閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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続く言葉は、終わったあとで。

 

《第三の風》に合流したナギトを待っていたのは仲間たちからの詰問だった。

ルーレ空港でカレイジャスを降りるなりⅦ組の者たちに連行されて空港の端にある談話スペースに着席させられた。

 

対面に座ったリィンは真剣な、慎重な面持ちで問いかける。

 

 

「誤魔化さないで答えてほしい。ヴァルカンから聞いた……ナギト、君が《閃嵐の騎士》だと。 これは…本当か?」

 

 

 

……どうやらヴァルカンの野郎が死に際に爆弾を投下していったらしい。

さて、どう伝えたものか…とナギトはしばし瞑目する。事情を知っているユーシスをちらりと見るが、深く息を吐くだけで助け舟は出してくれないようだ。

 

そんなナギトの沈黙は肯定を思わせたが、Ⅶ組の面子はあえて言葉を待つ。

 

 

───《閃嵐の騎士》とは、貴族連合の英雄だ。

 

現在、トワ・ハーシェルが代理艦長を務めるカレイジャスは第三の風──つまり第三勢力を嘯いているわけだが、その実態は正規軍寄りであると言える。正規軍と協力して双龍橋を陥落させ、先程はログナー侯爵家を貴族連合から離脱させた。
これらの行いは正規軍によった行動だ。では、なぜカレイジャスは正規軍よりの行動をとるのか?それに対する解は貴族連合を悪だと認識しているからである。


貴族連合はテロリスト《帝国解放戦線》を運用し、宰相の殺害を決行した。その後、機甲兵部隊で帝都を武力で支配下に置いた挙句、皇族を軟禁した。まさに国賊を呼ぶに値する行いである。

その国賊の英雄こそが《閃嵐の騎士》──ナギト・シュバルツァーである。

 

そんな事実を、ナギト自身に否定してほしかった。その態度が、雰囲気が肯定を示していたとしても。

 

 

「──本当の事だよ。俺は貴族連合にいた頃、《閃嵐の騎士》と呼ばれていた」

 

 

しかし、ナギトはⅦ組のそんな期待を裏切る。事実を語る事が救いになるわけではない。しかし嘘で誤魔化しても救われない。

 

 

「どういう…ことなんだ。説明してくれ……!」

 

 

「そうよ…私たちには聞く権利があるわ……!」

 

 

リィンの沈鬱な声にアリサが続く。

 

 

「俺たちはナギトと共にこれからも歩んで行きたい。だから、頼む」

 

 

穏やかな声音にしかし、確固たる意志が宿る。ガイウスの言葉は最早、Ⅶ組の総意だった。

 

 

こいつらは、いったいどんな展開を期待しているのだろう。思考の端で、ふとそんな考えがはじけた。

“やむにやまれぬ事情があって”、“どうしようもない事柄で”、“仕方なく”、ナギトが英雄──虐殺者を演じていたと、そう言って欲しいのだろうか。

 

 

───思い出す。戦乱の記憶。閃嵐の記録。

確かに、貴族連合のスパイとして活動するためには信頼を得る必要があった。信頼を得るには活躍するしかなかった。活躍するには暴力しかなかった。

それは確かに、仕方ない(クソ食らえ)

 

 

《閃嵐の騎士》として振る舞う事に、享楽を覚えなかったと言えば嘘になる。ナギトの裡に巣くう凡人性が名声に酔いしれてなかったと言えば嘘になる。

あの日々は暗黒ではなかった。それが結論だ。

 

前と同じようにクロウと笑い、リヴァルと友情を育み。ヴァルカンやスカーレット、ルーファスやヴィータ、アルティナ、ゼノとレオニダス、ブルブラン、デュバリィ、マクバーン、アリアンロード。彼らと話し合った日々は。《剣鬼》としての力を取り戻していった日々は。愉しかったのだ。

 

 

 

事ここに至り、ナギトは話す決意をした。

 

だが、まだ話す段ではない。話はする。だが、まだだ。

 

 

 

「……そうか。そうだな。それなら隠すわけにもいかないか。だけどアレだ、その前に時間をくれ」

 

 

だから、なんとかして時間を稼ぐしかない。誰かが何かを言いかけたが、機先を制するようにナギトは沈鬱な表情を作って言った。

 

 

「───わかってほしい。俺だって、軽々しく話せる内容じゃないんだよ……」

 

 

 

☆★

 

 

果たしてナギトの願いは聞き届けられ、その場は解散となった。
カレイジャスに戻った所で話すよう確約させられるが「それでもまだ早いんだよなぁ」とコーヒーを買って近場のベンチに腰掛けた。

 

 

別に《閃嵐の騎士》についてだけなら語るのに支障はない。しかし、それを語ってしまうとその他の事まで芋づる式に聞き出されそうな気がする。Ⅶ組の連中はなんだかんだ押しが強いから。

 

 

 

「うーむ」とベンチで唸りつつ、どうやって説明を先延ばしにするか思案していたナギトの目の前に二人の人物が現れた。

 


「あれ、どうした?」

 

 

疑問を口にするナギトに答えたのはラウラだった。

 


「私がナギトと話したいと思ったのでな。リィンにここまで付き添ってもらったのだ」

 


ラウラ・S・アルゼイド──長い青色の髪を風に揺らす、剛剣の使い手。琥珀色の瞳はやはり、出会った頃と変わらぬ輝きを湛えている。

 


「話、か?」

 

 

「うむ。ただの話だ。大切なものじゃない。学院にいた頃のように他愛ない話をしたいと思ったのだ」

 

 

ナギトはその言葉に少しだけ驚く。
他愛ない話。実りのない時間。ラウラはそういったものをあまり好まないと思っていた。
あらゆる物事を自らの糧として取り込むラウラだが、そのラウラが特に意味のない他愛ない話をしたいと言ったのだ。

この内戦中という特殊な状況下では尚更だ。

 

 

ラウラがベンチに座ったのを見て「じゃあ、俺はここで」と立ち去ろうとするリィンの腕をナギトが掴む。

 

 

「まあまあ。お兄ちゃんも一緒に話そうぜ」

 

 

こうして三人はベンチに座って話す事になった。

 

 

ナギトを中心に右にリィン、左にラウラが着席し、間違ってもナギトを逃さない構えになっていた。

ラウラがリィンと共にやって来た理由は何となく察していたナギト。自身を《閃嵐の騎士》だと明かしたのだ。人殺しの英雄だと。そんな人物と話そうと思えば恐怖が先立つのもわかる。頼りになる人物を側に置きたいと思うのが人情だろう。

 

 

会話が、始まらない。

巻き込まれたリィンはどこか気まずさを感じていた。解放したルーレの町の人々はどこか晴れやかさすら感じる表情をしているというのに、その解放に一役買った自分たちは未だ圧政下にあるかのような重圧を感じていだ。

 

ここで口を開くのがⅦ組の重心としての役目───意を決したリィンは話題を提供した。

 

 

「ナギトが《閃嵐の騎士》だって事は、あのガレリア要塞やバリアハートの街道の時、俺と戦ったのもナギトだって事でいいのか?」

 

 

「おう、俺だ。どうだった、正体隠せてたかな?」

 

 

「正直、微妙だな。言動とか戦技とか、ナギトらしさがあって……だから俺は、ナギトが《閃嵐の騎士》だったって聞いてむしろ納得さえしてるよ」

 

 

確かにリィンは当時「ナギトなのか?」とバリアハートの街道で問いかけていた。無論、答える事はしなかったが、内心焦っていたのは言うまでもない。

 

 

「そうだ、戦技と言えば最後の──ヴァリマールを撃ち落としたアレはいったい何だったんだ?」

 

 

「アレか……。アレについては私も気になっていた。是非話を聞かせてくれ!」

 

 

 

一度会話を始めればこの通り。剣術に傾倒する3人が集まれば、それに近しい談議が始まるのは物の道理だった。さっきまでの雰囲気の悪さはどこへやら、年頃の少年少女がするにはやや幼い瞳がナギトに向けられた。

 

 

「ありゃ“超過式”だ」

 

 

ナギトは短く言った。説明不足が過ぎるが、そのネーミングにリィンのラウラの2人は惹かれる所があったようで、さらに話にのめり込む。

 

 

「俺が貴族連合にいた時、ほんの一時だけだったが《鋼の聖女》さんに教えを受ける機会があってな、その時に教えてもらったのが“超過式”だ」

 

 

実際は得物に普段から闘気を注ぎ込んでおくように言われただけで、そこからはナギトの発展だが、そこは言うまい。

2人は《鋼の聖女》の名が出た事に驚きつつも、同時に納得している。レグラムでの特別実習の際に対峙した時に味わったアリアンロードの隔絶した実力を思い出していた。

 

 

「タネは簡単。非戦闘時から武器に闘気を注ぎ込んでおくだけ。それを有事の際にああして解放する。……そうする事で瞬間的にだが、自己の最大出力を超過した技を出せる」

 

 

ナギトはアリアンロードと話した時のようにタンクと蛇口に例えて説明した。

戦闘において非常に重要な要素となる“闘気”。その総量が多ければ継戦能力は高くなり、最大出力が大きければ、技の規模もデカくなる。

ナギトの“超過式”は自身の最大出力に加え、太刀に込めていた闘気を解放する事で、一時的に自身が出せる全力以上のパワーを発揮できるというわけだ。

 

 

「扱いが難しいから、解放した闘気を段階的に固めていってるんだけどねー」

 

 

と、軽々しく語るナギト。太刀に込めていた闘気をそのまま刃に流し込めれば話は早かったのだが、それをするのは難し過ぎた。故に一度太刀から解放して周囲に拡散しようとする闘気を押し固めて武器とするのだ。

 

 

「あの時使ったのは解放した闘気を4つの矢の形に押し固めた“四象絶矢”──まあ、あれで騎神に通じる威力があれば上々かな」

 

超過式にはさらに上の段階がある。解放した闘気はまず8つに固められ、次に4つとなり、2つとなり、1つになる。解放された闘気の総量は変わらないため相手に与える総ダメージも(全段ヒットすれば)変わらないが、一撃の威力としては四象絶矢は下から2番目だ。

 

 

 

ナギトが教えるがままにリィンとラウラはそれぞれの得物に闘気を込めるが、2人ともその状態が保持できるのは精々5分だった。

武器がギリギリ壊れない程度の量の闘気を込めつつ、それでいて他の事もしないといけないのだから大変なのだ。戦闘中にほんの数十秒保たせるだけのSクラフトとは話が違う。

 

 

「俺は蓋をするイメージだな」とナギトはアドバイスする。

 

 

「まあ込めるってより溜めるって感じだから瞬時に闘気を変換できないのが玉に瑕だけど」

 

 

“込める”ではなく“溜める”。そんなイメージ付けのおかげでナギトは今や就寝時以外は常時闘気を太刀に閉じ込めているような状態だ。

 

やはり軽々しいナギトの言葉にリィンとラウラは戦慄する。言っている事は何となくわかるが、どうやっているかが全くわからない。共に肩を並べて戦う仲間の、その背のなんと遠き事か。

 

 

 

そんな剣術談議が一段落して。

3人の間に流れる空気は柔らかなものになっていた。ナギトが例え《閃嵐の騎士》であっても、自分たちの知るナギトには変わりないのだとリィンとラウラは心底から理解した。

 

談笑の合間。ベンチに座っている3人は風を感じた。どこからか機械の駆動する音が、あるいは釘を打つ音が聞こえた気がした。

黒銀の鋼都ルーレの日常を取り戻したのだという思いが3人の胸中に去来する。

 

リィンはそろそろ本題に入ってもいいのではないかと感じた。いや、そもそも他愛ない話が目的なのだから本題もなにもないのだが。

 

横目でちらりとナギトの様子を伺う。ころころと表情を変えたナギトは最後に“ナギト”の顔になった。

 

 

 

 

「俺はな、ラウラに惚れてる」

 

 

 

爆弾、投下。

横顔から多少の予測をしていたリィンは飲み物を吹き出さずに済んだが、不意打ちで想いを告げられたラウラはバッと振り向くと口をぱくぱくさせた。

 

 

「い、いきなり何を言い出すのだそなたは!?」

 

 

動揺にまみれたラウラの言動。顔を真っ赤にした様は何とも愛らしく、ナギトは笑んだ。


 


「はっはっは。そう取り乱すでない。いや悪いな、他愛ない話をしたいってのに、愛の話をしてよ」

 

 

「かっかっか」と景気良く笑うナギトを「最悪のセンスだ」とリィンは評した。ラウラもうんうんと頷き──、何とか平静を取り戻す。

 

2人の様子を見計らって、ナギトは言葉を続けた。

 


「いや、実際な?どうして俺はラウラに惚れてるのかずっと理由がわからなかった。まあ、そういうのが恋愛感情なんだと思ってたんだが、少しばかり記憶を取り戻して、なんで俺がラウラに惚れてるのかわかったんだよ」

 

 

惚れた腫れたは人のさが───説明できないはずのそれを、論理的に解明しようとするナギトにリィンは空恐ろしさすら感じたが────

 

 


「俺にとって、ラウラは高嶺の花だったからだ」

 

 

“高嶺の花”とは自分には手の届かないものに対して使う言葉だ。美しく魅力的な人や物、あるいは高価なものに対して使う言葉だ。

 


「高嶺の花……? 確かにラウラは子爵家の息女だけど」

 


身分だけ見れば男爵家の養子と子爵家の令嬢。平民と貴族ほどの隔たりはない。


リィンの言葉をナギトは遮る。「違う。そういう意味じゃないんだよ」と。「まあ、とにかく惚れた理由はな?」と誤魔化すように話を戻した。

 

 

「容姿か?もちろんそれもある。性格か?大部分を占めてるさ。だけどな、根っこの部分は違ったんだよ」

 

 


ナギトはそこで一旦、言葉を区切る。
何故リィンを呼び止めたのか、その理由は続く言葉の内にあった。

 

 

 

「“剣”だよ。“剣の道”と言うべきかな」

 

 

 

“剣の道”────それはⅦ組でこの三人だけが歩む道だ。
剣を使うだけならユーシスがいるが、彼は剣を使うだけで剣と共に生きてはいない。
フィーもまた、双銃剣という武装を有するが、あれは戦場で生きるための兵器でしかない。


故に“剣の道”に生きるのはⅦ組ではこの三人だけなのだ。

 

 


「ラウラの剣はどこまでも真っ直ぐだった」

 

それはきっとナギトやリィンだけでなく、ラウラに関わった人すべてが抱く思いだ。

 

 

「百人中百人が正道の剣と呼ぶだろう。だけど、俺の剣は邪道の剣──邪剣だった。歩んでいたのは修羅の道だ。詳細は省くが、俺はかつて《剣鬼》と呼ばれた人殺しだった。《剣鬼》は共和国で100人以上を十日で斬り殺した」

 

 

100人以上をたったの十日で斬り殺す。それはもはや悪鬼羅刹の所業だ。

 

 

「その剣はまさしく、目的のためなら手段を選ばない修羅の剣だ」

 

 

そうだ。当時《剣鬼》は手段を選ばなかった。清濁問わず併せ呑む事こそを信条としていた。

 

 

「そんな邪剣を振るった俺には、ラウラの正道の剣が眩しく輝いて見えたんだ。記憶はなくても、身体は邪剣を振るった過去を覚えている。だから正道の剣を振るうラウラは手の届かない存在だった」

 

 

修羅と堕ち、血に塗れ、ついにはそれすら貫き通せなかった弱い自分。それに対してラウラは真っ直ぐ過ぎた。

その生き様は輝く星のようで。目を背けさせない煌めきを宿していて。

 

 

「高嶺の花ってのはそういう意味だよ」

 

 

ナギトの言葉に、空恐ろしさを見出したリィンだったが、続く言葉は惚気のように思えた。

 

 

「だから、惚れた。だから、憧れた。正道を歩む剣に、それを振るうラウラの“剣の道(生き方)”に」

 

 


穏やかな表情で、静かに語ったナギト。
その独白には口を挟む事が許されない雰囲気があった。その想いがどれだけのものなのか、二人は理解した。

 


「すまぬ。今の私はそなたの想いに対して返せるだけの言葉を持たぬ」

 

 

だが、その想いに応えるだけの言葉をラウラは持っていなかった。

 

 

その返事にナギトは瞑目し「そうか」と納得した表情を見せる。

 

 

「ま、全部が終わったら……って話だったしな」

 


二人に聞こえるか否かくらいの音量でナギトは呟く。それは、今や輝かしき思い出の象徴。士官学院祭での約束だった。

 

──「全部終わったら、俺の方から正式に言わせてほしい」

 

 

その全部というのは、学院祭でのステージが成功したら……という意味だったのだが、学院祭から矢継ぎ早でトラブルが起こり、“全部”が終わるのが遠くなってしまった。

これでは「付き合ってくれ」と言うのがいつになる事やら。
告白するのが全部終わった後なら、その返事も自然と全部が終わった後だ。

だから、今はその言葉だけで満足する事にした。

 

 

 

一瞬の後にナギトは立ち上がり、二人を見る。

 


「すまんな、こんな話をして。もう話すって雰囲気でもなくなったし、俺、カレイジャスに戻っとくわ」

 


軽い愛想笑いを見せて、ナギトはカレイジャスが停泊してあるルーレの空港に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 


真実が露見するまで、時間は僅かしか残されていない。

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