11月30日。パンタグリュエル船内、貸し与えられた客室でリヴァルとカードゲーム“ブレード”に興じるナギトの元にある一報が届けられた。
それはエリゼ・シュバルツァーとアルフィン・ライゼ・アルノールの身柄を貴族連合が押さえたという事実だ。
「……そうか」
長く息を吐いて瞼を落とす。
「お前の妹分の方はカレル離宮に送られたそうだ。んで皇女殿下サマは今この艦にいるぜ」
それをナギトに伝えたのはクロウだった。「驚かねーんだな」と続けて椅子に座る。
もう11月も末。内戦が始まっておよそ1ヶ月が経過している。物語が動き始める時期に突入したのだ。
「貴族連合は帝都を中心に帝国の約6割を掌握してる。こうなるのも時間の問題だった」
「ま、正規軍の庇護下に逃げられる前に捕まえられて良かった…ってのがカイエン公のオッサンの本音だろうな」
皇帝と皇太子を軟禁している貴族連合としては、皇女の身柄は是が非でも押さえておきたいはずだ。
もし正規軍に保護され、貴族連合の非道を説かれでもしたら、この内戦──クーデターの正当性がなくなる。
格マスコミを押さえているとは言え、この専制君主国家では皇族の発言力が大き過ぎるものがある。そういった意味で、行方知れずの皇族の残り1人──皇子オリヴァルトに対しても捜索命令が出されていた。
「誰がやった?どこで捕まえたんだ?」
リヴァルがクロウに問いただす。
「やったのはこの艦にいるチビ兎──アルティナだ。ユミルの郷で捕らえたらしいが、猟兵が郷を襲ったどさくさ紛れだったようだぜ」
それはナギトにとって既知の情報だったにも関わらず、こうして耳にすると心臓が重くなった感覚を覚えた。
ナギトがシュバルツァー家に迎え入れられてから一年余り世話になった人たちの顔が思い浮かぶのだ。
そんな沈鬱な顔のナギトにクロウは提案した。
「さっきも言ったがお姫様はこの艦の貴賓室にいるぜ。ナギト……会って来たらどうだ?」
「今更どのツラ下げて…だろ」
「はっ、甘ったれた事を。お前まだ嫌われる覚悟ができてねーのかよ」
クロウの言葉が胸に突き刺さる。嫌われる覚悟。ナギトは今現在、貴族連合に従っている。言わば内戦を起こし、帝国を混乱に陥れた側の人間だ。
それによって被害を受けた者に対して、とりわけ知己に対して、会う事を躊躇っている。軽蔑された目で見られるのが怖いのだと、ナギトは実感した。
「…せめて顔を見せるのが最低限の義理ってもんか」
しかしその恐怖を抑え込んででも、ナギトはアルフィンに会うべき義理があると考えた。
そう決めるとすぐに立ち上がったナギトはクロウに礼だけ言うと貴賓室に向かった。
客室よりなお豪奢な装飾の施された貴賓室の扉をノックする。
「どちらさまですか?」
室内からは可憐な声。ほんの少し逡巡して、ナギトは名乗った。一拍の間があり、入室を許可される。
監視役としてついて来ていたリヴァルに目配せした。
「ここで待つ」
そう言ったリヴァルに頷いてナギトは入室する。
真紅のドレス、金砂の髪、海色の瞳。帝国の至宝、その片割れたる皇女アルフィンがそこにはいた。
「お久しぶりです、アルフィン皇女殿下」
ナギトは貴族然とした礼をして顔を上げる。
「ええ、お久しぶりですね。ナギトさん、どうしてこちらに?」
冷たい声音だった。アルフィンにはどうやらナギトがパンタグリュエルに乗っている理由がすでに見当がついているようだ。
しかしナギトはめげずに、いつもの態度を貫き通す。
「そりゃまあ俺が貴族連合に与してるからですよ」
あっけらかんと言い放つナギトにアルフィンは険しい顔を見せる。
リィンを始めとしたⅦ組メンバーは各地で奮闘しているだろうに、この男だけ裏切っているのだから当然だ。
「殿下、皺が寄ってますよ」
とナギトは眉間を叩いて見せる。アルフィンはため息を吐くと寄せていた眉根を緩めた。ナギトの様子がどこまでも記憶と一致したからだ。ふざけているのかふざけていないのか判然としない態度、それで周囲を煙に巻いたり巻き込んだり。
「どうしてです?」
率直に聞く謎は、ナギトがどうして貴族連合の側に立っているのか。
「それは答えられませんな」
しかしナギトは悩むまでもなく即答した。答えられない、と。それは後ろめたい事があるからか、迂闊には話せない深謀遠慮があるからか、アルフィンの目では見抜けなかった。
「その代わり」とナギトは続ける。
「──逃がしてあげましょうか?」
その言葉に思考が灼かれた。叫びそうになって、それを押し留めて深く呼吸する。
声のボリュームを一段下げてアルフィンは確認した。
「できるのですか?」
「可能か不可能かで言えば可能です。相当やばい逃避行になるのは間違いないですが」
淡々と起伏なく伝える──わけではない。いつも通り、アルフィンが知っている通りの様子のナギトだからこそ恐怖さえ覚えた。
「どうして…?」
そこまでやってくれるのか。アルフィンは自らの立場を理解している。皇族──帝国で最も尊い血筋である自分の存在は例え賊軍であっても正当性を主張できる程に強い。
そんな影響力を持つアルフィンを逃がす──それはナギトにとって、これまで貴族連合で築いてきた全てを台無しにして余りある咎になるはずだ。
「学院祭……、後夜祭で発破かけてくれた時の礼がまだだったと思いましてね」
今度の問いには普通に答えたナギト。思い返したアルフィンは「そんな事で」と呟いた。
ナギトは懐かしげに微笑むだけでアルフィンの葛藤と苦悩を慮らない。
俯いていたアルフィンはやがて顔をあげてナギトをキッと見据えた。
「いいえ、結構です」
そうしてナギトの提案を跳ね除けた。きっとこれで正しいのだと思う事にした。
「……そうですか」
ナギトはほんの少しだけ残念そうに笑って。そして、互いが黙る一拍の間。
「リィンさんから聞いた通りですね、ナギトさんは」
「…そういやユミルにいたとか。リィンから何か悪口でも聞きましたか」
「悪口なんて。……うーん、よく考えればあれって悪口だったのかしら?」
可愛らしげに首を傾げるアルフィン。2人の間の雰囲気は弛緩し、会話は雑談然としてきた。
そうしてナギトは兄貴分について思いを馳せる。
☆★
そうしてリィンは兄貴分について思いを馳せる。
心配だった。Ⅶ組全員の安否もそうだが、クロウとオルディーネに敗れたリィンを逃がすために、《蒼の騎神》に立ち塞がったナギトの言葉が頭から離れない。
──「だからもう、俺のお守りは必要ないよな」
──「だからリィン──俺のその信頼を裏切るなよ?」
「死ぬつもりはない」とは言っていたが、合流したマキアス、エリオット、フィーから聞いた話では、あの後──《紅き翼》の救援のおかげでオルディーネから逃げおおせた際に、ナギトだけ単独で動いていたという。
本来なら一番心配がいらないはずなのに、一番心配してしまうムーブを平然とするのもナギトらしくはあるものの。
ナギトは、傲慢で危うい。
Ⅶ組メンバーからもたびたび指摘されていたが、ナギトは他人の問題に首を突っ込む割に自分の問題には人を関わらせようとしない。
ナギトが聞いたら「なにそれ自己紹介してんのリィン」と返す事間違いなしだが、リィンは実際そう感じていた。
トールズに入学してからも自分は助けられるばかりで、ナギトの助けになれた事なんてない。
そんな思考をしたのは、眼前の敵にナギトの影を見たからだ。
12月1日。
この日、《灰の騎神》と《閃嵐の騎士》が相見える事となった。
リィン・シュバルツァーは騎神の機能である“精霊の道”を使い、トヴァル・ランドナーと共にユミルからルナリア自然公園へと空間を跳躍した。
そしてケルディックの外れでマキアスとエリオット、フィーと再会を果たし、そのままガレリア要塞へと向かった。
しかしガレリア要塞跡地でリィンたちを出迎えたのは《西風の旅団》の連隊長2人、《罠使い》ゼノと《破壊獣》レオニダスだった。
フィーの古巣でもある《西風の旅団》は大陸西部でも《赤い星座》と双璧を成す最強格。その連隊長を相手に互角の戦いを繰り広げたリィンたちの目の前に現れたのは機甲兵。
ガレリア要塞跡地を拠点とする第四機甲師団を撃滅しに来た機甲兵部隊だった。そんな機甲兵を相手にリィンは《灰の騎神》ヴァリマールを呼び出し応戦する。
機甲兵部隊が《灰の騎神》に手こずっている間に第四機甲師団は陽動の部隊を撃破してガレリア要塞跡地に帰還───ヴァリマールと共に機甲兵部隊と対峙した。
空に影が走る。陽光が遮られた一瞬。
「避けろよー」
そんな間延びした声と共に強襲艇から降下したのは全身を白く染めた機甲兵。そのプロトタイプ。
機甲兵プロトタイプ──プロトは降下際に近くの柱を斬りつけた。その斬撃から辛くも逃れたのは水色の髪を揺らす鉄道憲兵隊将校のクレア・リーヴェルトだ。
彼女は機甲兵部隊の指揮官の乗るシュピーゲルのメインカメラを狙撃しようとしていて、それをプロトに阻止されたのだ。
着地したプロトは悠々とヴァリマールに向き直る。その外見、威容はオルディーネを想起させた。
その周囲に続々と機甲兵が降下、着地していく。あっという間に部隊が揃った。この部隊こそが帝国各地で活躍する《閃嵐の騎士》の部隊だった。
「──リヴァル」
「わかっている」
「まだ手は出すなよ」
「ああ」
プロトは横のシュピーゲルに短く指示を出すと、先にクレアに忠告した時と同じように、ボイスチェンジャーをオンにして話しかけた。
「灰色の騎士よ、決闘がしたい」
「……なに…………?」
その発言の意図を理解できないのは刀の切先を向けられたリィンだけではない。《氷の乙女》と呼ばれる演算機並みの頭脳を持つクレアも、《紅毛のクレイグ》と呼ばれる第四機甲師団の長オーラフも、《零駆動》と呼ばれる遊撃士協会のトヴァルですら、理解できていない。
その意図を察したのは高みの見物を決め込んでいるゼノとレオニダスだけだった。《閃嵐の騎士》の正体、リィンとの関係性、猟兵としての思考回路が、プロトの操縦者──ナギトの意図を見抜いていた。
「戦力は五分、戦闘が始まればお友達が巻き込まれるのは避けられず、ここで多くの死者が出る事も間違いないだろう。しかし……」
「お前との決闘に乗れば避けられる…とでも言うつもりか!? 帝都をあんな形で乗っ取っておいて…貴族連合の言い分なんて信じられるわけがないだろう!」
「だったらどうする…ここで全面戦争か? わかっているのか、決闘に乗れば少なくともお友達を逃がす時間はつくれるぞ」
決闘を拒否したリィンに《閃嵐の騎士》は折れずに決闘を持ちかける。その言葉にはさすがのリィンも視界の端に同行者の姿を捉えた。
「……いいだろう。賭けるものはなんだ?」
少しの沈黙の後、リィンは決闘を受けた。
口を挟みたいオーラフも強襲艇から着地した機甲兵部隊の事は知っており、牽制されていては動けなかった。
「誇りやプライドじゃダメか?……くく、冗談だ」
リィンの視線がキツくなったのを察したのか《閃嵐の騎士》はモニターを前に苦笑する。
「俺が勝ったら…そうだな、その機体をもらおうか。……知っているぞ、それは貴族連合の英雄《蒼の騎士》の駆る《蒼の騎神》と同型機だろう」
「──わかった。俺が勝ったら、ここの部隊を引き上げてもらうが、構わないな!」
《閃嵐の騎士》のふっかけに、しかしリィンは動じない。それどころか逆に相手を気押すほどの闘気を漲らせている。
「……騎士殿」
そのリィンの要求に、機甲兵部隊の指揮官は苦言を呈したくなる。そんな要求が通れば、今回の作戦は失敗になる。そう思って《閃嵐の騎士》の名を呼ぶが、
「まあまあ指揮官殿、ここは私に任せて下さい」
軽々に言う白色の機体に荒げた声を発しかけて──
「それとも、英雄の言葉を信じられないと?」
そんな、圧を持った発言に封殺される。
そうして、第四機甲師団の指揮官と機甲兵部隊の指揮官は沈黙し、《閃嵐の騎士》と《灰の騎神》は向き直った。
戦闘が始まる前、クレアがヴァリマールに駆け寄って来た。
「注意してください! 相手はおそらく《閃嵐の騎士》──この内戦で正規軍を何度も打ち破った貴族連合の英雄です!」
「………──わかりました!クレア大尉は退がっていてください!」
クレアが退がり、トヴァルやⅦ組メンバーと共に観戦の構えに入る。マキアスらⅦ組の面子は「リィンが戦うのに僕たちが逃げられるか!」という理屈で退避を拒否していた。
ヴァリマールが構えたのを見て、プロトも構える。武器は機甲兵用ブレードを改造した太刀と左腕部を覆う細身の盾だ。
ヴァリマールの武装は機甲兵ドラッケンから奪った機甲兵用ブレードのみだったが、負ける気はさらさらない。
やがて、呼吸の合致を理解したのか。何の合図もなく戦闘は開始され、先手を打ったのはリィンだった。
「はああああっ!」
騎神脚部のブースターが火を噴き、瞬時に距離を詰める。そこから放たれる八葉一刀流の鋭い袈裟斬り───
「甘い」
それを左腕の盾で力強く弾き返す。ブレードを取りこぼしこそしていないものの、ヴァリマールの体勢は大きく崩れる。
プロトは回転切りを繰り出し、ヴァリマールはそれを受けて大きく後退した。
「ぐっ……」
「は、さすがに装甲は硬いな。だが……」
今度はプロトが攻める。膝をつくヴァリマールに振り下ろしの一撃。
「ッ……!」
それをヴァリマールはブレードで受け止めるが、押さえ込まれるようなポジショニングになっていた。
「まだ騎神戦には慣れてない。もっと気を使え、生身じゃないんだぞ」
「…っ余計な…お世話だ!」
リィンは叫ぶと同時に背面のブースターを点火。空に登る勢いで霊力を放出してプロトを弾き返した。
騎神の恐るべきパワーに弾き飛ばされたプロトもまた背面のユニットを起動して危なげなく着地する。新しく開発された滑空ユニットで飛行とはいかないものの、滑空や大ジャンプくらいはできるようになっていた。
ヴァリマールは立ち上がり、プロトもまた悠々と構える。仕切り直しだ。
しかし今度はリィンは動かない。考え得る限り、最高の初撃だった。またあのパリィで体勢を崩されては敵わない。
「戦場で迷いを見せるな、有角の若獅子」
そんなリィンを見抜いたのか、忠告じみた言葉とともに次はプロトから仕掛けた。
振るわれた太刀から弧状の斬撃が飛来する。それをブレードで打ち消したリィンは眼前に迫る白い機体を見た。次いで放たれる袈裟斬りを紙一重で躱し、八葉一刀流、五の型“残月”でカウンター。
しかしそのカウンターをするりと避けると、プロトもまた反撃の居合斬り──残月。
今度もまた防げずに後退するヴァリマールに追撃するプロト。鋭い斬撃、瞬間二振り──閃光斬。
致命の一撃はブレードで受けたヴァリマールだったが、勢いに負けてブレードはその手から弾き飛ばされてしまった。
両膝を地に、崩れ落ちるヴァリマールの眼前に太刀を突きつけて、
「俺の───」
勝利宣言を行う、まさにその時。
響く轟音。飛来する砲撃はヴァリマールとプロトの中間を引き裂く軌道。
誰もが機甲兵のバトルに気を取られていて、反応できなかったそれは、第四機甲師団の駆る戦車アハツェンによるものだった。
「ええい、黙って見てはおられん!決闘を邪魔するのは帝国流ではないが──息子の級友、守らせてもらうぞ!」
放たれた砲弾は後退する事で避けたプロト。そのコックピットで《閃嵐の騎士》は自身の部隊の副隊長の名を呼んだ。
「リヴァル?」
「すまん、決闘に見惚れてた」
「このあほ」
どんどん放たれるアハツェンの砲撃に晒されながら、強襲部隊の隊長副隊長は軽快なやり取りを交わす。
「どうする?」
「んー」と《閃嵐の騎士》が悩む一瞬で、クレアが先程しくじった仕事を果たした。機甲兵部隊指揮官の乗るシュピーゲルのカメラを撃ち抜いたのだ。
「こうなれば後詰めの部隊も投入して──」と言っていた指揮官は視界の消失に慌てている。
そこに《閃嵐の騎士》が無線で通信を繋いだ。
「指揮官殿、撤退しましょう」
「しかし騎士殿、それでは作戦失敗です!後詰めの部隊を投入すれば戦力は互角以上に持ち込めます!」
「陽動部隊を瞬殺した第四相手じゃ後詰めを投入してもせいぜい互角です。それに……いいんですよ、この作戦は失敗するように練られている」
「え?」と驚く指揮官に《閃嵐の騎士》は記憶を想起させる。
このガレリア要塞攻略戦はルーファスが考案したものだ。作戦自体は単純で、陽動部隊がガレリア要塞の第四機甲師団を引き付けている間に本命の機甲兵部隊がガレリア要塞を占拠、第四機甲師団の補給を断ち、陽動部隊と挟撃するというもの。
戦力そのものは充分に思えた。相手が正規軍最強とされる第四機甲師団でなければだが。
その点まで踏まえて《閃嵐の騎士》はこの作戦は失敗を前提に練られたものであると言っていた。
総参謀であるルーファスがそんな事を認めるわけがないから、機甲兵部隊の指揮官はある程度責任が問われるだろうが、そこは言わない。
わずかな沈黙の後、指揮官は決心したようで部下に撤退を指示する。《閃嵐の騎士》の騎士も同じように部隊の者たちに「撤退!」と告げた。
「今回は引き分けだな、灰色の騎士。決着は次回に持ち越しだ。……その時までに腕を磨いておけよ」
《閃嵐の騎士》はそんな事を言うと背面のユニットを使って大ジャンプ。宙に待機していた強襲艇に飛び乗った。
やがてすべての機甲兵がガレリア要塞跡地を去り、戦闘は終結する。
リィンは敗北の悔しさに歯を食いしばりつつ、騎神を降りたのだった。
☆★
「おし、今回もお疲れ様でした!次の出撃までしっかりお休みしてくださいね!」
強襲艇に飛び乗り、戦地を離脱した《閃嵐の騎士》──ナギトは部下たちに指示を出していた。
この後、強襲艇はパンタグリュエルに帰艦し、部下らは下部スペースで休息をとる事になっている。
「おつかれ」という言葉と共にリヴァルがドリンクを手渡す。礼を言って受け取り、それを呷った。
「あれで良かったんだな?」
「うん、まー……そうだな!」
リヴァルは先程の事を思い出しながらナギトに問うた。ナギトは若干悩みつつも自身の選択を肯定している。
「作戦が失敗前提ってのはホントにそう思うし、あの展開の削り合いは嫌だろ」
それは、ナギトがあの場であの決断をした理由だ。しかしリヴァルに語ったのも貴族連合の英雄としての建前。
本音は同級生やその親を手にかけたくなかったから、あの選択は大前提だったわけだ。
この内戦で数々の命を奪ってきた──《剣鬼》として共和国で100人斬りをしたナギトだが、友人やその肉親を殺すのは無理だった。
本来それはふざけた理屈だが、ナギトとしては飲み込むしかない矛盾でもあった。
「……そうだな」
怪訝な顔は表に出さずに、リヴァルはナギトの言い訳を聞き届ける。「ところで」と話を転換した。
「兄弟分に手加減なしだったな?」
それはナギトの駆るプロトがリィンのヴァリマールを圧倒した様を言っていた。
事実、あの決闘でプロトはダメージを負っていない。
「手加減はしたさ。アレはカイエン公が欲しがってるしな」
カイエン公は《蒼の騎神》のみならず《灰の騎神》すら手駒にしようとしていた。確かに騎神は強力な兵器なのだから気持ちはわからんでもないが、起動者付きとならば、反旗を翻された時に困った事になるだろう。
「教導しているようにも見えたが?」
「あー、そうか?自覚はねーけど。兄弟分があんまり情けないと自然とそうなっちゃうのかも?」
ナギトの紡ぐインチキ臭いセリフにリヴァルはため息を吐く。
「怪しい動きも大概にしておけよ、ナギト。でないと俺も監視役として上に報告せざるを得なくなる」
「……ああ、悪いなリヴァル」
リヴァルは──というか、このパンタグリュエルにいる一定のメンバーはナギトがスパイをするために乗艦している事を察していた。
それでもカイエン公に報告されてないのは、ひとえにナギトの人徳──というわけもなく、様々な思惑が絡まり合っているからだが。
謝意もあり、床に向けた視線をリヴァルに戻す。「怪しいと言えば」とナギトは続けた。
「お前も最近なんか変だぞ。………リヴァル・アルヴァンス」
リヴァル・アルヴァンス───それがリヴァルのフルネームであり、またこの場ではアリアンロードと会話してから“変”だと指摘するものでもあった。
そうした指摘をしたナギトをリヴァルは殺意すら籠った目で睨みつける。
「その名で呼ぶな…!」
「すまん」と両手をあげて降参の意を示す。するとリヴァルもまた殺気を引っ込め、目を逸らした。
「それは…捨てた名だ。もう俺には関係ないし、もう終わった復讐だ」
言葉の意味と背景がわからないナギト。しかし“もう終わった復讐”──とはオズボーンの死を意味する事だけはわかる。
彼の死によって内戦は始まり、《帝国解放戦線》の宿願は果たされたのだから。
リヴァルにかける言葉が見つからないナギトは「そうか」と受け取り会話を終わらせる。
2人でパンタグリュエルの上部フロアへ向かうエレベーターに乗り込んだ。
未だ陰鬱な雰囲気を纏う友に、それが晴れる日が来る事を願いながら。