「──全軍、これより黒竜関への進軍を開始する!ノルティアの勇士たちよ、どうか力を貸してくれたまえ!我が父の目を覚まし、領邦の未来を勝ち取るためにも!」
機甲兵、隊長機シュピーゲルの中から檄を飛ばすのはアンゼリカ・ログナー。 ログナー侯爵家の娘にしてトールズ士官学院を休学中の女拳士だ。素手の喧嘩ではトールズで頂点に位置すると誰かが言っていた。 ライダースーツに身を包む男装の麗人で、女好きである事も相まって今のトールズ二年の男子勢はかなり寂しい思いをしている、というのはクロウの談。
そんな彼女の演説を、ナギトは付近の高台から聞いていた。
「………さて、どうすっべ」
この場にナギトが居合わせたのはまったくの偶然だった。悪巧みを終えてユミルに戻る際に通ったルーレ市外で、決起するアンゼリカの隊を発見したのだ。
ナギトが悩むのは、このままアンゼリカ──《第三の風》に合流して親子喧嘩を見届けるか、あるいは単独で黒竜関に潜入するか、だ。
「……確か」
ナギトは数瞬考え込むと、後者を選択した。黒竜関に単独潜入。とは言っても無茶をやるつもりはない。せいぜいが“お話をする”程度の目的だった。
☆★
黒竜関の格納庫で巨大機甲兵“ゴライアス”を見上げるヴァルカンは、暗がりから出て来た人物に振り返って「よう」と声をかけた。
「誰かと思えば《剣鬼》じゃねえか。パンタグリュエル以来だな」
「ああ、こんにちはヴァルカン。今日は死ぬには良い日だな」
「フッ……どうやら俺の考えはお見通しってわけか」
《帝国解放戦線》幹部《V》──ヴァルカンは今日、この黒竜関で死ぬ。
少なくとも本人はその気で、ナギトはそれを言い当てた。
ヴァルカンは天井を仰ぐと、またすぐにナギトに向き直った。
「だが《剣鬼》に斃されて終わるのも悪かねぇ。どうだ、ここで一戦交えるか?」
「冗談」
「………はっ。確かに最期に焔を燃え上がらせるんなら、ある程度拮抗した相手じゃねえとな」
「あんたが望むんなら、してやってもいいぜ…介錯」
「それこそ冗談だろ。最期の最後は派手に散りてえのが男ってもんだ。お前とやり合えばそれこそ“戦闘”じゃなくて“介錯”になっちまう」
2人の会話は、軽快だ。互いに思考というフィルターを通しているのか疑問さえ覚えられる。
「んで、そろそろ本題に入れや《剣鬼》。どうしてここに来た? 表の親子喧嘩で黒竜関の守りはいつもより薄い。お前さんなら1人でも落とせちまうかもな。…そういうわけじゃなさそうだが」
「まあ……あんたに聞きたい事があってね。リヴァルの事だ」
「リヴァルか……パンタグリュエルじゃ仲良さげだったが。何が知りてえ?」
「過去。リヴァルが《帝国解放戦線》に入った理由。友人として、知っておきたい」
「は。友人か……そりゃいいが。俺も詳しくは知らねえぞ」
ナギトが黒竜関に潜入したのはヴァルカンに合ってリヴァルの過去について知るためだった。どこかおかしい友人の、そうなったであろう理由をナギトは求めていた。
そしてナギトの求めるままにヴァルカンは語った。
《帝国解放戦線》に加入するメンバーは、程度の差こそあれ、誰もが《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンに憎しみを抱く者だ。
「クロウは故国を併呑され、スカーレットは故郷を鉄道線路に潰された。ギデオンの旦那はディストピアに向かう帝国を憂い、俺は猟兵団を殲滅された。リヴァルは───真実を奪われた」
「真実を…奪われた……?」
「ああ。元は貴族らしくてな……どうやら領内で起きた異変について調べていた両親が殺されたらしい」
リヴァルが元は貴族。これにナギトは衝撃を受けはしたが、同時に納得もした。“アルヴァンス”というリヴァルの家名はどこか貴族らしい風雅を感じていたからだ。
「領内で起きた異変……」
「詳細は知らねえ。だが確か……南部とか言ってたな」
帝国南部の領地で起きた異変。それを調べていた両親が殺された事でリヴァルは《帝国解放戦線》に身を投じたらしい。
「……《鉄血》の野郎にやられたって意味合いじゃ、リヴァルは俺と同じで最古参らしいぜ。……当時まだ年端もいかねぇガキが、復讐を決意するなんざ……やっぱ碌でもねえ世の中だぜ」
「相当前の事なのか?」
「俺が団を潰された時期と被るってんなら、野郎が宰相に就任したあたり……百日戦役が終結した頃合いか」
百日戦役──エレボニア帝国とリベール王国の間で起きた戦争だ。戦力で勝る帝国が優位に戦局を進めていたが、王国の大佐カシウス・ブライトの作戦により各地を奪還され、ついには停戦した戦。1192年の出来事だ。
そう考えると、今から12年前にリヴァルは家族を失い、オズボーンに復讐を誓った事になる。
ヴァルカンの言う通り、リヴァルはナギトとそう変わらない年齢であろうから、当時はまだ子供だった事がわかる。
ナギトの思考が完結したのを見てとったのか、ヴァルカンは「俺が知ってるのはこんなもんだ」と話を締め括った。そして。
「あんたも、もう出てきてもらって構わねえぜ」
再び、格納庫の暗がりに声をかける。わずかな沈黙のあと、痩せぎすの男が姿を現した。
「なんや、真面目な話しとったから隠れてたけど、もうええんか?」
《西風の旅団》連隊長《罠使い》ゼノ。
どうやら隠れていたのは彼だけのようで、めずらしくレオニダスを連れていない。
「こっちの話は終わりだ。そろそろ良い時間みてぇだしな」
「俺も構わない。……ところで、どうしてここに?てっきり西部にでも行ってるかと思ってたんだけども」
ナギトはここでゼノが黒竜関にいる理由について尋ねた。何故か心底から、それを疑問に──不自然に思う自分がいることをナギトは自覚した。
「まあ、なんや。そこのヴァルカンが率いとった猟兵団《アルンガルン》はうちの団長も認めとってな。…そんな男が最期に一花咲かせるってんなら、見届けたいのが猟兵って生き物なんや」
「……クロウにでも言われて来たか?…何にせよ、西風の連隊長を勤める程の男に看取ってもらえるなら悪くない最期だぜ」
ヴァルカンはゴライアスに乗り込んだ。巨大に過ぎる質量は、自重を支え切れるのか怪しいものだが、ヴァルカンとしてはそれもまた良しなのであろう。
やがて格納庫からヴァルカンの乗ったゴライアスが立ち去り───、
「───んで、ずっと殺気を飛ばしてるのは何の意図かな?」
ナギトは、ゼノに向き直った。
「そんなん決まっとるやろ」にへら、とゼノが口角を緩める。次の瞬間、得物を抜いた。猟兵が好んで使うブレードライフル──その改造品。
「俺とお前は敵同士───、会ったその場でバトるのが筋ってもんや」
剣呑。そう評すべき雰囲気。最高峰の猟兵が放つ殺気───闘気が、色をもって周囲に溢れ出した。
「は」
笑う。そしてナギトは太刀を抜いた。
「別にいいんだけどさ。やめといた方が身のためだよ?」
挑発。直後、闘気を解放する。身体から漏れ出る闘気はゼノに倍し、身体に漲る闘気はさらにその倍以上だ。
ごくりと生唾を飲んだゼノに、ナギトは挑発を繰り返す。
「だってあんた、俺と相性悪いし」
ゼノはブレードライフルを構えると、ナギトに吶喊した。
「そんなん戦ってみてわかる事や!」
戦闘開始。
ナギトへ突っ込んだはずのゼノは急にブレーキをかけ、罠を投げた。それをブレードライフルで撃ち抜き、爆発を目眩しとする─────前に。
「大龍炎撃」
ナギトの太刀から放たれた大規模の龍炎が、ゼノの投げた罠を喰らい爆ぜる。
「ぐっ!」
爆発を目眩しにするつもりが、逆に利用された。ゼノは瞬時に理解し、ナギトの次のアクションを読む。
爆炎を裂いて迫る斬撃。緋空斬をブレードライフルで打ち消し、次いで迫るナギト自身の攻撃を受け止めた。
鍔迫り合い。拮抗はしない。肉体に込められた闘気の総量がゼノとナギトでは段違い。瞬く間に力負けしたゼノは吹き飛ばされる。
吹き飛ばされたゼノが体勢を立て直すより早く、ナギトはゼノに追いついて、その頭部を床に叩きつけ押さえ込んだ。
「虚空装填…幻造」
ゼノの意識が暗転した一瞬。宙に複数の剣が形造られた。ナギトの闘気を固めて造り出された偽物の刃だが、その機能は本物以上だ。
宙に浮いていた剣が射出されるようにしてゼノの五体を床に縫い付けた。
ゼノの口から漏れるのは痛みによる苦悶だ。それをもって戦闘は終了した。
「ほら、言った通り」
したり顔でナギトは言う。一拍おいてゼノに突き刺さっていた剣が霧散した。
「あんたの罠は俺の火力で押し潰される。あんたのスピードじゃ俺は上回れない。技も然り。……相性悪いでしょ?」
ゼノは呻きつつ立ち上がると「腹立つわ」と言った。
「急所もわざと外したみたいやし……手抜きが過ぎるわ」
「そりゃお互い様」
ナギトが幻造で形造った剣はゼノの身体を薄皮一枚裂くに留まった。そしてナギトもゼノが本気でなかったからそう出来たのだと言外に伝える。
「ま、ここは俺の負けやな。あんま時間もないし、そろそろ行こか」
ゼノはブレードライフルをしまうと、昇降機に向かう。先の約束──ヴァルカンの最期を見届けるという約束を果たすために。
ナギトもそれに追従する。ゼノは追ってくる若き男に戦慄せずにはいられなかった。
相性が悪い……なんて話じゃない。
ナギト・シュバルツァーに勝つためには、彼の馬鹿みたいな闘気の総量・出力に支えられたパワーとスピードを上回らなければいけない。それが無理なら卓越した八葉の技術を手玉に取らなければいけない。
パワー、スピード、テクニック……これらの要素がすべて高水準にあるのがナギト・シュバルツァーという男だった。
それは単に相性とかいう話ではなく、純然たる強さの話だ。
内戦が始まったあの日から、徐々に記憶を取り戻していき、それに伴い実力も《剣鬼》当時に近づいたと本人は語ったが、それは今も、加速度的に、取り戻しているのではないだろうか。《剣鬼》当時の──否、それを上回る剣聖としての力を。
ゼノは顔をしかめた。背後の男の実力が、自分が最強だと、最高だと信じる男に勝るとも劣らぬかもしれないと想像してしまったからだった。
☆★
「……そういや、いつからアイツらと通じてたんや?」
昇降機が黒竜関の上部までにナギトらを運ぶ合間の時間に、ゼノが問いかける。
「?」
ナギトは数瞬考えたが、意味がわからず首を傾げた。
「覚えとらんか?パンタグリュエルで話したやろ…ガレリア要塞でお前が《灰の騎神》と戦った後」
「あぁ、はいはい。俺とリヴァルとアンタとレオニダスの4人で話したやつっすね」
ゼノは「せや」と肯定する。
「あん時言うとったよな……英雄に成り果てた俺と、ひと月眠りこけてたリィン…ってな」
ゼノの言葉に唸りながら「言ったかな?言った気がするな…」と記憶を掘り返してみる。
「なんでリィン・シュバルツァーがひと月眠りこけてたって知ってたんや?……そりゃお前がⅦ組の連中と連絡とってたからやないんか」
「……おお、マジか……マジだな」
「騎神には起動者を癒す機能があるってのはクロウに聞いてな」とゼノは語る。ナギトはそれを聞きながら若干の戦慄を覚えていた。
まさか自分がそんな“犯人しか知らない事を失言した”みたいな展開に陥るとは。
というかそれ以上に、何故自分が“リィンがひと月眠りこけてた”事実を知っていたのか。もちろんⅦ組のやつらとは連絡なんてとってはいなかった。
「リヴァルに聞いてみても、ナギトが仲間と通じてた素振りなんてなかったって言うてたし……そこだけ疑問なんや」
ナギトは仲間と連絡を取っていなかった。監視役であったリヴァルはそう証言する。しかし事実ナギトはリィンが“ひと月眠りこけてた”と知っていた。それは確かに奇妙だ。
ゼノはナギトに答えを求める。もはやそれは単なる答え合わせでしかない。ナギトが貴族連合を離反した今、それは意味のない確認だった。
しかしナギトにとっては非常に重大な意味がもたらされた。
「“ナギト”は知らなかったよ。でも“俺”は知ってた───いや“俺たち”か。たぶんそれだけ」
ナギトの回答に今度はゼノが首を傾げる。しかしゼノは疑問を引っ込めた。すでに終わった問題だったからだ。
これが、この事実が重要なのは今やナギトにとってだけなのだから。
やがて昇降機が屋上に到達した。眼下……黒竜関の前ではリィンの《灰の騎神》とヴァルカンのゴライアスが戦っている。
アンゼリカとログナー侯爵の親子喧嘩はアンゼリカに軍配が上がり、そこにヴァルカンが横槍を入れたのだろう。
「………────」
そんな“確信”にナギトは目を瞑り、理解を納得に深化させる。
「────やはり、俺は」
いつだったか、リィンも言及していたではないか。
──「ナギトっておかしな性格だよな」
──「実は多重人格だったりしないか?」
ナギトはかぶりを振って思考を追い払う。
今はそれよりもⅦ組全員で内戦を乗り越える事が先決だ。自分の正体など、後回しにして。
それが逃避である事はナギト自身理解しつつ──。
リィンとヴァルカンの戦いに決着がついた。勝ったのはリィンだった。ヴァルカン──ゴライアスは巨体を動かす負荷に耐えきれず爆散した。
「派手な散り様や…」
「…どデカい花火だな」
それにゼノとナギトはそれぞれ感想を口にする。
そしてどちらともなく別れの言葉を交わし、別離した。
ナギトはそのあとⅦ組…《第三の風》、カレイジャスに合流した。
その後、アンゼリカとログナー侯によって戦後処理が行われ、黒竜関は一触即発の状況から脱した。 ログナー侯は一騎討ちでの敗北を受け止め、アルフィン皇女に誓う形で、“貴族連合からの脱退”、“内戦への不干渉”を宣言した。
ラインフォルト社にはイリーナ会長が復帰し、貴族連合の支配によって混乱していた各地のグループを再び統括、コントロールしていく事になった。
そして、カレイジャスは解放されたルーレに降り立ち、ラインフォルト社の協力を受けてカレイジャスは整備を受ける事になった。