「貴様ではこの《剣帝》に勝つ事はできない」
ゆら、ゆら。
「なぜなら《剣鬼》よ……」
ゆら、ゆら、ゆら。
「貴様の剣は何にも至ってないからだ」
揺れる視界。歪む意識。
ひゅう、と息を吸い込んで目覚めた。
「…くそ……」
わかってる。
「わかってんだよ……んな事は…!」
あれからすでに10日が経過した。
今でも《剣帝》を名乗った男の言葉が耳から離れない。 わかっている。わかっているとも。
あの男と自分の実力はほとんど同じ。 だが戦えば10回中10回負ける。それは100回やっても1000回やっても変わらない。 それは何故か? 《剣鬼》の剣が“至って”いないからだ。
何かに至った者とそうでない者とでは最後の最後で発揮できる力が違う。
わかっている。わかっているからこそ自分は遊撃士になったんだ。
☆★
《剣鬼》は森を彷徨っていた。と言うのも、師を見つけるためだ。どこか浮き世離れした師は山や森などにいる事が多い。師に会って話がしたかった。
だから《剣鬼》は共和国から逃げてきたのだ。 誰もいない支部で目覚めた《剣鬼》は、わずかな文言を綴った手紙を残して共和国から逃げてきた。
わからなくなったのだ。 今まで自分が辿ってきた道が正しかったのかどうか。 《剣鬼》は今まで自分の道は正しいと思っていた。万人にとっての悪であっても自分にとってはそれが正しいのだと。
しかし、《剣帝》に負けた事によりその道が正しかったのかわからなくなった。 “至る”ために何でもやってきた《剣鬼》だった。殺しもすれば救いもする。そうやってすべてを飲み込んで行けばやがて“至る”ことができると思っていた。そうやって愚直に進んだ末、負けてしまった。
負けた事で自分を構成した何かが根本からぐらついた。道は途絶えた。 途端に《剣鬼》は自責の念に押し潰されそうになった。これまで自分のせいで被害を被った者たちの怨嗟が聞こえてきた気がした。
《剣鬼》は焦っていたのだ。
焦って、自分の道しか見えてなかった。 その道を進む事が正しいのだと、“至る”ために必要な事なんだと自分に言い聞かせていた。
そもそも、何故《剣鬼》が“至る”事を重要視しているのかという理由は。
師が、カシウス・ブライトが剣を捨てたと聞いて悲しい顔をしたからだ。
だから、《剣鬼》は─────
「捜しましたよ、老師」
森の半ばにある滝を石の上から眺めている己が師に声をかけた。
「帰ってきおったか、馬鹿弟子。やけに沈んだ声じゃが、何も見えなくなったと言った所かの?」
わずかばかり視線を寄越した老師の声はどこまでも優しげに感じた。
「どこまでもお見通しですね……」
「当たり前じゃ。オヌシの事は赤ん坊の頃から見てきておる」
「それもそうですね。……老師、俺は」
そこから先の言葉は続かなかった。 言わなくてもわかってくれるという信頼と、これ以上は言いたくないという感情がごちゃ混ぜになったからだ。
「言わずとも良い。オヌシほどにものを知らぬ年頃じゃと道に迷う事もあろう」
何もかも見通したような師の言葉は深く感じた。 それ以上に《剣鬼》の心に染み込んでいくようだった。
《剣鬼》は事情を話した。 老師はただ頷くだけで口は挟まない。
すべて語り終えた。 語り終えて、数日してから《剣仙》ユン・カーファイは己が弟子とまともに話した。
「今のワシにはオヌシに語る言葉を持たぬ。故にちとお使いを頼まれてはくれんか?」
「へぁ?」
一言目と二言目の声のトーンが違いすぎて《剣鬼》はおかしな反応をしてしまう。
「いや、実はオヌシがあちこち彷徨っている間に少し弟子をとっていてな。底力はありそうなんじゃが、とにかく他人優先の阿呆での。多少目処がついたんで修行はそこで打ち切ってやったわい!」
ハッハッハ、と豪快に笑う師に苦笑する《剣鬼》。 我ながらとんでもない師匠に師事したものだと思う。とは言っても選択肢は最初からなかったわけだが。
「名をリィン・シュバルツァーと言っての。エレボニア帝国にあるユミルの領主の息子でな」
☆★
数日後、《剣鬼》は雪道を歩いていた。
「あ〜、寒っ!」
「とりあえず初伝は授けたんだが、すでに中伝クラスの実力はあるのでな。“中伝を授ける”という旨の巻物を届けて欲しいのじゃ。リィンも今のオヌシと同じで心の問題を抱えているようでの……会って話でもすれば何か得られるものがあるかもしれんぞ?」
《剣鬼》は師のお使いに応じる事にした。 やる事もなく、今はこれ以上剣技も磨ける気がしない。要するに手持ち無沙汰だったのだ。 それに師の言う通り、何か得られるかもしれない。
僅かな期待と、幾許かの無力感と、自分への猜疑心を抱いたまま《剣鬼》はユミルに向かった。
向かった、のはいい。 しかし、師の言葉はそこで終わりではなかった。
「あ、そうじゃ。修業がてらユミルまでは徒歩だけで行く事じゃな」
カチカチカチ、と歯が鳴る。
「いや、マジありえねぇ。なんだここ寒すぎ」
山道は雪に埋もれている。わずかばかりの除雪の跡が見て取れる程度で、目に入るよう光景からしてもう寒い。
あの
積雪は戦技をぶっぱなして排除しているが、寒さだけは如何ともしがたく、《剣鬼》が鼻を啜った瞬間だった。
敵意──殺気を感知した。
直後、銃声。どこからかひっそりと聞こえる笛の音。
「ほいっ、と」
太刀を抜き、頭部を防御すると弾丸がそれに衝撃を与えた。地面に落下した弾丸を見て機関銃のものだと判断する。
《剣鬼》が気配を察知しようと感覚を強化すると、自分に向かって魔獣の群れが向かってきている事に気づいた。
それも1つではなく3つもの群れが、だ。 明らかに偶然ではない。敵の画策によるものと考えるべきか。
いずれにせよ、敵は自分の命を狙っているようなら撃退するのみ。
機関銃による狙撃に気を払いながら殺到してきた魔獣の群れの相手をする。
魔獣の群れによる撹乱と銃撃……なるほど。なかなか厄介だが。本命は──
「──こっちかな」
襲い来る魔獣の一匹を貫いて《剣鬼》の顔面に刃が迫る。 しかし、それを読んでいた《剣鬼》は首をひねるだけでそれを躱した。
魔獣を目くらましに《剣鬼》を刺し貫かんとした剣は、節ごとに分かれた刃をワイヤーで繋いだもの。法剣と呼ばれる武装だ。
「狙いは悪くない」
だが、相手が悪かった。 そう言う代わりに太刀を振るった。
すると魔獣が細切れになり、引き抜かれる前だった法剣の刃を繋いでいたワイヤーも切り裂かれた。
魔獣の影からの襲撃者と目が合う。 片目に眼帯をつけた麗しい女性。飛びつきたいくらいのプロポーションだ。
「嘘でしょ?」
手元に戻った法剣を見て女が呟く。
「マジです」
《剣鬼》はにこやかに笑ってその女に蹴りを食らわせた。 その勢いのまま吹き飛ぶ女を余所に、《剣鬼》は群がる魔獣を倒しにかかる。
「逆巻く風よ、廻り巡り剣と成れ」
回転する。《剣鬼》の姿が高速で回る。 まるで独楽のように。風の刃を引き連れて。 それはやがて《剣鬼》を守る鉄壁の城ならぬ、風刃のドームとなり外からの一切を遮断する壁となる。
狙えば刻まれ、当たれば砕け、触れようものなら全ては消える。 風の刃をドーム状に展開する触れたものを切り刻む防御陣。
「剣鬼七式、ニノ太刀 絶刃壁」
これにより《剣鬼》の周囲に群がっていた魔獣たちは切り飛ばされた。 返り血すらも切り刻み、《剣鬼》の足元には回転の摩擦で溶けた雪だけがある。
静かになった雪山で《剣鬼》はようやく機関銃の銃手を発見する。
そこに向かって疾駆すると、その男は《剣鬼》の接近に気づいたようで起き上がる。 迎撃に、と機関銃を持ち上げてそれで殴ろうと構える──が。
「遅い」
振られた機関銃の横をすり抜けて、機関銃を片手で振り回す大男の後ろに回るとその襟を掴んで木の幹にぶん投げる。
「がはっ」
背中を強かにぶつけて咳き込む大男に蹴りをぶち込む。
「寝てろ」
気絶する大男を見て、《剣鬼》が自嘲気味に笑みを浮かべた。
少し前までなら間違いなく心臓を一突きにしていた。なのに、ちょっと迷っただけでこれだ。 何でもいいから自分を肯定するものがなければ人も殺せない。
「弱いな、俺は。いや、だがこの弱さこそ人の──」
「なんてこと……《V》が瞬殺された!?」
そこに法剣を持った眼帯の女が現れた。 蹴りにもさほど力を入れてなかったからすぐに起き上がってくるのは予想内だ。
「殺しちゃいない。ちょい前までなら間違いなくやってたんだけどね。今の俺には迷いがある。だから、迷いが晴れるまではとりあえず、不殺の誓いを立てる事にした」
《剣鬼》は眼帯の女ににこやかにそう告げる。
眼帯の女──《S》は後日、あの時は死神に笑いかけられたような気がした、と語った。
「だから………っ!?」
風切り音。
それはまるで剣が振られているような音だ。 容赦無く首を狙ってきたそれを《剣鬼》は紙一重で避ける。
間も無く《剣鬼》の首のあった所を刃が通過する。しかし、その刃の持ち主はいない。その刃は飛んできたのだ。
旋回する刃はまるでブーメランのような動きを見せて、持ち主であろう男の手にキャッチされた。
──────運命を、変えろ──────
どこかで、声が聞こえた気がした。
「チッ、やっぱそう簡単にやらせてはくれねぇか」
かの刃の持ち主は銀髪の青年。 《剣鬼》と同じくらいの年齢に見える。
だが、放たれる気迫はあの《痩せ狼》にも匹敵するもの。いや、その種類で言えば《剣帝》の方が近いか。
「迅雷」
《剣鬼》は雷速でもって青年に肉薄した。しかし、その太刀は青年の双刃剣に受け止められる。
刃越しに2人は互いの実力を測る。 《剣鬼》は不敵に笑い、青年もそれに応えるように笑みを浮かべた。
弾かれるように2人は距離を取り、《剣鬼》は勝負を決めにかかる。
鋒を接地したまま雷のスピードを見せつける。 刃と地面の摩擦で火が吹き上がる。雷の速度で迫る炎熱を纏った刃。vs《剣帝》の際に不発に終わった龍雷撃と同じ、三の型と雷の型を交ぜた剣技。その名を“灰燼雷”。
「だらぁっ!」
空気を焦がしながらの切り上げを、青年は余裕を持って躱す。
「それはさっき見たぜ」
それは迅雷の事を言っているのか。 《剣鬼》は驚愕した。たった一度体験しただけでこのスピードに対応してみせるとは。
しかし、驚きはそれだけには留まらない。 青年は慣れた手つきで懐から銃を取り出すと、引き金を絞った。
《剣鬼》の防御は間に合わない。回避も同様。 切り上げた後の死に体を狙われた。 それでも頭から胴体を狙われたのなら間に合っていた。 《剣鬼》の対応が間に合わないのは、青年の銃口が足元を狙っていたからだ。
《剣鬼》はそれでも銃弾を避けようとした。 死に体の体勢から体をねじりながら無理に足をひょいと動かした。これで被弾はしない。
そう、被弾は。
青年の狙いはこの銃撃で《剣鬼》を仕留める事ではなかった。
「凍っちまいな!」
その弾丸は地面に当たったかと思うと、そこから《剣鬼》の脚を凍りつかせるように氷が伸びてきた。
「な──!」
《剣鬼》の脚は凍結し止まった。 しかし、それでもそれは一瞬だ。この程度の強度、《剣鬼》ならば一瞬で砕く事ができる。
しかし、それは一瞬の隙ができるという事。 そして、その一瞬はこの相手にとって──この領域に達している者たちにとって──は致命的な一瞬だ。
《剣鬼》が氷を砕く一瞬に青年は必殺の構えに入っていた。双刃剣に漆黒の闘気が注ぎ込まれる。
「喰らえ、終焉の十字……!」
青年の姿が漆黒の影となって《剣鬼》を襲う。 通り抜けた黒い閃光は、さらなる力を込めてそれを《剣鬼》に向けて放った。
「デッドリークロス!!」
《剣鬼》は太刀を正眼に構えた。 氷を砕く一瞬を狙われるというのなら、氷を砕く一瞬を別の事に使えばいい。
脚が氷で動けない以上、受け流す系統の技は使用不可。かといってこの体勢からだと他の技もいつもより格段に威力が落ちる。
で、あるならば。
「斬撃そのものを、切り裂く」
発想は以前からあった。それにパワーはいらない。必要なのは鋭さだ。ただ鋭くあればいい。そのためには圧倒的なスピードがなければいけない。
《剣鬼》は納刀する。 溜めがいる。
鞘走り。速く。鋭く。
抜刀と同時に剣を振り抜く。それは居合と呼ばれる剣技。
放たれた斬撃は青年の必殺剣技を切り裂き霧散させ、直線上にいた青年をも襲う。
青年は自らの剣でそれを受けるが、力に押されて吹き飛び《V》同様に木の幹に背中を強かにぶつけた。
「ぐっ……かはっ」
咳き込んで吐血する青年を見ながら《剣鬼》は足元の氷を砕く。
「伍の型 残月改式……名前は後で考えるか」
そして、まだ立とうとする青年を見て言った。
「さすがにひやっとした……なかなかやるな、お前。A級遊撃士より強いんじゃないか?」
青年は剣を杖代わりに立ちながら《剣鬼》を睨む。
「ハッ、もう勝った気かよ《剣鬼》」
「まあな。もうまともに戦える体じゃないはずだ。悪い事言わねぇから、とんずらした方がいいんじゃない?」
「追わないからよ」と続ける《剣鬼》。先程軽く言葉にした“不殺の誓い”はどうやら本気のようで、襲撃者でも撃退するだけのつもりだ。
「それはどうかな……」
臨戦体制を解きつつある《剣鬼》に対して、青年は剣を納めると、静かに気の波長を変えた。
眉根を寄せる《剣鬼》だが、それが何を意味するのかわからない。
「来い────」
青年が空に手を伸ばす。 いや、それは空に手を伸ばすというよりも、どこかにいる誰かに自分はここにいるぞ、と示しているように思えた。
「───《蒼の騎神》オルディーネ!」
青年の声に応えるかのように、それは空からやってきた。地上に降り立ち、青年はその中に入る。
それは、今まで感じた事がないほど、圧倒的な力の具現だった。
これまでやばい相手とはそれなりに戦ってきた。老師。兄弟弟子。《不動》、《痩せ狼》、《剣帝》。その全てを上回るだけの、現実的な脅威。
蒼いものが近づいてきたかと思うと、それは敵意をもって攻撃を仕掛けてきた。
あまりに突然の出来事に、体が反応できていない。すでに避けられる距離ではなかった。
その巨大な刃を太刀で受け流して威力を殺す。 追撃してくる蒼のそれを、《剣鬼》は何度も受け流す。
《剣鬼》が一旦距離を置くと、蒼いそれの全容がわかった。
頭がある。胴体がある。四肢がある。 その形はまるで人のそれだ。しかし、それは明らかに人ではない。人型の兵器と言うべき、蒼色に染められた機体。
形容するなら、そう。それは蒼の騎士人形だ。
「俺は《帝国解放戦線》の《C》。俺にこのカードを切らせたあんたに敬意を表して名乗っておくぜ」
「《帝国解放戦線》……?聞かない組織の名だが……あんまり穏やかなニュアンスではないな」
「まだ正式に名乗ってるわけじゃねぇからな。……さて、《剣鬼》。悪いがウチのスポンサーからの依頼でな、あんたをここで葬らせてもらう」
「言ってろ。俺はここで死ぬわけにはいかん」
戦闘開始。
こうして、《剣鬼》と呼ばれる男の最後の戦いが幕を開けた。
☆★
まずはこちらの有利な条件の確認だ。 蒼の騎士人形は人より大きい。 自らより小さい的を狙うのは難儀だろう。しかも動く的だ。スピードで撹乱するのが良策か。 2点目として、ここが森であるという事。 蒼の騎士人形は木々に動きを制限されるだろう。
「ふん!」
蒼の騎士人形が双刃剣を振るうと、その一撃で木々は容易く薙ぎ倒された。
「はいアウト。なんだこのハイパワー」
現実逃避した目の色をして《剣鬼》が有利な条件の一つを潰された事を嘆く。 《剣鬼》とて木を倒すことはできるが、それは技の鋭さによるものだ。力技でやれと言われたらそれなりに難しい。
「喰らいやがれ!」
連続して振られるダブルセイバー。 それが《剣鬼》を捉えたかと思うが──、手応えがない。 《剣鬼》の姿が消失する。
「残像か!」
それを理解した《C》は周囲の気配を探る。
「まずは一発!」
気配は背後から。 大きく太刀を振り上げた《剣鬼》。
放つ戦技は、
「裂甲断!」
大きな衝撃が《C》を襲う。装甲を斬られてはいないものの、負ったダメージは軽くはない。
「チィ!」
振り返りつつ剣を振る蒼い機体。 しかし、そこにはもう《剣鬼》の姿はない。
「遅い────!」
縦横無尽。 それはまさしくそう表現すべき動きであった。
《剣鬼》の姿はとても見えない。 その影すら追う事もできず、辛うじてできるのは残像を見て次の動きの予想をするくらいだ。 しかし、その予想も《剣鬼》のスピードには追いつけない。 風のように速く雷のように鋭い剣撃がオルディーネを襲う。
装甲の傷は軽微。されどダメージは蓄積されていく。 いや、何よりまずいのはこれから体勢を崩される事だ。
《C》の予想は的中した。 予想はできてもそれを回避することはできない。なんという歯痒さか。これではまるで祖父の無念を見届けたあの時のようではないか。
こんな所で終わるわけにはいかない。
やっと始められるんだ。同志をまとめ上げ、力を手にして、ようやく。入念に準備した。 知恵を振り絞り計画を立てた。
「こんな所で…カイエン公のくだらない命令なんかで! まだ始まってもいないのに終われるわけがねぇだろうが!」
「剣鬼七式」
体勢を崩したオルディーネを眼前に《剣鬼》が太刀を構える。その体から発される力は、太古の地精が鍛えたとされるオルディーネの装甲を破るだけの力を備えていた。
「一ノ太刀」
気で形成された刃は、二振り。 天から振り下ろされる刃と、地から切り上げられる刃。
「───天地喰閃!!」
振り下ろされた/振り上げられた刃は、確かにオルディーネを捉えた。
しかし予想は外れて装甲を両断する事は出来なかった。
蒼の機体は立ち上がる。 それから感じ取れる覇気は先程より膨れ上がっているように思えた。
「まさか生身の人間相手に“奥の手”を使う事になるとはな」
機体から発される声は《C》のものだ。 その声音に《剣鬼》は絶対の自信を感じた。
気が付けばオルディーネの機体は装甲が展開されていた。放たれるオーラは、およそ人間では到達する事ができない域にある。
《C》にとってこの“奥の手”は本来、使う予定のない切り札だった。 生身同士で勝てるとは思っていなかった。《帝国解放戦線》の全戦力を結集しても生身同士なら良くて引き分けくらいだと目していた。 しかし、予想は裏切られた。
生身同士では歯牙にもかけられず、《蒼の騎神》を持ち出しても押される。 ならば、もはや“奥の手”を使うしかない。
始まる前に終わるわけにはいかないのだから。
それからは一方的だった。
“奥の手”により段違いの力を得たオルディーネに《剣鬼》は追い詰められていく。
防戦一方だ。あらゆる攻撃は通じず、ガードして受け流しても手に痺れが残るだけの威力。 加えてスピードもある。この巨体でどれだけ速く動けるのか。
《剣鬼》はついに崖際まで追い詰められた。
否。崖際まで誘導した。
自分の力が通じないのなら、それ以外の力で倒すしかない。崖から下を見下ろすが地面は見えない。これだけの高さから落ちればオルディーネと言えどもただではすまないはずだ。 空を飛べるのは厄介だが、そこは《剣鬼》も一緒に飛び降りて剣撃で飛行を阻止。 そのまま地面と己でオルディーネをサンドイッチ。ぶった斬る。
それが《剣鬼》の作戦だった。
が。
「あばよ、《剣鬼》」
《C》はそう言うと剣を地面に突き立てた。
すると崖際まで亀裂が入り、地面が崩れる。
崩壊した崖際と共に《剣鬼》は落ちていく。
「くっそおお!ぬかった!マジぬかった!!」
《剣鬼》は何とか空中で体勢を整え、着地の衝撃に備えようとするが──
飛んで来た雪塊だか岩だかが頭に当たり、意識を持っていかれてしまう。 オルディーネとの戦闘でボロボロだったのだ。 あと一撃でも貰えばやられていた。だからあんな分の悪い賭けをする他になかったのだ。
そして《剣鬼》は、意識と共に記憶まで失い──ナギト・シュバルツァーとなった。
☆★
およそ1年後。
リィンは少女の背中を見送るとぽりぽりと頬を掻く。
「名前聞いとけばよかったなー、とか考えてるんですよね?わかります。駅前でぶつかるってどういうこと?テンプレ過ぎて死ねよって感じなんだが」
かつて《剣鬼》であった男のスクールライフが始まる。