閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

28 / 71
帰郷〜決意の果てに〜

 

 

 

「どうした〜、リィン?」

 

 

皇族からの謝礼として与えられたユミルへの湯治。ユミルへ向かう道中、専用列車の中で黄昏ているリィンへの気遣い係としてナギトが暗黙の内に決められた。

ナギトは一人で座席に着いて窓の外を眺めているリィンにいつもの様子で話しかけた。

 

 

「ん……ナギトか」

 

 

視線が交わる。ナギトの目は優しく柔らかく、兄貴然としたもの。それでどの口でリィンを兄貴扱いするわけか。

リィンは黙秘を諦めたようにため息をひとつ。

 

 

「……少し憂鬱なんだ。ユミルに帰るのは自分の道を見つけた時だと思っていたから」

 

 

「はっ」

 

 

「笑ったな!?」

 

 

ナギトはリィンの言葉が可笑しくて笑ってしまう。すかさずツッコミを入れたリィンに「悪い悪い」と悪びれつつ。

 

 

「妙に肩肘張ってんのな。家に帰るだけだろ、何も特別な事じゃない」

 

 

「でも俺は……」

 

 

「莫迦な事言うなよ。それ言うなら俺はもっとそうだぞ」

 

 

リィンは“シュバルツァー家と血が繋がってないから”なんて事を言おうとしたのだろう。それを言うならナギトのほうがもっと関係は薄い、一年余り世話になっただけだ。

 

リィンは「そうだな」と目を伏せる。まだ気分は晴れないようで、ナギトもため息をひとつ吐いた。

 

 

「リィン、お前な……お前の帰りを喜ばない人があの家にいると思うのか?」

 

 

「それは……! それは、ありえない。父さんも母さんも、エリゼだって……みんな優しく…暖かく迎えてくれるはずだ」

 

 

「だったらそれが答えでいいだろ。面倒臭い」

 

 

リィンのそれはナギトから言わせてもらえば子供の駄々だ。あえて面倒臭いと明言したのはそういった面を暗示する意味合いもあった。

 

が、それを内心わかりつつも見透かされたような心持ちのリィンはジト目でナギトを睨め付ける。

 

 

「……たった半年程度の付き合いのⅦ組のやつらでさえ、一緒にいれば楽しいし、安らぐんだ。それが十数年共に過ごした家族なら尚更だろう。血縁だけが家族じゃない……そう思ってるのは俺だけかよ、お兄様?」

 

 

「それもそうだな……というか“お兄様”呼びはやめろ」

 

 

リィンは完全に子供扱いされていた。と言うよりもナギトの方が大人らしすぎる物言いだったのだ。

こんな風に他人を諭せるなんてのは、きっと自分の道を見つけている証拠だ。リィンはほんの少しだけナギトを妬ましく思ってしまう。

しかしそんな気持ちを胸にしまい、「ありがとう」と席を立つナギトに声をかける。

 

 

「…気遣ってくれたんだろう?」

 

 

「みんなからの圧力が強くてな。…ったく、こんな時こそ好感度アップのチャンスだろうに」

 

 

やれやれと言うようにナギトは肩をすくめる。そしてそのまま元の席に戻るかと思いきや、一歩目で止まり、リィンに振り返る。

 

 

「自分の道がどうとかって話……一度原点に立ち返るのもええんでないの? そういう意味でも今回の里帰り、多くのものを得られるかもな」

 

 

☆★

 

 

 

列車とロープウェイを乗り継いでユミルに到着したⅦ組一行を出迎えたのは領主の娘、エリゼ・シュバルツァーだった。

 

リィンとナギトの妹に当たるエリゼと適当に挨拶を交わして宿泊先である鳳翼館に案内される。鳳翼館でそれぞれ部屋を割り当てられて荷物を置くと、Ⅶ組の面子は再び集まると士官学院祭での出し物───ミニコンサートの打ち合わせに入った。

今日はこれまで暖めていた具体的な内容の発表日だった。

 

ミニコンサートでやるのはニ曲。一曲目はマキアスとユーシスに加えてナギトが歌い、二曲目はエマが歌う。その他の面子は楽器やバックダンサーとなる。

 

 

「「ちょっと待ったあ!」」

 

 

声を揃えて異議を唱えたのはボーカルに指名されたマキアスとユーシスだ。

 

 

「こ、こいつと僕が二人組のボーカルだと!?」

 

「しかも同じ衣装を纏ってなどと!」

 

「ヒラヒラしてるぞ!」

 

 

マキアス、ユーシス、マキアスとセリフが続く。

 

 

「息ぴったりじゃねえか」

 

 

ナギトの感想に「うぐっ」と2人揃って顔を歪める。その隙にエリオットやアリサ、リィンの追撃が決まり、マキアスとユーシスはボーカルに決定した。

 

二曲目のエマも渋ったがアリサによって眼鏡を奪われ、髪を下ろされたエマの美人度合いに皆がベタ褒め。そしてやはりアリサがフォローという名の追撃をかまし、エマも折れた。二曲目のボーカルも決定。

 

 

なんだかんだアリサがニ曲ともボーカルの決定を後押ししてるあたり戦慄を隠せないナギトであった。

 

 

ちなみにナギトがボーカルとして歌う事に反対してないのは、エリオットやクロウといった企画組に一枚噛んでたからである。初めは気恥ずかしさから辞退しようとしていたが、校舎の屋上で熱唱している姿を生徒数十名以上に目撃されているらしく、コンサートでナギトの出番がなければ不自然だと言われるほどだ。

それに加えて楽器なぞ弾けるわけがなく、またキレッキレのダンスを踊れるはずもなく。ボーカルで納得するしかない段まで追い詰められた事からその位置に収まった形となる。

閑話休題。

 

 

 

鳳翼館ロビーでの学院祭の打ち合わせを終えたナギトとリィンはシュバルツァー男爵邸に帰宅していた。

父テオ、母ルシア、妹エリゼに暖かく迎えられ、茶を飲みながら会話に花を咲かせる。話が一段落したところでテオはリィンとナギトに向き直った。

 

 

「そういえば2ヶ月ほど前に老師と会ったぞ」

 

 

老師──それはユン・カーファイを指す。リィンの剣の師だ。しかし語るテオの視線の先にナギトもいる事から、ユンの存在はナギトとも──否、ナギトがナギトになる以前の人物とも関わりがある事がわかる。

 

テオはナギトとリィンにそれぞれユンから預かっていたという手紙を手渡した。

 

 

『馬鹿弟子へ

 

なかなか帰らぬと思えば、記憶喪失とは愉快な事になっておるようだな。

しかしこれも機であろう。その剣力に見合うだけの強さを身につけよ。

 

テオ殿の厚意には儂からも礼をする故、おぬしも気兼ねなく今の生活を愉しむが良い。

遠回りをせよ。おぬしに足らぬのはそれだけよ。

 

それでは達者で。またどこぞで会おう。リィン──おぬしの弟弟子にもよろしく頼むぞ。兄弟子として、また友として、あるいは義兄弟として接するが良い。

また会える日を楽しみにしているぞ、我が息子よ。

 

ユン・カーファイより』

 

 

決して長くはない文面にどこか懐かしさを感じる。少し涙が出た。

 

手紙の内容に気になった部分があったためテオに確認する。

 

 

「あの、親父殿。これ…俺がユン・カーファイの息子ってマジですか?」

 

 

“我が息子よ”という文面からそういう言葉が出た。

ユン現在70歳くらいらしいので、だとしたら齢50〜60くらいでナギトを産ませた好色ジジイという事になるわけなのだが。

 

 

この事実にはリィンも「えっ」と口に出して驚いた。

テオはナギトの言葉に鷹揚に頷いて、

 

 

「ああ、とは言っても養子らしいが」

 

 

「…はあ、なるほど?」

 

 

テオの説明で一応の理解はできた。

ユンからの手紙で新たに判明した事もある。予想はしていたが、ナギトは記憶を失う以前、ユンの元で八葉一刀流を学んでいたらしい事などがそうだ。

 

アレコレは後で考えるにして、リィンに向けられた手紙にも何やらありがたい言葉があったようだ。

リィンへの手紙には近況報告と、リィンの迷いに対する指摘、アドバイスなどがあった。ナギトに宛てた手紙のように“記憶喪失が愉快”なんて文面はなく、あの表現は家族だからこその距離感と理解する。

 

 

「ナギトはどう思う?」

 

リィンは何気なく尋ねる。八葉一刀流を学ぶ際に一番初めに与えられた言葉───“有る事と無い事は同じ”という意味について。

 

 

「元を辿れば全部同じって事だろ」

 

 

即答したせいで適当に回答したと思われたナギトだったが、本人からすればガチな答えであった。

 

 

☆★

 

 

その後、茶を飲み干したナギトとリィンはシュバルツァー邸から引き上げて鳳翼館でⅦ組の皆、同道したトワやアンゼリカ等と共に食事をして、夜。

 

 

 

ナギト主催の“ドキッ!漢だらけの枕投げ祭!ポロリもあるよ”が開催される。男性陣の嬉しくないポロリが連発する中、ナギトは途中で退場しロビーをうろつくアンゼリカを発見した。

 

 

「おや、ナギトくんじゃないか。男連中は何やら騒がしいようだが…何か催し物でもやってるのかな?」

 

 

「枕投げやってんですよ。今ならポロリもありますけど、参加します?」

 

 

「ハハハ……いや、よしておこう。女子たちのポロリなら是非とも参加したいところだがねっ!」

 

 

「それだったら俺も参加しますっ!」

 

 

「ははははは」と2人して笑う。クロウもこの小旅行に来れていたら同じように笑えただろうに、と頭の隅で考えた。

一段落したところでナギトは低頭する。

 

 

「アンゼリカ先輩、ありがとうございました」

 

 

「おいおいよしてくれ、なんだい急に」

 

 

「ルーレでの実習、リィンたちを助けてくれたみたいで。随分無茶もなさったそうですね?」

 

 

「なに、無茶という程のことは……と、君の目は誤魔化せないか」

 

 

そう言ってアンゼリカは語る。ルーレでの実習、テロへの対応の違いで領邦軍とTMPは対立し、リィンらA班とアンゼリカは領邦軍を出し抜く形でザクセン鉄鉱山に立てこもっていた《帝国解放戦線》を制圧した。

それが領主であるログナー侯爵、すなわちアンゼリカの父親の逆鱗に触れて、本人の了承もなくトールズ士官学院に退学届を出されてしまったらしい。学院長ヴァンダイクのはからいで休学扱いになるそうだが、実質は退学と変わりないのは間違いなかった。

 

それを聞いてナギトは余計に申し訳ない気持ちになる。こうした事態を自分は防げたはずなのに、と筋違いの傲慢が顔を出した。

 

 

「まあ君が気にする事はない。私はもとから放蕩娘…遠からず父の怒りは買っていただろうからね。それが少し早くなっただけさ」

 

 

女性ながらライダースーツを着こなし、肩で風を切って歩く普段の姿からは考えられないほど、今のアンゼリカは寂しげな雰囲気を纏っていた。それほどまでにトールズ士官学院という場所に愛着があったのだ。

 

項垂れたままどうする事もできないナギトに、アンゼリカは肩を叩いて言った。

 

 

「そら、行った行った。何か用事があって降りてきたんだろう? 私なんかに構ってないで、それを済ませてくるといい」

 

 

アンゼリカに後押しされるままに鳳翼館を出てナギトは少し歩く。

 

日課である剣の稽古を終わらせて、空を見上げた。空は晴れていて星灯りが眩しいほどだ。

 

それなのに、

 

 

「……降りそうだな」

 

 

ナギトはそう呟くのだった。

 

 

☆★

 

 

翌朝、ユミルの郷は季節外れの雪に見舞われていた。ユミルは北方にあり冬は雪が積もると言っても今の時期は降らないはず。

 

 

日課のあと、汗を流すべくリィンと共に温泉につかろうとしてアリサとラウラと遭遇し不埒魔と間違われるという珍事の最中に雪は降ってきた。

 

猛烈な勢いで降る雪は一晩でユミルを冬の景色に変え、今もまだやまない。

そんな状況から昼には帰るはずだったⅦ組一行もケーブルカーが運行中止になり困り果てていた。

 

そうしていた所に特別実習の封筒が届けられる。内容は特別実習の課題を与えるという文面。その課題とは“ユミル渓谷にて季節外れの積雪を阻止せよ”というもの。文末にはリィン・シュバルツァー、ナギト・シュバルツァー同行のこと、という注意書きまで添えてあった。

 

話し合いの結果、Ⅶ組のメンバーでユミル渓谷へ向かう事になった。8年前にも同じように季節外れの積雪があったようで、その日に嫌な思い出があるエリゼはリィンを引き留めるが、リィンの“帰る”という誓い、Ⅶ組のそれを支えるという約束に説得されてエリゼも引き下がる。

 

かくしてⅦ組一行はユミル渓谷道に足を運ぶ。

 

降り積もった雪に手こずりながらも一行は着実に前に進む。そんな中でリィンは語った。

8年前の季節外れの雪の日の記憶を。

 

その日、エリゼと2人で渓谷で遊んでいたリィンは突如として降ってきた大雪のためユミルの郷に帰る道中、熊のような魔獣に遭遇した。当時まだ10に満たない歳のリィンが敵うはずもない相手だったが、リィンはそれを枝払い用のナタでずたずたに引き裂いたそうだ。

それはまさしく“暴走”と呼ぶべき状態で、ユンに師事した今ですらその力を制御できないでいると。

次に力が暴走した時にはⅦ組のみんなを傷つけてしまうかもしれないとリィンを語った。

 

 

「……さすがに引いただろう?」

 

 

嘘臭い笑顔でそう言うリィンは、まるでラウラに諭される前のナギトが記憶を取り戻す事を恐れていた様と重なって。

 

しかしリィンに“そんなわけがない”とⅦ組の面々は言い放つ。

 

「ああ──、いやむしろドン引きだ。お前がそこまで自分を信じられてないってのがな。お前はこの俺の兄貴分なんだぜ?もっと堂々としてくれやぃ」

 

 

最後にナギトがそんな言葉をかけて。リィンは本当の笑顔を見せた。

 

目的地は目の前だった。

 

 

 

ユミル渓谷の上流。泉の湧き出るそこが最終地点だった。この異変の原因はこの渓谷上流にあった。正確には、そこに鎮座する石碑に。

 

石碑には不思議な紋様が浮かび上がっていて、リィンはそれを見て「思い出した!」と言って説明する。8年前の大雪もリィンがこの石碑に触れてから起きたものらしい。

 

Ⅶ組一行は周囲を調べようとした瞬間、石碑はより一層輝き、そこから魔獣が出現した。巨大な氷の魔獣だ。

どうやらこの石碑に封印されていたようだ。

 

氷の魔獣はⅦ組の足元を一瞬にして氷漬けにする。身動きが取れずピンチかと思いきや、

 

 

「──無念無想…まずは在るがままの自分を認める事からか…!」

 

 

リィンはこの危機に何かを掴んだようで、その後、裂帛の気勢と共に足元の氷を蒸発させる。

 

 

溢れ出る闘気はこれまでのリィンのそれと比較にならぬ力を秘めている。

これがリィンの、本来の実力だ。これまで暴走を恐れて踏み込まなかった一歩を、ようやく踏み出したのだ。

 

拘束から自由になったⅦ組は氷の魔獣に総攻撃を仕掛ける。

 

 

「合わせるぞ!リィン!」

 

 

「頼む、ナギト!」

 

 

 

義兄弟の覚醒とも言うべき事態にナギトも高揚している。出し惜しみなしの闘気でリィンをサポートする。

 

 

「──孤影燎原!」

 

 

ミニサイズの孤影斬が無数に撃ち放たれる。それは総攻撃でふらついていた氷の魔獣の体勢を完全に崩した。それだけに留まらず、飛来する斬撃は氷の魔獣に肉薄するリィンの太刀に収束する。

 

 

「蒼焔よ───いや」

 

 

リィンの太刀に灯る炎の色は烈火のそれではなく。またリィンが到達する蒼焔のそれでもなく。

ナギトの斬撃によりブーストされた炎は。

 

 

「───灰焔よ!我が太刀を焦がせ!!」

 

 

むしろ燃やし尽くした後の灰色になっていた。

 

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 

リィンのその一撃で氷の魔獣の命運は尽きる。その様を見ながらナギトは「はっ」と笑む。

 

 

「さしずめ──絶佳臨界・灰焔の太刀…ってとこか」

 

 

それが、過去の悪夢を振り払うシュバルツァー兄弟のコンビクラフトの名となった。

 

 

☆★

 

 

氷の魔獣を倒した事で大雪という異変も解消され、一件落着かと思われたが「まだだ」とリィンは言う。

その視線の先は──崖上。そこにはひとつの人影があった。怪盗B──リィンは人影を指してそう呼ぶ。

 

 

怪盗B──ブルブランはⅦ組の前に着地すると改めて名乗りを上げる。結社《身喰らう蛇》執行者No.Ⅹ《怪盗紳士》ブルブランだと。

 

まあこれに関してはナギトが情報共有していたため“だからなに?”的な反応になったのはブルブランにとっては予想外だった事だろう。

メンゴ!と声には出さず顔芸とハンドサインで伝えておく。

 

ナギトの顔芸ですっかり緩んだ空気をブルブランは咳払いで引き締めると、今回の事件の経緯を語った。

 

 

ブルブランは興味があるのだという。

ライバルでもあるオリヴァルト肝煎りの特科クラス《Ⅶ組》。そのメンバーの出自や秘密。

 

 

「とりわけリィン・シュバルツァー…君の真実には!」

 

 

陶酔感を漂わせながらブルブランは続ける。

12年前に吹雪の中、シュバルツァー男爵に拾われた男の子。出自が不明な事に加えて、得体の知れない力を持ち《剣仙》の指南を受けた少年。それがリィン・シュバルツァーだ。

 

 

 

「──なんて魅力的で謎めいた真実…私はそれが知りたいのだよ…!」

 

 

いっそ倒錯的ですらあったブルブランの言はⅦ組総員から非難轟々だった。

しかし激する皆の横でリィンは冷静に告げる。

 

 

「怪盗ブルブラン、はっきり言わせてもらう。アンタには無理だ」

 

 

「“真実を知る”ことと“真実を得る”ことは同じじゃない」とリィンは続けた。

真実とは単なる知識以上の事を経験や体験を通して初めて得られるもので、ブルブランが提示したリィンの“謎”はリィン自身が向き合い、乗り越えるべきもの。その過程でしか真実は生まれず、それ以外のものに意味はないと。

 

 

「例えコソ泥風情が真実を見つけたところで、それは単なる真実で、俺にとっての真実じゃない。だから悪いが時間の無駄だ!」

 

そうはっきりと宣言したリィンにブルブランは僅かにたじろぎ、「道理だ」と認めた上で話の矛先をナギトに変えた。

 

 

「では君はどうだ、ナギト・シュバルツァー。英雄にして大罪人…そうした過去を失って己の足場すら不確かな君よ」

 

 

話を向けられたナギトは少しだけ表情を歪めた。

 

 

「今の幸せを謳歌する若者よ。私は見たいのだよ……君が過去に追いつかれた時、その血塗られた人生を思い出した時、どういう風に顔を歪めるのかをね!」

 

 

ナギトの《剣鬼》という過去。《帝国解放戦線》のリヴァルが偽物で、ナギトを本物呼ばわりした事からも、その過去は確定したと言っても過言ではない。鬼とさえ渾名された過去が血と無縁でない事はわかっている。しかし、

 

 

「悪いがブルブラン…その問題はもう通り過ぎてんだよ」

 

 

しかし、その問題はすでに解決したものだ。

ラウラの言葉でナギトは自分の心を決めた。“ナギト・シュバルツァー”を定義した。

 

 

「ほう…?」

 

 

「確かに…俺には《剣鬼》って後ろ暗い過去があるらしい。その所業についても聞いた。…だけどな、それがどうしたって話だ!」

 

 

ナギトと《剣鬼》は分つ事のできない真実。しかし割り切る事は可能だ。

 

 

「俺の芯は《剣鬼》かもしれない。ナギト・シュバルツァーは偽りだったかもしれない」

 

 

なぜなら。

 

 

「だけど俺がナギト・シュバルツァーとして過ごした日々は本物だ! その本物がある限り、俺はナギト・シュバルツァーを張り通せる──張り通す!そう決めた!」

 

 

仲間と過ごした日々がこんなにも愛おしいから。

 

例え《剣鬼》という過去を取り戻しても、ナギトは“ナギト”を見失わない。そう断言できる。

 

 

 

「フフ……なんとも青臭いセリフだ。これがあの《剣鬼》とは……実に面白いではないか。願わくばその決意、揺らがぬ事を」

 

 

こうしてナギトとリィン───呼びつけた2人の意志を垣間見た事でブルブランは大人しく撤退する。

いつぞやのように転移を使い跡形もなく去る姿にⅦ組は《身喰らう蛇》の底知れなさを感じつつもユミルへと帰っていくのだった。

 

 

 

☆★

 

 

雪が止んだ事もあり、予定よりは遅くなったもののⅦ組一行はトリスタに帰る運びとなる。

 

各々、別れを惜しみつつもリィンの成長が見られた事で、テオはユンから託されていた八葉一刀流の中伝目録を手渡した。

曰く“剣の高みへの可能性を見せた”時に与えられるものだという。

ならば記憶を失う前の《剣鬼》はどこまでを授けられていたのだろうか。いくら強くても初伝を与えられるかすらわからないのが八葉一刀流のようだし。

 

若干複雑な気持ちになりながらも「やったな」とリィンの肩を叩く。

 

 

「いや──やっとスタートラインだろう。今後とも精進させてもらうとするさ。ナギトに負けないためにもな」

 

 

「はっ、お前ってやつは本当に……」

 

 

良い弟分だ、とは言わない。謙虚さを示しつつナギトを立てる姿勢は、まさしく質実剛健な帝国男児の姿だろう。

 

「本当に?」と横にいたアリサが続きを促した。

ナギトは一度大きく息を吐いて次のセリフを考える。

 

 

「本当に、小生意気なやつだよ。俺もせいぜい励むとするかね。お兄様についていけなきゃ弟分の立つ瀬がねぇからな」

 

 

「だからお兄様と呼ぶなと───」

 

 

いつものやり取りに「かっかっかっ!」と上機嫌に笑ってナギトはケーブルカーに向かう。それを見てⅦ組一行は微笑み、リィンもまたはにかんだ。

 

リィンは思う。ただ剣の強さだけではない。自分が迷っている間に、すでに決意を固めて進んでいるナギトという人間に引き離されないように、ついて行かねば。

 

 

やがてメンバーの全員を乗せたケーブルカーはゆっくりと進み始め─────こうしてユミルへの小旅行は終わりを迎えたのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。