ルーレで補給を終えてカレイジャスに戻ったⅦ組は、ナギトに話の続きを要求した。さすがのナギトもⅦ組総員に詰め寄られては苦笑いで受け入れる他なく、15時にブリーフィングルームでこれまでの事実を詳らかにするように約束させられた。
「それでもまだ早いんだよなあ……」
正直な話、《閃嵐の騎士》についてだけなら説明するのも吝かではない。あれはあくまで軍人としてのつとめを果たしただけ。士官学生であるⅦ組の連中ならば受け入れる下地はあるだろう。
しかし、問題はその後だ。今、ナギトがやっている悪巧みにまで言及されるとまずい。
今のⅦ組メンバーは、内戦が始まる以前よりずっと鋭くなっている。感性が冴え渡っている。ナギトの企みまで暴かれてはおしまいだ。
なので、何とか件の説明会を先延ばしにしようと勘案しつつ歩いていると、捜し人──もとい、捜し猫を発見した。
「セリーヌ」
「なによ」と振り返る黒毛の艶猫。人語を解するこの猫は魔女の末裔であるエマの使い魔にしてお目付役。猫の姿をした“魔”…というのがおそらく最も正しい表現なのだろう。
「ちょっと、いいか」
そんなセリーヌに頼み事をするナギトだった。
☆★
「───それが逆に致命傷になった……さあ、そろそろ潮時だぜ。正体を現せ!《変態紳士》ブルブラン!」
ナギトがそう言ってマキアスに人差し指を突きつけた。それは、推理小説にある「犯人はお前だ!」と問い詰める探偵役のようだった。
と、こんな茶番が行われているのには理由があった。
15時、《閃嵐の騎士》についてナギトから聞き出すためにカレイジャスのブリーフィングルームに集まったⅦ組に《怪盗B》───ブルブランからの挑戦状が届いたのだ。
挑戦状曰く、すでにブルブランはⅦ組の誰かに変装しているから、それを見破ってみせろ、と。
そういう事で、実力的に最も入れ替わりがありえないであろうナギトが探偵役に推薦され、それを務め上げたわけだ。
突きつけられたマキアスは高笑いを始める。
「フ、フフフフフハハハハハハハハ!良くこの謎を解き明かした。《剣鬼》……君がいるために、本来考えていたものより少しばかり難易度を上げておいたのだが──、ものともせぬか!さすがだ、ナギト・シュバルツァー。だが一つ訂正しておこう!私は《怪盗紳士》であり、断じて《変態紳士》ではない!」
高笑いする彼は姿をマキアスからブルブランへと変貌させる。どこからか花びらが舞い散る様は、優雅ではなく珍妙。奇術師か、あるいは道化師か。どことなくナギトと同じ人種くさい。
「うるせえ!つーかマジいいタイミングでしたありがとうございます!」
「なぜ礼を言われているかは知らないが、素直に受け取っておくとしよう!ではⅦ組の諸君、さらばだ!」
ブルブランはそう言うと、より一層花びらを舞い散らせて消失した。ナギトが彼の正体を見破ってから一分に満たない間の出来事であった。
座ったままのリィンたちには、まさしく嵐のように感じられたのだろう。舞台でも見ているような表情をしていた。
その後、マキアスが男子トイレから発見され、ナギトの《閃嵐の騎士》についての席が再び設けられた。
「ひとつ問おう」
探偵役をやった時と同じ上座で、ナギトは厳かに口を開く。
それはナギトらしくない神妙さで、それゆえに本気度も推し量れる。あるいはそうした演技かもしれないと、Ⅶ組メンバーは理解していた。
それも、ナギト・シュバルツァーという男の千変万化する性格、態度、対応のせいだ。
「お前たちは」
しかし。
「俺の」
そんなⅦ組メンバーの慧眼を。
「《閃嵐の騎士》の」
覆って、盲目にさせるだけの雰囲気をつくる事ができるのも、ナギトがこれまで培った技能であった。
「真実を、知りたいか?」
《閃嵐の騎士》の真実。それはつまり、貴族連合に潜入していた時のナギトの行いについてだ。
帝国時報を遡れば、その活躍ぶりがわかる。貴族連合の新兵器、機甲兵の最新鋭機体を駆る英雄。
戦場での英雄とは即ち───虐殺者を指す。
そんな惨憺たる真実を、本人の言葉で伝えられる。実感として、Ⅶ組メンバーに刻まれる。
そうなったらきっと、これまでクラスメイトだったナギトを見る目が変わる。これまで通りの関係じゃいられなくなる。
そんな恐怖は皆にあった。それでも、そんな妄想は振り払ってナギトの真実を掴みたいとⅦ組メンバーは今こうして集っているのだ。
「なによ、ここまで来て先延ばしにする気かしら?」
皆の意見を代弁したのはアリサだった。気の強さが表れた赤い瞳でナギトを貫く。なんだかんだでナギトとアリサは相性が
しかしそんな関係性も、本気になったナギトには通用しない。
「……ああ、そうだ。先延ばしにする。その方がきっと、俺たち全員のためになる」
これはナギトの本心だった。曝け出されたそれに、向けられたアリサ──Ⅶ組メンバーは眉根を寄せる。既視感を覚えていた。
「そうだよな。ブルブランの登場に、真実を知る事の意味。……思い出すよな、ユミルに湯治に行った時のこと」
そうだ、と得心するⅦ組メンバー。皇族の招待でユミルに湯治に行った際、季節外れの大雪に見舞われた一行は、その原因を突き止め解消した際にブルブランと邂逅していた。
その時、ブルブランとリィンの間で起きた問答に“真実を知る事と真実を得る事は同じではない”という結論があった。
「リィンは言った……真実を知る事と、真実を得る事は同じじゃないと。俺がここで《閃嵐の騎士》についての事実を語ったとしても、それはきっと俺の真実を押し付けるだけになってしまうだろう」
「真実の押し付け、か……」
マキアスは考え込むように呟いて、眼鏡のクイと持ち上げる。
「事実と真実……ナギト、そなたはここにどのような違いを見出しているのだ?」
そこに、ナギトの言葉を読み解いたラウラが質問をぶつけた。
「事実とは発生した事。そして真実とは───解釈だ」
真実とは解釈である。起こった事象に対して、自己がどういった感想を抱くのか。ナギトはそう語る。あの時のリィンの言葉とも矛盾しない説明だった。
「だから、俺はここで語りたくない。俺の《閃嵐の騎士》の真実を伝えても、それは俺の主観だ。お前たちが自ら調べ、手にするはずだった真実とは乖離すると思う」
「それはもはや洗脳と言えるのかも」とナギトは締め括る。以上がナギトが《閃嵐の騎士》について話したくない理由だった。もちろん嘘だが。
しかしナギトの顔は真剣そのもので、そんな見せかけの誠意に誑かされたⅦ組メンバーは、この会議を延期する事にした。
「だが、その前に……だ」
と、解散する前にリィンが立ち上がり帝国時報をテーブルに置いた。
「ん、忘れるところだった」
フィーは軽々しくそう言い、他の皆もまだ議題があった事を再確認する。おそらくナギトを除く全員に共有されているものなのだろう。
「これは最新の帝国時報だ。大きな見出しとしてはログナー侯爵の貴族連合からの脱退があるが、他にも“《閃嵐の騎士》活躍!”という見出しもある。……これについてはどう説明するつもりだ、ナギト」
リィンから差し出された帝国時報を受け取り、文面に視線を向けた。そこには確かに《閃嵐の騎士》が西部戦線で活躍したとの文字が踊っている。
「まさかとは思うが──、たびたびカレイジャスを降りては貴族連合に合流し、《閃嵐の騎士》として活動しているわけではあるまいな…?」
ナギトは《閃嵐の騎士》であり、《閃嵐の騎士》は未だ貴族連合の英雄であり続けている。
そうなれば、ナギトがまだ貴族連合と繋がっていると推理するのも頷けるというものだ。
「違うよ」
ナギトに疑いの目を向ける──そんな嫌な役目を買って出たユーシスに正面きって否定する。
「俺はⅦ組を裏切らない。詳しくは、さっきの事に抵触しそうだから言わないけど、その《閃嵐の騎士》は俺じゃない」
きっとこの《閃嵐の騎士》はリヴァルだ。機甲兵プロトタイプ───オルディーネ・イミテーションには多くの予備パーツがあった。おそらくそれで新しい《閃嵐の騎士》を組み上げたのだろう。
やはり誠意らしきものを感じさせるナギトにはⅦ組メンバーも「信じる」と言葉にする。
「ありがとう。そして───」
そして、ナギトは帝国時報をテーブルに叩きつけて立ち上がる。
「真実を得るための第一歩は示してやろうともさ」
☆★
真実を得るための第一歩として、ナギトが示したのは帝国時報の隅に掲載されている記事だった。
内容は“幻獣による被害”についてだった。
「今この帝国各地で出現している幻獣……まあ特別強い魔獣、魔物と考えてもらえりゃいいかな」
魔女の末裔であるエマによれば、霊脈が活性化した事で上位次元からこちらの世界に顕現した存在。
「俺は単独行動中、こいつらについて調べ回ってた」
と、ここでナギトは先も問われたカレイジャス合流後の単独行動時の内容について触れた。
「帝国東部で確認できた個体数は5体。……今の俺たちなら倒せると思う。どうだみんな、やってみないか」
「やってみないか」なんて言いつつ、ナギトはⅦ組の面々が、この提案に乗ってくる事はわかっていた。民間人に被害が出ていると帝国時報は報じている。お人好しのⅦ組メンバーが、これを助けようとしないわけがない。
案の定、Ⅶ組全員が“幻獣を討伐する”で意見を固めた。
それからナギトは単独行動中に得た情報をⅦ組に共有した。幻獣の生息する地点、特徴、戦い方など。
「霊脈のバックアップを受けてるからか知らんけど、リジェネ……じゃねーや、常に軽いティアがかかってるみたいな状態だから、戦略的撤退の後、仕切り直しても相手の体力満タンからスタートだから気をつけて。あと、基本的にやつらは仕掛け───」
あっぶね!とナギトはセリフを飲み込んだ。
基本的に幻獣は、こちらから仕掛けないと敵対しない。つまりは各幻獣の射程距離外からなら先制攻撃が可能である。──そんな説明をしようとして引っ込めた。
幻獣がこちらから仕掛けないと敵対しないなら、幻獣は誰かが刺激したから各地で被害をもたらしていると誰かが勘づきそうだったからだ。
幸いにしてこの発言は誰にも取り上げられる事はなく、ナギトは次に幻獣同時討伐作戦を提唱した。
「なんで同時に討伐すんのよ。多人数でかかった方が勝率も高いでしょうに」
サラから挙がった疑問は尤もなものだった。幻獣なんていうただでさえ強い敵に、あえて戦力を分散して戦う理由。
「確かではありませんが」とナギトは前置きして答える。
「幻獣たちはおそらく霊脈を通じて繋がってます。一匹倒しても他の幻獣が健在ならそのうち復活してしまう可能性がある」
これはハッタリだ。実際にそういうシステムがあるかないかも知らないナギトだったが、同時討伐の必然性を高めるためには嘘も方便だ。
「なるほどね。…エマ、実際そういう事はありえるのかしら?」
そんなナギトの用意していたかのような返しに、サラはエマに話を振った。エマの魔女としての見識が問われる。
「あまり聞かない話ですが……」
「まあ、そういう事もあるんじゃない?」
そんなエマのセリフを奪ったのはセリーヌ。ナギトのフォローをする形になったのは、先ほどの密会で抱き込んだおかげだろう。ナギトはそっと胸を撫で下ろす。
サラは「ふぅん」と疑問を引っ込めた。まだ何かしらの違和感は抱いていそうだ。そこをつっこまないのはナギトの思惑をどこまで見透かしているからか。
その後は特に反対意見もなく、ナギトの「お前たちの成長を見せてくれ」という言葉も後押しして、幻獣同時討伐作戦は可決。実行される事になったのだった。