閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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羅刹の教え

 

オルディスでの特別実習2日目。

ナギトらB班一行は実習課題を受け取ると、それを確認して驚いた事がひとつ。

 

依頼の名称は“ラマール州領邦軍訓練参加要請”。

内容は色んな背景を含めて長ったらしく書いてあったが、まとめると“ジュノー海上要塞に来て領邦軍兵士と手合わせしてね”という事である。しかも依頼者がオーレリア・ルグィンだ。

 

オーレリア・ルグィンと言えば《黄金の羅刹》の二つ名で知られる領邦軍きっての名将で、帝国の二大剣術───ヴァンダール流とアルゼイド流の双方を修めた達人。武の世界でも知らぬ者はいない程の傑物だ。

そんか人物がナギトらを名指しで、丁寧に時刻まで指定して訓練に参加しろなんて言っているわけだ。トールズのOGらしいが、後進の育成に力を入れるタイプなのだろうか。

どことなく嫌な予感のしたナギトだったが【必須】と注意書きされているため無視するわけにもいかず、B班一行は他の課題を手早く片付けると、昨日と同じく船員酒場でランチを済ませた。

 

 

船員酒場を出ると港の先に見える島──ブリオニア島が視界に入る。

わざわざ“行くな”とカイエン公が直々に釘を刺すくらいだ、何かあるのだろう。貴族派の隠したい何かが。

 

 

「腹ごしらえも済んだ。ジュノー海上要塞へ行くとしよう」

 

ラウラが音頭をとり、B班一行は海上要塞へ向かう事にした。

街道に出て海上要塞への道中に立ち塞がる魔獣たちを蹴散らす。その頃にはナギトも多少は復調し、連携を邪魔しない程度には回復していた。

 

 

 

 

「そういえばラウラ。かの《黄金の羅刹》オーレリア・ルグィンはアルゼイド流も修めているらしいが、面識はあるのか?」

 

 

剣を鞘に納めたユーシスがラウラに問うた。

オーレリアはかつて《光の剣匠》ヴィクター・アルゼイドに師事していた。オーレリアの30代に差し掛かる年齢から考えてもヴィクターの娘であるラウラと面識があってもおかしくはない。

 

 

「そうだな、私の姉弟子に当たる。会うのは久々だが────並の御仁とは考えないほうがよかろう」

 

 

「ほう、ラウラがそこまで言うほどなのか」

 

 

ラウラの戦慄した顔にガイウスが驚きを見せた。同年代では豪胆な方に組み分けされるラウラが会うまでもなく畏怖を隠せないでいるのだ。

 

 

「ああ。私は前に我が父を帝国三指に入る実力者と言ったが……オーレリア伯も間違いなくそうだろう」

 

 

「名高き《光の剣匠》と伍する実力者ですか……」

 

 

話を聞いていたエマも驚きを隠せないでいる。先月A班だったメンバーはあのヴィクターの隔絶した実力を垣間見たのだ。それと同等の人物など、それは恐れるに決まっている。

 

 

「確かに情報局のデータベースでも危険度ランクは高かったねー」

 

 

「またお前はそういう事を軽々しく…」

 

 

しれっと情報漏洩するミリアムにユーシスが咎めるような視線を送り。

 

ジュノー海上要塞に到着する。見ただけでわかる堅牢堅固な城はまさしく要塞と呼んでふさわしい雰囲気を出していた。皆が思わず生唾を飲み込む。

番兵に所属と用件を告げると当然だがあっさりと通され、ラマール領邦軍の白の制服を着込んだ男共の巣窟に入り込んだ。

海上要塞の入口を潜ったそこは広間であった。普段はここでも訓練が行われているようで、今回の課題をここで行われると説明がされた。

 

 

「そちらは6名か…」

 

応対する隊長らしき男はナギトらを値踏みし訓練の相手を選別した。五人一組の“伍”とB班一行は模擬戦を始める事となった。

 

相対する5人のうち1人は“伍長”──隊長で、サーベルとライフルを装備している。残る4人は一般兵で領邦軍で正式採用されているらしい銃剣を構えていた。

 

 

「ガイウスとラウラとミリアムが前衛、エマは後衛だ。俺は中盤で指示を出す。ナギト…お前は遊撃だ」

 

 

ユーシスが前もって決めていた布陣を確認する。それぞれの得物や戦法からしても適切な配置だった。

「始め!」という声が響き、それぞれが集中する────より速く。

 

 

「撃て!」

 

 

すぐさま銃剣を構えた兵士たちが隊長の指示でトリガーを引く。放たれた四つの弾丸がナギトらに迫る。

 

 

「ガーちゃん!」

 

ミリアムがアガートラムでシールドを展開して防ぐ。未知の傀儡に一瞬の驚愕に染まった兵士らにガイウスとラウラが突っ込んだ。

兵士らは一瞬遅れて立て直したが、ユーシスとエマがアーツで牽制し、前衛2人の一撃は伍の連携を崩した。

 

そこにナギトは緋空斬を放つが、同じく弧状の斬撃を放った伍長によって追撃は阻まれてしまう。

一息つく間もなくユーシスが伍長に踊りかかった。兵士たちは伍長をフォローしようとするが、アガートラムの強烈なパンチによって後退、伍長とは分断された形となる。

 

兵士たちを抑え込むガイウスとラウラ、ミリアム、エマを尻目にナギトはユーシスの狙いを今更ながら理解した。ユーシスはまずもって伍長を撃破しようとしている。

 

 

「──疾風!」

 

 

切りかかったナギトだったが、その刃は伍長のサーベルに止められる。しかしユーシスとの2人掛かりにさしもの現役領邦軍伍長も長くは保たずに倒された。

 

振り返ったナギトが見たのは兵士4人に押されるラウラとガイウス、ミリアムにエマ。さすがはジュノー海上要塞に詰める最精鋭の領邦軍兵士と言うべきか。数的不利がなければ学生などに遅れは取らない。

 

しかし伍長が倒された事で兵士たちの連携や士気は下がり気味で、逆にナギトらは調子づいている。ユーシスの激励が皆の背中を押して、勝利したのはそれから3分と経たない頃だった。

 

 

パチパチパチ、と拍手の音が聞こえて振り返る。同時に怪訝そうに振り返った領邦軍兵士たちの顔が驚愕に染まった。

視線の先にいたのは銀髪を靡かせる女性。

 

 

「フフ…我が軍の伍を倒すか。数で勝っていたとは言え見事なものだ、トールズⅦ組」

 

 

女性は肩で息をするB班一行に近づくと労いの言葉をかけた。

 

 

「オーレリア・ルグィンだ。ここジュノー海上要塞…引いてはラマール州の領邦軍を統括している。よろしく頼むぞ、有角の若獅子たちよ」

 

 

 

☆★

 

 

「お久しぶりです、オーレリア伯爵閣下」

 

 

納刀して呼吸を整えたラウラが挨拶した。それにはオーレリアもにこやかに応える。

 

 

「ああ、久しいな。……かつての師の元に碌に挨拶にも行かず、その娘…我が妹弟子とも言葉を交わせていなかったのは心苦しい限りだったのでな。そなたらの特別実習とやらにかこつけて挨拶をさせてもらおうと思ったわけだ」

 

 

そしてオーレリアはナギトらをここに呼びつけた狙いを語る。

 

 

「模擬戦は途中から見せてもらったが、そなたらもなかなかの練度と言えるだろう。ARCUSと言ったか…その戦術リンクとやらが要らしいな?」

 

 

「ご存じでしたか。このARCUSはエプスタイン財団とラインフォルト社で合同開発された戦術オーブメントの最新型……その恩恵がなければ勝利するのは難しかったはずでしょう」

 

 

ラウラは懐からARCUSを取り出すとオーレリアに見せた。

ラウラの言う通り、ARCUSは戦術オーブメントとしての基本機能や短距離間の通信など出来る事は多いが、やはり最大の特徴は“戦術リンク”だ。

 

フィールドの味方の動きを察知できる機能は戦場で革命を起こす程の破格だ。実際に、はじめましてから半年程度で歴戦の領邦軍に連携で勝る事ができた。戦闘中にナギトがユーシスの意図を察する事ができたのも戦術リンクで切っ先の方向や目線の動きを理解できたからだ。

 

 

「そうだろうな───と言っておかねば我が部下たちの格好がつかぬか」

 

 

「ハハハ!」とオーレリアは景気良く笑って、それから剣を抜いた。真紅の剣だ。ガード──鍔の部分は黄金に染めあげられ、その中央部には翡翠の宝石が嵌められている。

 

 

「さて、若獅子たちよ。まだ体力は残っているな? 我が部下たちの敵討ち──もとい、稽古をつけてやろう」

 

 

真紅の宝剣を肩に担ぐように構えるオーレリアは挑発的に笑う。その背後で領邦軍兵士らが“ご愁傷様”という表情をしたのをナギトは横目でちらりと見えた。

 

 

「それは……」

 

 

「ん、名工に打たせたものでな。宝剣アーケディア…そう呼んでいる。して、どうだ?」

 

 

 

「恐れ多い事ですが……かの《黄金の羅刹》の剣を体験できるとあれば願ってもない…!」

 

 

その挑発に嬉々として剣を抜いたのはラウラだ。領邦軍の精鋭兵士と戦った事に加えて実習課題までやっているのだ。正直な話、すでに疲労困憊ではある。

 

「良い機会だ。胸をお貸しいただく…!」

 

しかし、帝国最強の一角であるオーレリア・ルグィンが稽古をつけてくれると言うのだ。ラウラでなくとも血が滾るのは武に生きる者として当然の反応である。ユーシスも剣を抜くといつものように構え、それに倣うようにしてガイウス、ミリアム、エマもそれぞれ得物を取り出す。

 

 

「先月は《剣匠》で今月は《羅刹》か……何とも数奇──いや好機か」

 

 

ナギトも同じように太刀を抜いて、ほんの僅かの間、オーレリアと目が合った。その唇が弧を描き───

 

 

「──来るがいい!」

 

 

 

それが開戦の合図となった。

 

 

「行くぞ!陣形は先程と───ッ!?」

 

 

フォーメーションの確認。ユーシスがそれをしようとしたのと同時。

オーレリアから圧力が放たれた。覇気と言い換えてもいい。その存在が放つ圧倒的な覇気に、先手をかけようとしたナギトらは一歩も動けなかった。

 

 

「どうした、来ぬのか? ではこちらから行くぞ!」

 

 

模擬戦が始まって意図的に覇気を放ったくせに、オーレリアは白々しく言うと宝剣に力をためてそれを放った。覇王剣。

 

 

「ガーちゃ──」

 

 

「避けろ馬鹿!」

 

 

ミリアムはアガートラムでシールドを展開しようとしたが、おそらく破られるだろう予感にナギトは飛びついて回避行動を取った。

他のメンバーも覇気による重圧からは辛くも逃れており、左右に分かれる形で斬撃を躱す。

 

 

「援護を!」

 

 

そう言うとラウラは大剣に光を灯してオーレリアに挑みかかる。洸刃乱舞──今まで幾多の魔獣を屠ってきた…それを目撃したナギトらだったが、オーレリアはそれを軽くいなす。

 

 

「ふむ、良い太刀筋だ。修練は積んでいるようだな」

 

 

一合、二合、三合と打ち合う。光の剣が正面から受け止められ、弾き返されている。ならば…とラウラは力を乗せた一撃を与えるべく大きく振りかぶった。

 

 

「──だがまだ甘いっ!」

 

 

そのほんの僅かな隙にオーレリアは宝剣を差し込んだ。ラウラが吹き飛ばされる。

ラウラを援護するはずだったエマのクラフトがようやく放たれたが、オーレリアはそれをも容易く剣で掻き消した。

 

次いでミリアムとガイウスが突撃した。重撃と槍撃を宝剣が受け止める。微動だにしないオーレリアの身体。よほど力の逃し方が上手いのだ。

そこにユーシスの一撃が加わった。その攻撃は意図的に遅らせたもの。波状攻撃でオーレリアの足を止めるための作戦だ。

 

ラウラはたった今立ち上がった。間に合わない。

エマはARCUSの駆動を始めたところ。間に合わない。

 

つまりこれは、ナギトを主攻に据えたコンビネーションだ。

Ⅶ組の全員を蹴散らし、《光の剣匠》と互角の勝負をしたナギトに託された勝機。

 

ナギトはそれを掴み取る。

 

 

「迅ら─────あいで!?」

 

 

ただし、その調子が万全であったらの話だ。

 

 

 

足がもつれて転倒した。無様に転んだナギトに気を取られるB班のメンバー。それを隙と捉えたオーレリアはアーケディアを一閃してユーシスらを弾き飛ばした。

 

エマのアーツが放たれたが、オーレリアは跳躍してそれを躱す。そして、

 

 

「四耀剣!」

 

 

着地と共にその宝剣が床に突き立てられる。同時に衝撃波が円形に広がった。それはB班一行を遠慮なく打ちのめし、それをもってこの模擬戦の終結となった。

 

 

☆★

 

 

「フッ……」

 

 

宝剣を軽々と肩に担ぎ、笑んだオーレリア。B班の面々はようよう立ち上がり、敗北を認めるようにして各々武器をしまう。

 

 

「まあ……ぼちぼちと言ったところか、Ⅶ組とやら。連携こそ上手いものだが、基礎となる個人の武力は学生レベルの範疇か」

 

 

「力不足は元より承知……将軍の稽古でそれがより明確になったのは我々にとっても幸いでした」

 

 

オーレリアの辛辣な評価だが、まともに勝負にならなかったB班一行としては受け入れる他ない。せめてナギトの迅雷が決まっていれば、多少は評価されたやもしれぬが。

 

 

「特にそなた……黒髪の。ナギト・シュバルツァーで間違いないな?」

 

 

まさにそこでナギトに話が向けられた。武術や貴族繋がりでラウラとユーシスについては知っていたオーレリアだが、ナギトの存在まで認識しているとは。ナギトは「はい」と肯定し、オーレリアはそれを見届けると嘆息した。

 

 

「我が師ヴィクターより聞いてから期待していたのだが………よもや手を抜いていたわけではあるまいな?」

 

 

どうやらオーレリアはナギトの話をヴィクターから聞いていたらしい。言外に期待はずれだと言われたのは間違いない。

考えてみればアルゼイド流の師匠と弟子の関係だし、その縁もあって貴族派に加わらぬ中立派の誘いをしていたとしてもおかしくはない。その話の中でナギトの事について語る可能性も十分にありえるのだ。

 

 

「いえ、そんなことは」

 

 

ナギトはすぐさま否定した。武に生きる者にとって“手抜き”はこの上ない侮辱であり、自分より圧倒的な強者であるオーレリアに対してそんな挑発じみた事をする理由もないからだ。

 

 

「ふむ、そうか………であるなら、不調か? 見たところ、色々と噛み合っておらぬようだな」

 

 

手抜きではないが、全力でもない。ヴィクターの話とナギトの様子を鑑みてオーレリアは看破した。加えて“噛み合わない”事実を見抜いたのもまた慧眼であった。

 

 

「……これは感服致しました、《黄金の羅刹》殿。まさか一度や二度見ただけで、そこまで把握されるとは」

 

 

これにはナギトも素直に──というには慇懃無礼なきらいがあるが──負けを認める。

 

 

「ふ。師の話と照らし合わせたまで。……その齢で2つの流派を融合させた術理を生み出すほどの鬼才と聞き及んでいたのでな」

 

 

「はっ。それは褒め過ぎですね」

 

 

2人は軽妙に笑みを交換して。

オーレリアは「ふむ…」と意味深にナギトを観察する。

 

 

「ナギト・シュバルツァー、謙遜などは無しで答えよ。そなたは自らを才人と思うか?」

 

 

唐突にそんな質問をされる。背後にB班の面々が控えている事もあり、普段なら否定する所ではあるが、今はオーレリアに散々持ち上げられた後だ。

 

 

「そうですね、少なくとも“剣”に関しては」

 

 

先月までは、確実にそうだった。今は見る影もないが。たった1ヶ月前が遠い過去のように思える。輝かしいからこそなのか、という自問を封じ込める。

 

 

「正直な事だ、今は自信なさげのようだが。 それに記憶喪失であるとの事だが…まことか?」

 

 

「はい」と肯定。オーレリアは合点がいったようにくつくつと笑った。

 

 

「ならば今のそなたは間違いなく“感覚派”なのだろう。天才肌にはままある事だ、一度感覚が狂ってしまえば、これまで通りに動けなくなるのは。 そなた……己が術理を言語化できておらぬだろう?」

 

 

言われてナギトはこれまでを振り返ってみる。

ユミルの郷でのリィンとの修行。『疾風』や『緋空斬』は見て、何度か練習して感覚を掴んだ。

トールズに入学して。これまでの剣技にアクセントを加えた。何となくその方が良いと感じたからだ。

強敵との対決を通じて。かつての剣技を身体が再現する。その感覚をなぞっただけ。新たな技を見出す。ふんわりとゴールが見えたからそれを掴んだだけ。

 

オーレリアの言う通り、ナギトは自らの術理を言語化できない。

どういう技なのか、なんとなく説明はできる。しかし“どういう手順”で発動していたかをマニュアル化できていない。

何故ならそれらすべては感覚に基づいたものだったからだ。

 

 

「あ〜……言われて、見れば……その通り、です…」

 

 

これ以上なく口ごもりながらナギトは言う。何故なら恥ずべき事であると思ったからだ。

 

 

「本来であれば、ちゃんとした師に教えを受けて術理を言語化して己の頭と体に叩き込むわけだが…、そなたは記憶がなく頭で理解した術理を失い、これまで感覚だけで進めてしまったのだろう。天才性ゆえの悲劇と言うべきか」

 

 

ナギトはこれまで、本当の意味で“行き詰まる”事がなかった。

努力は必ず実るし、強敵との対峙では覚醒する。

 

だからその成長にあぐらをかいて、これまで通った道を振り返る事がなかった。

これまでに獲得したものを、感覚だけでなく言語化して得ようとしなかった。

その結果がこれだ。因果応報とでも言うべきか。……むしろ因がないからこそ果という応報が消えたのか。

 

 

「ふむ……しかし、あれほどの鈍化はそうはない。そうなった理由に心当たりはないか?」

 

 

「怪我でしばらく安静にしてました」

 

 

「年単位のブランクではなかろう。それは理由にはならぬ。他にないのか……例えば怪我をする前などは?」

 

 

オーレリアの言葉でナギトは再び記憶を探った。思い返すのは先月の実習。

ヴィクターとの対峙。《剣鬼》としての過去を受け入れ、その力を引き出した…全身全霊を尽くした戦い。

《鋼の聖女》との対決。ヴィクター戦で得た絶招も使えず、しかし最後は完璧な一の太刀を振るえた一戦。

 

 

 

「怪我をする前、ではないんですが……怪我をして、意識が朦朧としていた時に…何というか、最高の一撃を出せた気がするんです。それで何とか窮地を脱する事もできたようなんで、たぶん」

 

 

「……アレか」

 

「あの、聖女の雷撃を打ち消した…」

 

 

ラウラとエマはナギトの言う“最高の一撃”に心当たりがあった。それはアリアンロードの戦技、大神雷槍をかきけした一太刀。

 

オーレリアが「聖女?」と反応した。

 

 

「ええ、先月の実習の折、異変が起きたローエングリン城に現れた甲冑の女性がそう名乗っておりました───《鋼の聖女》と」

 

 

「───ほう」

 

 

 

ラウラはアリアンロードが《身喰らう蛇》の使徒である事までは語らなかった。しかし、それでもオーレリアの変化は絶大であった。

 

ヴィクターやアリアンロードといった常外の猛者と対峙したナギトでさえ身震いするほどの烈気。ただ呟いたオーレリアは口角を上げてそれを放った──いや漏らしたのだ。

 

 

「──おっと、すまぬな。聖女と聞いていきり立ってしまってな。我が野望はかの《槍の聖女》を超える武功……聖女と聞いては黙ってはおれんでな、許せ」

 

 

オーレリアはその烈気をすぐに引っ込めると詫びた。それから再びナギトに視線を移した。

 

 

「では、つまり動けなくなる前はむしろ絶好調だったわけだ。最高の一撃とやらが放てるくらいには」

 

 

「…そうですね。とは言っても、アレはまぐれ……あの時以来、何をしても再現できないので」

 

 

あの時以降、ナギトはあの感覚を忘れないように怪我をしている間もずっと反芻していた。

 

怪我から復帰してまずやったのは、アレを再現できるかどうかだった。それがどうしても無理で、その後は不調が発覚してそれどころではなかった。

 

 

「ふむ……ではおそらくそれだな。それがそなたの不調の原因のひとつである事は間違いなかろう」

 

 

オーレリアは断定するように言った。しかしナギトはオーレリアの言う“それ”が何を指しているかわからず「え?」と聞き返した。

 

 

 

「そなたの言う“最高の一撃”とやら、私にも心当たりがある。剣で素振りをしていると万にひとつくらいで完璧と思えるものが振れる。実戦では使えず、とても狙って振れる一太刀ではない」

 

 

オーレリアが語る完璧な一太刀。きっとそれはナギトが垣間見た境地──武の極地そのものの具現と同じだ。

アレが自分にしかできないと思うのはきっと驕りなのだろう。ナギトは少し反省してオーレリアの言葉に耳を傾ける。

 

 

 

「しかしそなたはそれを狙ってやろうとしている。試みる事は立派だが、そなたのように己が術理を言語化できておらぬ者がそれをやると、感覚がそちらに引っ張られて普段の実力すら発揮できぬようになる。今のそなたがまさにその状態であろう」

 

 

オーレリアの言った通りだ。ナギトは怪我から復帰してからこれまで、あの一の太刀を再現しようともがいていた。不調に陥り、実力が発揮できなくなってなお“アレさえ使えれば”という考えが思考の端にあった事は否めない。

届かず、しかし手を伸ばしたからこそ、本来この手にあった感覚さえこぼれ落ちてしまった。

 

あの、力も速度も“最適”で、だからこそ“最高”だったあの一太刀を。

求めて、頭にあるイメージを身体は再現しようとして。だからこれまで使っていた戦技は……本来必要な力や速度が得られず、使えなくなったわけだ。

それを矯正しようと下手に力を入れたりしていたものだから、余計に感覚は狂ってしまった。本当にどうしようもない末路、結論、真相だった。

 

 

「そう、ですね………その通りです。何とも情けない話です。俺はあのまぐれに頼る心がいつまでも捨てられなかった…って事ですね」

 

 

「うむ。しかしそう気を落とすな。理想を求めるが武人の───人の性ゆえな」

 

 

ナギトは眦を下げて情けない顔をしたが、そんなナギトをオーレリアは肯定した。そして、その優しい顔のまま───

 

 

「それに……安心するが良い。この私が直々にそなたの面倒を見てやろう。もちろん、そこな級友もまとめてな」

 

 

「え?」

 

 

ふと芽生えた嫌な予感にナギトは──B班の面々は反論を考えた。

 

 

「もうこんな時間ですし…」

 

「うむ、カイエン公爵が今日もまた夕食を共にと…」

 

 

言ったエマとユーシスに「フッ」とオーレリアは笑んで見せる。

 

 

「大丈夫だ。カイエン公とはすでに話をつけてある。今夜はこのジュノー海上要塞に泊まっていくが良い。先月のガレリア要塞よりは良い食事を出すぞ?」

 

 

「し、しかし…明日の朝には列車に…」

 

 

「導力車でオルディスまで送り届けてやろう」

 

 

食い下がったユーシスにあっさりと答えたオーレリア。どうやら逃げ道は完璧に塞がれているようで。

 

 

「観念するしかなさそうだ、ユーシス」

 

「うんうん、こんな機会滅多にないだろーし!」

 

「フフ、かの《黄金の羅刹》に稽古をつけてもらえるのだ。これ以上はなかろう…!」

 

 

そもそも乗り気らしいガイウス、ミリアム、ラウラに背を押される形でユーシスとエマも納得する。

 

 

 

「さあ、稽古の始まりだ…!」

 

 

力強くオーレリアが呟く。

 

 

そしてほんの半日にも足らない地獄が始まった。

 

この件については皆が思い出すことを拒否するし、前述の通り地獄であるから後に語られる事もないであろうが。

 

この時ナギトは理解したのだった。

これがヴィクターの言っていた“災難”なのだと。

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