ラウラ・S・アルゼイドは幼少の頃より剣と共にあった。
《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイドを父に持つ彼女が、剣と共に生きる事はすでに運命付けられていたのかもしれない。
良い環境で育ったラウラは、それこそ剣の如き実直な性格になった。 男手一つで育てられたために、年頃の女子のようにはならなかった──そのせいで地元の女子にはお姉様呼ばわりされた──ものの、真っ直ぐで一本筋の通った人柄として領民に愛された。
そして、17歳を迎える年。ラウラは故郷を離れ、帝都近郊のトリスタへ。 トールズ士官学院に入学した彼女は、新入生最強と呼ばれていた。武を学ぶ士官学院では、武力で成績が上下する事がある。 しかし、ラウラはその称号を受け入れる事はなかった。
特科クラスⅦ組。
それがラウラの所属するクラスだ。Ⅶ組は平民と貴族の別のない、今年度から試験的に運用されたクラスだ。そのクラスの一人に、ラウラに勝るとも劣らない剣の腕を持つ者がいた。ナギト・シュバルツァーといい、どこか影を帯びたような、それでいて子供のように悪戯っぽく笑い、時に後ろから見守るような。そんな謎めいた人物だ。
Ⅶ組に剣士は他にもいた。
ユーシス・アルバレア。
リィン・シュバルツァー。
二人とも素晴らしい剣士ではあるのだが、現時点でラウラを剣のみで圧倒する事はできなさそうだった。 それも当然だ。ラウラの実家であるアルゼイド子爵家はエレボニア帝国剣術の総本山であるアルゼイド流が伝わる家系だ。幼い頃からそんな場所で剣に打ち込んできたラウラに、同世代の者が比肩する実力を持つ事がむしろ異常なのだ。
ラウラが、それを間違いと知るにはそれほど時を要さなかった。
真の実力を解放したナギトの剣を前に、ラウラは文字通り何もできなかったのだ。
同世代に、これだけ強い者がいる。 その事実は、ラウラの血を沸かせた。ラウラはそれまでより一層、剣に励むようになる。
───足りない。まだ足りない。まだまだ足りない。
修練により、ラウラはめきめきと頭角を現していく。実技試験では常にトップをひた走り、実戦では他を寄せ付けぬ強さを見せる。 それでも、あの日のナギトには届かない。
もっと力を。もっと速さを。もっと技術を。
ナギトに近づくために。彼の全力と肩を並べられるように。
ラウラはいつしか気づく───ナギト・シュバルツァーが自らの目標となっている事に。 ラウラは《槍の聖女》と呼ばれる帝国史に残る偉人、リアンヌ・サンドロットを目標としてこれまで剣を磨いてきた。 その目標が、いつの間にかナギトに書き換わっていた。 それがいつなのか、明確にはわからない。 あの夜、ナギトの剣に魅せられて、それに追いつくために必死に剣を振り続けた。
ナギトの横に並ぶには、まだ力が足りないと思った。 ナギトと肩を並べて戦うには、まだ速さが足りないと思った。 ナギトの背中を預かるには、まだ技術が足りないと思った。
すべては、ナギトと共に戦うためだった。
それを自覚したのは、ナギトと初めて手合わせをした少し前だ。
会話している最中に、ラウラはその事に気づき、同時に自らが抱いている感情にも納得がいった。
初めは強さだけを見ていた。 ナギト・シュバルツァーという人物をはっきりと見たのは、テロリストを追う帝都地下での事だ。 エリゼとアルフィンを人質に取られてしまい、ナギトは憤怒をあらわにした。 先を走るナギトの背中に鬼のような気迫を感じた。 結局、エリゼとアルフィンは無事に解放され、ナギトの鬼気も収まった。 その時に、これまでのナギトを。これまでナギトと過ごした時間を思い出したのだ。
時に強く、皆を導き、 時に優しく、皆を支え、 時に厳しく、皆を叱責し、 時に子供っぽく / 大人っぽく、笑う。
ラウラは、自分がこれまで“ナギト”の事を見ていなかった事を知った。自分が見ていたのはナギトの剣の腕だけだと。 それから、ラウラはナギトを観察するようになった。すると、これまで見てきたはずの、しかし新鮮なナギトの顔がわかってきたのだ。
そして、気づく。
自分が、ナギトを好きなのだと。
自覚した途端に顔から火が出るような感覚に襲われた。 ナギトに「目を瞑れ」と言う。
ドクンドクンと、心臓が跳ねる。
目を閉じたナギトの唇と、ラウラの唇が接触しそうになった瞬間。
こんな恥ずかしい事できるかっ!とラウラは心の中で叫んだ。
ラウラは誤魔化すように、人差し指と中指を閉じて指の腹をナギトの唇に押し当てた。
目を開けるナギトに、自分の感情を伝える。
☆★
“剣の道”とは何か───、剣に対する向き合い方か。剣に生きると決めた志か。ただ剣士を名乗るための方便か。
あるいは────剣と共に在る者からすれば、それは“生き方”と言えるのかもしれない。もしくは“生き様”か。
ナギトはラウラの
しかしナギトは次に己の剣の道を“邪道の剣”と語る。目的のためなら非道を厭わぬ修羅と。理屈を聞けば、なるほど確かに自己評価が間違っているとは思えない。
しかし───しかし、だ。
それはあくまで“自己評価”───自分の目線でしか己を見れていないナギトの悪点だ。
──「私から見たナギト・シュバルツァーを語ろう」
かつてラウラはそう言って語った。ラウラ・S・アルゼイドという少女の目に映るナギトという人格について。
ナギトの自己評価は正しい。客観的であるとすら言える。確かに百人斬りなんて残虐行為は悪鬼羅刹の所業だ。だがラウラは、そんな修羅たるナギトを知らない。ラウラが知っているナギトはクラスメイトとしての彼だけだ。
ナギトには主観がある、客観がある。しかしラウラやリィンをはじめとする友人視点の評価がまったくできていない。
それが何に由来するのかは知らないが、だからこそ言ってやりたいのだ。
確かにナギトの剣の道は邪道と呼ぶべきものかもしれない。他人が聞けば顔をしかめる悪行を成したのもそうだろう。しかし、自分から見たナギトの
☆★
撃たれた事だけは、わかった。
直後、戦術リンクで繋がってたナギトが飛んでくる。 回復アーツをかけてくれたのだろうか、少しだけ楽になった。
瞼やけに重かった。ラウラはナギトに礼を言う事もなく、気を失う。
☆★
心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚え、ほんの少しだけ覚醒した。
戦術リンクで繋がった彼の姿が目に映る。 彼は怒り狂っているようだった。彼の剣が敵を切り裂く。
そんな彼の姿を見て、ラウラは恐ろしさと同時に嬉しさを感じていた。 彼がこれほどまでに憤怒したのは帝都地下以来だ。それが、ラウラが撃たれた事によって発現したものだとしたら。と考えると嬉しい。
彼が、自分のために怒ってくれているのだと思ったのだ。
☆★
「ふんぬぁ!」
気の抜けるような、しかし本人はいたって真面目に剣を振る。
振り抜かれた太刀の威力を計り損ねていたのか、ラウラは威力に押されて転んでしまう。
今は、ラウラ史に刻まれた“誤魔化し接吻事件”の直後だ。 初めての手合わせの途中、何十合か打ち合って、ナギトの太刀を受けきれずにラウラは尻もちをついた。
「くっ、なかなかやるな……」
ラウラはそのまま空を見上げた。 もうそろそろ、星が光を放つ時間だ。 この心踊る手合わせも終わりが近い。
空を見上げるラウラに、ナギトの手が差し出された。
「尻が汚れるんじゃねーか?」
思えば、勢いよく地面に激突した。 制服に汚れが付いてなければいいが。
「ほら、いつまで寝てるんだよ」
ラウラは差し出されたナギトの手を取る。
「ああ、今起きるさ」
ラウラはそうして、力強い手に引っ張られた。
☆★
──「さて、後はあれをどこまで誘導するかだが──と」
──「正義の味方になるために、悪を為す」
───「俺は、クロウを───」
☆★
「随分と、遅いお目覚めだな。ラウラ姫」
そう言われて、自分がベッドに寝かせられていた事をラウラは理解した。
「む……ナギト、か?」
「おうとも。状況はわかるか?」
ラウラはそう言われて、自分が撃たれた事を思い出した。おそらく、撃たれた自分を仲間たちが治療してくれたのだろう。 それでも目覚めないから、こうして医務室で寝かせられていた、と言う事なのだろう。
それをナギトに伝えると短く「正解」と返ってきた。
ふと、手が掴まれている事に気がついた。 ラウラが「これは?」と問うと、ナギトは恥ずかしげもなく「ラウラを逃さないため」と言う。
そういえば、夢から覚める瞬間、力強く引っ張られたような感覚があった。 ナギトの手に掴まれていたから、自分は目覚められたのかもしれない。なんて考えた。
それに、夢から醒める瞬間に観えた情景、情念は──
ナギトは優しくラウラの名を呼ぶ。
そして、何時間も言いたくて、何時間も言えなかったセリフを口にした。
「おかえり」
ラウラはぱちくりと目を瞬かせる。 まさか起き抜けに「おかえり」と言われるなんて。 しかし、ナギトの感覚では自分は遠い所に行っていたようなものなのだろうと納得し、しっかりと応える。
「ああ、ただいま」