閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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「鉄は熱いうちに打て」作戦継続中!


回想〜エリゼとナギト〜

エリゼ・シュバルツァーにとって帰郷とはある種の一大イベントである。

 

というのも、想い人であるリィンが郷にはいるからである。

リィン・シュバルツァー。シュバルツァー家の長男にしてエリゼの兄。しかし血縁はなく、それを知らされた時のショックは計り知れない。

この恋は許されるのだと胸が踊った。いや、おそらくその感情が恋であると理解したのもリィンと血縁がないと知った時だ。

 

その時からエリゼはまともにリィンの顔が見れなくなり、そのまま帝都にあるアストライア女学院に入学した。その事でリィンに嫌われていやしないかエリゼは気が気ではない。

 

のもあるが、今回はそれとは別に心配の種がもう一つ。

 

手紙にあった新しい家族、もう一人の兄についてだ。

どうやら冬の雪山で倒れてた所を助けたら記憶喪失で自分の名前さえも忘れていたその人物を、シュバルツァー家は持ち前のお人好しで保護、家族として扱っているという。

手紙の内容から彼が悪人でない事は伝わってくるが、本当はすべて嘘でシュバルツァー家の財産を狙った詐欺師かもしれない。

シュバルツァー家は父も母も兄もお人好しだ。自分がそうじゃないとは言えないが、帝都で数多くの人と触れ合っている分だけ人を見る目はあるつもりだ。

自分だけでもその彼を警戒しておこう、と静かに決意してケーブルカーを降りたのだった。

 

 

 

☆★

 

 

ナギトがシュバルツァー家に保護されてから……否、シュバルツァー家の一員となってから半年以上が経過し、季節は夏、8月になっていた。

相変わらず記憶は戻らないが、それなりに郷の人たちとは仲良くやっていて充実した日々だ。ナギトが苦手だと言う勉強の時間が長いのは来るトールズ士官学院の入試を突破するためだ。今はリィンにつきっきりで教えてもらっている状況だ。

 

今日はシュバルツァー家の長女であるエリゼが夏期休暇という事でユミルの郷に戻ってくる日となっている。

ちなみにそんな日でもリィンは勉強にかける時間を削って妹に割く気はないようで、それとなく促したナギトは「勉強をサボるつもりだろ」と言われてしまった。

 

「出迎えに行く」と言うリィンに着いてナギトもケーブルカーの発着場でエリゼの帰郷を待っていた。

 

 

「なんだ、緊張してるのかナギト?らしくないな」

 

 

エリゼを乗せたケーブルカーが近づいてくるにつれてナギトの表情が硬くなっていくのを見たリィンが言葉をかける。

 

 

「まあ、な。ルシア夫人に似た美人が出てきたら俺の初恋が始まっちゃうかもしれないし、今からドキドキだ」

 

 

ナギトがそう笑うと、リィンは途端に睨んできた。割とマジな殺気も込めてあるのでシスコンぶりがわかるというものだ。

 

 

「…じ、冗談だって。それより、緊張してるのはお前の方だろ?」

 

 

「む、気づいてたのか。さすがだなナギト」

 

 

ナギトの指摘でリィンが真面目な表情になり、話を逸らせた事にほっとするナギト。

 

 

「そりゃ気づくさな。親父殿や夫人…それにお前の溺愛っぷりでエリゼがいい子なのはわかる。そんな相手にお前は嫌われてるかも、なんて言ってるし……、可愛い年頃の妹に嫌われないかどうかで緊張しない兄ってあんまりいないと思うぞ」

 

 

「それもそうだな」

 

 

とリィンが顔を伏せて少ししてエリゼを乗せたケーブルカーが到着した。

「ほれ、来たぞ」とリィンの背を叩くとナギトは大仰に笑って見せる。リィンもそれで笑顔を思い出し、発着場に姿を見せたエリゼを出迎える。

 

 

 

「おかえり、エリゼ。帝都からの長旅、ご苦労様」

 

 

「ただいま戻りました、兄様。わざわざ出迎えてもらって申し訳ありません。……それで、その、そちらのお方が……?」

 

 

「ああ……、ナギト」

 

 

兄妹の再会に水を差すようなバツの悪さは微塵も感じさせず、ナギトは優雅に一礼する。男爵家の一員にふさわしい作法で。

 

 

「はじめまして、マドモワゼル・エリゼ。半年程前からシュバルツァー家でお世話になっております、ナギト・シュバルツァーです」

 

 

言って、ピシリと正した姿勢を和らげ、硬くなった表情を崩して、貴人らしく構えていた雰囲気を霧散させ。ニヤリと笑う。

 

 

「気軽にナギトお兄ちゃんって呼んでくれていいぜ!」

 

 

「君はそうやっていつも小ボケを挟まないと気が済まないのか!?」

 

 

しっかり挨拶したかと思えばすぐにいつもの調子に戻ったナギトにリィンが鋭いツッコミを入れる。そんな二人の様子を見てエリゼもくすくすと笑う。

 

 

「いやいやいや!エリゼを笑わせるためだってば。久々の兄妹の再会が笑顔じゃないとか嫌じゃん?ほら、笑顔で行こうぜ、スマ〜イル!」

 

 

掴みかかったナギトの言葉を聞いてリィンはハッとする。たしかに再会したエリゼの表情は硬かった。それこそリィンと同じように緊張していたようで。

まさか、笑顔で再会をさせるためにわざわざピエロを買って出たとでも言うのだろうか。

 

 

「まさか……ナギト、そのために…?」

 

 

「フッ、まあな」とサムズアップで答えるナギトの頭を叩くリィン。こういう反応のナギトは起こした問題を口先八丁でなんとかした時に見れるものだ。

 

 

「いってぇ!?おま、マジで叩いたな馬鹿!」

 

 

「うるさい!だいたい俺を差し置いてお兄ちゃん呼びなんてさせるわけがないだろう!」

 

 

そんな二人を見てエリゼは「仲が良いんですね」と笑い、それでひとまずナギトとリィンも不毛な争いは終わった。

ひとしきり笑い終えたエリゼは「自己紹介がまだでしたね」と言って、綺麗なカーテシーをした。

 

 

「はじめまして、エリゼ・シュバルツァーと申します。よろしくお願いしますね、ナギトさん」

 

 

 

こうしてひとまずの挨拶を交わした三人はシュバルツァー邸へ戻っていくのだった。

 

 

 

☆★

 

 

「あの、兄様……」

 

 

遠慮がちに、手も伸ばし切らずにかけられた声にナギトとリィンは立ち止まった。

夕食後のシュバルツァー邸の廊下での事である。

 

 

「……すまない、エリゼ。今は少し忙しいんだ。急ぎじゃなかったら、次の機会でも構わないか?」

 

 

リィンの言う“忙しい”とはナギトの勉強の事だ。今までナギトがどう生きてきたのかはわからないが、基礎学力が低過ぎたため、このままではトールズ士官学院入学など夢のまた夢といった感じのせいで、冗談じゃなく一分一秒が惜しく、勉強に時間を充てたいというのは本当の話だ。

 

 

「この馬鹿。久しぶりに会ったんなら家族サービス優先してやれ」

 

 

しかし、それは久しぶりの兄妹水入らずの会話を邪魔する程ではないとナギトは考えていた。

 

 

「そう言ってまたサボるつもりじゃないだろうな?」

 

 

ジト目でナギトを見るリィン。前例がいくつもあるせいだが、今回ばかりは純然たる善意によるリィンの監視からの脱却だ。

 

それに、今日エリゼが帰ってきてから今までリィンとエリゼは二人きりでろくに喋っていない。

ケーブルカー発着場からエリゼをシュバルツァー邸まで送った後は日課の八葉一刀流の修行、夕食を挟んでナギトの勉強だ。夕食時には家族の会話があったがリィンとエリゼの間にあったのは当たり障りのない会話だけだった。

 

そのため善意で、本当にただ気を利かせただけなのに睨まれたナギトは呆れ顔で「お前な…」と言った所で、エリゼが引き下がった。

 

 

「いえ、いいんです。大した用事でもなかったので」

 

 

「そうか…すまないな、エリゼ」

 

 

リィンの返事を聞くとエリゼは足早に自分の部屋に入っていく。

 

それを見たナギトは「バーカ」と言ってリィンの腹を軽く殴る。「なんだよ」と不満げなリィンにため息をついて、頭を切り替える。

 

 

「いいや?今日も勉強憂鬱だなって話」

 

 

☆★

 

 

本日分の勉強が終わり、部屋で一息ついたナギトはおもむろに立ち上がるとエリゼの部屋の前に立ちノックした。リィンは一足早く温泉に浸かりに行っている。

 

「はい」という返事に「ナギトお兄ちゃんですよー」と名乗る。僅かな沈黙ののちに入室が許可されるとナギトは遠慮なくエリゼの部屋に入り後ろ手に扉を閉めた。

 

 

「夜更けに淑女の部屋を訪ねるとは、どんな了見ですか?」

 

 

言葉の節々に感じる刺々しさは決して勘違いではなかった。第一印象は良くもなく悪くもなく…だったはずだが、昼間も夕食後もリィンを独占してしまった

事で顰蹙を買ったのだろうと当たりをつけるナギト。

 

 

「おっと、のっけから手厳しいなぁ。別に夜這いに来たわけじゃないから安心してくれ」

 

 

「ベッドに座っていい?」と聞くと「ダメです」と即答される。仕方がないのでそのまま用件を話すことにしたナギト。

 

 

「いやー、謝ろうと思ってさ」

 

 

「あなたに謝られるような事はされた覚えはありませんが」

 

 

すげなく言葉をぶった切られる感じを見て“警戒されてんなー”と思うナギト。しかし、そんな理解はおくびにも出さず、続くセリフを吐き出す。

 

 

「今日一日、リィンを独り占めした事に対してだよ」

 

 

「なっ!……んの事がさっぱりわかりません」

 

 

「取り繕えてねーよ」とエリゼの反応に苦笑しながらツッコミを入れるナギト。

 

 

「俺も郷に来て半年、ちょっと不思議に思ってた事があってな」

 

 

そう前置きしてナギトは語る。

無類の人たらしであるリィンに恋人がいないのが不思議だった事。郷の女連中はリィンと親しげにしながらもどこか一線引いたような付き合いだったこと。

それがすべて、エリゼに遠慮してるなら辻褄は合うという事。

 

 

「ぶっちゃけエリゼってさ、リィンの事好きだろ。男として」

 

 

ナギトの言葉に「違う」とは言えず、さりとて簡単に肯定もしたくない。それゆえエリゼの返事は無言であった。

 

 

「オーケー、オーケー。返事はなくていい。察するに兄妹だからと封じていた気持ちが、血縁じゃないって事実で枷が外れてリィンの顔をろくに見れないって感じだな、わかるとも」

 

 

自分の推測が当たっていた事に気を良くした風のナギトはエリゼの返事を待たずに喋り続ける。

 

 

「しかしそのせいでリィンには“嫌われてる”と誤解されてしまった。誤解を解く事もないまま帝都の女学院に入学、後悔しつつ学生生活を送っていたが、それを払拭しようと帰郷、リィンの誤解を解くべく動くも兄を名乗る不審者に機会を邪魔されるーーと」

 

 

「いえ、そんなーーー」

 

 

ナギトの的外れな指摘に否定しようとして言葉に詰まるエリゼ。ナギトの指摘で間違っているのはエリゼが最も突かれたくない点だ。

つまり、後悔を正そうと、リィンに嫌っているわけがないと言おうと決意して帰ってきたはずなのに、いざリィンの顔を見ると顔は赤くなって頭は真っ白になって、ろくに喋らずそっけない返事をしてしまう事。

そこにナギトが入り込む余地はなく、むしろ夕食後の一幕では手助けしようとしてくれた程だ。

 

ゆえに、新たに兄を名乗るこの男がその一点を間違えるはずがなく、あえて指摘しないのは優しさとでも言うのだろうか。

 

 

「それについては本当にすまんの一言しかない。俺がいなきゃもっと早く仲直りできてたかもなのに」

 

 

「そんな事はーーー」

 

 

言いかけて、言い淀む。否定すべきで、甘えたい答え。エリゼに勇気があればすぐに終わる問題を、長引かせてる自分自身を嫌いにならないように。

 

 

「まあ、今日はチャンスはなかったけど明日の午前中ならリィンの予定は空いてると思うしさ、その時に話したらいいんじゃない?」

 

 

今日エリゼがユミルに到着したのは昼過ぎだった。午後からリィンは八葉一刀流の修行だったり勉強だったりでナギトに付きっきりになるが、午前中ならナギトは家の手伝いで忙しくリィンはフリーになる。そこを狙えとナギトはエリゼに言っているのだ。

 

 

「俺の方からもリィンにはいい感じに伝えておくし、明日にでも言いたい事言えばいいよ」

 

 

ナギトの言葉にエリゼも“そこまでお膳立てされたらやるしかない”という気持ちになる。

ナギトの提案がなかったら、きっとこのタイミングでリィンの誤解を解く事はできなかっただろう。……と言うには少し早いが腹は決まった。

エリゼが感謝を伝えようと口を開きかけた所で、ナギトはにんまり笑っておどけて見せる。

 

 

「エリゼに勇気が出るなら、だけどね」

 

 

「〜〜〜〜〜っ!」

 

 

見透かしたようで核心には触れず、しかし最後の最後で悪戯染みた表情で見透かしたような言動のナギトをエリゼは部屋から叩き出した。

 

 

 

締め出された扉の向こうを想像して少し笑うと「んじゃあ、おやすみ〜」と軽々しく去っていくナギトであった。

 

 

 

ナギトの足音が遠ざかっていくのを確認して、扉にずるずると寄り掛かるエリゼ。

 

 

「まったく、礼も言わせてくれないんですから」

 

 

あの悪戯っぽい笑顔を思い出して、エリゼは自覚なく微笑んだ。その頭はからはすでにナギトが詐欺師かも、なんて考えはなくなっていた。

 

 

「でもほんの少しだけ……ありがとうございます、ナギト兄様」

 

 

 

 

 

 

翌日、エリゼは無事にリィンの誤解を解き、気兼ねなく夏期休暇を満喫するのであった。




ナギトがリィンを兄と呼ぶのにエリゼを妹と認識する理由

ナギトの外見年齢は17〜21歳。リィンに対しては弟になる可能性があり、シュバルツァー歴の長さから弟を名乗り、エリゼに対しては「絶対俺の方が年上やん」という気持ちから兄を名乗る。そんな感じです。
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