閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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始まりの一太刀

 

「気づいてるみたいだけどあの城、“何か”あるわよ?」

 

 

夜半。ローエングリン城を望むアルゼイド子爵邸、テラスにて。

2人分の女性の声で会話が行われていた。1人はエマ・ミルスティン───Ⅶ組の一員。そしてもう1人の姿は……見えない。

 

ちらりとテラスを覗いたナギトの目に映った人影はエマ1人だけのものだ。ならばエマはテラスでいったい誰と会話しているのかという事になるが……当然、人ならぬモノという事になろう。

テラスにエマ以外の人影はない。──しかし、1匹の猫の姿ならあった。

とても信じられないが、そういう事だろう。

 

 

「ええ……、ラウラさんにそれとなく伝えるしか──」

 

 

厳な雰囲気で話す2人の間にナギトが飛び込む。

 

 

「わっ!」

 

 

「きゃ!?」

 

「ニャッ!?」

 

 

驚く、2人分の声。ナギトはそれに「ぶはははは」と笑い。すぐさま逃げようと試みた猫の首根っこを捕まえた。

 

「ちょ、今の人の動き!?」

 

 

首根っこを掴まれてぶらんぶらんと揺れる黒猫は取り繕うのをやめてナギトを睨む。

 

 

「はっは。まあ一応人の技の範疇ですぜ」

 

 

からからと笑って流すと、黒猫をエマに預けた。

 

 

「ええっと…一応、はじめまして。…セリーヌ、だったかな?」

 

 

黒猫──セリーヌはエマの腕の中で諦めるようにため息をついた。月光を反射するほど光沢のある体毛は美しさの証か。

 

 

「ええ、はじめまして…ナギト・シュバルツァー。エマが世話になってるわね」

 

 

どうやらセリーヌはエマのペットと言うよりお目付け役のような立場らしいとセリフから判明した。

ひとまずの挨拶を終えたナギトは視線をセリーヌからエマに移す。エマは困ったように笑いながらナギトに問いかけた。

 

 

「…ナギトさん、どうしてここに?」

 

 

「んー?…まあ、偶然というか必然というか、運命?──いや、軌跡か」

 

 

いつものように、誤魔化すように。言葉を紡いだナギトにエマの視線は厳しくなる。

のらりくらりとしたナギトらしい言動だが、おそらく本当に理由はわからないのだろう。

 

 

「そろそろ聞かせてほしい、ノルドでのこと。エマ───エマ・ミルスティン」

 

 

ナギトはエマにノルド高原での実習の際に“暗示”とやらにかけられた。その時は何の要因かナギトは自力で暗示を解いて、エマに詰め寄ったものだが。

エマはナギトの追求を先送りにする事で躱したが、その取り立てが今日というわけだ。思えば2ヶ月ほど経っている。今まで良く待ってくれたとも言えそうだ。

 

しかし、エマはうつむいた。それは“話さない”という意思表示のように感じられて、ナギトは嘆息する。

 

 

「……俺は、エマの事が好きだぜ」

 

 

だから、爆弾をぶっこんだ。

エマはすぐさま顔を上げてナギトを見つめる。その頬には赤みが差していて───少し顔を逸らして息を整えると、ジト目でナギトを睨んだ。

 

 

「先程、ラウラさんに“愛してる”と言った口で女の子を口説くのはどうかと思います」

 

 

「かっ!まったくもってその通り……でもアレだ。意味が違うの、わかるだろ?」

 

 

少しだけ言い訳臭くなったナギトの言葉。相手に答えを託したが、爆弾が効き過ぎたのかエマのジト目は止まない。

 

 

「……ノルドでも言ったけどさ、俺はエマを“仲間”で“友達”だと思ってる。だからエマが何者であろうが、受け入れられると思うよ。 例えば…歴史から消えた一族の末裔でも、怪しげな黒猫を使い魔とする魔女でも」

 

 

それはただの例え話。しかしあまりにも的を射た推測にエマは絶句した。絶句した主人に代わって口を開いたのはセリーヌだった。

 

 

「なにそれ?もしかしてさっきの発言と関係あるのかしら?」

 

 

ナギトの口角が醜く歪む。ナギトの例え話と同じく当てずっぽうの牽制だろうが、とても───

 

 

「さあ?そうかも?」

 

 

──だから、誤魔化す。

 

 

「それに過去がどうこう言い出したら、俺の方がやばいだろうしな。たぶんフィー(猟兵)も真っ青の経歴だぞ」

 

そうして、そんなふうに適当に自虐してエマの次の言葉を待つ。しかしエマは苦い顔をしたまま答えなかった。

 

 

「ま、それは今はいいや」

 

 

ぱん、とナギトは笑顔を切り替えた。話題も。2ヶ月待った“エマの正体”という謎を解き明かす機会をさらに先延ばしにするつもりだ。

先延ばしにしても聞き出さねばならない、別の事が出来たから。

 

 

 

「で、リィンが“間に合う”云々って話は──前の“騎神”ってのと関係あんの?」

 

 

 

どうしてそこが繋がるのか。どうしてそこを繋げられるのか。点と点をいったいどうやって線で結んだのか。

 

今度こそ、エマとセリーヌは併せて絶句した。

その反応は図星だと宣言しているようなもので───

 

 

「エマ、暗示で忘れさせるわよ!」

 

 

「……ええセリーヌ、お願い!」

 

 

 

だからこそ、強制的に忘却させようとした。狼狽えたエマと違いセリーヌの決断は速く。

エマとセリーヌの瞳がいっせいに金色に輝き───

 

 

 

「───無駄よ」

 

 

───妖艶な声が、それの邪魔をした。

 

 

 

「この声、まさか…!」

 

 

「────姉さん!?」

 

 

 

蒼い鳥が子爵邸のテラスに舞い降りた。「グリアノス!」とセリーヌが叫ぶ。その蒼鳥──グリアノスが翼を広げると同時に人影が空間に投影された。

 

映し出された人影はヴィータ・クロチルダのものだ。

 

 

 

「ヴィータ、あんたどうして…」

 

 

「……姉さん……」

 

 

エマとセリーヌはそろって悲しげで、ほんの少しだけ嬉しそうな顔をする。それにヴィータは困ったように笑った。

 

 

「久しぶりねエマ、セリーヌ。ナギトくんも」

 

 

ヴィータの久闊を叙する先にナギトがいた事にエマとセリーヌは何度目かの驚愕を宿す。そのナギトはやはり「はっ」と気が抜けるように笑った。

 

 

「なんだ、忘れられてたと思ってましたよ。この前、帝都で会った時も……」

 

 

無視された。およそ半年前、トールズの入試の帰りに帝都観光した際に邂逅したナギトとヴィータだったが、先月の実習で再会した時は知らない人扱いされた。

その事について言及したナギトに対してヴィータは艶然と微笑む。

 

 

「あら? 私と貴方の関係は周りにバレちゃだめでしょう?」

 

 

帝都歌劇場の大スター、《蒼の歌姫》とも呼ばれる美女にそんな事を言われた日にはくらっときてしまうものだ。ナギトもわざとらしく立ちくらみが起きたふりをした。

 

 

「くうっ……これが、魔性の女……!」

 

 

そんなコントにエマはやはり困ったように笑って……それから、真剣な眼差しをヴィータに向けた。

 

 

「姉さん。言いたい事は色々あるけど…それは次の機会にするわ。 ナギトさんに“暗示”が無駄ってどういう事?」

 

 

ヴィータもナギトのボケにくすくすと笑んでいたが、エマに問いかけられると真面目な表情になる。

 

 

「ええ、それはナギトくんが───“特異点”だからよ」

 

 

「“特異点”?」

 

 

エマは鸚鵡返しに問う。セリーヌとナギトは眉根を寄せた。

 

 

「そう、“特異点”……世界の歪み、あるいは御伽噺の変革者。……過去を改竄し未来を編纂し、既存の物語を剪定する者」

 

 

ヴィータは子供に言って聞かせるように、丁寧に説明している。例え意味が聞き手に伝わらずとも。

 

 

「───そういうふうに、聞いているわ」

 

 

そんなヴィータもまた、ナギトが“特異点”である事を人伝てに聞いただけのようだった。

 

 

「──意味がわからないわ、姉さん」

 

 

おそらく与えられた情報はヴィータとエマで相違なく、しかしそれ以外で決定的に欠けているピースがある。

そしてナギトは、その欠けたピースを本能的に知っているが故にヴィータの説明に納得した。まったくどういった意味か理解できていないが、己が“特異点”であると納得した。

 

 

「意味は…わからなくていいわ、少なくとも今は。 それにしてもナギトくん、驚かないのね…私とエマが姉妹だと知っても。私の表しか知らないはずの貴方が、私の裏の顔を知っても」

 

 

ヴィータの試すような口調に、ナギトはようやくハッとした。ヴィータの言う通り、どうして自分はヴィータ・クロチルダとエマ・ミルスティンが義姉妹だと何の疑問も持たず受け入れられたのか。どうして自分は《蒼の歌姫》ヴィータが、こんな魔女じみた技を使っていても驚かないのか。

 

 

「自覚は薄かったようね。……それも特異点としての特別性かしら?」

 

 

少しだけ考えて、ヴィータの言うそれが、自己を悩ませてきた“確信”と根源を同じとするものだと結びつけた。

そういえば、セリーヌの名を知っていたのも。

そういえば、エマとヴィータが血の繋がりのない義姉妹だと知っていたのも。

 

───挙げればきりのない、“そういえば”だ。

 

 

「さて、それで…どうして“暗示”が効きにくいか、だけど、それはナギトくんが特異点だから。そして特異点は、本来世界の干渉を受けない存在で、───器の自覚で効きが良くなるもの、悪くなるものがあるのよ。暗示は後者ね…自覚した事で概念的な防御は淀んでしまったけど、逆に精神的な防衛が敷かれてしまった。常人ならそれでも暗示にかかる可能性はあるけど、特異点なら効果は望めないわね」

 

 

 

ヴィータの説明に、エマはまたも苦い顔だ。説明があまり理解できないし納得もしたくない…といった感じだ。

対するナギトは勉強になる、とばかりに聞き入っている。自身の存在を紐解かれる事に関しても、ほんのわずかな恐怖はあれど、むしろ感謝だ。

 

きっとそれは《剣鬼》という過去以上にナギトの起源に関わる事だから。

 

 

「こんなところかしら」とヴィータは締める。

 

 

「……理解も納得もできないけど、ひとまずは引っ込めるわ。…その上で、新しい問いよ。どうして姉さんはここに現れたの?…グリアノス越しとは言え、音信不通だった姉さんが……」

 

 

セリーヌが「エマ…」と口籠る。それだけ痛々しい顔をエマはしていた。慕っていた姉がフラっと消え、再会はこんな唐突。

どうして出奔してしまったのか、なんて問い掛ければ姉の姿が幻のように消えてしまう気がして、だからそんな問いに留まった。

 

 

「…近くで少し打ち合わせがあってね。今はもう帰っている最中だけれど……」

 

 

「──打ち合わせ?」

 

 

 

エマと同じように鸚鵡返しでヴィータに問うナギト。“それってまさか《幻焔計画》の?”とは続けられない。

どうして自分が知っているのか───きっとそれも“特異点だから”なのだろうが。

 

ヴィータは「ふふ」と笑う。それはナギトたちの未来を予見したものであったか。

 

 

「ええ。あの人とね。あの人は本来、クロスベルに集中してもらう手筈だったけれど、貴方──特異点が帝国にいる事も判明したし、こちらにも顔を出してもらう事になったの」

 

 

“あの人”───該当する人物を脳内で検索する。ヒットしたのは一件。まだ知らないはず、という謎も“特異点だから”で納得しておく。

 

 

「タイミングが合えば、今回の実習で会えるかもしれないわね」

 

 

ヴィータはそう言って柔らかく、しかし艶然と笑むと別れの挨拶を口にした「それじゃあまた」と。

蒼鳥グリアノスが広げていた翼を閉じる。ヴィータの姿がかき消えた。

 

「待って、姉さん───!」

 

 

羽ばたく鳥は、エマの伸ばされた手に応える事なく夜の闇に消えていった。

 

 

 

☆★

 

 

特別実習2日目。前日も濃い経験をしたナギトだったが、この日はさらにとんでもない事態に直面する事になった。

その一点目というのが、手配魔獣───街道に出現した“機械仕掛けの魔獣”とも言うべき存在だ。撃破そのものに難はあらずとも、存在そのものが不気味に感じられた一行はトヴァルに報告する。

 

二点目、A班が課題を達成してレグラムに戻ると波止場に水上定期船がいた。問題なのは、それを警護するように領邦軍──しかもラマール州の領邦軍が周囲をうろついていたからだ。

トヴァルの話によると、ヴィクターを訪ねて貴族のお偉いさんが来ているとのこと。A班はそのまま子爵邸に急行した。

子爵邸ではいかにも貴族らしい格好をした中年の男と対面する形でヴィクターが話をしていた。中年貴族の背後には黒いジャケットを着た戦士2人が控えていてどちらも只者ではない事が一見してわかる。

話を聞くに、中年貴族──カイエン公爵は近々催されるという貴族の大規模な会合にヴィクターを誘いに来たらしかった。加えて正規軍の軍事調練についても控えるように言う。───要は貴族派に与した行動をせよ、と釘を刺しに来たわけだった。

しかしヴィクターは貴族でも中立を貫く人物であり、カイエン公爵の誘いは受け流していた。

 

ひとまずの話を終えたらしいカイエン公爵は短く挨拶を交わすと、子爵邸を出て行く素振りを見せた。そしてA班の貴族生徒──顔見知りらしいラウラとユーシスとも軽く会話し、護衛の男2人を引き連れて出て行く────、その護衛2人は一行がⅦ組であると看破した。どうやら縁があって調べたのだとか。

よく喋る胡散臭い細身の男を、寡黙で筋肉質な褐色の男が戒める。閣下──カイエン公がお待ちだと。

 

去りゆく2人にナギトは気づいたように声をかけた。

 

 

「ああ、フィーなら元気してますよ」

 

 

弾かれたように振り返る2人の男にナギトは微笑んで見せる。

 

「閣下がお待ちでは?」

 

肩まですくめて見せたナギトに痩せぎすの男が「ハッ」と笑った。

 

 

「ええ度胸やないか。ようわかったな?」

 

 

「隠してないですからね」

 

 

とんとん、と胸のあたりを叩いて見せる。男2人の黒いジャケットの胸部には風を纏う鳥がエンブレムとしてあった。フィーの古巣《西風の旅団》のマークだ。

 

「よう見とる。それによう知っとる」

 

男は感心したように、あるいは嘘臭くうんうんと頷いた。

 

 

「俺はゼノ。こっちのでかいのはレオニダスや。坊主、お前は?」

 

 

それから、ゼノと名乗った男は興味(殺気)を隠せずにナギトに名を問いかけた。

 

 

「………ナギト」

 

 

「ほう、お前がそうかい。…まさかこんなとこで会うとはな」

 

 

「今回は挨拶でいいだろう。ゼノ、行くぞ」

 

 

「りょうかーい、ほな…またな」

 

 

ゼノとレオニダスはナギトに鋭い視線をやりつつも、手を出すような事はなかった。それはカイエン公を待たせている事もあるし、この場にはヴィクターがいる事もあるし、何より機会ではないからだった。

 

子爵邸から出るゼノとレオニダスの背中を油断なく見送って「ふう」と一息つく。

同じように男2人を見送ったA班の面々も同じようにため息をついて、それからナギトを見た。

 

 

「知ってた、のか?」

 

 

代表してか、リィンがナギトに問いただす。

 

 

「いやー、エンブレムも隠してなかったしな。それに少しフィーと雰囲気も似てたし」

 

 

なんて事ないようにナギトは語るが、リィンに、A班のメンバーにとっては恐るべき事だ。

 

 

「それにしても《西風》のマークを良く知ってたな」

 

 

「あー、言われてみりゃそうだな。なんでだろ」

 

 

これもまた事もなげに言うナギト。

 

 

「ナギト……お前、最近…なんだか………」

 

 

怖いぞ。とまでは言えなかった。ゼノとレオニダスと対峙したナギトには2人と同等の凄みがあった。昨日ヴィクターと引き分けた事も手伝って、ナギトの化け物じみた能力がどんどん覚醒していって、遠い存在に感じられる。

その一言は、それを決定的なものにしてしまいそうな気がして、だから言えないリィンだった。

 

 

☆★

 

 

カイエン公爵の去った子爵邸でヴィクターはA班と話し、貴族でも中立派の者たちに結束を呼びかけるためにトヴァルと共に出発した。

残されたⅦ組A班の面々は遊撃士協会支部で書類仕事を片付ける事になる。

 

それからしばらくして夜になる。支部に相談が寄せられた。“子供が夜になっても帰ってこない”と。

 

 

聞き取りの結果、件の子供2人は湖の向こう、ローエングリン城へ向かったという事がわかった。しかし、彼らがローエングリン城へ行くのは初めてでもないらしく、ボート転覆の可能性なども改めて調査する事になる。

A班は用意されたボートに乗り込むと、対岸のローエングリン城へ向かった。

 

救国の聖女が本拠地とし、勇士が集ったローエングリン城はどこか不思議な光を帯びていて、今や立ち入り禁止となっている鐘楼から鐘の音が響き渡る。

 

城の船着場には子供が乗ってきたらしきボートもあり、こちらの岸には無事に到着していたようだ。それから一行は坂を登ってローエングリン城へ入場する。

 

A班の面子が城に入るのを待っていたかのように、ローエングリン城の扉は閉じられた。当然のように開かず、怯えるミリアムはアガートラムで扉を破壊しようとするも結界に弾かれてしまう結果となった。つまりこの城に閉じ込められたのだと理解する。

 

霊感ありを自称するエマの導きによりA班はローエングリン城の探索を開始した。城内各所の結界に対応する宝珠を回収しつつ敵性霊体を相手にしながら進む。

 

途中でトールズ士官学院の旧校舎地下4階にあった扉と酷似した紋様が描かれた扉を発見した。調査してみるがうんともすんとも言わず、ひとまずは放置。このローエングリン城はトールズ士官学院を創設したドライケルスの盟友であるリアンヌの居城だ、何らかの関係があってもおかしくはない。

 

さらに進み、敵性霊体に襲われている子供たちを保護するが、城の結界は未だ解けていないため、原因を探るべく奥を目指す。

 

ローエングリン城の最奥部には一際大きい宝珠が設置されていた。エマによると、これが城の異変の原因という事だった。

破壊すべく近づくと宝珠を守るようにして大きな霊体が立ち塞がった。

不死の王ノスフェラトゥとも呼ばれる魔物だ。A班一行は子供を守りながら、苦戦しつつも撃破する事に成功した。

 

そして宝珠を破壊するという段になって、A班の面々の身体はぴくりとも動かなくなった。宝珠の抵抗か、あるいはノスフェラトゥの悪あがきか…不可思議な術で拘束されたのだ。誰も動けない中で、視界の端にノスフェラトゥが復活したのを確認する。不死の王というのは伊達ではないらしく、狂ったように笑い声をあげながらノスフェラトゥは鎌を振り上げた。

 

 

死界へと誘うノスフェラトゥの鎌が振り下ろされる────より速く。

 

宝珠が馬上槍(ランス)に貫かれる。それにより宝珠の破壊は成され、ローエングリン城に訪れた異変もノスフェラトゥも消え去る事となった。

当然、A班の面々を縛っていた拘束も解除され、急死に一生を得た事を実感する。

 

 

「──デュバリィ、アイネス、エンネア」

 

 

「「「はっ!」」」

 

 

ナギトらを救ったランスはいつしか消えていて、それをやったと思われる人物の凛とした声が吹き抜けの上階から響く。それに従うようにして甲冑の女騎士3名がA班の前に着地した。

いずれも尋常ではない雰囲気に身構えるA班の面々。その中心にいる栗毛の騎士が代表して口を開いた。

 

「ナギト・シュバルツァー、リィン・シュバルツァー、エマ・ミルスティン、ラウラ・アルゼイド、以上4人は上階に上がりなさい。マスターがお待ちです」

 

 

「馬鹿な……班を分けるわけがあるまい…!」

 

 

敵かもしれない。そんな相手の言に従って戦力を分散する事はできない。ユーシスの言う事は尤もであり、指名されなかったガイウスとミリアムも同意を示す。

指名された4人は少なからず困惑しており、上手く理解が追いつかない。

 

 

「言う事を聞かないのなら、あなた方をここで倒し───、引きずって行ってもいいですわよ…?」

 

 

ナギトたちよりは少し年上…と見られる栗毛の騎士から放たれるプレッシャーは昼間に邂逅したゼノとレオニダスにも勝るとも劣らぬもの。それは横に並ぶ2人の女騎士からも。

この3人を相手取ってしまえば、おそらく栗毛の騎士の言う未来が実現される。

 

 

「どうする、乗ってみるか?」

 

 

初めに提案したのはナギトだった。警戒は続けているナギトだが太刀はすでに納刀していた。リィンはナギトの様子を見て「そうだな…」と考え込む。

 

 

「俺たちに害をなす気なら、さっき助けなければよかったはずだ。あの敵を前に俺たちは為す術もなかった……助けてくれたからには、害意以外の何かがあると思う」

 

 

「一理あるが…子供たちはどうする?」

 

 

リィンの理屈は通っていた。しかしここで保護対象の子供たちの扱いをラウラは問題とした。

 

 

「この者たちからは悪しき風は感じられない。俺たち残された3人で見ておこう」

 

 

「見るからに騎士っぽい出で立ちだしな、子供に手ェ出すような事はないでしょ」

 

子供2人という懸念にはガイウスとナギトが応える事で解決とされる。

 

名指しされた4人は上階に登る事にしたが、階段に一歩足をかけたところでナギトは振り返り女騎士たちに問いかける。

 

 

「上で待ってるマスターってのは何者です?あなたたち3人もそうだが…この夜のローエングリン城で出会ったのはあまりにもタイミングが良い気がするんですけども」

 

この猛者の雰囲気を醸す3人を侍らせる人物とは。昨夜のヴィータの言葉が脳裏を掠めた。

 

 

「今宵、こちらにいらしたのは結社《身喰らう蛇》が《蛇の使徒(アンギス)》…《鋼の聖女》様ですわ」

 

 

「結社…!」ナギトは目を見開いた。リィンらにもにわかに緊張が走る。これまでの実習では《怪盗紳士》ブルブランや《痩せ狼》ヴァルターと刃を交えたナギトだけが経験している奴らのヤバさを共有してはいるが、所詮は情報のみで体験していないリィンたちは「気をつけないと」程度の警戒だ。

しかも“執行者”ではなく“使徒”と言った。すなわち、単なるいちエージェントではなく《身喰らう蛇》の幹部であるという事だ。

ナギトはいつでも太刀を抜けるように気を引き締める。そのレベルの警戒すら油断であるとは、まだ知らぬまま。

 

 

☆★

 

 

 

階段を登る。上階はテラスにも繋がっていて、開け放たれた扉からは月光が差し込んでいる。その月光を一身に浴びるのは甲冑姿の女性。

 

 

「──来ましたか」

 

 

清廉で静謐なオーラを纏う彼女の声は慈愛に満ちた母のもののようにも感じられる。

顔は兜面で隠されているが、その視線がラウラに向けられた事はわかった。

 

 

「シオンの子孫……ラウラ」

 

 

「我が父祖の事を…?」

 

 

視線はエマに。

 

 

「魔女の末裔(すえ)……エマ」

 

 

「っ!?」

 

 

リィンに。

 

 

「あの人の子……リィン」

 

 

「…俺の、出自を…?」

 

 

ナギトに、向けられる。

 

 

「そして───特異点、ナギト」

 

 

 

 

 

「ッ───はじめまして、聖女様! ナギト・シュバルツァーです、どうぞよろしく!」

 

 

わざとらしく大声を出したナギト。それにより雰囲気に呑まれかけていたリィンたちも現実に戻る。

 

 

「何者かは知らぬが、この城で《聖女》を名乗るとはな……S(サンドロット)の名を預かる者として捨て置けぬ」

 

 

剣を抜いたのはラウラ。かつての主人たるサンドロット家の居城で《聖女》を名乗る不埒者を成敗しようと、自らを奮い立てる。

そうする必要があるのは、その立ち姿だけで父を、《光の剣匠》ヴィクターと比肩…否、凌駕する実力を誇ると見て取ったゆえ。

 

リィンはそんなラウラを制して、視線は離さないまま聖女に話しかけた。

 

 

「まずは…先程は助けていただいてありがとうございました。……それで、俺たち4人に何の用件が?」

 

 

 

「……なに、少々縁のある者を見かけたので挨拶しようと思ったまで」

 

 

聖女はそう言って居住まいをただすと名乗りをあげた。

 

 

「結社《身喰らう蛇》が使徒第七柱《鋼》のアリアンロード」

 

 

兜面は取らず、しかし美貌を思わせる声音で名乗った彼女に、いの一番に声をかけたのはナギトだった。

 

 

「アリアンロード殿。どうやら貴公は我々について良くご存知のようだ。そこにどんな背景があるかは知らないが、喋ってはもらえないですかな?」

 

 

アルゼイド家の先祖について。エマの正体について。リィンの出自について。ナギトの特異点という特殊性について。

 

これらすべてをハッタリと言うには、ナギトら4人にクリーンヒット過ぎた。

 

 

「いいえ、話しません」

 

 

聞き出そうとしたナギトに賛意を示したリィン、ラウラ、エマの意志を挫くアリアンロード。

 

 

「というよりは、聞かせたところで無意味でしょう。あの程度の魔物に苦戦するようでは、ここから先の“激動の時代”を生き抜く事は不可能……」

 

 

「“激動の時代”…!」

 

「宰相が言っていた言葉ですね…」

 

 

そのワードに反応したリィンに、エマはオズボーンが同じ事を言っていたと言及する。

 

 

「………そうか。では証を立てれば良いのだな?」

 

 

溢れ出す闘気。弾け飛ぶ烈気。剣を構えたまま、琥珀の瞳でアリアンロードを貫いたのはラウラだった。

 

 

「フフ……豪毅な事です。アルゼイドの娘よ」

 

 

つまりラウラはアリアンロードに挑み、その実力を認めさせる事で彼女に喋らせようとしているわけだ。

 

 

「くく……さっすが。それでこそラウラだ、男らしい!脳筋万歳!」

 

 

その発想にこみあげる笑いを抑え切れず、ラウラを賞賛したナギトにジト目が向けられる。

 

 

「男らしいなど…年頃の女子にいうセリフではあるまい」

 

 

「ごめんごめん、冗談だってば。肩の力抜けよぅ、ラウラ!みんな!」

 

 

そして、いつものように受け流して皆に発破をかける。

 

 

「総員抜刀! 目標《鋼の聖女》! 全力を尽くすぞ!」

 

 

ナギトの冗談に過度の緊張から解放された4人はリィンの号令で得物を構える。

 

 

「その意気やよし。───来なさい!」

 

 

いつの間にかアリアンロードの手には人の背丈をゆうに越すランスが握られていた。まるで虚空から引き抜いたようだった。

 

 

戦闘が開始される。

 

 

 

 

 

「しぃっ────!」

 

 

初手ナギト、迅雷。

意味は最速での奇襲、及び後続の仲間を奮い立たせるための────

 

 

「──遅い」

 

 

雷速で迫るナギトの姿を完全に捉えているアリアンロードはランスで太刀ごとナギトを叩き伏せる。

 

 

 

「ラウラっ!」

 

「ああ!」

 

 

次にリィンとラウラが剣を持って駆け、挟撃を仕掛ける。

 

 

「剣よ!」

 

 

そして正面からはエマのクラフト“イセリアルエッジ”による攻撃。

 

 

「──甘い」

 

 

前と左右からの同時攻撃。それをランスで薙ぎ払う。リィンとラウラは弾き飛ばされ、エマは振られたランスの風圧だけで転倒した。

 

 

 

「荒ぶる神の雷よ……────戦場へ来たれ!」

 

 

 

アリアンロードが槍を掲げる。すると4人を落雷が襲った。アングリアハンマー。

 

 

「ぐっ……」

 

「かはっ」

 

「そん、な…」

 

 

リィン、ラウラ、エマはもろに喰らって戦闘不能だ。ナギトは何とか避けていた。

 

出し惜しみは死に直結すると理解したナギトはヴィクター戦で獲得した絶招を使おうと構える。

 

 

「鬼気───」

 

 

瞬間、眼前にランスが迫る。回避を選択した。

 

 

突き出された槍はナギトの頬を掠め、一条の傷を残している。

 

 

「戦場で常に十全の力を発揮できると思わぬ事です」

 

 

「く……!」

 

 

アリアンロードを相手に一瞬でも思考をぼやけさせる“夢我”は命取り。発動に時間のかかる“無我”なんてもってのほかだった。

 

 

「来ないのなら───、こちらから行きますよ!」

 

 

ナギトの胸中にわずかに生じた迷い。それを看破したのかアリアンロードは畳み掛ける。

 

一合、二合、三合、太刀と槍が打ち合う。続く四合目、ナギトの手から太刀が弾き飛ばされた。

 

 

「終わりです────!」

 

 

迫る刺突に、ナギトは迷わず踏み込んだ。槍が脇腹を抉るのにも構わず、掌底をアリアンロードの甲冑に守られぬ腹部に押し当てた。

 

 

「掌破!」

 

 

発勁。力が炸裂する。アリアンロードは痛痒の声すら漏らさず、伶俐な視線はナギトを観察する。

その観察は隙ですらなかったが、ナギトが退いて太刀を拾い上げるだけの時間にはなった。

 

 

「思った以上に、保つものです……特異点よ。しかしその傷では戦闘の続行は不可能でしょう」

 

 

アリアンロードの槍撃は絶死のものだった。それを躱しつつ反撃に移った代償は大きい。脇腹から流れ出る血液は留まる事を知らず、内臓は今にもこぼれ落ちそうだ。

 

 

「ええ……だから、次が最後です」

 

 

「いいでしょう、終わらせます」

 

 

次が最後の激突───2人は示し合わせたように互いの得物を掲げた。

 

 

「荒ぶる神の雷よ……───我が槍へ宿れ!」

 

 

戦場全体を蹂躙する雷撃のクラフト“アングリアハンマー”の威力をランス一本に封じ込めたアリアンロードの新たな戦技。

それに対してナギトは何のアクションもせず、ただ大上段に太刀を構えただけ。

 

 

 

「それは?」

 

 

アリアンロードは純粋な疑問によりナギトに質問した。ナギトは苦しげながら「ふっ」と笑うと、

 

 

「少し語る」

 

 

「どうぞ」と槍に雷撃を宿したままアリアンロードはナギトの説明を聞く事にした。

 

 

「俺には記憶がない。…つまり八葉についての知識がなかった。だから、八葉を自分なりに紐解いてみた」

 

 

八葉一刀流。《剣仙》ユン・カーファイが興した、東方剣術の集大成。

 

アリアンロードの攻撃で気絶していたリィンら3人もいつのまにか復帰していて、彼女と対峙するナギトを見守る姿勢であった。

 

 

「八葉とは即ち八要にして八用。つまりは、八つに分たれた武の極意…要である」

 

 

「……続けなさい」

 

 

呼吸を整えて、ナギトは続ける。

 

 

「これなる一太刀は、八つに分かれた極意をひとつにする事を目的としたもの。……つまり八葉が八葉となる以前の……“始まり”の太刀」

 

 

「ほう。……つまりその技は武の極意そのものであると?」

 

 

「然り」

 

 

アリアンロードの挑発的とも取れる問いにナギトは短く答える。すでに意識は朦朧としていて、本当にただ太刀を振り下ろすしかできなそうだ。

 

 

「その大言壮語、よくぞ言った。ならば我が一撃、見事撃ち破ってみせなさい───!」

 

 

アリアンロードは腕を引いて刺突を繰り出すタメをつくった。そして次の瞬間、引き絞られた矢が放たれるようにして、ランスは突き出される。

 

 

大神雷槍(グングニル)────!」

 

 

戦場を蹂躙する雷撃が、一本の槍の大きさにまで凝縮され、それがナギトを目指して撃ち放たれた。

誰の目にもわかる、必殺の一撃。

 

それに、ナギトは、ただ──────

 

 

 

 

「───────」

 

 

 

ただ、太刀を振り下ろした。

 

 

何の神秘もなく。

圧倒的な力もなく。

目も眩む速度もなく。

 

ただそれゆえに、完璧だった。

 

 

聖女の試し───聖技には及ばずとも必殺の一撃。雷撃を一条の光として放つそれは、一の太刀に相殺される結果となった。

 

 

本来、ナギトの知らぬ事ではあるが。

その一の太刀は『 (から)』、あるいは零、もしくは根源とされる概念を内包する。

すべての始まりであるがゆえに、すべてのものに対して絶対的な優先権がある。

 

有り体に言ってしまえば、世界のすべてがジャンケンのグーで優劣を競っているのに、こいつだけパーを出しているようなものである。

 

 

 

 

 

「……見事です。果てなき道の果て───よもやこのような場で見ることになるとは」

 

 

自らの戦技を打ち消された事にほんの少し驚愕したアリアンロードだったが、微笑むとランスを虚空に帰す。

 

ナギトは太刀を振り切ったまま動かない。すでに半分は気絶しているような状態だった。

 

 

 

「特異点───この場で消すには惜しい器という事ですか」

 

 

アリアンロードはひとりで納得すると「先の問いに答えましょう」と告げた。勝負前の、ナギトの正体についての言及だ。

 

 

「特異点……それは、この世界において唯一、自由なる者。万物が軌跡を辿っている中で、あなただけが自由。そしてあなたの自由は他者にも影響する事になる……」

 

 

その言葉を聞いて、糸が切れたのか。ナギトの意識は暗転する事になる。

ナギトはアリアンロードから受けたダメージのせいで治療を余儀なくされ、ガレリア要塞での特別実習を迎える事なくトリスタに帰還する事になったのだった。

 

 

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