閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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これまでとこれからと

 

6月中旬。トールズ士官学院に迫る最大の危機。

 

言わずと知れた中間試験である。

 

 

忘れていたわけではない。忘れていたわけではないが、ナギトは「余裕で死ねる」と言い残して自室に閉じこもった。

 

勉 学 の 時 間 だ。

 

 

Ⅶ組の他のみんなは放課後にわからない所を教えあう、なんて青春イベントを消化していたが、ナギトにそんな余裕はなかった。

 

時折、「あー」だの「死ね」だの「死ねる」だのとナギトの部屋から聞こえて不安になるリィン。

ついには「死んでやるぅ!」と言って飛び出したナギトを見て、逆に安心したという。

 

 

教科書や参考書を読んでもさっぱりわからない。わからないと言うか、頭に入ってそのまま抜けていく。

「死んでやるぅ!」と言って気分転換に士官学院の屋上にやって来たナギトはそこで、オカルト部部長のベリルと遭遇した。

 

占いがよく当たると噂の不気味系女子だ。

 

 

「何か見通せないと思ったら……ウフフ、そういう事だったのね」

 

激おこアリサや鼻血ドロテ、にんまりフリーデルとはまた違った恐怖を感じさせる雰囲気にナギトは足速に屋上を立ち去る事にした。

 

 

「待ちなさい……貴方、中間試験に絶望してるわね?」

 

しかし、ベリルのその言葉にナギトは驚愕した。どうしてわかる、と。

いや、普通に考えれば試験前の雨の日の放課後に屋上に来るやつなんて言えばよほど余裕があるか、むしろ諦めた猛者かだ。

 

それを鑑みるとナギトは雰囲気からして後者である事は明らか。勉強のし過ぎでそんな事にさえ頭が回らないナギトは、そのままベリルに頼み込んで試験問題を占ってもらった。

つまり、試験の内容(ヤマカン)を教えてもらったのだ。

 

 

 

そして、試験当日。

 

 

ヤマカン的中ゥー!と試験用紙を前にしてナギトは叫びたい気持ちになる。

ベリルに占って(教えて)もらった試験内容(ヤマカン)がピタリと当たり、問題がスラスラと解けるのだ。

 

 

やがて中間試験は終了し「どうだった?」なんて話になる。

クラスの秀才組──エマ、マキアス、ユーシスの反応は三者三様…「まあまあ」と言ったり、それでも不安げだったり、興味なさげだったり。

 

リィンやアリサなど、普通に頭の良い連中も「まあまあ」と言っている。おそらくエマの謙遜のそれとは違い、本当にまあまあ……60〜80点くらいの自己評価なのだろう。

 

そしてフィーを筆頭とする馬鹿は「やっと解放された」とばかりに自由を満喫していた。言わずもがなナギトである。

 

そんなナギトにも「どうだった?」なんて話はくるわけで。

 

 

「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた。今回の試験…我が史上最高の出来である事は疑いようもなく…………あえて言おう、勝った!第3章、完ッ!」

 

芝居がかったセリフと顔で、右手で天を指差して宣言するナギト。

それを見聞きしたⅦ組の一堂は息を、あるいは唾を飲み込む。

 

そしてリィンは悲痛な表情で言った。

 

 

「なんだ、その……気はしっかり持てよ」

 

「慰めてんじゃねぇっ!」

 

 

お決まりの流れであった。

 

 

 

☆★

 

 

自由行動日の朝、ひとまず自室で軽く伸びをしたナギトは「どうしようか」と本日の予定を考えてみる。

 

おそらくまた旧校舎の探索に付き合わされるだろう。そうなると夕刻前後は埋まるし……そういえば今週はまだフェンシング部に顔を出していない。フリーデルにとっ捕まる前に自首した方が賢明だ。

時計を確認するとすでに10時半を回っていた。

 

 

「午後からでいいか」

 

 

とりあえず午前は逃げる事にした。

 

 

となると、午前がフリータイムとなる。当てもないがトリスタの町を見て回る事にした。

ブックストアとブティックを冷やかし、雑貨屋に足を運んだところでラウラと遭遇する。

 

 

「おっす、ラウラ」

 

 

「ナギトか。そなたも買い物か?」

 

 

「ま、半分は冷やかしかな」

 

 

実を言うとナギトの懐はそこそこ暖かい。魔獣を倒した際に手に入る“セピス塊”を売って小遣い稼ぎしているのだ。

そのミラでクォーツを揃えたりしているものの、武装である太刀は粗雑ながらもゼムリアストーン製──本格的なメンテナンスは不要で、その分だけミラが浮いていた。

 

 

「ラウラは?なにやら難しい顔をしてたみたいだけれども」

 

 

「む、いや……」

 

商品棚の前で佇むラウラは眉間に皺を寄せるようにして目の前を睨みつけていた。その様子は入店して来たナギトにも気付かぬほどだった。

 

ラウラが言い淀んだのを見てナギトは質問を変える事にした。

 

 

「あ、そういえば部活は?」

 

 

「今日は休ませてもらっている」

 

ラウラは今度こそ視線を逸らした。

ナギトは心中で天を仰ぐ。こちらの話題の方が地雷であったと。

 

 

実は、先月のバリアハートでの実習でフィーが元“猟兵”である事が判明した。

猟兵とは高ランクの傭兵に与えられる別名であり、その名は死神と同義である。

 

元猟兵であるフィーと騎士道を重んじるラウラ。2人が相容れぬ人種である事は明らかであった。

しかし、だからこそ互いの弱点を補い合えるベストパートナーになれる予感もあるが、それも現状では望むべくもない。

 

 

とは言っても先月までのユーシスとマキアスのように険悪というわけでもなく、付き合いの浅いクラスメイトという風体である。

そんな感じで表立って喧嘩しているわけでもないため、仲を取り持つ…というようなムーブも難しいわけだ。

ナギトも何とかしたいとは思うものの、ユーシスらの時とは違い、ラリアットおらぁ!みたいなやり方も出来ずに参っている。

 

 

ラウラとフィーの2人は、これまで自ら歩んできた人生を肯定しているため、その点において譲るつもりもないらしく。

しかしラウラは自分が年上のため、フィーに対して優しく接すべきと思っているようだが、どうも上手く動けずにいるみたいで、それが転じて“今日は部活休みます”となったんだろう。

 

地雷とわかったため、早々にこの話題から撤退したくなったナギトは「そうか」と流して、前の質問に戻る。

 

「んで、皺なんか寄せちゃってどうしたのよ? 可愛い顔が台無しだぜ」

 

 

「からかうでない。…うん、では少し私の話をしよう」

 

 

ナギトの無理矢理な気遣いにラウラも気づいたらしく、薄く笑んでから話題の変化に乗っかった。

 

ラウラはそうして自らの感性が周りの女子とずれている事を語る。

 

例えば、服装。例えば、趣味。例えば、目標。

数えればキリがないらしく“ここでひとつ女子らしいものを買っておきたい”との事だった。

 

それで、何をもって“女子らしい”とするかだが。

 

 

 

 

ナギトは商品棚の前に立たされる。

Q.この商品棚から女子らしいものはどれか、適当なものを選べ。

 

 

おかしいな、中間試験はもう終わったはずでは。

 

しかも参った事にこの設問についてはベリルのヤマカンから外れている。もはや直感で選ぶしかなかった。

 

そこでナギトが選び取ったのは愛らしい生物のぬいぐるみだった。

 

 

「このぬいぐるみなんか、どうだ。確か“みっしぃ”とかいうクロスベルのテーマパークのマスコットだったと思う」

 

 

「そうか……妙に心惹かれる造形だな」

 

 

どうやら正解だったらしく、ほっと一息、胸を撫で下ろす。その間にラウラも己の感性に従って物品をチョイスしていた。「これはどうだ?」とストラップをナギトに値踏みしてもらう。

 

 

「ドギというらしい」

 

 

「ぶふっ」

 

 

ナギトは噴き出した。ラウラがひょいとつまみ上げたのは青髪の筋骨隆々の大男のストラップだったからだ。

明らかに女子らしいチョイスとは思えないそれにギャグだと思ったのだが、どうやら本気で選んでいたらしく「笑うでない!」と怒られる。

 

 

「ごめんごめん。じゃ、詫びの印にこれは俺からプレゼントしよう」

 

 

ナギトはそう言うと、みっしぃのぬいぐるみを買ってラウラに与えた。

 

 

「よいのか?」

 

 

「詫びと友情の印ってことで」

 

 

みっしぃのぬいぐるみ代にしれっと友情まで上乗せして、ナギトは笑う。「感謝する」とラウラはぬいぐるみを抱いた。

 

それから2人は雑貨屋を出て別れる──かと思いきや、ナギトが「そういえば」とわざとらしく切り出した。

 

 

「今から昼飯、一緒にどうかな?」

 

 

自然体を装ってはいたが、視線は泳ぎ、声は震えていたようでもある。しかしそういった意味で鈍感なラウラにはまるで通じず、「うん」と許される。

 

 

「では私はこれを寮に置いてくるゆえ、少し待っていてくれ」

 

 

「ああ、じゃあ寮の前で待つよ」

 

 

ナギトとラウラはそうして第三学生寮まで共に歩き、ラウラが自室にぬいぐるみを置いてくる間に昼食をどうするか考える。

と言っても、ここらへんで食べるところと言えばキルシェが学生食堂しかないわけだが。

あるいは──、という所でラウラが寮から出てきた。その手にはなにやらバスケットがあり……

 

 

「お、どしたのそれ?」

 

 

「シャロンさんが持たせてくれてな。サンドイッチだそうだ」

 

 

「うっわ」

 

 

お見通しかよ、と続けそうになって言葉を飲み込む。

シャロン──シャロン・クルーガー。つい先日に第三学生寮の管理人となったメイドであり、アリサの実家──つまりラインフォルトのグループの会長たるイリーナの付き人でもある人物だ。

ちなみにこのシャロンが寮の管理人になった際にアリサがラインフォルトの人間である事も明かされる運びとなった。

 

シャロンだが、これまたナイスバディの可憐な淑女である。あわよくばお近づきになりたいナギトであったが、本人の完璧な立ち居振る舞いや隙のなさ、あとアリサの視線が怖いのでやめました。

 

 

「どうやら昼飯を食べに何人か戻る事を想定されていたようだ」

 

 

前述の通り、シャロンは完璧なメイドである。

昼食の候補地として第三学生寮もあったが、わざわざシャロンに作ってもらうのも悪いと考えたナギトだったのだが杞憂……というかむしろ思考を先読みされたみたいで怖い。

 

 

「なるほどな。それじゃあどこで食べようか?」

 

 

シャロンのスーパーメイドっぷりに戦慄しつつも提議。サンドイッチは駅から出てすぐの広場で摂る事となった。

 

 

 

 

 

話をした。他愛のない話を。どうでもいい話を。くだらない話を。

 

おもしろおかしく、話をして。笑い合った。

 

 

 

やがてバスケットのサンドイッチも底をつき、30分に満たないランチデートも終了だ。

 

 

「では私はバスケットをシャロンさんに返してこよう。……こういった気遣いは女子らしいんじゃないか?」

 

言って、にやりとドヤ顔を決めるラウラ。確かに細やかな気遣いは女子力の高さが窺えるがドヤ顔で言う時点でお察しだ。“可愛いやつめ”とナギトは笑う。

 

 

「ああ、そうだな。悪いけど頼むわ」

 

 

名残惜しいが、あまり引き止める事もできないので「じゃあまた」と言って踵を返した。

 

「そうだ、ナギト」と背を向けたナギトに向かってラウラが声をかけた。すぐさま振り向くと、ラウラの真摯な視線が自らに差し向けられている事に気づく。

 

 

「このあと、時間があるなら一勝負どうだ?」

 

 

ケルディックでの初めての実習が終わった後、ラウラからはこうした修行のお誘いをたびたび受ける事となったナギト。

リィンは付き合っているようだが、ナギトはのらりくらりと躱していた。

 

 

「んー、これから俺はフェンシング部に行くつもりだけど。お望みならそこで勝負してもいい」

 

 

ラウラとの勝負を避けていた理由を言語化したくはないナギトだが、あまり気乗りはしないものの今回は受けても良いと思った。

 

 

「……いや、やめておこう。そなたとはもっと…なんだ、言葉にできないな」

 

 

「ふっ……そうか。きっと俺も同じ気持ちだよ。そんならその機会はもっと然るべき時までとっておこう」

 

 

「ああ、そうだな」とラウラが返事をして、今度こそ別れる。学院へ続く坂道を登るナギトはしめしめと独りごちる。

 

“フェンシング部で”なんて条件を出したのは、その隣が水泳部だからだ。ギムナジウムに居を構えるフェンシング部と水泳部にあまり交流がないとはいえ、休んだ部活の隣でハッスルするのは気まずいだろうと思っての提案だったのだ。

それでもラウラが来る可能性もあったが、そこまでの覚悟・気分ではないと見ていた。

 

 

こうしてナギトはラウラの誘いを躱し、フェンシング部へと歩を進める事となる。そこにラウラと一勝負していた方がマシと思える地獄が待ち構えていると知りながら。

 

 

☆★

 

 

「おやおや」

 

 

学院の敷地に入ると、見覚えのあるブロンド美少女を発見した。ブリジットという貴族生徒だ。その足はおそらくギムナジウムに向いており、行先は同じである。

 

 

「あら?」とブリジットが振り返り、ナギトを認めると距離を詰めて来た。

 

 

「あなたは確かⅦ組の…」

 

「ナギト・シュバルツァーといいます。…もしやもしや、またアランに用です?」

 

 

ナギトがそう言うとブリジットは頬を染めつつごにょごにょと返事をした。

そうしてナギトとブリジットは共にフェンシング部──ギムナジウムに向かう事になったのだが。

 

 

ギムナジウムを前にドアを開こうとしたナギトだったが、突如そのドアが凄まじい勢いで開かれ、ナギトの顔面を直撃した。

 

 

「ぶべらっ!?」

 

 

危うく転ぶ程の衝撃だったが、幸いな事に鼻血なども出ていない。ブリジットも「大丈夫?」と駆け寄り、

 

 

「すまない!……って君は……、ブリジットも…?」

 

 

「タイミング悪すぎて草ぁー」

 

 

ギムナジウムから出てきたアランの姿を認めた。

顔を強打したせいでナギトのボケにもキレがなく、なりゆきを見届けるしかできない。

 

 

 

「アラン…?どうしたの?」

 

 

ブリジットはナギトの側で立ち上がり、いつもと違う様子のアランを不安気に見つめた。

 

 

「……ッ! ブリジットには関係ないだろ! 放っておいてくれ!」

 

 

そんな視線に耐えきれなかったのか、アランはそのまま走り去っていってしまった。

 

 

「なによ…アラン。私、あなたに何か酷い事した?」

 

 

ブリジットは泣き声を抑えたような声音でそう呟いた。

 

 

ナギトは途轍もなく居た堪れなくなり、立ち上がるとブリジットに一声だけかけてギムナジウムに入る事にした。

 

 

「その、あんまり気を落とさない方が。たぶん男のつまらない意地以上のもんはないと思うし。…近いうちに俺からもアランとは話しとくから」

 

「それじゃ」と控えめに手を挙げてナギトはギムナジウムに姿を消す。ドアが閉じる間際に見えたブリジットの姿は悲しげなものだった。

 

 

 

 

と、そんな事がありつつもフェンシング部はいつも通り平常運転である。

 

ナギトが部室に入った時にはすでにパトリックとロギンスが対峙していた。ロギンスには憤怒が宿っており、この場で何が起こったのか、予想に難くない。

 

 

「どうしたんすか、これ?」

 

 

それでもしれっと2人の対決を眺めるフリーデルに当然のように尋ねた。

 

 

「パトリックくんがアランくんを手抜きした上に圧勝しちゃってね」

 

 

「性格わっる」

 

 

「あなたが言えた口じゃないわね」

 

 

「解せぬ」などと呟いていると、戦況が動いた。

いつになく精彩を欠いたパトリックの剣戟の合間を塗ってロギンスが重い一撃を放つ。パトリックは何とか防御したが当たりどころが悪かったようで、そのままナギトの前まで吹き飛ばされてしまった。模擬戦はロギンスの勝ちだ。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

息も荒く、立ち上がる事に時間をかけていたパトリックにナギトが手を貸そうとしたが──

 

 

「──触るな!」

 

 

ばちん、とその手を振り払われた。

 

 

「うェッ?」

 

 

まさかそんな事をされると思っていなかったナギトは驚きの声を漏らし、次いで激おこプンプン丸と化した。

 

 

「どっせーい!」

 

ようやく立ち上がったパトリックの腹筋に右拳をねじ込み、下がった頭を小脇に抱えて寝業に移行。関節を決めて「おらおらおらおら!」と声を荒げる。

 

 

「い、いたっ!?やめっ!やめたまえ君!」

 

 

「ぶははははははは!」

 

 

 

そんな茶番を経てパトリックを解放。

パトリックは「僕を誰だと思ってる!?覚えておきたまえ、ナギト・シュバルツァー!」と言って大股でフェンシング部の部室を出て行った。

 

 

「んー?どったのかな、パトリックくんは」

 

 

その様子はこれまでの友情を感じさせるそれではなく、むしろ友誼を結ぶ前の貴族然としたものに戻っているように思えた。

 

 

「なにやらくだらない事で言い争いになった挙句、ボコボコにされたらしいわ」

 

 

「え、マジですか」

 

 

ナギトのそんな疑問に答えたのはフリーデルだった。パトリックをボコボコにできるなんて人物は学院でも限られるはずで、しかも語り口からしてその下手人はフリーデルではないらしい。

 

 

「マジよ」とナギトに合わせて答えたフリーデルに「詳細は?」と尋ねた。

 

 

「私との勝負が終わったら教えてあげるわ」

 

 

フリーデルもナギトの扱い方がわかってきたらしかった。

 

 

 

 

先月、先々月の実習で強敵と渡り合う事でナギトの実力は確実に向上している。今ならフリーデルさえ圧倒できるかもしれない───そう意気込んで一本勝負に臨んだのが1週間前。結果はボロ負け。

 

自分のイメージと実際の動きが噛み合わないのだ。集中できていないのか、あるいは模擬剣と太刀という得物の違いの差か。

どちらにせよ、このままではフリーデルに勝てないままだと思ったナギトは1つ手を打つ事にした。

 

 

「今日は、これでいいですか」

 

 

そう言ってナギトが抜いたのは太刀。フェンシング部の備品たる刺突剣や騎士剣の模造品ならぬナギト自身の得物。

 

 

「刃引きはしてあります」

 

 

それはナギトが余ったミラで買い叩いた太刀をジョルジュに加工してもらったもの。

 

 

「あら、本気なのね。いいわよ」

 

 

言って、舌舐めずり。フリーデルはあっさりと許可し、そしてロギンスの合図で一本勝負が始まった。

 

 

初手はナギト。納刀した太刀に緋色の闘気を纏わせる。

 

 

「緋空斬!」

 

横方向を大きくカバーする斬撃にフリーデルは屈んで対処。するだけでなく折り畳んだ膝を伸ばす勢いでナギトに肉薄。鋭い突きを放つ。

 

これは見えていたナギト、ヘッドスリップで躱すと一息でフリーデルの刃圏の外へバックステップ。

フリーデルは剣に闘気を帯びさせるとナギトに追いすがり剣戟を叩き込む。ナギトも同じように剣に闘気を纏わせると迎撃、フリーデルの一撃を巻き取って体勢を崩す。そのまま蹴りを放ち、たたらを踏んだフリーデルに追撃する。

 

 

「しっ!」

 

 

回転するようにして叩きつけられた太刀を、

 

 

「こうかしら?」

 

 

ナギトがして見せたのと同じようにして、フリーデルは巻き上げた。

 

 

「天才かよっ!?」

 

ガラ空きのボディに柄尻がねじ込む。鳩尾に食い込んだそれによって呼吸が妨げられ、太刀を取りこぼす。

 

 

そのままトドメを刺そうとするフリーデルの腕を掴むと背負い投げの要領で空中に投げ飛ばした。

手放した太刀を拾い上げると同時に脚力を爆発させてフリーデルに叩きつけた。

 

防いだものの、空中で疾風の勢いを殺し切れるはずもなく、フリーデルはそのまま部室の壁に激突───

 

 

「甘いわ───」

 

 

───するわけもなく。くるりと宙返りをすると飛ばされた勢いを反発力に変えて部室の壁を蹴ってナギトに迫る。

 

 

「──ねっ!」

 

 

そんな勢いや力の乗った一撃を防ぐ事も、受け流すだけの技量も未だナギトにはなく。そもそも避ける以外の選択肢を選んだ事自体が間違いだったわけで。

その代償は勝負の結果としてありありと刻まれたのだった。

 

 

 

☆★

 

 

「ふっひぃー」

 

 

その後、勝負のダメ出しをフリーデルから喰らったりロギンスと勝負をしてからナギトはフェンシング部を出た。

いた時間は1時間にも満たないが、とんでもなく疲れた気がする。わけのわからない吐息が漏れるのも仕方なかろうというもの。

 

 

「お、後輩じゃねーか。探したぜ」

 

 

「そこに現れたるはクロウ・アームブラスト!チャラついた先輩だァー!」

 

 

「……疲れてるみたいだな。…ちょっと用事があったんだが、またの機会でいいや」

 

 

「待て待て待て待てぃ!こちとら正気ですとも、クロウ先輩!」

 

 

「正気のやつはさっきみたいなテンション上がった実況じみた事はやらねーが」とクロウのツッコミを頂いた所で用件とやらを聞く。

 

 

「いつぞや話した導力バイク、乗せてやれる機会がきたぜ」

 

 

どうやらクロウがナギトを探していたらしい理由は、先月の“バイクに乗せる”という約束を果たすためらしかった。

リィンは50ミラをパクられたと言っていたものの、そういう所は律儀なのだろうか。

などと考えつつ、クロウと共にトリスタの町を出て街道に入ると、そこにはリィンとトワ、ジョルジュ、それから学院で何度か見かけたライダースーツを着こなす麗人がいた。

 

 

彼女は「君とはまだ自己紹介してなかったね」と言うと“アンゼリカ・ログナー”と名乗った。

 

 

「ああ、お噂はかねがね。ナギト・シュバルツァーです。よろしくお願いします」

 

 

「噂かい。まったく、人気者はつらいな」

 

 

「パトリックをボコボコにしたって聞きました」

 

 

やれやれ、といった風体だったアンゼリカはガックシと肩を落とした。

 

フリーデルから聞いた話だ。

学院で派閥争いごっこをしているパトリックだが、それによって怪我人が出たらしく、それがアンゼリカの“ハニー”*1だったらしく、詰問したパトリックに反省の色なしと見てボッコボッコにしたらしい。

 

これがおそろしいのは“らしい”の部分が多い事だ。皆がアンゼリカの不況を買わないように事実ではなく噂として留めておきたいからだろう。

ログナーは四大名門の一角“ログナー侯爵家”なのだから是非もなし、と言った所である。

 

 

 

トワ、ジョルジュ、クロウ、アンゼリカ。この4人の面子をどこかで見た事があるなー、なんて思いつつ導力バイクについての説明を受ける。

 

まずリィンが試乗する事になり、上手く発進していく。あっという間に豆粒大になっていくリィン。それを見送る中で「あ」とナギトは思い出した。

 

 

「どっかで見た事あると思ったら、オリエンテーリングの時に旧校舎を見下ろしてた4人組じゃないっすか。どんな関係なんです?」

 

 

「ハハ、そういやお前は気づいてたっけな」

 

 

「聞きたいのかい?私とトワの馴れ初めをっ!」

 

 

「やめなさい、アン」

 

 

クロウはそう言って笑い、アンゼリカは冗談半分に声のトーンを上げ、ジョルジュがそれを制する。

 

 

「私たちはね、一年次に翌年に設立されるクラスの試験運用のために集められた4人なんだ」

 

 

一拍おいてトワが答えた。

 

 

「そのクラスというと、Ⅶ組です?」

 

 

「そう。こう見えて先輩なんだよ!」

 

 

えっへん、とトワは胸を張る。初めて会った時は飛び級の天才かと思ったが、普通に年上の天才だった。実際にはナギトが何歳かわからないため年上年下がわかったもんじゃないが。

 

 

「ははー!」と偉大な先輩たるトワに傅き、逆に恐縮されている内にリィンが帰ってくる。

 

 

「なにしてるんだナギト。トワ会長に迷惑をかけるんじゃないぞ」

 

 

「いやいや、偉大なる大先輩に敬意を払ってた所なんだよ」

 

 

そんなやり取りを交わし、今度はナギトがバイクに乗る番だ。

説明はちゃんと聞いていたためちゃんと発進する事ができ、景色が勢いよく通り過ぎて行く。

 

 

「おー、なるほどなー。こりゃ便利だ」

 

 

初夏の暑さには心地良い風。このままバイクを駆って帝都まで遊びに行きたいくらいだ。

 

ある程度進んだ所でUターンし、クロウらの場所に戻る。

 

 

「どうだったよ、コイツの乗り心地は?」

 

 

「風が気持ちいいですね。冬だと寒そうですが。あと便利」

 

 

クロウは苦笑しつつ「そう言ってもらえるなら何よりだぜ」なんてバイクを受け取る。

 

その後、技術棟に戻るとより細かな感想などを聞かれる事となった。

話を聞くと、どうやら導力バイクの試乗は生徒会からリィンに回された依頼のようで、これにて達成という事らしい。

 

 

それからナギトはリィンに連れられるままに旧校舎探索に付き合う事になったとさ。

 

 

 

☆★

 

 

旧校舎では地下第三層が開放されていた。昇降機に乗って第三層まで行き、扉をくぐって探索開始だ。

 

地下第一層、第二層より確実に魔獣も強くなっており、それは最奥に潜む魔物についても同じだ。

 

悪魔のような見た目をした魔物を相手にⅦ組は総力戦を強いられた。

 

 

「フィー!」

 

「任せて」

 

 

まずナギトの合図に合わせてフィーが仕掛ける。目にも止まらぬ乱撃に魔物は怯む。

 

 

「緋空十字斬!」

 

 

そこにナギトは緋空斬を十字に放つという新技を何気に披露しつつ、今度はガイウスに呼びかける。

 

 

「くらえっ!」

 

 

フィー、ナギトの連携で隙を晒した魔物にガイウスの力強い槍撃が突き立てられる。魔物は光を拡散するようにして消滅していった。

 

 

そうしてナギトらが一体を倒す間に残る2体もリィンら7人で討伐しており、今月の旧校舎探索もお開きとなった。

 

リィンが「気づいた事がある」と言い、旧校舎を出るとそれを説明した。

 

一つ、入口に必ず“扉”がある事。

一つ、終点で必ず強力な魔獣と遭遇する事。

一つ、1ヶ月毎に行ける階層が増えている事。

 

以上の3点をリィンは“法則性”と言った。

 

エリオットは「何かに試されているみたい」だなんていい、エマは考え込むように視線を落とす。

ひとまず探索を続けるしかない…と結論した所でナギトに話が振られた。

 

 

「ナギトは何か気づいた事はないか?」

 

 

「うんにゃ。おおまかにはリィンと同じさ。感想はエリオットと一緒。 それ以外は──エマ。物憂げな顔をしてるな?何か知っている事でもあるのか?」

 

 

ゆっくりと、確信めいた声音でナギトは話をエマに向けた。エマの表情、沈黙がやけに気になる。──否、これは“確信”と言ってもいい。

エマはこの旧校舎について何か知っている。そんな天啓を得た気がしたが。

 

 

「いいえ。申し訳ないのですが、何も」

 

 

エマはそれを否定した。少しだけ強張った気がしたが、証拠もなくそこを追及しても得られるものは何もないので「そうか。すまんね」と引き下がっておく。

 

 

それからややあって解散する事になり、ナギトはリィンと軽くトリスタを回ってから寮に戻る事にした。

 

 

そして、寮に入る手前でくたくたになったサラと遭遇した。なにやらぶつくさ言っているサラを見てリィンが「デートは上手くいかなかったみたいですね」なんて言う。

 

「え?昨夜から見かけなかったのってそういう?」

 

そんなリィンとナギトの反応を見て「そうそう」と取り繕ってサラは「オジサマが情熱的でね」みたいに語り出す。

とんでもなく胡散臭いが、ナギトはふと真面目な眼差しをサラに向けて、

 

「サラ……寝たのか……俺以外のやつと……」

 

 

「そもそもアンタと寝た事ないってーの!ちょくちょくそう言った冗談挟むの好きよね、アンタも。まったく…そんなセリフは好きな子にとっておきなさい」

 

 

「さっきのは冗談ですけど、俺はサラ教官の事好きですよ」

 

 

真面目(演技)に続く真面目(ガチ)な雰囲気に、言葉を差し向けられたサラはもちろん横で聞いていたリィンまでフリーズする。

 

これには歴戦のサラ・バレスタインと言えど冷静を取り戻すのに一呼吸以上を要した。

 

 

「でもアンタ、本命にはそんな事言えない子よね」

 

 

「ぐっは!」

 

 

カウンターはクリーンヒットである。

そんな感じでナギトがしっかり言い負かされた所で、リィンが話題を変える。それは第三学生寮に管理人が来たという話だ。

どうやらサラは管理人が来るという事を知っていたらしく、しかもそれがアリサの実家であるラインフォルト家のメイドである事も承知済みという担任教官らしい有能ぶりだ。

 

しかし、その人物がシャロン・クルーガーであるという事は知らなかったらしく。初対面のはずなのに互いにフルネームで呼び合って挨拶していたりした。

 

その雰囲気にナギトは爆笑。「殺伐ぅー」とこぼしながら、自室のポストを探る。そこにはエリゼからの手紙があった。

 

「おいリィン、エリゼからの手紙があるぞ」

 

「え、本当か?」

 

 

あのリィン大好きなエリゼの事だからナギトに手紙を送ってリィンに送らないわけがないので、おそらく本当。同じようにリィンもポストを探るとエリゼからの手紙を探り当てたようだった。

 

夕食まではもう少し時間がかかるという事で、ナギトとリィンは自室に戻ってエリゼからの手紙を読む事にした。

階段を登る手前で、シャロンを威嚇していたサラが「ナギト」と呼び止めた。

 

 

「夕食後、私の部屋に来なさい」

 

 

「え!?ついにお誘い!?」

 

 

「違うわよ!」といつものやり取りをして終了。高笑いしてから自室に戻る。

 

エリゼからの手紙には当たり障りのない事が書いてあった。

学生生活が充実している事などがそれに当たる。その他にはリィンの近況について答えよ、みたいなどう考えても地雷極まる内容があったりした。

あとは実は立腹しているらしい事も。

 

「あれ、まともな内容の方が少ないな」

 

 

手紙の内容の半分くらいはリィンへの心配と愚痴であった。

 

想い人が義兄で、しかも人たらしだと心労が増えるんだろうなあ、と他人事のようにナギトは微笑む。

しかしリィンにアクションがなければ来月にもトリスタに来る旨が書いてあったので、その時に怒られないように、手紙にはしっかりとリィンのたらしっぷりとナギトの火消しっぷりを書いて返事をする事にした。

 

 

やがてシャロンの作った夕食に舌鼓を打ち、その後約束通りサラの部屋に突撃する。

 

 

「き、きました…」

 

 

ノック、返事を受けて入室。椅子に座るサラの前で立ち止まり、もじもじと前髪をいじってみる。

 

 

 

「アンタ、そろそろ記憶はどうなのよ?」

 

 

「いきなり本題すね。…まぁぼちぼちでんなあ」

 

 

サラはナギトのボケに付き合う様子はなく、いきなり本題を投げかけた。

 

 

「……先月と先々月、結社の《怪盗紳士》を名乗る男と接触したそうね?」

 

 

「と言っても先々月はバトル、先月は質疑応答です。……学院側が心配するような事はなにもありませんよ」

 

 

「ナギト──」

 

 

「なんて、今のセリフはほぼほぼハッタリですよ」

 

 

少々効き過ぎたようですが、とは続けない。ピリついたサラの雰囲気を感じ取ったからだ。

 

 

「──はぁ。…ったく、アンタも大概にしないとその内痛い目見るわよ?」

 

 

やがてサラの雰囲気もいつものそれに戻り、ナギトにアドバイスを与えた。

 

 

「はは、そうですね。気をつけます」

 

 

ナギトは笑顔で。後にサラが語るには“胡散臭い笑顔”で答え、最初の質問に戻る。

 

 

「記憶についてはほとんど何も。たまーにそれっぽい映像が脳内で再生されるんですけどね…どうにも現実感がなくて」

 

 

「ふーん、そうなのね。ま、また何かわかったら連絡しなさい。もう戻っていいわよ」

 

 

ナギトが真面目に答えると、サラは「ふーん」などと受け取ってから自分の机に向き直った。

 

「ええー、ここまで話したのに何もご褒美なしですかぁ!何か色っぽいやつくださいよー」

 

 

もちろんこれも、冗談でしかないのだが。そんなサラとのやり取りが心地よくて、ついねだってしまうのだ。

 

 

「そーいえばオリエンテーリングの時のご褒美ももらってなかったなー!」

 

 

“ほっぺにチューしてあげるわよ”というやつだ。

 

そんな感じで上体をゆすっていたら、

 

 

「ああもう、うっさいわね!」

 

 

サラは机の片隅にあった酒瓶(なんで常備してあるんだ)を煽り、ナギトにズカズカと近づくと──

 

 

「──んちゅ」

 

 

大胆にも顔を掴んで固定すると。

 

 

「──んぅ!?」

 

 

──そのまま口づけして酒をナギトの口内に押し流したのだ。

繋がった唇から黄金色の液体が顎を伝って床に跳ねる。あまりの衝撃にナギトは動けずにいて。

 

3秒にも満たないそれで度のきついアルコールを嚥下すると、上気した顔が離れていく。

 

 

「なっ、ななな何すんですかサラ教官!?」

 

 

ようやく、正気に戻る。

入学以来、初めて見せるナギトの本気の焦り顔にサラはしてやったりと笑い。

 

 

「なにってご褒美よ。アンタからねだったんでしょーが」

 

 

「ぐぅ…それは、そうですが……!」

 

 

まさか本気でするかぁ!?と言いたい。結局“どの口で”という風に帰結するため言えるわけもないが。

 

 

「さ、もう帰りなさいナギト。今日のことは他言するんじゃないわよ」

 

 

「記憶の奥底に封印します」

 

 

「は、そりゃいいわね」

 

 

ナギトの記憶喪失にかけたジョークに軽快に笑うと、今度こそサラは机に広げた書類に向き直った。

 

「失礼しました」とナギトが退室する直前、ドアの隙間からサラが声をかけた。

 

 

「いくら冗談でもね、こちとら女盛りなの。そんなに誘われると、こっちも熱くなるってもんよ」

 

 

あくまで静かに、振り返らず言うサラに何も言葉を返す事はできず、ナギトは軽く会釈するとドアを閉めた。

 

 

 

これはガチ反省である。

 

 

 

 

その後、部屋でサラが悶える事になるなど、ナギトは知る由もない。

*1
女子生徒の大半はアンゼリカの“ハニー”である




キャラが勝手に動いたんだ!!(言い訳)
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