閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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幕間。離反の時

 

──「…ナギト……なのか………?」

 

 

リィンの言葉が耳から離れない。ヴァリマールの核から聞こえた息も絶え絶えの声は、容易に悲痛な面持ちを想像させた。

 

 

立場を逆転して考えると、確かに最悪の気分を味わえた。

 

思い返せば、かなり好き勝手していた気がする。それがすべて“運命を変える”ために必要な事だったわけじゃない。

 

楽しんでいた自覚はある。愉しんでいた自覚はある。やはり自分は浮かれているのだと、自覚した。

 

 

「ふぅ〜〜」

 

 

深く、深く息を吐く。悔恨も愉悦も運命も、すべてため息と共に消えてしまえばいいのに。

 

 

そう思うナギト・シュバルツァー。パンタグリュエル客室、便所での事である。

 

 

 

☆★

 

 

 

やけに元気の良い《帝国解放戦線》メンバーがクロウと話し終えて去っていく。

 

「どちらさん?」

 

それを一緒に眺めていたリヴァルにその人物について聞いてみる。

 

 

「ゼネフォード…だったか。確かクロウと同じ名前だとかで懐いてた奴だ」

 

それを「ふーん」と聞き流すナギト。たぶんこれまで出会った事はないが、パンタグリュエルに乗艦しているという事はそこそこできるのだろうと思った。

 

 

「悪い、待たせちまったか? で、頼みってなんだ?」

 

 

しかしナギトの興味は件のゼネフォード何某ではなく、クロウにある。

 

 

「ああ、リィンには俺のことを黙っててほしい」

 

 

これから貴族連合──パンタグリュエルはユミルへ向かう。リィン──ヴァリマールを迎えに行くのだ。仲間に引き込むのに脅すため───もとい、勧誘するために。

 

 

「そりゃ別に構わねえが」とクロウは若干呆れ顔でナギトを見た。

 

 

「いいのか?後で面倒な事になっても知らねえぞ」

 

 

「まあなんとかなるっしょ」

 

 

それをいつもの調子で受け流し「じゃあ頼んだ」と会話を終わらせる。

 

 

「ああ、あとリヴァル。俺はしばらくトイレに籠るから配慮よろしく」

 

 

「……わかった」

 

 

リヴァルもため息まじりにナギトの頼みを聞くスタンスだ。

ナギトの“監視役”であるリヴァルだが、いかに監視すると言っても、ナギトに一定の配慮はしていた。それこそ風呂やトイレなどが該当する。

 

要はこういう事だ。

ナギトはリィンがパンタグリュエルにいる間はトイレにいるから、リヴァルは別行動をしてくれ、と。

 

これでリィンがパンタグリュエル乗艦中にナギトの存在がバレる事はなくなったはずだ。

 

根回しはもう済んでいる。
このパンタグリュエルにいるメンバーにはナギトがここにいる事は言わないように口止めした。
カイエン公にもヴィータの魔術でリィンの前ではナギトの事を思い出せないようにしてもらったし、万全だ。

 

 

去り行く背中に「ナギト」とクロウが声をかけた。

 


「今、各地に幻獣が現れてるのは知ってるか?幻獣どもはお前たちが倒せ。できるだけ《灰》の力は使わずにな。後の楔になるかもしれない」

 

 

ナギトはかけられた言葉の意味を咀嚼して理解する。

 

 

 

「………なるほど。つーかバレてんだな」

 

 


クロウの頭の良さに舌を巻かされながらも、ナギトもその言葉の意味を正しく理解できていた。
それよりも、クロウには自分がここでパンタグリュエルから逃亡するのがバレてるようなのが問題だ。クロウの性格上、誰かに話すのはないと思うが。

 

 


それでもここが限界だ。
これ以上、貴族連合にいたら本当に旗頭にされかねない。
今は《蒼の騎士》や《黄金の羅刹》がマスメディアの注目を集めているが《閃嵐の騎士》の操縦者としてナギトに光が当たるのもそう遠くはない。
これまでは《蒼の騎士》に酷似している、という点のために機体に注目が集まっていたが、そろそろ頃合いだ。

そうなったらナギトはどこへ行っても貴族連合の尖兵と見られるだろう。
故に、ここが限界。貴族連合からどこかに寝返る最後のチャンス。

 

 


そのためには、まずこの艦内でリィンとは会わない方がいい。話がややこしくなる。
事が荒立ってるならまだしも落ち着いた状態で話したら、余計な事まで喋りそうだ。

 

 


「よし、じゃあトイレに隠れるか!」

 

 


ひとまず結論に至ったナギトは勢いよくそう言って、トイレに隠れるのだった。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

それから幾許かの時が経過して、リィンが部屋に入ってきたのがわかった。

 

 

 

 

おいぃぃぃ!確かに客室埋まってんのにリィン招いてどこの部屋に入れるのかなー、とか思ってたけど、まさか俺の部屋かよ!?

内心で絶叫するナギト。早速の計画破綻の危機に冷や汗がダラダラだ。

 

 

「ん、誰かいるのか?」

 

 


頭を抱えて嘆くナギトの気配に気づいたのか、リィンはトイレに近づいていく。

 

 

「おい、誰か入っているのか」

 


敵艦に強制的に連れてこられて、気が立ってるのか、やや乱暴にリィンはトイレのドアをノックした。
ナギトは祈るような気持ちで気配を抑える。

 

 


「……誰もいないのか?」

 

 

リィンはノックをやめてドアを開けようとするが、当然のように鍵がかかっていて開かない。

 

 


「開かないな。鍵がかかってるのか?それとも、立て付けが悪いか……」

 

 

リィンがトイレのドアをがちゃがちゃやってる時に、クロウが部屋にやってきた。

 

 


「よう。……って何やってんだよ、リィン」

 

 

 

クロウの登場でなんとか危機は過ぎ去った。
リィンが聞くクロウの過去。クロウがギリアス・オズボーンに復讐を誓った理由。


ナギトは《剣鬼》であった頃の話を伝えるのと引き換えにクロウの過去を聞き出していたが、2度聞いてもやはり壮絶だと思わざるを得ない過去。

要約すると、クロウの祖国がオズボーンの策により帝国に併合され、国を治めていた祖父がそれが原因で死亡した、という話だ。

 

 

 

クロウは意味深な言葉を残すと、部屋を出ていく。その言葉にナギトはある人物を思い浮かべる。

 

アルフィン・ライゼ・アルノール

帝国皇帝 ユーゲント・ライゼ・アルノールの実子であり、皇位継承権第2位の女子。
その可憐さは“帝国の至宝”と呼ばれる程であり、現在はリィンとナギトの義妹であるエリゼ・シュバルツァーと同じ聖アストライア女学院に在籍している。

 

内戦勃発の際に遊撃士トヴァル・ランドナーの助力で帝都を脱出するも、ユミルの地にてヴィータ・クロチルダとアルティナ・オライオンの手により貴族連合に拉致された。
その後、アルフィンはパンタグリュエル内に軟禁状態となっている。

 

 

クロウとの会話を終えたリィンは艦内を自由に歩き回る。ナギトが気配で探る限りだと、このパンタグリュエルに集う強者たちと言葉を交わしているようだ。

相変わらずリィンの恐れ知らずのコミュニケーション能力には舌を巻く。

 

 

 


そうしている内に、リィンとアルフィンが逃げたのをナギトは察知した。

 

 

 

ナギトはトイレから出て軽く伸びをしながら───、その笑顔が引きつった。

 


「はっはっは。メンドくせぇー」

 

 

気配感知の索敵範囲を広げてみたら、なんとマクバーンがリィンの近くにいるではないか。

ここは弟として兄を支える場面だと、ナギトはコキコキと首を鳴らしたあと、走った。

 

 

☆★

 

 


「よう、マクバーン」

 

 


「ああ、《剣鬼》じゃねえか。どうした──なんて聞くまでもねえか」

 

 


対峙する強者と強者。
2人ともが笑みを浮かべながらその身には剣呑な雰囲気を纏う。

 

パンタグリュエル吹き抜けの回廊で2人は対峙していた。


両者共に全力で戦えば数分もせずにこの白銀の巨艦は沈む。その事はすでに理解していて、それでも手を抜けば艦の前に自らが沈む事はそれより深く理解していた。

 

 

「話が早くて全然助からねぇ。もうちょっとくらい時間を稼がせてくれよ」

 

 


「お断りだな。おおよそ、あのリィンとかいうガキのための時間稼ぎだろうが……俺に勝つつもりか?」

 

 

マクバーンの問いにナギトは数瞬目を瞑り、開眼して視線をぶつける。
その問いに対する答えは分かりきっていた。

 

 

「いや? 今の俺じゃお前相手には時間稼ぎくらいしかできん。逆に言うなら時間稼ぎ程度ならできるってわけだが」

 

 

太刀を抜く。くるりくるりと弄んで、構えた。

 

 

 

「ま、カッコよく言えば、勝てる勝てないの話じゃない。俺は今ここでお前に立ち向かわなきゃいけないんだよ、未来のためにな」

 

 

 

「ハッ、大層な物言いだな。いいだろう。さぁ、始めようや!」

 

 


マクバーンが掌をかざすとそこから炎で象られた犬がナギトを襲う。戦技“ヘルハウンド”だ。地を蹴る地獄の猛犬の数は3。

 

ナギトは踏み込みながら太刀を横に薙いでヘルハウンド三匹を消滅させると、さらに踏み込みマクバーンに斬りかかった。マクバーンはスライドするようなナギトの動きを紙一重で避ける。赤いコートの端が斬られてしまう。

 


「風よ」

 


すれ違うように通り過ぎたナギトがそう唱えると、艦内で風が発生した。
それは切り裂く風の刃ではなく、風の圧で押し出すものだ。即ち突風。

 

「チッ」


マクバーンは舌打ちをしながら風に押されるようにして距離をとった。

 

着地したマクバーンの目に映ったのは、雷を纏う、分身したナギトの姿。
半身だけ振り返り、横目でマクバーンを睨むナギト。それを本体だとマクバーンは判断し、すべてを侵食する“ギルティフレイム”を投げつける。

 

 

 

 

迫る焔を紙一重で避けながら、ナギトはバリアハートでマクバーンと交わした会話を思い出していた。

 

 

マクバーンの強さは、その異能にある。念じれば焔が出せる──そんな理不尽な理屈でマクバーンは《却炎》の異名を取っている。

 

問題なのはその総量。無尽蔵とも思える焔に、それを一度に放出できる器の強度。

要はアリアンロードとも話したタンクと蛇口が馬鹿みたいにデカいわけだ。

 

これには闘気の総量に自信のあるナギトも、それを粉々に粉砕された。

 

しかし、とナギトは思考を切り替える。

 

 

 


「迅雷──!」

 


雷鳴。疾るは雷を纏う分身。
雷の残滓が艦の床にこびり付いている。


分身すべての“迅雷”がマクバーンを襲う。
雷撃の速度で襲ってくるそれらにマクバーンは対応できない。
一体二体ならまだしも、それより多い数が一斉に襲ってくるのだ。全開の状態なら、剣の一振りで分身すべてを焼失させる事も可能だが、マクバーンは未だそこまでアツくなってはいなかった。

 

 

 

しかし、とナギトは思考を切り替える。

力で勝てなければ、技とスピードで圧倒すればいいだけだ。

 

 

 

 


続く分身たちの雷速の斬撃にマクバーンはただ防御するのみ。しかし、マクバーンの体表を覆う炎で見た目ほどのダメージを負ってはいない。
ナギトもそれをわかっているため、その炎の殻を貫くクラフトを使いたいのだが、それをやると艦を沈めてしまう可能性があるために、使うのを渋っていた。

 


「剣鬼七式、外の太刀」

 


だがそれは一瞬だ。
ただの一撃でこの艦が落ちるわけがない、と考えたナギトは“雷神烈破”に込めるだけの雷撃の力を自らの太刀に閉じ込めた。


凝縮された雷が赤熱を放ち、刀身からは千の鳥が鳴くような音が鳴る。赤雷が火花を散らしたかと思うと、ナギトの姿が消える。

 

 

すべての分身が本体の動きに合わせるように斬撃を重ねた。

 

 

「雷の型──」

 

 

これもまた、アリアンロードから助言を受けた闘気運用の応用。

 

 

「弾けろ、神鳴刃──!」

 

 


その瞬間、極大の雷鳴と共に凝縮された雷撃がマクバーンの全身を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 


「チッ、やるじゃねえか……。あの阿呆並みにアツくさせてくれる奴だとはな……」

 

 

ナギトの去ったその場で、マクバーンは傷を修復させた。並の人間なら──否、準達人級の猛者でも戦闘不能に追い込む“神鳴刃”を受けてなお、マクバーンは健在であった。

それでもしばらくは動けなかったためにナギトを逃してしまったのだが、この程度の傷なら混じっている力を発揮すればたちまちの内に修復する。

 

 

マクバーンは今しがた膨れ上がった力を感知した。自分と同じ力──規模こそ違うが、自分と同じ力を持つ青年の気配を。

 

 

「このスピードなら……甲板で追いつくな」

 

 


マクバーンがリィンに追いつけばナギトの時間稼ぎは無駄になる。

 

 

だが────

 

 

「ハッ、なるほどな……」

 

 


マクバーンが追いつくと予想した地点にはクロウがいた。
「なるほどな」とマクバーンは嗤う。
確かにリィンとクロウの戦いを遮るのは野暮と言うものだ。おそらく《剣鬼》はバリアハートで交わした言葉でマクバーンの人間性を見抜いていたのだ。だからこそ、この絶妙な足止めを実行した。

 

ナギトの未だ見えぬ最奥にマクバーンは口角を釣り上げる。せいぜい俺をアツくさせてくれよ、と。

 

 

☆★

 


数々の機体が安置されるその場所は、パンタグリュエルの最下層にある。


パチ、とスイッチを入れると、その部屋の最奥を照らす電灯に光が灯った。


ナギトはそれを固定するワイヤーを断ち切り、それを隠していたブルーシートを剥ぎ取った。

現れた躯体は、銀色に輝く。

 

 

それは《閃嵐の騎士》と呼ばれていた機甲兵。

 

 

 

 


「さてさて…悪いがまだ付き合ってもらうよ、プロト……いや、“ジークフリート”」

 

 

 

ナギト・シュバルツァーが駆る《閃嵐の騎士》プロト。それはクロウの相棒である《蒼の騎神》オルディーネを模倣して造られた、機甲兵試作機第1号だ。
しかし、そのスペックの高さとそれの操縦技術習得の難しさから、クロウと同じ《起動者》のナギトにお鉢が回ってきたのだ。

 


プロトを駆り、ナギトはこれまでに帝国正規軍を蹴散らしてきた。しかし、これからはⅦ組のメンバーたちと共に、貴族連合と矛を交える事となるだろう。

 

その際に正規軍と協力する事もあるはずだ。
故に、プロトが《閃嵐の騎士》であった痕跡をできるだけ消しておく。外部の装甲の形を変え、無色だった機体を銀色に塗装する。

気分を変えるのに名前もプロトからジークフリートへと変更。これからは貴族連合と戦う機甲兵として注目を集めさせてもらう。

 

 


「行くのか?」

 

 

 

声に振り返る。機甲兵の影から出てきたのはリヴァルだった。

 

 

「……ああ。止めるか?」

 

 

「いや……、俺じゃお前に勝てないのは証明されてる。下手に足止めして負傷するより、これからも貴族連合のために戦うほうが有益だ」

 

 

 

そんな表向きの理由にナギトは笑ってしまう。それと同時にリヴァルが真の意味で絆されていない事も理解した。

ナギトとの友情を儚んで、一緒に来てくれる事を期待したが、現実は甘くない。

 

 

 

「……しかし、かなり形を変えたな」

 

 

リヴァルは機甲兵ジークフリートを見上げていく。その姿はオルディーネのそっくりさんだった頃とは変わってしまっている。

頭部の角もどきなんかは真ん中から割れて左右でアンテナのようにそそり立っていた。

 

 

「ガンダムみたいだろ?」

 

 

言って笑うが「何言ってるのかわからん」と返されるだけ。そりゃ通じない。

 

 

「んじゃあね、マイフレンド。また会う日まで」

 

 

「ああ、さよならだ、ナギト・シュバルツァー」

 

 

ひと月ばかりの友情に別れを告げる。こつんとぶつけた拳は、別れの挨拶だ。

それは友人が交わすような「また明日」となんら変わらぬ声音で交わされた決別の言葉。

 

今日の敵は明日の友。今日の友は明日の敵。
《帝国解放戦線》のリヴァルとトールズ士官学院特科クラスⅦ組のナギトではあり得なかった友情。貴族連合のリヴァルと第三の風のナギトではあり得なかった友情。

ここでリヴァルとナギトが友情を育めたのは、ひとえに奇跡であるしか言いようがない。
例え明日、戦場で見えるとしても、この奇跡に感謝を。そして、これからの軌跡に闘争を。

交わした言葉はそういう誓いであった。

 

 

 

ナギトはコックピットに乗り込むと、ゆっくり起動キーを回す。

そしてパンタグリュエル艦内の気配を探った。

 

 


ブルブランとデュバリィを突破済み。西風の2人とアルティナも同様。ヴァルカンとスカーレットはすでに追いかけるのを諦めてる。

 

問題のマクバーンはもう甲板に先回りしているが、クロウがいる以上は2人の決闘に手を出しはしないだろう。


ナギトが感知していたのはパンタグリュエル内部の状況そのものだ。
それによれば、すでにリィンは貴族連合に与する猛者どもを抜き去り──ついでに姫殿下と連れ立って──甲板に到着していた。

 

 

 

「くく……それにしてもリィンめ。ようやく鬼の力をモノにしたか。まったく現金なお兄様だぜ」

 

 

 

☆★

 

 

ナギトがほくそ笑み、船倉から発進する頃、パンタグリュエルの甲板では、リィンとクロウが対峙していた。

 

 

 


「おおぉぉぉぉぉ!!」

 

 

「らぁあああああ!!」

 

 

 


頬を撫ぜるのは風。
身体を照らすのは陽の光。

この場にナギトがいたらシリアスブレイクに「今日は絶好の日向ぼっこ日和ですね!」
と言わんばかりの天気。地上より遥かに高い空。雲と並び、地上を睥睨する白銀の艦。
その甲板でぶつけられるのは、圧倒的なほどの剣気だ。

 

 


2つの刃は重なると、互いに弾けるように距離をとった。

 

 

「さあ、決着をつけるとしようぜ!」

 

 


そう言って双刃剣を構えたのはクロウだ。

 

 


「ああ、望むところだ!」

 

 

それに応えるのはリィン。
その手に握る太刀にはこれまでにない力が込められていた。

 

 

 

“鬼の力”──ブルブランにそう揶揄された力は、幼き日よりリィンを苛んできた悪夢だ。

幼い子供がナタで魔獣を惨殺できる、それほどの力をリィンは己の意志で制御出来ずにいた。それは言わば、触れるもの皆を傷つける抜き身の刃。

 

目覚めさせたが最後、親しい人を傷つけてしまう恐怖にリィンは囚われていた。

 


だが今はそれを、鬼の力を自ら発動し、それを自在に扱えている。
アルフィンの言葉のおかげで……否。これまでに出会ったすべての人物のおかげでようやく鬼の力を制御下に置く事ができた。

ならば、こんなにも頼もしいものはない。

 

 


再び、2つの刃が重なる。

押されたのはクロウだった。
体勢を崩し、後ずさりしたクロウをリィンは追撃する。
振り上げられた太刀になんとかクロウは双刃剣を合わせて防御する。

 

 

「なかなかやるじゃねえか。これはどうだ!?」

 

 

クロウは双刃剣を投げた。
腕全体を使ってしなる鞭のように剣をリィンに向かって投げるそれはブレードスローなるクラフトだ。クロウの十八番の戦技の一つであり───

 

 


「こんなもの!」

 

 

リィンは回転しながら迫る双刃剣を叩き落とすように太刀を振ると、そこでようやくクロウの意図が把握できた。

 

 


──瞬間的な囮としての効果があるという事。

 

 


「スパークアロー」

 

 

クロウはARCUSを駆動させると、瞬時にアーツを発動した。
短い駆動時間で発動できるアーツ“スパークアロー”──雷の矢がリィンへ飛来する。

 

 

 

 

 

リィンはスパークアローを薙ぎ払って消し去る。
その一瞬にクロウは弾き飛ばされた双刃剣を拾い上げ、そのまま跳躍した。大上段からの振り下ろし。
リィンは太刀で防御しながらも、後ずさりをする。力で押された形だ。そしてリィンが太刀を構え直す一瞬の内にクロウはタメを終えていた。

 

 

「喰らいやがれ!」

 

 

双刃剣を淡いオーラが包む。
リィンは再び太刀を立てて防御するも、今度は大きく吹き飛ばされてしまった。

 

 


「く……ッ!」

 

 

 

「これで終わらせるぜ……!」

 

 


視界に映るクロウのコート。その色は黒。その黒より深い漆黒のオーラが双刃剣に纏わりついていた。


あれは《C》のSクラフト。これまで幾度となくⅦ組の前に立ち塞がり、その度に強大な力を奮ったクロウの奥義。

 

 


「受けてみろ……終焉の十字!」

 

 


黒い閃光が奔る。

 

 

その光景に敗北の二文字が頭を過ぎる。鉄鉱山では勝利した。しかしそれは仲間の存在あってこそ。

自分1人ではまだ勝てないのか。──そんな情けない思考を斬り払うのは、未だ見つからぬ最後の仲間、今は遠き兄弟分の言葉だ。

 

 

──「だから、俺のその期待を裏切るなよ?」

 

 

なんだってこんな時に、そんな事を思い出すのか。

──わかっている。わかっていた。いつか盗み聞きした、父テオとナギトの会話。“リィンを見守る”そんな名目でナギトはトールズ入学を決意し、そしてそれは実行されていた。

いつも自分を見守るナギトは、いつだって暖かな兄の姿そのもので。いつまでも半人前扱いされてる悔しさを見て見ぬふりをしていた。

 

 

そのナギトが「お前は強くなった」と言ってくれた。一人前だと認めてくれた。「期待を裏切るな」と言った。

 

 

だったらその期待に応えるのは弟分の役目だろう!

 

 

 

「───クロウ!」

 

 


その叫びに力を込める。
その太刀は焔を帯びる。
その焔は蒼色に染まる。

 

 

 

 

「────届かせてもらう!!」

 

 

 

 

ぶつかって、弾ける黒と蒼。
そのパワーバランスは釣り合っていた。

力だけなら鬼の力をものにしたリィンが勝っているはずだった。
しかし、準備ができていたクロウと、咄嗟に戦技を用いたリィンとではいち戦技としての完成度が違った。

 

 

だが、互角。
リィンの鬼の力とは、万全ならばA級遊撃士に勝るとも劣らないパワーを発揮する。

しかしクロウとて、これまでの人生のすべてをギリアス・オズボーンへの復讐へ捧げた猛者。


故に、互角。

 

 

 

 

 

視界がホワイトアウトする。

それでも、ただ走った。

 

 

 


見えているのか、いないのか。
聞こえているのか、いないのか。
感じているのか、いないのか。

確かなのは、すでに目的を達成している者と、未だ目的を達成していない者の覚悟の差が出たという事だけだった。

 

 

 

 

 

 


ホワイトアウトした視界を現実が上書きするのと同時にクロウの視界に映ったのはリィンの姿だ。
五感もまともに働かない中でここまで来たと言うのか。

思ったのはそれだけで、ほぼ無意識の内に防御に回した双刃剣が、リィンの太刀に弾かれ飛んだ。

 

 

☆★

 

 

 

 

「勝ったか、リィン」

 

 

 

 


呟いたナギト。その姿はパンタグリュエルより上……宙空にあった。


銀色に輝く装甲に身を纏いしは名を変えた《閃嵐の騎士》。その背面にある滑空ユニットはフル稼働で、その場にジークフリートの姿を留めさせていた。

 

 

宙空に浮遊する銀の機甲兵ジークフリートは目立つものではあるが、リィンとクロウは戦いに集中していて気づかない様子だった。

ただ、その戦いのもう一人の観覧者であるマクバーンには睨みつけられたのだが。

 


リィンとクロウの戦闘は終わった。
あとはリィンにはヴァリマールに乗ってもらって空に離脱してもらう。
その間、マクバーンの相手はナギトがして、リィンが逃げた後にナギトも逃げおおせるつもりだったが。

 

 

リィンが急に床面に膝をついた。

そして、その髪は白から黒へ。禍々しい力を象徴していたオーラは消失した。一目見てナギトはそれが何を表しているのか理解した。

 


「鬼の力のタイムリミットか! マジかよ、なんつータイミング……」

 

 

しかし、事態はそれだけには留まらない。
艦内でリィンに抜かれた連中が甲板に出て来たのだ。これはまずい。考えられる最悪のシナリオだ。

 

しかし、そういう理解より何故か安心感が勝っていた。それはきっとナギトにたびたび訪れる妙な“確信”のせいだった。

 

目を細めた視界の端を紅いなにかが横切った。ナギトはそれに焦点を合わせる。
見る見る内に近づいてくるその姿は、まさに高速巡洋艦の名に相応しい。それは現在の帝国における、反貴族派の最大にして最高の希望。


帝国最強の剣士が艦長を務めるその艦の名は。

 

 


「カレイジャス───!」

 

 


パンタグリュエルの上を横切ったカレイジャスから数人の猛者が降りて来た。

トヴァル・ランドナー


クレア・リーヴェルト


シャロン・クルーガー


サラ・バレスタイン

ヴィクター・S・アルゼイド

 

その顔触れは、この艦にいる強者たちにも決して見劣りしないものだ。

 

 

「おお、豪華な面子…!」

 

 

 

ヴィクターが艦に降り立った直後、その近くに幾何学的な紋様が描かれた。
淡く発光するそれは、まさしく魔法陣と形容すべきもの。魔法陣が一際大きく光を放つと、そこからは今は若き有角の獅子たちが現れた。Ⅶ組のクラスメイトたちだ。トールズの制服こそ着てないものの、あいつらを見間違うことはありえなかった。そして、その先頭にいるのは学院の理事長たるオリヴァルトだ。


込み上げて来た懐かしさを、ナギトは自嘲する。
別れてたのはたった一月半なのに、懐かしいと感じるなんて。自分はそんなに奴らが恋しかったのかと。

 


この場の猛者たちと比較すれば矮小な存在であるはずのⅦ組メンバーだが、全員の身体から立ち上る意思の力は、あのトールズ防衛戦の時と比しても見違える程のものとなっている。内戦の波に揉まれ、強くなったようだ。

 

 

 

今度こそ場は膠着した。
貴族連合の戦力とカレイジャスから降りてきた戦力はつり合っている。故に今が登場の好機だ。

 

 

ナギトは操縦桿に力を込めた。滑空ユニットが唸りを上げる。そうして銀色の機体はパンタグリュエルの甲板に降り立つ。

 

 

「ハッハー!出遅れた感あるけどナギト・シュバルツァー見参!!悪いがここで貴族連合からは抜けさせてもらうぜ!」

 

 

その登場に、ある者は困惑しある者は呆れる。
ある者は口笛を吹き、ある者は溜息を漏らす。
総じて「もうちょっとなんか、場に相応しいセリフなかったの?」という雰囲気になった頃、誰かが呟く。

 

 

「グダグダですね」

 


おい聞こえてるぞ、そこの黒兎。

 

 

 


その後、使い魔越しに現れたヴィータ・クロチルダの言により、緊張は解かれた。

 

 

対面する二勢力の間にはすでに殺気は渦巻いていない。
ここでドンパチやってパンタグリュエル墜落。からの全員道連れ──なんていうルートは回避できた。

 

リィンとクロウはそれぞれの騎神に乗り込み、いくつか言葉を交わす。クロウはリィンから視線をジークフリート、それに乗るナギトに向けると小さく笑った。

 

 

「見違えたじゃねえか、戦場の嵐。リヴァルとは話したか?」

 


「ああ、別れは済んでる。次に会う時は敵同士だと」


ナギトは瞬時に回想する。リヴァルとの別れ。友情の終わり。

 


「ハッ、相変わらずリヴァルの奴…律儀なもんだ」

 

 

どこか悲しさを孕んだクロウの声。
当然のようにクロウは《帝国解放戦線》のメンバーであるリヴァルの過去を知っているのだろう。今の言葉はそれを意識したものだったのだろうか。

その真意を問いただす暇もなく、カレイジャスのメンバーの離艦は始まっていく。


ジークフリートの足元にエマの転移のための魔法陣が広がり、目を覆う光量が溢れたかと思うと、次の瞬間にはカレイジャスの甲板にいた。

機甲兵ほどの質量のものをここまで正確に転移させるとは。
ヴィータの言っていた通り、エマも成長しているようだった。

 

 

その後、リィンと共に機甲兵をカレイジャスの最下層にある格納庫に納めに行き、そこを出る所でナギトのポケットから何かが舞い落ちた。


「ん?」

 

 

それは見覚えのないものだった。蒼い羽に見える。
なんとはなしにそれを拾い上げようと触れた所で───

 

 

──「ナギトくん、あなたはこの世界で唯一無二の存在よ。誰にも許されないはずの特権を、あなたは持っている。それは運命への反逆。……この世界で唯一、運命に縛られる事はない存在。故にあなたは特異点と呼ばれるのよ。ただ、それだけに他人より苦労するのかも知れないのだけど。あなたの描く軌跡……愉しみにさせてもらうわ」──

 


それは聴くものを蕩けさせる絶世の美声───
ナギトの伸ばした手の先にすでに蒼い羽はなかった。
今のが何なのかわかったナギトは大きく溜息をつく。リィンが「どうしたんだ?」と聞いてきたが「なんでもない」と返す。

 


エレベーターに乗った所で鼻息を大きく出して悪戯の主人に呪いをかけるように、その二つ名を唱えた。

 


「《深淵》め」

 

 

 

ナギトが貴族連合にいる間はあまり接点はなかったが、ここに来てあの魔女はナギトの心に楔を打ち込んだのだった。

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