7月特別実習の2日目が始まる。
エリオットを除くA班メンバーは、エリオットが宿泊施設に合流を果たすまで微睡みに身を委ねていた。
理由は言わずもがな、昨夜衛兵にこってりしぼられた後にレポートをまとめる必要があったからで、座学に苦手意識を持つナギトは一際ひどい有様であった。
ラウラとフィーの仲直りについて軽くエリオットに説明した後、実習課題に取り組む事になった。
課題については先日のリベンジという事もあってか、ラウラとフィーが獅子奮迅の活躍を見せて完了させ───
「ここが僕の家だ。さ、遠慮せず入ってくれ」
───レーグニッツ宅に招待される事となった。
そして、マキアスは語った。
マキアスが貴族を憎悪していた理由──かつてレーグニッツ家を襲った悲劇を。
マキアスには9つ年上の従姉妹──姉さんがいた。父カールにとって姪にあたる彼女は、カールの紹介で知り合った伯爵家の跡取りと婚姻に至り、それが原因となり自殺した。
カイエン公爵家の横槍や嫌がらせ、果てには婚約者からの「愛妾として大切にするから我慢してくれ」というセリフが決定打となったらしい。
マキアスが語ったそれは、貴族嫌いになるには充分なエピソードだった。
しかし、トールズに入学しⅦ組のメンバーと出会えた事で、貴族・平民関係なく結局は“その人”だとわかったらしい。
それを示したのが、貴族でありながら尊大な振る舞いを見せないリィンやラウラであったとマキアスは言い、感謝を告げる。
「ユーシスのやつはともかく」なんて照れ隠しした事をエリオットにつつかれ、逆ギレを果たすマキアスも見ものであり、ナギトも笑って冗談を言ってしまう。
「そーいやリィンとラウラだけか、ありがとうは?…おう?俺も結構面倒かけられた気がするんだけどなあ」
──それが余計な事であったと悟るのは、すぐあと。
「まあ、君にも感謝してるさナギト。だけど君は貴族っぽくないからな。リィン以上に」
ナギトも一応はシュバルツァー男爵家の男子として貴族生徒ではある。しかし幼少の頃から貴族として育ったリィンとは違い、ナギトが貴族として過ごしたのは一年と少し。普段の振る舞いからしてもマキアスが「貴族っぽくない」というのも納得である。
「それに───、ここで言及させてもらおう。君は貴族らしくない…貴族の見え透いた傲慢さはないが、別の意味で傲慢だ」
ナギトの目が細められる。マキアスの声が強張った。部屋の温度が、雰囲気が冷水をかけられたかのように冷えた気がした。
「ナギト、君は色々な問題を1人で抱えているな?それに加えて僕とユーシスの諍いも仲裁したし、ラウラやフィーの仲を取り持とうともした。…自分の記憶が、たった一年だけしかないにも関わらずだ」
マキアスの発言の意味は、少しだけ難しい。ほんの僅かに沈黙が落ちて、それを破ったのはエリオットだった。
「それってつまり、ナギトは記憶喪失──自分の背景、足場さえはっきりしない不安の中のはずなのに、どうして他人の事まで気にしてられるのか、って事だよね?」
「ああ、そうだ。良い機会だと思ってな、この場で問い質させてもらう」
マキアスはエリオットの解釈にYESと答え、再び視線をナギトに向ける。
「君はなぜそんなに余裕がある?自らの過去──記憶すら判然としないはずなのに。 それに、何か隠し事──悩み事をしているように思える。どうかそれを話してみる気はないか?」
マキアスの推測に、その慧眼に賞賛を送りたい気分になる。
確かにナギトにはⅦ組のみんなに隠している事がある。悩んでいる事がある。それを隠匿しつつ他人の問題に口を挟むのが傲慢だというのもわかる。
だが───
「そんな事言われてもなあ。人間誰しも隠し事はあるだろ、なあリィン?」
「あ、ああ…そうだな」
───言う気はない。
理由は単純、“怖い”からだ。
だから、こんな簡単な言葉で誤魔化そうとする。リィンの賛同も得て、特別実習に戻るように誘導───
「確かに誰にでも秘密はある。だけど君のそれは隠すべきものか?…悪辣にリィンの賛成を得てまで」
「──へえ?」
さらに。部屋の温度が下がる。あくまで体感だ。この夏の日に寒いと感じるほどの──感じるだけの悪寒。
口角を上げたナギトは、マキアスにそう思った理由を尋ねていた。
「簡単な話だ、リィンも易々とは話せない秘密を抱えている。君はそれを知っている。だから“誰にでも隠し事はある”という理屈を振られたらリィンは肯定するしかない」
「そう思った根拠は?」
「…そう言っている時点で認めてるも同然だろうが……あえて言うなら、今月の自由行動日、君たちの妹──エリゼお嬢さん、だったか。彼女が旧校舎に迷い込む事件があっただろう。僕らも遅れて駆けつけたが、すでに首無しの甲冑は倒されていた。……見ただけでわかる、あの強敵をだ」
「それは──」
マキアスの言葉にリィンが口を挟みかける。しかしナギトに制されて黙り、続きを促した。
リィンが気にしたのはマキアスが言及した秘密についてだ。
「あれを倒すには、少なくともⅦ組の総力を結集しなければ無理だったろう。いくらナギト、君がいたと言え、クロウ先輩の実力が未知数とは言え……だ。そしてあの場でのリィンの消耗した姿──リィンが何らかの力を発揮して、あの首無しを圧倒したのは明らかだ」
マキアスの推測に、ナギトは背もたれに体重を預けると自らの顎を撫でた。
「……よく見てる。だけどそれだけじゃ弱いと思うぜ?」
「そうだな。これだけじゃまだ憶測──、それを確信したのは実技テストでの事だ。ナギトとリィンが組み、ラウラとフィーと対峙した際…君はリィンに声をかけた。“お前に何があろうと、この場には関係ない”だったか──おそらく、君なりの気遣いだったんだろう……それが旧校舎での一件を指してるのはすぐにわかった」
「これが決め手だ」とマキアスは締めた。
ナギトは内心で驚いていた。本当に良く見ている。そんな小さなエピソード、小さな疑念を追求して真実に至るとは。
「…やっぱりお前は天才だよ、マキアス」
ユーシスが物事を俯瞰し、大枠を掴む才覚を持つとしたら、マキアスは理詰めで細部を埋める天才だ。本当に、なんて相性の良い……
「僕が天才なら君は化け物だ、ナギト」
そんな、蔑称のような賞賛を受ける。マキアスは真っ直ぐにナギトを見つめている。その目には畏怖や侮蔑ではなく、憐憫と疑問があった。
「──どうして君は、自己の拠り所となる記憶がないまま、他人の面倒まで見ていられるんだ」
こうして、最初の質問まで回帰した。しかし今度は逃げ道はない。ナギトは自嘲と諦観のため「はっ」と笑った。
「そりゃあ──俺が、弱いからだな」
そして、端的に回答した。
「それは───」
どういう意味だ、とマキアスが声を発する前に、リィンのARCUSが着信音を鳴らした。
すかさず応答したリィン。相手はカールのようで、どうやら《怪盗B》案件でこちらに連絡したという話だ。
通話を終えたリィンがその内容を告げると、ナギトは殊更いやらしく笑って立ち上がり、切り替えるようにパン、と掌同士を打ちつけた。
「じゃ、この件はここまでだな!続きはまたの機会って事で。特別実習に戻りましょー!」
☆★
その後、《怪盗B》に盗まれたティアラを取り戻し、店に返還した所で再びリィンのARCUSに通信が入る。今度はサラからだ。オスト地区にある“聖アストライア女学院”に行ってほしいとの事。
女学院前でB班と合流し、女学院の案内人たるエリゼに先導されて、女学院内を歩く。
女の園である女学院の女子たちは物珍しさかエリゼに案内されるⅦ組メンバーを見て、好意的な反応…というかミーハー的なそれを見せる。ナギトもサービス精神で手を振ってみるが当然のようにリィンに手刀を入れられた。先程マキアスとぎすぎすしたやり取りを交わしたとは思えないほどのいつものナギトらしさが発揮されていた。
ややあって案内された先にいたのは、帝国の至宝と呼ばれる片割れ──皇女アルフィン・ライゼ・アルノールだった。
可愛らしく、お転婆な様を垣間見せる彼女は、なるほど確かに皇子オリヴァルトの血を分けた兄妹らしい。
アルフィンと会話している途中で、リュートの音が響く。噂をすれば影、オリヴァルトの登場だった。オリヴァルトの軽妙な自己紹介の後、皇族2人とⅦ組で会食を行う事になった。
会食の場で明かされたのは、Ⅶ組についての真実だった。
トールズ士官学院に特科クラス《Ⅶ組》を設立しようと提案したのは理事長たるオリヴァルト本人という事だった。しかし今やⅦ組の運用からオリヴァルトは外れており、常任理事の3人─ルーファス・アルバレア、カール・レーグニッツ、イリーナ・ラインフォルトが特別実習の行き先などを決定しているらしい。
そしてⅦ組が生み出された理由──すなわちオリヴァルトの狙いは、貴族派と革新の対立だけでなく、伝統や宗教と技術革新、帝国とそれ以外の国や自治州までも含めて。
この激動の事態に必ず現れる《壁》から目を背けず、自ら考えて主体的に行動する。
───そんな資質を、若い世代に期待したいのだと。
さらにオリヴァルトはⅦ組運用の強力な助っ人として、サラを雇えた事を僥倖と語る。Ⅶ組メンバーの反応は散々だったが、サラの前職が遊撃士である事が明かされた。しかも、帝国で指折りの実力者、最年少A級遊撃士、《紫電のバレスタイン》…そんな美辞麗句でサラを飾り付け───会食は終わりを迎えたのだった。
その後、準備にもたつくフリをしてⅦ組のメンバーが出て行ったのを見計らってオリヴァルトに話しかけてみる。
「つかぬ事をお聞きしますが……ひょっとしてオリビエ・レンハイム?」
「おっ? それは不世出の天才音楽家たる僕の名じゃないか。もしかしてラジオ聞いてくれてる?」
「ああ、やっぱり! 声でわかったんですよ。ラジオ聞いてます、毎週楽しみで」
「おお、それは良かった。毎週毎週、危ない橋を渡っている甲斐があるね」
ナギトとオリヴァルトが言うラジオとは、ラジオ番組“オリビエ・レンハイムのリベール旅日記”というものだ。物語は漂白の天才音楽家オリビエがリベールで投獄されている所から始まる。今は王都で武術大会に参加しているところだ。
「危ない橋って…まさかとは思いますが…」
「それは言わぬが花ってやつさ。……そういえば君とは前に会ったね。覚えているかい?」
「はい、まさか学院の入学試験…面接を理事長自ら…オリヴァルト皇子がされるとは思いませんでしたよ」
「ふふ、サプライズになったようで何よりだ。……君はあの時、尋ねられた事を覚えているかい?」
オリヴァルトの顔は笑っていたし、声も和やかだった。しかし目がそうでない事をナギトは看破した。
オリヴァルトが言っているのは、あの面接の最後の質問の事だ。
「自分の答えは変わっていません。……むしろより強く、決意しました」
“「もし君がトールズに入学したとして、卒業する頃には色々な力を持つ事になるだろう。個人の武、軍事に関する知識、トールズ卒業生のコネクション……そういった力を、君はどう使う?」”
“「自分の大切な人たちを守るために」”
記憶を反芻し、ゆっくりと瞬きをしてからナギトは答えた。それを受けてオリヴァルトもやんわりと微笑む。それから──少しだけ視線を下げた。瞳に陰が差す。それがいったい何の時間なのか───決意の時間だとナギトは受け取った。
一呼吸の空白があって、オリヴァルトは開口した。
「………実はね、僕は君の運命を変えてしまっているかもしれないんだ」
その発言の意図を、ナギトは読み取れない。それを考えるより先に、とんでもない衝撃を受けた気がしたからだ。
───運命を変える。
それはいつから聞こえた俺たちの声。
「それ、は…どういう………」
当然のように聞き返す。すでに意を決しているオリヴァルトはナギトとは対照的に、なんの淀みもなく回答した。
「Ⅶ組に所属する前提条件として、ARCUSの適正が高い事は君も知っているだろう。そして、君のARCUSの適正が低い事も。君のARCUSへの適正の低さは、実はⅦ組へ入る基準値を下回っていたんだ。 それだけじゃない。君は入学の筆記試験でも合格基準を下回っていた。…それでも君がトールズ士官学院に入学できた理由は───」
再びの空白。今度のそれは、きっとナギトに決意を固めさせるためのものだ。
「君という存在を、監視下に置いておきたかった…というものだ」
─────────
───────────理解と、納得。
────────────諦観と、恐怖。
「おーいナギト、早く来いよ」
沈黙を破ったのはドアからひょっこり顔を覗かせたリィンだった。
オリヴァルトとナギトの重苦しい雰囲気は瞬時に霧散した。どちらもが道化ぶる事になれているが故の仮面だ。
「オリヴァルト殿下…もしかしてナギトが何かされましたか?」
「お前はなんで俺が失礼を働いた前提なの」
ナギトとリィンの、そんな義兄弟漫才をオリヴァルトは優しく笑う。
「少し話をね。…なに、もう終わったところだ。引き止めて悪かったね、ナギトくん。 それでは君たちは青春を謳歌するため、明日に向かって走り出したまえっ!」
ナギトを凌駕するオリヴァルトのお調子者の様子を今度はリィンと2人で笑い、会食の場を離れた。
女学院の外でサラとクレアと出会い、明日の実習課題は中止である事が伝えられた。
理由は、明日から始まる夏至祭──それをテロリストが狙う可能性を危惧してのものだった。
☆★
テロは起きた。
クレア・リーヴェルトの危惧の通りに。
やつらの思い通りに。
俺たちが観測してきた物語と狂いなく
昨夜の内にⅦ組はA班東、B班は西、と帝都を東西に分けて警備を行う手筈に決まった。
と言っても所詮は遊撃という役回り…帝都憲兵隊や鉄道憲兵隊と比較すればあくまでおまけ程度のものだ。
だから、帝都各所で情報を得ても“テロリストが何か計画しているかもしれない”というくらいの感覚しか得られなかった。
最後にドライケルス広場に足を運んだナギトらA班は、そこでトワとアンゼリカ、さらには競馬見物に来ていたクロウと合流した。
9人で話していると、突如として広場の噴水から水が溢れ出した。
普通に考えれば、圧力の調整をミスった、あるいは夏至祭の余興などの可能性もあったが、
──続いてマンホールからも水が噴き出した。
「──釣りだな」
ナギトの発言を耳にして、状況理解に努めていた全員が合点がいった顔をした。
この状況は、テロリストの仕掛け──つまりは本命から注意を逸らすための罠だと。
「囮って事か!」
わかりやすい答えをリィンが提示し、A班のメンバーは何が起こるのかを予見した。役割分担という事でトワたち上級生とは分かれて行動する事になる。
テロリストの狙いはおそらく、夏至祭で警護の手薄になった皇族の身柄だろう。この帝国において最も尊き血族とされる者の命を救うためなら政府はどんな要求も呑まざるを得ないし、なによりテロリストにとって“皇族を誘拐できる手腕を持つ”という示威行為にもなる。
ナギトらA班は受け持ちである帝都東部…本日皇族であるアルフィンがイベントに参加する事になっているマーテル公園─クリスタルガーデンに急行した。
しかしテロリストの方が一手早い。
魔獣を市街に放ち、混乱を誘う。その対応のためにアルフィンの警護は更に手薄になる。そこを急襲し、アルフィンと───その付き人として行事に参加していたエリゼの身柄を押さえた。
テロリストたちは淀みない動作で爆弾を起爆させるとクリスタルガーデンに穴を開けた。その下には一昨日からナギトらが何度か足を運んだ帝都の地下道がある。
「用意は周到ってか!くそが!」
テロという行為は、言わば盤外からの一手。しかしそれは相手と同等の力量、勢力がないからこその手段だ。
だからこそその一手で、相手を殺す──そんな気概が求められるのだ。このテロリストたちにはそれがあった。後先を考えない突発的な行動ではない。おそらくは何ヶ月も前から入念に仕込まれていた……敵を死に至らしめる一手に繋がる作戦だ。
ナギトたちはテロリストを追って穴に飛び込んだ。
追手を見てテロリスト──リィンらがノルドでも出会ったという《G》は笛を吹いた。不気味な音色が奏でられたかと思うと、魔獣がナギトらA班の前に立ち塞がる。
これと似た場面がケルディックであった気がするし、おそらくはその時の下手人もこの《G》であると直感したナギトだったが、そういった思考はすぐに隅に追いやられる。
視界は明瞭。思考は重く、肚も重い。
反面、身体は軽く、足は素早く、太刀を握る手は力強く。歯はぎりぎりと音を立てている。
「──疾風」
殲滅。立ち塞がった魔獣は、しかしその役目を果たす事なく死に絶えた。
いやに身体の調子が良かった。
精神が肉体を凌駕する──否。精神の昂りが肉体にも影響を及ぼしている。
簡単に、簡潔に、陳腐に、表現すると──ナギト・シュバルツァーはキレていた。
それは昨夜、同じ釜の飯を食ったアルフィンやエリゼが攫われているからか。2人の命が奪われる可能性を恐れたからか。
そんな事はありえない、という“確信”があった。しかし、不安が勝る。
それはきっと、エリゼを旧校舎で助けてから抱いている違和感のせいだった。
テロリストとの追走劇は続く。逃げるテロリストを幇助するかのように再び魔獣がA班の前に現れた。今度の魔獣は悪魔のような造形をした、先ほどとは比較にならないほど凶悪なオーラを纏っている。
「邪魔──だぁ───!」
大いなる雷よ、我が太刀に宿れ。
「──雷神烈破!」
刹那、こんな地下にはありえない雷鳴が轟いた。
光色のナギトの分け身が5体生まれたかと思うと、雷を引き連れて魔獣に突撃する。その間にナギトは太刀に雷を収束させると振り抜いた。
魔獣の肉体が砕け散った。太刀を納刀する。
「ナ…ナギト……?」
尋常ならざる様子のナギトにリィンは恐る恐る名前を呼んでみた。
「急ぐぞ」
ナギトは一瞬だけ目を合わせると、すぐに走り出す。問答は無用で無駄なのだと、その背中は言外に語っていた。
身体の調子がこれ以上ないほど軽い。自分が《剣鬼》と呼ばれていたらしい当時の実力を発揮できる無我の時に近いレベルだ。
その代わり、思考には靄がかかっている。無我の際に思考が白むよりはマシ。
───つまりナギト・シュバルツァー史上最高のコンディションだった。
ひとつ、ふたつ暗闇を超えてテロリストに追いつく。すでに地下道の広い場所に出つつあり、そこには何らかの死骸─骨が散らばっている。その横を通り過ぎようとするテロリストたちの小脇には眠らされたエリゼとアルフィンが抱えられていて、その姿を視認して、また思考が灼けついた。
雷が疾る。迅雷。雷速の斬撃がテロリストを直撃した。
「ぐあっ!?」
こぼれ落ちたエリゼの体をキャッチして、倒れ込んだテロリストの顔面に仮面越しに蹴りを入れる。首がいやな方向に曲がった。
「お前ら全員……殺すぞ……!」
ナギトから放たれた濃密なプレッシャー。それはまさしく鬼気であった。
「ひっ」
息を飲んだのはアルフィンを抱えたテロリストの1人。すでにそれが隙だった。再び雷が閃く。
腹部をバッサリと斬られたテロリストは倒れ込んで血を流した。
その血の海に沈む前にアルフィンを確保。疾風の歩法で退いて寝かせたエリゼも連れて下がる。
これであとは《G》だけ。リィンたちも参戦して、本格的にテロリストを拘束するという段に至り──
──血を流して倒れていたはずのテロリストが、決死の形相で立ち上がるとナギトらに襲いかかってきた。
「今更──ッ、リィン!」
いつもならもっと早く、その狙いに気づいていただろう。しかしキレている─思考に靄がかかっているせいで、テロリストの狙いに気づくのが遅れた。
笛の音が鳴り響く。《G》の魔笛。魔獣を操る─おそらくはアーティファクト。
ナギトは向かってくるテロリストにトドメを刺し、リィンは《G》の笛を斬る──が、すでに遅い。
魔笛はすでに効力を発揮していた。
それは最悪の敵を呼び覚ます。
帝都地下に打ち捨てられた、数百年前の厄災。時の帝都を死の都に変貌させた暗黒竜。討伐されてなお、呪いを宿した竜骨。
ゾロ=アグルーガ───その死骸が、動き出す。
テロリストが逃走ルートにここを選んだのも、今のような状況に陥ってなお、ゾロ=アグルーガという切札があったからだと推測される。
暗黒竜の脅威を語った《G》──ギデオンはすでに勝った気なのか、追手であるナギトたちから逃げる素振りも見せずに高みの見物に入っていた。
だが───
「だが、俺たちがこの実習で得られたものを考えれば、決して勝てない相手ではないはずだ!」
──リィンの言う通り、勝てない敵ではない。
ゾロ=アグルーガはすでに過去の遺物。例え史上の怪物であろうとも、今や骨だけの肉さえ持たぬ竜に、絶望する理由はなかった。
フィーとラウラの連撃に暗黒竜の巨躯が揺れる。マキアスの銃撃が脆くなった骨を砕き、エリオットのアーツが吹き飛ばす。リィンの焔の太刀が暗黒竜の骨を髄まで焦がし。
「三ノ太刀、破空!」
ナギトによる膨大な剣気の圧力をもって、その全身はバラバラとなった。
「──そんな馬鹿な…」
あり得ない、信じたくない光景を前にギデオンは立ちすくむ事しかできなかった。
そんなギデオンにリィンが太刀を突きつけた。ケルディックに始まり、ノルドを経て帝都に至った因縁も、これで終わり。「今度こそ終わりだ」と言って。
一瞬の沈黙。それを破るかのように銃声が響いた。狙われたフィーは危なげなく避けたが──
──間断なく、今度は人が降ってきた。
振るわれた剣が、しなる。
フィーを狙った剣をナギトが弾き返した。
その剣─ 蛇腹剣や法剣と呼ばれる武装を持つ女の横に巨体の男が着地した。
「同志《S》、それに同志《V》……」
ギデオンの「同志」という言葉から推測すると、新たに現れた男女は、テロリストの仲間のようだ。しかも、おそらくこの作戦を指揮していたと思われる《G》と同格の幹部。
しかし、現れたのは《S》と《V》だけではなかった。彼と彼女が飛び降りてきた階段を悠々と降りてくる、黒い仮面に黒い外套という黒ずくめの男。
「《C》…君まで。私の作戦はそんなに頼りなく見えたかな?」
「いや、ほぼ完璧に見えた。しかし、作戦には常に不確定要素が入り込む。そこにいるⅦ組の諸君のようにな」
ギデオンの言葉に《C》は答える。当然のように合成音声が使われていた。
それだけじゃない。《C》を見てからというもの、ナギトの内に声が響いている。
───────変えろ───────
──────運命を、変えろ──────
響く、響く、声。
それは、それは、それは──────
「来い、相手をしてやろう」
現れた《C》はリィンとフィー、ラウラと同時に相手取るようだった。
「おっと、テメェはこっちだ」
当然のように参加しようとして、《V》と《S》に阻まれた。
「くっ、いかにも強そうだが…」
「やるしかない…!サポートするよ!」
ナギトの後ろにはマキアスとエリオットが回り、3人で《V》と《S》を相手取る算段だ。
「さがってろ」
短い言葉。ナギトから思考が失われつつあった。
キレて思考に靄がかかっている事に加え、脳内に響く声が残った思考すらかき消す。
短く発したそれは、自ら無思考状態になるのを阻害させないための措置。
つまり、《剣鬼》の全盛を取り戻すための───
「───雷光撃」
迅雷の速度を保ちながら疾風の如き柔軟性を有した戦技。雷速で刻まれる斬撃を《V》と《S》は辛うじて防ぐ。
《V》のガトリングガンが火を吹く。ナギトを捉えらない。《S》の法剣が変幻自在の斬撃を描く。ナギトを捉えられない。
「──遅い」
剣鬼七式、三ノ太刀改メ
「破空 : 突」
太刀に込められた剣気が一気に解放され、それは圧力となって敵を襲う──それが剣鬼七式、三ノ太刀 破空だ。
この剣技はその改良バージョン。剣気を解放する方向を限定した技。
放たれた圧力はそれこそ破壊的な質量を感じさせる。《V》と《S》は対応はできずに吹き飛ばされるのみだった。
ナギトが決着をつけたのと同じ頃、《C》もまたリィンら3人を下していた。
自ずと視線が交わった。
「フ…やるつもりかね?」
《C》の言葉にナギトは答える事もなく太刀を構え──
「──はああ!」
──それを、迎撃に回した。
またもや舞台の外からの攻撃──テロリストの更なる援軍だ。
打ち付けられた斬撃は存外重く、ナギトは後退りをした。
「来たな、同志《R》────」
新たな仲間の登場を《C》は言祝ぐ。腕を広げて歓迎の意を表した。
《R》は白銀の髪を後ろに流し、顔面上部を鬼面で隠した男だ。
そして続く言葉に、ナギトは無我を奪われるほどの衝撃を受けた。
「───いや、《剣鬼》よ」
《C》の視線は新しく現れた《R》に向けられている。必然、先程の言葉も《R》に向けられたもので。
だからナギトは揺さぶられた。
《剣鬼》とは、己の過去と思っていたがゆえに。
《剣鬼》という過去から、逃れられるかもしれないと期待したがゆえに。
あるいは、《剣鬼》という過去が分離したのが《R》で、だから自分には記憶がないのだ──そんなありえない考えさえ生まれて。
「どういう…事だ!? 《剣鬼》とは…俺なんじゃないのか!?」
だから、そんな幻想を振り払うためにナギトは叫んだ。その問いに《C》は回答する。
「そもそも《剣鬼》の正体は誰も知らない。誰かに君の過去が《剣鬼》であると吹き込まれたのかな?」
《剣鬼》の正体は誰も知らない────?
ナギトの思考はまとまらず、《C》は追い打ちをかけるように続けた。
「誰もが君を《剣鬼》と信じ、そう語る。……滑稽な話だ。本物の《剣鬼》…共和国要人100人殺しの英傑は、こちらにいると言うのに」
そしてここで、《剣鬼》の罪科さえ明かされた。
共和国の要人を100人も殺した男。それが《剣鬼》だと《C》は言う。
「聞いたことがある…当時の共和国大統領の反対派議員とその秘書、合わせて100名が10日の内に暗殺された事件……犯人は捕まらなかったらしいが……まさかその男がそうだと言うのか…!」
詳らかに語ったのはマキアスだった。続いてエリオットやリィン、ラウラ、フィーまでもが「一時期騒ぎになった」と覚えがあるらしい。
ナギトは押し黙ったままだった。
言うべき言葉が見つからず。肯定は遠く、否定もまた遠い。
思考回路は働く事をやめ、同時に身体も戦う気力を失っていた。
そんなナギトに代わり、リィンが《C》に。その隣に立つ《R》に、ダメージから復帰した《V》と《S》に、「お前たちは何者だ、何が目的だ」と問いかける。
「我々は《帝国解放戦線》───本日よりそう名乗らせてもらう。 静かなる怒りの焔をたたえ、度し難き独裁者に鉄槌を下す───まあ、そういった集団だ」
《C》はすでにナギトから視線を離していた。敵たり得ないと判じたからだ。そうして名乗りを上げる。《帝国解放戦線》と。独裁者を討ち倒すための組織であると。
サラとクレアが駆けつける。それと同時に《C》は懐からスイッチを取り出すと押した。爆音が鳴り響き、地下道が崩落を始める。
《帝国解放戦線》も離脱し、ナギトらも地下道を脱出した。
☆★
その後。A班は事情聴取を受ける事になったが、ナギトは上の空だった。
──運命を変えろという声。
──《剣鬼》の罪。
──《剣鬼》と呼ばれた男。
答えの出ないそれらが頭の中をぐるぐると回る。
そうしていつしか時間は過ぎ──Ⅶ組はバルフレイム宮に招かれていた。どうやら今回の功績──皇族をテロリストの手から救い出した事が評価されたらしい。
迎賓口にてオリヴァルトをはじめとした皇族─アルフィンと、その双子である皇太子セドリックにも礼を言われる。同席したエリゼやカールからも同じように感謝された。
その内、話は《帝国解放戦線》に移り、今回の件から彼らが単なる革命家気取りではなく、計画性と実行力から、本物のテロリストであるという認識に至った事を聞かされた。
そんな中でもナギトは思考に埋没していて───
「──どうやらお揃いのようですな」
──その声に、現実に引き戻された。
「オズボーン宰相!」とセドリックが喜色ばんだ声音で彼を迎え入れた。
体格の良い彼は、元は軍人だったという。
国民の安寧は鉄と血によるべし──そんな思想を掲げる事からついた渾名が《鉄血宰相》。
皇帝からの信任を良い事に辣腕を振るう、帝国政府の代表者──ギリアス・オズボーンだ。
彼が宰相という地位についてからと言うもの、いったいどれだけの民が辛酸を舐めさせられた事だろう。涙を飲んだだろう。苦渋の決断を下したのだろう。しかし、そのように流れた血を帳消しにするかのようにオズボーンは帝国に繁栄を齎している。
それでも歪みは絶対にある。それが顕在化したのが件の《帝国解放戦線》なのだ。彼らの言う“度し難き独裁者”というのはギリアス・オズボーンを指していた。
オズボーンは皇族への礼を示し、アルフィンの無事を喜ぶとオリヴァルトに《帝国解放戦線》を全国指命手配にした旨を伝えた後、Ⅶ組に向き直る。
どうやら帝国全土を叉にかける特別実習も手伝って興味深いなどと嘯いた。加えてサラ──遊撃士との因縁も深い事を感じさせる。
「諸君らも…どうか健やかに、強き絆を育み、鋼の意志と肉体を養って欲しい」
オズボーンにとって、それはきっと何でもないのだろう。目蓋を閉じて、開くだけ。しかしそれだけの動作が圧力を感じさせるほどの風格が彼にはあった。
「──これからの“激動の時代”に備えてな」
革新派と貴族派の対立が深まる現状さえ、“激動の時代”の序曲であるという宣言に似た言葉をもって───帝都での実習は終わりを告げたのだった。