閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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鬼ごっこ(ギャグ回)はカット!
キャラ崩壊してますが、どうしても見たい方はコチラ↓
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《羅刹》、《聖女》、《騎士》、《神速》、───

 

《閃嵐の騎士》の運用は、基本的に強襲艇から降下、着陸して敵陣を木っ端微塵に荒らしまくる──というものになった。

飛行能力のある《蒼の騎神》と併せて貴族連合の二枚看板であると帝国時報は報じる。

 

 

当然、それ以外にも貴族連合に英傑はいる。《黄金の羅刹》や《黒旋風》などがそうだ。非公式ながら結社《身喰らう蛇》から《却炎》や《蒼の深淵》なども助力していて、層の厚い面子となっている。

 

しかしながら機甲兵という真新しくインパクトのある新兵器の、最新鋭機体という触れ込みの《蒼の騎神》と《閃嵐の騎士》は貴族連合の良い広告塔になる。

 

 

 

そういった意味で、ナギトはオーレリアにからかわれていた。

 

 

 

「《閃嵐の騎士》殿は東部戦線でも獅子奮迅の大活躍だったとか。我らもその恩恵にあやかりたいものだ」

 

 

「よしてくださいよぅ」

 

 

あらやだ奥さん、とでも言うような気安さでナギトはおべっかを躱す。貴族連合旗艦パンタグリュエル内での事である。

 

 

東部戦線──双龍橋での正規軍との激闘を制したナギトは回収され、同時期に西部の戦況が落ち着いた報告をしにオーレリアはパンタグリュエルに乗艦した。

 

 

互いにカイエン公に報告を終えて、そのまま雑談然とした会話に突入している。

 

 

「ふ。そうは言っても戦場で《閃嵐の騎士》の名が与える影響力については否定せんだろう?」

 

 

オーレリアの言葉にナギトは思考を巡らせる。《閃嵐の騎士》の名──すなわち英雄の存在。それは味方の希望、敵の絶望だ。

 

 

「そうですね。しかし所詮は偶像です。あくまで精神の拠り所でしかない」

 

 

英雄という偶像。しかしそれは単騎で戦局を覆せるだけの破格ではない。英雄が局地的な勝利を得たところで戦場全体で勝利しなければ意味は薄く、故に味方の戦意を高揚させる英雄の存在は大きい。

しかし、だ。

 

 

「兵士たちは誇りと忠誠を貴族連合に、命を将軍に預けています。現実的な戦場に英雄の居場所はない」

 

 

リィンのヴァリマールやクロウのオルディーネと違い、ナギトは──《閃嵐の騎士》は、偽物の英雄だ。結局のところ、そんなやつはいてもいなくても良い。いや、敗北した時のリスクを考えるとハリボテの英雄はいない方がいいかもしれない。

 

 

なんて考えるのも、ナギト自身が貴族連合の“英雄”として担がれている状況を良く思っていないからだろう。

幸いな事に実名報道されていないため、まだ取り返しはつくが、それでも相当な綱渡りをしている気分だった。

 

 

「なるほどな。それがそなたの理屈か。…それらしくなってきたものだ」

 

 

返すオーレリアの言葉は嫌味であった。確かに今のナギトの発言は貴族らしく迂遠な物言いだった。

以前オーレリアと会った時とは違う、不自然さのない貴族らしさとでも言うべきなのだろうか。

 

そんな指摘にナギトは返す言葉もなく。オーレリアは「ときにナギト」と話を転換させた。

 

 

「調子は戻ったか?」

 

 

「いえ、まだですね」

 

 

即答する。まだ当時の──5度目の特別実習でヴィクターと戦った際の感覚は戻らない。今はまだ頭で理解している術理を体で再現しているだけだ。

《剣鬼》の時の記憶が戻った事もあり、思い出した戦技も多く、言わば常に“鬼気解放”並の闘気を使えるようにはなったが、そこに感覚は付随しない。

 

 

「ふむ、そうか。前に会った時より研ぎ澄まされていると感じたものでな」

 

 

研ぎ澄ませているのだ。鉛筆をカッターナイフで研ぐように、神経を尖らせているのだ。

でなきゃ、この人外魔境のパンタグリュエルでやっていけない。この環境で気を抜けるほどナギトは成熟していないのだ。

 

それはある種、抜き身のナイフのような無様さではあったが、背に腹は変えられぬ保身でもあった。

 

 

「恐縮です」

 

 

そんな心中を吐露するわけにもいかず、ナギトは言葉少なに笑んだだけだ。そんなナギトを見て、オーレリアは、

 

 

「……どれ、ひとつ稽古でも───と、思ったが」

 

 

オーレリアが振り返ったドアが開け放たれ、兵士が入室する。そのまま片膝をついて報告した。

 

 

「報告します! 西部方面にて正規軍に動きあり!」

 

 

聞いたオーレリアはニヤリと笑い。

 

 

「どうやら鼠がかかったようだ」

 

 

「どういう事だね、オーレリア将軍」

 

 

その言葉を不可解に思ったのか、同じく話を聞いていたカイエン公がオーレリアに意味を尋ねた。

 

 

「なに、総参謀殿の罠ですよ。カイエン公…本当に私がわざわざ報告のためだけにパンタグリュエルに乗艦したとお思いか?」

 

 

どうやらオーレリアがパンタグリュエルに乗艦したのは西部戦線安定の報告のためではなく、オーレリアが西部を離れる事で生じる貴族連合の隙をエサに正規軍を釣り出すという作戦だったようだ。

 

 

「なに、ルーファスくんの?」

 

 

「ええ。前線にはウォレスを配置していますが、私もすぐに戻らねば。戦略的優位があるとは言え、大陸で勇名を轟かすエレボニア帝国正規軍が相手だ、油断はできないでしょう」

 

 

それも含めて貴族連合総参謀ルーファスの指示だったようで、ナギトとしてはこんな紙一重の作戦を実行する胆力に舌を巻く思いだ。

 

 

「ナギト、送ってくれるな?」

 

 

「え」

 

 

そして何やら、オーレリアからナギトに話があるようだった。

 

 

☆★

 

 

パンタグリュエルのデッキを出て、飛行艇の発着フロアに向かう道中、オーレリアは本題に入った。

 

 

「そなた、どういうつもりでここにいる?よもや本気で貴族派に未来を賭けたわけではあるまい」

 

 

「詳細は伏せますけど、仲間のためです」

 

 

わざわざ秘密の話をするくらいだ。外には漏らさないだろうと判断してナギトは言った。

ナギトを名指しし、且つ付いてこようとするリヴァルを「愛弟子との逢瀬を邪魔するな」と突き放してだ。

これでナギトの本音を探るための芝居だったらもう諦めるしかない。

 

 

「それがそなたの貴族連合に潜入している理由か。しかし機は誤らぬ事だ、この船はそう遠くない内に沈む」

 

 

「はっ、泥舟だと?」

 

 

「然りだ。総主催があれではな。頼りになる総参謀殿も腹に一物あると見える」

 

 

 

「………」

 

 

ナギトはオーレリアの慧眼に驚嘆する他なく、言葉を紡げない。

 

 

「今だから話すが、あのオルディスでのテロの際、あやつは私にこう言った──“テロリストは我が手の内のものだから、そうとはわからないよう追い払え”とな。まったく愚物にも程があろうというものだ」

 

 

ナギトらB班がオルディスでの実習の際に遭遇した《帝国解放戦線》によるテロ。オーレリアがカイエン公に呼び出されたため学生だけで動いていた時間があったが、そんな裏があったようだった。

 

 

「愚物、ですか」

 

 

「ああ。無能とは言わんが、統治者としての器がない」

 

 

オーレリアの忌憚のない厳しい評価にナギトも自然と背筋が伸びる。オーレリアが当主を務めるルグィン家は伯爵。その上に位置する公爵家の当主であるカイエン公をこうも貶めるとは、オーレリアも中々にご立腹の様子。

 

 

「…ふん、愚痴のようになっていたな」

 

 

「忘れろ」とオーレリアはため息をついた。

 

 

「しかし、やつのおかげで私は今、充実しているよ。我が剣がどこまで通用するのか、この巨大帝国で試せている」

 

 

「剛毅な事です」

 

 

「ふ、諌めるような言い口だな? 確かにやや不謹慎な自覚はある」

 

 

「…いえ、それも現代倫理によるものです。戦場は武功を立てる絶好の機会ですから」

 

 

戦場を知らない者と平和を知らない者の価値観は違う。そのどちらもを体験したナギトの価値観はオーレリアのそれと似通っていた。

 

言葉にせずとも伝わる命の尊さと儚さ。その価値を認めた上で、救い奪う傲慢を、しかしそれを感じさせない高潔と醜悪を。

 

 

小難しい顔をしたナギトを見てオーレリアは笑う。視界の先に飛空艇が映った。

 

 

「では今日はここまでだな。次に会う時までに感覚を取り戻しておく事だ。……私は今、武人としてのそなたに興味がある」

 

 

「光栄です、我が恩師。武運を祈ります」

 

 

飛空艇に乗り込むオーレリアを見送る。やがてオーレリアを乗せた飛空艇はパンタグリュエルから出発していく。

 

大空に飛び立ったそれと入れ替わるようにして、一艘の飛空艇がパンタグリュエルの発着所に停泊した。

 

いつのまにか《神速》のデュバリィがそれを迎えるように準備しており、ナギトはまさかと思った。

 

 

「出迎えありがとう、デュバリィ。おや、ナギト・シュバルツァーではありませんか」

 

 

飛空艇から現れたのは《鋼の聖女》と名乗った至高の武人、アリアンロードだった。

 

それに戦慄するナギト。彼女の存在にもそうだが、《聖女》に対抗心を燃やす《黄金の羅刹》とニアミスした事実に、心底ホッとしたし残念にも感じた。

 

 

「……ふむ、少しお茶でもどうでしょう?」

 

 

そして、その提案に長い1日はまだ終わらないと、ナギトは覚悟を決めたのだった。

 

 

☆★

 

 

「あなたが今ここにいるという事は、クロスベルの方は一段落したんですか?もっと遅くなると思ってたんですけど」

 

 

パンタグリュエルでデュバリィに貸し与えられた客室にて小規模ながらお茶会は開かれていた。

参加者は4名。ナギトとその監視のリヴァル、アリアンロードと従者のデュバリィ。

リヴァルとデュバリィが紅茶を用意したが、思ったより手際が良くて驚いたのは秘密だ。

 

お茶会のため当然兜面を外したアリアンロードだったが、その顔は綺麗だとか玲瓏だとか、そんな月並みな感想しか出ないほど整ったものであった。

 

 

「いえ、あくまで一息吐く暇ができた、というだけです。盟主からの頼みもありますし、またすぐにクロスベルに戻ります」

 

 

一息吐く暇。確かに今、物語は動かない期間だ。世界の時間は進むが、主人公を欠く間隙だ。

 

 

「私が帝国入りしたのはデュバリィの顔を見に来たのと……あなたに会うためです、ナギト・シュバルツァー」

 

 

「俺に、ですか」

 

 

「ええ。デュバリィから記憶が戻ったと聞きました。《剣鬼》の間の記憶だけ、取り戻したと」

 

 

アリアンロードの話にナギトはデュバリィに視線を向ける。

 

 

「クロウ・アームブラストから聞きました。彼、けっこうあちこちで言いふらしてますわよ」

 

 

「マジかあいつ。別に口止めはしてねえけどさ」

 

 

 

ナギトはクロウの過去を聞き出す代わりに、《剣鬼》当時の記憶を取り戻した事をクロウに話していた。

自らが《剣鬼》と呼ばれるようになる事件から、ユミル渓谷でクロウとオルディーネにやられるまでの間の記憶。その内容までを。

 

 

「その様子だと、未だ剣力は戻っていないようですね。かつてレオンハルトと対峙した時ほどの力は失ったままですか」

 

 

「そうですね……ぼちぼち取り戻しつつはあるんですが」

 

 

「そうでしたか。彼が言っていました…自分より強かった、と」

 

 

レオンハルト──《剣鬼》が唯一敗北した人間。戦いの記憶においては実力は伍していたが、結局は負けてしまった。

 

 

「あの《剣帝》がですか?」

 

 

その事実が以外だったのかデュバリィがアリアンロードに聞き直す。

 

 

「ええ。《剣帝》レオンハルト…福音計画で命を落とした彼が、です」

 

 

命を落とした。そうはっきりと言葉として受け取って、ようやく腑に落ちる。もうリベンジマッチの機会はないのだと。

 

 

「しかし、俺は負けました」

 

 

「勝敗と強弱の因果関係はとても強い。ですが絶対ではありません。そのような事、あなたなら言われずともわかっているでしょう?」

 

 

強いから勝った。弱いから負けた。それは当然の摂理。強くても負ける。弱くても勝つ。それもまた当然の摂理だった。

 

 

「…はい」

 

 

ナギトの返事を見届けたアリアンロードは「して」と続けた。

 

 

「その後、どうですか。あの一刀……自在に扱えるようになっているのなら驚きますが」

 

 

話題は転換された。アリアンロードの言う“あの一刀”とは、レグラムでの実習の際にローエングリン城でアリアンロードと対決した際に振った一太刀の事だろう。

 

 

「正直まったく駄目ですね。あの時は朦朧としてましたし、あの感覚を常に体が追い求めるものだから、他の戦技の感覚がおかしくなる始末でして」

 

 

「未熟ですわね。例え感覚を失っても戦技は放てるようでなくては」

 

 

「ええ。なのでその後術理を頭で理解して、今は何とか戦えるレベルまで持ち直しました」

 

 

情けないナギトに苦言を呈したデュバリィだったが、続く立て直しの早さに「ぐぬぬ」と唸る。

 

 

「そうですか……あの一刀、驚くべき技でした。いや、技ですらないのかもしれませんが」

 

 

技ですらない───アリアンロードのその理解に、ナギトは頷く。

 

 

「はい、あれは技ではなく、それ以前のもの。故に後に派生する技のすべてを内包し、故にすべてに勝る。なので威力や防御力なんて概念すら、あの一太刀の前には何の意味もない」

 

 

それが、ナギトのあの一刀に対する理解だ。きっとそれこそ《剣仙》ユン・カーファイが目指した境地。

 

技は無限。しかし始まりはひとつ。

故に始まりのひとつは無限そのものである。

 

そういった屁理屈じみた理不尽だ。

 

 

「聞いていればいかにも傲慢な言い方ですわね……あの一刀は私も見ていました。見事とは思いますが、それほど大した代物とは思えません」

 

 

アリアンロードはナギトの言葉を咀嚼するために黙し、デュバリィは噛み付く。

 

 

「はは。確かに大言壮語でしたね。しかしまあ、今のは理想理論。現実はもっとしょっぱいかもだし、俺もまだ未熟です」

 

 

ナギトの、あの一刀に対する理解はあくまで幻想だ。そうであったらいいな、程度のもの。

 

 

「あなたが成熟する時が楽しみですよ、ナギト。果てなき道の果て──いえ、果てなき道の根源に至る日が」

 

 

未熟だと卑下したナギトにアリアンロードが発破をかける。未熟なら成熟すれば良いと。その結果が楽しみだと。

 

 

「恐縮です」

 

 

ナギトはそれを受け入れた。今日は“恐縮”だの“光栄”だの言う機会が多い事に少し笑いそうになる。

 

話が一段落した所で皆が一口紅茶を飲んだ。「ふぅ」と一息ついて、アリアンロードは再びナギトに話しかける。

 

 

「ところでひとつ聞きたいのですが。レオンハルトと戦った際に見せたという戦技──確か“大刀錬”と聞き及んでいますが、あれはどういった仕組みで斬撃を多重化していたのですか?」

 

 

恐るべき事にレオンハルトはあの戦いの最中に《剣鬼》の技の性質を見抜いていたらしい。それをアリアンロードに伝え、今こうしてナギトが尋ねられているわけだ。

 

 

「ん〜、あれは…剣に常に闘気を送って、刃から斬撃を断続的に発生させる技でして。言わば剣をタンクにして蛇口を連続で開閉させるみたいなもので……」

 

 

という感じで剣談義、もとい武の談義は始まり───、いつの間にかナギトはデュバリィと試合をする事になったのだった。

 

 

☆★

 

 

パンタグリュエルの甲板で向かい合うナギトとデュバリィ。

上空を飛ぶパンタグリュエル、頬を撫ぜる風がぴりぴりと灼けついて感じられるほどの緊張感をナギトは覚えていた。

 

 

しかしそれはおくびにも出さず、太刀を鞘から引き抜いて構えた。

 

周囲にはどこで聞き及んだのか見物客がいる。ブルブランにマクバーン、ヴァルカンにスカーレットにリヴァル、アルティナにカイエン公と、解説には豪華な面子だ。この試合の発案者であるアリアンロードも一緒だ。

 

西風の連中やクロウは前線に出ているためいない。

 

そもそもこの試合は「思ったより武に対する造詣が深いようですね。デュバリィ、彼と立ち合ってみませんか、きっと得るものがあるでしょう」というアリアンロードの無茶振りからだ。

特にナギトにはメリットの提示されない試合だったが、「これに応じてくれるのなら、試合後にあなたの改善点を教えてあげましょう」と、これまたアリアンロードの言葉でメリットも挙げられ、退路はなくなったわけだ。

 

 

軽く呼吸をして、スイッチを入れる。眼前の相手──《神速》のデュバリィ。結社《身喰らう蛇》《鉄機隊》筆頭隊士。大層な肩書きだが、それに見合うだけの風格は感じられる。

 

そのいでたちはかつて湖畔の城で出会った時と同じ戦乙女装束だ。右手には剣、左手には盾を構える隙のない戦闘スタイル。

 

はてさてどう攻略するか──、考えがまとまらない内に「始め!」とアリアンロードの合図が降った。

 

 

「行きます──」

 

 

たん、とステップを踏むような気軽さで、

 

 

「──わよっ!」

 

 

デュバリィは距離を潰す。

 

 

振られる剣をスウェーで避け、そのままバックステップで距離を取る。

退がるナギトの顔には貼り付けた笑み──、軽い踏み込みでナギトの疾風ほどのスピード。《神速》の渾名は伊達ではないらしい。

 

 

「せぇい!」

 

 

デュバリィはそのまま一歩踏み込み、剣に炎が灯った。豪炎剣。

 

「づっ!」

 

振り回された剣がナギトの表皮を焦がす。普段なら退がるナギトだが、ここはあえて踏み込んだ。

 

 

「疾風!」

 

 

交わる視線。受け止められる斬撃。死に体と思ったが、とんだ勘違い。やはりデュバリィはナギトより格上だ。

 

 

「九十九疾風──!」

 

 

続く攻撃は、敵を尽滅するまで止まらぬ疾風の連続。

 

しかし──

 

 

「遅いですわ──!」

 

 

残像を残す速度で駆けるナギトに追いつくデュバリィ。疾風で繰り出す斬撃のすべてに対応しつつ反撃さえしてみせた。

 

疾風の速度を《神速》が力強く弾き返す。空中で体勢を整えて何とか着地。

その着地を狩るべく肉薄するデュバリィに、

 

 

「破空!」

 

 

近づくな!の破空をかます。

放たれた爆圧にはさしものデュバリィも逆らわず後退する。

 

一息つく合間、デュバリィは剣の切先をナギトに向けた。

 

「その程度ですか?あの《剣帝》が認めたという実力とは到底思えませんが」

 

 

挑発するような口調に「はっ」とため息か笑みかわからぬ息が漏れる。

 

 

「手厳しい事で。……うーん」

 

 

何か二の句を継ごうと考えたが、どうしても言い訳臭くなるし、なんだったら相手の警戒を促す事にもなる。

ならば黙った方が良いと結論して、太刀を構え直す。

 

 

「鬼気解放───、とりあえず負けるのは嫌なんで蛇口全開しますけど、そっちは手加減よろぴです」

 

 

瞬間、ナギトの全身から溢れ出す闘気。緋色のそれは血を思わせ、《剣鬼》の異名を想起させる。

 

 

「無茶苦茶言いますわね、この──ッ!?」

 

 

濃密な闘気──気配はそのままに分身に先行させる。

 

 

「疾風・双」

 

 

それに初めて、デュバリィの反応が遅れた。しかしさすがは《神速》と言うべきか、それでも分け身の一撃を盾で防いでいる。

 

だが、それだけだ。続くナギト本人の疾風には対応できず、すれ違い様に脇腹を打ち据えられた。

 

「ぐっ」と唸るデュバリィにナギトは追撃する。疾風の勢いのまま飛び上がり──

 

 

「孤影燎原」

 

 

斬撃の雨を降らせる。デュバリィはナギトの分け身を素早く切り消すと、盾で斬撃の雨を防ぐ。

 

 

「龍炎撃」

 

 

その最後に放たれる龍炎さえ盾で防いで見せたが、拡散する炎で視界は塞がれた。

 

 

「小癪な!」

 

 

デュバリィは瞬時に分け身を2体つくりだすと、それぞれ豪炎剣、劫氷剣、剛雷剣を繰り出した。上下左右前後、すべてに対応する攻撃性の防御だった。

 

しかし手応えはなく───、

 

 

「剣鬼七式、外ノ太刀──」

 

 

晴れた爆炎の向こうには、掌に闘気を集約させるナギトの姿。

 

 

「──衝刀練!」

 

 

投げ放たれるは小刀三本。デュバリィはそれを分け身ともに打ち消して、

 

分け身はそれで消え去る。《剣帝》に教わった分け身だが、彼ほどの精度ではない。

 

 

そして次の瞬間、デュバリィの手から剣が弾かれた。今この時、ナギトは何もしていない。それなのにデュバリィの右手から確かに剣は弾き飛ばされた。

 

「なっ」と驚くデュバリィに、ナギトは最速で距離を詰める。

 

 

「迅雷──!」

 

 

首筋に太刀を置く。それでこの試合は決着となった。

 

 

「うぐぐ……負けを認めます、ナギト・シュバルツァー……」

 

 

悔しさを滲ませ……もとい、前面に押し出しつつもデュバリィもそれを認める。

 

観客もまた勝者への賛辞を惜しまず、ナギトはそれでようやく緊張を解いて太刀を納めた。

 

「おつかれ」と飲み物を差し出したのはリヴァル。ナギトは「さんきゅ」と受け取って一気に呷った。同時にデュバリィにはアリアンロードが声をかけている。

 

 

「デュバリィ、此度の敗因はわかりますね?」

 

 

「はい、マスター。私が彼の…ナギト・シュバルツァーの実力を見誤りました」

 

 

「その通りです。そしてそれは彼の狙い通りだった。……そうですね、ナギト?」

 

 

話を振られたナギトは内心で唸る。この面子に自らの勝因を語らせられるのは中々に恥ずかしいものがある。

 

 

「そうですね…、まあ意図的にスピードは抑えてました。最初の攻防で、速さじゃ敵わないと思ったので」

 

 

「ゆえにあなたは自らのスピードを制限して戦った。……すべては最後の一瞬、相手の隙を突くために」

 

 

セリフを奪うアリアンロードの言葉はまさしくナギトの狙いを言い当てたものだった。お見通しというやつだ。

ナギトは肩を竦めてそれを表し、デュバリィは悔しそうに眉根を寄せた。

 

ややあってデュバリィは未だ悔しさを滲ませながらも「見事でした」と言う。

 

 

「あなたが未だ《剣鬼》と呼ばれたかつての力を取り戻していない事はわかっていました。それでもなお私から一本取るほどの実力……いえ、戦いに対する姿勢とでも言いましょうか…、とにかく勉強になりました」

 

 

次いで握手を求めるデュバリィにナギトも間髪入れずに応じる。

 

 

「いえ、こちらこそ。格上に対する立ち回りを学ばせてもらいました」

 

 

嫌味っぽくなったが、デュバリィの事だし素直に受け取ってくれるだろうと思ってナギトは発言する。

 

そう、デュバリィは素直なのだ。良くも悪くも。元の性根がそうなのか、それがさっきの試合では裏目に出たと言えよう。技の繰り出し方が単調なのだ、動きが読み易いとも言えた。

 

だから“隙を突く”なんて事ができたのだ。もしデュバリィがこれほど素直でなければナギトは負けていたはずだ。なにせまだデュバリィは全力を──全速を出していなかった。

 

 

固い握手を終え、デュバリィが「こほん」と咳払いする。

 

 

「ところでシュバルツァー、私の剣を弾いたのは何でしたの?何かされたようには思えませんでしたが」

 

 

それはデュバリィの隙が生まれた原因──あの瞬間、デュバリィの右手から剣が弾き飛ばされた理由だ。

 

 

「何もない所に衝撃が生まれて私の手から剣は弾かれました。あれのタネを教えてくださいな」

 

 

デュバリィはそれをナギトの戦技によるものだと確信している。そうじゃなきゃ、あそこで生じた刹那の隙を突く事なんてできるはずがないからだ。

 

 

「“衝刀練”って戦技でして。直前に小刀を投げたでしょう?」

 

 

「ええ。剣で弾いたら消えましたわね。闘気を固めてつくったものでしょう。あれに目眩し以上の意味があったと?」

 

 

「はい。あの展開だとデュバリィさんは“避ける”より“防ぐ”を選択すると思ったので……あれは、当たった箇所に遅れて衝撃を発生する技です」

 

 

デュバリィは説明を受けて更に驚嘆する。“衝刀練”という戦技にではなく、その時点から自分の行動をコントロールされていたという点に対してだ。

 

 

「なるほど、遅れて衝撃を……色々と思いつくものですね」

 

 

「はっは、そうでもしないと勝てないバトルが多過ぎましてね。ホントは衝撃じゃなくて斬撃を発生させたいんですけど修行不足ですな!」

 

 

 

衝刀練は本来、闘気で形作った小刀が当たった箇所に遅れて斬撃を発生させるのを目的とした戦技だ。

今はまだそれはできず、笑ってはいるが力不足を体感しているナギトだった。

 

 

快活に笑うナギトにデュバリィは何とも言えない感情を抱く。そんな風に難しい顔をするデュバリィの前にアリアンロードが立った。

 

 

「では約束を果たしましょう」

 

 

約束と聞いてナギトは自らがこの試合に応じた理由を思い出す。アリアンロードからアドバイスがもらえるのだ。

 

 

「タンクと蛇口の話はしましたね?」

 

 

「はい」とナギト。タンクとは闘気が貯まる己という器。蛇口とはそれを解放するもの。己の肉体か太刀。

 

 

「あなたの剣はゼムリアストーン製ですね。粗いつくりですが、強度は信用してもいいでしょう」

 

 

ナギトの扱う太刀はかつて《剣鬼》が共和国で入手したものだ。ゼムリアストーンの加工法が確立されたのは1202年。それ以前の品のため、つくりは粗い。しかしアリアンロードが言う通り、強度は大陸最硬度のゼムリアストーンの名に恥じないものだ。

 

 

「あなたは戦闘中、何度も武器に闘気を流しては解放していますね。それは剣そのものを一時的にタンクにするのと同じ事です」

 

 

武器に闘気を流し、放つ。それは戦技の基本だ。確かにそれは剣を闘気のタンクにしているのと同義。

 

 

「どうしてそれを常からやらぬのです」

 

 

 

そして、その言葉に戦慄する。

 

常に行う。太刀を闘気のタンクとする事を。

 

その意味を考えて、冷や汗すら滲む思いだ。

 

 

 

「…それって、難しくないですか?」

 

 

なにせそれは、常に“破空”待機状態を保つような暴挙だ。気が緩んだ瞬間に闘気大暴発でナギトの五体が不満足になる可能性すらあった。

 

 

「だからこそやる価値があるのでしょう」

 

 

そんなナギトの懸念を理解してなお艶然と、不敵に微笑むアリアンロード。

ナギトは観念して「ご助言感謝します」と低頭した。

 

 

「ええ。それを続ければ、いずれその鈍も業物へと成るでしょう」

 

 

アリアンロードが踵を返し──、「忘れるところでした」と振り返る。ナギトにではなく、その隣にいるリヴァルに向けてだ。

 

 

 

 

「あなたがリヴァル・アルヴァンスですね」

 

 

リヴァルは一瞬鋭い眼光を放つが、すぐにそれを引っ込めて「ええ」と返す。

 

 

「復讐を成し遂げたいのなら、己を偽らぬ事です」

 

 

アリアンロードはそれだけ言うと、デュバリィを引き連れて今度こそ甲板を離れていく。試合を見ていた者たちもまばらに去っていく。

 

蒼穹を臨むパンダグリュエルにナギトとリヴァルの2人を残して。

 

“リヴァル・アルヴァンス”───その名が持つ意味を、ナギトは未だ知らぬままに。

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