閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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碧く澄んでる泉に深く、そっと隠した願いひとつ

 

ナギトの行動のすべてはクロウのためだった。

 

 

判明した真実に、皆は言葉を失う。

 

 

「待て……待て待て待て……どうしてそうなる……?俺たちを英雄にするのがどうしてクロウのためになる……!?」

 

 

顔に手を当てるユーシスは至った解の意味がわからない。

確かにⅦ組を英雄にして、どうしてクロウのためと言えるのかは、一見するとわからない。

 

しかしそこに、ある事実を明かすと、謎を解くヒントにはなる。

 

 

「そうか。あんたたちは知らなかったわね」

 

 

と言ってテーブルの下から顔を覗かせたのは黒毛の艶猫セリーヌだ。そのままひょいとテーブルの上に飛び乗ると追加で説明した。

 

 

「あの幻獣討伐作戦、E班のナギトは───、って口で説明するより見せた方が早いわね」

 

 

言うが早いか、ブリーフィングルームの中央に円形の窓が開く。それは魔術で何らかの景色を映す手法だ。

 

 

「これはE班の幻獣討伐の様子。その目で確かめてみなさい」

 

 

そう言うセリーヌにⅦ組総員がその窓に視線を注いだ。そこに映るのはナギトが幻獣リンドバウムを討伐する様子。

 

 

「───え?」

 

 

疑問は、誰の声だったのか。

その傍らには、クロウの姿があった。

 

クロウとナギトが協力し、幻獣を倒す様がその窓から放映されていた。最終的にはナギトの斬撃が幻獣を真っ二つにして終了したそれ。

 

 

 

「ちょっとこれ…どういう事よ!?説明しなさい、ナギト!」

 

 

真っ先に正気を取り戻し、ナギトに事の真相を問うたのはアリサだった。

 

 

「うむ……、雲を───天を割った斬撃…あれが超過式と言っていた戦技か?」

 

 

「いやラウラ…論点はそこじゃないんだが…」

 

 

ナギトの記憶が流入したらしいラウラには、もはやその真実がわかっているために、皆とは疑問の付け所が違う。それはリィンが正して、ナギトに続きを促した。

 

 

「まあ、ラウラの問いかけに対しては“そうです”って答えだな。アリサの方には───、これだ」

 

 

もやり、と空間が歪んで一瞬後にはナギトの背後

にクロウ──らしきものが立っていた。

 

 

「タネを明かすとこんなもんだな。戦技の一種である“分け身”──その派生だな、俺の闘気でクロウの姿形を編んだものがこれだ」

 

 

セリーヌが見せた幻獣討伐作戦当時の光景。ナギトとクロウが共闘する様は、その実ナギトの一人芝居だった。

 

しかし、その“実”を知る者はおそらく極小数で。

 

 

「つまり──、民衆からすればクロウも僕たちⅦ組と同じ幻獣を討伐した英雄……ってことだよね?」

 

 

エリオットの言った通り、民衆にはそう認識される。

 

 

“クロウ・アームブラストを英雄にする”───、これはそういった作戦だったのだと、全員が悟った。

 

 

「だが待て。クロウ先輩を英雄にしてどうする? あの人はもう貴族連合の英雄なんだぞ」

 

 

そして、やはり疑問。謎が解かれるたびに新たな謎が生まれる。しかしもう終わりは近い。

 

 

「貴族連合の英雄を民衆の英雄としても大した意味はない、か……?」

 

 

マキアスの疑問に答えるようにユーシスも言葉を紡ぐ。

 

 

「いや、意味なら大アリよ。確かに現状ならそうでもないかもしれないけどね。……それに、今この内戦下において帝国時報の報道内容がどちらかの勢力に偏っている事は国民全員が承知してるわ、中央紙と地方紙で内容が変わってるものね。そんな偏向報道と、曲がりなりにも自らの目で見た事実……民衆はどちらを信じるかしら?」

 

 

 

そう言ったのはサラだ。さすがに元遊撃士らしい民衆の目線でものを語る。

 

 

「でも、クロウが貴族連合の英雄である事実は覆しようがない」

 

 

しかしフィーもまた客観的にそれに反証する。

 

 

クロウは貴族連合の英雄である。

クロウは民衆の英雄である。

 

この2点は別に矛盾するわけでもなく両立する。しかし両立した所でなんだと言うのだ。

 

 

 

サラの言葉を受けて、リィンは前にナギトが言っていた事を思い出した。

 

 

「ナギト……君は言っていたな。今回の内戦は正規軍の勝利で終わると。勝てば官軍だと」

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

 

あっさりと肯定したナギトに、皆は反応が遅れる。

 

正規軍が勝利する。勝てば官軍。その意味に理解が追いつくのと同時にナギトは語り出した。

 

 

「歴史とは勝者が紡ぐもの───平たく言やあ勝った方が正義ってわけだ。勝てば官軍」

 

 

正義は勝つ。勝者こそ正義。そして正義とは悪を誅するものだ。

 

 

「なら負けたら?」

 

 

問いかけるナギトの言葉はしかし、返答を求めてはいない。

すでにナギトの真実は開示されている以上、ナギト自身の言葉で解説する事に躊躇う必要はなかった。

 

 

「賊軍だよ。敗者は悪にされる」

 

 

それは勝者から。民衆から。国家から。そのように情報が操作される。

 

 

「この内戦で例えるなら、貴族連合の総主催であるカイエン公は処罰を免れないだろう。そして処罰の対象には英雄も含まれるはずだ」

 

 

ある意味で英雄こそわかりやすい処罰の対象だ。そしてその英雄というのが───

 

 

「───クロウ……あいつだって…そうなったらもう会えなくなるかもしれない。Ⅶ組が揃っていられなくなるかもしれない」

 

 

クロウ・アームブラスト。貴族連合の英雄。《蒼の騎士》。

 

───しかし、Ⅶ組の一員。

 

 

「だが、クロウが民衆の英雄であれば……? 帝国政府だって民衆の支持を損なう判断はし難くなるだろう。内戦終結直後──、国が割れた後ならなおさらだ」

 

 

内戦終結後、貴族連合の英雄だったクロウは処罰されるはず。その未来を回避するための一手。

クロウを民衆の英雄にして、処遇を少しでも良くするための。

 

 

「俺がクロウを民衆の英雄に仕立て上げたのはそのため。───これが幻獣討伐作戦…もといⅦ組英雄化作戦の真意。内戦後のクロウの処罰を免除、ないしは軽減させるためだけの……苦肉の策」

 

 

それが、ナギトの計画の全容だった。

薄氷の上に成り立つかどうかさえ怪しい計画。仮定に仮定を重ねて想像を妄想で上塗りしただけの希望的観測。

“苦肉の策”と言うくらいだ、それはナギトも理解しているのだろう。

 

 

だがそれでも───

 

 

「……何故…ッ、俺たちに一言も相談しなかった……!?」

 

 

ナギトの真実についてはもうわかった。その悪辣のすべてが、ここにいない仲間のためであった事は。

 

 

「───………………」

 

 

ユーシスの言葉が、今のⅦ組の想いだった。

向けられたナギトは一瞬忘我してしまう。その怒りに対する台詞は用意していなかった。だからもう本心で答えるしかない。

 

 

「……相談…か。その発想はなかったな」

 

 

「何故だ……ッ!? ………ナギト…お前の罪については……………もう、いい。最低限配慮はあったようだしな。だが、それとこれとは話が別だ」

 

 

ユーシスの、Ⅶ組の怒りはすでに方向性を違えていた。今まで自分たちが手を伸ばさなかった部分──戦後のクロウの救済に少しでも光を差したナギトの想いについては、痛いほどに身に染みた。

 

だからこそ許せないのは、何故それを自分たちに相談しなかったのか、だ。

 

 

「───俺は……。………相談したとして、こんな作戦には乗らなかっただろう?」

 

 

言いかけて、やめて。哀しげにナギトは笑んだ。それは無理解を承知の言葉で。

 

 

「当然だ!関係ない人を巻き込んで、こんな……騙すみたいなやり方……!」

 

 

「ですが、もっといいやり方を模索できたかもしれません……!」

 

 

リィンの憤りは尤もで、エマの言い分がⅦ組の総意だった。

そんな総意を受けてナギトは椅子に深く身を預けた。天井を見上げる。

 

 

「…そうだな……そうかもな………」

 

 

ぼう、と呟くように言った。「でも」と続けて視線をⅦ組の皆に、やはり哀しげに笑いかける。

 

 

「俺は馬鹿だからさ、これ以上のやり方は思いつかなかった。それに────」

 

 

それは、先程言いかけてやめた言葉。“言うな”という自制心を押さえ込んで吐露する、ナギトの──俺の、本心。

 

 

「俺は、お前たちには綺麗なままでいて欲しかったんだ」

 

 

トールズ士官学院Ⅶ組には正義の味方でいて欲しかった。

 

 

 

ああ、かつての自問に答えを出そう。

 

正義の味方とはⅦ組(こいつら)だ。

 

 

 

「どうしてッ……!?」

 

 

ナギトの悲哀に劣らぬ悲痛さでリィンが問う。ナギトは「決まってるだろ」と悲哀に愛を混ぜて言った。

 

 

「俺がお前たちを大好きだからだ」

 

 

それはとても独りよがりで。大好きな人を大好きなままでいるために、一片の穢れを許さない我儘で。

 

だから、それをとてもナギトらしいと皆は感じた。

 

 

これまでだってそうだったナギトらしさに、皆の意見はやはりひとつだ。

 

 

「君は…やはり傲慢だ……ッ!」

 

 

言ったのはマキアス。いつだったか同じ事を言われた覚えがあった。

 

 

自覚は───あった。

 

ナギト・シュバルツァーになる以前の記憶がなくて。《剣鬼》なんていう後ろ暗い過去があって。それ以上に自分という異物を感じていた。

 

そんな重荷を背負ってなお、他人を救いたいと願う傲慢。

 

 

 

────だがそれでも。

“クロウを救いたい”───そんな願いの元に生まれた自分だから、止まれない。止まらないと、そう決めた。

 

 

 

「ナギトの行いはとても許せる事ではない。作戦の事も、それを我らに秘した事もだ」

 

 

沈鬱な雰囲気の中で立ち上がって言ったのはラウラ。

 

 

「だが同時にその想いの尊さに胸を打たれたのも事実────、事前に真実を得ていた私やサラ教官を除けば、その心中は嵐が吹き荒れるが如くだろう」

 

 

事実、ラウラやサラを除くメンバーは内心がめちゃくちゃに荒れてしまっている。ナギトがただの悪ではなく、友を救いたい一心で、なんなら自分たちの事さえ慮る独りよがりに、感情は上下動しっぱなしだ。

 

 

「そんな状態で結論を下せるか?──無理だろう。だからここは私に任せてくれないか。必ずや皆も納得する落とし所を見つけると約束しよう」

 

 

ラウラ・S・アルゼイドという女子は、正義を信じ、正義のために剣を振るう者である。

それはⅦ組の中でも特に顕著で───“「我が剣に懸けて悪は許さぬ」”とは戦闘後によく聞く台詞だった。

 

その意味でラウラはもっと怒っているはずだった。

 

 

 

ラウラ・S・アルゼイドという女子は、今や廃れつつあるノブレスオブリージュを体現する貴族である。

それはⅦ組の中でも特に顕著で───、同じ貴族でも権謀術数に生きるアルバレアや、領民との距離が近過ぎるシュバルツァーより一層、古き良き貴族の義務を理解していた。

 

その意味でラウラはもっと怒っているはずだった。

 

 

 

ナギトの友人として。民を脅かす者の敵として。ラウラはもっとナギトに怒っているはずだった。

 

 

────否。怒っている。

 

 

ナギトの真実を得て、怒りと同時に尊敬の念を覚えた。それはⅦ組の皆とて同じで。しかし、やはり1番怒っているのはラウラなのだ。

 

そんなラウラの気迫を感じ取った皆は、その提案に同意した。

 

 

ナギトの断罪は、ラウラに託された。

 

 

 

「頼む」と言ったリィンに「うん、任された」と返し────、ナギトに視線を注ぐ。

 

 

 

「ではナギト────、決闘だ」

 

 

 

 

☆★

 

 

 

カレイジャスは街道外れの広場に着陸し、決闘のために降りたナギトとラウラを囲むようにして士官学院の面々がそれを見守っていた。

 

 

「こうして純粋に剣を競うのはいつぶりだろうな」

 

 

「8月の自由行動日以来だな。それ以外だとサシで立ち会った事はなかったはず」

 

 

 

固唾を飲んで見守るギャラリーとは裏腹に、剣を抜いた2人は気楽に会話をする。

 

────しかし、剣呑。

 

 

すでにラウラの闘気は全開だった。

2人の決闘の行く末を見守る観衆に固唾を飲ませるだけの迫力。その精神を呑み込むが如き───。

 

 

しかし、それだけの剣気を正面から受けてなお、ナギトの表情は穏やかだった。

涼しげ、というよりも冷ややかである。より正確に言うならば、どこか虚空を見つめているような虚しさが感じられた。

 

 

 

「アルゼイド流 ラウラ・S・アルゼイド」

 


ラウラはそう言って大剣を構える。

 

 

「八葉一刀流 ナギト・シュバルツァー」

 


ナギトも太刀を構えた。

 

 

 

 


「いざ参るっ!」

 


一足飛びに駆け出したのはラウラだ。

踏み込むスピードはリィンの疾風に比肩し、この少女の成長を思わせる。

 

 

一瞬でナギトに肉薄したラウラは剛剣を迷いなく振り抜く。悲劇を予想し、目を背けた生徒が数名。しかし、彼らの予想は裏切られる。

振り抜かれた剛剣をナギトは紙一重で避ける。
ひらりと木の葉のように躱す様を見て、ラウラとナギトの実力の差を見抜いたのは、その場においてたった一人、サラ・バレスタインのみであった。

 

 

続けざまに振られるラウラの剣はナギトにかすりもしない。
すべて見切られている。紙一重で躱されるせいかギャラリーは危ないだなんだと言っているが、そんな事はない。


手の届かない高みにナギトは到達したのだとラウラはようやく気づいた。

ナギトがそこに辿り着いたのはいつだ?
それはきっと、自分が撃たれた時だとラウラは考えた。あの時に失っていた剣技を鬼気と共に取り戻したのだ。

 

 

これは、あまりにも遠い距離。
Ⅶ組全員を単独で倒したあの時の力を平時から使えるようになっているのだ。
手を伸ばしても届かないのは、もはや道理であると言えるのかもしれない。

 

 

「だから……それがどうしたと言うのだ」

 

 

呟くラウラに諦観の色はない。むしろその精神は燃え上がっている。

 


手が届かない?

上等だ、ならば剣で届かせるまで。

 

 

 

「はあああっ!」

 

 


裂帛では、まだ表現し得ぬ気迫。


ラウラの足元にアルゼイド子爵家の紋章が広がる。“洸翼陣”だ。
刀身は光を帯び、ラウラの目は未来を読む心眼となる。


それを見たナギトは、ようやく虚空から目を離す。《剣鬼》の実力すべてを取り戻したナギトの興味を引く程度の価値が出てきたのだ。

 


刹那で距離を詰めるラウラ。
光の剣がナギトを切り裂く。

 

 

しかし斬撃は浅く、わずかにコートを切ったのみだ。


距離を取ったナギトが、称賛を口にする。

 

 

「やるなラウラ………、光の剣…もっと見せてみろ!」

 

 

 

迅雷。

今度はナギトから仕掛けた。ケルディック実習時(いつかの日)と同じ雷速の斬り込み。

 

 

ラウラは光の剣を振るって、最短距離で迫ってきたナギトを迎撃した。迅雷を剣の一振りで弾き返す。

 

 

「見える………見えるぞ、ナギト!」

 

 

あの時はまったく見えなかった太刀筋が見える。反応できる。対処できる。

 

 

弾かれた衝撃をいなしつつ着地したナギトは口角を緩ませた。

 

 

「このスピードを見切るかよ」

 

 

雷が落ちる速度で迫る斬撃、それが迅雷だ。それをこの齢で見切るのはやはり天才と言わざるを得ない。

 

 

「それじゃあ……数はどうだ!?」

 

 

ナギトが空に手を翳す。
中空に現れたのは、5本の剣。
幻でありながら、その密度ゆえに存在する“幻造”だ。

 

ナギトがラウラの方に手を振ると、中空の剣5本が射出される。

五体を狙い射出された剣を、ラウラは躱し、受け流し、防御する事でやり過ごす。

 

 


ナギトはそれを見てまた「やるな」と言い、今度は両手を広げた。

 

中空に出現する、20本の刀剣。
捌く難しさは、単純計算で先ほどの4倍。
しかし、より躱す隙間が狭くなった事で、実際は4倍どころの難易度ではない。

 

 

「そら、どうだ!?」

 

 

同時に射出される20本の剣。

横に避けても、そこすらカバーされている。
だが、逃げ道が塞がれているおかげで自身の体に迫ってきている数は15本程度だ。

ならば、やれない事はない。


ラウラは光の剣を回転させ、向かってきた剣すべてを弾き飛ばす。
ガードをすり抜けた剣は僅かに肌を切り裂いたが、それだけだ。

 


ラウラは「どうだ」と言おうとして、背中に衝撃を受けた。振り向くと、背中に刺さった短剣が消失しているところだった。

 

 

 

「油断するなよラウラ。剣を出す方向は自在だ」

 

 

 

短剣が消え去り、切り裂かせた後背部の服に血が滲む。

 

 

「さて、これはどうかな?捌けたら大したもんだ」

 

 

 

ナギトはまだ続けるつもりだ。幻の剣を作り出す。ラウラの周囲360度すべてに。

 

3段に構えられた剣の総数は数えるのも馬鹿馬鹿しい。100を超え200を超え300を超える幻で編んだ刀剣の数々。

 

対処できなければ、肉片と化すのは目に見えていた。しかし、これだけの数を対処できる人類がいるのか?
観衆は無理だと思う。ナギトですら同じだ。

 

ただ、ラウラだけが違った。

 

 

対処できるか否かではない。
どう対処するのか、でもない。

 

頭はからっぽだった。

 

言ってしまえば、迫ってきたら対処する。という考えのみだった。
いや、それは考えと言うよりも“そう体が反応するだろう”というだけの思考。

 

 

集中する。極限まで、精神を研ぎ澄ます。

 

 


そして、数えるのも馬鹿らしい剣が射出された。

 

 

 

ナギトは直前まで動かないラウラを見て“幻造”剣を消そうとして。
Ⅶ組のメンバーはラウラの挙動を見逃さぬように目を凝らし。その他の観衆はラウラが無事であるようにただ祈り。

 

 

 

 

──────驚愕する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はは………」

 

 

 

それを見て、一番早くに声を漏らしたのはナギトだった。

 

 

「マジかよ……おいおいラウラ………、そこはもう、達人の域だぞ……」

 

 

360度から襲いくる300本を超える数の剣。
剣という弾丸が高速で射出されていく。
一手違えれば、例え一流の猟兵でも瞬時に粉微塵になる剣群を、ラウラは正確に対処していた。

 

 

 

 

迫る剣を弾く。弾かれた剣がまた別の剣とぶつかり、さらに軌道が逸れ、また別の剣の行方を塞ぐ。
それがいくつも連鎖している。

無論、それだけで剣群を捌けるわけではない。
息もつかさぬ剣の雨を避ける。避けて、避けて、弾いては避ける。

僅かな時間差をつけて射出される剣群だが、すべての刀剣が捌かれるまで、もう間も無くであった。

 


ナギトは「もっとだ」と笑う。

天に手を掲げると、中空に剣が現れた。追加された剣は30本だ。
それは360度という“横”を超える、頭上から降り注がれる“縦”からの攻撃。

 

 

 

「魅せてみろ!」

 

 

 

ナギトの手掌がラウラに向かって振られる。
ラウラの頭上から襲いくる剣群。
なんの警告もなしに放たれたそれを、ラウラは事前に打ち合わせをしていたが如くに察知し、舞い踊るように避ける。
降り注ぐ剣の間でステップを踏む。針の穴に糸を通すような正確で精密な動きで、剣を避ける。

降り注ぐ剣は360度から放たれた剣にぶつかり、その攻撃を阻害する。
しかし降り注ぐ剣の雨を通り抜ける剣もあった。ラウラはそれすら見えているかのように迎撃する。

 

 

 

 

やがて、すべての剣が撃ち終わった。

地面には無数の剣が転がり、または突き刺さっている。
その中心に立つラウラには、傷一つなかった。
無数の剣雨は、ラウラに傷一つ与えることすらできなかったのだ。

闘気で構成されていた剣が煙のように霧散すると、観衆はラウラに拍手と歓声を贈った。


しかし、当のラウラはそんなものは聞こえていないかのように息を乱さずに剣先をナギトに向ける。

 

 

そのラウラを見て、ナギトは再び驚嘆する。
闘気の流れに淀みがない。完璧な状態だ。
どんな達人でさえ、ぶち当たる壁が、闘気の流れを統一化する事だ。ラウラはその壁をやすやすと乗り越えている。
色即是空。明鏡止水。そんな言葉では今のラウラを表現する事はできない。言うなれば無我。
剣の神が取り憑いているかのようである。

 

ナギトは称賛を贈ろうとして、やめる。それすらもこの闘いの中では無粋に感じられたからだ。

 

 


「受けてみよ」

 

 

 

ラウラがナギトに向ける言葉は、攻撃の合図だった。
ラウラの体内で気が爆発的に高まっていく。


ラウラの全身から光が放たれているかのように思える程の光量が剣に灯る。

 

 

「光の──翼────」

 


それは《光の剣匠》が全力で戦う際に剣に宿る光を指して言われるものだ。
アルゼイド流の頂点に到達しなければ、それほどの剣とは呼ばれない。

ラウラは、その光の翼を手に入れたのだ。


《光の剣匠》と並ぶ剣を。

 


「我が全霊の奥義……!」

 

 

 


ナギトは認めた。今のラウラが、自分と同じ位階にいる猛者だと。

 

だからもう、遊びは終わり。

全霊には全霊をもって応えるのが剣士の流儀。

 

 

 

ナギトは大上段に構える。
それはかつて、アリアンロードの戦技“大神雷槍(グングニル)”を掻き消した一刀。

 

大神雷槍が今のナギトの“超過式”でようやく相殺できる程の威力なのだから、この一刀の凄まじさは推して知るべしである。

 

 

狙って撃てる一刀ではない。

 

しかし、ナギトの全霊と言えばこの一太刀で。

 

なんとなく今はできる気がして───。

 

 

 

この一刀の名を、まだ思い出せない。

 

 

 

 

「奥義──ッ!」

 

 

ラウラの剣から弧状の光が放たれる。X字を描く斬撃は広い範囲をカバーしている。横への回避は不可能。

 

ラウラが跳躍する。まだ終わらない。アルゼイド流の奥義二つの合わせ技は、まだ終わりではない。

獅子が吼えた。光とともにラウラの剣はナギトに迫る。獅子の幻影がそれを追って突き進む。

 

 

 

「獅子洸翔乱舞!!」

 

 


前面からは広い範囲をカバーする光の斬撃。上からは獅子の幻影を伴う剣撃。
これを見ては、こう言わずにはいられない。

 

 

 

「見事だ……」

 

 

 

そう漏らしたのはリィンだった。
剣士同士、ラウラとは幾度も手合わせをしていた。しかし、これほどまでに洗練された戦技は見た事がなかった。
手加減されていたわけではなく、この戦技は、今この瞬間ナギトのために創り出されたものだと理解した。

 

 

すべての斬撃が、ナギトの位置(目標地点)で重なる瞬間、ナギトが火の構えから太刀を振り抜いた。

 

 

 

 

光が炸裂する。
火の構えから振り下ろされた太刀は、X字の光の斬撃と獅子を伴う剣撃を斬り断った。

 

 

至高の剣比べが終わったそこを見て、ナギトは「はっ」と快哉をあげた。

 

 

 

「互角かよ、ヘコむぜおい」

 

 

 

ナギトの大上段(火の構え)から放たれる一太刀は、初めて師に認めてもらった技だ。


だからこそ、絶対の自信があった。

最近は見た目が派手な大技で戯れていた──“幻造”がその最たる例──のだが、それはこの技があったからだ。


完全ではなくとも、この技を使えば誰もに負けないという自信があった。

 

その剣技が、達人級に片足を踏み込んだばかりのラウラの戦技と互角。
それはちょっとばかしヘコんでも仕方ないというものだ。

 

 

 

「それはこちらのセリフだ……」

 

 

対するラウラは、剣を杖にようやく立っている状態だった。
肩で息をするラウラは、先程の“獅子洸翔乱舞”に本当に全霊を尽くしたようである。

 


「こちらの奥義を簡単に相殺するとは………。その大上段に構えてからの技は、何と言う名なのだ?」

 

 

ラウラは疲弊しながらも、ナギトの使った技に興味深々のようだった。こういう時でも剣技への興味を抑えられないあたり、やはりラウラには剣狂いの気があると思った。

 

 

「名前は…思い出せないし、たぶん不完全なこれはその名に相応しくないと思う。だからこれは──ただの素振りだよ」

 

 

「ただの素振りか………、そういう割には洗練され過ぎな気がするが?」

 

 

「まあ剣士が1番やる素振りだろうし、回数重ねりゃそりゃあ研ぎ澄まされもするわな。………マジに言うとあれだけは譲れない俺の1番だからな」

 

 

 

ラウラはナギトの答えを受け取ると「なるほど。奥義が破られるわけだ」と感想を漏らす。

 


「では、続けるとしよう」

 

 

そして、剣を構えた。

 

 

“ありえない”と誰もが思った。
ラウラはもうフラフラだ。気力は尽き果て、体力は限界。今まで剣を杖にしてようやく立っていた体ではないか。

 

 

「無茶だよ」

 

 

その闘志を受け取らねばならないナギトでさえそう言う。
すでに《剣鬼》としての技量すべてを取り戻したナギトが言う。

 

 

「もう無理だろ。光の翼を失い達人域に踏み込んだ(夢の)時間は終わった……」

 

 

フラフラなラウラに対してナギトは未だピンピンしている。幻造で消費した闘気も総量からすれば1割未満で、未だ十全の状態と言えた。

 

 

格上がピンピンしてる状態でフラフラな格下が「戦いを続けよう」と言うのだ。それは止めもする。

 

 

 

ラウラは「そうだな」と言いながら、それでも剣を鞘に戻しはしない。

 


「だが、それでもやらなければいけないのだ」

 

 

強い意思を秘めた琥珀色の瞳。
それをナギトは知っていた。これは覚悟を決めた者の目だ。あらゆる苦難を乗り越えて何かを成そうとする者の目だ。

 


「なぜなら……」

 


ラウラは剣を構えて突っ込む。
それには先程のような精彩は微塵も見られない。

ナギトは苦もなく太刀でガードして、その剣が不自然なほど重みを持っている事を知った。

 


「ぬっ………う!?」

 


重い。なぜこんなにも重い?
目の前にあるラウラの表情が、少し緩む。ラウラはナギトに笑顔を見せた。

 

 

 

 

「私はな、ナギトに惚れている」

 

 

 

 

それは、いつだったかナギトがラウラに贈った言葉と同じものだった。ただ、贈る者と受け取る者が逆なだけ。
衝撃の告白であるはずのナギトは、なぜかその言葉が胸にストンと落ちるように受け取った。

そして納得する。
なるほど、これほどの想いを込めていれば剣も重くなるわけだ。

 

 

「ずっと考えていた。私がそなたに惚れている理由……」

 

 


言葉を口にしながら、ラウラは剣を振り続ける。
その(言葉)をナギトは受け止める。
避けるなどとんでもない。ラウラは自分を受け止めてくれたのだ。ここで自分がラウラを受け止めないのは筋に反する。
というか、そもそも好きな娘の声はただ聞けるだけでも幸せなのだ。
だから、ナギトはラウラの声を一番近くで聞くために剣を受ける。

 

 

「考えてみれば、それはやはり簡単な事だった。
私がナギトに惚れていたのは、そなたの“剣の道”に惹かれたからだ」

 

 


ラウラの言葉を受け取って、ナギトは苦笑する。
どこまでも遠く、眩しい存在であったラウラが、自分の剣の道に惚れている?歩む剣の道は正と邪──交わる事はない対極の道。故に眩しく見えたのかもしれない。
だから、互いが互いの剣に惹かれたのかもしれない。それが、間違いである事を、ナギトは思い知らされる。

 

 

「そなたの剣は、決して邪道……修羅の剣などではない。ナギト、そなたの剣は“兄の剣”なのだ」

 

 


──兄の剣?


───自分の剣が?

 


ナギトは疑問に思うも、受け止める剣は重さを増すばかり。ラウラが虚言を吐いているというわけではない何よりの証拠だ。

 

 


「そなたの剣技に届きたいと思ったのが、始まりだ。もっと速く、もっと強く、もっと美しく。私はそなたの剣技に追いつこうと必死になった」

 

 

ナギトは知っている。誰よりラウラが自分に追いつこうと日々を剣に費やしていた事を。剣技を盗もうと観察していた事を。

 

 

「剣技を……剣技だけを見て、そなたの事を見てはいなかった。それが変わったのは《帝国解放戦線》と初めて見えた時だ。皇女殿下とエリゼ嬢を拐われ、そなたは激情をあらわにした。その時、初めて私はそなたを観たのだ」

 

 

 

ナギトは思い出す。帝都地下で《帝国解放戦線》を追っていた時の事を。
あの時の自分は、少しだけ《剣鬼》に戻っていた。その鬼気に当てられ、ラウラは初めてナギトを観たのだ。

 

 

「それからは早かった」

 

 


ラウラは懐かしむように笑う。
その瞬間を思い出して、自分の感情に気づくのが遅すぎたと笑うのだ。

 

 


「私の中にあった絶対的な目標───《槍の聖女》リアンヌ・サンドロットを越えるという目標が、いつの間にかナギトと並び闘うという目標にとって変わられた事に気づいた。私はそなたの剣技のみを見ていたはずなのに、その瞬間に剣の道までも観てしまったのだ」

 

 


いつか励まされた事を思い出した。その時に言われた事を。

 


──“「そなたはすでに《聖女》に代わり、我が目標となったのだ。いつまでもうじうじされては私が困るからな」”

 


あの時の言葉には、そんな意味があったのだ。

 

 

「観てしまってからは、困惑した。そなたが無慈悲にも敵の腹を裂いても、何も言えぬほどに。それほどまでに、そなたの剣の道は魅力的に……格好良く思えたのだ」

 

 

ナギトの思考は止まる。
ラウラが想いの丈をぶつけてくれているのだ。
それについて詮索したりするのは無粋で、なにより勿体無く思えるからだった。

 

 


「時に強く、皆を導き。


時に優しく、皆を支え。


時に厳しく、皆を叱咤し。


時に暖かく、皆を見守り。


時に悪戯っぽく………皆をからかう。

まるで、兄のようだと思った。
そんなそなたが振るう剣を、兄の剣だと思った。
私はそなたの“剣の道(生き方)”に憧れたのだ!」

 

 

一際強く、ラウラの剣が振られた。
ナギトの太刀が弾かれ、地面に突き刺さる。

 

 

ラウラはナギトの腰に両手を回す。
抱きしめられたナギトは、手に残る痺れに、ラウラの想いを実感した。

 

 


「好きだ、ナギト」

 

 


それを言われては、もう赤面するしかなかった。
嬉しくて、嬉しくて、涙が出る。
隣にある顔も、おそらくは赤面しているのだろう。すぐ横から熱を感じている。それがまた愛しく思える。

 

 

 

「ありが───」

 

 

「ゆえに!」

 

 

感謝を告げようとするナギトを遮ってラウラがその身を突き飛ばす。

呆気にとられたナギトの顔面にラウラの右拳が突き刺さった。

 

 

殴られてぶっ飛んだナギトは仁王立ちするラウラを見やった。

 

 

「──ゆえに、許せぬのだ。悪ぶって独りになろうとするそなたを。何故…私だけにでも相談してくれなかった…?」

 

 

それは、ラウラがⅦ組の中でも特にナギトの計画に反対を唱えるだろうと思ったからだ。

そんな論理的な回答を求められているわけではないと理解して、返事を紡ぐ事は出来ず。

 

代わりにラウラが続けた。倒れたナギトの両手を己が両手で包み込んで。

 

 

 

「私は───、そなたとなら悪に堕ちても構わぬと思っているのに」

 

 

 

 

“「悪は許さぬ」”と公言するラウラのそれは、どうしようもない敗北宣言で。どうしようもなくナギトに惚れているという敗北宣言で。

 

だからナギトもそんなラウラに負けてしまう。

 

 

 

「いや───、俺が間違った事をしたらラウラは叱ってくれる、怒ってくれる。正しいところに引き戻してくれる。……たぶん、今回みたいに」

 

 

ナギトの言葉を受けてラウラは正気に戻ったようで、浮かされていた熱を振り払うように「ごほん」と咳払いをした。

 

 

「う、うん…きっとそうだ。血迷った事を言ったな、忘れよ。………だが、それ以前の言葉は本心だぞ?」

 

 

ナギトは「わかってるよ」と言ってラウラに抱きついた。先程の抱擁、その続きの言葉を囁くために。

 

 

「ありがとう、ラウラ」

 

 

 

 

☆★

 

 

永遠のような刹那。抱擁を終えた2人に、それぞれの剣を拾ったリィンがそれを手渡す。

 

 

「もう…いいだろう?」

 

 

リィンの言葉で、ナギトは察する。すべてバレていたのだと。

 

今回の“ナギトの真実を得る”という名目で開かれた会議はその実、ナギト自身が罰されたいがためのものだったと。

 

いくら理論武装しようと罪は罪。そして罪には罰がつきものだ。

 

ナギトは市民を幻獣の危険に晒した事に対して罰を欲していたのだ。

 

 

そこまで見破られる事はないと高を括っていたが、Ⅶ組の面子はナギトの思惑を見通した。

 

 

「ああ、もういい。もう充分だ。すまんかったな」

 

 

「別にいいさ。ラウラにきついのをお見舞いされてたしな。それで」

 

 

 

あの顔面パンチの事を言っているのだろう。あれでナギトは罰を受けた事になったようだ。

 

 

 

「あー………、こうなるだろーなってわかってたけどさ、いざ本当にそうなると嬉しいもんだな」

 

 

 

先刻のラウラの言葉は、Ⅶ組の総意でもあった。
ナギトはⅦ組にとって兄のような存在であり、そんなナギトをⅦ組の皆は好いている。

そしてナギトは、それを知っていた。


だからこそ、ユーシスに《閃嵐の騎士》について黙っているよう願ったときに「どうせⅦ組は俺を受け入れる」と言ったのだ。

 

言ってしまえば、計画通り。その計画通りがこの上なく嬉しいのだ。

 

自分がやってきた事は、紛れも無い悪。
それをⅦ組が受け入れる事はないと思っていた。実際に受け入れてはいない。だが、悪を成したナギトを、Ⅶ組は受け入れた。
それは一重に、ナギトの行動が一つの念の下にあったからだ。“クロウを救う”ただ一点の曇りなき願いを、美しいと思った。それを叶えるために悪になる事すら厭わなかった。
そんなナギトを、仲間としか思えなかったからだ。


ナギトは、Ⅶ組が自分を受け入れるだろうと思っていた。確信があったわけではなかった。
Ⅶ組に拒絶される事が怖かった。

だから、受け入れられて嬉しく思ったのだ。

 

 

 

ナギトは、自分の行動を後悔していない。
今回の計画については反省もしていない。

 

 

しかし、変化した。
Ⅶ組に受け入れられ、ラウラに愛の告白をされ、ナギトの心は確実、完全に変化した。


それは些細なことであり、劇的なことでもある。


ナギト・シュバルツァーがいるこの世界で、それは確かに成されたのだ。

 

 

 

故に、この物語の終末は、確実に変化する。

 

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