閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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剣鬼覚醒

 

《剣鬼》とは、かつてカルバード共和国で100人斬りを成し遂げた剣客につけられた渾名だ。

今や界隈でも風化しつつある名前で、その正体を知っている者も少ない。そして、その由来を知る者も。

 

ジン・ヴァセックは、対峙した剣士に静謐と激情を見た。《剣鬼》とは彼がつけた異名だった。

《剣鬼》とは、もちろん鬼のように強い剣士…という意味合いもある。

しかし、ジンが彼をそう呼んだのにはそれ以上の理由があった。

一見すると、無慈悲に人を殺す暗殺者。返り血にすら零度の印象を覚える冷たい瞳。しかしてその剣にはごうごうと燃え盛る激情を感じる。それこそ、鬼を想起するほどの熱量だ。

 

面白いのは、激情()理性()で覆っているわけではなく、(激情)の上に(無慈悲)が成り立っている点だ。

そんな摂理を無視した男に、ジンは“鬼”を感じたのだ。

 

 

 

☆★

 

 

 

 

 

ナギトは唐突に「ケルディックに降ろしてくれ」と言い出した。それを聞いたリィンは当然のようにその理由を聞く。ジト目だ。

 

 

「俺が前、黒の史書について知ってるか聞いた事があっただろ?その黒の史書の一部がケルディックの市場に出回ってるらしくてね、それを入手しようかと思ったわけ。ええ、悪巧みも終わった事ですし」

 

 

黒の史書と聞いて、リィンはそんなワードも聞いた覚えがあったなあ、と思い出す。

 

 

「理由はわかった。でも、なんで俺に頼むんだ?艦長代理のトワ会長に言えばいいのに」

 


「あー、それな。頼んだけどさ、今の俺ってやっぱり怪しさマックスらしいんだわ。会長ってば口には出さないけどさ。だからまあ、降りる前にⅦ組のやつらに伺いを立ててからならOKだと」

 


「なるほどな。確かに今のナギトは少し得体の知れない不気味さがあるし、正しい判断じゃないかな。会長の事だから義理の面も考えたんじゃないか?」


「お前、義弟に向かって言いたい放題だな」

ナギトはそう言いつつも、リィンの意見に賛成する。確かに自分がかってにカレイジャスから降りるのはⅦ組のみんなに義理を通してるとは言い難い。

特に今は色々な嫌疑がかかっている状態だ。あまりかってに動くと、いらぬ疑いを持たれてしまうだろう。

 

そういうわけでリィンがその是非をⅦ組の面々に話に行く流れになった。数十分後にはⅦ組総員の大所帯になって帰ってくる。予想通りの展開だった。

 

 

「またカレイジャスから降りたいですって、ナギト?」

 

例の如く、やはり一番目にナギトに言葉をぶつけたのはアリサだ。

若干、責める口調だったためにナギトは目を逸らして「あ、はい。そうです」と小声で答える。アリサこわい。

 

 

ナギトの返事を受け取ってアリサはカッと目を見開き、罵詈雑言が飛び出す……かと思いきや、そのアリサをマキアスが「まあまあ」と宥める。

 


「ナギト。君は今、ただでさえ微妙な立場なのに、それでも単独で動く気か?」

 

マキアスの言う事は正論だ。
だが、それは少し違う。言っている内容は正論なのだが、的外れなのだ。マキアスの言葉に誰かが続く前にナギトはその勘違いを正した。

 


「いや、俺は別に単独で動くって言ってるわけじゃないんだが」

 


そもそも、ナギトが単独で動くというのがこの話題の肝なのだ。
そんな事を言っていないにも関わらず、単独で動くという前提で話が始められたのは、これまで一人で行動していたからだろう。“ナギトがカレイジャスを降りる時は単独”というイメージが定着してしまっていたのだ。

 


そこから話は疾く詰められた。
単独で動くわけじゃないと言ったナギト。しかしⅦ組に預けられた依頼でまだ片付いてないものがあるために全員で行くわけにはいかない。誰かがついて行くのが良いが、誰が行くか?名乗り出たのはラウラだった。ラウラが共に行動する事で、ナギトはⅦ組との別行動が許された。

 

 

こうしてナギトはラウラと共に、ケルディックへと降り立った。

 

 

☆★

 

 

 

「うん、まったくわからん」

 


ケルディックの大市にて、予想よりはるかに簡単に黒の史書を入手したナギト。
早速ページをめくって見ると、中身は古代言語らしきもので埋め尽くされていた。当然読めず、内容もわからず仕舞いだ。


とりあえずこれはトマス教官にでも解読を依頼しよう。あの人は歴史担当だったし。とナギトは黒の史書を懐にしまった。

 

 


ナギトはちらりと横目でラウラを見て「それで?」と言葉をかける。

 


「なんでラウラちゃんは俺の連れ合いに立候補したのかな?もしかして本格的に惚れちゃった!?」

 


少し興奮気味のナギトにラウラは「いや」と首を横に振る。それに精神的ダメージを受けながらもナギトは平静を装ってラウラの言葉を待つ。

 

 


「そなたが我らに合流してからこれまで、あまり話す機会がなかったと思ってな。こうしてついてきたわけだ」

 

 


それはナギトも考えていた事だった。
自分はカレイジャスと合流したはいいものの、悪巧みの件や今回の黒の史書の入手やらでろくに他のメンバーと話していない。

しかし、それでも自分たちの友情が壊れる事がないと思うのは、おそらく自惚れだ。
ただでさえ《閃嵐の騎士》の正体についての疑問から端を発する今の状況では、仲間たちとの日常を大切にすべきなのにそれをしようとしない。ナギトは自覚していながらも直そうとしない。いろいろな気持ちが渦巻いているのだ。


仲間たちとの日常で再び友情を育めば、自分の真実を知った時でも彼らは自分を受け入れ易くなるだろう。だがそれを考えてやるのは卑怯なのではないか?
自分のいない間に仲間たちには何があった?それを聞こうともしないし、自分が何をしていたのかも話さない。これでは仲間たちからの不信感は募るばかりだ。
それなのに悪巧みの件で目立った事をしてさらに不信感は増加した。悪巧みが成功した途端に、仲間たちに自分が受け入れられるか不安になってきた。


 

ああ、ダメだ。これまでは考えないようにしてきた事が頭の中で飽和する。俺は小物なんだよ、もう勘弁してくれ。いっぱいいっぱいなんだ。もう小さい器には入りきらないほどのものが詰まってる。決壊寸前なんだ。パンクする。

 

自己嫌悪と不安と心配で頭の中がいっぱいになる。

そんな時だ、可愛らしい女の子が「あの…」ナギトとラウラに話しかけてきた。

 


「なにかな?」

 

 

童女と言っても過言ではないほどに幼い女子。ベンチに座っていたナギトに話しかけたのは、見知らぬ──実習の際に会ったかもしれない──少女だった。

 


「お兄ちゃんたち、あの大きな魔獣を倒した人たち?」

 

 

 

────その問いに、ナギトは計画の成功を確信した。
ニヤリと口角が歪む。それをそのまま優しげな笑顔に変化させて、その問いに答えた。

 

 

「そうだよ」

 

 

大きな魔獣とは、幻獣の事だった。
ナギトに頼まれたセリーヌの魔術により、帝国東部の町々の空には映像が投射され、Ⅶ組による幻獣討伐の様子が放映された。
ゆえに、この少女が自分たちが幻獣に立ち向かう勇姿を目撃していても何ら不思議ではないのだ。


その答えに、少女の笑顔が花開く。
「すごい!すごい!」と騒ぐ少女に、ケルディックの住民たちは気を寄せ、結果ナギトとラウラの周囲には人だかりができた。
幻獣討伐を称賛される。中には「ありがとう」と礼を言う者もいた。ケルディックは幻獣ヘイズルーンによって被害が出ていたのだ。礼を言われるのも当然と言えよう。
囲まれて称賛を浴びながら「トールズ士官学院の生徒として当然の事をしたまでです」と笑顔を見せる。その笑顔の裏に歪んだものを隠しながら。

 

 

 

 

しばらくして人だかりから解放されてから、ナギトとラウラは風見亭で食事を摂っていた。少し遅めのランチだ。

 

そこでナギトはラウラに幻獣討伐作戦の種明かしをした。

幻獣討伐作戦ではセリーヌの力を借りて、Ⅶ組の面子が戦う様を放映した事。セリーヌの魔力では五班同時に放映できないため、幻獣討伐は同時ではなく連続で実施した事など。

 

そうした理由については「秘密」で通す。これもまた《閃嵐の騎士(ナギト)》の真実に至るための経路なのだから、という論法だった。

 

その説明が終わってからの会話の内容は近況報告や面白かった事など、実に他愛のないものになる。ナギトは久しぶりに日常の大切さを思い知り──途端に外が騒がしくなった。


ピリついた気配を感じた二人はアイコンタクトをして、同時に店から飛び出した。


風見亭の外には、二足歩行の兵器が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、《剣鬼》が覚醒する。

 

☆★

 

 

その報せを受けて、リィンたちがケルディックに到着した頃には、すでに全てが終わった後だった。

 

 


「なんだ……これは……」

 

 


一言で表現するならば、悲惨。

ケルディックの建物は少し煤けている。焼かれたがすぐに鎮火したのだろう。
煤けた建物の横にはコックピットから両断された機甲兵があった。

コックピットの内部は空っぽで、未だ渇かぬ血の跡が残っている。血溜まりと表現してもいい。明らかに致命傷を受けたと思われる。コックピットに乗りながらにして、だ。そんな機甲兵が、五つ。町に転がっていた。

 

 

 


カレイジャスに報せが届けられたのはつい先刻だ。それからカレイジャスは全速力で空を駆け、ケルディックに舞い降りた。

 

報せの内容は二つだ。
一つは、クロイツェン州、オーロックス砦所属の領邦軍がケルディックに焼き討ちを仕掛けた事。
一つは、ケルディックに焼き討ちを仕掛けた分隊戦力が全滅した事。

 

 

リィンは全滅の言葉の意味を履き違えていた。
軍隊においては約3割の損害で戦闘不能と判断されるケースが多い。戦闘不能、つまり全滅だという認識だ。しかし、今のこのケルディックにおいて全滅とはまさしく、文字通りの意味であった。

全て残らず滅されている。一個分隊+機甲兵五機が。

血痕は町の出口付近にもあった。逃げようとしてやられたのだとわかる。

 

 

 

 

そして、これを誰がやったのかも。すでに理解していた。

 

ケルディックに入った瞬間から全身に突き刺さる濃密な死の気配。


死をイメージさせるほどの気が、この場に焼き付いている。

 

それは覇気というには禍々しく、烈気というには冷ややかで、殺気というには刺々しい。

 


それは、鬼気だ。

 


死を覚悟させる殺気ではない、死を恐怖させる鬼気。

「なんだかここ、怖いよ」とエリオットが口にした。エリオットは武芸者ではない。
にも関わらず、この場に残る鬼気を肌で感じ取ったのだ。それほどまでに濃密に凝縮された鬼気がある。

 

リィンはこの鬼気を感じたことがあった。
あれは、帝都の地下で《帝国解放戦線》に攫われたアルフィンとエリゼを救出した時の事だった。
先を行く背中から発される鬼の気配は、確かに畏怖を覚えるものだった。

ここに残る鬼気は、あの時以上のものがある。

ここまでくれば、憎悪と言っていいだろうそれから早々と離れ、怪我人が集められているという教会へと向かった。

 

 


リィンたちを出迎えたのは、ケルディック大市の元締めであるオットーだった。
オットーは挨拶も控えめに、リィンたちをナギトの元へと案内した。

本来なら怪我人で溢れかえっているはずだったそこは、軽傷者が少しいるくらいであった。
その者たちはすべて、部屋の入口近くに陣取っている。奥の方のベッドは空いているのにどうして入口ばかりに集まるのか、その理由は一見して判明した。


一番奥のベッドに横たわる、青い髪の少女。
目を閉じた彼女の手を握る黒髪の少年から漏れ出す鬼気が、近づく事を許さないのだ。

 

 

リィンがナギトの肩を叩くと、ナギトはよろよろと視線を向けた。

 

 


「ぁ………リィン、みんなも」

 

 

リィンが「どうした?なにがあった?」と問うより早く、泣きそうな表情でナギトが告げた。

 

 

「ラウラが…………ラウラが、撃たれた」

 

 

その言葉に、全員が死をイメージした。

 

 

それは先程浴びた鬼気のせいだ。
その最悪のイメージをかき消すようにナギトは続ける。

 

 

「応急処置はしたんだけど、全然意識は戻らなくて、これ以上の治療はここのシスターにもできないって………」

 

思い出したかのように、ナギトは立ち上がりエマに縋り付く。

 

「そうだ、エマ!お前、魔女なんだろ!?魔法が使えるんだろ!?頼む、ラウラを助けてくれ……!」

 


ラウラの治療を懇願する。そんな、これまでのナギトらしさなど微塵も感じさせない様子に驚きながらも、その願いを聞き届けるより早く、エマは治療する事を決めていた。

 

 



「頼むぅ」

 

 

涙をぽろぽろとこぼすナギトに「当然です」とエマは微笑みを向ける。

 

 

「集中したいので皆さんは外に。エリオットさんは残って絶えず回復アーツをラウラさんにかけ続けてください!」

 


エマは素早く指示すると両手を患部に翳す。
治療が始まった。リィンたちはナギトを連れて部屋から退散した。

 

 

 

教会から出て、人もまばらな広場のベンチにナギトを座らせる。教会からここまで、引きずられるようにして連れてきたナギトの姿は最後に見た時よりやつれているように思えた。

 

リィンたちは何があったのか、事の顛末をナギトに聞く。ナギトは視線を下に向けたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

 

 

☆★

 

 

「──機甲兵!?」

 

 

風見亭を出たナギトとラウラを出迎えたのは鋼鉄の人形。機甲兵ドラッケンが5機。とても友好的な雰囲気ではなく、それ以外にも兵士が多数ケルディックに入り込んでいた。領邦軍と猟兵が一分隊ずつ、といった見立てだ。

 

 

「これは…、これは───っ!」

 

 

 

何が起こっているのか、瞬時に理解できた。確信が降り注いだ。思い出した。

これは、見せしめだ。貴族連合からのケルディックの解放で喜ぶ住民たちに苛立ったアルバレア公の。貴族連合の支配を拒む者たちへの。

 

ケルディック焼き討ち。

 

これはそういう事件である。

 

 

 

ナギトは素早くラウラに指示を飛ばし、役割分担をする。ケルディックは決して大きな町ではないが、それでも2人1組でカバーできる規模ではない。しかしそれでも町民を守りたいならリスクを取ってでも戦力を分散して敵を撃破しなくてはならない。

 

 

二人は散開し、それぞれのベストを尽くした。
単独で機甲兵を相手取るのは、《剣鬼》としての実力を取り戻しつつある今でも難しい。
そのため、ラウラが住民の避難と歩兵の制圧を終えて来るのを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

─────銃声が聞こえた。

 

 

 

 

 

ラウラが倒れたのがわかった。
すでに両者は互いが見えない位置で戦っていたのだが、戦術リンクを繋いでいたために動きは把握していたのだ。
ナギトは機甲兵を無視してラウラを撃った兵士を斬った。力が入ったのは倒れているラウラを見たからだろう。

 


地面に伏して動かないラウラを抱き上げて回復アーツを施す。名前を読んでも返事はない。いつも手放さなかった剣が地面に転がったのがやけに記憶に焼き付いた。


剣を手放した指には力がなく、ナギトは唐突に目の前の少女が永遠に失われてしまうのではないかと思ってしまった。

 

 

 

瞬間。世界が反転した。

 

目の前が真っ暗になる。胸が張り裂けそうなほどに痛い。いつもは冷静な魂が呪詛を口にする。“殺せ”と。いつもは熱くなる精神の方がブレーキをかける。“冷静になれ”と。

 

 

 

意識が混濁する。


それは激しい苦痛を内包し、あらゆる葛藤を収束し──────そして、

 

 

───静かに────激しく─────覚醒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「死ねよ」

 

 


ゆらりと立ち上がったナギトは誰にも聞こえない音量で呟いた。それは“殺すぞ”ではない。
言葉の差異には、誰も気づけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

暴力的だった。的確だった。
強者の戦い方ではなかった。
殺戮者の戦い方でもなかった。

それは、剣の鬼の戦い方だった。

 

 

 

 

 

 

ただ敵を追い払うだけなら、圧倒的な戦力を見せつけるだけでいい。ただ敵を全滅させるだけなら、兵士を殺すだけでいい。


だが、生誕した憎悪はそうした所で収まるはずがなかった。

 

 

 

 

ナギトを追ってきた機甲兵がいつの間にか目の前にいた。

 

 

 

 

 


どうすればいいか、わかった。

 

努力が、経験が、才能が、感覚が。《剣鬼》が、ナギト・シュバルツァーに追いついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一太刀で、機甲兵を両断する。

 


コックピットも共に機甲兵の胴体からずり落ちる。その刹那、ずり落ちるコックピットの上部から大量の血が流れるのが見えた。
二つに分かれたコックピットの下部には、搭乗していた兵士の下半身が残っていて、そこからも血がだくだくと流れている。

 

 

 

 

 


何が起きたのか、理解できなかった。
ありえないと、誰もが思った。幻覚だと。夢だと。

 

 

 

「死ねよ」

 

 

指向性マイクがその音を拾ったのだと理解した瞬間に、その兵士は骸と化した。再び、機甲兵を一刀両断した。やはり、コックピットは赤い血で満たされる。

 

 

 

領邦軍兵士たちはやっと理解した。

自分たちは、眠れる鬼を起こしてしまったのだと。

狂乱に飲まれる領邦軍兵士たち。

 

 

聞いてない。こんな事になるなんて聞いてない。鉄道憲兵隊のいない間にケルディックを焼き討ちして何人か殺すだけの簡単な仕事だったはずだ。それがどうしてこうなってる。仲間が死んだ。共にに訓練した仲間が。今朝話したばっかりだったのに。死んだ。

仇討なんて思い浮かびもしない。


なんで、なんで、なんで、俺がこんな目に。
なんでこんな化物に、殺されなきゃいけないんだ!?

 

 

 


「死ねよ」

 

 

 

 

 

 

いち早く状況を理解し、逃げようと動いた者ですらこれだ。

他の者がどうなったのかは、言うまでもない。

言うまでもないが、あえて言うなら。

 

 


地獄であった。

 

 


逃げようとする兵士を捕まえて、背中を刺す。腕を斬り飛ばし、脚を切断し、滅多刺しにしてから放置する。「死ねよ」と言って《剣鬼》は去る。
それが続く。逃げ遅れた住民の一人がその様子を目撃した。「死ねよ」。兵士は苦しんでから絶命する。

 

 

 

 

 

 


その時のナギトは、何も考えてはいなかった。

ただ「死ねよ」という言葉には“ラウラを傷つけたお前たちは、せめて苦しんで死ねよ”という意味があった。憎悪があった。

 

 

 

 

最後の一人が終わり、ナギトはラウラを再び抱きかかえる。やはり動かない。どうする?俺には治せない。

 

ナギトは避難所となった教会にラウラを運ぶ。治療できる医者がいる事を祈って。

 

 

☆★

 

 

 

ナギトの語った内容は少しばかり要領を得なかった。語尾に「〜みたいだ」「〜らしい」とたまに着くのだ。まるで他人事のように。

誰もがショックで記憶が混濁しているのだと理解した。話をしていると大市の元締めオットーが申し訳なさそうな顔で近づいてきた。

 

 

「すまないね、ナギトくん。君のおかげで私たちは助かったというのに、私たちは君を避けてしまっている」

 


ナギトは鈍い思考を働かせて「それも当然です」と静かに返事をした。

《剣鬼》の所業はすでにケルディック中に広まっていた。いくら自分たちを助けてくれたとは言え、狂気的とも言える殺人者には近づきたくない。

 


「当然ではない!君たちがいなければ死人が出ていたかもしれないのに、私たちは君たちに何もしてやれなかった」

 


後悔しているようなオットーの声音に、ナギトは少し視線を上げた。
悔恨に満ちた老人の顔があった。

 


「彼女は必ず助かる。励ます事しかできないが、そう信じるんだ」

 


オットーの言葉にナギトは「はい」と返す。
そうだ、ラウラは助かる。助からなきゃいけない。俺はまだラウラと一緒にいたい。笑っていたい。くだらない話をしたい。剣の道について語り合いたい。ラウラと一緒に生きていきたい。

 


「商人は借りを作らない。ケルディックは今後、君たちに何があっても全面協力することを約束しよう」

 


オットーはそこまで言うと、言うべき事は言ったと判断したのか立ち去っていった。入れ替わるようにエマとエリオットがやってくる。

 

 


「ラウラの容体は?」

 

 

聞きにくいが、聞かなければならない事。
それを聞いたのはⅦ組のリーダー格であるリィンだった。

 

 


「命に別状はありません。銃弾は貫通していて、傷はすでに完治しているのですが……意識が戻りません」

 

 

命に別状はないと聞いて安心するⅦ組の全員だが、意識がないと聞いてまた不安な顔に戻る。

 

 


「それは……どうして?」

 

 


確たる答えは得られないだろうと思いつつも、ナギトはそれを問う。

 

 


「詳しくはわかりませんが……体力の低下か、精神そのものの昏睡が考えられます」

 

 


エマの口調からナギトが読み取ったのは、前者が希望的観測であるという事だ。
そして精神そのものの昏睡というのは…ラウラの心が目覚めるのを拒否している。という事なのだろうか。


沈鬱な表情のまま黙りこくる全員。このままでは埒が明かないという事で、サラの提案でラウラはカレイジャスに移送された。

 

 

 

☆★

 

 

蝶の羽ばたきは、荒野で嵐となる。

 

 

 

きっとこれは、そういう話だ。

 

 

 

「……ごめんな………ラウラ……」

 

 

 

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