「───現在、19:40。24:00までの探索を許可しよう。それ以上はさすがに明日に障りがあろうからな」
そう言って学院長ヴァンダイクはウインクをした。
それは、この旧校舎の異変を解決すれば明日の学院祭が行われるという約束を取り付けた事実に他ならないものであった。
☆★
不気味な鐘の音がトールズ士官学院の旧校舎からのものであると判断したⅦ組一行は第三学生寮を飛び出して学院の旧校舎へ急いだ。
《暗黒時代》の産物。ドライケルス大帝の“来る日まで残せ”という言葉。レグラムのローエングリン城に似て青白く発光する威容。
「……やっぱ、6層の先があったか」
ナギトはそう呟いた。
Ⅶ組は先月、旧校舎第6層までの探索を終えていた。昇降機が表示する階層は第6層までであり、そこで探索も打ち止めかと思われていたが、士官学院祭1日目の夜になって、これまで以上の異変を引き起こしていた。
侵入者を拒む障壁に守られた旧校舎は薄く光を放っており、その目に見える異常以上にどんな危険を秘めているか測り知れない。
そのため教官陣は明日の───学院祭2日目を中止にすべきだと結論を急ぐ。
旧校舎の脅威が如何程のものかわからないため、来場客や生徒を危険に晒すわけにはいかないからだ。その言い分は理解できる。一分の隙もなく合理的で論理的な判断だ。
しかし、そんな事実なんてすべて無視して言わせてもらうと、
「ふざけるなって話だな」
あえて小声で言ったそれに、Ⅶ組全員が共鳴した。
堰を切ったように教官らに詰め寄って旧校舎の探索、引いては学院祭の続行を嘆願する。
「自分からもお願いします。来年にはどうなってしまうかわからないクラス……それにクロウは来月には元のクラスに戻ってしまう。俺たちの……今の俺たちだけにしか残せないものを、残したいんです」
リィンの言葉、リィンの願いはⅦ組総員の願いでもあった。
この学院祭に向けてⅦ組は日々を忙しく過ごしてきた。皆でやると決めたミニコンサート、それ以外にも楽しみにしていた事はたくさんある。
その思い描いていた明日を取り戻すために、願う。
それに呼応するようにリィンの───否、Ⅶ組全員の懐から淡い光が漏れ出した。皆が取り出したそれはARCUSだ。
時ハ来タ
サア、示スガヨイ
“運命を変えろ”とは違う脳内に直接語りかけるような声が聞こえ──
「リィン」
「ああ」
ナギトはリィンと短いやり取りを交わすと旧校舎を包む障壁の目の前に立ち、ARCUSを片手に、もう片方の手を障壁に当てた。
ARCUSの輝きと、旧校舎を包む障壁の光が溶け合った。
居合わせたジョルジュは“ARCUSが旧校舎自体と共鳴している”と見解を述べる。
「ええ、どうやらそのようです。 そして、俺たちⅦ組メンバーなら旧校舎に入る事ができる」
リィンの言葉をナギトは首肯する。それでⅦ組全員の願いは決意へと変貌した。この異変を解決し、学院祭2日目を取り戻す覚悟を決めた。
教官らの決定を受け入れないⅦ組の姿勢にサラは育て方を間違えたとヴァンダイクに謝罪するが、謝罪されたヴァンダイクは「よくやってくれた」とそれを受け入れない。
そうして、設立理念を体現した今のⅦ組に旧校舎の探索が───学院祭2日目が託された。
☆★
旧校舎に新たに現れた第7層───そこはこれまでの階層とは違い、光る歯車のついた扉が一行を出迎える。
第6層まででもそうだったが、この第7層は殊更非常識な場所であると認識できた。
第六拘束マデノ解除ヲ確認──
《起動者》候補ノ来訪ヲ感知──
再びどこからか声が聞こえてくる。耳朶を打つ音ではなく、頭に直接響くような感覚だ。
刻ハ至レリ──
ガチャンと音を立てて光る歯車が回転し、扉が開かれていく。
開いた扉の先には光りが渦巻いていて、何があるかわからない。
コレヨリ『第二ノ試シ』ヲ執行スル──
“第二の試し”……第4層でエリゼを襲ったアレが第一の試しだと考えるべきなのだろうか。
Ⅶ組のみんながそれぞれ予想を口に出していく。
最後にラウラが皆の心境を代弁するかのように言った。
「──これだけは確かなようだ。今宵、我らは導かれるべくして、ここに導かれたのだと」
一瞬、静寂が満ちた。
士官学院に入学してから今日まで、Ⅶ組は他の学院生以上に旧校舎と縁があった。それこそ運命と呼んで良いほどに。
それが収束したのが今この瞬間なのだという実感が皆の胸に落ち─────エマが扉の前でⅦ組のメンバーと対面するように立った。
そして語る。
ここから先は尋常ではない場所だと。覚悟はできているのかと。
その姿はいつもの優しい委員長然としたものではなく、エマ・ミルスティンという存在の背景を感じさせるものがあった。ナギトの脳裏には“魔女”の文字が浮かぶ。
しかしそれに気圧される事なくⅦ組の皆は覚悟ができている事を告げる。それはもちろんナギトもだ。
しかし────
「とっくに覚悟はできてるさ。明日の学院祭で喉を潰す覚悟をさ。お前はどうなのよエマ……俺と同じでボーカルだろうよ」
───しかし、それはあくまで明日の学院祭、明日のミニコンサートで歌い尽くすためのもの。
いつもの……否、いつも以上に不敵に笑むナギトにエマも不意を突かれたのか微笑みをこぼして観念した。
「……そうですね。エリオットさんのしごきにも耐えましたし、本番は迎えたいです。…そのための覚悟なんて、みなさんはこの旧校舎に入る前から決まっていたんですね。 およそ、クラス分けには縁がなかった私ですけど、Ⅶ組が最高なのは胸を張って言えます」
「───だったら行こう、この先に」
Ⅶ組全員の決意をその背にリィンが語る。
「俺たちのクラスが最高だと、俺たち自身に証明するために。この異変を食い止めて、“明日”を引き寄せるために」
Ⅶ組の決意と覚悟を受け取ったエマは扉の前から退いた。半端な覚悟なら止めるつもりだったのだろうが、それはこのⅦ組にとってありえない事だった。
そうしてⅦ組一行は扉の向こう───白光渦巻く異空間に足を踏み入れた。
ほんの一瞬、視界がホワイトアウトする。しかしそれ以外の感覚器官は通常通りに働いているように感じられて拍子抜け───する間もなく。
眼下に広がる光景に圧倒された。
およそ常識では考えられない構造の……それこそダンジョンと呼ぶべき異空間。まるで空間の法則が捻じ曲がり、無理やり繋ぎとめられたような場所。
Ⅶ組はそんな場所に空間を超えて移動させられたわけだが、その胸中に一切の不安を感じさせない。仲間と共にいる安心感、明日を取り戻す決意と覚悟が、それを上回っているのだ。
探索を開始する前に、Ⅶ組の一同はリィンにいつものあれを頼む。
リィンもそれは理解したようで。
「それはいいな」
とガイウスが同意し。
「作戦開始の号令は大事」
とフィーが建前か本音かわからない言葉を口にして。
「そうだね。これも僕たちの特別実習みたいなもんだし」
とエリオットがたまに見せる優しさを含んだ狡猾さを見せて。
「よっ、我らがリーダー!」
クロウはそう言ってリィンを担ぎ、
「フッ、噛むんじゃないぞ」
ユーシスがプレッシャーをかける。
「頼むぜ、お兄様」
最後にナギトがウインクすると、リィンは「プレッシャーをかけないでくれ」と肩を落とす。
「まあ別にいいんだが……ならナギト、明日の号令は頼んだぞ」
「え」と固まるナギトを無視してリィンは一歩、前に出てⅦ組のメンバーに振り返る。一瞬の瞑目の後、拳を握りしめて言った。
「トールズ士官学院、Ⅶ組総員──旧校舎の異変を食い止めるべく、これより第7層の探索を開始する。各自、全力を尽くしてくれ!」
こうして旧校舎第7層の探索は始まった。
☆★
「──迅雷・叢雲」
雷速の踏み込み、斬撃。それに遅れてやってくる斬撃による2段攻撃が敵性魔獣を斬り伏せる。しっかりと残心をしてから太刀を納刀した。
「相変わらずキレッキレだなナギト。感覚は取り戻したかよ?」
第7層を皆が進む中、その最後尾を守るクロウがナギトの肩を叩く。
歩きながら会話を始めた。
「いやあ、まだまだ感覚は戻ってねーな」
その話題はナギトの現状についてだった。レグラムでの実習で大怪我をしたナギト、怪我が治って復帰したがかつての感覚は失われて戦闘力が大幅ダウンしていた。その際に寮で同室のクロウにポロッと弱音を漏らしてしまっていたのだ。
「そうか?動きはもう前と遜色ないように見えるが。……さすがに実技テストでⅦ組全員を相手したときとは比べられねぇが」
「まあオルディスでの実習であの《黄金の羅刹》に鍛えられたからな。…スーパーきつかったけど自分の戦技の理解度が深まったし、その影響である程度は元通りさな。 それにあの実技テストの時のはちょっと話が違って……あれは相性が悪くてな」
己が思考を捨て去り《剣鬼》の感覚に身を任せる“自失無我”、思考をぼやけさせ夢を見るように駆ける“夢我”。
これらの絶招はナギト・シュバルツァーの思考が停止、ないしは鈍らなければ発動できず、思考がしっかりとしていない中では頭で理解している術理を身体で実行する事ができない。
「……そうなのか。しかしまあお前が気を持ち直してくれてこっちは助かるぜ。 クラスのやつらもみんな心配してたしな」
「その節はご迷惑を」
マキアスの貴族嫌いやラウラとフィーの仲違いの仲裁をしていた当のナギトが問題になっていたのだ。しかも相手が自分自身となれば碌に手伝ってやる事もできず、Ⅶ組の皆はさぞ気を揉んだ事だろう。ルームメイトのクロウであれば尚更だ。
「ハッ、いいって事よ。………俺はお前かリィンだと思ってるぜ」
クロウのセリフを吟味して何を言っているのか考えたナギトだったが答えは「?」だ。
「何の話?」
小首を傾げたナギトを見たクロウは「さてな」と露骨に誤魔化して先に進んでいく。
クロウと入れ替わるようにナギトの隣にやって来たのはエマだ。クロウはどうやらエマの様子を見て先に行ったようだ。
「クロウさんとは何の話を?」
「ん、うーん……色々?」
挨拶代わりだったのだろう。煮え切らないナギトに「そうですか」と返してエマは本題に入った。
「この先に眠っているはずの騎神についてなんですが」
「え?」
「えっ?」
沈黙。エマはナギトの反応を見て自らの失策を悟った。
「では」と足早にナギトの隣から離脱しようとするエマの肩を掴んで引き止める。
「待て待て。知ってる、知ってるよ? この先の騎神の話だよね?」
「それは知らない人の反応です!離して下さい!」
エマはナギトが自らの、魔女としての事情に精通していると誤解して話を振ってきていた。もちろんナギトはエマの事情なんて知るはずがなく、この旧校舎に騎神が封印されているなど知っているはずがない。───本来なら。
しかしエマの言葉でナギトの記憶は励起された。
押し問答するナギトとエマを見てかⅦ組一行の足は止まり、リィンが「なにしてるんだ?」と問いかけてきた。
これにかこつけてエマはナギトの隣から逃げるつもりだろうが、そうは問屋が卸さない。
「《灰の騎神》の話だろ?」
エマが皆に助けを求める前に、そっと耳打ちする。振り向いたエマは目を見開いていて少し怖く、張り詰めた雰囲気を発している。
余裕のなさそうなエマに代わり「なんでもな〜い」と手をひらひらさせてリィンへの返事とする。
リィンらは怪訝に思いつつもエマからの反論がない事から問題なしと判断して第7層の攻略を再開した。
皆から距離を取りつつ最後尾で密談を始めた。
「ナギトさん…あなたはどこまで知っているんですか?」
「さあ? ……誤魔化してるわけじゃないぞ? 俺は本気で自分が何をどこまで知っているのかわからん」
騎神にしても、エマの正体にしても。
現時点で知っているはずのない情報だ。
「………とりあえず信じますが。それもあなたが“特異点”だからなのでしょうか?」
「かもな。もしかすっと俺の失われた記憶が関係してるかもだけど」
「それがありましたね」とエマは再び考え込む。ナギトは普段の態度がおちゃらけているせいで、たまに記憶喪失だと忘れられている事もあるが今回のエマもそうだったのだろう。
「ナギトさん……騎神の起動者になるつもりはありますか?」
“騎神の起動者”……その意味を、ぼんやりと理解する。理解している。
「なれんの?」
「わかりません。騎神の起動者には資質のある者しか選ばれないそうですが……私はそれがナギトさんかリィンさんだと感じています」
ナギトかリィンか。それはついさっきクロウにも言われた事だ。彼が騎神の事情に精通しているわけがないから、単なる偶然であろうが。
「……そうか。それで?」
「もしもナギトさんが騎神の起動者に選ばれたら、私に力を貸して欲しいんです」
「具体的には?」と続きを促す。
エマは“激動の時代への対応”と“姉探し”に協力を求めた。
ギリアス・オズボーンの唱える“激動の時代”は何を指すのか不透明で、“ヴィータ・クロチルダの捜索”はエマの個人的な願いだ。
「無理な話なのは承知しています。しかし騎神とはこの帝国に昔から存在していて、その力を得たなら争い事は不可避になります。そして姉さん──ヴィータ・クロチルダは一族でもお祖母ちゃんを除けば最も力ある人物で博識です……協力できれば大きな助けになってくれるはずです」
エマはこれでもかと運命と利点を説く。
「うんうん、とりあえず保留でいいかな。ひとまず俺が起動者になったらまた話をしようぜ」
しかしナギトはそれを軽く聞き流した。
正直な話をすれば“激動の時代への対応”も“ヴィータ・クロチルダの捜索”もまっぴらごめんというのがナギトの感想だ。
だがクラスメイトのエマからの頼みなら引き受けるのも吝かではないのもまた事実。
そんな2点を踏まえつつも、まずは“騎神の起動者になる”のが先だ。
この先に封印されている《灰の騎神》の起動者になるのが。
───なんて考えつつも、“自分が起動者になるなんてのはやり過ぎだ”と、どこかで感じているナギトだった。
「ほら、もうすぐ終点じゃないか?」
はぐらかすようなナギトの返答に眉根を寄せたエマだったが、今はまだその話をする段でない事を悟り、第7層ダンジョンの終着点に向かっていくのだった。
☆★
辿り着いた空間は、たった今Ⅶ組が攻略した異空間のような場所ではなく、旧校舎らしさを残した部屋だった。
視線の先には、門。
第4層やローエングリン城で見たものと酷似した中央に宝珠が嵌められた扉だ。
調査をする間もなく扉の宝珠が赤く輝く。
《起動者》候補ニ告ゲル──
コレナルハ“巨イナルチカラ”ノ欠片──
手ニスル資格ガ汝ラニアリシカ──
コレヨリ『最後ノ試シ』ヲ実行スル──
それと同時に頭に声が響いた。第7層攻略前にも聞いた、あの声が。
「気をつけて…!取り込まれます……!」
エマが皆に忠告する。次の瞬間、視界がが歪んだ──否。空間そのものが捻じ曲がった。
「────ん」
気がつくとナギトは1人で、そこにいた。
灰色の砂原にいくつもの剣や槍が突き刺さり、どよめく雲は視界のすべてを覆い尽くし、蒼穹はどこにも見当たらない。
灰の戦場か、あるいはこの物悲しさから灰の墓場と呼ぶべきかもしれない。
周囲を見渡して自らが1人である事を再確認。Ⅶ組の皆はおらず、それぞれ別々に飛ばされたか───なんて思考が凍りつく。
「おい」
と声をかけられた。正面からだ。どうして今までその存在に気づかなかったのか。
風景に溶け込むにしては目立つなり形をしているように見えない見える。
ナギトは一気に臨戦態勢に入った。太刀の柄に手をかける。
「お前は何をしているんだ」
「───なんだって?」
声はちゃんと聞こえている、はずだ。それなのに正しく認識できていない気がする。
とても奇妙な表現になるが“声にモザイクがかかっている”───そう表現できた。
「お前は、なにを、しているんだ」
今度は、それはわかりやすいように区切って言葉を放つ。
しかし問いかけの意味がわからなかった。だからナギトは正しく今の状況を説明する。
「明日の学院祭を開催させるため、Ⅶ組全員で旧校舎第7層に挑んでる……でいいか? というかその前に…お前、なんだ?」
“なんだ?”という曖昧な問い。これまでそういう言い方をする時は、何かしらの意味を持たせて言っていたナギトだったが、今回はその曖昧な表現のままの質問だった。
なにせ、その姿が靄に包まれるようでとても、とても見にくいのだ。
輪郭ははっきりとしていて、顔も見慣れたそれに見えて─見えないはずなのに─まるで毎朝、歯を磨くときに顔を合わせているような親近感。
「なんだ?何を言ってる、俺はお前だ…俺たちだ」
その答えに眼前のそれの靄が急速に晴れていく。しかしそれでも正しく姿を認識できない。
やはりぼやけている声に、やたらと聞き取れなかったフレーズがあった。
だが、この存在がナギトに敵意がない事は理解できた。太刀の柄から手を離して正面から向き合う。
そのまま無言のナギトを見て「?」を悟ったそれは長く息を吐いた。
「やっぱまだわからねぇか。…ったくシステムの強制力も大したもんだな、記憶喪失も然りだが」
なにか今、めちゃくちゃ重要な事を言われた気がする。それを当然のように受け入れている自分に納得している。
それはとても歪だとナギト・シュバルツァーの思考回路は回答する。
「…1人で訳知り顔で話されてもわからんのだが? まずここどこよ?」
ナギトは努めてフレンドリーにそれに話を振る。この灰の戦場跡は、こういう使い方をされるものではないという確信───違和感があった。
「ここは…そうだな、異空間…あるいは異次元か。だからここなら俺たちの声が届きやすい……ってのも俺たちが想像してるからなんだけどな」
まったくもって理解不能な言い分だった。しかし何故か本能的に意味がわかる。それが既知のワードと合致した。
「特異点……?」
「…そこ繋げるかよ、思ったよりやるなナギト・シュバルツァーは」
“特異点”───それは世界で唯一の自由な者。または世界の歪みとも。
結社の連中の言い分を借りて表現すれば、だが。
どうやらそれは的を射ていたようで、それはナギトを褒め称えるようにして肯定する。
と、そこで急に世界が白み始めた。
「ちっ、もうタイムリミットか。 いいか、お前よ…残された時間はあまりに少ない」
どうやら時間制限があったらしい。それの口ぶりから推測するに、この邂逅はイレギュラー。
当然のように、そう理解できた。
この意味不明な空間で、ぼやけた野郎の話を聞いて、そんなわけのわからないはずの状況をこれ以上なく正確に読み取れている。
しかしそんかナギトであっても、それの言う“残された時間”についてはわからない。
灰の戦場跡が白に沈んでいく。ナギトの全身も光に包まれて、それの声ももう聞こえず────
──ただ。視界が白く染まる直前に、それの唇はこう動いた。
────運命を変えろ、と。
☆★
「──ナギト!」
「お?」
「お、じゃないわよ……ボーっとして、心配させないでよね」
「あ、すみません」
リィンに呼びかけられるようにしてナギトの意識は回帰した。傍らのアリサに怒られて反射的に謝罪する。普段の力関係はこういう所に出るのだ。
「ここは……」
ナギトは周囲を見渡す。眼前に広がる風景に変わりはない。先程と同じ“灰の戦場跡”だ。
さっきのアレは白昼夢を見ていたとでも言うべきなのだろうか。そんな風にナギトが考えていると、エマが皆に忠告した。
「気を確かに。…来ます……!」
思い出す。そうだ、ここは“最後ノ試シ”の場。
この場に現れる“ロア・エレボニウス”を打倒する事で《灰の騎神》の起動者たる資格を得られる。
気持ちの悪い、理解。本来知らないはずの情報を知っているという無理解。
だが今はそんなものにかかずらっている場合ではなかった。
灰色の地面に影が渦巻く。その影はやがて立体に伸びて四肢を持つ怪物となった。
それこそがロア・エレボニウス────焔の残滓、巨いなる影。
圧倒的な存在感から放たれる重圧に、しかしⅦ組メンバーはひるまない。皆がそれぞれ決意と共に得物を構える。
それに続くようにしてナギトも檄を飛ばした。それはなにより、自分に向けて。
「やってやろう───俺たちの青春のいちページに!明日という日を刻み込むためにも!!」
リィンはニ、三歩前に出て太刀の切っ先を影に向けた。
「これが“最後の試し”だ……! 俺たちの全力をもって、あの“巨大な影”を撃破する!」
「「「「「おおっ!」」」」」
それにⅦ組全員の声が、意識が、決意が重なり、影はまた吼えた。
戦闘が、始まる。
この巨体を相手に出し惜しみする理由はない。
「──鬼気解放」
ぶわり、とナギトの全身から緋色の闘気が溢れ出した。《剣鬼》当時の闘気を引き出す絶招、それは仲間に援護を任せる合図でもあった。
吶喊するはガイウスとラウラ。エマがアーツでナギトの身体能力をブーストし、ユーシスとミリアムが脇を固めた。
さすが、先月の実習で肩を並べた者どもはナギトの意図を察するのが早い。
「緋剣──」
闘気が納刀された太刀に集約される。
その他の面々もロア・エレボニウスとナギトの直線上から退いた。
「───神威残月!」
刹那、放たれる神速の斬撃。
“緋剣”は《剣鬼》の闘気でナギトの戦技を撃ち出す術技。威力、規模共に普段とは桁違いに飛躍する。
弧状の斬撃は影─ロア・エレボニウスを大いに揺らした。しかしそれでは致命に至らない。
よろめいたロア・エレボニウスに手から雫が落ちたかと思うと、それは地面と接触した瞬間、360度にとてつもない勢いで波及した。
衝撃が戦場を吹き抜ける。幸いにして多数のサポートを受けていたナギトのダメージは軽微だったが、他の面子のダメージは推して知るべしだ。
「ホーリーブレス!」
そのダメージを見てとったエリオットが範囲回復アーツで皆を癒やす。
Ⅶ組メンバーが傷を癒す時間を稼ぐ、そのためにナギトはロア・エレボニウスを見上げたが、遅い。
口腔から闇が吐き出される。それはきっと先程の雫よりも強い攻撃だ。
ほんの一瞬、壁を作るだけでいい。その思いともにナギトは闇の前に躍り出た。
剣鬼七式、三ノ太刀───
「──破空!!」
空間を攻撃する斬撃──否、もはや打撃に近いそれで闇を圧し潰すが、それも焼け石に水というもの。
「盾!」
しかし稼いだ一瞬。それが皆を救う猶予時間となった。
飛び出したナギトの考えを読み取った数名がそれぞれ展開できるだけシールドを重ねる。
それにより今度は被害は少なく済んだ。──それに守られなかったナギトを除けばだが。
闇色の炎に焼かれ、ナギトの意識は少し飛ぶ。
「──おい、無事か?」
「…クロ、ぅ………」
視界にアップで映るのはクロウの顔。どうやら介抱してくれたらしい事がわかった。
「まだ動くな。けっこうやべえダメージだぞ」
「戦い…は、まだ終わってない、だろ……?」
クロウの背後でⅦ組メンバーとロア・エレボニウスの激戦が繰り広げられているのが見える。
「ああ、だが優勢だ。お前のおかげだぜナギト……ちょいとばかし体を張りすぎだがな」
クロウの言う通りだった。いくら《剣鬼》当時の闘気が扱えるとは言え、その闘気で防御していたとは言え、破空で攻撃の威力を減衰していたとは言え、ロア・エレボニウスの必殺に1人で立ち向かうのは蛮勇が過ぎた。
いや、思ったよりガード出来てて少し笑える。
気絶してなお手放さなかったらしい太刀を杖に立ち上がる。よろめいてクロウに肩を貸された。
「…まあMVP賞は貰うとしてだ、決着の時くらい立っとかねえと格好つかんよな。あんな啖呵も切ったしよ」
いつものように冗談混じりに強がるナギトにクロウは「はっ」と笑う。その肩を押しのけて「行ってこいよ」と言った。
「ああ、最後の一押し…して来んぜ!」
ナギトは見届ける。各人のSクラフトがロア・エレボニウスを貫くのを。その巨体が揺れ、崩れ落ちる───最後の一撃。
「うおおおお!」
リィンの咆哮が灰の戦場に響き渡る。その蒼焔の太刀が、灰色に染まる。
ナギトは太刀を振るい、リィンのSクラフトに自らの斬撃を上乗せした。
「いけ、リィン。これが俺たちのコンビクラフト……絶佳臨界───」
「────灰焔の太刀!」
灰の焔を纏った太刀がロア・エレボニウスを一閃した。
☆★
コレニテ『最後ノ試シ』ヲ終了スル──
《起動者》ヨ、心セヨ──
コレナルハ“巨イナルチカラ”ノ欠片──
世界ヲ呑ミ込ム“焔”ニシテ“顎”ナリ──
V A L I M A R
☆★
その文字が脳に、魂に焼き付けられたのは理解できた。
ロア・エレボニウスを撃破するとⅦ組メンバーに聞こえたのは、旧校舎で何度か耳にしたあの声。その通知が終わると急速に視界が青光に包まれて────
Ⅶ組一行は気がつくと元の場所で倒れていた。
あの中央に宝珠が嵌められた門のあった部屋だ。
この場にはサラやトワ、ジョルジュなどが集っていた。これはつまり、旧校舎を覆っていた障壁の消失、ひいては異変の終息を意味する。
そこまで理解して、先程までのダメージが体から消えている事にナギトは気づいた。リィンも同じ事を考えたようで、それをエマに尋ねる。
「委員長、さっきのは」
「私にもわかりません。おそらくは“幻視”──現実ではなかったんでしょう。ですが、皆さんが“試練”に打ち勝ったのは確かみたいです。教官たちがこの場にいるのが何よりの証拠でしょう」
エマがそう予想した通り、鐘の音も障壁もなくなったとトワは語る。これにて明日──もとい今日(時刻は0:20だったため)の学院祭が予定通り行われる事となり、一件落着────かに思われた。
いつの間にか輝きを失った宝珠の門が、開かれるまでは。
門の先に鎮座していたのは騎士だった。
灰色の騎士人形だった。