煌都ラングポートから辺境へと《剣鬼》が戻った。地道な活動が認められて準遊撃士から正遊撃士へと一歩近づき──一度、慣れ親しんだ辺境へ戻る事になったのだった。
共和国北西部にあるこの町はアルタイル市より北に位置し、はっきり言って田舎である。そのため大した問題もなく、アルジュナ1人で業務を回せる支部だった。
そこに《剣鬼》が来て、その育成もある程度は終わり、ぶっちゃけ人手は充分過ぎるほどあった。
「ああ、今度準遊撃士がこちらに研修に来る事になった」
帰って来て一息ついていた《剣鬼》にアルジュナが言う。興味のない話題だ。強いて言うなら“どうしてこんな辺鄙な場所に?”だ。
「リベール王国からで、名をアネラス・エルフィードという」
「はあっ!?」
危うくコーヒーを吹きかけた《剣鬼》。興味のないはずの話題が急に現実的な危機感を伴ってきた。
「アネラス……アネラス・エルフィードって言いました?」
確認するがアルジュナは「ああ」と答えるだけ。よもや同姓同名の別人という事もなかろう。今度この辺境に来るらしいアネラスは《剣鬼》の知人だった。というか兄弟同然に育った女の子だった。
☆★
その日の業務を早めに終わらせて《剣鬼》は遊撃士協会支部でアネラスの到着を待っていた。微妙に落ち着かないのは後ろめたいからだ。ほとんど何も言わずに師の元を出奔した。手紙で共和国で遊撃士をやっている事実は伝えたが、おそらくその情報を辿ってアネラスはここまでやってくるのだろう。
「ぬーん………」
時計を確認する。すでにアネラスの到着予定時刻から1時間が経過しようとしていた。
遅れている理由はいくらでも考えられた。乗り物の遅延や何らかのアクシデントが起きたなど。可愛いものが好きなアネラスだ、単に道草を食っている可能性すらあった。
ぬいぐるみを抱きしめて目をハートにしたアネラスを想像すると、こうして構えているのが馬鹿らしくなる。ため息をひとつした所でアルジュナが支部に帰還した。
「今戻った。……おや?」
「お疲れ様です」と声をかけた《剣鬼》だが、アルジュナの視線は支部内の掲示板に向けられている。
「これは……依頼か?」
その視線の先にあったのは封筒だ。《剣鬼》が業務を終わらせて支部に戻って来た時はなかった。気づかなかったのは掲示板が死角にあったせいか。
アルジュナは封筒を掲示板から引き剥がすと、中から便箋を取り出した。
「む、これは……!?」
素早く視線を走らせたアルジュナは顔をしかめ、その便箋を封筒ごと《剣鬼》に手渡す。
「これはお前への依頼……いや、挑戦状と言ったところか」
“挑戦状”という物騒なワードに《剣鬼》も眉根を寄せ───、そして便箋を読む。
「─────ッ」
最悪の想像に息を飲む。便箋の──挑戦状の内容をまとめるとこうだ。
準遊撃士アネラス・エルフィードの身柄は預かった。返して欲しくば謎を解け。なお《剣鬼》以外が謎解きに参加した場合、人質の命はない。《怪盗B》より。
実際はもっとキザったらしい文面だったが、要点はそこだ。これは《怪盗B》から《剣鬼》への挑戦。本来付き合う義理はないが、人質がいるとなれば話は別だ。
「《怪盗B》と言えば大陸西部で暗躍する泥棒だな。どうするつもりだ?」
アルジュナは端的に以降の動きを《剣鬼》に訊ねる。
「誘いに乗るしかないでしょう」とわずかに怒りを滲ませながら《剣鬼》は決意を言葉にする。封筒に残った凝ったつくりのカードを抜き出し、《怪盗B》の繰り出す“謎”とやらを拝見した。
そこには次の場所に繋がるヒントが書かれている。謎を解けば、行くべき場所がわかるという仕組みだった。
「行ってきます。アルジュナさんは支部で待っててください。ハッタリの可能性もある」
「ああ。もしアネラス・エルフィードが何事もなく到着したらお前に知らせよう」
アルジュナに礼を言って支部を出る。行き先はカードが暗示した場所だ。
☆★
《怪盗B》──主にゼムリア大陸西部で活動する怪盗だ。その盗みの技術は卓越したもので、エレボニア帝国から戦車を盗み出した事もあるという。その鮮やかな手並みから熱狂的なファンまでいるとか。
「…これで7つ……」
《剣鬼》は順調に謎解きを進めていた。“B”の文字が刻まれたカードの謎かけを読み解き、次の場所へ。アルジュナに遊撃士として扱かれなければこうもスムーズに謎は解けなかっただろう。
「おや、それはもしや怪盗Bのカードではないかね?」
新たなカードをポケットにしまう直前、すれ違う男が《剣鬼》に声をかけた。
いかにも貴族という風体の男だ。このカルバード共和国も90年以上前は王国だった。今も爵位を失った元貴族がいるとは聞くが、この男はどことなく胡散臭い。
「ええ、よくご存知ですね。この件は遊撃士協会に届けられたものです。すぐに解決いたしますのでどうかご安心を」
「遊撃士協会に?なるほど、かの怪盗も思い切った事をするものだ。いや、実は私は彼のファンでね。よければカードを見せてもらえないか」
《剣鬼》は訝しみつつも貴族風の男に怪盗Bのカードを見せた。
怪盗Bの情報は遊撃士協会にもいくらか出回っている。正体こそ掴めていないものの、今まで集めたカードは回ってきた情報に記されていたものと相違ない外観と内容であった。 どこぞの暇人がカードを複製し遊撃士協会に喧嘩を売るわけもなし、これは怪盗Bからの挑戦に違いないと思っていた。
「なるほど……やってくれたな、あの仔猫」
その、妙な呟きを聞くまでは。
「ふむ、妙だな……私の記憶によれば怪盗Bは人の心は盗んでも人そのものを盗む事はなかったのだが」
怪盗Bのファンを自称する貴族風の男によれば怪盗Bは人は盗まないらしい。
しかし、今回は実際に遊撃士とは言え人を誘拐している。そんな手腕を持つ人物が怪盗B以外にいるとは思いたくないものだが。
「頑張ってくれたまえ。私は怪盗Bのファンだが、人が盗まれたと言われればさすがに応援するわけにはいかないからな」
貴族風の男はそう言って《剣鬼》にカードを返すと足早に去っていった。
《剣鬼》は貴族風の男に不信感を抱きつつも、カードに示された場所に進む。
10枚目のカードには“最後”の文字が記されていた。文言が示す先はこの辺境の町を見下ろす丘陵地だ。絶壁になっていて町から頂上は死角になっており、登頂するには反対側から回り込むしかない。
なるほど、この狭い辺境で人や物を隠すにはうってつけだと《剣鬼》は思った。
果たして丘陵地にアネラスの姿はあった。どうやら気絶しているようで早めに回収して戻りたい所だが。
「隠れているのはわかってる。さっさと出て来る事だ、怪盗B。……いや、その模倣犯かな?」
丘陵地の頂上には大小様々な岩が転がっている。その中のひとつから気配を感じ取った《剣鬼》は殺気を放った。
すると岩の影から出てきたのは年端もいかない少女だ。
「あらぁ、気づいてたのね。さすが《剣鬼》とまで呼ばれる遊撃士さんだわ」
楽しそうに笑いながら、スミレ色の髪をした少女が黄金色の大鎌を揺らす。それだけで感じ取る、常外の雰囲気。
「…こっちの素性も筒抜けか。とっととアネラスを置いて帰りな。さすがにお前ほどの幼女の首を落とすのは気が引ける」
およそ齢10程の少女から放たれる殺気ではないそれを《剣鬼》はその倍する殺気で打ち返す。
「うふふ、素敵だわ。あなたを倒したらレーヴェは褒めてくれるかしら?」
「背伸びした言葉遣いをしてても所詮は褒められたいだけの子供かよ。くだらない事に巻き込んでくれてよ」
《剣鬼》は太刀を抜く。 迸る殺気は、相手を恐怖させるもの。相手が年相応にビビッてくれるなら儲けものだが、どうやらこの少女には効果はないようだ。
「結社《身喰らう蛇》《執行者候補生》レンよ」
レンと名乗る幼い少女は、名乗りをあげると鎌を持って《剣鬼》に向かって駆け出した。
こちらの素性はどうやら結社とやらに知れているらしい。ここで、このレンという少女を抹殺した所で何にもならないだろう。
しかし、だからと言ってそれらの理由が《剣鬼》の剣を鈍らせる要因にはならなかった。少女を殺すのは気が引ける。しかしそれだけだ。1ヶ月も経てば顔も思い出せなくなる。
振られた鎌をバックステップで躱すと、今度は鎌の軌跡をなぞるように逆方向に大鎌が振られる。 2撃目で鎌の柄を掴み、次はこちらの番とばかりに太刀を振るうと、レンは《剣鬼》と同じようにバックステップで避ける。
得物である大鎌を手放す選択を一瞬の内にやってのけたのは見事だと思うが、武器を失ってはなにもできない。
かと思いきや、レンはニヤリと笑いながら右腕をあげた。
「《パテル=マテル》!」
その呼び声に応えるようにスミレ色の巨体が姿を現した。
「こんなの、どこに…!?」
隠していたのか。人の体躯などをゆうに越すその人形兵器。現代科学の枠を超えたテクノロジーで製造されたそれを前にしかし、《剣鬼》は臆さない。
パテル=マテルは肩部に備え付けた砲口を《剣鬼》に向ける。莫大なエネルギーが充填され発射される───前に、《剣鬼》はレンから奪い取った大鎌を投擲した。
黄金色の鎌はパテル=マテルの肩の砲口に突き刺さる。暴発を防ぐためか集中していたエネルギーは消失した。
続いてパテル=マテルは《剣鬼》を薙ぎ払うべく腕を大きく振り上げたが。
「剣鬼七式」
剣鬼七式とは、《剣鬼》が八葉一刀流を超越する剣術を生み出さんとし、考案した七つの技である。なんとなくカッコいいから七式にしたわけだが、今現在で4つまでしか具体案が出ていない。
「一ノ太刀」
中でも“一ノ太刀”は相手を両断する事を主目的に開発した威力重視の新戦技。厚い装甲に守られたゴルディアス級は良い試金石となる。
瞬間二振り。上下から挟み込むように放たれた斬撃はまるで敵を食い破る顎だ。
「──
それは《剣鬼》に迫っていたパテル=マテルの右腕を斬り断った。多少以上の抵抗はあったものの、クルダレゴン合金で出来た装甲を切り裂く威力には《剣鬼》もご満悦。
笑みに歯を食いしばったまま《剣鬼》は落ちたパテル=マテルの右腕を足場にして跳び上がる。
振り上げた一太刀には先程の天地喰閃と同等の闘気が込められていて。
「ダメ! やめて!!」
それを振り下ろすだけで、
「このガラクタも終い────ッ!?」
振り下ろすだけで、終わるはずだったのに。
《剣鬼》の身体は空中で止まっていた。それは人の成せる業ではないが、《剣鬼》自身の意思によるものでもない。
驚愕すると同時に何者かがこの場に来た事を《剣鬼》とレンは悟った。
「やれやれ、どうなるかと思い、見学させてもらっていたが……そろそろ潮時ではないかね? 我が名を借りた仔猫よ」
現れたのは、白い衣装を纏った紳士風の男だった。 淡い青色の髪をなびかせて、目の部分を覆う羽根つきの仮面を着けたそいつは、先刻《剣鬼》と会話した男だ。
「ブルブラン……今回ばかりは助かったわ。あと、名前を借りた事は謝っておくわ」
「次はないぞ、可憐なる少女。そろそろ《執行者》になる頃合いだろう?あまりおイタが過ぎぬように注意しておこう」
レンはブルブランの注意には俯くばかりで、次の瞬間、「パテル=マテル」と巨体を呼ぶとその手に残って飛んでいってしまった。
「むん…っと。さて、ようやく真打登場って所かな?」
《剣鬼》が力を込めると、ブルブランの投げたナイフが《剣鬼》の影から弾かれる。それで《剣鬼》身を縛っていた影縫いは解けた。
空中に縫い止められていた《剣鬼》が着地するのを待ってブルブランは自己紹介した。
「いかにも。結社《身喰らう蛇》が《執行者》No.Ⅹ《怪盗紳士》ブルブラン。世間を騒がす怪盗Bとは私の事で間違いはないよ。此度は我が名を騙る偽者がそちらのお嬢さんを誘拐してしまったことは誠に遺憾に思う。こちらに戦う意思はない……どうか刃を納めてはもらえないだろうか?」
「悪いが国際指名手配されている犯罪者を逃すわけにはいかないな、遊撃士としては。 まあ、お話次第にはよるが。幸い、見物者はいないしな」
《剣鬼》は自分でも不思議なほど、結社《身喰らう蛇》とやらに興味を覚えていた。そのため、こんな下手な取引に乗り気になっているのだ。
“情報をくれれば見逃す事もやぶさかではない”──《剣鬼》が暗にそう言うと、ブルブランは「よかろう」と杖をくるりと手の中で弄ぶ。
「まず……結社《身喰らう蛇》とはなんなのか?その目的は?構成員は?《執行者》とは?その候補生とは?あの機械は結社の技術力によるものなのか? さて、どれからでも答えてくれていいぞ?」
ブルブランは仮面の奥で「ふむ…」と唸ると、言葉を選ぶように慎重に口を開く。
「それでは順番に答えていくとしよう。まずは結社《身喰らう蛇》とはなんなのか…だったか。我等は盟主の元に集う集団だ。目的は七至宝の行く末を見届ける事だと聞いている。次に組織の構成だが、まず盟主があり、その下に《蛇の使徒》、《執行者》となる。《執行者》にはあらゆる自由が盟主により認められており、命令違反もその範囲内だ。《執行者候補生》とは聞いた通りだな。スカウトもしくは志願して来た者を《執行者》候補として育てている過程というわけだ。その他にも強化猟兵などの部隊がある。 そしてあの機体《パテル=マテル》だが、未だ未完成ながら結社に連なる組織の技術力の賜物、と言うべきだろうな」
ぺらぺらと、やけに簡単に話すブルブラン。《剣鬼》は疑念を抱くが、こういったやり取りではブルブランの方が一枚上手であった。
ブルブランの体が淡く光に包まれる。風が巻き起こると同時に真紅の花びらが舞った。
お喋りは何かをするための時間稼ぎだったのだ。《剣鬼》はそう見ると同時にブルブランに斬りかかるが、太刀は空を切るのみ。
「またの邂逅に期待しよう、《剣鬼》よ! さらばだ!」
姿の消えたブルブランの声だけが木霊する。
「……逃げられたか。情報は知れたし良しとしよう」
しかし《剣鬼》に悔しさはなく、むしろこの決着を順当とすら感じていた。
未知の組織に対して多少の知識は得られたし、本命であるアネラスの身柄も確保できた。犯人を捕らえる事はできなかったが、結果としては充分であった。
《剣鬼》は気絶しているアネラスに近寄ると声をかける。
「おい、おーい…アネラス? アネラスさんよう」
「んふぅ、あと五分……」
誘拐された彼女は可愛らしげなぬいぐるみを抱いたまま縛られもせず転がっていた。その様子は気絶というよりは安眠である。
「あと五分」などと寝言を言う彼女を連れ帰るのが、遺憾ながら今回の依頼だ。依頼じゃなければこのまま放置して帰った所だがそうもいくまい。
「おいこら、アネラス・エルフィード!」
「うひゃい!すみませんクルツ先輩!寝坊しま………ってあれ?」
「おはようございます、アネラス・エルフィードさん。あなたは誘拐されていたのですが、身に覚えは?」
飛び起きたアネラスに質問を投げかけるが、当の本人はポカンとした表情をしている。
「あれ、お兄ちゃん、何でここにいるの? 私は可愛い女の子と遊んでいたはずなんだけど……… あっ、今日ってお兄ちゃんが遊撃士になったって聞いて共和国まで来た日だっけ!?」
可愛い女の子と来た。十中八九、あのレンという少女の事だろう。レンがそういった手管に長けているだろうと《剣鬼》は確信している。
「おう、今日はその日だ。その女の子の事は覚えてるか? あとお兄ちゃんって呼ぶな」
「いいじゃんお兄ちゃんで。……あれ、良く思い出せない。確かあの女の子が一人でいたから話しかけて、お茶会を開いて、それから……」
「お茶会ね……」
察するに一服盛られたという所か。遊撃士になった所で脇が甘いのは相変わらずのアネラスだ。しかし《剣鬼》もレンが無垢な少女のふりをしていたら見抜ける自信はなかった。
それゆえあまり突っ込んで話を聞かず、手を貸してアネラスを立ち上がらせる。
「よし、したら支部に案内すっぜー」
「うん!」
そして2人は肩を並べて遊撃士協会支部に向かって歩いていくのだった。