閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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雪辱戦・鬼と狼

 

ノルドの民の朝は早い。それはきっと遊牧民であるからとか、娯楽が少ないからという理由が一助である事は間違いない。

下世話な事を言うと、夜は暗いし娯楽が少ないからガイウスも兄弟が多いのだろう。

 

 

空が白み始める時間に起床すると、制服に着替えてウォーゼル宅のゲルに向かう。朝餉を食しつつ談笑した後、午前の分の実習課題を受け取る。

 

その後、実習に取り掛かる前に集落を見て回る事にした。長老宅や薬師に挨拶し、ショップに立ち寄る。

 

 

「へぇ、これはお土産にいいかもな」

 

 

リィンはノルドの装飾品のようなものをつまみあげるとそう言った。

 

 

「誰への贈り物かしら?」

 

 

目ざとく、と言うか半ば威圧的にアリサが聞くと、リィンは「妹に」だと答える。

 

リィンの妹──エリゼ・シュバルツァーは本人にこそ気づかれていないものの、リィンの事を好いている。帰郷の際に会った時にそれを暴いたら引っ叩かれそうな勢いで睨みつけられた。

 

それでもリィンだけでなくナギトにも手紙を出すあたり、しっかりした妹だという認識がナギトにはある。

それに対してリィンは兄でありつつも、どこか他人として一線を引いている。……より正確に表現するなら“自分は養子なのだから、トールズを卒業したらシュバルツァー家を出るべき”なんて考えが頭にあるのだ。

 

 

「確かにお土産に良さそうだな」

 

 

とリィンの言葉に追従する。

しかしリィンがエリゼに買うなら、ナギトまでそうする必要性は低く思えた。

同じ意匠のノルドのお土産2つはさすがに持て余すだろうし、なにより“リィンからのお土産”という特別感が薄れてしまうだろう。

 

 

「じゃあ俺もラ───」

 

 

“ラウラにでも買っていくか”と、言いかけた。

 

“なんで?”なんて表面的な疑問でしかない。誤魔化しはいつまでも続かない。

 

咄嗟に青髪の少女の姿が思い浮かんだのは──、ラウラの喜ぶ顔が見たいと思ったのは。

 

 

自分の心を騙し続けるのもいい加減限界らしい。

 

ナギトは自らのこめかみを揉みたい気分になった、が、そうするだけの余裕はない。

 

 

「ラ? ラ…なんだ?」

 

 

なぜって、ユーシスがにやついた顔でナギトの言葉の続きを引き出しにかかったからだ。

 

 

ナギトは頭脳をフル回転させて続く言葉を変化させる。

 

 

「ラッキーな事に懐に余裕はあるからな。B班の連中に買っていっても良いかもしれない」

 

 

慌てる風でもなく淡々と述べたナギトに、ユーシス以外の面子は誤魔化せたようだが、当のユーシスは「ふん?」とまたニヤついていたので、そのうちウザ絡みする事を決定した。

 

口は災いの元、というわけではないが有言実行としてナギトはB班のメンバーの分のお土産を買う事になったのだった、ポケットマネーで。

 

 

 

☆★

 

 

ノルド高原は広大だ。移動に馬は必須であり、実習のために絞られた範囲であっても高原全体の何割を占める事か。

 

そういったわけで今回の実習では課題の範囲を高原の南側、北側で午前、午後と分けて行う事となっている。

 

 

ナギトらは午前の課題を終わらせると、集落に戻り昼餉を摂る。休憩を挟んでから高原の北側に出た。

 

馬を走らせ、広がった視界の奥に見えるのは半ば岩壁に埋まった人型の巨像。

 

リィンはこれを“巨人”と形容し、ユーシスは“巨いなる騎士”の伝承が頭に浮かんだと言う。

 

 

「ユーシスくんは相変わらずそういった伝承がお好きですなあ」

 

 

さっきの仕返しも込めて嫌味ったらしく言ってみる。ユーシスはそれを受け取ると「ふん」と鼻を鳴らして、

 

 

「女の後ろで言われても全く響かんな」

 

 

「くぅ、こいつめ!」

 

 

「あっ、ちょっと揺らさないでってば!」

 

 

 

ナギトは相変わらずアリサの後ろであり、それを笑われて歯を剥き出しにするも今度はアリサに締め上げられる。

 

 

その後、高原北側での課題をこなしてから集落に戻るとちょっとした事件が起きていた。

 

集落に1つしかない導力車が事故って動かなくなってしまっていたのだ。

これがないと色々と困ってしまうらしいため、湖畔に住んでいるという、機械に強いと噂のご隠居を迎えに行く事になった。

 

アリサは、そのご隠居とやらの正体に心当たりがありそうなそぶりを見せる。

 

アリサに心当たりがあるとするなら、元はラインフォルトの技術者とかだったりするんだろうか。あるいは血縁者だったりして。

 

 

 

なんて思っていたらまさにその通りで、機械に強いご隠居はアリサの祖父であるグエン・ラインフォルトその人だった。

 

今回は“確信”ではなく予感のような感覚ではあったが、ここまでの的中率だと、もう徹底的に利用してやろうかという気分になってくる。

 

 

集落に戻ると導力車の故障にはグエンが対応した。それを見物していると良い時間帯になったため夕餉をいただく事になった。

 

食事も一段落した所で、アリサがゲルを抜け出した。それをエマがリィンに追わせる。

 

 

青春イベントを予期したナギトはこっそりと跡をつけた。

 

 

アリサとリィンが地面に寝そべって語り合っている。2人に倣ってナギトも空を見上げると、そこには満天の星空があった。

 

 

この光景を、ラウラと一緒に見れたなら。

 

なんて不意に思った。もうさすがに認めるしかないらしい。薄くため息をついて、ナギトはようやくこめかみを揉んだ。

 

 

ナギトがそうしている間にリィンとアリサの青春トークは佳境に入りつつあった。

 

こうしてはいられない、こんな貴重なシーンはA班全員で共有しなくては!

ナギトは使命感に駆られるままにゲルで談笑するA班の元へ急ぐ。

 

 

「ユーシス、ガイウス、エマ……ちょ、ちょちょちょっと来て」

 

 

「どうした、そんなに慌てて」

 

 

「しーっ!クワイエットだ、ユーシス」

 

 

「な、なに……?」

 

 

A班のメンバーを連れてリィンとアリサの元へ行く。アゴでくいっとリィンたちを指し示すと、3人はナギトの意図を察したようで2人のやり取りを聞くために静かになった。

 

 

「でも、そんな風に言えるって事は、あなたも少しは前に進めるきっかけが掴めたって事なんじゃない?」

 

 

アリサはにこやかに、リィンにそう言った。

 

 

「んん”っ」

 

今世紀最大の名台詞に大爆笑しかけるが、何とかむせるだけに留めておく。

 

 

そして話し終えたリィンとアリサだったが、そこでようやくナギトらの存在に気がつく。

表情が強張ったかと思うと、すぐに真っ赤になるアリサと、照れ笑いするリィン。

 

 

ユーシスにイジられたアリサは開き直ると「ああもう!こうなったらあなたたちも恥ずかしトークを暴露しなさい!」とあらぬ方に舵を切り始めた。

 

「断る!」も勢い良く目を逸らしたユーシスに、ガイウスとエマも倣う。

ならば次の矛先は当然ナギトで、

 

 

「ナギトはどうなのよ?あなたはいつも他人の事ばっかり言って、自分の事は何も言ってないじゃない?こんな時くらい、何か言ってみたらどうなの」

 

 

「え、もしかして俺の俺による俺のための今世紀最大の名言を期待してる?」

 

 

「なんでもいいから言いなさい」

 

 

「アリサさんやっぱ怖ぇわ」

 

 

赤い瞳の眼光がナギトを貫いたので減らず口はこれまでにして、名言を炸裂させる事とした。

 

 

「俺たちは今でこそ、こんな風に笑いあっちゃいるが、卒業後は道も違って行くだろう。もしかしたら敵対してしまうかもしれない。もう“仲間”ではいられなくなる時も来るかもしれない」

 

革新派と貴族派のやり合う帝国にあって、その話題はひどく現実味があった。

今は特科クラスⅦ組として仲良くやれているが、それは学生の時の間だけかもしれない。

 

 

「だが、それでも」とナギトは続けた。

 

 

「“仲間”ではいられなくなっても。“友達”としてなら、また会えると思う」

 

 

そこでナギトは一呼吸置いて、横目でメンバーを見やる。

なんとなく雰囲気が前回の実習の終わりにサラが語った時のそれと似通っている気がしたが、気にしない事にして次を紡ぐ。

 

 

「例えば── 、町でばったり会ったら酒を酌み交わすくらいはしたいよな」

 

 

はにかんで見せる。

 

 

「俺たちが卒業までに積み上げて行くのは“思い出”……  例え敵対しても。例え遠くに行っても。例え同じ空の下に居なくても。 積み上げた“思い出”を糧にして、人ってのは生きてくんじゃないかな」

 

 

その思い出が欠落しているナギトだからこその言葉だった。

記憶が人を形作る──それがすべてではないにせよ。

 

 

「───まあ、こんなところか?」

 

 

「ふっ」と笑ってナギトは締め括った。

 

 

 

 

「あ、あなたにしてはまともな事を言ったわね」

 

 

アリサは若干たじろぎながら感想を言った。

“あなたにしては”って完全に小馬鹿にした表現なのだが、自覚はあるため黙っておく。

 

 

「しかし……本当にその通りだろうな」

 

 

ガイウスは腕を組んでうんうんと唸るようにして言う。ナギトの名言を理解してくれるあたり、さすがガイウスと言う他ない。

 

 

「あはは……いつもこれくらい真面目ならいいんでしょうけど」

 

 

そこでエマが申し訳なさそうにして言う。

しかしそのオーダーには応えられないのだ。何故ならナギトは浮かれているから。Ⅶ組のみんなと出会えて、毎日が楽しくて。だから調子に乗っていらない事を言いたがる。

 

 

「思い出を糧にして生きていく、か。さすがに記憶の大切さを知るお前の言う事は違うな」

 

ユーシスは小馬鹿にしたような声色で会話に参入。言ってる内容はまともなのがポイントだ。この雰囲気って実は照れ隠しだったりするのだろうか。

 

 

「ユーシスお前マジでバカにすんなよ」

 

 

しかしナギトはあえていつも通りに釘を刺すが、ユーシスには逆効果だった。

 

 

「いや、バカになどしない。……しかし、卒業までに積み上げて行くのは“思い出”(キリッ)…とは、よく言えたものだな」

 

 

「キリッ!とか効果音入れないでくれますぅ!?」

 

 

あはははは、とみんなで笑い合って。

しばらく円になって寝転んで星空を見上げながら話をした。会話のテンポと芝生の感覚が心地良く、このまま寝入っても構わない気持ちを覚えた。

 

しかしそんな時間も長くは続かない。翌日の事も考えて早めに就寝する運びとなった。

ラカンに挨拶してゲルに入ろうとしたところで「ナギトさん」とエマに呼び止められる。

 

 

「うん?なんでしょ?」

 

 

いつもの調子で振り返ってみたが、エマの表情は真剣なもの。ナギトもさっきの名言を炸裂させて時並みの真面目を取り戻してみせた。

 

 

エマが不意に眼鏡を外す。いつもレンズ越しだった瞳がナギトに真っ直ぐに向けられ───

 

 

───それが、金色に煌めいて見えた。

 

 

 

「私は今からあなたに質問しますが、それは友人として当然の権利です。何も不自然な事はありません」

 

 

「友人としての権利……不自然な事はない……」

 

 

エマの言葉を復唱する。

 

 

「あなたは、何者ですか?」

 

 

「ナギト・シュバルツァー。シュバルツァー家に拾われるまでの記憶はない」

 

 

「思い出した事は? 先月の実習で、結社の人間と会った事で何か──」

 

 

「かつて共和国にいた事。いくつかの事件に関わった」

 

 

エマは息を飲んで、少し考え込むと、次の…最後の質問に移った。

 

 

「あなたは、騎神の起動者(ライザー)ですか?」

 

 

「違う」

 

 

明確に、これ以上なくはっきりとNoと告げる。その意味を、エマが理解するより早く。

 

 

「騎神…? 起動者…?」

 

 

ナギトが、呟く。

 

知らない、言葉のはずだ。

少なくとも、今はまだ。

 

灰の騎神なんて知らないし、蒼の騎神なんて知らないし。彼らの結末なんて、もう見たくもない。

 

 

「だから………」

 

 

 

「ナギトさん? ……暗示が…」

 

 

ぶつぶつ言い始めたナギトに不信感を覚えたエマはまたナギトと視線を合わせると、

 

 

「ナギトさん、ここでの会話は忘れてくだ──」

 

 

何百、何千、何万と繰り返された悲劇が、脳裏を過っていく。ナギトの瞳に正気が灯った。

 

 

「…っの魔女、が…!」

 

 

ナギトの手がエマの首を掴んだ。瞳が金色を失い、通常のそれに戻る。

急速に思考の靄が晴れていく。

 

 

「は、可愛い顔して誘惑か? やる事がえげつねぇのな」

 

 

エマは“暗示”と言っていたか。

 

 

「くっ…どう、して……!?」

 

 

首を掴む手に力は込めてないナギトだが、エマは苦しそうにうめいた。

ナギトは乱雑にエマを振り解くと、軽く睨んでやった。エマはいくつか咳き込んでまた「どうしてですか?」と問いかける。

 

先程の「どうして」とはまた別の意味合いをもつ。今回のは“どうして解放したのか?”という意味だった。

 

 

「俺に害意があるわけじゃないだろ。 焦りが見えるぜ、エマ・ミルスティン」

 

 

「ッ!」

 

 

わかりやすい反応をしたエマにナギトは口角を上げて笑う。

 

 

「一個前の質問については、俺が特別なのか、お前が未熟なのか……あるいはどっちもかもな?」

 

 

エマの暗示が解けた理由については、エマ自身の未熟が招いた問題でもあるし、ナギトの特異性から生じたエラーかもしれなかった。

 

少なくともそれを説明できる存在はこの場にいない。

 

 

ナギトは警戒の続くエマにため息をついて見せた。

 

 

「別にさ、こんな事しなくても俺の知ってる事なら教えてやるよ。俺にとってエマは“友達”で“仲間”だと思ってるからな」

 

 

ナギトが《剣鬼》であった過去などクラスメイトに教えたくはないものだが。

分別があるはずのエマがここまでした理由を考えると、ナギトの悩みが自分だけの問題である事も明らかで……優先度から考えると、だ。

 

 

「ひとまず、俺の誠意はこんなとこだよ」

 

 

ナギトはそう言って自身の警戒を解く。それでエマがナギトの言葉を吟味して警戒を解くのにたっぷり30秒はかかった。

 

「……わかりました」とエマは外していた眼鏡を再びかける。

 

 

「すみませんでした、ナギトさん。……こうした理由はまたいつか、話したいと思います」

 

 

エマは深々と頭を下げた。それが先の約束と合わせてエマの誠意であった。

 

そうしていたところで、いつまで経ってもゲルに入ってこない2人を怪訝に思ったリィンが呼びに現れ、ナギトとエマは大人しく床に着く事にしたのだった。

 

 

☆★

 

 

特別実習3日目。

 

その日、起床するとすでに事は起こっていた。

否。すでに仕済まされていた。

 

 

今日の夜中、ほぼ同時刻にノルド高原にある帝国軍監視塔、共和国軍基地が何者かによって襲撃。双方に壊滅的な被害が与えられた。

 

それにより帝国と共和国はノルドの地にて一触即発の状態となっているのだ。

 

 

A班のメンバーは状況把握のためゼンダー門と監視塔で聞き込みや調査を行い、両国に対して行われた攻撃は第三者によるものだと判明した。

 

しかし事ここに至り、その程度の事実で開戦を止められるなら帝国と共和国の関係は今のように拗れていない。

最低でも犯人を確保しなければ、そもそも交渉すら始められないだろう。

 

 

移動の際にガイウスは語った。

雄大な自然と優しい家族に囲まれて愛する故郷で平和に暮らしていたが、ある時高原に共和区の基地とそれを帝国が監視するための監視塔が建てられる。

そうした中で巡回神父に歴史を学ぶ内に、故郷がいつまでも平和でいられる保証がないことに気づいてしまった。

導力革命によって世界の技術は目覚しい発展を遂げ、辺境の地であるノルド高原にも二大国の軍勢が攻めこむのが容易になる。

いずれ故郷が戦場になる可能性を恐れたガイウスは、外の世界を知っていずれ来るかもしれない脅威に備えることを決心し、それが士官学院の入学に繋がったと。

 

その可能性が今まさに現実になろうとしているのに、すでに手詰まりと思える状況だ。俯きかけたA班メンバーだったが、「あれは何だ?」とユーシスが空を指した。

 

発見したのは空を飛ぶ銀の傀儡。それは先月の実習でも見かけたオーロックス砦から逃走していた銀色の飛行物体だ。

 

 

今や糸口はそれだけだと感じたA班は、その銀色の傀儡とそれを操る人物を追った。

彼女は石柱群に降り立った。そこに何の用があるとも思えないため、おそらくナギトらを待ち構えているものと思われる。

 

 

案の定と言うべきか、彼女───水色の髪をした幼い少女ミリアムはナギトらA班を待ち構えていた。すでに臨戦体制のようで、“試す”旨の独り言を呟くと問答無用で襲いかかってきた。

 

傍らの白銀の傀儡は、実技テストで相手取る戦術殻と似ているが、おそらく性能は段違いなのだろう。

 

ミリアムの動作をなぞるように戦術殻──アガートラムの殴打が放たれ、それをガードしたガイウスが数アージュ吹き飛んだ。

 

 

「まだまだ、いっくよ〜!」

 

 

ミリアムは楽しそうに拳を振り上げる。

この手のタイプは調子付かせると、それが強さに直結するやつだ。

 

 

「調子に──」

 

リィンに視線をやる。戦術リンクと日頃の仲良し生活のおかげで意図は伝わったようで、ナギトの台詞をリィンが継ぐ。

 

 

「──乗るな!」

 

 

それと同時に2人の姿が霞む。疾風による斬撃がミリアムに襲いかかるが、それはアガートラムによって防がれる。

しかし、この疾風はあくまで防がせるためのもの。

 

 

「今よ!」

 

「くらえ!」

 

 

アリサとユーシスの駆動完了は同時。

火属性と空属性のアーツがミリアムを包み、炸裂した。

 

 

「わわっ!?」

 

 

ミリアムの驚き声は、隙を晒した合図。

 

 

「ガイウス!」とリィンが呼びかける。ガイウスの方はすでに準備完了だった。

 

 

「カラミティホーク!」

 

 

風を纏う鷹を思わせるオーラをもって、ガイウスの槍がミリアムを貫く───事はなく。その手前の地面を穿っていた。それは殺意さえあればミリアムを殺せていたという意思表示に他ならず。

 

 

「俺の故郷を救うため、どうか力を貸してほしい」

 

 

故にこれは決着だった。ガイウスの言葉にミリアムも納得したようで戦闘態勢を解く。

 

 

少女はミリアム・オライオンと名乗り、戦術殻はアガートラム──通称ガーちゃんと教えてくれた。

 

ナギトは当然のようにそれを知っていた気がしたが───今は考えてる場合ではない。

 

 

ミリアムの話によると、共和国の基地と帝国の監視塔と襲撃したのは猟兵くずれの連中で、今は巨像の裏手にある石切り場に潜伏しているとの事。

そこに踏み込むのに、ナギトらに協力してほしいらしく、そのための腕試しに今さっき戦ったのだと。

 

A班はミリアムと共に石切り場に向かう。

巨像の裏手にひっそりとある石切り場は古代のもので、その入口たる石造りの門も堅固に見える。

 

しかしミリアムは「ガーちゃんならこんなのラクショーだよ!」と自信満々。

そのまま腕を振り上げて、アガートラムもそれに追従する。

 

 

そして、振り下ろす───

 

 

 

「───オラァッ!!」

 

 

───より速く。

 

影が通り過ぎたかと思うと、それは裂帛と共に石切り場の門に激突───否。門を粉砕した。

 

門破壊の余波。突風が吹き荒れ、石片と粉塵が視界を塞ぐ。

 

 

「くっ……いったい何が…?」

 

 

「無事か、みんな!?」

 

 

ユーシスを含む全員が何が起きたかわからず、狼狽える他ない。リィンは努めて冷静で仲間の無事を確かめようとして。

 

この場でナギトだけが、この事態が、完全なイレギュラーだと理解できている。

 

つまり、

 

 

「ミリアム!シールドを!」

 

 

防御全振り───!

 

 

ミリアムがアガートラムに指示を出して、シールドを形成する。青い、半透明の、亀の甲羅の模様に似たそれに、

 

 

「ラァ!」

 

 

乱雑に、蹴りがぶち込まれる。シールドが砕ける事はない。砕ける事はない、が……勢いに押されてミリアムはアガートラムごと後退させられた。

 

一瞬遅れて石片や粉塵が吹き飛ぶ。

 

 

そこでようやく、相手の姿を視認した。

 

黒いスーツを着崩し、丸いサングラスをかけたチンピラのような外見だ。

 

しかし、その実力、思想がチンピラとは隔絶したものであるとナギトは知っている。

 

 

「あぁ?手緩い歓迎じゃねえか……《剣鬼》?」

 

 

「《痩せ狼》ヴァルター……!」

 

 

そこにいたのは結社《身喰らう蛇》が執行者No.Ⅷ《痩せ狼》ヴァルターだった。

 

 

「久しぶりだなぁ……探したぜ?」

 

 

ヴァルターの餓えた獣のような目つきと、嗜虐を思わせる吊り上がった口角はナギトに向けられていた。

 

殺気が充満している。誰かの唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

 

 

ヴァルターの戦闘能力は折り紙付きだ。この人数差でもやられてしまう公算が高い。

 

だから、ノルドの現状も踏まえて。この場の、最善は───

 

 

「みんな…先に行け。こいつは俺に……用があるようだ」

 

 

太刀を抜き、構えた。視線がヴァルターと交わる。

ヴァルターの興味はナギトだけに向けられている。ナギトを除くメンバーがその横を通り過ぎた所で、彼は一切の邪魔立てをしないだろう。

 

 

「ああ───」

 

 

事の重大さ、深刻さにおいて今はノルドの危機が優先される。それは“ナギトの生存と比較して”という意味で。

 

しかし一方で、一目で達人とわかるヴァルター相手でも、ナギトなら何とかしてくれるかも…という期待感もあって、リィンらは返事と共に歩を進め───かけて。

 

 

「……()がある、よう(・・)だ?」

 

 

「さ・き・に・い・け!」

 

 

思わぬダジャレ──本人の自覚なし──に立ち止まったリィンは横目で睨みつけられて苦笑。

 

 

「先に行く。……追いつけよ、ナギト」

 

 

「行けたら行くわ」

 

 

いつものように、軽々と答える。

 

その裏に、絶死の覚悟を隠して。

 

 

 

☆★

 

 

石切り場の遺跡の奥にリィンたちの背中を見送って、ナギトはようやく口を開く。緊張が解けぬように、呼気は短く。

 

 

「待ってくれたようで。悪いな」

 

 

予想通りと言うべきか、ヴァルターはリィンらA班を見逃した。

退屈そうに煙草を燻らせながら、走っていくリィンらに軽く視線をやって、ナギトの言葉を待ってから。

 

 

「ま、この程度待つくらいわけねぇさ。こちとらずっと、お前にリベンジする機会を待ってたんだからな」

 

 

 

最後に、大きく煙草を吸った。じじじ、と葉と紙が焼けて灰となる。大仰に煙を吹き出して、地面に投げ捨てた煙草を踏みつけた。

 

 

「まずは誤解を───」

 

 

解きたいんだが、とは続けられない。ナギトが記憶喪失である事を伝えて、それで戦闘回避ないしは時間稼ぎをしようと思っていたのだが。

 

 

ヴァルターの闘気が爆発したかと思うと、その場から姿が消え失せた。

 

戦闘態勢だった。集中していた。一瞬たりとも目を離さなかった。

それでなお、見失う速度。

 

だからこれは反応でもなく、反射でもなく──

 

 

「しぃっ!」

 

 

「ぐ、うぅっ」

 

 

──“攻撃ここに来い!”のお願いガードだ。

 

幸運な事にカンは当たり、ヴァルターの蹴りを太刀は受け止めた。いや、受け止めきれずにナギトは宙に浮いたが、それでも防御には成功した。

 

 

「こりゃまずい…!」

 

 

たった一撃ガードしただけで、太刀を持っていた両手が痺れた。この痺れそのものは一過性だろうが、ヴァルターの攻撃の威力は洒落にならない。

生身で受ければ一発でアウト。闘気で防護してようやく“一撃即死”から“一撃戦闘不能”くらいにダメージを抑えられるレベル。

 

つまり一撃喰らったらその時点でゲームオーバーというわけだ。

 

 

着地したナギトは蹴りを放ったヴァルターを見やる───いない。

 

 

「どこ見てんだ?」

 

 

ヴァルターはすでに、懐に入り込んでいた。

 

ためられた右拳によるアッパーが放たれる。

それは思いっきり仰け反る事で回避した。否、避け切れてはいない。アッパーに付随した拳圧──拳風が、ナギトの体勢を揺らす。

 

 

続く左脚による蹴りがナギトを捉えた。こちらもガードしているが、ナギトの防御力よりヴァルターの攻撃力が遥かに勝る。

 

蹴りを防いだ肘を浸透して衝撃が内臓をかき混ぜる。正気を失う痛みを感じながら、ナギトは闘気による防護を今度は左半身に集中させる。

 

ナギトの対面右の蹴りを受けたからには左に吹き飛ぶのが自然の摂理。岩壁に激突してもダメージが軽減されるための措置。

 

 

しかし、ヴァルターの行動はナギトの予想を上回る。

 

蹴り込み、吹き飛ぶはずのナギト──その学生服を掴むと、地面に打ちつけた。

 

 

「がっ!?」

 

 

顔面が、胴体が、手足が地面を跳ねる。

地面に叩きつけられ、バウンドしたナギトの脚を掴むヴァルターは、そのまま今度は宙に投げた。

 

 

「手ェ抜いてんじゃねぇぞ、《剣鬼》ぃ!」

 

 

足にオーラを纏い、放つ。“レイザーバレット”──端的に言えば、斬撃を足技で放つもの。

 

 

それが、空中に投げられて無防備なナギトに迫る。

 

 

 

 

闘気による防護もなく、地面に打ちつけられたせいで、ナギトの意識は朦朧としている。

 

ヴァルターに投げられ、ほんの少しばかりの空中遊覧。それもすぐ終わり、挑発か嘆願か…投げかけられたヴァルターの言葉は意味を纏う前にナギトの耳を通り過ぎた。───いや、《剣鬼》という音だけはしっかりと拾っていて。

 

 

落下するナギトにレイザーバレットが肉薄する。

 

 

それは紛れもない死の具現であり。死の象徴であり。生の終わりであった。

 

 

意識は白み、力は入らず、死は迫り────

 

 

 

 

「─────」

 

 

 

───《剣鬼》が、覚醒する。

 

 

 

迫り来る死の具現を一太刀で霧散させて着地。同時に放たれた濃密な殺気─闘気─鬼気に、ヴァルターは《剣鬼》の本気を感じ取った。

 

 

 

ナギトが構える。

 

 

「緋空十字連斬」

 

 

瞬間四振。十字とX字の斬撃が同時に放たれる。広範囲をカバーする緋空斬を米字に放ったような戦技に、ヴァルターは迎撃を選ぶ。

 

 

「オオオ、ラァッ!」

 

 

それも、最も斬撃が重なる米字の中心点を。渾身の正拳突きで相殺した。

 

 

しかしそんなものは所詮お遊び。ヴァルターが次にナギトを視認したのは眼前。

 

 

「───迅雷」

 

 

雷速の斬り込み。疾風から更に速度と鋭さを追求した戦技。

 

“剣鬼七式、外ノ太刀 雷の型”に分類される、《剣鬼》が得意とした技であった。

 

 

 

迫る斬撃にヴァルターは防御しながら回避を試みる。ナギトの迅雷はヴァルターの頬に一条の傷をつけるに留まった。

 

 

「ハッ、調子が出てきたじゃ──」

 

 

 

落雷。それに見紛う雷の如き剣技がヴァルターに言葉を紡がせない。

 

放ったのはナギトではない。ヴァルターが宙を確認すると、そこにはほどけていく人影──ナギトの分け身による攻撃をもらったのだと理解。

 

 

「雷電収束。雷光確立」

 

 

地面に突き立てられた太刀から雷撃が放たれる。それは地面を伝ってヴァルターを狙い撃ちにした。

 

 

「ぐ……!」

 

 

痺れた筋肉が動きを取り戻すまで一瞬。

しかし、ナギトには──否。《剣鬼》には充分すぎる時間だ。

 

 

同じく太刀から伝導し、地面から生えたいくつかの雷撃は人の形をとった。それぞれが不完全な、一瞬で消えるだけの分け身。しかし一撃を放てれば充分だ。

 

雷の分け身はヴァルターを円形に囲むと、同時に構え、同時に駆けた。

 

 

「迅雷・重」

 

 

幾重にも斬撃が刻まれ、しかしヴァルターは倒れない。

 

着崩したスーツは所々が破れ、サングラスは砕け散った。

 

 

「ぬるいぜ!《剣鬼》!」

 

 

震脚。地面は揺れ、ナギトは僅かに十全を失った。ヴァルターは踏み抜いた地面の反発さえ利用してナギトに肉薄する。

 

 

「破ッ!」

 

 

据えられた掌から、膨大なエネルギーが打ち出されたようにさえ感じた。

 

発勁、あるいは零勁と呼ばれる武術の極意の一端である。

 

 

ナギトはその衝撃に、今度こそどうしようもなく吹き飛んだ。

 

 

「チィ」

 

 

しかし舌打ちをしたのはヴァルターだ。

発勁の真価は、その威力、その衝撃を相手の内部で炸裂させる事になる。ダメージを浸透させるとも言い換えられる。すなわち防御不可の一撃であるが、相手が吹き飛んだという事は失敗だ。

 

だが、この場合ヴァルターに落ち度はない。

ただ単に《剣鬼》の技量が発勁さえ受け流したというだけだ。それでも自分が飛ばねば衝撃を殺せぬ事に本人は不服であろうが。

 

 

ヴァルターは追撃する。レイザーバレットをいくつか放ち着地の隙を狙うが、そのすべてが螺旋の応用で返報された。

 

当然のように避けて、ナギトを見る。あちらも一息ついた所のようだ。

 

 

「《剣鬼》……弱くなったか?」

 

 

挑発か、本心か、ヴァルターの放った言葉がナギトの耳に入ったか否か。

 

 

迅雷。雷速の斬撃がヴァルターに刻まれる──事はなく。

 

 

太刀がヴァルターを切り裂くより速く、ヴァルターのカウンターがナギトの顔面を打ち抜いた。

 

───ように見えた。しかし、ヴァルターのカウンターに捉えられたかと思われたナギトの姿はかき消える。

残像だという理解に一瞬。回避と防御が間に合わない事実に覚悟を固めるのに一瞬。

 

 

「迅雷」

 

 

今度こそ本当に迅雷がヴァルターの胸板から腹部にかけて切り裂いていった。

 

 

「ぐっ…なかなか……だが、もう一度言うぜ。 《剣鬼》…お前、弱くなったな」

 

 

血を流し、しかし致命傷にならぬダメージを負って、ヴァルターは再度挑発した。いや、今度こそ──今度も本心なのだろう。

 

だからこそ《剣鬼》には逆鱗だった。

ナギトが知りえぬ《剣鬼》の生きる理由に直結する“強さ”を否定されたのだ。

 

 

「終わりだ」

 

 

トドメ、と言い換えていい。

膨大な、莫大な闘気が太刀に収束した。

 

 

「剣鬼七式、三ノ太刀」

 

 

 

対するヴァルターも奥義の構えをとる。

いつものように煙草を吸う暇はなく、呼吸を整えた。

 

 

一瞬の後、同時に動き出した。

 

 

「オラオラァ!」

 

 

ヴァルターは気功を固めた弾丸を2つ放つ。

 

ナギトは瞬時に“虚空剣”を作り出すと、それで気功弾2つを薙ぎ払う。

 

 

 

刹那の後。

 

 

交錯、した。

 

 

「破空!!」

 

 

収束されていた闘気が一瞬で解放された。それは全方位に破壊を齎す剣圧の爆発だ。

 

 

「アルティメットブロー!!」

 

 

それを穿たんと進むのはヴァルターのSクラフト。右拳に秘められたエネルギーはナギトの破空に負けず劣らず、むしろ全方位に放つそれより一点突破のアルティメットブローのほうが威力は高い。

 

 

やがて双方のエネルギーが炸裂し、

 

 

「オ、ラァッ!」

 

 

「く、ぐぅっ!?」

 

 

──決着は、ついた。

 

最後の最後、破空に打ち勝ったアルティメットブローであったが威力は相当に殺されており、吹き飛んだナギトもダメージと言うより疲労の蓄積が色濃い。それは対するヴァルターも同じだった。

 

 

 

「ハ……まだだ。立てや、《剣鬼》」

 

 

しかし、ヴァルターはこんな決着を良しとしない。ナギトに拳を向けてから、ファイティングポーズを取る。

 

 

対するナギトは“無我”モードが解けていた。すなわち、《剣鬼》の時間が終わっていた。

しかも身体を無茶に動かしたせいか、指一本動かすのすら難しく、ダメージも疲労も半端ない。

 

苦し紛れにヴァルターを睨みつけてみるが、逆効果。時間稼ぎも上手くいかず、ヴァルターは「ははあ」と合点がいったように頷いた。

 

 

「もう動けねえか、情けねえ話だな」

 

 

「そーなの。見逃してくれたり……?」

 

 

「しねえ。決着は互いの死か……あるいは勝者に委ねられる。この場合は俺だ」

 

 

「そこを何とか!見逃してくれるかなー?」

 

 

「いいとも、なんて言わねえぜ?」

 

 

ダメらしい。

 

 

「あばよ《剣鬼》。まあそこそこ…楽しめたぜ」

 

 

ヴァルターが拳を振り上げる。無理にでも防御しなければ、と身体に力を入れて「あひん!」と声が漏れた。ああくそ、普段のボケ癖がこんな非日常にまで響く!

 

 

「待て!俺は───」

 

 

かくなる上は記憶喪失である事を明かそう。それで慈悲をくれるとも限らないが。

そう決意して口を開くも、ヴァルターの拳がナギトを殺す方が早い。

 

 

 

 

 

「そこまででございます」

 

 

糸が、ヴァルターの腕を縛りあげる。

 

高原側から石切り場に現れたのはシャロン・クルーガーだった。

 

 

 

「悪いけど、私の教え子なのよね。これ以上やるつもりなら、私が相手になるけど?」

 

 

それに加えてサラ・バレスタインまでもが姿を現す。

 

 

「クク……《死線》に《紫電》か。いずれやり合ってみてぇが……今回はやめとくか」

 

 

ヴァルターは自身のダメージを鑑み、サラとシャロンの相手をする事を避けた。

戦闘力だけを見ればサラやシャロンよりヴァルターが勝るだろう。しかし数的不利や負傷度合いを計算に入れれば敗北は必至だ。

戦闘狂の気があるヴァルターとは言え、進んで負け戦をするつもりはない。

 

 

「あっさり退くわね……裏があったり…」

 

 

「しない、と思いますわ。《痩せ狼》様は気まぐれなお方……今回もナギト様の話を聞きつけてこの地にやってきたのでしょう?」

 

 

サラはあっさりと退いたヴァルターに疑念を抱くが、シャロンはその可能性を否定する。

 

 

「ああ。……ってか、そいつはそんな名前だったか……?」

 

 

ヴァルターはシャロンの推測を肯定しつつも、新たに生まれた疑問を問いかけた。

それはつまり、《剣鬼》の名前だ。

 

 

「2回くらい言いかけたんですけれども」と前置きして(愚痴って)からナギトは立ち上がる。

痛みに「あひんあひん」言いかけた…半分くらい言いつつも、しっかりと両の足で立つ。

 

 

「どーもはじめまして、ナギト・シュバルツァーです。どうやら《剣鬼》らしいんですが記憶はパーです!よろしくね!」

 

 

もうキャラがどうとか言ってられず、自棄っぱちに自己紹介した。

 

 

「あぁ?記憶喪失だと…? んな馬鹿みてぇな話……実際、俺の事もわかっただろうが?」

 

 

「会った事あるんでしょ、俺とアンタ。俺の中の《剣鬼》の記憶が、たぶんそれで反応して…ヴァルター……アンタの事がわかったんだと思う」

 

 

事実、ヴァルターの姿をナギトが視認した瞬間、前回会った時の記憶が脳裏に甦った。現実が大変だったため、その時点では“追憶をしますか?”に“No”と回答したわけだが。

ぶっちゃけた話、《銀》やリーシャについて思い出した時と同じ感覚だった。

それはきっと《剣鬼》の体験した事の証左でもある。

 

 

ヴァルターはしばらくナギトを睨みつけると「チッ」と舌打ちした。

どうやら《剣鬼》の記憶が失われた事に納得したようで、ボロボロになったスーツから煙草を取り出した。

火をつけて一口吸い、

 

 

「んじゃアレか。てめぇが弱くなってんのは記憶がねぇからか?」

 

 

「そっすね。途中で俺の意識は薄れたから《剣鬼》の実力は出せたと思うけど」

 

 

ナギトが“自失無我”と呼ぶ現象──すなわち、肉体が記憶する《剣鬼》の動きを再現するもの。意識的にやれるものでもないため、戦闘で使えた試しはなく、今回のそれは意識が朦朧としてた事に加え、死の実感があったから発動したのだろう。

 

 

「あ?アレでか?」

 

 

しかし、ヴァルターの反応はナギトの予想とは違った。その語気からして───、否。戦闘中、すでにヴァルターは言っていたではないか。「弱くなったな」と。

 

 

「……………」

 

 

二の句を継げずにいると、気を使ったのか、サラが「それで?」と質問を始めた。

 

 

「どうしてアンタはここにいるのかしら?」

 

 

それはヴァルターがこのノルド高原に現れた事実を指している。

すでに武装解除していたサラだったが、その視線は厳しい。

 

 

「ここに《剣鬼》が現れるって聞いたからだ」

 

 

ヴァルターの答えは簡潔。

このノルド高原に《剣鬼》が現れると知っていたから、自らも来たのだと。

疑念は解消され、しかしてまた別の疑問が浮上する。

 

 

「誰に?」

 

 

サラの目つきがさらに鋭くなった。武器に手をかける、一歩手前。

 

それだけのインパクトのある答えだった。ヴァルターはここに《剣鬼》が現れると“聞いた”と言った。それはつまり誰かが“話した”という事でもある。

しかしそれを話せる人物が極端に少ない事が、サラがヴァルターに噛み付く原因にもなる。

 

ここに《剣鬼》──ナギトが来ると知っているのは学院の教官にⅦ組の生徒、それから理事に関わる者やその関係者くらいのもの。

 

それらの者たちの内に、結社の執行者と繋がりのある者がいるという事で───

 

 

「クク…そりゃあ、ウチの怪盗からだな」

 

 

そうした真面目な考察を繰り広げていたナギトはすっ転びたい気持ちになった。

いや、すっ転ぶモーションをして立ち直るつもりがダメージや疲労に負けてそのまますっ転んだ。

確認の意味も込めて、下手人の名前を言い当てる。

 

 

「怪盗ってあいつか……ブルブラン?」

 

 

先月と先々月の実習で邂逅した、あの変人の姿を思い出した。なんならこの場をどこかで見て笑っている可能性すらあると思った。

 

ヴァルターの「ああ」という返事を聞き、サラは大きくため息をついた後、警戒を解いた。

 

 

「つまりこういう事ね? そちらの怪盗さんが学院に忍び込み、特別実習の情報を盗み出してアンタに流した。ただし《剣鬼》が記憶喪失である事は伏せたままで」

 

 

「ま、そういう事だ。……あいつがすんなり情報を渡すわけねえが…そこまでは思い至らなかったぜ」

 

 

ヴァルターは“《剣鬼》とリベンジマッチできるぜひゃっほい!”と飛び出したのだろう。ブルブランは意地の悪い事にナギトが記憶喪失である事を話さずに。

 

 

その結果がこれだ。ナギトとヴァルターはぶつかり。ナギトは自信を粉微塵にされ、ヴァルターは肩透かし。

 

あまりの愉悦にくつくつと喉を鳴らしていそうだ。あるいは。

 

 

「試練のつもりかよ…」

 

 

誰に言うわけでもなく、ナギトは口の中だけで呟くのだった。

 

天を仰ぐ。青空でブルブランの髪色を連想してしまったのは腹立たしい限りだった。

 

 

☆★

 

 

 

その後、ヴァルターは大人しく帰り、ナギトとサラ、シャロンは石切り場から戻ったリィンらと合流した。

 

どうやら実行犯は捕獲したようで、それを手土産にゼンダー門へと向かう事となるが、ナギトは限界だったためサラやシャロンと共に一足先にノルドの集落に戻る事にした。

 

 

幾許か経過し、集落に戻ってきたリィンたちの話によると、《鉄血の子供たち》の1人とされるレクター・アランドール情報局特務大尉の手腕により戦争は回避されたらしい。

話によると共和国軍も戦闘の準備をしていたそうだが、実行犯の引き渡しや再来月にクロスベルで行われる通商会議の存在もあり、事態は解決したと。

 

 

翌日、動ける程度には回復したナギトを連れてA班メンバーとサラ、シャロンはトリスタに帰還する事となった。

 

ゼンダー門の前で別れを惜しみつつ、列車の到着を待つ。

ノルドの人たちといつかまた会う約束を交わして───6月の特別実習は終わりを迎えた。




興が乗ってついいらん事まで描写してしまうこの頃です。
それによりリメイク前の本作より伏線というかヒントがめっちゃ多くなってます。
それで展開読めるわー、つまんねーわーってなった方はごめんなさい!

とここで謝っておきまする。


クラフトについての追記!

迅雷(じんらい)
剣鬼七式、外ノ太刀(けんきななしき、そとのたち)雷の型の技のひとつ。
雷の速度をもって敵を斬り裂く。
イメージ例 : 鬼滅の刃より雷の呼吸、一の型『霹靂一閃』

破空(はくう)
剣鬼七式、三ノ太刀。太刀に込めた闘気を爆発させる事で周囲一帯を制圧する。
イメージ例 : ELDEN RINGより祈祷『黄金の怒り』

あくまでイメージ例でありモデルではないです。割と最近のわかりやすいやつを例に持ってきたつもりです。
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