閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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追憶 〜《剣鬼》誕生の時〜

 

 

 

しとしと。しとしと。雨が降っている。

 

ぽたぽた。ぽたぽた。血が滴っている。

 

 

「本降りになる前に帰れるかな?」

 

 

彼はそう呟くと、眼前の許しを請う男に向かって太刀を振り下ろした。

 

 

☆★

 

 


カルバード共和国大統領から、ある組織に依頼が入った。

内容は要約すると“邪魔者の排除”。

 

 

ある組織の通信士は、通信の終わりにこう言った。

 


「あなたの願いは果たされるでしょう」

 

 

 

 

 


事の起こりは、6日前。

 

 

 

 

ある組織からカルバード共和国に派遣されたのは、太刀を携えた男だった。

男は大統領府に入ると、サミュエル・ロックスミスと面会し、その依頼を承った。

 

 

大統領ロックスミスは男に説明する。
長年の宿敵たるエレボニア帝国の情報局に、我が国の情報は筒抜けになり、このスパイ天国のままでは国民の安全までが脅かされるだろう。
故に情報機関を設けようと思うのだが、反対派の連中がうるさい。そいつらを秘書共々、消してはくれないか。と。

 

 

前半部分は単なるおべんちゃらだ。男は表向きは正義の味方。そのため、正義の味方が正義を執行するのに必要な理由を並べてやったのだ。

ロックスミスは普通、相手の顔色を見る事でその人間がどんな人間性を持つのかある程度理解できるのだが、この太刀を携えた男は人間性を見てなお、理解しても理解しきれないと表現するしかなかった。


命は大事だ。それはわかっている。
だが、奪うと決めた時は容赦はしない。
しかし命を奪うのに理由はいらない。


ロックスミスは男の根底が何を表しているのかまでは理解できなかったし、理解する必要もないと思った。ただ歪んでいると、それだけわかれば十分だった。

 

 

 

大切なのは最後の一文。
“邪魔な政治家をそいつらの秘書たちと共に排除してくれ”という部分のみだ。


ロックスミスは、その邪魔者を排除する期間を一年でどうだと言う。男に渡された資料に並ぶ名前は百を少し超えたくらいだ。この者らを排除するとなると、一年では短い。


しかし男は10日あれば充分だと言い、席を立つ。

 

 

ロックスミス大統領は、席を立った男に言う。


「依頼を達成した暁には、君に個人的な贈り物をしたい」

 

 

ロックスミス大統領は飾ってあった太刀に目をやった。男もつられてその太刀に視線を移す。

 

 

「ゼムリアストーン製の太刀だ。最近、加工方法がわかってね。無理なお願いの正当な報酬として用意させてもらったんだ」

 

 

男は目を見開いた後、ロックスミス大統領に一礼し立ち去ろうとした。部屋を出ようとする男にロックスミス大統領は疑問を投げかける。

 


「君は本当に、その……」

 


歯切れの悪いロックスミスだが、男は彼が何を言いたいのか理解し、微笑みながら言った。

 

 

 

 

「ええ、遊撃士協会の者です」

 

 

☆★

 

 

 

《遊撃士協会》


ゼムリア大陸各地にその支部を置き、民間人の保護を第一とする民間組織。


誰もが知る正義の味方である。

 

 


それがどうして、暗殺などという依頼を引き受けるのかと言えば。

肥大化した組織を運営するにはミラがいる。

しかしエプスタイン財団から寄付される金額をもってしても、全遊撃士に払うミラなどなかった。
そのために始めたのが、いわゆる裏の顔。

情報の奪取、要人暗殺、国家転覆まで、あらゆる依頼を達成するべく発足したのが《裏の遊撃士協会》だ。ちなみに最後のはまだ入った事のない依頼である。
“裏”などと大袈裟に言っても正式な組織として運営されているわけではない。
あくまで《遊撃士協会》の裏の顔として存在するだけの組織だ。


しかし、その裏の顔を世間に知られていけない。
正義の味方として存在する《遊撃士》が人殺しなど株の大暴落もいいところだからだ。

そのためその存在を知っているのは本部の一部人員と、各国のトップくらいである。


裏の遊撃士は、その秘匿性故に能力の高い者が選ばれる。
と言っても現役の遊撃士を裏で仕事させるわけにはいかない。いざという時のスケープゴートにできないからだ。
そのため、いわゆる新入社員を裏の遊撃士に誘うわけなのだが、そう実力のある者は簡単には見つからない。


今回、カルバード共和国に派遣された太刀を携えた男も、遊撃士協会が久々に見つけた実力のある裏でも生きられる人間だったのである。

 

 


裏の遊撃士になるための条件としてはまず、最低でもA級でも中位に入るくらいの戦闘力が求められる。
その他にも交渉術や状況を丸く収める術などが求められるのだが……その太刀を携えた男は、戦闘力のみで裏の遊撃士に選抜された。
彼が納めたという剣術は、今やS級遊撃士として活躍する《剣聖》やS級に穴ができたら次はこの者と目される《風の剣聖》と同じものだ。


それに、この剣術で皆伝に至った者は“理”に身を置くとされ、各方面で活躍しているのだ。

そういう意味でも太刀を携えた男は期待され、初仕事に共和国の要人暗殺を与えられたのだった。

 

 

☆★

 

 

 

男はホテルのベッドから窓を見つめる。降り出した雨は今や土砂降りだ。
本格的に降り始める前に帰れてよかった、と思う。


今回の狩りで、数は68。
この分だと9日で終わりそうだ、なんて思考しながら男は眠りについた。


暗殺を初めてから今日で7日目。
基本的に仕事は陽が沈んでから登るまでの間で行なっていて、完全に昼夜逆転している。

ホテルの従業員などには不審に思われるかもしれないがそこはそれ、夜の仕事──と言うには男は若過ぎたが──と誤魔化そう。

 

 


男が目を覚ますと、すでに陽は傾きかけていた。

活動時間─夜─にはまだ早い。まずはルームサービスで腹に物を入れる。陽が沈んでから昇るまでほとんど不休で暗殺業務を果たすのだ。何か腹に入れておかないと体力が保たない。なにしろ、朝と昼は何も食べずに寝ているのだ。この早めのディナーだけでも食べておかねば。

 

 

 

洗面台の前に立ち顔を洗うと自然、鏡の中の自分と目が合う。手で頬を触ると、数日前より幾らか肉が削げ落ちていた。

 


「少し痩せたか? 我ながら細い神経だ」

 


なにしろすでに68人も殺している。
この仕事を請けるまで殺人など未経験だった。

 

 

しかし、6日で68人も殺しておいて夕食をガッツリ摂るあたり、細い神経ではない。
仕事から帰って来て朝から夕方まで寝てる間、夢にうなされる事もないのだ。殺した相手の事に思いを馳せる事もある。
家族はいただろうし、その当然の明日を奪ったんだ、などと考える。しかし、考えるだけ。
罪悪感などもあるが、それは剣を鈍らせる要因にはならない。剣を止める理由にはならない。

 

 

男は割り切っていた。目的のためなら、今はどんな魔道でも歩もうと。

 

それが単なる愛であるとは、まだ知らぬままに。

 

 

 

 

 

 

 

やがて陽が落ち、今日も仕事が始まる。

 

 

☆★

 


変化は2日目からだった。


1日目で23人殺害して変化は起こった。当然だ。議員が、それも大統領に弓引く可能性がある者が暗殺されたのだ。警戒して護衛を雇うのは目に見えている。


それでも太刀を携えた男は議員たちを斬って
きた。護衛らは気絶で済ませるほどの腕前だ。

並の護衛など太刀を携えた男の前ではいないに等しい。

 

 

故に、一流の護衛が雇われるのも時間の問題だったわけだ。

しかし、一流の護衛など数が少ないし、仮に雇えたとしても暗殺者が現れるとも限らない。
暗殺者と一流の護衛がかち合う可能性はそれこそごく僅かだ。


だからこそ、この出会いは奇跡的だったと表現せざるを得ない。

 

 


7日目、11件目の標的の寝室に足を踏み入れた時だった。


ピリ、と張り詰めた空気を男は感じ取り、太刀の柄に手をかけた。


瞬間、殺気を感じ取り太刀を防御に回す。

 

 

 

 

ギィン!と音が室内に響き、太刀に受けた衝撃で部屋の端まで弾かれるように飛んだ。


男はガードに回した太刀がたわんでいるのを見て目を細める。
安物の太刀である事は否めないが、それでも一打で変形させるほどの威力……


男は拳を打ち出してきた敵を見据える。
筋骨隆々たる肉体を東方風の衣装で包むは無精髭を生やした拳士。

 

 

「お、おい……遊撃士! 一撃で仕留めるという話だったじゃないか!?」


寝台から体を起こしたのは、拳士を護衛として雇った議員だ。
暗殺者を不意打ちで仕留めきれなかったのを見て議員は焦っていた。しかし、その焦りこそが部屋をピリつかせていた要因であり、暗殺者──太刀を携えた男が不意打ちを防御できた理由でもあった。

 

 

「そう言われてもなあ。できればという話だったはずだぜ。どうやらやっこさん、暗殺は失敗だと言うのに逃げる素振りさえ見せやしねえ。相当腕に自信があるようだ」

 

 


「そんな事はどうでもいい!協会に依頼したは私の護衛だ! 経過はどうでもいい、私を守ったという結果を出してくれ」

 


議員の言葉に拳士はやれやれと肩をすくめる。
頭は回るのだから後は器量が備われば議員としての格も上がるだろうに、と。

 

 


「という事だ。俺はA級遊撃士のジン・ヴァセックだ。お前さんは……と、訊いても答えてくれるわけねぇよな」


暗殺者は当然のように答えず、ただ武器を構えるのみ。ただ、静かに警戒のレベルを上げていた。

 


ジン・ヴァセック──数少ないA級遊撃士の1人にして《泰斗流》を修めた拳士。《不動》の異名を持つ共和国全体を見ても指折りの強者。油断する道理などない。

 

 


部屋の電灯が点くのと同時に非常ベルが鳴った。外に待機させていた護衛たちがここに来るまで長くて2分という所。あまりモタモタしていられない。

 


男は太刀を構えたまま、その身をゆらりと揺らす。特殊な歩法によって生まれたのは男の幻影。
それらがいくつも重なり、どれが本物なのか外見的にはわからない。

 


幻影が一斉にジンに斬りかかる。
ジンは一瞬の内に幻影に混じる本体を見つけ出し、それを回し蹴りをもって迎撃した。


男はその回し蹴りを、太刀の腹で受け止める。
そこは、先ほど拳を受けた場所と寸分も違わぬ。たわんでいた刃はそこで折れる。

 

 

蹴りと刃の衝突音の後に撃断された刃が宙を舞う。蹴りの勢いで吹き飛ばされる前に男はそれをキャッチした。

 

 


再び、壁に叩きつけられた男。
しかし、その顔を隠す覆面の下には笑みが浮かぶ。


この位置取りを狙っていた。
だからこそ、わざと蹴りを喰らい、太刀を折らせたのだ。男は左手にある太刀であったものの柄をジンに投げる。
それはジンが避けるまでに、内部に込められた力が暴走し、爆ぜる。
ジンに隙ができた一瞬に右手にある折れた先の刃を議員に投擲。
その喉に突き刺さり、呆けた顔をしている間に男に接近され、突き刺さった刃で喉笛を切り裂かれた。

 

 


近づいて来る足音を聞き、男は無手の状態で窓を破って飛び降りる。

 

 

今夜の狩りは、まだ続く。

 

 

☆★

 

 

追っ手は来なかった。
おそらくは既に護衛対象の死亡が確認された事と、ジン・ヴァセックが諌めたであろう事が予想できる。


共和国きっての実力者であるジンは、対峙した相手の戦闘力を読み取ったのだろう。だからこそ、追撃はなかった。

 

 

 

夜明けは近く、男の手は血に濡れていた。
得物を失った男は素手でターゲットである議員を殺めていた。男の使う剣術『八葉一刀流』には、無手の型がある。八葉一刀流を学ぶ者に、まず初めに叩き込まれる八の型だ。


当然のようにそれは殺人を目的とされたものではないが、男が使えばそれは人を容易く殺める事ができる必殺の型となる。

 

 

 

 

血に濡れた腕を見られるのは御免だ。
男はいつもより少し早く、今回の仕事を終える事にした。

 

 


ホテルのシャワーで血を洗い流し、昼まで睡眠をとった後、男の足は大統領府へと向かった。


見張りの兵たちをやり過ごし、ロックスミス大統領の執務室をノックする。
訝しがる彼に扉越しに自分だと告げると「入ってくれ」と入室の許可をもらう。

 

 

「失礼します」と入ると、 ロックスミス大統領は執務机の奥にある椅子に座り、こちらを柔らかい視線で迎える。


「やあ、よく来てくれた。今日あたり、来るんじゃないかと思っていたよ」


その言葉に、男は納得する。
なるほど、道理で一見して強者とわかるような連中にも呼び止められなかったわけだ。

 

 

 

 


それなら話は簡単だ。

男はロックスミス大統領を見据え、その願いを口にした。

 

 

抹殺対象の護衛、遊撃士《不動》のジンにより武器を破壊された。得物を新調しようにも珍しい武器のため、そこから足がつく可能性がある。そのため、報酬を前倒しして貰えないか。

 

 

 

 

ロックスミスは男の望みに応えた。

依頼は必ず果たされる。ならば報酬の前倒しなど考えるまでもなく許可できる。

 

 

 

男は部屋を出る間際、首だけを動かしてロックスミス大統領に視線を向けた。

 


「失礼します、次に会う時には吉報をお届けします」

 

 

☆★

 

 

 

それから2日後、そのドアはノックされた。

太刀を携えた男──《剣鬼》によって。

 

 


《剣鬼》──それは、議員暗殺者の下手人につけられた異名だ。10日間に100人の要人を殺した人物。遺体が刃物で斬り裂かれていた事、対峙したジンの印象からそう名付けられたのだった。

 

そして、その存在はロックスミス大統領へのさらなる集権化へと繋がる。
ロックスミスに表立って反対すると《剣鬼》に殺される、という噂が立ったためだ。
《剣鬼》はおそらくロックスミスが集権化を狙って雇った殺し屋だが、証拠が一切出なかったため糾弾する事はできない。


こうしてカルバード共和国は大統領ロックスミスの国に変貌していくのだった。

 


事を終えた《剣鬼》は速やかに首都を出る。

次の依頼が入るまでは、共和国の辺境で準遊撃士として働く事になっていた。

 




ちょこちょこと添削。楽でした。
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