閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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追憶 〜今はただ〜

 

《剣鬼》が共和国辺境で準遊撃士として活動を始めてから3ヶ月が経過していた。

 

先輩遊撃士に引っ付いて回り……真新しく、そしてぬるい日々を送っていた。

 

 

《剣鬼》の本来の実力ではなく、新米遊撃士としての振る舞いが求められる日常に、《剣鬼》は剣の腕が錆びつかないか気が気ではない。

しかも先輩遊撃士の透徹した瞳は《剣鬼》の事情を見抜かれているような気がして、なかなかに腹の据わりが悪い。

 

そんな《剣鬼》の穏やかな日々は唐突に終わりを迎える。

 

 

 

その日も、なんて事はない依頼を終わらせて先輩遊撃士アルジュナと共に町に戻る最中だった。

 

 

強大な魔獣が姿を現したのだ。それは本来クロスベルに生息するはずの多頭大蛇──“ケツアルコアトル”。その亜種だった。

 

クロスベルの地においてもあらゆる魔獣の上位に位置するケツアルコアトルが、より強力に進化した個体が、かつてこの地に存在していた。

クロスベルから国境を超えてカルバードに渡ったその個体は通常種より強力で、それゆえに周囲の環境にも適応できた。紛れもない手配魔獣クラスのケツアルコアトルが生態系を荒らす前にアルジュナはそいつを討伐した。

 

その功績をもってアルジュナはD級からC級遊撃士へと昇格したのだ。

 

 

 

「まずいな……逃げる体力は残っているか」

 

 

《剣鬼》とアルジュナの前で巨体を広げるケツアルコアトル。アルジュナはそれと対峙しつつ《剣鬼》を逃すつもりだ。

 

今、《剣鬼》らの前にいるケツアルコアトルはきっと、かつてアルジュナが討伐した個体から産み落とされた子なのだろう。その威容はクロスベルのケツアルコアトル通常種を遥かに上回る威圧感を発している。

 

 

かつて強力な通常種でさえ討ち取るのに工夫をして、それでも死闘だったのだ。

カルバードの地に適応し進化したケツアルコアトル亜種を討伐するのに、どれだけの戦力が必要になるかなど見当がつかない。まさしく幻獣一歩手前の脅威度である。

 

 

今日の業務で疲弊していることに加えて後輩というハンデを背負ったアルジュナには荷が重い相手であった。

 

 

ケツアルコアトルの前で槍を構えて、《剣鬼》を庇うようにして立つ《槍弓》のアルジュナ。


彼の得物は異名の通り、槍と弓である。
基本的な戦い方は弓による射撃で相手を弱らせた後、槍で確実にトドメを刺す。

 

だからこそ、本来の戦い方が実践できない今は苦戦を強いられている。あまつさえ敗北を喫しようとしているのだ。
しかし、アルジュナが弱いわけでは決してない。
彼の強さは折り紙つきであり、敵の撃破能力だけならリベールの《重剣》を凌ぐ程だ。

 


そのアルジュナが《剣鬼》に逃げろと言う。
足手まといがいなくなれば、自分も何とか逃げ切れるかもしれない。そんな淡い期待を抱いての事だった。

 

 

 

しかし《剣鬼》はそれを跳ね除けて、全身生傷だらけのアルジュナの前に立った。

 

 

如何程の葛藤があったのだろうか。
《剣鬼》の表情は迷いを吹っ切ったように晴れやかだった。

 

ここで自分が《剣鬼》たる実力を発揮すれば、その話はあの男の耳にも届くだろう。
そうなれば自分が百人斬りの下手人だと露見する危険性がある。

 

最善手はここでアルジュナとケツアルコアトルを斃す事だ。アルジュナとケツアルコアトルが相討った事にして今後、この地域で自分が《剣鬼》としての実力を振るう必要を無くす。同時に自分の実力を見抜きつつあるアルジュナの排除も実行できる。それが最善手。

 

しかし《剣鬼》にその手が打てるはずがなかった。
3ヶ月──実に3ヶ月という間、遊撃士の先輩としてイロハを叩き込んでくれたのだ。《剣鬼》はアルジュナに恩と情を感じていた。救ける理由はそれだけで充分だった。

 

 


だから、今はただ遊撃士として。

 

 

 

 

 

「なにを……逃げろと言っている」

 

 

「いえ、大丈夫です。先輩」

 

 

 

《剣鬼》がそう言って太刀を抜き放つと、アルジュナの感じていたものが軒並み知覚できなくなった。五頭蛇から放たれる圧迫感、死の恐怖、絶望──それらの一切が消え去る。


目の前の少年がそれらをすべてシャットアウトしたのだ。アルジュナは薄々感じていたものを確信する。

即ち、この太刀を携えた男が自分より遥かな高みにいる実力者である事を。


《剣鬼》は半身に構え、刀身を自己の半身に隠すように構えると。

 

 

「剣…ゴニョ七式、外ノ太刀」

 

 

危ない。普通に剣鬼七式と言いそうになる。何とか抑えて、気持ちを高めた。

 

次の瞬間《剣鬼》の残像は消え、ケツアルコアトルの後方に出現する。

 

 

「雷の型」

 

 

音は、その後に聞こえた。
それは、雷の走る音。神の声。神鳴。

 

 

「迅雷」

 

 

 

振り切った刀身。一瞬の後にケツアルコアトルの5つある内の首の3本がずるりと落ちた。

 

さすがは幻獣一歩手前の魔獣、《剣鬼》の一撃で沈む事はなかった。

残った2本の首で《剣鬼》を挟み込むように締め付ける───事などできはしない。

 

跳躍して躱した《剣鬼》は太刀に炎を宿し、眼下の大蛇に向かってそれを放つ。

 

 

「龍炎撃」

 

 

龍炎はケツアルコアトル亜種を呑み込んで丸焼きにする。絶命まで10秒足らず、やがて大蛇は動かなくなった。

 

 

 

その事実は噂になり、肥大化し───、それは巡り巡って《不動》の耳に届いたのだった。

 

 

 

☆★

 

 

 

それから僅か一週間後、A級遊撃士《不動》のジンがアルジュナと《剣鬼》のいる遊撃士支部に来訪した。

 

 

「おう、お前さんか…外来種の魔獣を退治したというのは」


そう言うジンの視線が一瞬だけ太刀に行ったのを《剣鬼》は見逃さない。

 

 

「ええまあ……」

 

 

軽くぼかすように答えると、ジンは直球で言葉をぶつけてきた。

 

 

「それは……太刀か?大陸西部ではあまり見ない武器だな」

 

 


「あ、はい。よくご存知ですね、共和国では東方からの移民が多いとは言え、珍しい得物だと思うんですけど」

 

 


「む……まあ俺も東方由来の武術の末端に身を置く端くれだからな。それと、ちょっと昔に助けになってくれた人の前の得物が太刀だったって話を聞いた事がある」

 

 

ジン・ヴァセックの助けになれる人物であり且つ、前の得物が太刀だった──といえば、かの《剣聖》だろうか。
カシウス・ブライトが剣を捨てたのを老師が嘆いていたのを知っている。

 

 

 

………………………………だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「そう言えば、ジンさんはどうしてここに?」

 

 


「強力に進化した魔獣を準遊撃士が倒したと聞けば誰でも興味を持って当然だろう。そんな有望な人材を辺境で燻らせておくのはもったいないしな」

 

 

「ふ、確かにな。どうする、これを機に首都の総支部に異動するというのは?」

 

 

ジンの言葉に乗っかり、アルジュナも《剣鬼》の栄転を促す。《剣鬼》は「いやあ」と後頭部を掻いて、

 

 

「激務なんでしょう?俺はきついの無理ですよ。そもそもこういう事態を避けるために辺境で実力を隠してたんですから」

 

 

 

口から出まかせだったが、なかなかどうして誤魔化せそうな性格を演じられた気がする。

 

 

 

「ははは、こいつはまた出世欲のないやつだ。……そういうのは師匠譲りなのかな?」

 

 

スッとジンの目が細められる。《剣鬼》の師匠──ユン・カーファイ。“八葉一刀流”の開祖。《剣仙》。

ケツアルコアトル亜種を倒した《剣鬼》は実力を偽っていた事も含めてアルジュナから聴取を受けていた。その際に自らの剣術を八葉一刀流と明かしたのだ。

このジンの探りは、その情報からのものだろう。

 

 

「そうかもですね。老師が世捨て人なもんですから。まあ、それだけじゃイカンと思ったから、こうしてここで遊撃士をやってるんですけど」

 


「ほう、経験を積むためか。そりゃあ大切な事だ……しかし激務は嫌だと」

 

 

「へへへ…我儘なのは承知してるんですけどね」

 

 

本音らしきものを交えつつ社交辞令で切り抜けようとする《剣鬼》の姿はいっそ滑稽だった。しかしだからこそ真実味も増すというもの。

 

ジンがアルジュナに目配せする。アルジュナは頷く事もなく察すると、「君は知らないかもしれないが」と《剣鬼》に向かって話しかける。

 

 

「ジンさんはA級遊撃士───共和国全体で見ても有数の実力者だ。しかも流派は」

 

 

「泰斗流──ですよね。存じてますとも」

 

 

その流れを察知した《剣鬼》はアルジュナの言葉を引き継ぐ。

 

 

「カルバード共和国A級遊撃士、《不動》のジン──ジン・ヴァセック。有名ですよね」

 

 

「とは言っても俺なんかA級じゃ下っ端の方さ」

 

 

「ご謙遜を。───というか、この茶番いつまで続けるんです?」

 

 

瞬間、剣呑。

目をスッと細めた《剣鬼》にアルジュナは瞠目し、ジンは口角を上げる。

 

「どういうことだ?」と尚とぼけるジンに《剣鬼》は告げる。

 

 

「何が目的か知りませんが、ジンさんはどうやら俺と一本、勝負がしたいようだ。泰斗流──大陸東部の流派……八葉との共通項を話題にしてまで。つーかアルジュナさんにも根回ししてるでしょ」

 

 

「ふむ、そこまで見抜くとはな」

 

 

「八葉一刀流の“観の眼”というやつだな」

 

 

アルジュナとジンが認める。《剣鬼》は“何が目的か知りません”とは言ったが、ジンが己の正体を見極めに来たと理解できている。

すなわち首都要人100人殺しの下手人──《剣鬼》であるか否かを。

 

 

「いえいえ。アルジュナ先輩の薫陶の賜物ですよ」

 

 

言って、席を立つ。くいっと太刀を持ち上げた。試合を受ける合図だった。

 

 

 

こうして仕組まれた《剣鬼》と《不動》の勝負は始められる事となった。

 

 

☆★

 

 

 

 


八葉の剣士と泰斗の拳士が闘えるほどの規模の広場で対峙する2人は気を高めあっていた。

 


《不動》のジンは相手の正体を見極めるため。

《剣鬼》は自分の実力を如何程のものとして発揮するか決めかねていた。

 


実力が伯仲するのはいけない。
対峙する時間が長ければそれだけ正体を見破られる可能性が高まる。


あっさり負けるのは?
アルジュナが倒せなかった魔獣を容易く仕留めておいてそれは怪し過ぎる。

それならば。《剣鬼》は《不動》に圧勝しなければならない。
相手に実力の片鱗すら感じさせる時すら与えず、勝利する。

 

 

 

 

試合開始と同時に《剣鬼》の姿がゆらりとぶれる。

 


「舞い散る木の葉、遊覧すべし」

 


それは自己暗示の一種だ。
言葉を紡ぐ事で、その言葉と共に体に染み込ませた動きを再現する。



ゆらゆらと揺れてそのまま体がいくつかに分かれた。

 

“分け身”──戦技の中でも上位に位置するそれを、《剣鬼》は躊躇う事なく発動する。

 

 

「落」

 

「葉」

 

「舞」

 

「曲」

 

 

分身となった《剣鬼》の姿それぞれが音を紡いで技の名を告げる。

 

 

ゆらりと揺れる分け身の気配は恐ろしいほど希薄だ。それ以上に異常なのは、本物がどれかわからない事。

 

 

「こりゃあ…凄まじいな……」

 

 

それは《不動》のジンさえ目を剥く技術だ。ここまで気配を──殺気を、闘気を、コントロールできるのは《剣聖》の業だ。

 

 

ゆらり。ひらり。

落ち葉が舞うようにゆれる《剣鬼》の姿がジンに殺到する。

 

 

「だが──」

 

跳躍。《剣鬼》のその分け身の刃の重なる地点に蹴りを見舞う。雷神脚。

 

 

「まだ甘いっ!」

 

巻き上がる粉煙と共に分け身は軒並み消滅する。

 

 

「はっ」

 

 

笑う、《剣鬼》。

 

 

「どっちが!?」

 

 

ジンに迫るは龍を象る炎。

 

 

「龍炎─」

 

 

「むっ!?」

 

 

「─三連!」

 

 

敵を食い破る龍の顎。ケツアルコアトル亜種を撃破せしめた炎が、3つ。ジンに向かって放たれている。

 

 

甘く見ていたのは自分の方だとジンは自戒する。

どれだけ強くても所詮は世を知らぬ子供だと。そう思っていた。

 

気を引き締めると共に自らの全霊を引き出す。

 

 

《不動》を食い潰すべく迫る龍炎の顎を蹴り上げる。

 

 

「龍閃──」

 

 

掌中に闘気を集約する。

 

 

「──雷神掌!!」

 

 

雷のエネルギーは弾かれた龍炎を掻き消すと、次は《剣鬼》へと矛先を変える。

 

 

 

「無想覇斬」

 

 

 

一刀両断──否。瞬間七閃。

《剣鬼》に肉薄していた暴力は霧散している。

 

 

この攻防で、1セット。互いに一息つく。《剣鬼》は太刀に闘気を集約させ───《不動》はファイティングポーズを崩した。

 

 

「いやぁ、参った。強いな、お前さん」

 

 

☆★

 

 

拍子抜けした。「へ?」と声を漏らしたほどだ。あるいは何かの作戦かと勘繰るレベル。

 

それほどジンの降参は唐突だった。

《剣鬼》の体感としては、ようやく前哨戦が終わったくらい。全力の5割も出してないのはお互い様のはずだ。

今からが楽しくなってくる頃合いだったのに──と思考して、この試合の趣旨を忘れていた事に気づく。

 

そも、この手合わせはジンが仕組んだもの。その狙いは相手が《剣鬼》かどうか探るものだったはずだ。それを一瞬で忘れて戦いに興じたのは──何とも言えない。

 

 

ピリついた雰囲気を消しとばすジンの朗らかな笑い声。ずかずかと無遠慮に近づいてくるジンに思わず《剣鬼》も臨戦体勢を解く。ばしばしと背中を叩いて大笑。

親しげに肩を抱いて、耳元で告げる。

 

 

「今度は折れなくて良かったな」

 

 

それを聞いた《剣鬼》が心中で悪態をついたのは間違いない。しかしそれを表情に出す事はしない。降参のタイミングから怪しかった事もあり、心構えが出来ていたと言える。

 

首都でジンを相手に太刀を折られた事を引き合いに出されても痛痒はない、どころか何もわからない。そんな風に振る舞う。

 

 


わずかに強張った《剣鬼》にしかし、ジンは追求する事はなかった。さっきのような牽制で《剣鬼》の表情が崩れればいいのだが、どうやらこいつ、演技は上手いらしい。

誰がどう見ても“わけのわからない事を聞いた奴”の顔を作っている。それに証拠もないのだ。

それに有望な若者をムショにぶち込むのは気が引ける。

 

 

ジンは自分にそう言い聞かせ、《剣鬼》と肩を組んで僅かばかりの観衆に向け、歩いて行くのだった。

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