6度目の特別実習から3週間が経過していた。
皇帝への謁見、ユミルでの湯治などといった出来事を終えて、Ⅶ組は士官学院祭に向けて穏やかな日常を過ごしていた。
「「「だからほら 顔を上げて まっすぐ前を向いて そうさ 行くよ 僕は そうさ 行こう 君と
未来へ 」」」
歌い切る。
マキアスとユーシスのデュエットから始まり、ナギトもサビから歌い始める、学院祭のステージのための練習だ。曲名は『明日への鼓動』。
歌い切って、途中から気づいてた違和感を指摘する。
「ラウラ、ちょっと走ってる」
「む、そうか?」
ドラム担当であるラウラ。
バンドにおいてドラムは非常に重要だ。
リズムを作る…ベルトコンベアのようなものだ。
ベルトコンベア、つまりドラムが早くなれば他の楽器もつられて早く演奏し唄もそれに続く。
逆に遅くても然りである。
「途中から入るから難しいのはわかるけど、もうちょっと歌を聴きながらゆっくり入っても大丈夫だよ」
少しだけ項垂れるラウラにエリオットがそうアドバイスする。こと音楽に至ってはあらゆる妥協を許さないエリオット。
その声音は優しく、顔は女神のそれを描いていても身から放つオーラを恐ろしく感じる。
それは“ミスしたら怒るよ?”ではなく“ミスしたらいつまでも続くよ?”という、最早慣れつつあるエリオット節とも言えるものだった。
「マキアス、ユーシスも最初にもっと勢いが欲しいかな。インパクト重視で、恥ずかしがらずにやってみよう!」
エリオットの注意は他にも飛ぶ。
学院祭まであと数日という時点で出し物と定めたミニコンサートの完成度は未だ合格点に達していないというのがエリオットの見立てであった。
昼間は授業を受けて放課後は学院祭の準備、練習をして───そんな日々を続けて、学院祭前日の夜となった。
「そこでゼリカのやつが横から現れやがってよ、なんて言ったと思う? “大丈夫かい、私の仔猫ちゃん?”だぜ!?」
「ぶはっ」
第三学生寮の自室で、同室のクロウと馬鹿話をしていたナギト。今はクロウが一年次の時のエピソードを聞かせてもらっていた。
今は休学しているアンゼリカは当時から破天荒だったらしく、学院中の女子に手を出していたらしい。
今度はナギトが話をする版になっていて、シュバルツァー男爵邸での出来事を語る。
「〜でよ、そのダンボールを開けたら中からかっぴょいい衣装が出てきたわけよ! 傍にあった紙切れには文字列…この衣装の名前だと確信したね。そこにはこう書いてあった。魔界おう──」
コンコン、と部屋のドアがノックされる。
「はいどうぞー」と声をかけるとドアは開かれてその向こうからリィンの姿が現れた。
「名乗る前だったんだが…って、何の話をしてたんだ?」
「家のクローゼットの奥底に封印されてたお前の趣味の服装のお話」
「ちょ、え!? 言ったのか?」
「まだ全部は言ってない。タイミング良かったなリィン」
クソかっちょいい“魔界皇子”の秘密は本人さんの登場で未だ秘されたままだ。
「クロウ、ちょっとナギト借りていいか?」
「ああ、別に構わないが」
「俺に確認しねえのホント笑うわ」
リィンの言葉に即答するクロウ。ナギトは「笑うわ」なんて言いつつ笑わないままリィンに連れられて部屋を出る事になった。
そのまま一階に降りて食堂に入る。
「サラ教官にシャロンさん」
「お疲れさんで〜す」
食堂ではサラが酒を飲みながらシャロンに絡んでいた。そんなサラを受け流しつつつまみを作るあたりシャロンもさすがである。
「あら、リィン様にナギト様」
「こんな時間に食堂に何の用よ、アンタら」
「リィンが密会したいって言うので」
シャロンとサラの疑問にナギトはわざとらしくしなを作ってから言った。
「言い方。ったくアンタらは……私はもう部屋に戻るからいいけど…管理人さんはどうするのかしら?」
「私もお皿洗いが終わったら戻るつもりでしたが……ナギト様、おつまみなどお作りいたしましょうか?」
「お願いします。礼はカラダで」
またキリッと言い切ったナギトにサラもぎょっとした。
「え、アンタらそんな仲なの?」
「ウフフ……たまに買い物をお手伝いしていただいているだけです、何もふしだらな事はありません、サラ様」
「………アリサもそうだけど、ホント息ぴったりよねアンタら。ツッコミ不在のくせに互いに腹の内がわかってるって言うか…」
ナギトとシャロンの匂わせる会話にサラは嘆息する。リィンはついていけずにフリーズしていた。
「お待たせしました」と言ってシャロンがつまみを盛り付けた皿をテーブルに置いた。
仕事の早さに驚愕しつつも着席。一口つまんで「美味しいです」と感想を告げる。
「ていうかアンタ……まだ懲りてなかったの?」
さっきの会話といい、ナギトは以前から“関係匂わせ発言”をまま行う。実際はそんな事実はないギャグなわけだが、それをサラに諌められた事もあった。
「いやまあサラ教官の愛の鞭は響きましたとも。これでも控えてる方で……今やってんのはギャグですよ」
「笑えないわよ」
「はは…
ナギトの減らず口というか豆知識にサラは再び嘆息する思いだ。そこで水気を拭ったシャロンがくすくすと声を漏らした。
「お二人は本当に仲がよろしいのですね」
「良かないわ!」
「否定するなんて悲しいですよ教官!」
「ダメだ…収拾がつかない……」
シャロンの一言にサラがツッコミを入れてそこにナギトがボケを被せる。ようやく理性を取り戻したリィンだったが、そう呟くしかなかったという。
☆★
そのあと、サラとシャロンは一緒に食堂を出て行った。「夜ふかしするな」と小言付きだ。
ナギトとリィンはシャロンが作ったつまみを食べ終えて、ナギトは皿洗い、リィンはホットミルクを飲んでいる。
カップを傾けてミルクを嚥下し、唇を舌で湿らせる。皿洗いをするナギトの背中に向けてリィンは話しかけた。
「ナギトはさ、すごいよな」
ナギトは皿洗いをするまま振り返る事なく「いきなりどうした?」と返した。
「…最近こうやって腹を据えて話す機会がなかったと思ってな」
しんみりと真面目なトーンで語るリィンにナギトは微笑みつつ。
「確かにな。 んで、俺の何がすごいって?もっと褒めろ」
「そういう所だぞ。すぐ調子に乗る……だから皆、表立ってナギトを褒めない…………まあそれが狙いだって事はもうわかってるけどな」
「そりゃ恥ずかしい」と皿洗いを終えたナギトは自らもホットミルクを準備してリィンの対面に座る。
「俺だけじゃない。もう半年以上の付き合いになるんだ。Ⅶ組の皆も……もうナギトの性格はわかってるはずだ。ナギトが恥ずかしがり屋で、だから褒められないように調子に乗るフリをしてるって」
「はは……それは買い被りもあるなぁ。俺は本当に調子に乗ってる時もあるんだぜ?」
「それはそうだろうけどな」とリィンは困り顔で言う。やはりこの義兄弟は素直に褒めさせてくれないと。
「皆、ナギトを頼りにしてる」
「それはお互い様だわな」
“お互い様”と言うナギトが思う以上に、ナギトはⅦ組の仲間たちから信頼されている。リィンはそれを伝えたくて、しかしどうするか悩んでいる内にナギトが口を開いた。
「エマやマキアスは頭が良いし、ユーシスやアリサは大局が見えてる。ラウラやガイウスは頼もしいし、エリオットはあれで強か……フィーやミリアムはかわいいしな!」
「……俺とクロウが入ってないが?」
フィーとミリアムをかわいいで纏めた事もそうだが、まずは自分とクロウの名前が出されてない事を不満げに言ってみる。
「そうだなぁ……お前やクロウが一緒なら負ける気がしない──ってのは褒め過ぎかぁ!」
「かっかっか!」と景気良く笑うナギトにリィンもつられて笑んでしまう。ひとしきり笑ってからリィンは話題を最初のものに戻す事にした。
「でもさ、やっぱりナギトは本当にすごいと思うんだ」
「おお…そうだな、知ってる」
やはり図に乗ったナギトにリィンはツッコミを入れたい気持ちを抑えて続けた。
「ユミルでの事だって…、俺が迷っていた間にナギトはもう覚悟を決めて進んでいるんだってわかったし」
「あー、ブルブランのあれか」
特別実習でテロリストを撃退した事で皇帝から賜ったユミルへの湯治。その最中にブルブランによって引き起こされた異変を解決する際に、リィンとナギトは覚悟を示した。
リィンは以前のトラウマを乗り越える事で成長を見せたが、ナギトはその前にもうすでに決意を固めていたのだ。リィンが迷っている間にナギトはすでに決意して前進している。リィンが“すごい”と褒めるのはナギトのそういう所だ。
「まああの決意だって俺一人で出来てりゃ胸も張れたんだがな。俺がああやってブルブランに啖呵切れたのも人の助けあっての事なのよ」
リィンは「人の助け?」とおうむ返しに聞く。
リィンがエリゼとの約束や老師の言葉、Ⅶ組の皆に助けられて迷いを振り払ったように、ナギトもまた───。
「8月の自由行動日だったかな、ラウラと出かけてよ。俺が《剣鬼》だろうと、その過去を思い出そうと、俺はナギト・シュバルツァーで居続けられる───そんな当たり前の事を、思い知らされた」
今でも鮮明に目蓋に浮かぶ。夕日を背負ったラウラの瞳。琥珀色の輝き。あれに射抜かれてようやくナギトは、自分の心を理解できたのだ。
「好きな子に慰められて元気になるってなあ、なんて単純なんだって話なんだが」
ナギトは照れ臭そうに話を締めくくる。
「そうだったのか。───…って、え? すまない、聞き逃した。ラウラがなんだって?」
全然聞き逃していない。スルーしてくれるかと思ったナギトだったが、リィンとて年頃の男なのだ。色恋の話には興味津々なのも当然の話。ナギトは気恥ずかしさを抑え込んでニヤリと笑う。
「お、恋バナする? 俺はラウラが好きなんだけど、リィンは?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 情報量が多すぎて整理が……!」
戸惑う様子のリィンに、ナギトはまた呵々大笑し。こうして夜は更けていく。
なんて事はない義兄弟の語らい。士官学院祭前日の夜の一幕である。
☆★
そうして迎えた士官学院祭当日。
「ヒャッハー!学院祭だぜぇ!」
と意気込んだのも束の間。そこら中にカップルが湧いていてげんなりするナギト。
「リア充爆発しろ」なんて呟きながら廊下を歩いていると、側のドアが開き、見覚えのある人影が出てきた。
「あ」
教室から出てきた2人組。パッと見カップルにしか見えない男女。男は黒髪の人の良さそうな顔つきで、女は陽の光を反射する金髪に強い意志を秘めたような赤い瞳を持っている。
「「あ」」
その2人組──リィンとアリサはナギトの姿を認めると声を揃え、次の瞬間には同時に青ざめた。
一言目が大事。それがわかっているリィン&アリサとナギトは数瞬思考する。先に最善手を叩き出したのはナギトだった。
「へぇ〜〜〜(渾身のニヤケ面)」
こうなってしまえばもうナギトは強い。リィンとアリサはいかにもカップルな雰囲気を出していた弁明を始めるが、ナギトはそのすべてを「へえ〜〜(ニヤニヤ)」で受け流すとわざとらしく腕時計を確認して、
「あ、俺クロウと約束があるんだった。それじゃ」
“クロウに知られたら学院全体に知られたと思え”
それは、ナギトがクロウとルームシェアする際に肝に銘じた教えである。
そして、その教えはⅦ組の全員に浸透している教訓でもあった。
スタスタとこの場を去ろうとする俺をリィンとアリサが揃って呼び止める。クロウに言うのだけは勘弁してくれ、といった様子だ。
「あ、そうだナギト。これ」
リィンがそう言ってポケットから取り出したのは何かのチケットのようだった。
「これは学院祭のチケットだ。アトラクションに入るときに使えばちょっとしたサービスが受けられるんだ。俺だけじゃ使い切れないから」
リィンは押し付けるようにしてチケットをナギトに手渡す。ナギトはニヤついた表情のままそれを受け取って、
「なるほど賄賂ね。受け取っておきましょう」
チケットをひらひらさせながら、ナギトは2人を見やる。アリサもリィンと共に苦笑を浮かべている。
そんな2人の様子に吐息を漏らして、ナギトはチケットをポケットに押し込んだ。
「仕方ないから汚職に手を染めるとするとして……ここ、どうだったの?」
俺の視線の先にあるのは先程、リィンとアリサが出てきた扉。
このクラスの出し物は《ステラガルテン》。“プラネタリウムによる人工の星空の元、美しい庭園を歩く巡回式のパビリオン”というのが知人に聞いたこの出し物の説明だ。ちょっと横文字が多くてナギトには難解だった。
リィンとアリサはナギトに弱味を握られているも同然で、そのため不敵な態度のナギトの質問に渋々ながら答える事にする。
「プラネタリウム…人工の星空だったけど思わずため息でちゃった」
「そうだな…ノルドの夜空を思い出したよ」
2人の感想を聞いたナギトは「ふ〜ん」と素っ気ない返事をするが、このステラガルテンがなかなかのロケーションである事を理解した。
「んじゃ、俺はクロウと約束があるから」
そうして2人が用済みになった所でナギトは踵を返す。リィンは慌てて「ちょ、クロウには」とナギトの背中に声をかける。
「言わないよ、共犯だろう? クロウと会う約束あるのはマジだよ」
そもそもの話、実は昨夜リィンとした恋バナで、この士官学院祭中の空いた時間はアリサと過ごすと聞いていた。もちろんナギトもラウラと合流する約束を取り付けているが、その前にクロウとの用事を済ませる算段だった。
階段を登り、廊下を抜けて、その部屋にたどり着く。
“ゲート・オブ・アヴァロン”───やたらカッコいい装飾が施された看板とその名称。出し物はカードゲーム“ブレード”だ。
その教室で待っていたクロウと合流して何回かプレイ(問題なく勝利)した頃、クロウから《ブレードマスター》を拝命したという人物が姿を現した。
薄紫の髪に、優しげな目つきをした特別仕立てのメイド服に身を包む、我らが第3学生寮の管理人。言わずと知れたスーパーメイド、シャロン・クルーガーのお出ましだ。
クロウが何気なしにシャロンに勧めたブレードだったが、メチャクチャ強いらしい。
「俺の見立てではナギトに勝るとも劣らねえ腕前だぜ、シャロンさんはよ」
クロウの宣言に教室は沸き立つ。ナギトもブレードでは無類の強さを誇る。特別実習の目的地に行く列車旅の中でやっていても全勝するし、なんなら放課後に有志でまれに開催されるブレードトーナメントでも負けなしだ。
つーかぶっちゃけイカれた強さで、全戦無敗という伝説的な記録を更新中だ。
そんなナギトにつけられた渾名が《パーフェクト・オブ・ブレード》だ。そのナギトと《ブレードマスター》たるシャロンの激突……ブレードプレーヤーからすれば世紀の一戦に等しい勝負だった。
熱狂の渦の中で2人のゲームは始まった。カードがシャッフルされて2人の手札が配られる。
静かな立ち上がりを見せる序盤、白熱する中盤を経て勝負は最終局面に持ち込まれた。
「7!」
「ボルトですわ」
「読んでいたぞ、1!」
「さらに、ボルトです」
「織り込み済みよ、さらに1!」
「ミラーですわ」
「ミラー返し!」
「ここで、ボルトですわ!」
「なにぃ!? だがしかし、甘い…ミラーだ!」
白熱したブレード対決は、互いの手札が尽きても終わる事はなかった。
つまり、山札から引いたカードの大小で競う完全な運勝負に持ち越されたのだ。
こうなれば勝利は空の女神に祈るしかない。
「来れ、我が相棒!運命のドロー!」
無駄にカッコつけるナギトのアクションに周囲がさらにヒートアップする。
外から見れば“なんだこのノリ…”とドン引きものなのだが、そんなものを感じていてはブレードプレーヤーはつとまらぬ。
しゅぱぁー、という擬音を鳴らしたように引かれたカードの鼓動を感じ取り。
「感じたぜ、お前の意思を!俺は、このモンスターを召喚する!!」
ナギトはカードを見ないままテーブルに叩きつけた。
ブレードにおける、最強のカード──それは直前のカードを封殺するボルトでもなく、相手のカードと自分のカードを入れ替えるミラーでもない。
ましてや、ボルトに封殺されたカードを蘇らせる1であるわけがない。
最後の最後で、1番頼りになるのはやはり純然たる力。力こそパワー!
「7のカードだ!」
ナギトは勝利を確信した面構えで数字を宣言する。
シャロンも山札から1枚カードを引いて、微笑みを浮かべた。
「負けましたわ」
そう言って出したのはミラーのカード。数比べになった時、それは最弱の1と化す。
「ブレード最強決定戦、ここに閉幕!勝ったのは、ナギト・シュバルツァーだ!!」
マイクを持ったクロウが高らかに勝者の名を読み上げる。イスから立ち上がったナギトは右手を天に突き上げて絶叫した。
「ッそおぉぉぉぉぉぉおいい!」
それを間近で見ていた観客たちは際限なしに沸き立つ。ナギトは勝利を噛み締めつつ教室に集っていた者たちとハイタッチを終えて、吐息して。
「なんだこのノリ」
意味不明過ぎる謎の宗教を見ているようでちょっとどころかドン引きし、勝者そっちのけで騒ぐブレード愛好者たちを尻目にナギトは教室を出た。
☆★
不可解な宗教団体と別れを告げてからしばらくすると懐のARCUSが着信音を鳴らした。
「はい、ナギト・シュバルツァー」
「あ、ナギト?私、アリサだけど」
相手はアリサだった。
おそらくすでにリィンとは別行動だろう。ナギトに連絡なんかしてきて、男を取っ替え引っ替えして遊び倒すつもりなのだろうか。
「ラウラなら、ギムナジウムにいたわよ」
そして、放たれたセリフに硬直する。というか本気で大口を開けて驚いた。
「……っは!?え、おま……なんなのアリサ?」
「ふふ、やっとあなたに一泡吹かせた気分になれたわ。だって、リィンに貰ったチケットでラウラと一緒に《ステラガルテン》に行くんでしょ? あ、もしかしてもう行っちゃったあと?」
まさかあの「ここ、どうだった?」の質問からここまで予想したのか。全く、思春期の女子ときたらこれだから油断ならない。
「いや、まだチケットはポケットの中。もしかして顔に出てた?」
よもやリィンが喋ったという事も───うっかりありえるかもしれないなあ、と思う。
「いいえ、半分くらいはカマかけよ」
アリサの返答を耳にして安堵しつつも肝を冷やす。自分はその内、アリサに隠し事ができなくなるのではないか、と。
「お前…大したやつだよなぁ」
「まだまだナギトには及ばないけどね」
「そんな褒めるな照れるだろ」
「褒めてません! ラウラはギムナジウムにいたから。用件はそれだけ、じゃあね!」
確かにこの通信におけるアリサのムーブはナギトのそれに近しいものが感じられた。いつものように対応しつつ、通信を切る様子のアリサに「あー、アリサ」と声をかける。
「何?余計な事だったら──」
「ありがとう」
激おこプンプン丸状態のアリサに不意打ちで礼をして、すぐに接続を切る。
ナギトはそれからすぐにギムナジウムに向かって歩き出した。
ギムナジウム、そのフェンシング部の部室で繰り広げられるのは“みっしぃパニック”だ。
簡単な説明をすると、等身大のモグラ叩き。
そこにラウラはいた。フィーと一緒に。
ちょっとアリサさん!?情報漏れがあるんですけどぉ!?と内心で冷や汗&ツッコミを入れつつ2人に「おーっす」と声をかけた。
「あ、ナギト」
「む、そろそろ約束の時間だったか。よくここがわかったな?」
「おう、アリサに聞いてさ」
と談笑の雰囲気に持ち込む。さてさてどうやってラウラを単独で連れ出すかと思考する。
あの帝都での喧嘩以降、ラウラとフィーはすっかり親友になっていて、今のように一緒に行動する事が多い。
確かに昨日ラウラと一緒に学院祭を回る約束はしたが“2人で”とは言わなかった。フィーまで着いてきてはナギトのデートプランが破綻してしまうだろう。
さんざ悩んだ挙句、ナギトはフィーと話をつける事にした。
「ちょっといいかな」とフィーを呼びつけてラウラからは聞こえない距離、聞こえない音量で話す。
「あのー、ちょっとラウラと行きたい所あるんで、少しだけラウラ連れてっていいかな?」
「あたしは邪魔?」
お邪魔虫という意味では全く相違ない。
「いや、そういう意味じゃないんだが」
「あ、そっか。ナギトはラウラの事が好──」
「しー!声がでかい!」
ラウラに聞こえる声量で合点がいったという様子のフィーの口を慌てて塞ぐ。
「ナギトの方こそ声が大きい」
ラウラを見ると怪訝そうな表情をしていたが、話の内容が漏れたわけではないようなので愛想笑いで誤魔化しておく。
「んー、まあ別にいいけど。ラウラが変にそわそわしてると思ったらそんな理由があったんだね」
「え、それマジ?」
「ホント。でもその前にあたしとも遊んで、ナギト」
というわけで、フィーと遊ぶ事になったナギト。何で遊ぶかというとこのギムナジウムで開催されている“みっしぃパニック”だ。
まずはフィーからゲームスタート。
さすがは西風の妖精と呼ばれるだけあってか尋常ではないスピードで舞台上を駆け抜け、ポイントを重ねていく。
ゲームが終わり、ポイントが公開される。
それは《みっしぃパニック》史上最高得点であったらしく、フィーもたまらずガッツポーズ。
程なくしてナギトも舞台上にスタンバイする。
確かにフィーは速い──が、ナギトもまたスピードが売りの剣士だ。
「負けてやらねぇぞフィー! 士官学院で得た成果──ここで見せてやる!」
宣言と同時にゲームスタート。
ぴょこっと出てきたみっしぃにピコピコハンマーを叩きつける。
「あ」と、声を漏らした誰かになど気にかけず、脚力を爆発させた。
「八葉一刀流、二の型 疾風!」
ナギトはそれで出てくるみっしぃの着ぐるみたちのことごとくを1つの例外もなく沈めていく。
これは明らかにフィーより叩いた数が多い。
勝利を確信しながら、ゲーム終了。
ドヤ顏のナギトに公開されたのは、フィーより低い点数だった。
「あれっ!?」
「当然。ナギトは黒いの以外も全部叩いたからマイナスポイントが加算されたんだよ」
得意げな表情でフィーはそう説明した。
そう言えば、なんか良い奴っぽい顏したマスコットまで叩くなんて心が痛むなあ、なんて思ってたんだが、あれは叩かなくてもよかったのか!と納得。
それに、最初に出てきたみっしぃを叩いた時に誰かが漏らした「あ」──あれはマイナスポイントをキメ顏で叩いたから出た言葉だったのか。
「ぬ、ぬかったわ……」
けっこう本気で肩を落とすナギトにフィーは「フフッ」と笑う。そんなフィーを見てナギトも「かっかっか!」と景気良く笑った。
「楽しかった、ありがとナギト、ラウラも。 それじゃあ私は退散するから。お二人さん、ごゆっくり」
「フィー、どこかに行くのか?」
「ん、デート楽しんでね」
「で、ででデ…デートだと!?」
「バイバイ」と手を振ってギムナジウムを出て行くフィーにナギトは感謝と共に見送る。
あわあわと慌てるラウラに微笑みを向けつつ、次の言葉を待った。
「……はかったな?」
ラウラの赤面は未だ止まず、ジト目でナギトを睨んでくる。ナギトは余裕の表情だが、内心はラウラの可愛さでどうにかなりそうだった。
「大した事はなにも。まあフィーの気遣いを無駄にするのもなんだ、デートしようぜラウラ」
「……そなたは、まったく………」
ラウラはナギトの企みに嘆息しつつ、とうとう観念した。
「わかった。そなたの誘いに乗るとしよう」
☆★
という感じでラウラを口説き落としたナギトは、2人で学院祭の出し物を回る。手を繋ぐとかは正直恥ずかしくて無理だったが、雰囲気は悪くない。
ナギトはタイミングを見計らってアリサおすすめの《ステラガルテン》にラウラを誘う。
扉を開けて入ると、そこは星の輝く綺麗な庭園だった。
「おお、すげえなこれ。本物の夜空みたいだ」
「さすがは貴族クラスの出し物といったところか」
ラウラの第一印象は好感触。
ナギトは内心ガッツポーズを連打しつつも、ラウラを伴って先に進む。
《
「それにしても、もう10月だな」
作り物の夜空を見上げながら、ナギトは話しかける。2人の間に沈黙はあったが、それに耐えきれなかったわけではなく、話さない時間がもったいなく感じて話しかけたのだ。
「そうだな、もう我らが出会ってから半年だ。──と、前にもこのような話をしたな?」
「そういやそうだな。はは、思い出してみればついこの前みてーに感じるな?」
「ああ、まさしく光陰矢のごとし…だな」
「楽しい時間は過ぎるのが速いと言うが、まさにこれだな。……いや、座学の時間は長いわ」
ナギトの小ボケにラウラは「ふふ」と笑った。それだけで救われた気持ちになる。2人して笑って、そのままラウラの顔を見ていたら「どうした?」と聞かれる。
「いや」
“なんでもない”と言おうとしてその言葉を飲み込んだ。そう言うのは簡単だ。
だが、それよりももっと相応しい言葉があるのではないか?言うべき事があるのではないか?
そんな思いが胸中で渦巻いた。
しかし“この時間がずっと続けばいいのに”と感じていた事なんか口が裂けても言えない。
「楽しい時間だった。 リィンがいて、アリサがいて、エリオットがいて、エマがいて、ガイウスがいて、フィーがいて、ユーシスがいて、マキアスがいて、クロウとミリアムが途中から入ってきて、ついでにサラ教官もいて」
思い出を振り返るように、名前を呼んだ人物を頭に浮かべる。
「みんな、俺の空っぽだった器に大切な思い出を注いでくれて……」
約一年、ユミルで過ごした日々。
リィンがいて、シュバルツァー男爵がいて、シュバルツァー夫人がいて。たまにエリゼが帰ってきて。
たったそれだけで完結してた生活。
記憶がなかったナギトには新鮮な楽しさに満ちた日々だった。
でもそれは、ラウラがナギトの前に現れる前の話で。
「でも、そんな日々の中で一際輝くのが、ラウラと過ごした時間で」
ラウラと出会ってから、ナギトの世界は一気に色が満ちた。
これまでの日々がまるで、これからのための序章であったかのように思えた。
トールズに入学し、Ⅶ組に所属し、ラウラと出会い、色鮮やかな日々が幕を開けた。
それはこれまでも、そしてこれからも決して色褪せる事のないだろう強烈な記憶の始まりになった。
「Ⅶ組に入ってラウラに出会えたのは、俺の人生で最大の幸運だった」
伝えたい事が頭の中でまとまらない。
それでも、これだけは言っておかなければならない。
「だからラウラ。出会ってくれてありがとう」
言って。言い切って。平静に戻った。
あれ、なんかマジ告白して返事待ちみたいな雰囲気!?
そんな風に内心ドッキドキしながら横目でちらりとラウラの様子を窺った。
ステラガルテンの暗さに紛れて、その表情は読めない。
「お、これが装置かな」
ステラガルテンの最奥部に半球状の装置を発見した。
傍にあるスイッチを押してみると、半球状の装置から光が溢れ、ステラガルテンの星空を一層鮮やかに染め上げた。
それはまるで天の川。
夜空に煌めく星々が天を埋め尽くさんばかりに出現し、見る者を魅了する。
ノルド高原の夜空を想起させるに足る壮麗な景色にナギトは「おお…」と稚児のように口を開けたままだ。
「これは……言葉を失うな」
ラウラもまたナギトと似た反応であった。
近くのベンチに腰掛ける。視線は未だ天井に投影された星空に釘付けだ。
星空を眺め初めてから幾許か経った頃、ラウラがぽつりと溢す。
「こちらこそ、だ」
横目に見るラウラの表情は真剣そのもので、聞き返す事すら躊躇わせるものがあった。
ナギトは一言一句聞き漏らさないように耳をすませる。
「このトールズに入学してからと言うもの、私の狭かった世界は大いに押し広げられた。 世界はこうも広かったのだ、と頭ではわかっていたものを心で理解する事ができた。Ⅶ組のみんな、それに元猟兵であるフィーに出会えた事で私は成長する事ができたと思う。──中でも、剣を握る一人の男子に、私の心は揺すぶられた。本当の意味での強さを感じさせられた気分になった。 私はいつしか、目標を《槍の聖女》からその人物へと上書きしていた。今では伝承にしか残らぬはずの《槍の聖女》とその人物とではどちらが武の頂きにあるのか私にはわからぬ。しかし、近くて遠いその目標があるからこそ、今の私はこうあれると思うのだ」
ラウラはそこで一旦言葉を区切り、こちらを向いた。
視線が交わり、溶け合い、一つに重なる。
ラウラは薄く微笑んだ。
「だからナギト、目標をありがとう」
「〜〜〜〜〜〜〜ッ」
これはやばい。ガチで、マジでやばい。語彙力が消失し赤面するナギトにラウラが「どうしたのだ?」と声をかけてくる。
どうしたもこうしたもない。
そんな優しく微笑みかけられたら、そりゃ惚れるというもの。
「いやお前そんな……よくそんな事を言えるよな?聞いてるこっちが赤面もんだぞ、今のセリフ」
「フフ、さっきのお返しだ」
そう言ってさっきとは違う種類の笑みを浮かべるラウラがまた可愛く感じる。
しかも“お返し”という事はさっき、暗くて見えなかったラウラの顔は赤くなっていたというわけだ。
そんな結論に達すると、またさらにラウラを愛しく思うので、本当に惚れているのだと自覚する。
この雰囲気のまま見つめ合っていると、抑えが利かなくなりそうなので視線を星空に戻す。
それからまた数分が経過し、静謐な空間を切り裂いてラウラが問いを発した。
「ナギト、そなた…剣の道は好きか?」
それはケルディックでの実習の際、リィンが問われた言葉。これについてナギトは自らの答えをひねり出していた。
それを言葉にする前に、今一度自分の内で反芻する。
剣とは。剣の道とは。
剣とは、いくら美辞麗句で飾ろうと人を傷つけるための道具に他ならない……暴力だ。 ならば剣の道とは?暴力の道か? それはきっと人類が歩んではいけない道程だ。
とまあ、ここまでがナギトの秘める“剣”に対する否定的な意見。
対して肯定的な意見は、それこそ山のようにあった。
誰かを守る力にもなるだとか、かっこいいだとか。そんな些細な事でさえ剣のチャームポイントに思えるのだから、きっとナギトは剣が大好きで、剣の道に生きているのだ。
確かに剣は暴力の形のひとつである事は否定できず、その道が血に塗れている事は間違いない。
それでも、そんな一側面だけで判断するのはもったいないではないか。
───なんて思考がそもそも“剣の道大好きマン”のそれなのだから笑えてくる。
だから言うべき言葉はひとつだけ。
「好きだよ、ラウラ」
ラウラの問いに、一瞬の間もなくナギトはそう答えていた。
「そうか。理由は聞いてもいいだろうか?」
そしてラウラは当然のようにその理由を問いただす。しかしナギトは理由のすべてを語るつもりはない。冗長になると思ったからだ。
「剣は力。剣は誰かを傷つける道具にもなるし、誰かを守る武器にもなる。………なんつーかな、理屈はそんなもんだけど、それだけじゃない。言葉にできねえもんはある」
ナギトの答えを受け取って、ラウラは目を丸くした。よっぽど予想外だったのだろうか。
できるだけ簡潔に答えたつもりだが、難解だったかもしれない。
そんな風に考えたナギトだったが、ラウラが「ふっ」と笑った事で杞憂だったと知る。
「そんな風に言ったのはそなたが初めてだ。それとも、好きに理由はいらない…というやつか?」
「ん〜、忘れろ忘れろ。変な事言った気がする。そも質問に答えてなかったか?」
「いや、忘れまいよ。そなたの答えは私の胸に刻んでおこう」
「光栄だ」とナギトの当たり障りのない返事を受けて、ラウラは会話を終えたと感じたのか視線を足下に向けた。
対するナギトはラウラとは対極に星空を見上げた。
沈黙は嫌いじゃない。
しかし、今のナギトとラウラの間にある沈黙は居心地の良いものではなかった。
ギクシャク、という音が聞こえそうなほど空々しいというべき空気とでも表現すべきか。
ラウラは唐突に顔を上げ、体ごとナギトに向き直った。
「しかし、“好きだよ、ラウラ”とはいささか不意打ちの告白のような印象を受けたな」
会話のリセット、雰囲気のリセット。それが唐突に行われて、ナギトも意識を切り替えた。
「一応言っとくけど“剣の道は好きか?”って問いに対しての答えだからな?」
「フフ、わかっている。だが──」
「ラウラちゃんはトキメキを感じちゃったかな?」
言いつつ、ナギトは顔が熱くなるのを自覚した。今のはストレートではない。ジャブだ。自分で自分にそう言い聞かせつつ。
実はこのステラガルテンの雰囲気に当てられて本心が漏れ出た事も理解している。
ここはもうたたみかけるべきだろうか?そんな風に思考して腹を決める。
「しかしまあ、力みすぎた感はあるかな」
「力みすぎた……とは?」
顔を赤らめていたラウラが、それを誤魔化すように疑問を投げかけてくる。
しかし、ここで追い打ちをかけるのがナギトクオリティ。その追い打ちで自分が羞恥ダメージをくらうのはご愛嬌だ。
「うん、ちょっと質問の答えに本心が混じっちゃった」
てへ、と舌でも出さんばかりの気軽さで愛の告白紛いの事をする。
「────」
口調の軽さとは裏腹の重い内容に、ラウラの視線が一瞬だけ明後日の方向へ。
刹那の後に、耳まで真っ赤にしたラウラがしどろもどろになりながらも言葉を紡ぐ。
「それは、つまり……その、そなたが私の事を」
いつも超然としているラウラの慌てぶりに、薄く微笑みを浮かべて、言葉を遮る。
それはたぶん、男の意地とか役目とか。あるいは今、何も終わってない状況で幸せになるべきでないという思考だ。
「そうだね。ただアレだ。全部が無事に終わってから、俺の方から正式に言わせてほしい」
心の準備が必要だ。ラウラにも、ナギト自身にも。
「う、うむ。わかった、心の準備をしておこう」
まさしく予想通りの返答を受け取り、ナギトは頷く。
「よし。そしたら出ようか」
「うん、そうしよう」
これ以上の言葉は、この場では必要ない。
ナギトの言葉にラウラは同意して、二人でステラガルテンを出る。
「じゃあまた」
「ああ、また寮で」
ラウラに別れを告げて、その背中を見送る。
その背中が妙にもじもじしているようで可愛らしくて、喉の奥からくつくつと笑いがこみ上げてくる。
ラウラの姿が角に消えると、ナギトは大きくため息を漏らした。意識して見ると、背中と掌にじんわりと汗が滲んでいる。
リィンがいたら“ガラじゃない”と笑われるだろうか。
「ははは………しかしまあなんだ。良い緊張感だ」
呟きは喧騒に飲まれ、誰の耳にも届かない。ナギトはにやついたまま廊下を歩き出す。
こうして、学院祭1日目は平和に過ぎ去っていく。
そして、夜。不吉な鐘は鳴り響いた。