閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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追憶 〜鬼と狼〜

 

 

アネラス・エルフィードはリベール王国で活動する準遊撃士だ。
《剣仙》ユン・カーファイを祖父に持ち、その祖父から「技は全て教えた」と言われる剣士である。


まあ、教えられた技をすべて習得しているかと言われればそうでもなく、兄弟弟子の《剣聖》たち並みの練度でもないわけだが。
しかし、その血筋は本物である。
東方剣術の集大成とさえ呼ばれる『八葉一刀流』。一の型から八の型までがあり、どれかの型で皆伝した者は《理》に至るとされ、《剣聖》と呼ばれるようになる、まさに世界でも最高峰に位置する剣術の開祖が実の祖父なのだ。
《剣聖》たちに劣るとは言え、その実力は準遊撃士としては充分と評価されていた。

 

 

 

 


「それじゃあ、五の型で」

 

 

「オッケー、んじゃ合図はそっちでいいぞ」

 

 

 

 

そこはいつか《剣鬼》と《不動》が立ち合った場所だ。そこに八葉の剣士2人が互いの得物を構えて対峙していた。簡単な話だ。
《剣鬼》がアネラスを《怪盗紳士》が所属する組織から救い出した翌日、アネラスが《剣鬼》に「久しぶりに試合しない?」と持ちかけて来たのだ。
幸か不幸か、今日達成すべき依頼はすべてアルジュナ単独で片付けられる量と内容だったため、アルジュナの「今日の依頼は俺に任せておけ。試合をして来るが良い」の言葉がトドメとなり、《剣鬼》はアネラスと試合をする事になったのだ。

 


そして、アネラスが言い、《剣鬼》が了解した「五の型で」というのは《剣鬼》がアネラスとの試合で使う型の事である。
要は型の縛りだ。アネラスとの試合で《剣鬼》は五の型しか使ってはいけない。

数年前、《剣鬼》が師の立会いの元でアネラスと模擬戦をした結果、完勝という言葉が可愛く聞こえるほど完勝してしまったため、師から「次からおぬしは型を1つだけしか使ってはならぬ」と言われ、それが次も、その次も続き、今に至るまでずっと1つの型の縛りでアネラスと模擬戦をしているわけだが。
と、言うのも数年前から今日に至るまでアネラスが《剣鬼》に一勝もしていないからだ。
師から聞いた話によると、アネラスが一勝する毎に《剣鬼》の型の縛りが1つずつ緩くなる予定だったのだが、その一勝の遠い事、遠い事。

 

 


「じゃあ行くよ!」

 

 

アネラスが太刀を抜いて駆け出す。

ダダダダダッ、とダッシュしその勢いを利用して一瞬のうちに加速した。傍目には消えた様に写っただろう。

 

 

「疾風!」

 


しかし、《剣鬼》には見えていた。
すれ違いざまに斬りつけようとするアネラスの剣を躱す。

 


「いち」


躱しながら1、とカウントする《剣鬼》。

 


「やあっ!」

 


《剣鬼》に躱されたのを認めると、アネラスはすぐに体を捻りながらそれを力へと変換しながら太刀を振り抜く。
刃から放たれるのは疾風から派生する“裏疾風”による鎌鼬の風。

 

 

直後、キンッ!という音と共に風の刃が消え去った。アネラスは見えなかったが、何をされたのかはわかった。
アネラスの太刀から生まれた風の刃は《剣鬼》が振り抜いた太刀にかき消されたのだ。
しかもその振り抜いた太刀はすでに鞘に納められている。


五の型の基本である“残月”。カウンター向きの残月は居合だ。
《剣鬼》のそれが見えぬレベルの速さである事はアネラスにとり百も承知の事実だ。故に、試合開始からここまではアネラスの予想通り。

 

 


「はあぁぁぁ」

 


太刀を振り抜いた勢いのまま、アネラスが回る、回る。
回転により発生した気流は周囲のものを引き寄せる“独楽舞踊”。

 


「おっ」

 


巻き込む風に引き寄せられた《剣鬼》は驚きの声を出す。
続いて振られた太刀を避けるのは不可能と判断してガードする。

 


「に……ぃ!?」

 


1に続き2とカウントする。否、カウントした瞬間、本当に想定外の事が起きた。

アネラスの姿が消える。一瞬の後に残像が《剣鬼》の背後で収束した。

 


「くっ……」

 


反応が遅れた《剣鬼》の体から血が滴る。


振り返るアネラスに笑顔の花が咲く。

 

 

「よしっ、まずは一太刀!」

 


初めてだ。アネラスが《剣鬼》に一撃を当てたのはこれまでは迎撃され、躱され、防御される。
そのどれかだった。しかし今回、初めてダメージを与える事ができた。これは小さな一歩だが私にとっては大きな一歩だ。
あのカウントは謎だが、それでもアネラスが辛うじてとは言えダメージを与えたのは紛れも無い現実。

 

 

「驚いたな……成長したなアネラス。最初の疾風はスピードを加減してたのか」

 

 

 

「まぁね〜、いつまでもお兄ちゃんには負けてられないから」

 

 

「だからお兄ちゃんはやめろと言うに……だいたい同い年だろ」

 

 

「うーん、でもなぁ。私にとってお兄ちゃんはお兄ちゃんだし。ほら、そんな事より今は集中、集中!今日は一太刀記念に勝っちゃうんだから」

 

 

「はいはい。………いいか、あと3回だぞ?」

 

 


《剣鬼》がニヤリと笑うが早いか、アネラスが再び太刀を構える。

絶倒の気迫を込めて、必殺の技を解禁する。

 

 

「はぁぁぁぁ!」

 


その刃に光が灯る。
光は刃そのものとなり、《剣鬼》に放たれる。

 


「せいっ!」

 


中円をカバーする一条の光の刃。

 


「これで終わりだよっ!」

 


それだけでも必殺の威力を持つと言うのに、もう一条の光の刃が追加された。

十字を描き《剣鬼》に殺到する光の刃。
それはまさにアネラス・エルフィードのSクラフト。

 


「光破斬!」

 

 


驚く。ただ驚く。《剣鬼》は驚愕すると同時にいつまでも子供扱いは失礼だな、と思った。
アネラスが選択した五の型縛りにちなみ、五回だけ勝てる瞬間を見逃してやろうかと思っていたが……しかし、あと3回と言った手前、今回ばかりは見逃してやるしかない。

本気を出す。ただ全力で太刀を振り抜いた。
それは後に“神威残月”と名付けられるただの居合。

 


「五の型、残月」

 


エネルギーの衝突はなかった。
アネラスによる『光破斬』。
《剣鬼》を倒さんと放たれた光の刃は、ただの“残月”に、斬られた。

神速の斬撃により生まれた斬撃は光破斬を斬り消すとアネラスの真横を通過した。

 

 

「さん、だ」

 

 


「うそ、だよね……?」

 

 


現実を認めたくないアネラスに、《剣鬼》はニコッと笑った。

 

 

「ガチでぇーす」

 

 


それからは早かった。
光破斬で試合を決めるつもりだったアネラスに次手はなく、繰り出される太刀を「よん、ご」と見逃し、続く「ろく」をいう代わりに己が太刀をアネラスに突きつけ試合終了。

もう何回も前から続く結果は今回もまた、変わる事はなかった。

 

 

☆★

 

 

 

遊撃士とは、正義の味方である。
基本的に、体裁的に、社会的に。

人々からの視線には期待や信頼、憧れが込められている。


そういった光が大きくなれば、必然的に影の部分もより深くなる。

 

 

 

 

今回、《剣鬼》に下された命は1つ。

 

 

 

 


“蛇を駆逐せよ”

 

 

 

 

遊撃士協会本部から《剣鬼》の住む家に書簡が届いた。

 

封を切れば、そこには“裏”の符牒が。

 

 


「……仕事か」

 

 

はっきり言って気が思い《剣鬼》。この辺境で遊撃士として活動して、人々から感謝される喜びを覚えてしまっては、誰にも誇れず、むしろ後ろ指を指される“裏”の仕事は嫌に思う。

 

しかし、“何でもやる”と息巻いて師の元を離れた以上、ここで退くわけにはいかない。

 

 


書面にはわずかに、蛇を駆逐せよ。としかなかった。
眉を寄せる《剣鬼》だったが、支部に行くと自分を指名した依頼が入っていると受付に知らされる。


「なるほど」と呟く《剣鬼》に依頼人が近づく。

 

 

「近々、この町に家族と観光に来るつもりなんです。だから、事前にどんな場所か知っておこうと思いまして。噂の遊撃士さんに街案内なんて恐れ多いのですが、本日はよろしくお願いします」

 

 

にっこりと柔和に微笑む男性。
《剣鬼》もわずかに見覚えがあるこの男は裏遊撃士の事情に連なる者だ。

 

 

観光案内と称して男を支部から連れ出し、人気のない道を歩く。歩きながら、観光するように男は語り出した。

 

 

「私の事はわかるかな?」

 

 

「裏の人、ですよね。名前までは……すみませんが」

 


「いいんだよ。書簡は見たかい?正直なところ、意味不明だったと思うのだが」

 

 

「蛇を駆逐せよ、でしたか」

 

 

「ああ。君は《身喰らう蛇》という秘密結社を知っているかな?」

 

 

「少し前、戦闘になりました。確か、執行者No.Ⅹのブルブラン……と候補生のレンという少女と」

 

 

「ふむ、ならば話は早い。実は昔から遊撃士協会はかの結社とあまり良くない関係にある」

 

 


その男は《身喰らう蛇》について語った。

曰く、大陸各地で奇妙な事件を起こしたりしているらしい……が、現実的な意味ではあまり脅威度は高くないそうだ。
しかし、構成員は非常に興味深い面々が揃っているとの事。

遊撃士協会が掴んでいるだけでも、剣の達人や殺人拳の使い手、奇術師など。
様々な分野に秀でた人材を多く獲得しており、その技術力は世界水準を大きく上回るという話だ。

 

 

……たしかに、あの《パテル=マテル》というロボットも既存の技術力によるものではなかった。

 

 

 

 

その結社の構成員が、この共和国辺境に降り立ったとの情報を遊撃士協会は掴んだ。
偶然にもその場にいる《剣鬼》にその構成員と接触してもらい、情報を得る。あわよくば捕虜として本部に移送する……というのが《剣鬼》に下された命令だ。

 

 


「そこで君には蛇の構成員に接触してもらいたい。その構成員の性別は男。年齢は20代後半〜30代。髪は茶髪で黒のスーツとサングラスを身につけている、と情報員より伝えられている。しかし、情報員による情報はここまでだ。情報員は蛇の構成員に発見されたと報せを入れるなり、音信不通となっている」

 

 


音信不通。《剣鬼》は思案する。
情報員は蛇の一員に捕らわれたと考えるべきか。
となれば、こちらがしようとしてたように蛇がこちらの情報を得ている可能性がある。

 


「わかりました。それじゃあ今からその人物についての情報を集めます。……観光案内の依頼は達成ということで?」

 

 

「いいとも。これからは自分で回ってみるさ。
家族と観光に来るというのは本当なんでね。ふふ、仕事で来るという名目だと領収書が切れていいものだよ」

 

 

大人の笑みを見せた男性に別れを告げると《剣鬼》は支部へと戻った。


すると、依頼で支部を離れたアルジュナとアネラスが戻って来ていない事を確認した。街道の魔獣の掃討が本日の業務で、いつも通りならもう帰って来ていてもおかしくはない時間だ。

アネラスの研修という側面があるにしても、遅過ぎると判断した《剣鬼》は街道に出向く事にした。

 

 

予感は、すでにあった。

 

 

☆★

 

 

街道から脇に逸れて小道を抜けた先の広場で、《剣鬼》は目的/対象を発見した。

 

 

「おぉ?意外と早かったじゃねぇか」

 

 

そう言って、男は手に掴んでいたものを離した。

 


「ぐっ……」

 

 


アルジュナは男から胸ぐらを放された事によって地面に衝突し、苦悶の声を漏らした。
その側には半ばから折れた槍と弦の切れた弓が転がっている。
少し離れた所には、アネラスが刀を握ったまま気絶していた。

 

 

「──お前が、蛇の一員か」

 

 


言いたい事をすべて飲み込んで、確認するように、自分を納得させるように《剣鬼》は口にした。

黒のスーツとサングラス。聞いていた通りの風体だ。

 

 

「そうだ。執行者No.Ⅷ《痩せ狼》ヴァルター」

 

 

男はそう名乗ると、倒れ伏すアルジュナの背中に足を乗せた。

 

 


「ハッ、それにしてもなんだぁ? 《剣鬼》がいるとこの遊撃士協会のメンツはこんなに弱いのか!?まったく、拍子抜けしちまったぜ………、だがまあ、てめえは楽しませてくれるんだろ?」

 

 


ヴァルターはアルジュナを蹴って《剣鬼》の目の前まで寄越した。
《剣鬼》は戦術オーブメントを駆動させ、癒しの力を秘めたアーツをアルジュナへと施す。

 


「先輩、少しだけ待っててもらえますか」

 

 

「…すまない。頼む」

 

 


短いやり取りを終えるとアルジュナも気絶した。

それを見届けた《剣鬼》は顔を上げる前までに、すでに戦闘態勢を整えていた。

 

静かな怒りと好奇心を滲ませて──

 

 


「いくぞ《痩せ狼》。斬られる覚悟はいいな」

 

 

「ぬかせ《剣鬼》ぃ!」

 

 

──戦いは、始まる。

 


疾駆。2人は同時に大地を蹴る。それで地面は抉れ、爆発的な推進力と共に初めの一撃を見舞う。

 

 

剣と拳。
そのどちらもが紙一重で躱され、掠めた剣圧と拳圧が両者の頬に一条の傷を生み出した。

 

 

2人が2人とも、瞬時に理解する。
この敵の攻撃はすべて必殺の威力を持っていると。一撃一撃が常に必殺。故に受けるわけにはいかない。一手間違えれば、それだけでデッドエンド。行き止まりならぬ、生き止まりだ。
これぞまさしく、達人級同士の殺し合いだ。

 

 

《剣鬼》は振り切った体勢から袈裟気味に太刀を振るった。
《痩せ狼》は右の正拳を突き出す。

最短距離を走った《痩せ狼》の拳が僅かに速い。《剣鬼》は太刀を振りかぶった分だけ遅れている。

《剣鬼》は攻撃を中断し、突き出された拳を上体を逸らして避ける。
拳にまとわりついてきた風が《剣鬼》のバランスを崩した。《痩せ狼》は好機とばかりに回し蹴りを放つ。

 


「オラァ!」

 


豪風を纏って襲来してきた蹴撃に、《剣鬼》は体を捻り、足裏でそれを受けてその勢いを利用して至近距離から離脱する。

 

 


《剣鬼》は太刀を構え直しつつ、敵の戦闘力を分析する。パワーはある。全体的なスピードならまだしも、ハンドスピードも相手が上手。

 

 

「なら、ギアチェンジだ」

 

 

結論に達した《剣鬼》は、全身に闘気を漲らせ──爆発させる。


これこそ八葉一刀流における絶招の基本にして王道。

 

 

「八葉功・一の型」

 

 


回り、廻り、巡り、繞る。これこそ螺旋の渦。果てなき回天。


この絶招は身体能力が向上するわけではない。ただ、身体に染み込ませた動きを言霊と共に思い出すだけ。要はバランス重視だったものが防御重視に変わったようなものだ。


この“八葉功”により《剣鬼》の身体の性質が螺旋へと変換される。これより先《剣鬼》が受ける攻撃はすべて螺旋により受け流される事になる。

 

 

「ハッ……大した功夫だな、《剣鬼》。期待はずれじゃねぇ事を祈るぜ」

 


「その祈りは届かない」

 

 

消失。《剣鬼》の姿が消え去った。
少なくともヴァルターの目にはそう写った。

 

怖気を感じた。ゾクリとする感覚。久しく感じていなかった、生死の境を行き来するスリル。

半ば本能的にヴァルターは裏拳を繰り出した。

 


それは、背後へと移動していた《剣鬼》の胴体を穿つ──かに思えた。

 

が、打点はずらされ、ヴァルターの裏拳は《剣鬼》の太刀の刀身を捉えた。
達人級の一撃は武具に当たればそれを破壊し、持っていた者の手を痺れさせる。
《剣鬼》の太刀はゼムリアストーン製のために破壊される事こそないものの、手を痺れさせるには有り余る威力を秘めた裏拳だった。

 


しかし、ヴァルターの裏拳にはまるで手応えはなかった。刀身を捉えた裏拳には、まるで太刀の勢いを後押ししたような感覚が残った。

 


くるり、と回る。

 


マズい。《痩せ狼》ヴァルターの思考は《剣鬼》による斬撃と同時だった。

 

 

☆★

 


「期待外れだったろ…?予想より上という意味で」

 


「チッ……てめぇ、わざとだな…?」

 

 

膝を着くヴァルターに《剣鬼》は太刀の鋒を突きつけたまま話しかける。
それに対し、ヴァルターは悪態を吐くように《剣鬼》を睨みつけた。

 


「まあね。上からのオーダーは情報収集だから殺しちゃ意味がないし──」

 


《剣鬼》は確かにヴァルターを斬った。
達人級の殺し合いなら当然のように絶命に到るはずの斬撃を受けるはずだったが、《剣鬼》は寸前で威力を弱めた。それは、依頼の内容─蛇の人間と接触し、情報を得る。あわよくば身柄を確保し遊撃士協会本部に移送する─のためだ。殺しては情報が得られない。

 

 

「気絶させて運ぶにしろ、そこからは俺の管轄外だし、《身喰らう蛇》って面白そうな情報を俺自身が知りたいって事もあるんだよね」

 

 

だからこそ、生かさず殺さず、ギリギリ気絶させない程度のパワーで斬ったのだ。

 


「さて、それじゃあお話タイムと洒落込みますか」

 

 

太刀を肩に担ぎ、余裕を醸す《剣鬼》。すでにヴァルターは戦闘不能な程のダメージを負っている。その余裕は正しいはずだった。

 

その場に、新たに敵が現れる事さえなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ、《剣鬼》」

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