閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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回想も終わり、本編突入です。でもしばらくはのんびりな展開が続くと思います。


第一部 記憶の淵から
ナギトの立ち位置


ナギトがトールズ士官学院に入学してから半月が経過し、本格的な授業が始まり、所属するクラブなども決める時期になっていた。

 

 

放課後、ホームルームまで終わり、クラスメイトたちもまだ上手く距離感が掴めていないためか小さいグループか個々人で教室を出て行く。去り際の挨拶こそあるが、その程度だ。

 

小さいグループとしてナギト、リィン、エリオット、ガイウスの四人で形成する仲良し四人組があった。マキアスやユーシスもたまにグループに参加するがお互いを敬遠して本格的にⅦ組男子組を作るつもりはないらしい。

 

その内クラブ見学のためにグループも解散していく。教室に残されたのはナギトとリィンのみであった。

 

 

「どうする、一緒に見て回るか?」

 

 

「いや、やめとこ。お互いの意見に引っ張られるのも嫌だしな」

 

 

リィンの提案をすげなく断るナギトであったが、その返事にはリィンも納得を示して別々で行動する事になった。

 

 

 

「さて……」

 

 

ナギトが視線を落としたのはトールズ士官学院のクラブの一覧と簡単に活動内容が記載してあるプリントだ。

まだクラブに所属するかどうかも決めていないナギトであったが、所属するならコレ、というクラブにいくつか目星をつけていた。

 

まずグラウンドに行ったナギト。目的は馬術部だったがラクロス部の方に見知った金髪が見学しているのを発見して話しかける事にした。

 

 

「よっ、アリサ」

 

 

声をかけられて振り返ったのはアリサ・R。彼女の気の強さを表しているような赤い瞳が特徴的だ。

 

 

「あなたはナギト・シュバルツァーだったわね。…シュバルツァーという事は彼とは双子かしら?それにしてはあまり似てないけど」

 

 

「リィンの方が男前だって?やかましいわ!」

 

 

「言ってないから」

 

 

いつものように小ボケを挟んだナギトはしっかりツッコミを入れてくれたアリサに内心感謝しつつ「ラクロス部に入るの?」と尋ねる。

 

 

「ええ、そうしようと思ってるわ。あなたはさすがにダメよ、ラクロス部は女子限定だもの」

 

 

「わかってるよ。あ、でもマネージャーとかなら……」

 

 

「ダメよ」とナギトの提案を即座に両断するアリサ。あまり親しい間柄ではないため言うのを避けたが、何となくナギトからいやらしい波動を感じたためだ。あるいはそれもツッコミ待ちのボケなのかもしれないが。

 

アリサの返事にナギトが肩を落としたのも一瞬で、その後はすぐにいつもの表情に戻り「ところで」と話題の転換をした。

 

 

「そろそろリィンと仲直りするつもりとか、ない?」

 

 

それを聞いたアリサは話しかけてきた本題はこちらだと察する。ナギトはこうした喧嘩の仲裁のような事を良くやる立場に落ち着いていた。事あるごとに対立するマキアスとユーシスの口論をスマートと言えるやり方ではないが調停するのもナギトで、そのナギトなら入学式後のオリエンテーリングで微妙な仲になったアリサとリィンの間を取り持ちたいと考えるのは当然の事だ、と。

 

正直な話、仲直りはしたい。というか自分が一方的に悪いから謝りたいと思っているアリサ。しかし、どうしてもあの瞬間を思い出すと気恥ずかしさが勝って未だに謝れずにいるのだ。

アリサにとってナギトが持ちかけた話は渡りに船と言えた。ナギトならどうにかリィンの都合も付けてくれるだろう。

 

 

「もしかして恥ずかしいのかな〜?」

 

俯いて考えるアリサを見てそう煽るナギトをアリサはキッと睨みつけ、言い放つ。

 

 

「私の問題なんだから、私がケリを付けるわ。申し出はありがたいけど、引っ込んでいてちょうだい」

 

 

やはり気の強さを隠しきれない赤い瞳の決意を見てナギトは一瞬だけ優しく微笑むと「遅くならんように頼むぜ〜」とすぐにいつもの調子に戻って去っていく。

「余計なお世話よ!」というアリサはナギトの背中に言葉を差し向けると、ラクロス部の見学に戻るのだった。

 

 

 

 

アリサの返事を聞き届けたナギトは今度こそグラウンドに来た目的である馬術部の見学にいく。するとそこには赤い制服の先客がいた。

 

 

「よう、ユーシス」

 

 

「…貴様か」

 

 

手を挙げて挨拶すると一瞥されて終わる。それでもめげずに「馬術部に入るつもりなのか?」と聞く。

 

 

「ああ。今は実家にいる相棒を満足に走らせる事ができるのは馬術部くらいだろうからな」

 

 

ユーシスの実家、すなわちアルバレア公爵家。ユーシスには相棒と呼ぶだけの愛馬がいるらしいが、誇らしげに語る様子から名馬である事が察せられた。

 

 

「貴様も馬術部に入部するつもりか?」

 

 

今度はユーシスからの質問にナギトはニヤっと笑って、

 

 

「ユーシスがどうしても、って言うなら考えてやってもいいけど?」

 

 

「どうしても入部するな」

 

 

芝居がかった様子で決めたナギトだったが、ユーシスのつれないどころか突き放すような返事に「ぐはっ」と言ってまるで殴られたかのような動作をする。

 

 

「くっ……この、照れ屋さんめ!」

 

 

が、実際はまるで効いておらず、これまたうざったらしい動きでユーシスに詰め寄るが、ユーシスは無視して部長と話に行く。ユーシスは早くもナギトの扱い方を覚えてきたようだった。

 

その後、体験という形で乗馬させてもらったナギトだったがイマイチぴんと来ず、馬術部は候補の一つに留まるのだった。

 

 

 

 

次にナギトはギムナジウムに向かおうとして、途中のベンチでうとうとしているフィー・クラウゼルを発見した。数秒見つめていると、視線に気付いたのかフィーは目を開けてナギトを視認した。

 

 

「あ、ナギト」

 

 

「よう、フィー。昼寝か?」

 

 

特別用もなかったが、少しだけ話そうかと質問をなげかけ「ん」というフィーの返事に笑って「今から寝てたら夜に眠れないんじゃない?」と尋ねた。

 

 

「心配無用。いつどこででも休息を取れるようにしてるから」

 

 

フィーの言葉に「ふうん」と興味なさげに返事をしたナギトだったが、そのセリフを頼りにフィーの正体にあたりをつける。

 

先のフィーの言葉は“休める時に休む技術”を習得している、というように聞こえた。それはつまり、常日頃から安心して眠れる環境にいなかった事を暗示している。加えて、幅広い戦局に対応できる銃と剣が一体化したブレードライフルは猟兵が好んで使う得物だ。

身のこなしと言い、実戦慣れした立ち回りと言い、フィーが元猟兵なら納得できる…というのがナギトが出した結論であった。

 

 

「ところでフィーは何かクラブには入らないのか?」

 

 

「今のとこその予定はないかな」

 

 

「そうか。まあ花の学生時代だし何かのクラブで青春の汗を流すのもいいと思うけど」

 

 

「ん、そだね。ナギトは?」

 

 

「候補がいくつかって感じ。屋内の体を動かさない美術部とか吹奏楽部とかは入る気もないけど、水泳部とかフェンシング部、あとチェス部は覗いてみようかなって」

 

 

「そうなんだ。私は…どれも興味ないかな」

 

 

「つれないな、いいけどさ。じゃあそろそろ行くわ。昼寝もほどほどにな」

 

 

 

フィーと軽妙に会話を終えたナギトはその足でギムナジウムに入る。まずは目的の一つである水泳部の見学に行くとする。

 

 

プールサイドに足を運ぶと、そこにはナギトより一足早く見学に来ていたラウラがいた。

ラウラ・S・アルゼイド。帝国最高の剣士とも呼ばれる《光の剣匠》ヴィクター・S・アルゼイドを父に持つ青髪の少女。

 

アリサやユーシスにしたように「よう」と話しかける。

 

 

「む、そなたは…ナギトだったな。そなたも水泳部の見学に?」

 

 

「そうだよ」と返事をしてプールに張ってある水に触れる。

 

 

「さすがに冷たいな」

 

 

「春先とは言え、まだ水は冷たかろう。だからこそ精神を鍛えるのにうってつけだと思うのだが……その様子だと水泳部に入る気は失せたようだな?」

 

 

ラウラの言葉に「バレたか」と肩を竦めるナギト。

 

 

「ラウラの水着姿には惹かれないでもないが…夏の水練の授業までとっておく事にしようかな」

 

 

「フッ、冗談はよすが良い。そのようなセリフは、その嘘くさい笑みを消してから言う事だ」

 

 

「手厳しいな。まぁそこがラウラの魅力でもあるんだが」

 

 

嘘くさいとラウラに言われた、胡散臭さマックスの笑顔で減らず口を叩くナギト。しかしその言葉は本心でもあった。ナギトはラウラに惹かれつつある。まだお互い名前だけしか知らないような間柄ではあるが、旧校舎にてその剣筋を見た瞬間から、心を奪われたのだ。ガーゴイルを屠った一閃。真っ直ぐな剣筋に。

 

本当の事を言って騙す、というある種詐欺師じみた手際でラウラのしかめっ面を引き出したナギトはその笑顔のままで踵を返す。

 

 

「藪蛇かな。じゃあ俺はとっとと退散するわ」

 

 

来て早々であったがラウラの不興を買わないため…という体裁なら去るというアクションは正しい。その体裁そのままに受け取ったラウラは去りゆくナギトの背中に声をかけた。

 

 

「長い付き合いではないゆえ過ぎた事は言えぬが、そなた…誰かと本心から向き合った事はあるのか?」

 

 

問い質す、というより叱責するかのような口調にナギトは薄く笑む。「青いな」と。嘘の笑顔で敵を作らず、薄っぺらい言葉で信用を買うような処世術をナギトの真だと思っているのだ。

 

 

「あるよ。それはⅦ組のクラスメイトにも同じだしな」

 

 

胡散臭い笑顔と嘘臭い言葉にラウラの眼光がさらに鋭くなる。

それを軽くいなしつつ「ふふふ」と声に出しつつ笑うナギトは続ける。

 

 

「俺の言葉の真偽を見抜く事が出来ないのは、お前の目が節穴だからだよ…剣匠の娘」

 

 

胡散臭い、嘘臭い、薄っぺらい。そんなポーズに騙されているに過ぎない。《光の剣匠》の娘というだけでラウラを新入生最強と囃し立てる連中と同じだと指摘された気分になったラウラは思わず顔を俯かせた。

 

ナギトはそれを見届ける事なくプールサイドから去ろうとして、ドアノブに手をかけた所で思い直して振り返る。

 

 

「…すまん。今のは挑発が過ぎた。でも本心からⅦ組のみんなと向き合いたいってのは本当。俺のふざけた言動は照れ隠しだと思って欲しい」

 

 

「いや……こちらも出過ぎた事を言ったようだ。許してくれ」

 

 

指摘で少し冷静になっていたラウラはナギトの弁明を聞くと謝罪する。するとナギトは真面目な表情から一転していつもの胡散臭い笑顔になった。

 

 

「いやいや、これでラウラのと距離が詰められたかと思うと万々歳だよ」

 

 

「ふむ……確かに照れ隠しと思って聞くと、もはやそうとしか思えんな」

 

 

「冷静に分析されると恥ずかしいからやめてね!?」

 

 

ナギトの言葉を最後に、どちらともなく笑い出す二人。やがてナギトが「じゃあまた」と手を挙げて別れを告げる。ラウラも同じような返事をするとナギトは今度こそプールサイドから出るのであった。

 

次のクラブ見学は本命のフェンシング部。トールズにおいては騎士剣術や百式軍刀術を主として部活動に励んでいるようなのだが、そこから何か得られるものがあるのではないか、という興味からフェンシング部を本命に定めている。

 

部活動くらい剣から離れてもいいのではないかと思うが、自然とフェンシング部を本命に定めていた自分がいた。今までは余程剣に没頭した人生を送ってきたのだろう、とナギトは自身で嘆息する。

 

ふと、記憶を失う前の自分が今の自分を見たらどう思うのだろう?と益体もない事を考える。

剣に生きた男が今の自分を見たら。憤るだろうか、そんな事をしている暇はないと。あるいは羨むだろうか、新しいものを得られた事を。

 

いずれにせよ自分には関係のない事だ。

シュバルツァー家に拾われ、リィンの義兄弟となり、トールズ士官学院に通っているのは、紛れもなくナギト・シュバルツァーなのだから。

 

 

 

フェンシング部の部室に入ると、大柄な男に新入生の男子が打ち倒された所だった。模造の剣は弾き飛ばされ、新入生の男子自身は体勢を崩してナギトに突っ込んでくる。

あわてて新入生の男子を受け止めたナギトは「大丈夫か」と尋ねる。

 

 

「あ…ああ。すまない」

 

 

「なら良かった。部活体験かな?」

 

 

と聞いたナギトに答えたのは、新入生の男子ーーーアランを打ち倒した本人である大柄な男ーーーロギンス。

 

「ああ。つっても大して強く打ち込んでないから安心しろ。君も見学か?」

 

 

「はい。あー…っと、もしかして…見学だけで帰してくれる気はない感じ?」

 

 

「あなたが望めばね?どう、お姉さんの胸を借りるつもりはない?」

 

 

アランを離して苦笑するナギト。どうやらナギトの相手をするのは細身の女性らしい。ロギンスが咎めるように「おい、フリーデル」と名前を呼ぶが、ナギトが模造剣を拾うと「彼はやる気みたいよ?」と返す。

 

 

「ではでは、胸をお借りするとしましょう。名門トールズのフェンシング部がどんなものか知りたい気持ちもありますしね」

 

 

「フフフ、情熱的じゃない?」

 

 

ナギトの挑発じみた言葉を“情熱的”と受け流したフリーデルにロギンスは「やりすぎんなよ」と言って、模擬戦は開始した。

 

 

フリーデルは当然のようにナギトに初手を譲る。ナギトは模造剣の感触を確かめながら、ユミルで見た騎士剣術を思い出していく。

 

 

鋭い踏み込みからの横薙ぎをフリーデルは容易く躱す。そのまま刺突を繰り出すが、ナギトはそれをヘッドスリップで避けるとそのまま回転して剣を打ち付ける。フリーデルはそれをガードしたが勢いに乗った一撃の威力を殺しきれずに後ずさった。

 

 

「なかなかやるわね」

 

 

「涼しい顔で捌いて何を言ってんすか…」

 

 

次もナギトから仕掛ける。前に出つつ刺突を繰り返すが、そのすべてはフリーデルによって捌かれて一撃も届きはしない。やがて業を煮やしたナギトは大きく踏み込んで剣を振るうが、それは受け流されて翻ったフリーデルの剣がナギトを捉える。

かと思われたが、半身になりながら紙一重でそれを避けたナギトは逆袈裟の一閃を見舞う。それは八葉における残月に近い動きであったが、万全でない体勢から放たれたせいか精度も低く隙も大きかった。

 

そんな隙を、フェンシング部の部長であるフリーデルが見逃すはずがなく、振り抜かれた剣を弾き飛ばして勝負を決めたのだった。

 

 

「勝負あり、だな」

 

 

弾かれた模造剣が床に転がり「まあ新入生にしちゃ悪くない動きだったが」と続けようとしてフリーデルに制される。

 

 

「いいえ、まだよ。君……手を抜いてたわね?」

 

 

フリーデルに鋭い視線を向けられたナギトはいつもの調子で「そんなつもりはありませんが」と返事をする。

 

 

「君の剣は、その道に生きてきた者の鋭さがあった。だけど、それにしては動きがチグハグと言うか…どこか違和感を感じるのよね」

 

 

小首を傾げながら推理するフリーデルにナギトは答えを教える。

 

 

「自分が普段使うのは東方の剣術です。それを無理に騎士剣術に落とし込もうとしたので、先輩が感じた違和感はそれだと思います」

 

 

「なるほど、道理で」と納得を見せたフリーデルだったが、次の瞬間には満面の笑みで、

 

 

「じゃあ次は本来のスタイルでやってくれるかしら?」

 

 

そんな事を言い出した。この場はクラブ見学の場だ。新入生を歓迎するための。そこで接待プレイをするどころか二回戦目を笑顔で無理強いするとは、さすが名門トールズ、生徒の頭のネジがぶっ飛んでいる。

 

しかしナギトも苦笑しながらそれを受け入れるくらいには頭のネジがぶっ飛んでいた。床に転がった模造剣を拾い上げて「開戦の合図を」とロギンスに頼み、二回戦目が始まる。

 

 

次も先手を打ったのはナギト。しかし今度は譲られたわけでもなく積極的に攻めていく。

 

疾風のスピードに乗った斬撃をフリーデルは何とか防ぐ。すれ違い様に切り付けていったナギトを追って振り返るが、そこにはすでにナギトの姿はない。

疾風の踏み込みの勢いを跳躍力に転じて、その姿はフリーデルの頭上にあった。

そこから孤影斬で斬撃を飛ばすが、すんでの所で気づいたフリーデルは剣を払ってそれを霧散させた。

 

着地したナギトに獰猛な笑みを見せて今度はフリーデルから仕掛ける。鋭い二連撃はXを描き、続く締めの刺突はその中心を穿つ。ナギトはそれを螺旋撃で相殺すると、二人はどちらともなく距離を取った。

 

 

「六の型、秘技…飛燕斬」

 

 

先程の孤影斬よりも巨大な、燃えるような緋色の斬撃をナギトは見当違いの場所に放つ。それは曲がる緋空斬だ。燕のように空中で軌道を変化させる剣技。フリーデルの背後に回った飛燕斬に合わせてナギトもフリーデルに距離を詰める。こうしたセルフ挟み撃ちを受けたフリーデルは刀身に青白いオーラを纏わせると先に飛燕斬を斬り払い、一瞬後に迫るナギトを迎撃する。

 

 

音が炸裂した。

くるくると回る欠片が床に落ちた所で場に充満していた闘志…緊張感がふっと消えてなくなった。

 

 

「ここまで、ですかね」

 

 

「ええ、そうしましょう」

 

 

 

二人の模造剣は半ばから折れていた。その結果が今回の勝負が引き分けに終わった事を物語っており、二人ともひとまずそれで剣を収める事に同意する。

 

「ふぅ」と大きく息を吐き出してから雰囲気を一変し、誤魔化すように笑う。

 

 

「いやー、すんません!部活の備品壊しちまったみたいで!」

 

 

「それは構わないわ。君、かなりやるじゃない!フェンシング部に入るつもりなのよね?」

 

 

備品の損壊を気にされなかったのはナギトにとって幸いだったが、対面するフリーデルの笑顔からは面倒な予感しかしなかった。

まさしく、ちょうど良い稽古相手見つけたー!と聞こえんばかりに目をキラキラさせている。助けを求めるようにロギンスを見るがすっと目を逸らされる。先程の考えが正解である事の証左だろう。

 

確かにフェンシング部に入部する事で得られるものはあるだろう。しかしその大部分はユーシスから得られるものでもあるのだ。宮廷剣術と騎士剣術…型は同じでも質が違う…剣技に込められた意味が違うが、それでも本質は同じだからフェンシング部に所属するメリットはさほどない。

それに今回の模擬戦は120%の力を出したナギトに対してフリーデルはまだ余裕がありそうなのだ。今後メッタメタに打ちのめされる事を考えると腰が引けるのもある。

 

しかし、こうも熱烈に勧誘されるのを断るのも男が廃るというもので。フリーデルとの交渉の末、幽霊部員として不定期的にクラブに参加(最低週一回)という事に落ち着いたのだった。

 

 

そうしてフェンシング部室を出ようとした所で貴族生徒三人とすれ違う。

 

 

「待ちたまえ」

 

 

「待てってよ」

 

 

その中の一人…金髪を真ん中分けしたいかにも高慢ちきな男子がナギトに話しかける。どことなく面倒な波動を感じ取ったナギトは同じく部室を出ようとしたアランに振ろうとしたが、

 

 

「君だ!Ⅶ組の!」

 

 

その金髪の生徒ーーーパトリックにツッコミを入れられる形で失敗した。

ため息を吐くのを我慢してにこやかに振り返り「なにか?」と用件を問うた。

 

 

 

「その赤い制服…新設されたⅦ組とかいう寄せ集め連中のものだろう。まさか特科クラスなどと言われて調子に乗っているんじゃないだろうな?」

 

 

面倒な予感は的中したようで、しかし全然嬉しくないナギトは、え?なんでいきなり難癖つけられてんの俺。と呆然とするが、とりあえず煽り返す事にした。

 

 

「調子に乗るなんてまさか。というか、そちらさんこそ初対面の相手にそんな口を利けるとは、家柄だけで調子に乗ってるのかな。まあⅦ組をやっかむ気持ちはわかるぜ、特科クラスなんていかにも少数精鋭っぽくてカッコいいもんな?」

 

 

図星だったのか、パトリックは顔を真っ赤にしながらも青筋を立てている。適当な当て推量だったが、なかなかどうして正鵠を射ていたらしい。

 

 

「…貴ッ…様ぁ……!」

 

 

図星を突かれたのと煽られたのとでパトリックは言葉に詰まる。育ちが良いせいかパッと罵詈雑言が浮かばないのか。そんなパトリックを見兼ねたのか脇の二人がナギトに舌鋒を向ける。

 

 

「貴様、無礼だぞ!」

 

 

「そうだ、このお方がハイアームズ侯爵家三男、パトリック様と知っての事か!」

 

 

「知らんがな」と悪態を吐きながらパトリックがハイアームズ侯爵の三男であった事を知って、まずったな…と思う。ハイアームズ侯爵家と言えば帝国における四大名門の一角だ。帝国の爵位の順位は公侯伯子男、ユーシスの実家であるアルバレア公爵家と比較すれば家格は落ちるが、ナギトが世話になっているシュバルツァー男爵家と比べれば圧倒的格上だ。

シュバルツァー男爵家が皇族と縁がある事や社交界から遠のいている事を踏まえても敵に回すべきではない相手だ。そう思ったナギトは煽りの矛先を脇の二人に向ける事にした。

 

 

「ハイアームズ侯爵家か……なるほど、道理で脇の二人が取り巻きクセーと思った」

 

 

「なっ!?」

 

 

「貴様!」

 

 

逆上してナギトに掴みかかろうとする二人をパトリックは制して先程のお遊びとは違った敵意でナギトを睨みつけた。

 

 

「抑えろ、とは言わない。だがここは僕に任せてはくれないか。正々堂々、一対一で勝負しよう……決闘だ」

 

パトリックはポケットからハンカチを取り出すと、それを床に落とした。

このハンカチの上に自らのハンカチを重ねれば、それは決闘の合意となる。騎士の流儀だ。

 

 

「や、普通に断るけど」

 

 

それを刹那の逡巡もなく断るのがナギト・シュバルツァーであった。いくらパトリックが大貴族の子息と言えど決闘ともなれば相応の覚悟が必要だ。自分だけでなく友二人をも侮辱した無礼な男に誅を下すーーーーそう自らに言い聞かせるも、決闘という形式に持ち込むからには緊張もするというもの。

 

そういった決意を一も二もなく台無しにするのがナギトという男。

クラブ巡りもまだしなきゃいけないし、日もすでに落ちかけていて小腹が減る時間帯だ。相手したくない。

というか、そもそも面倒なのだ。勝つにしろ負けるにしろ決闘”という形式で決着を着けるという事が。

それよりも、こんな小競り合いにもっと相応しい勝負の場というものは存在する。

 

 

「…は?」と間の抜けた声を出したパトリックはしばらくしてようやくナギトの言葉を理解した。“断る”という意味を。

 

 

「は…ははは………はははは!そうか、断るか。さてはこの僕に臆したな…臆病者め。達者なのは口先だけだったようだな!」

 

 

「安っぽい挑発だな。脳味噌あんのかってくらいだ。ま、突然決闘なんて持ちかける単細胞にはお似合いの出来だが」

 

 

パトリックが「なにぃ!?」と反応するのを待たずにフリーデルとロギンスが二人の間に割って入った。

 

 

「まったく、決闘なんて穏やかな響きじゃないわね」

 

 

「やり合うのは勝手だが他所でやってくれ、入口を占拠されちゃ他の新入生が入ってこれないだろうが」

 

 

「違うわよ、ロギンス君。やり合うなら他所じゃなくてここでやってもらわなくちゃ。二人ともフェンシング部に入って、そこで決着をつければいいのよ」

 

 

そんな上級生たちの言葉にパトリックらは理解を示し、ナギトは待ってましたとばかりに微笑む。

 

 

「俺はそれで構いませんよ。幽霊部員としてですけど一応フェンシング部に入るつもりですし。今日は用事があるので無理ですけど、明日以降なら」

 

 

「僕も異論はない。もともとフェンシング部には所属するつもりだったしな」

 

 

ナギトもパトリックも“フェンシング部に入り、そこで決着をつける”という事で納得した。「ではでは〜」とにこやかに去っていくナギトを見て、パトリックは「食えないやつめ」と吐き捨てたのだった。

 

 

 

 

パトリックとの一悶着を回避したナギトはギムナジウムを出て学生会館に足を運んだ。学生会館の一階は食堂になっているが、二階は数件のクラブが入っている。三階は貴族生徒のサロンになっていて、一応シュバルツァー姓を名乗るナギトであれば入る事はできるが赤い制服だと目立つだろうため、ある程度人に慣れるまでは入り浸らないように考えている。

ナギトの目的は二階に数あるクラブの内の一つであるチェス部だ。二階には他にも文芸部等があるがひとまず文化部系で興味があったのはチェス部だけだった。

チェス部の部室に入ると男子二人がチェス盤に向き合っていた。とは言っても対局しているという雰囲気ではなく、入室したナギトを確認すると声をかけてきた。

 

 

「君も入部希望かい?赤い制服という事はマキアス君と同じⅦ組かな?」

 

 

「ナギトか。君もチェス部に?」

 

 

「はじめまして、ナギトです。マキアスもおっす。期待させて悪いですがあくまで見学です」

 

 

ナギトが名乗るとマキアスの隣にいた男子生徒は第二チェス部の部長のステファンだと自己紹介した。

 

 

「これは…チェス・プロブレムですか?」

 

 

自己紹介を終えたナギトは二人が向き合っていたチェス盤に視線を投げる。盤の上には数少ない駒と、すでにチェックメイトの局面が出来上がっている。チェス・プロブレムとは言ってしまえばチェス版の詰将棋のようたものだ。

 

そうだ、と肯定したステファンは次いでチェスのルールを知っているか尋ねるがナギトは「駒の動かし方くらいなら」と肩を竦めるのみ。流れでマキアスが解いたチェス・プロブレムに挑戦する事になった。

 

シュバルツァー家で何度かプレイしている事に加えてマキアスが完成させた盤面を見ている事も手伝ってナギトがチェス・プロブレムを解くのに然程時間はかからずに終わり、ステファンから勧誘されるという一幕もあったが「入部は検討します」と誤魔化してその場を去る。

考えて見ればチェス部は貴族生徒と平民生徒で分かれている。ナギトは一応貴族生徒なので第一チェス部に所属する事になるだろう。そうなるとマキアスに貴族だとバレてしまうため入部希望を静かに取り下げるナギトであった。

 

チェス部を出てナギトはひとまず目的のクラブ活動の見学が終わったと一息つく。週一程度でフェンシング部に通う幽霊部員というのが最終結論になるだろうと予想しながら廊下を歩いていると、「キャアッ!」と女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。ナギトの耳が腐ってなければクラスメイトであるエマ・ミルスティンの声のはずであり、有事かと思ったが危ない気配が漂ってないあたり、なにかそう…イケナイものを見てしまったかのような声音である事を理解したナギト。

悲鳴の理由を探るべくエマの声が聞こえた部屋の扉をノックすると返事を待たずに開け放つ。

 

扉の先に待っていたのは文芸部の部室。突然の闖入者に驚くエマは「ひっ」と息を吸い込む。ナギトはわざとらしくニヤリと笑い、

 

 

「ち、ちがっ!違うんですナギトさん!わ、私…こんな世界があるなんて知らなくてっ!?」

 

 

そんなナギトに弁明するように喚き立てるエマの見たこともないような姿に思わず笑ってしまう。赤面してしどろもどろの委員長など中々のレアモノだと思った。

エマは目をぐるぐると回したままナギトを押し除けて文芸部を走り去って行ってしまう。その背中を見送ったナギトと文芸部に残った女子一人。どうやら先輩らしくドロテと名乗り部長である事を明かす。

 

 

「さっき廊下でエマとすれ違ったんだが…何かあったのか?」

 

 

そんな所にリィンが現れてナギトは軽く「さあ?」と流す。再び現れた入部希望者(と思しきリィンに)ドロテは自己紹介する。

 

 

「リィン・シュバルツァーです」

 

 

「ナギト・シュバルツァーです!二人合わせてシュバルツァー兄弟ですっ!」

 

 

ドロテと同じく名乗ったリィンに続いて名乗りあげたナギトはそのままシュバルツァー兄弟のポーズ(即席)を取る。一人で。

いい感じにスベった所でドロテに視線を向けると、

 

 

「同い年の男兄弟…身近過ぎて自覚できない愛…しかし士官学院に入学して二人の時間が短くなる事で自覚した恋心……禁じられた愛……!」

 

 

そんな感じでトリップしていた。ヨダレを垂らしそうな口元を見てナギトは名門トールズの認識を改めるべきか迷う。

 

 

「ナギト……これは……」

 

 

「耽美な世界、ってやつかなぁ……エマが逃げ出すのもわかるわ、うん。ここは逃げの一手だと思うけど、同意見かな…お兄様?」

 

 

「ああ、無茶な要求をされる前に立ち去ろう」

 

 

一瞬で団結したナギトとリィンは妄想に浸るドロテを残して静かに文芸部を立ち去る。あれにナギトとリィンが実の兄弟ではない義兄弟だと明かせばさらに妄想が捗るだろうが、面白味と同時に危険度も増すため自重したナギトであった。

 

その後、まだマラソンが終わってないらしいリィンと別れてナギトは第三学生寮に戻る事にした。

 

 

 

「よっ、後輩」

 

 

校門前で呼び止められて振り向くと、そこにはどこかで見た気がする銀髪の二枚目が立っていた。

 

 

 

「ちょいと50ミラコインを貸してくれねえか」

 

 

 

「2年Ⅴ組所属、クロウ・アームブラストだ」

 

 

「加勢するぜ、後輩ッ!」

 

 

「士官学院《Ⅶ組》の力ーーー見せてもらおうか!」

 

 

「ったく、甘ったれめ」

 

 

「だが、ずいぶん遠くに来ちまった気がするぜ」

 

 

その顔を見て、声を聞いて、姿を認めた瞬間ーーーー脳内に溢れ返るいくつもの光景。

 

 

「ちょっとはがり早いが早めのランチとしようぜ」

 

 

 

「“今”を踏ん張ってこその“未来”だろうが!」

 

 

 

「……ただひたすらに………ひたむきに……前へ……」

 

 

 

ーーーーー運命を変えろーーーーー

 

 

 

一瞬で流れていくノイズがかった情景の後に、それがお前の使命なのだと言わんばかりに声が響く。

思わずたたらを踏んだナギトだったが、思考を阻害するような靄を無視して、クロウに「何か用ですか?」と向き直る。

 

 

「いや、用ってほどでもねえが…噂のⅦ組に入った感想を聞きたくてな。入学して約半月…調子のほどはどうよ?」

 

 

フラッシュバックと共に頭痛がしたせいか声が思わず刺々しいものになってしまい、結果的にナギトとクロウは“軽々しく喋りかけた先輩と、それを煩わしく思う後輩”のような図になった。

 

 

「ぼちぼちですかねぇ……授業の方は予習復習を一日でも欠かせばすぐに置いていかれそうな気がしますけど」

 

 

先程のイメージを払拭すべくナギトは努めて明るい声を出す。冗談じみた言葉は半ば本音で、やれやれと肩を竦める動作も一緒に行っておく。

 

 

「はは、違いねぇ。まあ本格的にカリキュラムが始まるのはこれからだろうし、気合入れてがんばっていけや、後輩」

 

 

「了解です」と笑ったナギトにクロウはお近づきの印に手品を見せてくれると言う。言われた通りに50ミラコインを渡す。クロウは持っていた巾着袋を足元に置くと「よおく見てろよ」と言ってコインを指で弾いた。

 

くるくると舞ったコインはやがて重力に従い落下する。それを掴もうとクロウは右手と左手をそれぞれで動かしーーーー

 

 

「おっと」

 

 

それをすり抜けて地面に置かれた巾着袋の口に吸い込まれかけた50ミラコインをナギトは掴み取った。

 

 

「うげ、初見でそこまでやるかよ」

 

 

「あらかじめ手品って聞いてましたからね。足元の袋もわざとらし過ぎますよ」

 

 

本当ならコインを掴み取るような動作だけをして50ミラは巾着袋に落として、“右手と左手のどっちにコインがあるでしょう?”という問題を突きつけるつもりだった。その段で右手と左手のどちらにもないと気づく者はいるが、そもそも巾着袋に落ちるはずのコインをそのまま掴み取るなんて早々できる事ではない。

驚くクロウにナギトは当然のように答える。まるでトワの聡明とアンゼリカの破天荒を足して割ったような人格だとクロウは思った。

 

ナギトは掴んだコインを指で弾いてクロウに寄越す。

 

 

「それは手品を見せてくれたお礼、チップです」

 

 

ニコリ、あるいはニヤリと微笑んで見せたナギトは「では、これからも仲良くしてくださいね」と言うとクロウの前から立ち去るのだった。

 

その背中に突き刺さる、強烈な視線には気づかずに。

 

 

 

第三学生寮に帰る下り坂で「あれ?」ととぼけた声を出すナギト。

 

 

「名前、聞いてたっけ?」

 

 

先程の銀髪の先輩。三流以下の手品を披露してくれた彼。クロウ・アームブラスト。

 

“2年Ⅴ組所属、クロウ・アームブラストだ”

 

そんな自己紹介を受けた記憶がある。

 

いやーーー、いや!自己紹介なんてされてないはずだ。なのに自己紹介を受けたシーンが記憶にある。

 

 

()()()()()()()()()

 

 

ふと、そんな事を思った。

 

ありえないはずの仮定。失った自分の記憶の代わりに誰かの記憶が流入したのではないか、という。

そんな事がありえるはずはない。しかし、そんな特別がありえるのだという確信もあった。

 

 

「あばよ、《剣鬼》」

 

 

「ッ!」

 

フラッシュバック。同時に頭痛。ノイズがかった刹那の映像は自らの記憶だと自覚できた。

 

 

「…わっけわかんねえ」

 

 

悪態を吐き、第三学生寮に入る。ドアが閉まる瞬間、トールズ士官学院の方向を見る。

 

 

「……楽しくなりそうだ」

 

 

無意識に呟く。

 

ナギト・シュバルツァーのスクールライフは始まったばかりである。




創の軌跡 大幅アプデで激アツな状態のクラウンドッグがお送りしました。まだまだ「鉄は激アツな内に打て」作戦は継続できそうです。
その代わりに軌跡×ワートリの方の投稿が滞っていますが……
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