閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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リヴァル・アルヴァンス

 

 

 

ラウラによる鉄拳制裁をもってナギトの断罪はなされた。

 

ひとまずはそれでナギトは赦され、真の意味でⅦ組と合流。再び“手のかかる兄貴分”として受け入れられた。

そしてクロウ(もう1人の兄貴分)を取り戻す決意を新たにしたのが1日前。

 

 

 

ナギトはハーメル村の跡地に来ていた。

 

 

 

ナギトの目の前にあるのは、墓標であった。


隣には黄金の魔剣が突き刺さっている。

 


「そうか。……ここがお前の帰る場所だったんだな《剣帝》」

 

 

場所は帝国南部。リベールとの国境を間近に控えた、地図から消されてしまった村の跡地。
そこにはかつて《剣鬼》を下した男の得物があった。今は半ばから折れてしまった黄金の魔剣。

 

リベールの異変の際に命を落としたとは聞いていたが、まさかあの男の出身がこの村だったとは。

 

しかし意外ではなく、むしろ納得していた。それもまた“確信”に連なるナギトの異物性によるものだと自分で理解している。

 

 

 

「そこにいるのは誰だ!?」

 

 

突然の声にナギトが振り向くと、そこには自分と同じ漆黒の髪色と、ラウラと同じ琥珀色の瞳を持った青年が、双刀を構えて警戒していた。

その傍らには、いつか出会ったスミレ色の髪をした少女。

 


蛇の人間か?とナギトは勘繰る。
ここに来る前にオリヴァルトから聞いた話では、この地がかなり特殊だという事が理解できた。
その“特殊”には、結社が絡んでいるのか?


そう考えたナギトだったが、そのすぐ横に、まるで太陽のように光で人々を照らすが如き少女がいた。そして、ナギトは先程の思考が愚にもつかない杞憂だと思い知る。こんな少女が、結社の闇を良しとするわけがない。

 

そこでナギトはこの人物たちの正体に思い至る。
思い出すのはオリヴァルトがラジオで語る“オリビエ・レンハイムのリベール旅日記”だ。

 

ナギトは手を挙げてひらひらと振って見せる。戦う意思はないというポーズだ。

 


「俺はオリヴァルト皇子が理事長を務める学院の生徒で、名前はナギト・シュバルツァー。そちらさんは、エステルにヨシュア………それと結社は抜けたのかな、レンちゃんよ?」

 

そんな発言に黒髪の青年──ヨシュアはさらに警戒レベルを引き上げた。

ナギトの滑稽洒脱なあり方は、見知らぬ者からすれば得体の知れなさを感じさせる。

 

そんな得体の知れない奴が、こちらの素性を知っているようであれば、警戒するなと言う方が無理というものだ。

 

 

 

しかも、普段は冷静なヨシュアの沸点の低くなる場所が、このハーメル村──彼の故郷だ。

状況は最悪。まさに一触即発────、この場にナギトとヨシュアの2人だけだったならば。

 

 

 

「そうね、大正解よ《剣鬼》さん。エステルとヨシュアは知らないでしょうけど、オリビエはエステルたちと冒険した事を帝国のラジオで話してるのよね。それでエステルやヨシュアの事を知ったのかしら?」

 

 

「そっちこそ大正解………、つーか良く知ってんな」

 

 

「レンをあんまり見くびらないでちょうだい」

 

 

 

レンはそう言って頬を膨らませる。
その様子を見ていたヨシュアがようやく警戒を緩める。

 

 

 

「レン、その人と知り合いなの?」

 

 

「知り合い……にはなるのかしら、一応。前に会った時は、エステルたちと同業者だったわ」

 

 

「同業……って、もしかしてアンタ、遊撃士!?」

 


黙っていたエステルが驚きのあまり大声を出す。
その疑問に対してナギトは肩をすくめてから答える。

 


「まあ……そうだった、かな。今は休業中だし」

 


遊撃士のバッジは失くしていた。
いや、《剣帝》に負け、共和国を出たあの日、あの支部に置いてきた。

 

 

「あ、あんですって〜!?」

 

 

ナギトの答えにエステルはまたも驚愕する。
特徴的な驚き方だな、とナギトは少し笑った。

 

 

「…さて、今度はこっちから質問、いいかな?」

 

 

エステルの驚きに毒を抜かれたのか、ヨシュアは警戒を解いた。それを見計らってナギトは質問する。

 

 

「ここに立ってただけで、えらい警戒のしようだったけど、このハーメル村について何か知ってたりするのかな? 加えて………」

 


ナギトは地面に刺さっている、半ばから折れた魔剣の柄尻に触れた。

 


「この黄金の剣の持ち主──《剣帝》を知っている。そうだね?」

 

 

その言葉に大きく反応したのはヨシュアだった。エステルも反応していたがヨシュアのそれと比べると小さなものだ。

 


「レーヴェを……知ってるのか?」

 

 


「レーヴェ──レオンハルト、そう略すのか。ああ、知っているとも。俺はやつに敗れた。ただ戦っただけの間柄だが、あいつが修羅道を歩んでいた事は知っている」

 

 


「そうだったのか…….レーヴェ………。ええと、ナギトさん。レーヴェは僕たちを護って命を落としました。僕たちの道を切り拓いてくれた」

 

 


「そうか………、最期には修羅の道から脱したのか」

 

 

あの男。《剣帝》レオンハルト。自らの歩む道を“修羅の道”と語り、その意地をもって《剣鬼》を打ち破った猛者だったが。

どうやら最期には正道に立ち戻ったらしい。きっとそこには、このヨシュアの存在があったのだと確信した。

 

 

 

「そういえば、まだ聞いていませんでしたね。なぜこのハーメルに?」

 


ヨシュアは、ナギトとレーヴェの間に因縁を感じ取ったが、それは彼とレーヴェの因縁で自分には関係ない。“影の国”で話もできたし、心残りがない…と言えば嘘になるが、彼の生涯をすべて暴きたいわけでもなく聞く事をやめ、その後にハーメルに来た理由を尋ねた。

 


ナギトは、その問いに待ってましたとばかりに答える。ヨシュアなら、おそらくオリヴァルトが言っていたハーメルの悲劇について知っているはずだ。

 

 

「ああ、俺はハーメルの悲劇について知りたい。そしてハーメルを含むこの地を治めていたアルヴァンス家についても」

 


ヨシュアは、ナギトからそう言われると予測していた。この地に来た者は皆、ハーメルの悲劇について知りたがる。だが同時にナギトがただ興味本位で探っているわけではない事も理解した。

 

 

「ハーメルの悲劇と、アルヴァンス家についてですか」

 

 

「ねえヨシュア………言っちゃってもいいの?」

 


ヨシュアが話そうとするのを見てエステルが遠慮がちにヨシュアの袖を引っ張る。レンは黙って行く末を見守っていた。

 


「エステル、彼の目を見るんだ。ナギトさんはハーメルの真実を知って決して間違いを起こさない。僕は信じてるから話すんだ。オリビエさんの紹介も同然だしね」

 


「ヨシュアがそう言うなら………わかったわ、私も信じようじゃないの!」

 

 

エステルの了解も得られた所で、ヨシュアはハーメルの悲劇について語り始めた。

 

 

 

かつて、この地にのどかな村があった。
名を、ハーメル村。だがその平和な村をある日突然、悲劇が襲った。

リベール王国製の装備を纏った数十名が村を襲撃したのだ。

 


「みんな殺された……女子供問わず、行商人や旅行者まで……!」

 


エレボニア帝国は、それをリベール王国によるものと断定し、戦争を仕掛ける。後の“百日戦役”である。

宣戦布告と同時に攻め込むエレボニアは、その軍事力により瞬く間にリベールの都市を制圧していく。その最中、ハーメルを襲撃したのがエレボニア帝国主戦派の雇った野盗と判明。

 


「ハーメルの悲劇はエレボニア帝国主戦派が戦争を仕掛けるための自作自演だった……」

 


エレボニア帝国はその事実を消し去るために、主戦派を処分し、リベールにある提案を持ちかける。

 

それは、ハーメルの悲劇の真実について口を噤むのなら、軍を撤退させるというものだった。
秘密裏に契約は交わされ、リベールはハーメルの沈黙を守る事を条件にエレボニア軍を撤退させた。

 


「時を同じくして、リベールの猛反撃が開始された事もあり、エレボニアの撤退は自然なものに演出された」

 

 

それで終わりかと思ったナギトだったが、ヨシュアはさらに言葉を続ける。


ハーメルの悲劇には、さらなる裏が存在した。
そもそもの原因となったエレボニア帝国主戦派。その連中を唆したのが、結社の一柱だと言うのだ。


結社《身喰らう蛇》が《蛇の使徒》第三柱《白面》のワイスマン──すべてのきっかけとなったこの男を倒すために《剣帝》は犠牲になったそうだ。

 

 


「これが、ハーメルの悲劇についての全容だ。すまないが、アルヴァンス家について詳しい事は知らない。ハーメルを含むここ一帯を統治していた貴族というくらいしか……」

 

 

ナギトはヨシュアの話を聞いて、自分の持っている情報と齟齬がない事を確認する。惜しくもアルヴァンス家についてはヨシュアも知らないようだったが、今回はハーメル村を自分の目で見られただけでも収穫としよう。

 

 

「そうだったのか……悪いな、嫌な事を思い出させたみたいで」

 

 

「いや、大丈夫だよ。こっちこそ、あまり力になれなくてすまない」

 

 


と、そこでナギトは誰かがここに近づいてくる気配を感じた。それはヨシュアも同じようで、二人して同じ方向を見つめる。

その方向からは、貴族風の衣装に身を包んだ男性が歩いて来ていた。


近づくにつれ、その人物の顔がはっきりと見えてきた。端正な顔立ちに、整えられた髪。身を包む衣装は装飾は少ないが、どこか華のあるものだ。

ナギトは、いつもとの印象の違いに“冗談だろ”という台詞が喉元まで出かかった。

 

 

「これは珍客だな。まさか、こんな所で懐かしい顔に会うとは。……いや、これも必然か?」

 


その人物は、ヨシュアとナギトを交互に見ながら淡々と言葉を続ける。

 


「まずは再会の挨拶といこう。久しぶりだ、ヨシュア。大きくなったな。まあ、それは俺もだろうが」

 

 

「フフ」と優しく笑うそいつは、ナギトの戦友。

 

 

「リヴァル……」

 

 

ナギトが呟いたその名前にヨシュアは反応した。

 


「リヴァル…………──リヴァルって、あのリヴァル!?」

 

 

 

「そうだ、あのリヴァルだ。ようやく思い出したか、ヨシュア」

 

 


ヨシュアはリヴァルの事を知っていた。
近くの村の子供で、たまにハーメルに来ては一緒に遊んでいた覚えがある。そこでヨシュアは回想から現実に舞い戻ると、目の前ではリヴァルが頭を下げていた。

 

 

「すまない………、ここハーメル村が悲劇に見舞われ、その事実が闇に葬られた事……すべては防げなかった我がアルヴァンス家の責任だ。どうか存分になじってくれ」

 

 

困惑するヨシュアと、納得するナギト。
ヨシュアにハーメルの悲劇について聞いてから、そんな事だろうとは思っていた。

 


「いや、待ってくれ。リヴァル……、アルヴァンス家と言えば、この一帯を治めていた貴族の名前だ」

 


「そうだ、ヨシュア。俺は昔、ここに遊びに来る時は身分を偽っていた。貴族の子息と知れれば対等に扱ってくれないからな。まあ、カリンとレーヴェは気づいてたみたいだが」

 


ヨシュアは「全然わからなかった」と漏らして、それからリヴァルを見つめる。

 

 

「リヴァル……、でも僕はアルヴァンス家を、君を責めたりなんかしない。聞いた話だと、アルヴァンス家はハーメルの悲劇の後に没落したそうだね。ハーメルの悲劇について調べようとして、帝国の後始末に巻き込まれたんだろう」

 


ヨシュアの推測に、リヴァルは何も言わない。
正解なのだ。そしてそれは、ナギトも考えていた事だった。

 


「僕は君を責めたりしない。むしろ、逃げる事しかできなかった僕より、君たちの方が立派だ」

 

 

「そうか………、そう言ってくれると助かる」

 

 

リヴァルの沈んだ表情が、幾分か普段に戻った所でレンがヨシュアに声をかけた。

 

 

 

「ヨシュア、そろそろ急がないと間に合わなくなっちゃうわ」

 

 

「そうだね、レン。もう行こう。レーヴェやカリン姉さんに挨拶して、と」

 

 

ヨシュアは墓標の前に立ち、柔らかな笑顔を見せた。名を出した二人と語らっているのだろうとは、容易に想像できる。

 

 

 

 

 

ヨシュアは暫くそうしてから立ち上がる。

その様子を見ていたナギトとリヴァルに目を合わせ、言った。

 

 

「不躾なお願いなのはわかってるけど、僕たちと一緒に来てくれないかな?」

 

 

唐突な願いに、ナギトとリヴァルは思考をフリーズさせる。

 


「ちょっと何言ってるのよ、ヨシュア」

 


エステルが慌てたようにヨシュアにその意図を尋ねる。ヨシュアの答えは簡潔なものだった。

 


「エステルだってわかるだろう。
この二人の実力……気当たりだけでもすごいじゃないか。特にナギトさんは、父さんやレーヴェと渡り合うんじゃないかと思うくらいだ」

 


「そうね、レーヴェにそこのナギトは負けちゃったみたいだけど、紙一重だったみたいよ」

 


ヨシュアの言葉に反応したのはレンだ。
レンの言う紙一重はしかし、とてつもなく大きい紙一重なのだが。

 

 

「え……確かに。でもヨシュア、巻き込めないよ」

 


エステルも二人の実力を理解したようだが、それでも巻き込めないと言う。

 


そこでようやく思考フリーズから解放されたナギトがヨシュアの願いにNoと返す。

 

 

「すまんがヨシュア、俺も忙しくなりそうなんだ。付き合う事はできない。仲間も待たせてるしな」

 


「俺もだ、ヨシュア。帝国が今、酷い状況なのは知ってるだろう?俺たちはそれを平定するために戦ってるんだ」

 

 

ナギトとリヴァルの答えを受けて、ヨシュアは「やっぱりそうですよね」とそこまで気にした様子もなく、踵を返した。

 

 

「それじゃあまたどこかで。僕はヨシュア・ブライト」

 


「私はエステル・ブライト」

 


「…………レンよ」

 

 

名乗っていなかったと思い出したのか、ヨシュアは自己紹介し、それにエステルとレンも続く。

 

二人の姓を聞いて、ナギトは「ブライトって、カシウス・ブライトの子供かよ!?」と叫ぶ。

“オリビエ・レンハイムのリベール旅日記”では登場人物のファーストネームは出てもファミリーネームは出ないのだ。


ヨシュアは「僕は養子だけどね」と笑い、そのまま去って行った。

 

一度だけエステルが振り返り手を振ってくれる。明るい娘だな、とナギトとリヴァルは笑う。
三人の姿が見えなくなった頃、リヴァルがナギトに声をかけた。

 


「力を取り戻したか。記憶の方はまだみたいだな?」

 

 

鋭い推測に苦笑いするナギト。

 


「正解。今度はこっちから聞くけど、お前さんがここに来た理由は?」

 

 

 

「……ん、まあ………たまにはな」

 

 

歯切れの悪い答えだが、それ以上追求はしない。

「そうか」と受け取ったナギトと正面から向かい合ってリヴァルは問う。

 

 

「俺の事を探っているな?」

 


その情報をどこから仕入れたのか、または単に勘なのかはわからない。ナギトはただ「ああ」と答える。

リヴァルは嘆息し、自らの身の上を語り出した。

 

 


「俺の本名はリヴァル・アルヴァンス──この地を治めるアルヴァンス男爵家の人間だった。ハーメルの悲劇については知ってるか?」

 

 


ナギトは答える「ああ」。それはさっきヨシュアに聞かされたばかりだ。

 


「そのハーメルの悲劇に連なる、アルヴァンス男爵家の悲劇………それがリヴァル・アルヴァンスが、ただのリヴァルへとなった理由……つまり、俺の原点だ」

 


リヴァルの原点。それを聞いて、リヴァルがこれまでファミリーネームを名乗らなかった理由に合点がいった。


アルヴァンス男爵家の悲劇で、リヴァル・アルヴァンスは死んだ。そして復讐鬼としてリヴァルが誕生した。それだけの理由だ。故にリヴァルは己がファミリーネームを語らないのだ。

 


「言ってしまえば簡単な事だ。領内で起きた悲劇───それについて裏があると思い調べ、消された。それだけのことだった」

 


ナギトは何も言えなかった。
淡々と語るリヴァルだが、その内には今も怨嗟の炎が渦巻いているのを感じ取ったからだ。
その炎の前には、どんな言葉も燃やし尽くされてしまうだろう。

 


「父が、母が、領内で起きた異変は見逃せぬと屋敷を飛び出した。調査に次ぐ調査……悲劇の直後だった。政府の見解、自然災害による悲劇じゃない事は明白だった。……ハーメルは何者かに襲撃された。それを政府は隠している。つまり、この悲劇は政府によって起こされたものだと父母は考えたんだろう。そして、その事実を公表しようとして、抹消された。……それが《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンの初仕事だった」

 

 


抹消。たった二文字に込められた意味。文字通りのそれに、リヴァルは何を思っているのだろうか。

 

 

「銃弾を腹に七発。しかし、俺は襲撃の翌朝まで生き延び、昨日の銃声を不審に思っていた領民に助けられ、生き残った。リヴァル・アルヴァンスが死んだのはその時だ。アルヴァンス男爵家の人間が生きていれば《鉄血》は必ず動く。だから、死んだ事にした。アルヴァンス男爵家に生まれた以上、貴族として生きるしかない。その生き様に復讐なんてものは許されない。だが、復讐はしなくてはいけない。だから、俺はアルヴァンスの名を捨てた」

 

 

 

 

何も言えなかったナギトに、話し終えたリヴァルは問う。「どうだった?」と。

 

それでもナギトは何も答えない。リヴァルはさらに踏み込んだ。「満足したか?」と。

 

ナギトは瞑目したまま動かない。
リヴァルが、ひょっとしてこいつ、寝てるんじゃなかろうか。と思ったところで、ナギトはようやく開眼した。

 


「リヴァル…………俺に、お前のすべてを受け止めきれる器量はあると思うか」

 

 

今度はリヴァルが瞑目する。
いくつかの思考の後、その問いに答える。

 


「受け止める必要はない。俺の復讐はすでに終わっているはずだからな」

 


言葉にある違和感を指摘せず、ナギトは「それでも」と続ける。

 


「俺はお前を受け止たい。──お前の、友達でありたいと……俺自身が思ってるからだ」

 

 

ナギトにとってリィンやⅦ組のみんな、それ以外の人たちは全員、言わば憧れの人だった。小説の登場人物が目の前に現れたようで興奮した。

 

だがリヴァルは違う。リヴァルだけがナギトの等身大の友人だった。憧れはなく、老婆心もなく、純粋に付き合える友達。

 

“受け止める”なんて口で言う程簡単な事ではない。それをわかっていてなお、ナギトは「それでも」と言ったのだ。


大仰な理由などない。大層な理由などない。貴族連合にいた時に、いろいろと面倒を見てもらったから?共に戦ったから?もちろんそれもある。

 

だが、ここにあるのはただの友愛──僅かな時でも一緒に笑ったから。それはもう友達だと感じているから───

 

 

 

「俺たちは戦う運命にある。……ナギト、俺が新たな《閃嵐の騎士》である事はわかってるな?」

 


リヴァルが言いたい事は、すぐにでも理解できた。ナギトは間を置かずして答える。

 

 

「わかってるさ、新しいオルディーネ・イミテーションに乗るリヴァル……間違いなく強敵だろうな。だけど、敵は仲間じゃなくても友達ではあれるんだぜ?」

 

リヴァルのそれは突き放す言葉だった。しかしそれにナギトは笑って答える。敵である事実と友達である事実は矛盾しないと。

 

そんなナギトの言葉にリヴァルもまた笑った。
鬼とまで呼ばれる男がなんと青臭い台詞を並べたてたものだ。
しかし、同時にリヴァルは理解していた。ナギトは冗談は多く口にするが、嘘も言わない事を。


それならば、もはや言う事は一つしかない。

 

 

「剣を抜け、ナギト。その覚悟……測ってやろう」

 

 

 

☆★

 

 

 

黄金の魔剣が風を切り裂く。
墓標のそばにある草が風に揺れる。

風が通り過ぎるのと同時に、二人は剣を抜いた。

 

 


「言っておくがナギト。今日の俺を、お前が知っているリヴァルと思うな。今日の俺はリヴァル・アルヴァンスだ」

 


剣を構えるリヴァル。その手に握られているのは騎士剣だ。
なるほど、宮廷剣術か。これまでの右手に剣、左手に銃を持つスタイルは悲劇の後に身につけたものなのだろう。


ナギトはその言葉を受け取り、不敵な笑みを浮かべてから太刀を構えた。

 

 

「こい、リヴァル・アルヴァンス」

 

 


「ああ。いくぞ、ナギト!」

 

 

 

 

 

 

そうして、二人の闘いが始まった。

 

 

 

 

先手を仕掛けたのは、リヴァルだ。

帝国において、長年培われてきた宮廷剣術。
それは実戦的でありながら華やかである。一種の機能美と言ったところか。


一太刀目をガードすると、次は連突きだ。そのすべてが正確に急所を狙っていた。
ナギトは上体のみを動かして、それを躱す。

リヴァルはそこで、このままでは通じないとわかったのか、一旦退いた。

 

 


「さすがだな。《剣鬼》としての実力を取り戻しただけはある。……なら、これはどうだ」

 

 

突如として、リヴァルの騎士剣に白と黒が発生した。包むような白と、うねるような黒。

 

 

「復讐を誓った《R()》と気高くあろうとする貴族のアルヴァンス()の闘気を両立させたもの───これが、俺のすべて。リヴァル・アルヴァンスのすべてだ」

 

 

立ち上る白と黒の闘気は、さすがの一言に尽きる。

だが────

 

 

「お前のそれは、これと同じものか?」

 

 

だが、《剣鬼》と呼ばれた達人のナギトからすれば、その総量、出力は児戯に等しい。

言うのと同時にナギトの全身から緋色の闘気が噴出した。それは天を衝く勢いで、普段のナギトがどれだけ闘気のロスを抑えて戦っているか伺い知れる。

 

闘気を可視できるほどまでに密度を高めたオーラは、本人の精神性によって色を変える。極一部の猟兵は最強クラスの証として漆黒のオーラを纏う事もあるが。
リヴァルの白黒二色のオーラは確かに珍しくはある。しかしその密度はナギトのそれと比べられるものではない。

 

 

「ハッタリかますなよリヴァル。……お前のぜんぶ───余す事なく振るってみせろ!」

 

 

 

《剣鬼》とまで呼ばれた剣の達人。
その実力はまだ扱い慣れていなかったとは言え、クロウの騎神を追い詰めるほどにあった。

いかにリヴァルの復讐の念で煮詰められたものがあったとしても、張り合うのは無理だった。

 

 

無論それは、闘気の密度だけで比較すれば、の話である。

 

 

 

「ハッ、よかろう。では、この俺がこれまで培ってきたすべて!受け止めてみせろ!ナギト!!」

 

 

 

全開。全力。全霊。そんなありったけが、ちっぽけに思えるほどに、力を振り絞る。
限界を超える。究極に至る。まだだ。まだ足りない。もっと。もっと。もっと。

そして、ようやくリヴァルは“そこ”に到達する。
武の頂点“理”ではない。武の煉獄“修羅道”でもない。

 

貴族としての誇り。復讐鬼としての憎悪。
帝国貴族リヴァル・アルヴァンスとしての人生。《帝国解放戦線》幹部《R》としての生き様。それらすべてを混ぜ、成したもの。


文字通りの、リヴァルという男のすべて。

 

貴族としての誇りが復讐を許さない。
しかしそれは矛盾である。リヴァルが、リヴァル・アルヴァンスであったからこそ起こった悲劇。貴族であったからこそ、起こった悲劇。その悲劇を起こした者への復讐は、“アルヴァンス”だからこそありえるものだ。


それがようやく調和した。リヴァル・アルヴァンスだけでは到達できない場所へ。復讐者《R》では到達できない場所へ。


復讐者リヴァル・アルヴァンスだからこそ到達できた境地。

 

 

黒はよりどす黒く、白はより透き通る白に。
闘気は輝き、色を深めていく。
可視化されたオーラは全身に迸り、手にある騎士剣には、さらに凝縮されたそれが纏わりつく。

これこそがすべてだ。
リヴァルという男の、これまでの“すべて”。

 


ここに来てリヴァルは、実力を取り戻したナギトを戦慄かせるだけのものを、解放した。

 

 

リヴァルの姿が、ブレる。しかし、姿はそのままそこにあった。気配すらも濃密に。


《剣鬼》としての実力を取り戻したナギトですら、一瞬前にしか気づけなかった。

闘気を置いて、ナギトに肉薄したリヴァルは、そのまま剣を振り下ろす。

 

 

すんででガードするナギト。手に余る衝撃は、ラウラのそれに勝るとも劣らないもの。
気配を元の位置に残してからの奇襲。本体の気配は殺しているから、気づくのは至難。

 


地面を削って減速するナギトに、リヴァルは追い打ちをかける。


上下左右、あらゆる方向からかけられる奇襲。

その衝撃を殺しつつ、そのすべてを捌くのはさすがの《剣鬼》とて不可能だった。

肩を。胸板を。腿を。脇腹を。剣が掠めていく。

紺色のコートがズタズタに切り裂かれる。

距離をとったリヴァルを睨め付けて、ナギトは布切れと化したコートを捨て去った。

 

「ったく、お気に入りのコートだったのによ」

 

白いシャツ姿となったナギト。冬にそれでは寒いのではないか?リヴァルの頭をよぎる余計な疑問は、すぐに解消された。

 

ナギトの体から湯気が立ち上っている。
リヴァルは理解した。「ようやくウォーミングアップ終了って所か」と尋ねるが、ナギトは不敵に笑うのみ。

 

 

ナギトの姿が、ブレる。
濃密な気配をその場に残し───

 

 

 

リヴァルの眼前に現れる、笑み。そう来ることはわかっていた。しかしなんだ、この剣に伝わる衝撃は。

今度はリヴァルが弾かれる番だった。

地面を割ってブレーキをかけるリヴァルは追撃を警戒する。が、来ない。

衝撃による後退が止まったリヴァルが目撃したのは、太刀の峰を肩に起き余裕を見せるナギトの姿。

 


リヴァルは「なるほど」と笑う。


これが天稟。これが天賦。これが《剣鬼》!

 

次元が違うとは、まさに的確な表現だ。
この男の才は、まさに神の領域にある。もはや、何者かが作為的にナギトに神才を与えたのではないかと言うほど。


ならば、もはやこれまで。削り合いをしても勝ち目はない。
一発で、一撃で決めるしかない。

 


「ナギト……これが俺のすべてだ!全力だ!!その身で受けてみよ、我が“貴き復讐(ノーブルリベンジ)”を!」

 

 

 

リヴァルのすべてを凝縮した戦技。“貴き復讐”───

 

剣を振るう。防御される。剣を振るう。防御される。剣の連撃。目にも止まらぬ速さはしかし、通用するものではない。

技術なき連斬など、児戯に等しい。

 

 

ただ、変化は三撃目から起きた。

続けて振られる騎士剣を防御に回そうとして、不可解な白黒が確かな敵意をもって迫る。
兎にも角にも、まずは剣を止めろ。脳が出した指令を肉体は受け取り、リヴァルの騎士剣を止めると同時に斬撃が肩を抉る。

四撃目も同じだ。四撃目が、二撃あるという矛盾。それは単にスピードが成したものではない。
闘気が織り成す刃による斬撃だ。
三撃目にあった白黒の斬撃は、一撃目の斬撃の軌跡をなぞったもの。四撃目の白黒の斬撃は二撃目の軌跡を。
言ってしまえば、闘気による遅延斬撃。それが巧妙な時間差で放たれるために三撃目や四撃目が二撃あるなどという矛盾が発生する。

 

なるほど、これは防げない。
来るとわかっていても防御する隙間がない。

ナギトは剣を受け止めつつも、確実にダメージを蓄積させていく。皮が削がれる。肌が裂かれる。筋肉が切られる。骨が断たれる。
見事なり、リヴァル・アルヴァンス。

 


全身のいたる箇所から血を流すナギト。はたから見れば虫の息というやつだ。それは、対面しているリヴァルから見ても同じだ。

リヴァルは一歩退いて、剣に闘気を収束させる。音を超える速度で振り抜くが、それはナギトの太刀にガードされる。この段に来てまだ防御するだけの気力があるのを、リヴァルは評価する。
しかし、もうこれでチェックメイトだ。

 


振り抜いた軌跡を追うように白黒の斬撃が奔る。ナギトはそれすらもガードしたが、もはや体のどこにも力は入らず、その斬撃の威力に弾き飛ばされた。

 

ボールのように飛んだナギトは樹木に激突し、停止する。そのまま倒れこもうとするが、太刀を地面に突き立てて杖がわりに使うことで拒否した。


太刀に体重を預けながらナギトは問う。

 


「これで、終わりか?」

 


それは挑発ではなかった。リヴァルは「ああ、そうだ」と答える。
すると、ナギトは誇らしげに笑った。

 


「へへ………どうだ、リヴァル………お前のぜんぶ、受け止めてやった、ぞ……………」

 

 

リヴァルの思考が白に染まった。
白に染まった頭のどこかで納得する。

あのクロウですら歯が立たなかった《剣鬼》に、自分が通用するわけがない。
その大前提が崩されたのは、ナギトがリヴァルの全てを受け止めると決意したからだ。

その気になれば躱された。そもそも戦技の発動すら許されなかったに違いない。

それなのに。受け止めるって言ったから。そのすべてを受け切った。


だから、息も切れ切れで、あと少しで死ぬくせに誇らしげに笑っていられる。

 

 


「チッ……あーあ、くそったれ。ここまでやったのに俺の負けかよ」

 

 

悪態をついてリヴァルは騎士剣を鞘に納める。
ナギトの反応を伺うリヴァルだったが、何も返事がない。というか、最後の台詞からまったく変化がない。

 

「おい?ナギト?」

 

 

リヴァルが睨んだ通りだった。
ナギトは剣を杖に立ったまま、笑っているだけ。変化がないのも当たり前だ。すでに失神している。

 

 

血を垂れ流し、死ぬ一歩手前で、しかも敵前で失神?なんてやつだ。

リヴァルは嘆息し、自らのARCUSを取り出す。

 

 


「まったく、世話の焼けるダチだ」

 

 


回復アーツをかけてやり、ナギトの懐を探ってARCUSを取り出す。ARCUSの通話履歴から、自分の知るナギトの知人に連絡を入れる。

 

ナギト・シュバルツァーが馬鹿やって死
にかけてるから、 早く助けに来てやれ。


ナギトのARCUSを元の位置に戻し、リヴァルはハーメルを去る。
去り際に未だ目覚めぬナギトを見て、呟くように声を出す。

 

 

 

 

「ありがとう」

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