閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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正義の在り処

 

 

“正義”とは何ぞや?

 

そんな事を考える。
“正義”とは。そして“正義の味方”とは。

思うに、それは自らを称するために使ってはいけないものだ。


──“正義は我らにあり!”


その言葉で、いったいどれだけの人を殺した?

 


──“俺たちは正義の味方だ”


その認識が、いったい他のどれだけの正義を穢した?

 

 

 

“正義”とは。“正義の味方”とは。
決して自称してはならない。

自分を正義だと言えば、自分に対する者は“悪”になる。極自然に、そう思えるのだ。

 

自分は正義だ。だから、自分に敵対するのは悪だと断じる事ができてしまう。その敵対者が自らの正義を成そうとしていると、考えもせずに。
自分だけの正義を振りかざす。敵を悪と罵り、勝利した暁には「正義は勝つ」なぞと抜かす。
それだけで、気持ち良く自分に酔える。

 

 

“正義”とは、常に自分を疑い続ける者に与えられるべきもの。
自分の行動は、思考は正しいのか?敵が本当に悪なのか?疑い続けて、本当に正しいものを掴み続けていくように努力する。
それが正義を成そうとするために為すべき事だ。

そうしていって、ようやく誰かから言われるようになる。あの者こそが正義の味方だと。

 

 

 

 

それが、普遍的な正義を追うために必要な事だ。

ナギト・シュバルツァーが成そうとしている事は自らの正義である。
それが例え普遍的な視点から悪だと称されても、ナギト自身が悪だとわかっていても。

 

ナギトは自分の正義を貫くと決めていた。
後悔をしないと決めていた。悪を為しても、己が正義を成すと。

 

 

正義の味方になるためには、悪が必要不可欠である。
正義の味方になりたいと思っている者がいるとすれば、それは悪を求めているのと同義。なれば、それは紛れも無い悪である。

 

正義を成すために、悪を求めるのは“悪”。
ならば、ナギト・シュバルツァーの行為もまた、悪であると断じられる。

 

 

 

「ガレリア要塞跡地に一匹。ルナリア自然公園に一匹。ノルド高原の石柱群に一匹。ノルティア街道に一匹。アイゼンガルド連峰に一匹。計五匹。見逃しがなきゃ、帝国東部にはこれだけのはず」

 

 

 

カレイジャスを見送ってから二日後。
ナギトはそう呟いてメモを懐に収めた。

コートを着込んでなお寒いその場所はアイゼンガルド連峰だ。雪の積もるユミルより先。
険しい山道を登った先に、それは存在していた。

凶悪な爪牙に、万物を睥睨する双眸。翼がないにしても、あの姿形は竜と見て間違いない。
背中には不可思議な突起が生えている。あれで招雷でもするのだろうか。どの道、厄介な敵である事は確実だ。

 

 

 

 

「さて、後はあれをどこまで誘導するかだが──と」

 

 

 

と、そこまで思考した所で、懐のARCUSが着信音を鳴らした。


アイゼンガルド連峰などという辺境において、何故ARCUSが電波を送受信できるのかというには理由がある。

 

それはカレイジャスにある設備のためだ。カレイジャスの端末は帝国西部にいるオリヴァルトとでさえ通信が可能だ。
その通信設備を経由すればアイゼンガルド連峰と、どこを飛んでいるかもわからないカレイジャスでも通信ができるのである。

とは言っても試したのは今回が初めてなのだが。
どこにいても通信できる。というのがナギトの単独行動が許された一つの理由でもある。
今回でそれが実証されたのは僥倖であると言えた。

 

 

ナギトが通話をONにすると、聞こえてきたのはリィンの声だ。

 

 

「ああ。……そうか、わかった。すぐに合流する。……ユミルにいるのか。俺もそんな遠くないから今から向かう」

 

 

ARCUS越しにでもわかる緊急性。

要件はこうだった。
エリオットの姉フィオナが、その父である《紅毛のクレイグ》への牽制のための人質として双龍橋に連れ込まれた、と。

しかし、《紅毛のクレイグ》──オーラフ・クレイグ中将は軍人としての職務を全うするだろうと推測されるため、その行く末は目に見えている。
ならば、俺たちがフィオナさんを助けよう!という事らしい。

 

 

フィオナ・クレイグの命の危機。
それはナギトにとって見過ごせるものではなかった。前に特別実習で帝都に赴いた際に受けた恩がある。それもまだ返せていない。
なにより、知人を死なせたくはない。

 


それだけで充分だった。
フィオナ・クレイグを助ける理由は。

ナギトは素早くバイクに跨ると、ハンドルを回した。

 

 

☆★

 

 

 

ナギトがカレイジャスに搭乗し、そのブリッジにて皆と合流した所で作戦会議は開始された。

 

 

まずはカレイジャスで双龍橋に接近し、アルフィンの宣言でこちらの行動が皇族に保障されたものであることを示し、ヴァリマールとジークフリートで敵の防衛ラインを突破。


ジークフリートはそのまま待機し、敵の増援(があった場合)の撃退。また敵の撤退の阻止。
ナギト以外の人員は双龍橋内部に潜入し二手に分かれる。フィオナの救出隊と橋内部の撹乱隊だ。救出隊は速やかにフィオナを救出し、ついでに双龍橋を陥落させて作戦は終了。

 

 

今回の作戦に合わせて───というか、クレイグ中将が率いる機甲師団の双龍橋攻略と時を同じくして第三の風もフィオナの救出を開始する。
そも、機甲師団の双龍橋攻略作戦を恐れた貴族連合がクレイグへの盾としてフィオナを人質にしたのだ。


故に機甲師団と第三の風による双龍橋攻略は同時刻になるのが必然であった。

 

 


カレイジャスの最下層で、ナギトがジークフリートに乗り込もうとした時、不意に扉が開き、金髪の美丈夫が姿を現わす。その顔は申し訳なさに歪んでいるようにナギトは見えた。

 

 

ユーシスはナギトの目の前に立つなり、僅かに顎を引いた。彼にしては珍しい本気の謝罪の意を表していた。

 

 

「すまない……ナギト。もう皆には話しているのだが今回の事件、俺の───」

 


「お前が謝る事じゃないだろ。どうせまたアルバレア公の独断だろ?この状況でこんな下策を打ってくるのはあの公爵くらいだ」

 

 

ナギトの言葉に驚いたのか、そこでようやく両者の視線は交わった。

 


「だから、お前は謝るなよ。謝るくらいなら今回の作戦で活躍してくれたまえ、って話」

 


ナギトはフッと笑い、再び視線を落としそうになるユーシスの背中を軽く叩いてから機甲兵ジークフリートに乗り込んだ。

 

 

ナギトはコックピットの中で瞑目し、深く息を吐く。

やはり、今回の騒動の原因はアルバレア公にあったようだ。まあ、こんなあと先を考えない程に焦っているのは彼くらいだ。貴族連合ではカイエン公に総主宰の座を独占され、猟兵を運用して失敗した事もある。アルバレア公は内乱が始まって以来、何も戦果を挙げていない。
息子であるルーファスが貴族連合の参謀の地位についているが、それを己が功として誇れる程にはまだ耄碌してはいないらしい。それ故の、今回の行動だ。

フィオナ・クレイグを人質とする。
それで勝利したとして、後に何が起こるかなど容易に想像できるはずなのに、それもできないくらい追い込まれているのだろう。

 

 


ナギトは目を開けて、その思考を停止させる。
そしてすぐに目の前にあるものに視線を走らせる。

 

 


モニターに写るのはカレイジャスを通して得られた情報だ。
それを目にしてナギトは少しばかり大仰に「ハッ!」と笑う。

 


「こりゃすごいな。見事な挟み撃ちだわ。これじゃ俺たちが正規軍よりだと思われても仕方ないわな」

 


ただ呟いただけのつもりの言葉はマイクに拾われて機甲兵の拡声機能を十全に発揮して隣にいたヴァリマール操縦席のリィンに届いてしまう。

 


「……ナギト。わかってると思うが、今回の作戦はあくまでもフィオナさんの救出の名目の元に行われるものだ」

 

 

「わかってるとも。ただなあ、内戦には干渉せず、あくまで民間人の救出を目的とした……なんて言っててもだな、今回のは言い訳できないレベルでバッチリ正規軍のお仲間だぞ、俺たち」

 

 

「今回ばっかりは仕方ないさ。たまたま救出対象が正規軍の親族で、正規軍の進行を恐れた貴族連合が人質をとったために俺たちが動く事になった」

 

 

リィンの言葉は的を射ていた。
当然の事だ。Ⅶ組の内戦への介入への動機は人質の救出。
人質がとられなければ第三の風が内戦に介入する道理はない。人質がとられる、という事は第三の風の内戦への介入を意味し、人質をとった側への敵対を意味する。

それは理解できるし、納得も可能だ。


だが。しかし。だからこそ。
甘いと言わざるを得ない。

ナギトは過程を飛ばして、本題を告げた。

 


「リィン。俺は、今回の内戦……第三の風なんて言わず、正規軍側として動いた方が良いと思う」

 


その言葉は、まるまるⅦ組の否定だ。
貴族派と革新派の対立深まる帝国で第三の風として動く事。それがⅦ組が生み出された理由だからだ。

 

「なっ……!?どういう意味だ、ナギト!」

 

 

「…………今回の内戦、正規軍側の勝利で終わる。
なら、勝つ方に身を置くのは当然の事だろう?勝てば官軍だ」

 

 

「何を……どうして正規軍が勝つなんて言い切れる?それに、ナギト……何を言っているのかわかってるのか!?今の言葉は俺たちⅦ組のこれまでの否定だぞ!」

 


「わかってるよ。どうせ俺の考えは否定されるだろうなって思ってたよ、言ってみただけだよ。もう忘れろ」

 


やや早口に、拗ねた子供のようにナギトは矢継ぎ早に呟いた。そして会話を終了させる。
「もう作戦開始だぞ」などと言って。その質問に、答えぬまま。

 


今回の内戦、正規軍側が勝利する。
それはもはや半ば決定事項だ。
何せ、貴族連合は第三の風の敵だ。貴族連合はこれから強力な機甲師団と空を舞うカレイジャスを敵に回す事になる。
帝国にカレイジャスを上回る機動性を持つ艦は存在しない。制空権はこちらにあるのだ。

確たる事実を挙げればこの程度だが、ナギトの中には確信に似た推測が渦巻いていた。

 

そもそも、今回の内戦……タイミングが良過ぎる。
それに、あの怪物が心臓をぶち抜かれた程度で死ぬとは思えない。

前者はまだしも後者は考え過ぎだとかぶりを振る。心臓をぶち抜かれれば誰でも死ぬさ。

 

☆★

 

 

 

《灰の騎神》ヴァリマール


《閃嵐の騎士》ジークフリート

 

 

古き時代にて地精と魔女が協力して造り上げた人型の有人駆動兵器と、その贋作。
《騎神》という兵器を、扱い易さと引き換えにスペックダウンした量産型の機甲兵では相手にならぬのが道理と言えた。

如何に日々の訓練で鍛えられた領邦軍の兵士と言えど、今回ばかりは相手が悪かった。

 

 

機甲兵に搭乗して戦うのは少しばかり久しく、それ以上にリィンと肩を並べて戦うのが久しかった。
ナギトの口角が歪む。「いいな、これは」と唄うように口ずさむ。

 

 

リヴァルら《閃嵐の騎士》部隊の面々を指揮する戦いも乙ではあったが、兄弟分と肩を並べて戦うのはそれ以上に胸が熱くなる。

 

これも時間が空いたからで、きっと幻想の一種だと頭の片隅で考えつつも、ナギトは衝動のままに太刀を振るった。

 

 

 

間も無く双龍橋の守備部隊は突破され、作戦は第二段階に移った。

 

 

 

作戦は大まかに二段階に分けられた。

第一段階はナギトとリィンの騎神及び機甲兵による敵守衛の突破。第二段階は双龍橋内部に侵入し、人質とされたフィオナの奪還だ。

第二段階におけるナギトの役割は、双龍橋の外部に構え、敵の増援があった場合の対処、敵部隊撤退の阻止だ。

 

 

「ふわぁあ……」

 

 

字面としてはたいへん重要な任務だが、実際は敵の増援なぞ来やしないし、撤退するにもまだ早く、ナギトは機甲兵ジークフリートの操縦席で暇をしていた。

 

ここ2日間の寝不足のせいでつい出てしまう欠伸を噛み殺す事なく───モニターに写る危機に気がついた。

 

 

軍刀を大きく振り上げた、紫金の外套を纏う軍人。

 

 

 

軍刀に込められた闘気はジークフリートの装甲を切り裂くに足る力を秘めているのもさる事ながら、接近を直前まで悟らせない隠形も見事と言えた。

 

 

欠伸さえしていたナギトは不意を突かれた形になり──、不意を突かれる事など想定内だった。

 

油断、慢心はあっても有事に備える矛盾を平然とこなすナギトの異常性が、この危機を脱せしめた。

 

 

 

左腕の盾で斬撃を受け止める。盾に一撃で亀裂が入る。人の身で恐ろしい威力の一撃である。

 

 

「っぶねぇ!──って、ナイトハルト教官!?」

 

 

 

着地した軍人を見やると、それは見慣れたトールズの教官だった。
第四機甲師団より出向してきていた若きエース《剛撃》のナイトハルト。

 

 

「──む、その声はナギト・シュバルツァーか。敵かと思ったぞ。それで、状況は?」

 

 


ナイトハルトもさすがに軍人で、無駄のない会話だと思いながらナギトは簡潔に第三の風の作戦概要を説明してナイトハルトを双龍橋内部に通した。

 

 

双龍橋に詰められる人員からしてリィンたちだけでも作戦は十分に成功していただろう。
そこにナイトハルトを投入すればまさに鬼に金棒。作戦失敗の余地などないように思えた。

 

 

 

 

ナイトハルトが双龍橋内部に突入し、僅かばかりの時間が経過した頃、ジークフリートのセンサーが反応した。
敵増援を防ぐ目的で向いていたケルディック方向とは逆──つまり双龍橋内部からの反応だ。識別はすべて敵性。

ナギトは「さて、本番か」とジークフリートを反転させ、双龍橋内部から撤退してくる貴族連合双龍橋部隊の残存勢力を見据えた。

 

 

戦車が大砲を発射した。
双龍橋を出た所で仁王立ちする機甲兵は敵であると判断したからだ。

それに対して「判断早いね」なんて呟きながら迫り来る砲弾をジークフリートは真っ二つにした。


戦車の内部では指示を出した指揮官があんぐりとしている事だろう、そんな事を考えながらナギトはジ操縦桿を動かした。ジークフリートが太刀を振るう。


刃の向かった先は地面だ。双龍橋、その敷き詰めたタイルを削って一本の線ができた。

 

 

「はい、この線はあなたたちの生命線です。これを越えれば俺とバトルしてもらいます。越えない、攻撃しないのであれば手は出しません。……まー要するに俺と戦って死ぬか、背後から迫る正規軍にとっ捕まるかの二択ですね。さ、どうする?」

 

 

 

ふざけた二択だった。ナギトの語り口もそうだが、退却する貴族連合側に利点がない時点で、第三の選択肢を取るのがあたりまえであった。

 

 

「突破せよ!」

 

 

指揮官の檄で、引かれた線を越えて機甲兵ドラッケンがジークフリートに迫る。

 

 

「判断が早い!……間違ってるけど」

 

 

大振りの一撃をパリィしてドラッケンの体勢を崩す。そこに回転切りを見舞い、ドラッケンを一刀両断した。

コックピットから上が切り取られたパイロットはジークフリートを見上げて瞠目している。

 

 

「せ、《閃嵐の騎士》か……?」

 

 

そして、それを見ていた貴族連合兵に浮かび上がったのは、眼前の敵が英雄《閃嵐の騎士》ではないか、という疑問。

 

ありえない話だ。《閃嵐の騎士》は貴族連合の英雄。離反したという話は聞いた事がないし、機甲兵の姿形も以前見たものと違っている。

 

しかし、と兵士は思うのだ。

汎用とは言え機甲兵、ドラッケンのその上半身を斬り飛ばすなど。それこそ英雄の力量ではないのかと。

この双龍橋に詰めいてた貴族連合の兵士の面々は第四機甲師団を相手取る事が多く、《閃嵐の騎士》とも共に戦った事がある。

 

だから彼の強さも知っている。あの、まさしく英雄と呼ぶべき破格を。

 

 

 

戦意の喪失は早かった。
《蒼の騎士》と並ぶ貴族連合の英雄。それを相手に勝てるわけがないと。例えそうでないとしても、相手は英雄級の実力者。命を惜しむわけではないが犬死には御免だとして、貴族連合の兵は降伏を受け入れた。

 

 

 

 

 


ここに作戦は成った。

 


第三の風によるフィオナ・クレイグの救出作戦は成功。
機甲師団による双龍橋の奪還作戦も成功。


その報せにケルディックに詰めていた貴族連合兵士がバリアハートまで退却したとナギトたちの耳に届くまで時間はそうかからなかった。

 

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