この話を書いて思った。「ナギト覚醒しすぎじゃね?」
盛者必衰───すなわち、調子に乗った者は痛い目を見る…この世の常である。
この日、ナギトはその言葉が頭をよぎった。同時に、過去の出来事も。
パトリックほ鼻っ柱を折ってやった事。
ケルディックでウハウハ気分の野盗を制圧した事。
帝都地下でギデオンの魔笛を叩き切った事。
そして今回は、いつにも増してうざい扱いを受けているナギト・シュバルツァー。
先月の実習以来、気分は落ち込むわ、ボケは空回るわ、思考はまとまらぬわで沈んでいたナギトであったが、今では前にも増して調子に乗っていた。なんならリィンが引くレベルで。
というのも、先日ラウラとキスした──と思い込んでいる──からである。
ラウラの激励を受けてナギトは奮起した……奮起しすぎたのだ。何も解決はしていないが、とにかく心がエレクチオンしたのだ。
そして、ウザくなった。
例えばリィンには、
「へいへーい、兄弟!元気してるぅ?恋してるぅ?…俺はねー……フフっ、内緒!」
例えばサラには、
「サラ教かーん、なんでアレから微妙に目ぇ合わせてくれんのですかァ?もしかして意識しちゃってる?フゥー!」
……とまあ、こんな感じでだいたいみんなに絡んで、とにかくウザがられる結果となった。
その報いが与えられたのは、実技テストでの事だ。
「んじゃ最後、ナギト対全員」
「ほわっつ!?」※なんで?の意。
いつかのように“忘れてた”扱いされるのかと思っていたが、現実は予想の斜め上。よもやⅦ組のメンバー全員を相手にしろとはサラも鬼畜な判断を下す。
「うるさいわねー、さっさと準備しなさい」
渾身の問いかけは軽く…ぞんざいに流され、ナギトはしぶしぶながらも、Ⅶ組のみんなから離れて太刀を抜いた。
対する面々は困惑の色が強い。確かに最近のナギトはちょおっとウザくてクラス外にも被害者(パトリック)が出たという話もあったが、それを実技テストにまで持ち込むか?と。
「ただし、開始の合図、タイミングはナギト…アンタに任せるわ」
それを聞いて理解したのは2人。リィンとラウラだ。他のメンバーは「?」である。
抜刀。油断なくナギトを見つめ、サラの意図を語った。
「油断するな、みんな。…先月の実習でA班だったマキアスたちは知ってるだろうが…ナギトはすごく強くなる時がある」
「本人曰く、思考を捨てねばならぬらしいが…サラ教官の出した条件はそのための時間を与えるものであろう!」
Ⅶ組でも戦闘力においてトップクラスの2人の言葉に、他のメンバーも緊張を身に纏った。
それぞれが得物を構えて、ナギトの合図を待つ。
ナギトは瞑目していた。先月の実習で得たものはあった。完全なる無我ではなく、キレた状態で陥った…半分無我で、半分思考有りのあのスタイル──言わば“夢我”。
前者に比べて戦闘力は落ちるが、ナギト本来の小狡さを発揮するには後者が適している。
だから今回は夢我でいこうと考えた。
夢我は無我より簡単に“入れる”。完全に思考を捨て去る必要はなく……簡単に言うと、ボーっとしてれば夢我ゾーンに入れるのだ。
ややあって、ナギトの目が開かれたのをⅦ組の総員が確認した。
静謐なるナギトの姿はこれまでのお調子者のそれではない。
全員が武器を握り直し、生唾を飲み込んで──
「
いや、やはり調子に乗っていた。
☆★
「
そんな事をリィンは胸中で考える。──それすら油断であると言うように、ナギトの姿がかき消えた。
雷音が迫る。
ラウラをすり抜け、フィーを弾いて、エマを狙った初撃。否、それだけで終わらぬ。
「──迅雷・叢雲」
斬撃が遅れてやってくる。
あまりの速度に目が眩む──目を奪われたⅦ組メンバーを後背から薙ぎ払う一撃。
「伏せろ!」
どちらの対応をするか、決断が早かったのはリィンだ。この状態のナギトにはあらゆる迷いが致命的な隙になると知っていた。
仲間に指示すると、己の斬撃と挟み撃ちにしようとしているナギトに太刀を振るった。孤月一閃。
ナギトが仕掛けていた斬撃はラウラが打ち消す。
後衛だったエマはすでに気絶している。初撃としては上々とナギトは退く。
すでに意識のレベルを引き上げたⅦ組のメンバーは跳躍して距離を取るナギトに武器を向けた。
クロウの二丁拳銃が、フィーの双銃剣が、マキアスのショットガンが、アリサの導力弓が、一斉にナギトを狙撃する。一瞬遅れてエリオットとユーシスのアーツが放たれた。
「三ノ太刀、破空」
剣圧爆発。縦横無尽に迫るコンビネーションはそれだけで相殺された。
そして、それだけで終わるわけがない。このナギトがただ距離を取るだけのわけがない。
「雷光確立───
雷の分け身が2体生み出される。それはⅦ組メンバーに吶喊すると、雷光を撒き散らして爆ぜた。
砂塵が巻き上がる。
一瞬の間もなく。砂塵を切り裂いて放たれた、神速の抜刀。
「神威残月」
ナギトの傍に分け身が現れた時点でなりふり構わず逃げたリィンとラウラ、マキアスとフィー、クロウは無傷でやり過ごす。
少しでも立ち止まったエリオット、ユーシス、ガイウスはリタイア───しない。むしろ前に出たガイウスとミリアムは神速の斬撃を防ぎ切っていた。
とは言っても無傷では済むはずがなく、ダメージに意識が向いた瞬間にジ・エンドだ。
「疾風」
風のように踏み込んだ一振りで、ガイウスとミリアムも失神K.O.だ。
砂塵が晴れる───否、砂塵が爆ぜる。極光がナギトの視界を灼いた。フィーのフラッシュグレネードだ。
「おおおおおっ!」
それと共に裂帛の声を上げたのはリィンだ。焔の太刀をもってナギトに肉薄する。
「ざ────」
「───ここかな」
───斬、と炸裂させるはずだった一刀は、ナギトの素手に止められていた。焔も、威力も、すべてを螺旋で受け流されて、素手で、無傷で受け止められている。
あまりの現実に唖然としたリィンの腹部を太刀が打ち据え、それでリィンもリタイアだ。
「───はあああっ!」
しかし、そのチャンスをそれだけで終わらせるはずがない。
リィンに続いてラウラまでもがSクラフトを発動。ナギトに肉薄する。
「2段構えか」
灼けた視界は未だ戻らず、しかし相手の狙いをそう看破したナギトの耳朶を打つ声。
「いいや、3段構えだ」
──クロウ・アームブラスト。
彼の二丁拳銃が火を噴き、指を鳴らす音と共に軌道を変える。
「決めるぜっ!」
「ああ!」
発動する斬撃と銃撃のコンビネーション。Sクラフトの乱れ打ち。
「クロスレイブン!」
「洸刃乱舞!」
なるほどこれは手強い。ナギトは思考の片隅でそういった感想を抱いた。この威力と範囲では螺旋で受け流す事も出来ず、破空で弾く事も不可能だ。では距離を取ったら?そちらも当然想定済みで、おそらくは残る後衛がすでにARCUSを駆動させているだろう。
ナギトの脳裏に閃いたのは、かつての名残。記憶の残滓。攻撃そのものを斬り刻む、刃の防壁。
その名を───
「剣鬼七式、二ノ太刀」
迫る、攻撃。そのすべてを───
「絶刃壁」
───斬り刻み、無へと帰す。
刹那で振り切られた斬撃は放たれず留まり、壁の形を成す。刃の防壁、斬撃の砦である。
クロウから放たれた銃弾は悉くが斬り刻まれて消え、ラウラの洸刃も弾かれる。
あまりの強さに手から剣がこぼれ落ちて、それを拾う───隙。
ナギトの掌が、ラウラの腹部を支えた。その程度の勢いであった。事実、ラウラも不思議顔で───一瞬あと、衝撃が貫いた。
「掌破」
破甲拳に発勁を組み込んだ戦技だった。崩れ落ちる、ラウラの身体。これで残るはクロウ、フィー、エリオット、アリサ、ユーシスの5人。
「クリスタルフラッド!」
放たれた直線のアーツ。足場を凍らせるそれはエリオットの魔導杖から放たれた次への布石だ。高速展開されるそれをナギトは跳んで躱す。
「馬鹿め、空中では───」
「──動けないだろう!」
ユーシスからはアーツが放たれ、マキアスからは散弾が放たれる。
確かに戦技を連発してナギトの闘気は枯渇気味だ。
しかし、空中で動けない…なんて冗談はナギトには通用しない。
ナギトは宙を踏むとさらに跳躍した。それでユーシスとマキアスの攻撃は惜しくも外れる事となる。
虚空剣の応用で、中空に足場を築いたのだ。しかしそれも役目を果たせば消えるのみ。再びナギトは落下して、それを狙うは2人の女。
「ロゼッタアロー!」
ナギトはめちゃくちゃやる。なんなら空中で動くなんて無茶も。そんな冗談みたいな事を本気で考え、だからこそ後詰めだったアリサとフィー。
アリサの力強い一矢とフィーの乱射がナギトを襲う。
だが。
半透明の盾に防がれるようにしてフィーの攻撃はかき消えた。
「は?」
「残念でした」
アーツ“アダマスシールド”である。物理攻撃を一度無効化するという、固定効果がある。この男、しれっと開始前に自分にバフをかけていたのである。ちなみに“物理攻撃無効化”という固定効果のためナギトの“ARCUS適正云々〜アーツの出力が低い”はこのアーツに限り作用しない。
続いてアリサの一矢を流して返却してやる。
「螺旋──ロゼッタアロー返し」
自らのSクラフトを喰らい…アリサ、リタイア。
ナギトは着地と同時に剣を地面に突き立て、雷電を走らせる。それは身近な者たちに襲い掛かり、痺れと共に硬直を与える。
「迅雷・重」
雷鳴が走る。まずはエリオットに、続いてマキアスもリタイア。そしてクロウに──止められた。
二丁拳銃で太刀を受け止めたクロウと目が合う。思考の半分が沈んでいるナギトの怖気を呼び覚ますほど透徹した瞳だった。
くるりと二丁拳銃を回したクロウはその勢いで太刀を逸らしてナギトに蹴りを入れる。
否。蹴りは入らない。代わりに足を掴まれてユーシスに向かって投げ放たれた。
クロウを投げられたユーシスは一瞬だけ迷い、避ける事を選択。
しかし、その一瞬の迷いの内にナギトはフィーと数合切り結ぶと、拳を腹にめり込ませて気絶させる。
「くっ、こうなりゃ一か八かだ!」
「ああ、合わせるぞクロウ!」
どうやらクロウとユーシス──残った2人はタイミングを合わせて攻撃を仕掛けてきた。
クロウの銃撃がナギトを補足───できない。雷速で踏み込んだナギトは、剣を振り上げてSクラフトを放とうとしていたユーシスの懐に入り、顎をかすめるようにアッパーを放つ。脳が揺れてまともに立てず、ユーシスもリタイア。
「チィ!」
またも疾風の歩法で回り込んだナギトを、クロウの銃口は捉えられず、背後を取られる。
チャキ、と太刀を構えられてホールドアップだ。クロウは「クク」と笑うと手を挙げた。その手には変わらず銃はあったものの。
「こりゃ勝てねえな。まいった、降参だ──」
そんな言葉と共にナギトは太刀を下げ──
「──なんてな!」
振り返り、銃を構える───その前に、太刀が喉元に据えられているのに気づく。
「…やると思ったよ。50ミラ先輩」
どうやらクロウがずる賢い事は過去の出来事から把握済みのようで、今度こそクロウは敗北を受け入れるしかなかった。
これにて実技テストも終了。サラにその合図をしてもらおうと、納刀して視線を走らせたナギトだったが、サラの姿はない。
疑問に思ったのも束の間、背後で銃を構える音が。
「はい、これでアンタの負けね…ナギト」
言わずもがな、サラ・バレスタインである。
「…嘘でしょ?」
「ホントよ? だって私は言ったわよ。“ナギト対全員”ってね。間違ってもナギト対Ⅶ組の生徒…なんて言っちゃいないわよ」
確かにそうだが。しかし途中までナギトとⅦ組メンバーの対戦を見て評価つけてたふうだったのに。
つまり、この担任教官はこんなにもずるい手段でナギトから勝利を奪おうとしているわけだ。しかしナギトも“確かに”と思った事は認めざるを得ない。はじめに“サラ教官は参加しませんよね?”というように確認しておけば良かったのだ。
だからこそナギトはため息をついて、
「ないわー」
負けを認めるのだった。
☆★
実技テストの後、ナギトを含めた全員─サラ除く─が意気消沈したまま次の実習地が明かされた。
ナギトはA班。メンバーはリィン、ユーシス、ガイウス、ラウラ、エマ、ミリアムにナギトを加えた7人。行き先は湖畔の町レグラム──ラウラの故郷だ。
B班はアリサ、マキアス、フィー、エリオット、クロウの5人で、行き先はジュライ特区。
そして今回の特別実習は、2日間の実習の後、帝国東部ガレリア要塞に行く事も説明された。
A班の行き先であるレグラムは、ラウラの実家──つまりアルゼイド子爵家が統治する領邦だ。
一応はユーシスの実家であるアルバレア公爵家の領地を任されているいち領主であるのだが、ヴィクター・S・アルゼイド子爵本人の気質もあってか独立独歩の気風が強いという事らしい。
このヴィクターは《光の剣匠》とも呼ばれる凄腕の剣士で、帝国軍の剣術指導などもやっている人物となる。ラウラの娘目線でも帝国三指に入る実力者とのこと。ただ自由過ぎるらしく、今回の実習で出会えるかはわからない…というのが残念なところだ。
アルゼイド子爵家のミドルネームであるSは、サンドロットの頭文字である…というのはすでにラウラから聞き及んでいたナギトだったが、またその事についてもラウラの口から語られる。
ドライケルス大帝が駆け抜けた獅子戦役にて、彼を支えた英雄──リアンヌ・サンドロット。《槍の聖女》とさえ評された馬上槍の腕前は凄まじく、歳若い女の身でありながら《鉄騎隊》と名乗る兵団を率いていた。彼女自身は獅子戦役の終わりに急死するが……
リアンヌの腹心として《鉄騎隊》の副長を務めたのがアルゼイド家の祖先であるという話だった。
リアンヌが急死した事で断絶したサンドロット伯爵家の領地を継いだのがアルゼイド子爵家という筋書きらしい。
そんな話を列車で聞き、やはりすまし顔でブレードに全勝する。バリアハートで列車を乗り換えて揺らされる事数時間、湖畔の町レグラムに到着した。
列車に乗る前にリィンらがノルド高原で出会ったというレクター・アランドール情報局特務大尉とトリスタ駅で遭遇する事になったが、ナギトはクレアと同じくどこかで出会った気がした。明確には覚えてないため口にする事はなかったが。
レグラムは一年の半分は霧のかかった風光明媚な土地として知られるが、今回ナギトらが到着した時もそうであり、早速土地柄のものを味わう事となった。
駅を出た所でナギトらA班を出迎えたのは、アルゼイド家の執事であるクラウス。どうやらアルゼイド流の師範代でもあるらしく、立ち居振る舞いに品がある。
そのクラウスに連れられてレグラムを巡る。そこでわかったのはレグラムにもノルドであったような精霊信仰の名残りがあること、飾られた石像──中央の女性に傅く、大剣を持った人物──曰く、これがラウラの祖先である《鉄騎隊》の副長の姿であると。──それと対になるように斧槍を掲げた石造もあった──。そして、霧と湖の向こうにはレグラムの喪われた主人、サンドロット家のかつての居城であるローエングリン城があると。
それからアルゼイド流の総本山たる道場の前を通り過ぎて、子爵邸に到着した。今回の実習では子爵邸を宿泊施設として利用させてもらう事となっていた。A班は子爵邸に荷物を置くと、実習課題を預かるという遊撃士協会支部への向かう。
帝国では活動を制限されている遊撃士だが、このレグラムでは例外らしい。どうやら領主ヴィクターの意向を反映したものだと。本人も爵位持ちでなければ遊撃士になりたかったと言うほどらしい。
そのレグラム支部にて一行はトヴァル・ランドナーと名乗る青年と出会う。ナギトは初対面だったが、リィンらはバリアハートで何度か助けられたらしく、その彼から実習課題を受け取ってA班は課題に取り組んだ。
課題を終える頃には日も落ちかけていて、A班はレグラム支部に依頼達成の旨を伝えにいく。
レグラム支部では先に会ったトヴァルと、壮年の男性がいた。ラウラが「父上」と呼ぶ彼こそがヴィクター・S・アルゼイド───ここレグラムの領主だ。
一行はヴィクターと挨拶を交わした後、アルゼイド子爵邸にて彼と夕食を共にする事になった。
夕食の場では談笑で和む。「娘は年の割に浮ついた話がない」──なんてヴィクターは嘆き笑んでいたが、その時視線がA班男子勢を走ったのを確認したナギトだったが、特に狼狽える素振りは見せず、自然とラウラに視線をやる。
ラウラも慌ててはいない。……ラウラの性格であれば、ナギトとの関係について多少は動じた様子を見せるかと思ったが、あちらもなかなか役者のようだ。
「それにしても……」
そこでヴィクターはわざとらしくナギトを値踏みした。視線が座ったナギトを舐めるようにしていく。
「初めて見たな…そなたのように剣に特化した者は」
「……私が、ですか?」
「うむ」とヴィクターは首肯した。
「多少は衰えているようだがな。 ラウラもこれまで剣一筋で生きてきたが…正直そなたほどではないだろう。天稟だけではない…そなたを育てた人物はよほどそなたに剣を極めて欲しかったものと見える」
ナギトを育てた人物。
──八葉一刀流。
──剣聖に比肩する実力。
──剣に特化した肉体。
ピースは揃ってきた気がする。
黙したナギトを見てどう思ったのか、ヴィクターは「ああ…」と声を漏らした。
「そなたが娘の手紙にあった“記憶喪失の友人”か。これは悪い事を聞いてしまったようだ」
どうやらラウラはナギトの事を手紙に書いていたらしい。その言い方から、やはりヴィクターはラウラとナギトの関係を友人止まりと考えているようだが……さっきボケて“実はキスしちゃったんですぅ!”なんて雰囲気を出さなくて良かった。
ラウラの幼い時分に妻を亡くしてからは男手ひとつ──家人がいるから実際は違うだろうが──で育て上げたのだ。“悪い虫、排除”みたいな過激思想でもおかしくはない。
「いえ、構いません」
ナギトは微笑みでその謝罪を受け入れ、話が一段落した所で、自らの畏れを見抜かれたリィンがヴィクターに手合わせを申し込んだのだった。
子爵邸を出てすぐ、アルゼイド流道場にてリィンとヴィクターは向かい合っている。ヴィクターの手には家宝たる“宝剣ガランシャール”があり、リィンは瞬く間に敗北を喫する事になった。
手合わせ前にユーシスが言った通り「指南ならまだしも手合わせなど無謀だ」というのが実現されたかたちとなる。
しかし、それだけでは終わらない。
リィンはヴィクターに看破されるままに、力を解放した。旧校舎地下でエリゼを救った時に見せた、あの力を。
艶やかな黒髪は刃の如き白銀に染まり、穏やかな黒瞳は血の滲む赤となる。さらに赤黒く禍々しいオーラさえ纏っているように見えた。
雄叫び──否、獣声をあげてヴィクターに飛びかかるリィン。その膂力は先程とは比較にならず───しかし、ヴィクターの足元にさえ届かない。
ヴィクターは荒ぶるリィンの太刀筋を綺麗に受け流すと、奥義を叩き込んで終いとした。
精魂を使い果たしてなお及ばぬ力量にリィンが跪く。A班の面子は揃ってリィンに駆け寄った。皆がリィンの心配をしたが、ヴィクターは手加減をしてくれたようで大事はない。
「力は所詮、力。使いこなせなければ意味はなく、ただ空しいだけのもの。だが──あるものを否定するのもまた、“欺瞞”でしかない」
それはリィンに向けられた言葉であったが、ナギトの胸中にも深く響いた。
ナギトの“力”と“畏れ”はリィンのそれに近しいものがある。《剣鬼》という過去。《剣鬼》の実力。
ナギトは《剣鬼》という過去を畏れるあまり、《剣鬼》としての実力を封じてはいなかったか。《剣鬼》の過去は隠しつつも力だけは利用する──そんな器用な真似はできなかった。
だからこそ、《剣鬼》の過去が明らかにされた時は目に見えて憔悴したものだ。
だが、ここでのヴィクターの言葉を受けてナギトの意識には変革が齎された。
ナギトが《剣鬼》の力を扱うにはまず、《剣鬼》としての過去を受け入れる必要があったのだ。思考を無にして全てを忘却の彼方へと送る“無我”ではなく。思考を沈澱させて夢を見るように生きる“夢我”でもなく。
《剣鬼》もナギト・シュバルツァーの過去。ナギトの一部なのだから。
───今にして思えば、ナギトがこうして《剣鬼》を受け入れる土壌を作ってくれたのはラウラだ。今月の自由行動日では、ナギトが《剣鬼》の過去を取り戻してもナギトであると保証してくれた。ナギト自身もそう信じる事ができた。
ゆえにこそ感謝が溢れる。愛しさが零れる。
「ラウラ」
未だ話が続く中、ナギトはその流れをぶった斬るようにして告げた。
「愛してる」
なんのてらいもなく、あっけらかんと言い放ったナギト。周囲がしん、と静まり返る。それはたった一瞬、ナギトの言葉を理解するだけの間だった。
次の瞬間、練武場が騒然となった。女性陣(ミリアム除く)は総じて顔を赤らめ、男性陣は驚愕。
ちなみにヴィクターは納刀したはずの宝剣を再び抜いていた。
ナギトはニヤついてヴィクターの前に立つ。
「さて……どういう意味か、尋ねてもよいか?」
肩をすくめて答えて見せる。「そのままの意味ですよ」と。
ヴィクターからほんの僅かに殺気が漏れた。ナギトはあげた口角を引き攣らせまいと努めて。
「ラウラ」
ナギトでは埒が明かないとヴィクターはラウラに事情を尋ねようとする。
「いえ、父上……その、何もない…わけではない、のですが……」
ラウラからすれば、ナギトとは“何もない”わけだが、今月の自由行動日に“キスをしたフリ”をして誤魔化している身としては、ここで真実を語るわけにもいかず。
口籠るラウラにナギトは「ふふん」と鼻を鳴らす。ヴィクターは静かに青筋を立てて……
その後、ひどく下品な挑発ととんでもない勘違いにより、ナギトとヴィクターは試合う事となった。
☆★
リィンはナギトの事を兄弟だと思っている。血は繋がっておらずとも、この絆は本物だと信じて疑わない。どちらが兄で弟なのかという議論はさておき。
そんなナギトと共にトールズに入学してからというもの──手合わせをしていない。郷にいた頃は毎日のようにやっていたのに。
入学したての頃は授業の予習復習で時間が取れず、余裕ができるようになってからも、避けていたと言える。
理由はひとえに、ナギトの成長が著しく、リィン自身が胸を張って彼の兄弟だと言えなくなってしまったから。ナギトが聞けば、それこそ鼻で笑うだろうが、今のリィンにはナギトと肩を並べて戦う力はない。特別実習のたびにめきめきと頭角を現していくナギトに気後れしているわけだ。
そうしてナギトの実力を認めているリィンだが、先日の実技テストでは胆を抜かれた。いくら成長著しいとは言え同年代。あの人数差で負けるわけがない。──そういう油断はあったにしても。
それにしても、あの人数を相手にナギトは圧倒した。……結局はサラに一本取られたらしいが。ぶつくさ言うナギトにひとまず「お前が悪い」とは言ったが。
あれほどの驚愕は過去に例がなく。
それ以上の驚愕を、今、得ている。
ほんの少し“ナギトなら”という期待はあった。Ⅶ組の総員を相手取り圧倒したナギトならヴィクター相手でも一矢報いるくらいはしてくれるのではないかと。
ヴィクターにやられたほうほうの体で思索に耽っていたせいか、聞き逃した言葉があった。しかし確かにナギトの口はこう紡いだ。「キキゴウイツ」と。
刹那、ぶわりとナギトから闘気が溢れ出た。血液を思わせる紅く緋い───。
始まったのは、達人同士の斬り合いだった。
兄弟と呼んだ男が。同年代の男児が。帝国最強に名を連ねる《光の剣匠》と切り結ぶ──そんな光景を目の当たりにする事になる。
☆★
「ゆくぞ───!」
リィンの時と違い、先手をしかけたのはヴィクターだった。ナギトは絶招の後、剣を構えたまま動かず───
「はっ!」
──笑った。
“娘を盗られる父親”という役割をまんまと押しつけられたヴィクター。一撃目は大振りになると見込んだナギトはカウンターを狙っていた。
ヴィクターが怒りを原動力にナギトに切り掛かる。───瞬間、怒りを脱ぎ捨てた純粋な剣士に変貌した。
それは、笑うってもんだ。確かに剣士にとって“剣を振るう”事以外は不純物と言えど。自らの感情を完全に制御し───怒りは原動力にするだけとは。
───これが帝国最強。
────これが《光の剣匠》。
─────これがヴィクター・S・アルゼイド!
放たれた玄妙なる初撃は受け流す事叶わず、ナギトはカウンターから迎撃に意識を切り替える。刹那、太刀に業炎が灯る。
光と炎が弾けた。ナギトとヴィクターも弾かれるようにして距離を取る。
「ほう。よく受け止めたものだ」
「かーっ!まんまと挑発成功したと思ったんですがね!」
笑みを交換した。剣を構えて一拍、今度はナギトから仕掛ける。
「迅──」
音を置き去りに。雷の速度で迫る。
「──雷・」
何度でも。
「重───!」
雷速。まさしく落雷の速度で。稲光さえ発するように、ナギトは何度でも肉薄し。その都度当然のようにガードされる。
「─ッ!」
だけではない。ヴィクターは反撃してきた。瞬時に宝剣に光を灯すとそれをナギトに叩きつける。
ただの一振りがラウラの奥義に比肩する。太刀を攻撃から防御に切り替えてなんとか受ける。あり得ないほどの衝撃で吹き飛ばされ練武場の壁に激突───しない。空中でくるりと身を翻すと、壁に着地した。
「雷軀来々!」
──着地した、その姿が増殖する。
都合4体の分け身が出現した。雷で仕立て上げられたそれは、練度が低い───低くていい。たった一度、相手に突撃するだけでいいのだから。
現れた4人がヴィクターを取り囲むように跳躍して着地。同時に迅雷を放つ。
「はあっ!」
洸閃牙。回転切りで分け身のすべてを無へと帰す。
雷鳴が轟いた。雷撃の全てを剣に込めてナギトが跳んだ。
「──雷神烈破!」
ヴィクターの手にある宝剣が、さらに輝き極光を宿す。ヴィクターが《光の剣匠》と呼ばれる由縁。剣を光の翼と化すアルゼイドの奥義だ。
「──洸刃閃舞!」
突き出した雷神の刃に極光が放たれる。雷鳴と光で世界が塗り潰された。
───世界が色を取り戻す。刹那の静寂の後、ナギトとヴィクターは互いに感じていた。
──次が最後の一合になると。
ヴィクターは再び宝剣ガランシャールに極光を灯す。リィンにやったのと同じように、アルゼイド流の奥義“洸凰剣”を見舞うつもりだ。
対するナギトは瞑目し、────自らの内側で、ようやくイメージが出来上がった事を意識した。呟く。
「
合一するは八葉一刀流。そしてアルゼイド流。
「絶技」
ヴィクターが極光と共に奔る。
「緋技」
ナギトの太刀は緋色の輝きを宿す。幾重にも緋空斬が放たれ、ヴィクターの行動を阻害すると、空中でぶつかって互いに弾けた。
砕かれた緋空斬が舞い散る様はまるで紅葉のようで───
「──
それが、ナギトの太刀に収束していく。
まずいと直観したヴィクターは宝剣を振り抜いた。
「──洸凰剣!」
太刀に収束した緋空の欠片と己のありったけを、振り抜く。
「───
極光が弾け、緋色が吹き飛ぶ。
──────完全に、互角だった。
そしてそれが、この決着となった。