閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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追憶 〜鬼と修羅〜

 

 

街道から逸れた小道の先にある広場は、周囲を小高い崖に囲まれている。一種の袋小路のようなものと言えるだろう。

 

 

「そこまでだ、《剣鬼》」

 

 

そこに1人の男が立っていた。眼下の戦闘の決着を見届けた彼はそうして横槍を入れる。

 

《剣鬼》からその男は沈み行く太陽から逆光となっていて、姿形がよくわからない。《剣鬼》が目を凝らした一瞬で、男は崖から跳びたち《剣鬼》に一撃を浴びせる。

 

 

黄金の刃をゼムリアストーンの太刀で受け止める。想像以上に重い一撃に《剣鬼》は大きく後退した。

 

 

 

「来やがったのか」

 

 

守られるような立ち位置にいる自分に苦虫を噛む思いをしながらヴァルターは立ち上がる。

 

 

「ああ、お前と彼の戦いは見させてもらった。油断があったとは思わんが、一瞬の隙を突かれたな」

 

 

「ああ、こいつは大当たりだぜ」

 

 

男を押し退けて前に出ようとするヴァルターだったが、制止される。

 

 

「すでに決着はついたはずだ。この先は俺が引き受けよう」

 

 

男の短い言い分にヴァルターは悔しさを滲ませてながらも納得し、自らのダメージも鑑みて引く事にした。

 

 

「チッ……、譲ってやるよ。これで貸し借りはなしだぜ」

 

 

「俺とお前の間に貸し借りなどなかったはずだが?」

 

 

男の言葉にヴァルターはもう一度舌打ちして、その姿を消した。足元に何らかの紋様が浮かぶ様はブルブランが消えた時と同じものだ。

 

《剣鬼》はブルブランに逃げられた事を思い出し、転移なんてものがあるなら、そもそも拘束は不可能であったと考え──その思考を隅に追いやった。

 

 

立ち姿だけでわかる。眼前の男の隔絶した実力を。一見した怜悧な態度はしかし、内に秘める炎熱を感じさせる。まるで冷たい炎だ。

 

その有り様を何と呼ぶべきか。鬼か、羅刹か、あるいは───

 

 

「名乗りが遅れてしまったな」

 

 

ヴァルターの姿が消え去り、男は《剣鬼》に向き直る。すでに臨戦にある《剣鬼》とは対照的に泰然とした佇まいのまま。

 

 

「結社《身喰らう蛇》執行者No.Ⅱ《剣帝》レオンハルトだ」

 

 

《剣帝》レオンハルト。そう名乗った彼は黄金の魔剣を構えた。灰色のコートとアッシュブロンドの髪が風に揺れる。

 

 

「盟主の命により、《剣鬼》……貴様を試す」

 

 

 

「…試す……?」

 

 

その言葉通りならレオンハルト──レーヴェ、引いては結社の連中がこの辺境に来たのは《剣鬼》が目的だったわけだ。

 

“相手の目的”という情報を得つつも、その内容が自己であった事に《剣鬼》は怒りすら覚えた。アルジュナやアネラスが今こうして倒れているのは自分のせいだと、筋違いの憤怒を燃やす。

 

 

「…そうかよ。……わかった、来いよ《剣帝》」

 

 

太刀を握る手の力を抜く。怒りで太刀筋を狂わせるわけにはいかない。心は熱くていい。頭さえ冴えているのなら。

 

 

「俺を、試してみろ」

 

 

突きつける鋒は、意志の表れである。

 

 

☆★

 

 

「言われずとも──!」

 

 

疾駆か跳躍か。一瞬で距離を詰めたレーヴェは横一閃に魔剣を振るう。それを紙一重で避ける──受け流す《剣鬼》。

螺旋の技術で受け流した威力をそのまま叩きつけるが、レーヴェは涼しい顔で防御した。

 

力を逃がすため、わざと後ろに跳んだレーヴェ。離れた距離は戦技を繰り出す絶好の機会だった。

 

 

 

「迅雷・──」

 

 

レーヴェの着地を待たずして《剣鬼》は雷速で斬りかかる。すれ違う刹那、視線が交わる。このスピードを視認できているのだ。これも当然のように防御された。

 

しかし、元から一撃で決まるとは《剣鬼》も考えてはいない。

 

 

「重──!」

 

 

ゆえに、重ねる。残像さえ置き去りにする速さを、何度も。“迅雷”──雷の速度で敵を斬る戦技を。

 

落雷の速度で何度も、何度も斬りかかる《剣鬼》だったが、レーヴェはそのすべてを防いだ。反撃こそないものの、業を煮やした《剣鬼》は次の手を打つ。

 

 

跳び上がった《剣鬼》は太刀に雷の力を込める。これは八葉一刀流の三の型と剣鬼七式の雷の型の複合戦技。

 

 

「龍雷撃──」

 

 

「遅いっ!」

 

 

力をためる一瞬。その隙間にレーヴェは魔剣を突き出した。闘気の奔流が《剣鬼》の体勢を崩す。新戦技“龍雷撃”はお披露目を邪魔されて不発。

危なげながら空中でバランスを取ろうとする《剣鬼》にレーヴェは追撃した。打ち合う太刀と魔剣。2度、3度と剣を合わせるたびに《剣鬼》は体勢を崩していき、やがてバランスを失った《剣鬼》はレーヴェの一撃で地面に撃ち落とされた。

 

 

魔剣での斬撃こそ防いだものの、地面に激突した《剣鬼》のダメージは相応のものだった。舞う土煙の中でふと冷静になった。

 

レーヴェが現れたのはヴァルターを倒した後だと思っていたが、おそらくそうではない。きっとあの戦いは観察されていた。だからこうも容易く対応されているのだ。

 

ならば再び、ギアチェンジする必要がある。

 

 

「八葉功・五の型」

 

 

立ち上がった《剣鬼》は力の入れ方を変化させる。納刀。直後、抜刀居合。斬撃が土煙を裂いて《剣帝》に飛来する。

 

迫る斬撃を魔剣で打ち消して、レーヴェは《剣鬼》に肉薄した。

 

 

「見切れるかな?」

 

 

破砕剣。素早く振り下ろされる魔剣は威力を伴ったもの。しかし《剣鬼》はレーヴェの挑発の通りに、それを見切っていた。

 

打ち下ろす剣撃を文字通り紙一重で避ける。“破砕剣”は地面を砕く。当然《剣鬼》の足場も不安定になる。──が、それを悪条件をものともしない、居合一閃“残月”がレーヴェの胸板を大きく切り裂いた。

 

地を抉るほどの一撃を放つために踏み込んでいたレーヴェは刃を躱す事ができず、大きくダメージを追ってしまう。

後退したレーヴェは胸元の傷から流れる血を手で掬うと、それを眺めた。深い傷だ。苦く微笑んだレーヴェは魔剣を構え直して《剣鬼》と対峙する。

 

 

「その若さで凄まじい剣技だ。素直に賞賛しよう」

 

 

対する《剣鬼》は残月のために再び納刀したところだ。

 

 

「お前こそ。正しく“我流”──その歳で、自らの剣技を確立している」

 

 

レーヴェの剣技の骨子は西方剣術だ。荒々しいながらも機能美を感じさせる直裁な剣。それを独自に昇華している。

未だ“剣鬼七式”などと嘯かねば“己の剣”を認められない《剣鬼》とは大きな差であった。

 

 

「ふ、かの八葉一刀流の者にそう言われるとこそばゆいな。しかし《剣鬼》よ……その才器、満たすのはここではなかろう」

 

 

「なにを……?」

 

 

「わからんか。ならばこの戦い、俺の勝ちだ」

 

 

レーヴェの言葉の意味が、意図がわからず困惑した《剣鬼》。それに追い討ちするように《剣帝》は勝負の行く末を予言した。

 

 

「戯言だ」

 

 

「それを今から証明してみせよう」

 

 

次の瞬間、レーヴェの身体が二つに増えた。“分け身”のクラフトだ。しかも超スピードによる残像などとは違い、きちんと質量を持ち、本人の動きを再現できるほどの完成度を誇る分身体。高等戦技の代表格だ。

 

弾かれたように左右に分かれた2人のレーヴェが互いに違うリズムで《剣鬼》に襲いかかる。いくら迎撃に長けた五の型であっても、そのすべてに対応できるわけがなく、《剣鬼》は斬撃に押されるままに後退した。

 

五の型で対応できないなら、再び戦い方を変えるまで。

 

 

「雷身功」

 

 

我が身は雷光。我が身は雷鳴。我が身は雷撃。そういった自己暗示の元、《剣鬼》三度のギアチェンジ。今度は“八葉功”ではなく、雷の型に特化した絶招。

 

 

「雷電収束、雷光確立──」

 

 

闘気を練り上げて、人の形とする。

 

 

「──雷軀来々」

 

 

レーヴェの分け身を見たおかげで、それがどういう仕組みか理解できた。それは《剣鬼》なりの分け身だった。

 

 

「分け身──、模倣だけでなく、己の質も込めるか」

 

 

これまで《剣鬼》の分け身は吹けば飛ぶような脆弱なものだった。しかし今回のこれは違う。レーヴェのものと同じように質量と再現性を兼ね備えた、正真正銘の分け身だ。そこにちょっとした性質も加えてある。

 

 

「迅雷・(ふたえ)

 

 

レーヴェに落雷と同等の速度で迫る2つの影。その片方を分け身に任せる事で対処しようとする。

 

 

「飛雷針」

 

 

が、レーヴェの分け身は《剣鬼》の分け身が雷槍となり貫かれて消え、雷槍はそのまま《剣鬼》に向かって奔り、太刀に帯電された。

 

レーヴェはその様子を見てとると、《剣鬼》とまともに打ち合わずに距離を取った。

 

 

「分け身に雷の性質……見抜いていたつもりだったが、存外厄介だな」

 

 

レーヴェは《剣鬼》の分け身の仕掛けを見抜いてはいたが、その精度──人型と雷型の切り替えの速さを見誤っていた。

 

《剣鬼》は帯電した太刀を振り抜き、雷を刃として飛ばす。レーヴェはそれを避けたが───

 

 

 

「雷軀遠来」

 

 

避けられた雷撃は瞬時に人型に変化すると、レーヴェの背中を斬りつける。その斬りつけた太刀も当然雷の性質を持ち、そのためかレーヴェの身体が硬直した。

 

 

「雷軀来々──」

 

 

その隙に。

 

「──来々」

 

 

《剣鬼》は、己の分け身を増殖させる。

 

 

「──来々!」

 

 

3体の分け身が、

 

 

「行け」

 

 

レーヴェに向かって突撃する。

 

迅雷の速度でレーヴェに迫った分け身は接触と同時に炸裂する。

舞う砂埃で視界は塞がれるが、闘気でレーヴェの位置を見失う事はない。

 

跳躍した《剣鬼》は太刀にありったけを込める。強大に過ぎる力を秘めた雷撃を、レーヴェに向けて振り下ろした。

 

 

「──雷神烈破!」

 

 

 

放たれた力は疑い様もなくレーヴェを直撃した。しかし、土煙の中のレーヴェの闘気は未だ健在。どういう事か、目を凝らす《剣鬼》に──

 

 

「見事だ」

 

 

《剣鬼》に向かって放たれる賞賛。レーヴェは剣風で土煙を吹き飛ばすと、雷神烈破を受ける以前と変わらぬ姿で現れた。

 

 

「この俺にアーツを使わせるとはな」

 

 

アーツ──導力魔法。戦術オーブメントにクオーツをセットする事で様々な効果を発揮する、科学による魔法だ。《剣鬼》もその存在を知ってはいるし、使った事もあったが、馴染みは薄い。これまであらゆる敵は剣技のみで事足りたからだ。

しかもアーツは発動するまでに駆動という工程があり、戦闘中にそんな悠長な事をしていられないという事情もあった。

 

しかし、《剣帝》レオンハルトは最高峰とも言える戦闘の最中にアーツを使ってみせたのだ。《剣鬼》は驚くしかなかった。

今回、雷神烈破を防いだのは完全防御とかそういうアーツなのだろう。

 

 

「そら、足元に注意した方がいい」

 

 

《剣鬼》の足元に広がる紋様。周囲にはいつの間にか剣が突き刺さっており、それを軸に魔法陣は構築されている。発動する“シルバーソーン”。受けたダメージはそこそこ、しかし一瞬思考がぼやけたのが致命的。

 

距離を詰めたレーヴェの剣撃をなんとか防ぐが、次いで放たれた回し蹴りには対応できずにたたらを踏んで後退した。

 

 

「くっ……」

 

 

かぶりを振って自己を再認識。シルバーソーンによる混乱効果は解ける。

 

目を前に向けるとレーヴェはゆっくりと《剣鬼》に向かって歩いて来ている。左手の魔剣には炎が灯っていた。

 

 

 

「受けてみよ…《剣帝》の一撃を……!」

 

 

 

灯った炎が、轟々と煌々と燃え盛る。

確信できた、《剣帝》はこの一撃でこの戦いを終幕にするつもりだと。

 

 

「剣鬼七式……」

 

 

ならば《剣鬼》もそれに応えるのみ。

もう互いに余力は少なく、全力の一撃が放てる機会もないだろう。

 

放つ剣技は剣鬼七式、四ノ太刀。

拡大した刃で上下から挟み込み両断する一ノ太刀“天地喰閃”

込めた闘気を解放する事で圧力を放つ三ノ太刀“破空”

 

四ノ太刀は、その中間を狙った剣技だ。

 

 

「──鬼炎斬!!」

 

 

「──大刀錬!!」

 

 

 

互いに振り抜く刃は絶倒のもの。

《剣帝》の“鬼炎斬”は闘気と共に周囲を炎で斬り薙ぎ払うSクラフト。

《剣鬼》の“大刀錬”は太刀に闘気の刃を幾層か纏わせて斬撃を拡張、一振りで数回の斬撃を刻むSクラフト。

 

 

《剣鬼》の刃が《剣帝》の炎を斬り消していく。《剣帝》の炎が《剣鬼》の刃を焼き薙ぎ払う。

 

それは拮抗していた。それは完全に互角。

 

 

 

「は、あぁぁぁぁあああ!」

 

 

「ッ!?」

 

 

互角のはずだった。

しかしその拮抗も、《剣帝》の裂帛と共に破られる。

 

 

鎬を削る刃を焼き斬り消して、鬼を斬る炎が《剣鬼》を打ち飛ばした。

 

吹き飛んだ《剣鬼》は絶壁に背中を強かにぶつけて倒れ伏す。立ちあがろうとするが、膝が折れて上手く立てない。

太刀を杖にして再度倒れるのを拒否するが、それだけだ。戦闘不能という表現が最も正しかった。

 

その《剣鬼》に、近づくレーヴェ。傷もダメージも《剣鬼》とそう変わらないはずだが、足取りはしっかりしている。

 

 

「貴様ではこの《剣帝》に勝つ事はできない」

 

 

それは先の予言と同じ内容だった。

 

 

「なぜなら《剣鬼》よ……貴様の剣は何にも至ってないからだ」

 

 

膝をつく《剣鬼》に、《剣帝》が魔剣を突きつける。

 

 

「何かに至った者とそうでない者とでは地力が同じでも勝敗が分かれる。それが俺と貴様の差だ」

 

 

語るレーヴェに《剣鬼》は顔を歪めて忸怩たる思いだ。

 

 

「そんなこと……言われなくてもわかってる。俺は…それに至るために……ここにいるってのに…!」

 

 

顔を上げた《剣鬼》はレーヴェを睨みつける。それは如何なる感情だったのか。

 

 

「じゃあお前は! 至ってるって言うのか!?」

 

 

絶叫に似た問いかけ。吐き出した心は、意識を繋いでいた鎖を断ち切るに十分だった。

朦朧とする意識。揺らぐ視界の中で魔剣の鋒が降ろされる。

 

 

「──ああ。だが俺の至ったそこは貴様の目指す所とは対極にある」

 

 

倒れ行く《剣鬼》の視界に、悲しみを湛えた表情に釣り合わない炎のような決意を帯びた瞳の《剣帝》が映った。

 

 

「──修羅の道だ」

 

 

 

 

コートを翻し、《剣帝》が去っていく。
《剣鬼》はついに崩れ落ちる。顔から地面に突っ込みながら意識を手放した。

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