閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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ケルディック寄港日

 

 

第三の風の人質解放と正規軍による双龍橋奪還の後、カレイジャスは貴族連合の退いたケルディックへ物資の補給も兼ねてやって来ていた。

 

 

 

 


「ここのお酒飲むのも久しぶりね〜」

 

 

そう言いながらジョッキを空にするのはサラ・バレスタイン。
真っ昼間から酒をかっくらう駄肉ではあるが、これでも元は最年少A級遊撃士。《紫電》のバレスタインと恐れられた猛者だ。

そんな彼女は酒が入れば独り言も増えるが、今回はちゃんと相席する青年と会話をしていた。

 

 

「ほどほどにしておいてくださいよ、教官」

 


呆れ顔をしながらもサラと同じくジョッキを空にするナギト。
「ぷは〜」とまったく説得力のない呼気を吐き出した。

 

 


「わかってるわよ、うるさいわね……、それでナギト…アンタ、記憶の方はどうなの?少しは取り戻した?」


ナギトの諫言に「うるさいわね」と愚痴をこぼすようにに呟き、再会してから思っていた事を聞いた。

 


「あー、それすか……まあ、それなりに、ですかね」

 

 

 

「へえ。思い出した事もあるのね。いいじゃない、ちょっと聞かせなさいよ」


カウンター席の隣からぐいっと身を寄せてくるサラ。残念だが腕に乳が当たるなんてラッキースケベは起こらなかった。

 

 

「酒が不味くなっても知らんすよ?それに主観だし」


 

《剣鬼》の人斬りの記憶を語り聞かせるのは決して気持ちの良い話ではないだろう。そういった意味合いの断りを入れてからナギトは語った。
自らが《剣鬼》として駆け抜けた共和国時代の事を。

 

 

 

 

 

 

 

「────そして、目覚めた男は拾ってくれた男爵にナギト・シュバルツァーと名付けられましたとさ。と、こんな感じですね」

 

 

語り終えたナギトはグラスをカウンターに置いた。自分の過去を話すのにビールでは格好がつかない、とワインを注文したのだ。

語りの中でサラが口を挟む事はなかった。聞き入ったのか、気を効かせてくれたのか、それとも眠っていたのか、ただグラスに揺れるワインを眺めて語っていたナギトには分からなかった。
ちらりと横目でサラを見やると、その両の瞼は閉じていた。


人に語らせといて寝てんじゃねえ!とその頭をはたきそうになるも、サラの瞼は重々しく開かれる。どうやら眠っていたわけではなく瞑目して思いを馳せていたらしい。

どうやら《剣鬼》の物語は酒の肴程度にはなるようだ。

 

 


「そうだったのね……文章として見るのと、本人から語られるのとではやっぱりかなり印象が違ってくるわね」

 

 

やはりと言うべきか、サラはナギトの過去──《剣鬼》についてある程度知っていたようだ。

情報源はどこかと問いたいが、おそらくジン→オリヴァルト→学院といった感じなのだろう。

 

 

「それにしても、まさか共和国で蛇の連中とまで知り合ってるとは思わなかったわ。
それも、あの《剣帝》レオンハルトと」

 

 

「《剣帝》をお知りで?」

 


過去、《剣鬼》であった自分を倒した男の名を出されれば気になる。
サラが元遊撃士という事を考えれば《剣帝》の存在を知っているのも理解できるが。

 


「ええ。《剣帝》レオンハルト……曲者揃いの執行者の中でも一、二を争う剣の達人。知ってるのはこれくらいだけど。確か、もう故人だったわよね?」


サラの言葉にナギトは目を伏せる。
《剣帝》は《剣鬼》を倒した猛者だ。いずれリベンジするつもりだったが、故人ではどうしようもない。


「らしいですね。どうもリベールでの異変の時に……って聞きました。これでもうリベンジマッチはできませんね」

 

 

重苦しい雰囲気の言葉に、サラはわざと「そうねー」などと軽く返事をしながら女将に追加のビールを注文する。しかし、それは拒否された。
聞けば、大市の大規模な縮小によって酒の入荷もままならないのだと言う。

それでもサラが酒を飲みたいと言うので、ナギトとサラで大市に酒を買いに店のお使いに出る事になった。

 

 

 

 

 

 


「ちょっと……、ちょっと待つべし」

 

 

両脇に抱えていた酒樽を下ろしながら、ナギトはサラに声をかけた。
当のサラはと言うと、上機嫌で鼻唄混じりに店に戻っていた気分を害されたのか「なによぉ〜?」と拗ねたように言った。

「ちょっと待つべし」と「待ちやがれこの酔っ払い」で迷ったのだが、後者を選んでおけばよかったと反省したナギト。オブラートに包む事を一旦忘却の彼方に消し去って、ジト目でサラを見た。

 

 

「なぜに俺が酒樽二個も持ってんですかね?ビール飲み尽くしたの教官っすよね?サラ教官が持つのが筋ってもんじゃないのかと思うんですが。つーかぶっちゃけお使いとか言って出たにも関わらず何もしてないとか駄肉ここに極まったな!」

 


「誰が駄肉よ!見なさい、この完璧なプロポーション!世の男どもが見惚れるのも無理はないこの肉体美を!それにねえ、アンタ。女の子に荷物持たせるなんて男が廃るわよ」

 


ナギトの言葉に青筋を立てて、艶いたポーズをとりながら流し目でナギトを見るサラだったが、それは鼻で笑われる。

 


「ハッ!ナリは見事でも使ってないから駄肉ってんですよ。それに時代はレディファースト。荷物を持つのも女が先だ!」

 

 


注意 : 二人は酔ってます

 

 


「使ってないって何よ!使ってるわよ、素敵なオジサマをこの肉体で次々と籠絡してきたわよ!」

 


「嘘乙!」

 

 


なんてひどい会話だ。二人のやりとりを通行がてら見物していたケルディックの住民たちは皆一様にそう思った。

ナギトとサラがやいやいと騒いでいるのは大市の出入口。人通りの多いそこで騒げるくらいには二人は酔っていた。

 

 


そこに通りかかったリィンが何とか二人を言いくるめて、店に戻る。そこでもう、リィンは「付き合いきれない」と呟いて店から退散した。

女将に酒樽を渡すと同時にサラは再びビールを注文する。

 


「駄肉め」

 


「聞こえたわよ、このチンチクリン!」

 

 

「はぁ〜あん?チンチクリンだぁ?もっとマシな言葉チョイスできなかったのか駄肉」

 


「アンタこそずっとそればっかりね。《剣鬼》ってのは脳みそまで剣で出来てるのかしら?語彙力がなさ過ぎよ!」

 


「語彙力だと?チンチクリンなんて今どき──」

 

 


「そこまでにするが良い。二人とも」

 


ヒートアップする二人を見兼ねた誰かが口を挟んだ。
エプロンをつけ給仕をするその女子はラウラだ。事情を聞くとここの店員のルイセが出かけているそうなので、その間だけ手伝いをしているのだと。

 

 

「他の客に迷惑だ。サラ教官、貴方もここは先達として懐の深さを見せつける時でしょう」

 


珍しいお説教モードのラウラの迫力に縮こまるサラ。それを見て「ああ、これヤバいやつだ」と逃げようとするナギトの襟を掴んで強制的に着席させるラウラ。

 


「ナギト、そなたもそなただ。酒の席とは言え、見苦しいぞ。それに学生の身分で飲酒とは何事か」

 


「あ、はい。いやですね…俺ってば実はもう二十歳過ぎてまして……」

 

《剣鬼》の記憶から推測するにナギトは今現在で二十歳だ。たぶん、きっと、おそらく、メイビー。

 


「黙って聞く!」

 

 

「はい!」

 


有無を言わさぬ迫力。説教モードのラウラは怖い。と身を竦めていた所を隣のサラに嘲笑されて「ああん?」と睨みつける。
ラウラからのゲンコツをいただきました。

 

 

☆★

 


ラウラの説教が終わり、ヘロヘロになったナギトは店から出てベンチで休んでいた。
酒で火照った体を冷ますにはいい冷たさの風。しかしそれも数分で寒く感じ、カレイジャスに戻ろうかとした所でリィンと出くわした。

 


「ナギト、酔いは覚めたのか?」

 

 

「んー、いや、そもそもあんま酔ってなかったしな、酒には。場の雰囲気と言いますか、それに酔ってた感があるわ」

 

「そ、そうか……カレイジャスに戻るか?」

 


「ああ。お前は?」

 


「俺も一緒に戻るよ」

 

 

ナギトとリィンは二人で並んでカレイジャスに戻る事にした。

 


カレイジャスを停めてある街道に出ようとした所で、不意に声をかけられた。

ナギトは即座に振り向きながら臨戦態勢に入る。

 


──この俺が、気づかなかった?

 

太刀の柄に手をかける。
眼前のフードの男に敵意はない。それ故に不気味に感じる。

 


──なんだこいつ……目の前にいるのにまだ気配を感知できない。

 


不審な動きを見せれば即座に斬り捨てるくらいに精神を研ぎ澄ませる。

 


「フフ……そう殺気立つな。ナギト・シュバルツァー」

 


名前まで──!

 


とりあえずフードを切り裂いて素顔を見ようとするが、それをリィンが制した。

 


「あなたは……」

 

 

「覚えていてくれたようだね。光栄だよ──リィン・シュバルツァー君」

 

 

「俺の名前まで……あなたはいったい何者なんですか?俺たちや少佐を陰ながら助けてくれていたようですが……何が目的なんですか?」

 


リィンも一応警戒はしているようだが、ナギトからすればそれでもまだ不十分に思えた。
ナギトの“確信”が告げていた。この男は、その気になれば自分やリィンを寄せ付けない特別な何かを持っている、と。

 


「フフ……そう焦るものじゃない。今こそ、私の正体を明かすとしようじゃないか──」

 


何やら男はもったいつける事もなく、そのフードを取り払った。

そのフードの奥から現れた素顔は、マヌケを演じるような瓶底眼鏡と人の良さそうな笑顔だった。

 


「ジャジャ、ジャーン!なんと、正解はこの私だったのでした〜!」

 


「はあああああ!?」

 


フードの男の正体はトールズ士官学院で歴史を担当していたトマス・ライサンダー教官だった。
ちなみに素っ頓狂な叫び声を出したのはナギトだ。学院でのイメージとフードをしていた時の雰囲気が合わなさ過ぎてあんな声を挙げてしまったのだ。


話を聞くと、ヴァンダイク学院長の依頼でトールズから脱出した後、各地の学院生をそれとなく手助けしていたらしい。
正体を隠していたのはトールズの教官だとバレたら面倒な事になりそうだったらしいからだと。

 

 

 

 

こうして、Ⅶ組の面々は新たな人員を加えながらカレイジャスに戻る。

 

 


空に舞うは紅き翼。
第三の風の名乗りは済んだ。
次の行先は何処になるか。

 

 

 

 

 

 

蝶の羽ばたきは既に為された。

 

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