其は閃光の如く
「すー……はー……」
深呼吸する。
モニターに映る光景を直視した。
人類の悪性の象徴。愚かしさの、暴力の化身の姿を。
国家が到達した武力の有様。戦場を走り長大な砲口で蹂躙する、戦車を。
「つっても大した事はない、かな」
そんな風に敵を大きく見ようとしても、どうにも湧き上がるものはなかった。相手が“戦車”という鉄の塊、無機質な鋼だからだろうか。
あるいは、自己が機甲兵を駆って戦おうとしているからなのか。
生身で機甲兵隊長機シュピーゲルと対峙した時ほどの危機感はなく、しかし程よい緊張感は保てている。
それは機甲兵を操って実戦に臨むのが初めてだからだと自己分析する。
自信はなく、確信もなく。しかし“勝てるだろ”となんとなく思っている。それは各地から貴族連合の勝報がもたらされ、自陣の士気が高いせいかもしれない。
士気が高いのは相手も同じなのだが。なにせ“囚われた皇族の救出”に向かうのが今回の敵──正規軍第一機甲師団残党の目的だからだ。帝都の守りを司る彼らが敗北した事は記憶に新しいが、わずか2週間で貴族連合が皇族を軟禁している場所を特定したのはさすがと言える。
貴族連合が皇帝ユーゲントを始めとする皇族や要人を軟禁しているのは帝都に程近いカレル離宮だ。帝国各所で正規軍による逆襲が激化している事もあり、今は必要最低限の守りしか敷いていない場所だった。
とは言ってもこのエレボニア帝国において皇帝という地位は絶対であり、対峙する正規軍残党と比較してもおよそ2倍の戦力差があった。
加えて、貴族連合側には英雄《蒼の騎士》が駆る機体ど酷似した機甲兵が前線に仁王立ちしている。言わずもがな機甲兵プロトタイプ──オルディーネ・イミテーション。通称“プロト”だった。
今回はこのプロトの初陣。つまりはナギト・シュバルツァーの機甲兵戦デビュー当日であった。
戦端が開かれるまであとわずか。ナギトは機甲兵の訓練の日々を思い返す。
☆★
ナギトがトールズ士官学院を貴族連合に帰属させた褒美として受け取ったオルディーネ・イミテーション──プロト。ナギトは当日の内にオルディス湾の沖合に浮かぶブリオニア島に降り立っていた。プロトの操縦訓練のためである。
いくらプロトがオルディーネの模造品とは言え、操縦方法さえもを真似て造られたとは言え、完全に騎神と同一でない事はわかっていた事実だ。
操縦にしてもそうで、騎神の操縦よりも多少はアナログチックに操作が必要となる。
騎神の起動者となった際に会得したその操縦技術を持つナギトであってもプロトの操縦訓練は欠かせないものだった。
「予備のパーツはあるから存分に訓練をしてくれ」というのはカイエン公の言だ。その言葉に甘える事にしたナギトは10日間、思うがままにブリオニア島をプロトで駆け巡った。
ナギトの機甲兵操縦訓練の指導者に領邦軍兵士が数名と付き添いとしてリヴァルが随行していた。
訓練が最終日に差し掛かる頃には、機体性能もあってか他の機甲兵を寄せ付けない程には習熟した。
そして訓練が終わり、オルディスに向かう船を待つ間にナギトはブリオニア島を探索してみる事にした。機甲兵の訓練中にも島のあちこちを見て回ったが、モニター越しでは味気ない。
3度目の特別実習──ナギトがリィンたちと共にノルド高原にいた頃、B班だったラウラたちはこの潮騒を聞いていたと考えると感慨深いものがあった。
「やっぱ徒歩だと遠いな」
言いつつ、目的地を視界の先に捉える。プロトを乗り回していた時に観光スポットはピックアップしていたナギトだったが、そんな彼の興味を一番引いたのは巨像だった。
ブリオニア島の巨像──ノルドの巨像とも雰囲気の似たそれは島に埋まる形で存在していた。
ノルドで巨像を見た際にユーシスが言った「巨いなる騎士の伝承が頭に浮かんだ」という言葉。その伝承についてはナギトも少し調べてみた。
曰く、帝国の乱にたびたび現れては超常的な力を振るう存在──との事だ。これが歴史でなく伝承として伝わる事から作り話の類いであると思われていたが、騎神の姿を見て考えは一変した。
おそらく伝承の“巨いなる騎士”とは“騎神”のこと。ドライケルス帝の“旧校舎は来る日まで残せ”という言葉も、彼が獅子戦役で騎神を駆って戦ったからだとナギトは考えた。
それがどうして歴史として残ってないのかは不明だが、そも騎神という超常の存在があるのだ。人々から忘れ去られる──なんて不思議な仕組みがあってもおかしくはない。
「巨いなる騎士が騎神なら、こいつはなんなんだー、って話だな」
声に出して疑問を再確認。ノルド高原とブリオニア島にある巨像はなんなのか。対になっている様にも見えないが、どことなく意匠は似ている気がする。
巨像の下まで行ってその巨体を見上げる。
騎神と比較してもかなりでかい。いったいいつから埋まっているのか。そもそもどのような存在なのか。
疑問は尽きず、解消せず。様々な角度から巨像を観察する。
崖を登り、頭部を見る。でかい。頭だけで騎神ほどの大きさがありそうだった。そんな風にジロジロと見ていて───
ふと、目が合った気がした。
☆★
燃える家屋、村に放たれた火。 武装した野盗が逃げ惑う人々を斬り、或いは撃ち、その命を奪っていく。
「あぁ、なんということだ。カーシャ……リィン……」
阿鼻叫喚の図の中で、家族の心配をしているのだろうか。精悍な顔立ちの男性が最悪の想像をして嘆く。
やがてその男性の前にも武装した野盗が現れ、凶刃を振るおうとする。
が、しかしそれはアッシュブロンドの髪を返り血で濡らした青年に止められた。野盗は青年に斬られて崩れ落ちる。
「あ、ありがとう、助かったよ」
礼を言う男性を青年は一瞥し、それが誰かを判別する。
「あなたは旅行者の……」
「あ、ああ。息子を知らないか?最近、遊んでくれていただろう!?」
男性の方も青年に見覚えがあったのか、息子の居場所を青年に尋ねる。しかし反応は芳しくなかった。
「今は俺の友人と一緒に逃げさせている」
「どこに!?」
「ついてこい、案内する」
焦りを滲ませながらも勤めて冷静であろうとする青年。しかし、青年も不安は感じていた。そんな不安を打ち消すように、願いを込めて呟く。
「無事でいてくれよ……カリン、ヨシュア……」
☆★
── 我が名はクロノギア。我に触れしは特異点、貴様か──
── そうだ、特異点。貴様でなければ我が声は届かず。空の女神のみが僅かに我が残滓に触れる事ができる程度──
── 我はクロノギア。世界の『時』を支配する者して唯一絶対の神──
── あの忌々しいマクバーンのせいだ。彼奴が在ればこそ我らが後に二柱の神などと呼ばれるのだ──
☆★
「───っ!?」
意識が戻る。白昼夢を見ていた──まさしくそんな感覚で、しかしそうじゃない確信はあった。
先程の光景の意味を考えるが、当然答えは出ない。この巨像が何かを見せたのかもしれないが、そこにどんな意図や意味があったのかも。
それに、映像の後には何か巨いなる存在と邂逅した気さえする。記憶は定かではないが──それこそ、人々の記憶から騎神の存在が忘れ去られているような感じだろうか。
興味はそそられたが、再び巨像に目を向けても何も起きず、迎えの船が来る時刻も迫っていたためナギトは巨像から──ブリオニア島から離れる事となった。
☆★
「うーん、あれ…なんだったんだ……?」
訓練の日々を思い出していたはずのナギトだったが、想起したのは島の巨像の事だった。それだけインパクトがあったという事だろう。
コックピットで「うーん」と唸っていると、モニターに髭面が映し出された。
「剣士殿、そろそろ始まります」
彼はこの戦場において貴族連合兵士を取りまとめる役目の指揮官だった。ナギトに対して敬語なのはナギトの立場がカイエン公の客将だからだ。
「はい。作戦の変更はなく?」
「ええ、あなたの活躍を公爵閣下は望んでおられます」
指揮官の返事を受けてナギトは薄くため息をつく。指揮官はそんなナギトの様子を見て「ご武運を」と告げると通信を切断した。
この戦闘におけるナギトの役目は一番槍だ。ナギト及びプロトの華々しいデビューを飾るべくカイエン公がセッティングした。
このカレル離宮攻防戦は貴族連合にとって“勝てる戦”であり、どれだけ活躍できるかが問題であった。そんな所に見ず知らずの若造がやってきて、自分たちの上官はそいつに手柄を譲れと言う。それは面白くない話だろう。ナギトは若干煙たがられていた。
しかしナギトはめげる事なく戦場を見渡す。敵の構成は戦車アハツェンが3台に旧式装甲車が5台というもの。単騎で撃破できるとは言わないが、貴族連合兵士からの援護は期待できるのだろうか。
まさか背後から撃たれるなんて事は──、なんて考えている内に戦闘は始まった。
アハツェンの砲口が火を吹く。味方の近くの地面を抉った。あまりの威力に「ひえ〜」と呟く。今からあれと戦うのだ。少し前の自分を殴りたい気分になった。怖気付きそうになる自分を叱咤して機甲兵用ブレードを掲げる。
「オルディーネ・イミテーション───機甲兵プロトタイプ、出る! 一番槍は任された!」
飛行ユニットがあればそれで接近するつもりだったナギトだが、オルディーネのそれは再現出来なかったらしく、移動は歩行──踵部のローラーに推進器をつけたもので行う。
アハツェンと装甲車に接敵する。
装甲車による銃撃は牽制で、アハツェンによる砲撃こそを本命とした正規軍残党の戦術は見事なもので、動きを誘導されたプロトはすでに盾を──それを持つ左手の関節部は破壊された。
このままでは距離を詰める前に砲撃をもらうだろう。そんな思考に、かつて《剣鬼》と呼ばれた男は嗤う。
砲撃を避ける、躱す。それが無理なら叩き斬る。
「ぜえぇぇええええい!」
そうして距離を詰めたプロトは戦車と装甲車の陣形を切り裂いた。
しかしいずれも戦闘続行は可能───
「剣鬼七式──」
機甲兵用ブレードに莫大な闘気を集約させる。
「──三ノ太刀、破空」
それを一瞬で解放し、破壊的な爆風は圧力となって戦車や装甲車の半数を横転させた。
周囲を探るプロトを装甲車の銃撃が襲う。あくまで牽制にしかならない威力だったが、それに気を取られたナギトは、肉薄するアハツェンの存在に気づくのが遅れた。
折れ曲がった砲口から放たれない砲弾は爆散してアハツェン一台とプロトの左脚部を根こそぎ奪っていった。
崩れ落ちるプロトに、これを好機とアハツェンと装甲車が詰め寄った。
だが。
「虚空装填───“幻造”」
幻想が質量を持って現実を上書きする。これはかつてナギトが“虚空剣”と呼んだ戦技の発展型。《剣鬼》の膨大な闘気をリソースとして想像を創造する、新たな技。
生えるようにして出現したプロトの左脚は緋色の闘気で編まれていた。折り畳まれた膝を伸ばして跳躍する。
飛び上がった勢いのままブレードを地面に突き立てた。
「緋耀剣」
衝撃は地面を伝って、接近していた戦車と装甲車をまとめて打ちのめした。
オルディスでの実習の際に見たオーレリアの“四耀剣”のコピー戦技だったが──、衝撃波に様々な特性を乗せる以外は上手く模倣できた様だ。
満足げに地面からブレードを引き抜くプロト。すでに敵は全滅していた。戦車及び装甲車はすべて大破ないしは中破。
帝国の未来を占う第一機甲師団の最後のアタックは、こうしてたった一騎の機甲兵の前に阻まれた。
これには与力として待機していた貴族連合兵士たちも驚嘆を隠せない。化けの皮が剥がれるどころか、化け物が現れた。
「嵐だ……」
誰かが言った。それはプロトが正規軍残党と戦う様をこれ以上なく正確に表しているように思われた。
奇しくもこれを機としてプロトの異名は決定する。《嵐》の、あるいは。
閃光の様に現れ、嵐のように去っていく姿から《閃嵐の騎士》と、呼ばれるようになる。
貴族連合の英雄が誕生した瞬間だった。
そして、この会戦を皮切りにプロト──《閃嵐の騎士》の異名は帝国全土に轟いていく事となる。