閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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一員であるという幸福

特別実習1日目の朝。

支度をしてA班のメンバーと共に寮を出る。駅に行くとすでにB班は揃っていて、いくつか言葉を交わすと、そのまま列車に乗ってセントアークへと出発した。

 

ナギトらA班も切符を買うとバリアハート行きの列車に乗り込む。

 

 

バリアハートまで数時間の旅という事で早起きだったためナギトは列車に揺られながらうとうとしていた。

 

 

しばらくしてリィンがバリアハートの説明をユーシスに求めるが、ユーシスはそれをマキアスへと振った。

それによってまた口喧嘩へと発展しそうな所でリィンが止める。

 

それから話は実技テスト後のサラにリィン、ユーシス、マキアスの3人がぼっこぼっこにされた件に移った。

途中で口を挟んだフィーによると、3人が負けたのは連携ができてないから。サラが強い事ももちろんあるが、ARCUSでの戦術リンクがあれば負けない事はできた、と。

 

「ナギトからは何かないか?」

 

狸寝入りしていたナギトだったが、意見を求められてゆっくりと瞼を持ち上げて大物感を演出する。

 

「まあ、そうだな。ユーシス、マキアスも…ここは言いくるめられとけよ」

 

そういう大人な言い方をして、薄く笑む。

ユーシスとマキアスの対立は結局お互いが気に食わないというガキの争いなのだが、ナギトが関与すると途端にダーティでアダルトチックな駆け引きになる。会話の雰囲気の年齢が上がる、とでも言うべきか。

 

そうした経緯もあり、リィンの提唱した“特別実習中はB班に評価で勝つための仲間としてやっていく”という風に2人を説得されたのだった。

 

 

その後、改めてユーシスからバリアハートの概要が説明され、また“貴族社会のための街”であると念押しされる。

マキアスの貴族批判についてもやめておくよう釘が刺されるなどという場面もありつつ、話は一段落した。

 

 

それからはポツポツと会話があったりはしたが基本的には口数も少なくなる。しかしリィンが持ち込んだカードゲーム“ブレード”をする事になってからはそこそこの盛り上がりを見せた。

ケルディックへ行く時もやったが、恒例のイベントになりつつあった。当然のようにナギトが全勝した頃、列車はバリアハートへ到着する。

 

 

アルバレア家の子息であるユーシスを出迎えるために駅員が集ったりという事件が起こったものの、それはその場に現れたルーファス・アルバレア──ユーシスの兄により収められる事となる。

 

貴族派きっての貴公子であり、社交界ではオリヴァルト皇子と帝国の噂を二分するほどの傑物。ユーシスの剣技の師であるらしいし、佇まいからも只者じゃない事がわかる。

加えてアルバレア家の長子でありながら平民に対しても見下した様子を見せない振る舞い。貴族嫌いのマキアスもたじたじである。

 

ナギトらA班はルーファスに車で宿泊施設に送ってもらった後、実習の課題に取りかかる事とした。

 

 

☆★

 

 

実習課題に取り組む中で、バリアハートが貴族の街である事を実感する。

 

単純に貴族の権力が強く、平民はその威光に平伏すしかない…といった感じだ。

とある依頼では平民男性のためにA班が採取した《ドリアード・ティア》を貴族が滋養強壮といって食べたり…、またとある依頼ではあからさまに見下されたり……という、苛立ちが募るイベントが多発した。

どちらも相手が途中でユーシスに気づいて態度を急変させたのは痛快を感じなかったでもないが。

 

 

というか、そんな事より驚いた事件があったのだ。

《ドリアード・ティア》の依頼で立ち寄った宝飾店で遭遇したブルブラン男爵という人物。これが完全に結社《身喰らう蛇》執行者の《怪盗紳士》ブルブランなのである。

先月の実習で対決したのだが、その時と仮面の有無という違いこそあれ、衣装や口調はそのまま。せめてもうちょい隠す努力をしてくれたら知らないフリをできたものを。

 

ブルブランは立ち去り際、ナギトの制服のポケットに紙片を差し入れた。ナギトが後で内容を確認したところ『翌日深夜に大聖堂にて』という短いメッセージが綴られていた。

バリアハートには馬鹿でかい七曜教会の聖堂があるためそこの事だろう。

 

すっぽかす、というスーパー面白いムーブを思いついたものの、ブルブランには色々と聞きたい事もあったため自らの提案を泣く泣く却下する事とする。

 

 

 

 

そんなこんなでA班は今、手配魔獣を撃破した所である。

 

 

ユーシスとマキアスが互いの胸ぐらを掴み合っている。

 

“評価のために協力する仲間”として、戦術リンクで組んでいたユーシスとマキアスだったが、そのリンクが戦闘中に突如断絶したのだ。

 

今はそのリンク断絶が互いの側からだと罵り合っている場面だ。

 

 

リィンやエマが宥める隙もなく、ここで取っ組み合いを始める勢いの2人の横で、倒したはずの手配魔獣がピクリと動いたように見えた。

 

 

 

───────これ、は。

 

嫌な事を思いつくものだ。

ナギトの脳裏に浮かんだのは、手配魔獣を利用してユーシスとマキアスに反省を促す策だ。

 

この状況、この位置どりなら───

 

 

 

次の瞬間、手配魔獣は起き上がると睨み合っているユーシスとマキアスに襲いかかった。

だがそこでリィンが2人を突き飛ばして庇う。

 

手配魔獣の爪がリィンの背中を抉る。───より早く、ナギトの太刀がその爪を斬り飛ばした。

 

 

「フィー!」

 

 

了解(ヤー)

 

 

軽やかに手配魔獣に飛び乗ったフィーは双銃剣をその背中に突き立てると炸裂させる。

 

それがとどめとなり、今度こそ手配魔獣は討伐された。

 

 

「おい、わかってんのかそこの2人。お前らのくだらない争いのせいでリィンが怪我をする所だったんだぞ」

 

 

いつもとは違う、静かながら確かな怒りを孕んだ声音。その雰囲気に、怒気を向けられているユーシスとマキアスはおろか、リィンとエマまで息を呑む。

 

 

「俺たちは休戦中じゃなかったのか…!どっちが先にリンクを断絶したか? ふざけんな!お前ら2人が互いに信用できてなかったからリンクは断絶したんだろうが!!」

 

 

怒鳴ると、2人を庇ったリィンが「いいから」と横やりを入れる。

 

 

「幸い、ナギトとフィーのおかげで俺にも怪我はないし。これを機に2人とも反省してくれるだろう」

 

 

「どうだかな。…ひとまずここは引き下がるがな、この先でも同じ事があれば…わかってんな?」

 

 

リィンに免じて引き下がる様子を見せるナギトだったが、しっかりとユーシスとマキアスには釘を刺しておく。

 

そのすべてが、こうなる事を確信しての演技であるとは夢にも思われまい、と内心で申し訳なさそうにほくそ笑むのだった。

 

 

 

手配魔獣討伐をオーロックス砦に報告に行く道すがら「さっきの」とフィーが小声で尋ねてきた。

 

「さっきの手配魔獣…生きてるって気づいてた?」

 

「……なんでそう思う?」

 

 

否定しない時点で自白しているようなものだが、ナギトはなぜバレたのか、フィーに問う。

 

 

「反応スピードが尋常じゃなかった。あれは生きてると確信できてなきゃできない動き」

 

「なるほど」と笑んでみせる。フィー・クラウゼル…Ⅶ組最年少の15歳だが、戦闘能力ではトップクラス。

さすがは元猟兵と言うべき観察眼だ。

 

 

──フィーが元猟兵?

なんで俺はそんな事を知っているんだ。

 

 

「どうかした?」

 

 

気持ちの悪い感覚に呆けていたナギトだったが、フィーに言葉にかぶりを振って「なんでもない」と言う。

 

 

「正解だよ。気づいてた。 ユーシスとマキアスが、自分のせいで仲間が怪我したとなれば、良い薬になりそうだと思ったからね。あの位置取りならリィンが2人を庇うのは目に見えてたし。 みんなには言うなよ?」

 

実際、怪我人は出なかったのだが。自分達のせいであわや大惨事…と想像できたなら反省するはずだ。

 

「なるほど、策士だね。…でも、味方を危険に晒す作戦はいただけない」

 

 

「もうしない」

 

 

「ん。じゃあ秘密にしとく」

 

 

「サンキュ」と、返事をして会話は終了。

 

 

急速に軍備を拡張しつつあるオーロックス砦に到着する。貴族派と革新派の対立は来る所まで来ているようだ、なんて話をして砦の兵士に手配魔獣討伐の報告を終えるとホテルに戻る事になった。

 

 

その帰り道の途中、オーロックス砦方面からサイレンが聞こえてきた。

 

明らかにただ事ではない事象にA班の面子は立ち止まり言葉を交わす。

その頭上を銀色の飛行物体が通り過ぎる。

 

 

「──ミリアム?」

 

 

「何か言いましたか、ナギトさん?」

 

それの存在への確信が降り注ぎ、不注意にもそれを口に出していたナギトにエマが聞き返す。

 

 

「いいえ。でも頭痛が痛くて。エマが膝枕してくれないと治らない気がする」

 

「流れるようにセクハラしようとするな」

 

 

そんな義兄弟の即興コントで苦しくも言い逃れる。

 

その後、銀色の飛行物体を追ってきたらしい領邦軍に逃げた方向を教えて一段落。これについては特別実習の範囲外という事でスルーという結論が下される。

 

 

ホテルまで戻り、入ろうとした直前、車のクラクションで呼び止められる。

 

それをしたのはルーファスが乗っていた─A班がホテルまで送ってもらった─と同じくらい豪華なリムジンだ。

 

ユーシスが駆け寄ると車の窓が開かれ、金髪の壮年男性の顔が現れた。その人物はユーシスといくつか言葉を交わすとそのまま車を発進させて去って行った。

 

 

「なにあれ?」

 

ユーシスがA班の元に戻ってくるとフィーは先程の人物をあれ呼ばわりする。

 

 

「ぶっちゃけ小物臭いな」

 

 

ナギトもフィーに便乗して適当に侮辱しておく。領邦軍に聞かれていたらしょっ引かれる可能性もあったが、積もりに積もった苛立ちを吐き出したい時もあるのだ、それがこの領邦の長であればなお痛快である。

 

ユーシスの説明によると、さっきの男性はやはりユーシスの父親らしい。

 

ヘルムート・アルバレア──クロイツェン州を統括するアルバレア家の現当主である。

 

「信じられない事に、この俺の父親でもあるらしい」とユーシスも実の父親に向かって辛辣なお言葉を吐いていた。

察するに息子の同級生に対して挨拶もしないような父親だ、さぞ苦労してきたのだろう。

 

 

その後はホテル近くのレストランで夕食に舌鼓を打ち、和む雰囲気の中で会話する。

先月の実習ではB班はこんな雰囲気ではなかったらしい。もっと殺伐としていたのは想像に難くない。

 

しかしそんな雰囲気でも話す内容は士官学院生らしいものとなる。クロイツェン州の増税にオーロックス砦の軍備増強。引いては貴族派と革新派の対立にまで。

 

オーロックス砦に運び乗れていた重戦車アハツェン。それを大量に保持する正規軍──その七割を掌握している《鉄血宰相》。それに貴族派がどう対抗するのか。

 

 

「その者の発言力はその背景にある武力に依存する」

 

食後のデザートを頬張っていたナギトが不意に口を挟む。物珍しげな視線がナギトに向けられた。

 

「正規軍は強く、それを操る宰相の権力は強大だ。なら貴族も同等の戦力を保持して同じだけの権力──発言力を持たなきゃならない。そうしないと一方的な支配が始まるからだ。 大切なのはバランスだよ。…そういう意味で帝国はバランスの上に成り立っていると言ってもいい。危ういバランスの上に」

 

 

言い切ったナギトはまた一口、デザートを口に運ぶ。

 

 

「柄になく真面目だな」

 

 

「うるさいよ!俺はいつも真面目だよっ!」

 

 

真実を穿った意見に、しんと静まり返った場だったが、それをリィンが混ぜっ返し、ナギトが乗っかる。

 

リィンは元より、普段から嗜められているユーシスとマキアス、賢しいエマに、本日ナギトの企みに気づいたフィーも。

 

ナギト・シュバルツァーという人間を計りかねている気がしてならない。

不真面目なように見えて、的を射た発言をし、真面目になったかと思えば、次の瞬間には場を巻き込んでボケ散らかす。

 

記憶喪失前のナギトがどんな人物だったのか、興味深いと。

 

 

「おお、青春の悩みとはかくも美しく尊いものか──」

 

そこにブルブラン男爵が登場する。ナギトは「チッ」と舌打ち。先程真面目な話をしたのは視界の端で出番を伺うブルブランを抑止するためだったのだ。

 

ブルブランは普通に悪趣味な事をきざっぽく言って退場。去り際、ナギトにウインクをしていったのは腹立たしい限りである。

 

 

 

そうして夜は更け、ホテルに戻りレポートをまとめると翌日のために早々にベッドに入る事にした。

 

 

ブルブランとの待ち合わせに行きたいナギトであったが、同室の3人が寝ない事には動き出せない。

そのうちどうやら眠れないらしいユーシスとリィンが話し始めた。

 

ユーシスが妾腹の子である事や、リィンの危うさについても言及される。そしてナギトの異質さにも。

 

やがて会話も終わり、リィンにユーシス、マキアスが寝静まったのを確認してからナギトは部屋を出る。

 

 

☆★

 

 

「こんばんわ、ナギト・シュバルツァー。今夜はいい夜だ。そうは思わないかね?」

 

 

大聖堂の扉を開き、内部に踏み入る。

奥部のすりガラスに月光が降り注ぎ、色鮮やかな光が怪盗紳士を包む。

 

 

「今夜はいい夜だ。思わず口が滑ってしまいそうなほどに。Mr.ブルブラン…遅れて申し訳ない」

 

昼間と違い仮面をしているブルブランに、大仰に一礼してみせる。

 

 

「構わないとも。その間、私はこの月を独り占めできたのだから」

 

 

どうやらきざな台詞回しでは勝てない事が判明。さっさと本題に入る事にする。

 

 

「安心するといい。司教様方はぐっすり夢の世界だ」

 

 

ナギトの心配を見抜いたようにブルブランが言い放つ。なんだか機先を制されているようで気に食わない。

 

 

「本日はお招きいただきありがとうございます…ってか。 いったい何の用かな?」

 

 

懐から紙片を取り出す。ブルブランがポケットに忍び込ませた大聖堂への招待状だ。

 

 

「なに、少し君の事が気になっていてね。話でも…と思ったわけだ」

 

 

「なるほどな。それ俺も同じ意見だよ」

 

 

ナギトは自分の過去に興味がある。過去に自分と出会った事のあるらしいブルブランに興味がある。ブルブランが所属する《身喰らう蛇》に興味がある。

 

「よろしい。ではシンプルに一問一答といこう。まず君が質問し、私が答える。次に私が質問し、君が答える。それでどうかな?」

 

 

「異議なし。…企業秘密ですってのはなしだぞ」

 

 

「勿論だとも。我ら結社の執行者には“あらゆる自由”が保障されている」

 

 

「あらゆる自由?なんだそりゃ?」

 

 

「文字通りの意味だ、ナギト・シュバルツァー。私が所属する《身喰らう蛇》の執行者には“あらゆる自由”という権利が盟主から与えられている。それは命令違反や情報漏洩にも適用される」

 

 

とんでもない組織……いや、組織という体をなしているかさえ怪しいものだ。

ナギトはそんな風に《身喰らう蛇》を評価し、

 

 

「じゃあ一問目…」

 

 

「なにを言っている?」

 

 

一問目を繰り出そうとした所をブルブランに制される。

 

「今のが一問目だろう?」

 

その言葉でブルブランの意図を理解し、ナギトは舌打ちする。

 

「では一問目だ」

 

 

そんなナギトを見て、自分の論法が通った事を確認してからブルブランは一問目を始める。

 

 

「君は本当に記憶を失っているのか?──さあ、どうだ」

 

 

質問の意味を考えてみる。

記憶を失う以前のナギトは《剣鬼》と呼ばれていたらしい。剣の鬼というくらいだ、剣の腕が立っていた事は間違いない。

そんな自分が本当に記憶を失っているのか──?

 

それは《剣鬼》が未だ健在であり、記憶喪失と偽り、誰かを油断させるための罠ではないのか?

問いかけの裏にはそんな意味があるのかもしれない。そう言った場合、どう答えるのが正解なのか。

 

思考の末、ナギトは“知るか”と諦めた。どうしたって答えのでない問題だ。諦めてさくっと答えよう。

 

 

「本当だ。俺はナギト・シュバルツァーになる前の記憶を喪失している」

 

 

「ほう。先月の問答である程度の確信はあったが──本人から認められるとより確実だな。では…!」

 

 

「二問目だ」

 

 

興奮し、なし崩し的に二問目に移ろうとしていたブルブランの熱を冷ます。 先程と同じやり取りだ。演じたのが逆というだけ。……どうやらナギトとブルブランはどこか似た部分があるようだった。

 

 

「俺の記憶を奪った人物、あるいは事柄を知っているか」

 

 

「知らない。が、心当たりはある」

 

 

ナギトはこれまで自分の記憶喪失は崖から落ちたショックだと疑っていなかった。

しかしリィンやⅦ組の仲間たちと過ごす日々が楽しすぎて、たびたび天啓のように舞い降りる“確信”が怪し過ぎて。この記憶喪失が作為的なものに思えてきているのだ。

 

 

「君は記憶喪失だが…それはいつから?」

 

 

「1202年の12月頃」

 

雪深いユミルの領地で、記憶を失ったナギトはシュバルツァー男爵家に保護された。姓名を与えられて、住む場所、着る服、食べ物を与えられ、果てには息子とさえ呼んでくれたあの家には感謝してもしきれない。

 

 

「《剣鬼》の──………いや、お前がここに来ているのは結社の思惑か?」

 

 

「答えはノーだ。私の個人的な趣味に過ぎない。……まあ、下見と言い換えてもいいがね」

 

 

第三の問いかけはブルブランが今このタイミングでバリアハートにいる理由。言いかけた質問は、ナギトに答えを聞く勇気がなかったから取り下げられた。

 

 

どうやらブルブランがバリアハートに来ているのはあくまで趣味だと。しかしその言い分から、おそらくはバリアハート──引いては帝国で結社が何かを起こす時の下見であるらしい。

 

 

「さて、質問だ。───君は今、楽しいか?」

 

 

 

「───ああ。楽しくて楽しくて仕方ないとも」

 

 

 

それはこの問答の事ではなく。

ナギト・シュバルツァーの人生として。

 

リィンの義兄弟として、この物語に加われている事が─────

 

 

「フフ、ハハハハハ! これはなんとも愉快愉悦な話だ、《剣鬼》殿! 君がその記憶を取り戻した時が楽しみだよ!」

 

 

ブルブランは愉快そうに笑う。愉悦を浮かべて笑む。それが酷く不快で、次の質問のために口を開きかけるが、

 

 

「おっと、次で最後の質問だ。君のお友達が迫っているからね」

 

 

「あいつら……!」

 

 

タイミングが良いのか悪いのか。ブルブランとの問答は有益な一方で毒のようでもあった。ナギトの未来を呪うような魔力のような。

 

「早くしたまえ」と急かすブルブランを見据えながら、ナギトは思考をフル回転させる。

 

先月、ブルブランを撤退させた技の主人は──?

 

結社の目的を聞き出すか──?

 

記憶喪失以前のナギトの名前は──?

 

 

 

「《剣鬼》…とは、なんだ!?」

 

 

ブルブランがステッキを振る。その足元に魔法陣が輝いた。

 

 

「カルバード共和国における英雄にして大罪人! そして八葉一刀流の次代たる剣の達人だ!」

 

 

白衣装のブルブランの姿が消える─転移した─のとⅦ組A班が大聖堂に突入してきたのは同時だった。

 

 

☆★

 

 

「起きろリィン、君の義兄弟が消えたぞ!」

 

 

その異変に真っ先に気づいたのはマキアスだった。

リィンとユーシスの話を聞き、悶々とした彼は眠りが浅かったのだ。

 

 

「トイレ……とかじゃなさそうだな?」

 

 

マキアスはリィンを起こすと、ユーシスまで巻き込んで室内を探してみるがナギトの姿はない。

ARCUSでの通信を試みるも、不通だった。

 

 

「ただ事ではないのは確かだが…己の意志で部屋を出たのは間違いあるまい」

 

 

A班が宿泊するホテルはルーファスの好意でそれなりにお値段の張る施設だ。セキュリティが悪いという事もなく、部屋の施錠もしたし、誘拐されたのだとしても、なぜナギトなのかという疑問もある。

身柄の大切さで言えばユーシスやマキアスに分があるはずだからだ。よしんば失われたナギトの記憶が価値を高めるのだとしても、状況の不自然さは打ち消せるものではない。

 

 

そう結論づけて女子たちにもナギトの捜索の協力を依頼する。ホテルのフロントに尋ねると少し前にそれらしい人物が出て行ったとの事だ。

 

 

「ホテルから出たのはわかったが…いったいどこへ向かったんだ!?」

 

 

「こんな夜中です…街道には出てないと思いますが……」

 

 

「くそっ!相変わらず通信は繋がらない!」

 

 

ナギトが自らの意思で外に出たとしても非常事態である事に変わりなく、リィンだけでなくエマやマキアスにも焦りが滲む。

 

 

「こんな深夜に少年少女がどうしたんだ?」

 

 

そこに現れたのは白いコートに身を包んだ金髪の青年。通り掛かりに慌てた様子のリィンらが気になった、という感じだ。

 

 

 

「同じ年頃の兄ちゃんならさっき大聖堂に入って行くのを見たぜ!」

 

 

「──! ありがとうございます!」

 

 

その金髪の青年はまさしくリィンらが求めていた情報を差し出してくれた。一行は礼を言うと大聖堂へと走り出す。

 

 

 

深夜という事も忘れてリィンは大聖堂の扉を開け放つ。

 

 

 

 

「よお」

 

 

 

ステンドグラスが色とりどりの光を床に落としている。その中に佇むナギトはいっそ幻想的で、一瞬だけ目を奪われてしまう。

 

 

「こんな時間にこんな場所でなにをしている? 女神への祈り─なんて敬虔なガラでもあるまい!」

 

 

「はっ。まあな。お前らこそ…、明日も早いんだ、さっさと寝ようぜ」

 

 

ユーシスの荒げた声に、ナギトはいつもの調子で答えつつ歩み、リィンらの前で止まる。 手を伸ばせば届く距離。それなのにどこか、遠い気がして。

 

そんな幻想を打ち払ってリィンは咎めるような声を出した。

 

 

「質問に答えろ、ナギト。黙って部屋を抜け出してここで何をしていたんだ!?」

 

 

「とは言ってもだね、お前らに関係ない話だしなあ…」

 

 

頭をぽりぽり掻きながら、手を煩わせるのも悪い…と言う雰囲気のナギト。

それに激したのはマキアスだった。

 

 

「君は…傲慢だな。貴族とか平民とか関係なく……色んな問題を1人だけで抱える…!」

 

「そうです…! ユーシスさんやマキアスさんの仲違いだって、私たちも何とかしたいと思ってるのは同じなんです!」

 

 

マキアスに続きエマも。日頃の鬱憤を吐き出すように不満を口にした。

 

 

「関係がないとは笑わせてくれる…! 少なくとも俺たちはこの実習中は仲間だったはずだが…!?」

 

 

「…ん……昼間の事だってそう。悪ぶって貧乏くじ引きに行くのはどうかと思う」

 

 

ユーシスやフィーまで。咎めるように、労うように、その有り様を否定する。

 

 

「俺だってみんなと同じ意見だ。ナギトは1人で何でもやろうとし過ぎだ。……もっと俺たちを頼ってくれ…!」

 

そしてリィンにまで。言われたナギトはポカンとした後、「ははは」と笑った。

 

 

「ったく、総スカンだな。わかったよ、降参降参! 事情は共有する」

 

 

ナギトがそう宣言した事で張り詰めていた雰囲気は弛緩した。

マキアスやユーシスはもちろん、リィンとエマの視線からも険しさが消える。 フィーについては眠たげな半目だった。

 

 

「けどその前に場所は移そう。司教さんらはぐっすりらしいが…まあ、まずいだろうしな」

 

 

考える時間も欲しい事だし、とは内心だけで呟いてナギトは提案する。

遅滞なく提案は受け入れられ、ホテルの男子部屋に移動する事になった。

 

 

大聖堂を出る一行の末尾でナギトは微笑んでいた。

それはいつもの悪ガキ然としたものではなく、本当の、本心からの幸福を得たからだ。

 

 

自分はただしくⅦ組の一員で、リィンやユーシスやマキアスやエマやフィーの仲間なのだと。

そういった感慨を、幸せを噛み締めながら。

 

 

 

ホテルの男子部屋でナギトは事情を説明した。

 

宝飾店や夕食時に出会ったブルブラン男爵に呼び出されていた事。 ブルブラン男爵の正体が《身喰らう蛇》という組織の執行者である事。 ブルブランとは先月の実習で対峙した事など。

 

“なぜ黙っていたのか”や“今夜の誘いを秘密にした理由”やその他もろもろに関して質問攻めにされたナギトはぐったりしながら寝に入ったという。

 

 

こうして特別実習の波乱の二日目は幕を開けたのである。




ご都合的に現れてリィンたちにナギトの居場所を教えた白いコートの金髪青年はトヴァルです。もうバリアハート編で登場する事がないのでここで正体を明かしておきます。
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