閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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ナギト・シュバルツァー

 

 

紅き翼カレイジャス。

今や、帝国民たちの希望として各地で囁かれているその中心にいる少年少女たちが、一室に集っていた。


Ⅶ組の全員が揃ったのを確認し、それは開始された。

 


《閃嵐の騎士》の、ナギト・シュバルツァーの真実について。

 

 

 

「じゃあ今から……ナギトの真実についての追求を始めるが……みんな、構わないな?」

 

 

 

ブリーフィングルームの席から立ち、口火を切ったのはリィンだった。その隣の席にはナギトがおり、瞑目したまま動かない。

 

リィンの問いには是と答えられ───、それは始まった。

 

 

「まずは……」と議題をあげようとしたリィンを遮ってナギトが立ち上がる。

 

 

「いいかな、この会議…基本的に俺は“はい”か“いいえ”でしか答えない。ある程度の補足はするが……、前にも言った“俺の真実”…それをお前たち自身で見出すための措置だ。ご承知置きのほどを」

 

 

ナギトの言葉にⅦ組総員は覚悟を深める。それがもはや言い訳に近しい事は理解していたが、本人の口から語るのではなく暴かれる事で断罪されるのをナギトは待っているのかもしれない、とも。

 

一拍置いて、遮られていたリィンは再び声を上げた。

 

 

「まずは《閃嵐の騎士》について。…もうそれだけがナギトの真実ではないかもしれない。だけどまずはこの問題から片付けたい」

 

 

リィンの提案に皆もまた賛成する。唯一ユーシスだけが眉根を寄せてイラついた雰囲気だったが、それでも賛同はあった。

 

 

「問題点はナギトが本当に《閃嵐の騎士》なのか……ってところよね?」

 

 

アリサの確認にリィンが「ああそうだ」と答える。

 

 

「今のところナギトが《閃嵐の騎士》であるという情報はヴァルカンが指摘してナギトが認めたというだけ……、しかし今でも《閃嵐の騎士》は貴族連合で活動を続けている。この事からナギトは《閃嵐の騎士》ではないと、そう推測する事もできるからだな」

 

 

そもそもナギトが本当に《閃嵐の騎士》なのか、そんな話題が提起されたのはマキアスが語った通りの内容だった。

 

 

「これは今日発売の帝国時報だが…、ここを見てくれ」

 

 

マキアスは続けて帝国時報を取り出してテーブルの上に広げる。記事の内容はやはり“《閃嵐の騎士》活躍!”だった。

 

 

「ナギトは《閃嵐の騎士》を自称してるけど、それとは別に《閃嵐の騎士》がいる。だからナギトは偽者かもしれない。……そういう事だね」

 

 

記事の内容を鵜呑みにするならフィーの言う通り、何らかの事情でナギトが《閃嵐の騎士》を騙っているという線がある。

 

 

「仮にそうだったとして、ナギトが《閃嵐の騎士》を騙る理由がどこにある?」

 

 

しかしユーシスの言葉はマキアスやフィーの意見とは対立していた。

 

 

「そも、ナギトはヴァルカンの言葉を聞いた俺たちから問い詰められるまで《閃嵐の騎士》である事を隠していた……それこそナギトが《閃嵐の騎士》である何よりの証拠ではないのか」

 

 

ユーシスの視線はきつくナギトを睨みつけている。貴族連合でも高い地位にいたアルバレア公の息子にして総参謀ルーファスの弟であるユーシスはナギトが《閃嵐の騎士》である事を知っている。

その事についてナギトからは秘密にするよう頼まれ、了承した以上その方面からアプローチするつもりはないが、ナギトが《閃嵐の騎士》という前提の上で思考を進めたユーシスは今、Ⅶ組メンバーの中で最もナギトの真実に近づいている。

 

 

「それは…そうかもしれないが…」

 

 

「それともなんだ? 貴様はナギトとヴァルカンが共謀して“ナギトが《閃嵐の騎士》”だと俺たちを騙すつもりだとでも思っているのか。そんな事をしてナギトに何の得がある?」

 

 

 

ユーシスとマキアスの言い争いはユーシスの優勢だ。理に適ったロジックで“ナギトは《閃嵐の騎士》である”という説を補強していく。

 

苦い顔をしたマキアスを見兼ねてか、サラが「ユーシス」と注意するように名前を呼んだ。

 

 

「あんたがどうしてそこまでナギトが《閃嵐の騎士》だって確信してる理由については置いておくにしても……マキアスが言いたいのは、多角的な視点からナギトが本当に《閃嵐の騎士》なのか分析しよう…という事よ。議論を先に進めたいのはわかるけど、ちょっと強引過ぎるわね」

 

 

「よね、マキアス?」とサラは確認を取りマキアスは「そうです」と首肯した。

 

 

「とりあえずユーシスの意見は後で取り上げるとして……、そうだな、まずはサラ教官の言う通り別の視点で考えてみよう」

 

 

ユーシスの舌打ちと共に、ひとまず核心から遠ざかる。リィンの号令で再び議論はいちに戻った。

 

 

「それは例えば……《閃嵐の騎士》ってそもそも何なのか、みたいな話?」

 

 

号令に従って各々考えを巡らせ、一番初めに声をあげたのはエリオットだった。

 

 

「んー?それって《閃嵐の騎士》が誰とかって意味じゃなくて?」

 

 

ミリアムの問いにエリオットは「うん」と言って続ける。

 

 

「《閃嵐の騎士》っていうのは異名だよね。僕の父さんは《紅毛のクレイグ》なんて呼ばれてるけど、それと一緒だ」

 

 

「ええ、貴族連合の英雄……わかりやすく言えば象徴(シンボル)ね」

 

 

エリオットの言葉をアリサが補足する。

《閃嵐の騎士》は貴族連合の英雄。ナギトがそうだという前提があったせいで曇っていた事実だ。

 

 

「その通り……でもそれって、いったい何を指すんだろう?」

 

 

だから続く言葉に、一同の思考は鈍った。

 

 

「“何”を、か?“誰”を、ではなく」

 

 

その違和感をいち早くつついたのはガイウス。確かにエリオットの言い口は人物を指摘するものではなかった。

 

 

「──そうか!《閃嵐の騎士》は人じゃなかったんだ!」

 

 

そこでマキアスが何かに気づいたらしく声をあげるが、その発言もまた意味深長で「?」と首を傾げる者も少なくない。

 

 

「マキアス……ナギトとてれっきとした人だぞ?」

 

 

「いやラウラ……別にナギトを人間扱いしてないわけじゃないんだが…」

 

 

そんな言葉のあとに「ごほん」と気を取り直したマキアスは再び帝国時報を指差した。

 

 

「いいかみんな……今号の帝国時報もそうだが…過去に遡っても《閃嵐の騎士》の操縦者が記事にされた事はないんだ!」

 

 

「それってつまり?」

 

 

決めたつもりだったマキアスだが、それでもまだ迂遠な答えにフィーが催促する。

 

 

「つまり……《閃嵐の騎士》とはこの機甲兵につけられた異名だ。少なくとも、その操縦者を知る者以外にとっては」

 

 

「なるほど……、確かに《閃嵐の騎士》と言えば機甲兵の姿が思い浮かぶ」

 

 

「クロウさんは《蒼の騎士》なんて呼称で、顔写真付きで帝国時報でも報じられてましたね。知名度としては《閃嵐の騎士》も負けてないはずなのに、その操縦者が明らかでないのも妙に思えます」

 

 

マキアスの説明に、ガイウスは納得し、エマがさらなる疑問を追求する。

 

 

「ふん……《蒼の騎士》と《閃嵐の騎士》は違うからだな」

 

 

「どういう意味だ、ユーシス?」

 

 

「クロウが《蒼の騎士》と呼ばれるのは《蒼の騎神》の起動者だからだろう。それは替えが効かない唯一無二だからだが…」

 

 

ユーシスがぼやくように言った意見にリィンが解説を求めると、ユーシスはそこまで語った。

 

 

「《閃嵐の騎士》は操縦者さえすげ替えてしまえば、例え前任が裏切ったとしても問題ない……!」

 

 

そしてユーシスの言葉を継ぐようにしてアリサが答えを導く。

「そういうことだ」とユーシスは嘆息する。それは《閃嵐の騎士》という偶像の在り方に兄の影を見たからかもしれないが、この場でそれを追求する者はなかった。

 

示された答えに各々が理解、納得していく。

 

 

「それってつまり、今の《閃嵐の騎士》は二代目──初代《閃嵐の騎士》ナギトの後釜だって事だねー」

 

 

ミリアムがなおわかりやすい説明をして、皆が色々な事に腑が落ちた気分になる。

 

 

「それなら“ナギトは《閃嵐の騎士》である”事実と“《閃嵐の騎士》は別にいる”事実で矛盾しない…!」

 

「ああ、ルーレ空港でのナギトの発言とも合致する」

 

 

マキアスとガイウスもそれに続き、“ナギトは《閃嵐の騎士》”だとファイナルアンサーが出されそうになる。しかし、それに待ったをかけたのはフィー。

 

 

「ちょっと待って。それじゃナギトが貴族連合から離反した時に乗ってきたアレはなに?」

 

 

「──ジークフリートか」

 

 

フィーが提示した疑問は、ナギトがカレイジャスと合流してから乗り回している機甲兵ジークフリートについて。反応したリィンもそれについては若干の疑問を覚えていた。

 

《閃嵐の騎士》とジークフリートの形はそれなりに違う。基本骨子は変わらないように見えるが、外装は違う。

 

 

「帝国時報の写真にある《閃嵐の騎士》とジークフリートは見た目が違う。これ、どういうこと?」

 

 

「《閃嵐の騎士》と2度戦った身からすると、基本フレームは同じように感じるけど……確かにフィーの言う通り見た目は異なっているな。俺の知る《閃嵐の騎士》はクロウのオルディーネみたいな形だったし…」

 

 

リィンは《閃嵐の騎士》と戦った時からすでに、そのパイロットをナギトではないかと疑っていた。

 

 

「もしかして……ナギトのジークフリートは《閃嵐の騎士》の後継機とかじゃないかしら?」

 

 

そこに、らしい回答を投げかけたのはアリサだ。発想はラインフォルトの次代らしいそれだが。

 

 

「そこらへん、どうなんだナギト?」

 

 

答えをナギトに求めたリィン。この場においてそれは反則染みたものだったが、ナギトも「この話題は仕方ねーな」と嘆息して続けた。

 

 

「《閃嵐の騎士》と呼ばれたアレは機甲兵プロトタイプ──オルディーネを模して造られた事からオルディーネ・イミテーションと名付けられていた。試作機って事もあってか採算度外視のワンオフもので後継機や量産型の生産の話はなかったな。……まあ仮にも英雄の乗る機体だ、いつでも出撃できるようにパーツの予備は多くあったぜ」

 

 

その言葉はもはや答えに等しかった。それを受けて「ふむ…」とガイウスが顎に手を当てて考え口にする。

 

 

「ならばジークフリートはただ単に《閃嵐の騎士》──オルディーネ・イミテーションを改修したもの……という事か?」

 

 

「正解」とナギトは告げる。しかし問題はそこで終わりではなく。

 

 

「ならば今の《閃嵐の騎士》は、ナギトさんが貴族連合を去った後に、予備のパーツで組み上げられた二機目のオルディーネ・イミテーションという事になりますね」

 

 

エマの導いた解で、今度こそ決着だ。

 

 

「ついでに聞くが…オルディーネ・イミテーションからジークフリートに名を改め、外見も変えたのは貴様の機体から《閃嵐の騎士》らしさを取り除くためだな?」

 

 

補足するようにユーシスが問いかける。「その通り」とナギトは機嫌良く答え、ユーシスは青筋を立てかけるが、この質問ですべての疑問が氷解したと言ってもよかった。

 

 

「つまり…今まで敵だった《閃嵐の騎士》が味方になったとして正規軍がどういうアクションを取るかわからなかったから、ナギトはそうしたんだよね」

 

 

要はエリオットの言う通り、これまで敵だった《閃嵐の騎士》がいきなり正規軍寄りの行動を取っても、正規軍がどういう反応をするかわからなかったから、ナギトはそうするしかなかったのだ。

 

 

 

「よし、じゃあまとめるぞ。ナギトは《閃嵐の騎士》で、貴族連合から離反した時に乗ってきた機体はそれを改修しただけのもの。今、主に西部で活動している《閃嵐の騎士》は二代目───そういう事だな」

 

 

 

マキアスのまとめにナギトは大きく頷き───それをもって皆の理解も終着した。

 

本来、ナギトの真実とはここまでを指すはずだったが、今となってはナギトが《閃嵐の騎士》であるという議題は前座でしかなかった。

 

ナギトがカレイジャスに合流してから幻獣討伐作戦まで───やってきた行動の意図がわからないものが多数あり、今回の会議はそれをこそ問い詰めるものだった。

 

 

 

「次の議題だ。ナギトの真実について……みんな、話し合っていこう」

 

 

決意を秘めた目でブリーフィングルームの面々を見たのはリィンだ。これから明かされる真実如何によっては、最悪Ⅶ組が割れるとすら予想していた。

 

 

「ナギトの真実……か。そうは言っても何を話せば良いのだ?」

 

 

とは言っても、ラウラが懸念したように“ナギトの真実”という表現では抽象的で、いったい何を指しているのかわからない。

しかし明確に細部を詰めていくマキアスにとって、議題の提供は簡単だった。

 

 

「ナギトがやった事について…だな。貴族連合にいた時の事はひとまず置いておくとして……ナギトが僕たちに合流してからについて話そう」

 

 

 

「ああ、これでようやく本題に入れる。その男の──ナギト・シュバルツァーの罪について」

 

 

“罪”───そのワードで場の温度が下がった。ユーシスの怜悧な瞳がナギトを貫く。

先程の様子からもわかっていた事だが、ユーシスはナギトに対して怒っている。とても熱く、その真実を焼き尽くさんばかりの炎で、冷ややかに塗り固めた態度で。ブリーフィングルームの雰囲気を一気にもっていった。

 

 

「罪、とはまた少し大袈裟じゃないか?」

 

 

リィンがそれに対抗しようとするも、ユーシスの冷たい炎は意に介さない。

 

 

「少しも大袈裟などではない。そうだな、ナギト?」

 

 

水を向けられたナギトは表情を沈ませて、少しの間の後に「ああ、そうだな」と肯定した。

 

Ⅶ組総員の目が細まる。“罪”がある事をナギト自身が認めた事で、より一層事態の深刻性が周知されたわけだ。

 

 

「さて、ではまずわかりやすい所から明らかにするとしよう」

 

 

場を掌握したユーシスが話を切り出す。

 

 

「───幻獣討伐作戦ですね」

 

 

そしてユーシスが言うまでもなく、ナギトの罪の行き着く先が“幻獣討伐作戦”に収束するとエマは言及した。

 

 

「そうだ。幻獣討伐作戦───いや、“Ⅶ組英雄化作戦”と言うべきだな」

 

 

淡々と言ったユーシスの貌は憤怒に染まっている。そんなユーシスに睨まれているナギトはしかし、にへらと笑った。

 

 

「はは、さすがだなユーシス。そこまでわかってんのかよ」

 

 

「なにを笑っている!?貴様がやった事はとても許される事ではないのだぞ!」

 

 

 

Ⅶ組のメンバーはにぶいわけではない。

だからそのユーシスの言葉で、ナギトの計画を理解した。

 

 

「ちょっと待って。……それってつまり…、“幻獣討伐作戦”の結果、Ⅶ組が英雄視されたんじゃなくて、“Ⅶ組英雄化作戦”のために幻獣討伐をしたってわけね?」

 

 

しかし議論を一歩ずつ進めたいアリサは、その真意を確認する。

 

 

「そうだ、幻獣討伐の後、俺たちは帝国各地で英雄視されるようになったが…それは何故だ?」

 

 

そのアリサに倣うように、ユーシスもまた皆に歩調を合わせる。ナギトの罪を詳らかにするために。

 

 

「俺たちⅦ組が幻獣を討伐する様子を、セリーヌの魔術で各地に放映したからだな」

 

 

「《蒼の歌姫》──もとい、ヴィータ・クロチルダ氏の“幻想の唄”に似た魔術……だったな」

 

 

リィンが答え、マキアスが補足する。

 

 

「では何故ナギトはそうした?───答えは明白…Ⅶ組を英雄と化するためだ。討伐を同時…いや連続で行ったのはインパクトを与えるため…というのが妥当な線だろうな」

 

 

ユーシスの説明は明快だった。

ナギトはⅦ組を英雄にするために幻獣討伐を行い、その様子を帝国各地に放映した。

 

 

「……君の言い分はわかった。しかしその上で聞こうユーシス………君はどうしてそこまで怒っている?」

 

 

しかしマキアスが問うたように、Ⅶ組メンバーには未だユーシスが憤怒している理由がわからない。

ある意味で鋭い疑問に、ユーシスはマキアスをちらりと見て「フン」と鼻を鳴らす。

 

 

「……当然、ナギトの所業がこれだけに留まらないからだ。皆、思い出してみるがいい……俺たちは何故幻獣を討伐しようと思った?」

 

 

解答。質問。それによって考えさせるユーシスのやり方は非常にわかりやすい。答えを与えるのではなく考えさせる事で、より一層ナギトの罪深さを理解させるためのものだ。

 

 

「ナギトの提案を受けたから……ってわけじゃなさそうだね」

 

 

フィーの言ったそれは、あくまで前提。

 

 

「あの時にナギトは“真実を得るための第一歩を示す”と言っていたな」

 

 

ガイウスの言ったそれは、あくまで契機。

 

 

「ナギトさんがそう言って差し出したのが──」

 

 

「───帝国時報だね」

 

 

エマに続いてミリアムが、ユーシスの導いた答えを全員に周知する。帝国時報…言わずと知れたエレボニア帝国最大級のメディア帝国時報社が発行する新聞だ。

 

 

「その帝国時報の見出しには“《閃嵐の騎士》活躍”以外にも“幻獣による被害”が取り上げられていた」

 

 

そしてラウラが指摘する。帝国時報に語られる“幻獣による被害”がⅦ組に幻獣討伐を決意させた一因であると。

 

 

「ああ。だから俺たちはナギトの指揮下で幻獣討伐作戦を実行した。………ユーシス、これもナギトの仕込みだと思っているのか?」

 

 

「ああ、間違いなかろう」

 

 

リィンの問いかけに即答するユーシス。その視線は変わらずナギトを射貫いていて、その視線を向けられた当人は瞑目したまま議論の行末を見守っている。

 

 

「そして仕込みはそれ以前から始まっていた──そうだな?」

 

 

ユーシスの視線がさらにきつくなる。あるいはそれは、“否定してほしい”気持ちの表出であったのかもしれない。

しかし─────

 

 

「───そうだよ」

 

 

あっさりと、肯定するナギトの悪辣。否、正直な解答だ。

 

 

言われたユーシスは憤怒や、友情や、葛藤で表情が千々に歪み───、苦虫を噛み潰したようにして、それらの感情を飲み込んだ。

 

 

「いいか、よく聞け皆の者。そこの男は──ナギト・シュバルツァーは…………作戦のために、俺たちⅦ組を英雄とするためだけに………無辜の民草の命を危険に晒したのだ……!」

 

 

それでもなお飲み干せぬ感情の波。しかしそれゆえに気持ちの乗った言葉は、Ⅶ組の面々に実感を伴って伝播する。

 

 

「ちょっと待て……、待ってくれユーシス……!ナギトが市民の命を危険に晒しただって……?そんな……そんな事が……」

 

 

反論したいリィンに勢いはない。それは先程ナギトが肯定したからでもあるし、リィン自身がナギトのやりそうな事だとどこかで考えてしまったからだ。リィンにあるのは“信じたくない”という気持ちだけだった。

 

 

「ありえる…でしょう………ナギトさんのやりそうな事です」

 

 

ユーシスの言葉を後押ししたのはエマだ。Ⅶ組でもナギトの黒い部分を知っているエマだからこそ、腹黒いやり方を看破できていた。

 

 

「ちょっと待ってよユーシスにリィン、エマも。3人はナギトが何をどうしたのかわかってるみたいだけど…それを僕たちにも説明してくれないかな」

 

 

解説を求めたのはエリオットだ。彼も本来は鋭い─機転が効く─部類だが、元来の優しさとナギトへの信頼が、真相への到達を阻んでいた。

 

 

「ユーシスの言葉から推測するに……、ナギトは故意に幻獣の脅威を帝国市民に知らしめた……そういう事だな?」

 

 

マキアスが発する言葉は未だ迂遠だ。直接的な表現を避けているとも言える。ユーシスの首肯を認めるとマキアスもまた表情を歪め呟く。

 

 

「それは確かに……許せる事ではないな……!」

 

 

その貌はやはり憤怒。ユーシスの怒りの正当性はマキアスにも伝染した。滲む怒りにブリーフィングルームの空気がさらにピリつくが。

 

 

 

「アンタたち、はっきり言ったらいいじゃない。“ナギトが幻獣を市民にけしかけた”って」

 

 

あっけらかんと言うサラの様子に。皆が避けた表現をあっさりと使うサラに。

一瞬、空白が生まれて。

 

そのあとすぐにナギトに視線が集中した。

 

 

それは少なからず非難。遠からず軽蔑。裏返る友情。回帰する思い出。剥離する、軌跡。

 

 

「順を追って……いや、順を遡って説明しよう」

 

 

言葉すら失ったⅦ組の面々に、感情を落ち着かせる時間を与えると共にユーシスがナギトの計画の全貌を明らかにする。

 

ナギトの目的は帝国で“Ⅶ組を英雄視”させる事。そのためにナギトは各地に出現した幻獣を利用したと。

ナギトの計画はいたってシンプルだ。帝国民に幻獣の脅威を知ってもらい、それをⅦ組が討伐する。それだけのもので、セリーヌによる助力…町村への放送はそのキモにしてオマケだ。

 

ユーシスが怒っているのは、ナギトが帝国民に幻獣の脅威を知ってもらうためにした事についてだ。

それについてはサラが語ったとおり、ナギトは各地の幻獣を民草の住まう町にまで誘導したのだ。そうして住民には実際に幻獣の脅威を体感してもらう事で“幻獣を打ち倒す英雄”を待ち望んでもらう状態にした。

さらには帝国時報の記事“幻獣による市民の被害”もナギトのタレコミで書かれたものだと。

 

そうした準備を終えてナギトはⅦ組に幻獣討伐の話を切り出した。帝国時報で取り上げる程に被害が出ているのなら《第三の風》を謳うⅦ組がそれを無視するわけにもいかず───、Ⅶ組は幻獣を討伐し英雄となった。

 

 

「これが事の全容だ。…………そうだな、ナギト」

 

 

 

説明を終え、静寂となった空間で確認するようにユーシスは言った。

 

 

「───ああ、間違いないよ。幻獣の出現からこっち、俺がやった仕掛けはそんなもんだ」

 

 

それに応えるように、あるいは僅かな諦観を宿しながら、ナギトはまっすぐにユーシスを見た。

 

 

「そんなもん…だと!? 貴様は市民に被害を出していながら、どうしてそう平然としていられる!?」

 

 

しかしその言葉はユーシスの逆鱗に触れた。貴族の義務(ノブレスオブリージュ)を体現する彼は、恣意的な思惑で領民を脅かすものを嫌悪する。今のナギトがまさにそれだった。

 

 

「死者は出てない。出ないようにした。…そこはさすがにな」

 

 

「そういう問題ではない!」

 

 

言い訳がましく言うナギトに、ユーシスはさらに声を荒げる。その声は、その言葉は今やⅦ組全体の意見だ。

 

 

「どうして無関係な民まで巻き込んだ!?」

 

 

「無関係じゃあないさ。今この帝国は内戦下にあり、それは国家の問題国民の問題だ、全員が当事者なんだ。そんな状態の帝国で幻獣が現れればそれは国民の問題に等しいだろう────」

 

 

ユーシスの激昂にさらりと答えるナギトに、青筋を立て、怒声を発する間際。ナギトが沈鬱な表情に変わった。

 

 

「───つーのも自分の精神衛生を守るための言い訳なんだけどな」

 

 

自身を正当化する理由。それを虚飾だと自ら語る異常性に、ユーシスはたじろいだ。

 

 

「それで、どうする?」

 

 

その隙間にナギトは結論を問うた。

どうするか。ナギト・シュバルツァーをどうするか。その断罪はいかなるものか───そういう問いかけ。

 

 

「どうするかだと!そんなものは───」

 

 

 

Ⅶ組の総論としてユーシスが判決を下す。その瞬間。

 

 

「ユーシス。あんたたちも」

 

 

憤怒の病に冒されたⅦ組の熱を冷ます言葉がサラからかけられた。

 

 

「まだ、浅いわよ」

 

 

 

──“浅い”。

その意味を理解して、ユーシスは一瞬放心した。

 

 

「馬鹿な………」

 

 

だってそんなのは意味不明だ。

 

ナギトだって認めている。なのにまだ。

 

 

「これ以上の何かがあると言うのか……?」

 

 

ユーシスが暴いたナギトの真実。それはナギトがⅦ組を英雄に仕立て上げるために市民を危険に晒した事実だ。それだけの、はずだ。

 

 

「いいや。もう何もないな、ナギトがやった事は。しかしそなたらの理解は浅い。サラ教官が言いたいのはそういう事だろう」

 

 

ラウラのセリフに、今度はリィンが反応する。

 

 

「ちょっと待ってくれ。ラウラ、サラ教官も……2人はナギトの真実について、ユーシスが言った以上の事をわかってるのか?」

 

 

ユーシスがⅦ組の中で最もナギトの真実に近い。が。

 

 

「ええ、そりゃもちろんよ。半年以上あんたらの教官やってんのよ?あんまりナメんじゃないってーの」

 

 

「私はわかっているというよりも“知っている”だな」

 

 

サラとラウラは、すでにナギトの真実に至っている。

 

 

ラウラの「知っている」発言にリィンはナギトを見るが“言ってない”とジェスチャーされる。

 

 

「……私が眠っていた間、ナギトはずっと手を握っていてくれただろう?目が覚める間際…何と言うか……見えたんだ、ナギトの抱く願いが」

 

 

ラウラは愛おしむように手を胸の前で握りしめた。

 

 

「理屈はわかりませんが……ラウラさんにナギトさんの記憶か…思考が流入したという事ですか?」

 

 

「うん、そう捉えてくれて構わぬ」

 

 

エマの解釈をラウラは肯定し、ひとまず理解は得た。ナギトには更なる真実が隠されていて、サラとラウラはその内容に納得しているから、憤怒を宿していないのだと。

 

 

「……確かに………違和感はあった。ナギトがやった事を知ってもラウラが憤らなかったからな。この場において、その事実を知って一番怒るのはお前だと思っていた」

 

 

ラウラはユーシスと同じくノブレスオブリージュを体現する帝国貴族の誇りを宿す人物だ。そのラウラが無辜の民草を危機に陥れたナギトを赦す道理はない。何ならこの場でナギトに突っかかって行ってもおかしくはない人格だ。

それなのに、そうしないのはラウラの知っているナギトの真実は、その悪意を飲み干してなお尊いものだからか。

 

 

「…ユーシス、そなたの言う通りだ。私自身、ナギトの行為は帝国貴族として決して赦すべきではないと思うし、憤りもある。………だがな、ナギトの心に直に触れた今、私はどうしてもナギトの行いを肯定したいと思ってしまっているのだ」

 

 

ラウラの言葉にユーシスは苦い表情をする。同じ帝国貴族、しかも誇り高い彼女に民の被害を許容させるだけの願いがナギトにある事を体感したからだ。

 

 

「……そうね。ナギトの言葉を借りれば、今のあんたたちはまだ“真実を知る”段階……、“真実を得る”のにはまだ至っていない……という所かしら」

 

 

黙した一同にサラが助言する。ナギトの─本当はリィンの─言葉を借りた表現で。そして想起する「真実とは解釈だ」というナギトの言葉。

 

 

「皆、思い出してみてくれ。初めて単独行動する前にナギトが言っていた言葉を」

 

 

サラに続いてラウラもヒントを投下する。

 

 

 

「それってあれだよね……」

 

 

「ああ、ナギトは確かこう言っていた…」

 

 

「“本当の意味でⅦ組が全員揃うために必要な事”だと」

 

 

フィーが思い当たる記憶を掘り返し、マキアスもまた続き、リィンが言葉をなぞる。

 

 

 

──本当の意味でⅦ組が揃うために必要な事。

 

 

それがいったいどんな意味を持つのか。

 

 

「“Ⅶ組”……か……」

 

 

ミリアムが意味ありげに呟く。その音を聞きながら、皆も一様に考えた。

 

 

「ナギトが“やった事”についてはもう語り尽くしたと思う。ラウラもそう言ってるし、ナギトも認めてる事だしな。……だが、ナギトの言葉によると真実とは“解釈”───その行いに、どんな意味を見出すのか……今はそれを考えてみないか?」

 

 

やがてリィンの提案は受け入れられる。

 

 

「ナギトが“何故”Ⅶ組を英雄にしたのか、という事だな」

 

 

行動の理由。行動原理。意味。それを問う。

ガイウスはすぐに話題の芯を捉えて皆に共有する。

 

 

「ただ単に英雄と成り名声を得たかった……というわけではなさそうだな」

 

 

ユーシスは一度は終着と定めた議論を再開させる。

確かにナギトの性格なら、名声を得てどんな影響が生じるかまでを計算して行動していたはずだ。

“民を危険に晒した”事実が自らの目を怒りで曇らせていた事をユーシスは認める。

 

 

「ええ。焦点となるのは、やはり名声…でしょうか」

 

 

エマもユーシスに追従し、ナギトの狙いは名声を得る事だったと仮定された。

 

 

「名声を得て何がしたかったのか………いえ、名声を得る事で生じる利点は何か……」

 

 

アリサはやはり商人らしい思考回路でナギトの真実を見極めようとして、

 

 

「みんな、少し難しく考え過ぎなんじゃない?」

 

 

エリオットが、迷宮入りしそうな議論に待ったをかける。

 

 

「たぶん、ナギトの動機はもっと単純だよ。名声って言ってしまえば人気だよね?」

 

 

名声とは人気である。エリオットの表現はⅦ組総員の胸にすとんと落ちる。

 

 

「ナギトは人気が欲しかった?」

 

 

フィーがまたしても素直に受け止めて、

 

 

「それは誰からの──って決まってるわね。ナギトは民衆からの人気が欲しかった」

 

 

アリサは、その対象を言い当てた。

 

 

「民衆からの人気……言い換えれば民衆の英雄か」

 

 

民衆の英雄になるための計画が“幻獣討伐作戦”だ。マキアスがその視点に至ったのと同時に、また新たな疑問が湧き出た。

 

 

「ナギトはどうして民衆の英雄になりたかったのか───か」

 

 

ナギトはどうして民衆の英雄になりたかったのか。ナギトはどうして民衆からの人気を得たかったのか。ナギトはどうして民衆の支持を欲したのか。

 

 

「Ⅶ組が揃うために、揃っていられるために、必要な事だと思ったからであろ」

 

 

 

そこでラウラは再び、かつてのナギトの言葉を口にした。

 

 

“Ⅶ組が揃う”────吟味すべきは、その意味だった事を悟る一同。

 

そうすると、すぐに答えに到達した。

 

 

思い浮かぶのは上級生だったはずのクラスメイト。様々な思い出を築き───、そのすべてをフェイクだと嘯いた悪友。

 

───クロウ・アームブラスト

 

 

 

 

ナギトが幻獣討伐作戦を実行したのは。民衆を危険に晒してまでそうしたのは。その汚名を、悪と断罪される事を覚悟しても、Ⅶ組を正義の味方に仕立て上げたのは。

 

すべて、クロウのためだった。

 

 

 

白熱していた議論は冷めやって、皆の視線がナギトを向いた。

 

すべてを察された事を──真実を得られた事を理解したナギトは困ったように優しく笑って、

 

 

 

「まあ、そういうことだ」

 

 

そう言った。

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