思える」

 

 

今度はガイウスが言った。その意見はきっとⅦ組でも共通の認識だ。

マキアスの貴族への嫌悪感ーーー喧嘩を売るような言動が多過ぎる、と。

 

 

「そうだよな。 それについては何か理由がありそうだったけど」

 

 

ナギトが言うそれは、先程マキアスから聞き出したものだ。姉が云々という話なのだろうが、詳しい話は聞けなかった。

 

 

「だが、例え理由があったとしてもマキアスの態度は少しばかり目に余る」

 

 

頑な、と言い換える事もできるかもしれない。

“マキアス・レーグニッツは貴族を嫌悪する”という一線を守る決意と言うのは少し大袈裟であるが。

 

ガイウスからすれば貴族と平民というだけでクラスメイトがここまで険悪なのも不思議な話なのだろう。ガイウスは言ってしまえば外国人であり、身分制度のない土地から来ているのだ。

だからマキアスの態度を理解できない。

 

 

「……俺も、今のままで良いとは思えない」

 

 

リィンも苦々しげに心情を吐露する。エリオット以上に言葉を濁した表現だった。

なにせ、リィンは当事者でもある。マキアスからの嫌われ具合はユーシスより劣るものの、その対応は明らかにクラスメイトに対してするものではない。

それを招いたのが自分の不徳だとリィンは思っているのだ。

 

そんなわけがない、と安易には言えない。初めの自己紹介の時に貴族である事を説明していれば、今のような関係ではなかったのかもしれないし、あるいは真実を語っていれば良かったのかもしれない。

しかしそれは、マキアスの過去をほじくり返すのと同等の行為だ。それを語る誠実をマキアスに向けるのは土台無理な話だ。

 

 

「まあ、3人とも現状を良しと思わないのはわかった」

 

 

リィン、ガイウス、エリオットを順に眺めてナギトはそれぞれの気持ちが同じ方向を向いている事を確認した。

 

 

「ちなみに、俺がマキアスと話し合いしてる時にユーシスは出てきた?」

 

 

最も遠い部屋のリィンが聞きつけてマキアスの部屋の前で盗み聞きしていたくらいだ。それより近い部屋のユーシスに聞こえなかったわけがない。

 

 

「えーっと、それは…」

 

 

「“またナギト・シュバルツァーのお節介か。…ふん、騒々しい事だ”と言っていた」

 

言いにくそうにエリオットが言葉を濁したが、直後ガイウスよりおそらく原文ままのセリフが語られる。

 

リィンとエリオットは“あーあ言っちゃったよ”的な顔をしており、それを受け取ったナギトは「なるほどなるほど」と意味深に頷き、

 

 

「よし凸るわ」

 

 

「ちょ、待っーーー」

 

 

決意。立ち上がったナギトを再度鎮めようとしてリィンが掴みかかったが、その手を躱して身体を躍らせると、リィンはいつの間にかベッドに投げ飛ばされていた。

ガイウスとエリオットの静止も振り切ってそのままユーシスの部屋に吶喊。

 

 

「たのもー!」

 

扉を蹴破るかのようなモーションと共に声を張り上げ、しかし実際に蹴破る事はなく優しくノック。

 

 

「こんな夜更けに何のよ…」

 

 

「ラリアーッ!」

 

 

言わせるかよ! というような勢いでユーシスにラリアットをかましたナギト。だがどうやったのか勢いは弱めで、そのままユーシスはベッドに投げ飛ばされた。

 

 

「ぐっ……何をする!?」

 

 

「ラリアットですぅ」

 

 

ユーシスの問いに気の抜けた返事をするナギト。それは問われた意味を理解してなお相手を小馬鹿にする態度。あるいは意味なぞお前の方が良く知っているだろうと暗示するものか。

 

 

遅れてやってきたリィンら3人はナギトの暴挙を止められず悔恨の表情だ。特に未だ大貴族アルバレアに恐れを抱くエリオットは戦慄いていると言っても過言ではない。

 

 

「来たのは正直、勢い。でも理由はある。わかるだろ?」

 

 

「……話し合いか。俺とお前、リィン…そしてレーグニッツとの関係の」

 

 

「うん」とナギトは顎を引く。話し合い。いかにも軽々しい字面だが、それは現状を打破する正しい手段だ。

 

友人間の不和を話し合いで解消する。暴力も打算もなく、話し合いで解決する。

ナギトのやり方はスマートとは言えず、いっそ暴力的なまでの暴論なのだが、それでも論理を交わそうという意志がある。

 

 

「先程レーグニッツの部屋で話をしていたようだが…それについてはどうなった?」

 

 

その真摯さに胸を打たれたわけではあるまいが、ユーシスは早くもナギトと会話する姿勢に入る。

 

 

「なんつーか、やっちまった感はあるよね! ひとまずマキアスの俺とリィンを嫌う理由が建前ってのは暴いた! んでクラスメイトだし仲良くしようぜ!って言ってきた」

 

 

「最悪だな」

 

 

考える間もなくユーシスはナギトの行動を最悪だと断じた。 自覚はあったナギトだがオブラートに表現する意思のない毒に「ゔっ」と漏らす。

 

ナギトの行為は言わば、マキアスの心に土足で踏み入ったようなもの。しかしそれで迷惑をかけられているナギトとしてはいざとなったら開き直るつもりである。

 

「それはいいんだよ。マキアスは経過観察だ。 んで、問題はお前だよユーシス!」

 

 

強引に話題を打ち切ったナギトはぴっとユーシスを指差す。

 

 

「……俺の何が問題だ? 俺の態度は言わばレーグニッツの写し鏡……因果応報、と言えばわかりやすいか?」

 

 

「そ・れ・が!問題って言ってるんですぅー。完全に売り言葉に買い言葉じゃん。お前があの場でラウラと同じような対応しとけば今みたいな事にはなってなかったと俺は思うんだけど?」

 

 

マキアスとユーシスの関係は言ってしまえば子供の喧嘩に等しい。身分の隔たりがあるせいでそう見えないだけで。

 

その意味でラウラの対応はある種理想的なものではあった。マキアスの貴族嫌悪の建前を封殺する高潔。そう誇れるだけの貴族が帝国にどれだけ現存しているかは定かではないが。しかしユーシスなどは数少ないそれに該当しそうなものだ。

ちなみにナギトが懇意にしているパトリックは典型的な貴族の子息で、おそらくマキアスが目の敵にするであろう貴族のお手本だ。

 

 

ともかく、そんなユーシスだが“目には目を”的な部分がありマキアスとの仲は険悪と言ったところ。

 

ユーシスは少しだけ黙考すると「ふん」と鼻を鳴らす。

 

 

「……ひとまず、お前の言い分はわかった。 俺の方でもレーグニッツへの態度は緩和する事にする。…しかしわかっているな? レーグニッツの言動がそれでも改善されなかったら……」

 

 

ナギトの早口の説得にユーシスも折れてくれたようで、そういった提案をする。

 

 

「今の対応に戻る、と。…オーケー、とりあえず納得しとく」

 

 

ひとまずの所ではあるが、ユーシスからも譲歩を引き出せたとして納得しておく。……きっとマキアスの態度が軟化する事はないとわかっているだろうが。

 

しかしこういった譲り合いの精神こそが大切なのだ、とナギトは自分の心を誤魔化しておく。

 

 

「そんじゃ本日はこれにて。お邪魔しやした〜」

 

 

真面目な雰囲気を打ち切って軽薄なそれで塗り替え、そのまま退室する。ユーシスから呼び止める声はなく、背後のドアが閉まると同時に大きなため息が漏れた、リィンとエリオットから。

 

 

「ぷはぁ……き、緊張したぁ」

 

「…心臓に悪いぞ、ナギト」

 

 

「構え過ぎだよ君たちぃ」とねちっぽさを含めてナギトが嘆息する。

エリオットはもちろん、リィンもユーシスに対して構えている部分がある。ユーシスが大貴族アルバレアだからというのもあるが、それより日々マキアスとの衝突を見せられているからだろう。

 

しかしユーシスも心根はいいやつなのだ。そういった確信がナギトの中にはあった。それがあるからあそこまで気安い…気安すぎる対応ができた。

 

そんなナギトと同じくらいユーシスを芯を見ているのはガイウスだ。人を見る才に長けているのか、人の背景を鑑みる事ができないのか。

 

「マキアスには忠告し、ユーシスからは譲歩を引き出した。……ひとまず今日はこんなところか?」

 

 

「そだな。……何か変わればいいんだけど」

 

 

ガイウスからの問いかけに首肯して、ナギトは物憂げに天井を見つめた。

 

どこかで、何かが変わるわけでもない。という確信があって。それでも何かしておきたいから。

 

 

 

☆★

 

 

 

「……ん〜………」

 

 

目が覚めたナギトはベッドから降りると思いっきり伸びをした。軽くストレッチをして睡眠で強張った肉体をほぐしていく。

 

今日は自由行動日。名門トールズの休日ならぬ休日だ。全生徒に1日の自由が与えられた今日ばかりは怠惰に過ごすとナギトは決めている。

 

しかし寝起きのストレッチは最早習慣のようなもので、また声と欠伸を漏らしながら続けていると。

 

「ん?」

 

部屋の扉。その下の隙間から紙片が覗いているのがわかった。ナギトはそれを拾い上げると短い文面を読み上げた。

 

 

『マキアスとユーシスが喧嘩した。 起きたら連絡をくれ。リィン』

 

 

 

「くそったれ」

 

 

早くも自由行動日が潰れそうな面倒事の気配にナギトは恨めしげにそう呟くのだった。

 

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