「どうだった、って聞くのは少し躊躇うような顔だな」
学科試験が終わり、口から魂が出そうなナギトを見てリィンは苦笑した。
ナギトがシュバルツァー家の一員となり、およそ一年が経過し、二人はトールズ士官学院の入試を受けるために帝都近郊の町トリスタに来ていた。
「いや、マジ…冗談じゃなくすまん。たぶん落ちるわ」
「あんなに付きっきりで教えてもらったのによぉ……ほんと情けない」と今にも泣きそうなナギトだったが面接で呼ばれると表情を一変させた。
「あとは面接に賭けるしかないな。じゃっ、行ってくる!」
ピッ、とハンドサインをしてキリッとした顔で「失礼します」と面接会場に入室したナギトである。
面接官は3人。ビン底眼鏡で視線が読めない胡散臭い青年に、いかにもチャランポランしてそうな赤い衣服に身を包む金髪の青年、筋骨隆々の肉体は魔獣かと勘違いする壮年の髭面。
入室してすぐにナギトは違和感を感じた。3人から向けられる視線が、少なくともいち士官学生希望者に向けるようなものではない事に。
思わず眉根を上げそうになるが、面接官の前で変顔をするだけの度量はない。受験番号と名前を名乗り、着席するナギト。
妙な視線とは裏腹に面接自体はスムーズに進んだ。トールズ士官学院を志望した理由は?学院に入って何をしたいのか?軍事国家の士官学院に入学する意味は?そういった質問がいくつが続き、ナギトは用意していた答え、あるいはアドリブで回答した。
15分もせずに面接は終わり、退室が許可された所で立ち上がると金髪の青年がナギトを呼び止めた。
「もし君がトールズに入学したとして、卒業する頃には色々な力を持つ事になるだろう。個人の武、軍事に関する知識、トールズ卒業生のコネクション……そういった力を、君はどう使う?」
質問の意図を考える。このタイミングの質問だ、おそらく面接のマニュアルにはない質問だろう。だが、この質問の内容には帝国人としての模範回答もあるように思える。“帝国のために”というのが軍人志望なら一番正しい。
しかし………
「自分の大切な人たちを守るために」
しかし、そういった答えは求めていないだろうと感じた。
リベールの異変を解決するのに遊撃士と共闘したオリヴァルト・ライゼ・アルノールなら。
「……そうか。わかったよ。ありがとう、これで面接は本当に終わりだ。呼び止めて悪かったね」
「いえ、失礼します」
再び一礼すると今度こそ退室したナギト。校舎から出てトールズ士官学院の敷地の外に出て、大きく息を吐く。
あっぶねぇ!ちょうあぶねえ!あの顔、どっかで見た事あると思ったらオリヴァルト皇子じゃねーか!土壇場で理事長って事思い出して良かった!
校門の前で過呼吸気味にあわあわしてるナギトに「なにしてるんだ」と声をかけたのはリィンだ。
「お、リィン。面接は終わったのか」
「ああ、どうやら受験番号が連番でも面接官は違う人みたいだな。俺もナギトが呼ばれてすぐに別の部屋で面接を受けたよ」
「そっか、どうだった?」
「まあ、悪印象じゃないと思うけどな。ナギトの方は?」
「俺も悪かねーとは思う」
そんな事を言いながら、二人は坂を降る。トールズ士官学院からトリスタ駅に向かって。「二人で合格するといいな」なんて話しながら。
☆★
「おー、ここが帝都か。でけーな。もう駅からしてでかい」
「少しは落ち着けナギト。そんなんじゃお上りさんみたいだぞ」
「誇張なくお上りさんだよ俺は。さて、まずはホテルにチェックインしてから観光だな」
「そうだな。一泊だけだから高級なホテルを選んでもらった父さんと母さんに感謝だ」
ナギトとリィンはトリスタでトールズ士官学院の入試が終わると、そのまま帝都に来ていた。緋の帝都ヘイムダル、人口88万人の帝国一の大都市だ。
記憶を失って初めてユミルを出たナギトに帝都を見てこいと言ったのはテオだった。案内役はリィンでこれまで一年、勉強なんかを頑張ったご褒美のようなものらしい。
一泊二日の観光だが、ナギトは楽しみにしていて、しかし逸りそうになるのを自制してまずはホテルにチェックイン、荷物を預けてから帝都を堪能しようと思っていた。
ホテルはガルニエ地区にあるデア・ヒンメル。導力トラムで近くまで行き、そのままホテルに向かうーーーーと見せかけて。
「リィン」
「ああ、気付いてる」
駅からこっち、二人を尾行しているか気配があった。数まではわからないし、どんな目的があって二人を尾行しているのかわからないが、八葉に連なる者として最低限、気配の有無は感じ取れた。
二人は何気なくを装って路地裏に入った。道のわからないお上りさんだから、という体で。
すると狙い通り、気配は近付いてくる。曲がり角を折れた先で待ち伏せしていたナギトは躊躇いなく太刀を尾行者に突き付けた。
「きゃっ!?」
「おっとぉ!?」
現れたのは男女一組だった。いちゃいちゃする様はどう見てもカップル。水色の髪を持つクールビューティと赤髪の2.5枚目の男。
「おやや?こりゃ申し訳ない。人違いみたいだ」
太刀を納刀したナギトはそう言ってカップルに低頭する。
「いや、こっちも悪かったなァ。ここは穴場だからよ、誰もいねーと踏んでたんだが。なァ、ルーシー?」
「ええ、そうですねレクさん。先客がいるなら仕方ありません、今日はホテルで休憩しましょう」
微妙に艶かしい会話に若干腹を立てつつ、いちゃつくカップルを見やるナギト。
「しっかし、お前さんらも男同士とは中々好きもんだなァ。ま、今回の事は口外しねェからよ、じゃあな」
カップルのやり取りで、ナギトらが迷い込んだふりをしたこの場所は恋人たちの秘密の場所らしかった。スリルを感じるプレイをするのにうってつけの場所なんだろうと理解する。
去っていくカップルを見届けて思い切り地団駄を踏むナギト。しきりに「爆発しろ」と唱えるナギトに苦笑しながら再び気配を探るリィンだったが、すでに二人を尾行していた気配は消えてしまっていた。
「いっそあの二人が尾行してた奴らだったらどれだけ良かったか。躊躇いなくぶった斬るトコだ」
同じく気配の消失を確認したナギトが悪態を吐く。
「ああくそ、タイムロスだ。さっさとホテルにチェックインしようぜ」
ユミルでは1年間ついぞ女っけのなかったナギトは腹立たしさを隠そうともせずにホテルに歩いていく。リィンもそれについて行くのだった。
そんな二人の様子を眺める、二対の瞳。
「行った、みてェだなァ」
「…はい、助かりました。レクターさん」
それは先程のカップルであった。尾行をしていたのは真実、このカップルだったのである。本当は二人は恋仲ではないし、ナギトらを尾行していたのは二人だけではなかったが。
「しかし咄嗟とは言え、お前と恋人のフリをするなんてなァ…クレア」
「ふふ、咄嗟だったせいでしょうか……確か、ルーシーという名前は…」
「だー、それについては言うな。つーか俺が前にふざけて名乗ったレクって名前はどこで聞いたんだ?」
「それは企業秘密というやつです。……今は彼は放っておくしかないようですね」
「…だな。厄介極まりねー奴だと思ってたが、あの様子……もしかしたら記憶を失ったって噂は本当かもな」
☆★
翌日の朝、ホテルのチェックアウトの手続きをリィンに任せてデア・ヒンメルを出たナギトは同地区にある帝都歌劇場をぼうと見やる。
確かここには《蒼の歌姫》とかってスターがいたよな……名前はヴィータ・クロチルダだったか。なんて考えていると歌劇場から当のヴィータが姿を現し、タイミングの良さにナギトは鼻水を吹き出した程だった。
さすがにそんな反応をされるのは慣れていないのか、ヴィータはナギトを見ると驚いた表情をするが、すぐに艶然とした笑みに切り替えて近寄ってきた。
「見ない顔ね、帝都は初めてかしら?」
「はい。まさかあのヴィータ・クロチルダさんに会えるとは思ってませんでしたけど」
「あら、私の事を知っているのね。帝都は広いからゆっくり見て回るといいわ」
「ありがとうございます」とナギトが言った所でリィンがホテルで手続きを終えて出てくる。ナギトの名前を呼びながらきょろきょろしているので、すぐにリィンと合流する事にした。
「では、すみませんけどこれで。連れがいるので」
「ええ、帝都を楽しんで。できれば歌劇場のS席チケットでもあげられたら良かったのだけど」
「はは、それはサービスが過ぎますね」
笑って、ナギトはヴィータとわかれてリィンと合流した。
「何をしてたんだ」と問うリィンに自慢げに、「歌姫に口説かれてたんだよ」と鼻孔を膨らませて、ヴィータがいた方向を見る。手でも振ってくれるかと思ったが、すでにそこにはヴィータの姿はなかった。
「アレレ?」
「ふぅ……ナギト、夢は寝てる時に見るものだぞ」
「俺が白昼夢見た前提で話すのやめない?」
なんてやり取りを交わしながら二人は帝都観光を続ける。
その二人の背中を見届けるのは先程ナギトと言葉を交わした歌姫。
「フフ、まさかこんな所で特異点と会えるなんてね。てっきり私の騎士にやられたものだと思っていたのだけど……」
呟くと、また艶然と微笑む。
「でも、私に気づかないなんて案外鈍いのかしら?一緒にいた子も気になる事だし、少し調べてみるとしましょうか」
☆★
太陽はすでに中天を過ぎ、そろそろ列車に乗る時間が近づいてきたナギトとリィンが最後に訪れたのはドライケルス広場だった。
「ほほー、あれがバルフレイム宮か。でけーな」
ドライケルス広場の奥、憲兵の守る道路の先に見えるのが皇族の住まう宮殿、バルフレイム宮だ。巨大国家であるエレボニア帝国の皇帝が住まうにふさわしい偉容が見て取れる。
「んで、中央にある像が……」
「《獅子心皇帝》ドライケルス・ライゼ・アルノールの像だな」
ナギトの言葉を継ぎつつ、買ってきたアイスを手渡したリィン。
《獅子心皇帝》ドライケルス…先日ナギトたちが受験してきたトールズ士官学院の創設者でもある人物で、帝国における中興の祖であり“大帝”と称される長い帝国史においても際立つ存在である。
「もっと近くで見よう」と言うナギトと一緒にドライケルスの像の元に行く事にした二人。
「ほー」としきりに感心しつつ像に近づくナギトを襲う、唐突な頭痛。
そして、フラッシュバックする光景。
「言わせるかよ」
演説する宰相を襲う一発の銃弾。
割れた仮面から現れる見知った顔。
白銀の空中船艦から地上に降り立ち、正規軍を蹂躙する巨大な人型兵器。
そうして始まりを告げる内戦。
そのすべてが一瞬の事で、ナギトには何が何だかわからない。
当然頭を押さえて苦悶の声を上げたナギトにリィンは尋常ではない様子を感じ取り「大丈夫か?」と心配する。
「銃声……」
「銃声…?俺には聞こえなかったが…」
リィンのその様子にナギトがたった今、垣間見た光景は現実のものではないと理解する。
「そうか……ならいいんだが。近頃、ここで銃殺事件なかったか?割りと近代だと思うんだけど」
頭痛は抑まりつつあり、ナギトは先程の光景が過去の事件を目撃したものではないかと推測してリィンに尋ねるが答えは否であった。
と、なるとあの光景は何だったのだろうと考える。
今までもああいったフラッシュバックはあったが、どれも記憶を失う以前の自身の記憶である実感があった。
しかし今回のそれは自分の記憶であるという実感が薄い。
それはとても奇妙で。しかしナギトに答えを出せるはずがなく。
喪失した記憶と同じく“どうしようもない”と結論したナギトはにかっと笑って手に持つアイスクリームをリィンに見せつける。
「アイスは落とさなかったぜ。セーフ」
そんないつも通りのナギトにリィンは嘆息して「そうだな」と相槌を打つ。
「でも、つらい時はちゃんとそう言ってくれよ」
いつもと変わらぬリィンの気遣いにナギトも作り笑いから柔和な微笑に変化し、素直に礼を言うのだった。
それから二人はアイスを食べ終えると帝都駅に向かい、列車に乗りユミルへの帰路に着くのだった。
という感じで回想終了です。
伏線というかネタバレというか。
今回の帝都観光で出会った人たちの顔はナギト、リィン共に覚えてません。
歌姫についてはナギトは覚えてるけど、歌姫の方がナギトを忘れてる(フリ)という感じで4章では初対面同士みたいな感じになります。