閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

66 / 71
願いの果て

 

 

目を覚ます。ナギトは1人で緋の玉座に立っていた。

周囲にはⅦ組の仲間たちやクロウ、クロチルダ、カイエン公などの人物はおらず、その有様に既視感を抱いた。

 

 

 

「………この展開は」

 

 

 

 

「よう」

 

 

 

ナギトの理解と共に、それは現れた。かつて遭遇した時とは違い、その姿形ははっきりと見えおり、声もモザイクがかかったようなそれではなく、きちんと聞き取れる。

 

 

「よう、────俺」

 

 

 

そして、その姿形と声はナギトと全く同じものだ。その意味も、今ならわかる。

 

ナギトの言葉と同時に、そいつは「ふっ」とはにかんだ。

 

 

 

「ああ、俺。よくやった……よく──運命を変えてくれた」

 

 

 

そいつは本当に嬉しそうに、感慨深そうに、ナギトに感謝を告げる。

 

 

 

「いや、いいさ……。そもそもこれは俺たちの宿願──“願い”だろ?」

 

 

「……そうだな。これは…俺たちの願いだ」

 

 

 

“願い”───、それはナギトの存在意義。それはナギトの誕生理由。

 

 

 

「答え合わせ、しとくか?」

 

 

そいつはナギトに向かって言う。

答え合わせ───、それはナギト・シュバルツァーの軌跡が、何故発生したのかという問いへの答え。

 

 

 

「いや……いいよ。もうわかってる」

 

 

しかしナギトはその答え合わせを固辞した。それはもうわかっている事だったからだ。

 

 

ナギト・シュバルツァーという存在は、閃の軌跡という物語において死亡する運命にあるクロウを救う事を願われて誕生したもの。

 

正しい男女の愛で生まれたわけではなく、幾千、幾万、幾億の俺たち(プレイヤー)が、定められた運命を破却するために願い生誕したもの。

 

 

だからナギトは強いのだ。

《剣仙》の養子という立場で八葉の剣士として育ち、破格の剣才をもって生まれた。

終ぞ乗る事はなかったが、騎神の起動者という資質さえ持っていた。

 

そして“確信”──、これまでの特別実習や内戦中に幾度となく発動したそれは、空の軌跡から閃の軌跡までを経験したプレイヤーたちの記憶。ナギトの妙な勘の鋭さはそこに起因している。

尤も、ナギトが記憶を失っていたせいであまり役に立った事はなかったが。

 

 

だが、それだけじゃない。確かにナギトはクロウを救済するために生まれた。だけど、それだけじゃなかったんだ。

だからナギトは答え合わせをしない。

 

 

 

「本来なら、1204年4月の時点で俺の意識が覚醒するはずだった」

 

 

そいつは語る。

 

 

「だがそうはならなかった。システムの強制力──、運命の強制力と言うべきか。それが働いて特異点……つまりバグである俺を封印した」

 

 

「それがあのアイゼンガルド連峰での出来事──、俺が記憶を失った事件か」

 

 

それはナギトが“ナギト”になる以前。《剣鬼》としてユミルに行く道中で《帝国解放戦線》に襲撃されたあの事実だ。

 

 

「そうだ。俺の記憶喪失によりお前が生まれ、記憶には蓋がされて俺はお前の裡に閉じ込められた」

 

 

 

「それが俺の記憶喪失の真相───………、高所からの落下、衝撃によるものと思っていたが…」

 

 

「ああ、尤もらしい理由があれば運命は介入できるらしい。俺たちが《剣鬼》として名が馳せていた事にも一因はあるし、それが俺たちだと貴族派に掴まれて戦線の奴らを送り込まれたのも、尤もらしいだろう」

 

 

“尤もらしい理由”───確かに高所からの落下、衝撃で記憶を失うのは、いかにも有り得そうな筋書きだ。そして運命とやらは、そんな有り得そうな事実に介入できる、と。

 

 

「俺が、こうしてお前と話せているのは……」

 

 

「推察の通り。すでに運命は変わった。クロウは助かった。だからもう運命は俺を押さえつけておく理由がない。じきにお前の《剣鬼》以前の記憶も戻るだろう。……俺たちの経験と共にな」

 

 

ナギトが今こうしてこいつ──言わば、願いの化身と会話ができているのは、もう運命が諦めたかららしい。既存の物語通りに展開を進める事を。

 

 

「そうか………俺は、俺たちはどうなる?」

 

 

「ん?そりゃまあ消えるだろうな。すでに運命は変化した。俺たちの願い──“クロウの救済”ならすでに達成された。これ以上、この世界にナギトという存在は必要ない。むしろ雑音だ」

 

 

 

その言葉にナギトは顔を歪めた。言っている事はわかる。

 

俺たち(プレイヤー)が願ったのは“クロウの救済”一点のみ。ナギトという存在はその願いの器でしかない。だから願いが果たされた以上は、もうナギトは不必要。

むしろ、俺たち(プレイヤー)が愛するこの軌跡の世界においてポッと出のナギトなんてオリジナルキャラクターが幅を効かせるのは雑音である、と。

 

 

 

 

 

「…………いや、まさかな」

 

 

そこでそいつは、思わせぶりにかぶりを振った。「なんだよ?」と聞くと、考えを形にするようにして言う。

 

 

「運命の、それらしい介入は終わった。もうクロウは助かっていて、それは過ぎた事だからだ。──そう思ってたが、逆かもしれん」

 

 

 

「逆、というと…………運命はお前を押さえつけていたリソースを別に回せるって事か?」

 

 

 

「ああ。可能性は低いだろうがあり得る。……運命はまた何らかの機会を狙って、物語を正しい軌跡に戻そうとするかもだ」

 

 

「そいつはまた………」

 

 

面倒な事だ、と続けようとして、そいつの眼差しがナギトに突き刺さる。

 

 

「だが、それ以上に現実的な脅威がある。わかるな?」

 

 

現実的な脅威──、ナギトは思案を巡らせると、すぐに答えに行き着いた。

 

 

 

「《鉄血宰相》か」

 

 

「そうだ、ギリアス・オズボーンは生きている。その事をクロウが知ればどうなるかわからん」

 

 

 

ギリアス・オズボーンはクロウの仇敵だった。

かつて併合されたジュライ市国を治めたクロウの祖父を自殺にまで追い込んだ。

それを契機にクロウは復讐者へと転身した。《帝国解放戦線》の《C》へと。

 

その復讐は終わったはずだった。帝都、ドライケルス広場で演説するオズボーンの心臓を撃ち抜いた瞬間に。

 

 

だが、その復讐が終わっていなかったとしたら?

ギリアス・オズボーンが生きていたとしたら?

 

 

クロウはまた復讐者へと成るのではないだろうか。復讐を果たしたと思い込んで死んでいった同志たちのために、今度こそ復讐の鬼になるかもしれない。

 

 

 

 

「まあ、なんとかするさ」

 

 

 

そんな懸念を、軽く受け流したのはナギト。しかしその言葉には絶対の決意を秘めていて。

 

 

「そう、か………。まったく頼もしいな、ナギト」

 

 

 

そいつは初めと同じように「ふっ」とはにかんで。

 

 

 

「頼んだぞ」

 

 

 

そう言ったのだった。

 

 

 

☆★

 

 

 

声が、聞こえていた。

 

 

「──カイエン公。その手を離しなさい。これ以上、場を弁えないようなら……」

 


ゆらり、と水中を漂うようなふらついた意識で。

 


「私にも考えがあるわよ」

 

 

それは徐々に意識が覚醒していると自覚させるには充分な要因だ。だが、セリフの意味まで理解できるほどにまだ頭は冴えていない。

 

 

地に耳をくっつけていると、やけに音が大きく聞こえた。靴音は当然のこと、衣擦れや息遣いまでわかる──というのは、感覚が鋭敏になっているのだろうか?とおぼろげながらに考えて。

 

 

その足音を聞いた。

 

 

 

 

知っている。聞いた事がある。俺はこの足音を聞いた事がある。どこで聞いた?

 

 

────その答えが思い浮かんだ瞬間。

 

 


意識は急浮上し、疲弊した体を引きずって、主人を守ろうと打って出た蒼き鳥をおしのけ、その足音の主と対峙する。

 

 

 

 

 

 


「まさか、君が起きてしまうとはね……」

 

 

 

 

「これは少々計算外だ」と表情を歪める彼に絶句したのは、彼の弟だけではない。
それでも沈黙を破ったのは、弟の兄を呼ぶ声だ。

 


「兄上……!?」

 


ユーシスの驚愕に「フフ……」と苦笑するのはルーファス・アルバレアだ。

金髪を流し、翡翠の衣服を着こなす彼は間違いなく貴族連合の総参謀たるルーファス・アルバレア。

 


そのルーファスに希望を見出したのはカイエン公だ。

 

 

「私を助けに来てくれたのだろう!?」

 


と言うカイエン公に、ルーファスは冷ややかな視線を向ける。

 

 

「カイエン公にも言いたい事はありますが……どうやらナギトくんが通してはくれないようだ」

 

 

 

「もちろんだ。場を掌握させるつもりはないですよ、ルーファスさん」

 


ルーファスの言葉にノータイムで応えるナギト。

 


ルーファスの狙いはすでにわかっていた。カイエン公を捕縛した後、その異名を披露した勢いに任せて場を自分のものとするつもりなのだろう。カイエン公がどうなろうが知らないが、場の雰囲気をルーファスのものにさせるのはいけない。ここで場を自分のものにする。

 

 

 

「フフ………ナギトくん。私は正義を執行しに来ただけだよ。そこを通してはくれないか?」

 

 

 

「正義、ね……」

 

 

それはこの内戦中、ナギトが自問自答していた命題だ。故にその問題はすでに通り過ぎている。

 

 

「そりゃあ誰しも正義を抱いているでしょう。でもそれは個々人で万別だ。俺の正義は、あなたの正義とかち合う。だったらもう、戦うしかないでしょう」

 

 

よもやこの段に至り、弁論で相手を退かせる事はできない。だから人は戦うのだ。

 

 

そうした真理を告げられて、会話は打ち切られた。

 

 


「……ルーファス・アルバレア」

 

 


彼の名乗りは、武人の決闘前のそれと同じだ。すでにナギトとルーファスで心境は同じらしい。

 

 

 

「身分は名乗らないんですね?ならば、こちらは名乗らせて頂こう」

 

 


やけにらしくない物言いに、一同はすでに太刀を手にする男の雰囲気に飲まれかけていた。

 

 


「俺は、二代目 八葉一刀流─────」

 

 


名乗りに疑問を覚えたのは、八葉に関わるリィンだけではなかった。
この男は何と言った?二代目の八葉一刀流だと?
頭の回転の早いルーファスのみが、男の名乗り前に、答えに至る。

 

 

 

「────ウィル・カーファイだ」

 

 

 

“ウィル・カーファイ”
その名はかつて《剣鬼》と呼ばれた、今まで“ナギト・シュバルツァー”を名乗っていた男の本名だ。

 


《剣仙》ユンに拾われるように、赤子の状態で発生し、八葉一刀流を叩き込まれた。赤子は“ウィル”と名付けられ、養子縁組を経て“カーファイ”の姓を貰い“ウィル・カーファイ”となった。

 

そのウィル・カーファイが、二代目 八葉一刀流をこのタイミングで名乗るのか?

 

確かにウィル・カーファイは八葉一刀流のすべての型を皆伝しているが、未だかつて二代目を名乗った事はなかった。


様々なルートを持つルーファスの情報網でもそれはなかった。ウィル・カーファイでは力はあっても名乗らなかった称号。ナギト・シュバルツァーでは力と記憶を失い、名乗れなかった称号。

 


誰もが理解した。
雰囲気が違うはずだ。記憶を取り戻したこの男は、また武の位階を上がったのだと。
俗に言う、国の最高戦力に比肩してなお有り余るオーラを感じるのだ。

 

 

「まさか……このタイミングで記憶を取り戻すとはね」

 

 

 

「最高でしょう?俺は八葉を継ぐ者です。こんなおあつらえ向きの舞台で剣を交わらせる事ができる」

 

 

こんな誘い文句は、きっとオーレリアのような女傑にこそ刺さるものだ。

こんな気分がアガる舞台で、一見しただけでわかる達人と剣比べができる。

 

ルーファスにその気がないわけではないが、重要事を後回しにするほど剣に酔っているわけでもない。

 

 

「……これは、いつぞやの雪辱戦になりそうだね」

 

 

太刀を構えるナギト──ウィルの剣気にルーファスは呟いた。それはウィルの耳にも届いたようで、ふっと柔らかく笑む。

 


ウィルは余裕を隠そうともせずに、ルーファスを見やる。その目線からは何も掴みとれないが、何もかも見え透いているとでも言わんばかりでもあった。

 

ウィルはゆるりとした動作で太刀を直上に構えた。大上段から放たれる剣撃は、ナギトが“ただの素振り”と言ったあれに酷似していた。
というよりも、あれを下地にあらゆる剣技を乗せた究極の一撃だと表現するのが正しい。

 

 

「これなるは、八葉始まりの一太刀……八用に分かたれた極意すべてをただ一太刀に乗せて放つ剣技なり」

 

 

八葉一刀流は、ここから始まったのだ。
修行時代のユン・カーファイが偶然発動できた、武の極意を集約した一太刀。
それをその極意毎に分けたのが八葉一刀流の八つの型だ。八葉すべての技はここから始まり、ここに終わる。

 

 

 

「八葉一刀流 始の太刀」

 

 

 

 

誰も動けない。緩慢に格式張った動きで剣を構えるウィルに、誰も反応できない。
時が静止した中で、ただ一人だけが動いているようにすら映る。

 

 

 

 


「───“八葉一閃”」

 

 

 

 

 


八葉を一太刀に結ぶ。故に“八葉一閃”。

 

 


ウィルは、剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

 

 

 

「これは、情けをかけられたのかな?」

 

 

 

 


“八葉一閃”───八葉最高の一太刀が斬ったのは、ルーファスの外套を留めていた紐だった。

濃紺の外套がルーファスの肩からずるりと落ちる。

 

 

「これは貸しですよ。ルーファスさん」

 

 

ウィルはそう言うと太刀を鞘に納める。

 


「ありがたい。では、本分を果たさせてもらおう」

 


ルーファスは納刀したウィルの横を通り、カイエン公に向き直った。その額から一筋の冷や汗が流れたのは、誰も見ていない。

 


太刀を振り被られた瞬間に死を受け入れたなどとは、口が裂けても言えない心情だった。あらゆる抵抗が無意味と理解できてしまい、構えられた剣が振り下ろされると同時に死を享受する事が当然だと思ったのだ。

 

 

再度、ルーファスに助けを乞うカイエン公。「私を助けに来てくれたのだな?」。その彼にルーファスは言った。

 

 

「庶民的に言うなら、『寝言は寝てほざくが良い』」

 


次の瞬間、「目標確認」という無機質な声と同時にカイエン公は黒塗りの傀儡に殴り飛ばされる。現れたのはアルティナ・オライオンとその武装たるクラウ=ソラスだった。アルティナはクラウ=ソラスで殴り飛ばしたカイエン公を押さえつけると「制圧完了しました」と告げた。

 

驚愕したのはカイエン公だけではない。しかし、そんなものは知らぬとばかりにルーファスは反逆の理由を並べ立てる。

皇族への度重なる不敬、帝都全域を巻き込む大災厄。同じ貴族連合と言えどもこれ以上は見過ごせない、と。
詭弁であるのは間違いないが、反逆の理由としては充分なものだった。

 


「カイエン公、貴公を拘束する!」

 


皆はまだ何が何だかわからない。そんな皆を尻目にルーファスは「本当は魔女殿も拘束するつもりだったが、ウィルくんがさせてくれなさそうだ」と苦笑する。

 

このシーンを知っているウィル以外で始めに事実に気づいたのは、クロチルダだった。

始めからおかしいと思っていた。《黒の工房》の娘──アルティナをどこから連れて来たのか?

 

 

「どうやらずっと……“機会”を伺っていたわけね?」

 


クロチルダの確認に、ルーファスは当然のようにとぼける。そこでクロウが「クク」と笑い出した。

 


「なるほどな。……そういうことかよ。つまり、全部もっていこうって腹なわけだ?」

 

 

そのクロウの推測は正解でありながら、不正解でもあった。全部もっていこうと思っているのは確かだが、それはルーファス・アルバレアではない。

 

 


「クロウ、正解だが黒幕は違う。………頼むから、動くなよ」

 

 

「─────なに?」

 

 

クロウの疑問をよそに、ルーファスの正体に気づいたのは、彼と同じ立場のミリアムだった。

 

 


「ユーシスのお兄さんも、“そう”だったんだね?」

 

 


その答え合わせに応えたのは、ルーファスではなくまた別の声。軽薄とも取れる青年だった。

 

 


「ま、そういう事みたいだなァ」

 

 


現れたのは情報局のレクター・アランドールと、TMPのクレア・リーヴェルトだ。その二人にミリアムを加えた面子といえば、それはもう《鉄血の子供達(アイアンブリード)》しかない。


しかもルーファスはその筆頭を名乗った。

他の《鉄血の子供達》は、筆頭がいることは知っていたが、それが誰かまでは聞かされていなかったと言う。

 

 

しかし、ルーファス・アルバレアがこのタイミングでそれをカミングアウトする理由は?
この内戦は貴族連合の有利に進んでいた。Ⅶ組がいなければそのまま貴族連合が帝国を統治していたとしてもおかしくはなかった。ルーファスが新たなアルバレア公となるのも時間の問題だったわけだ。


それなのになぜ、このタイミングで貴族連合を裏切るのか?ギリアス・オズボーンの亡き後に鉄血の子飼いであると明らかにする必要がどこにあるのか?

 

 


「──だからこそ“今”なのだよ」

 

 


カイエン公の疑問の声に応えたのは、またしても新たな来訪者。

 

 

ギリアス・オズボーンだ。

 

 

 

 

「鉄血────!?」

 

 

 

感情のままに立ち上がろうとするクロウの眼前に刃を突きつけたのはウィルだ。
そしてまた、同じセリフを言った。

 

 


「頼むから、動くなよ」

 

 

 


アルティナと同じ方向から登場したオズボーンは驚くミリアムに「久しいな」と声をかける。

あの時、胸に大穴を開けられて死んだはずじゃなかったのか?
死んだはずの人間がどうしてここにいるのか?

 


「さて、影武者がいたのか、それとも見間違いだったのか───……それは今、問題ではあるまい?」

 


どうして生き残ったのかは、大いなる謎だが、確かにそれは今、問題ではない。
ギリアス・オズボーンが生きていて、これからどう動くかが問題なのだ。

 

 


「確かな事は、我が子供達の筆頭にこの事態を収拾してもらうという事だ。なるべく穏便かつ、角を立てず、しかし確実に貴族勢力の力を削ぐ形で」

 

 

オズボーンの狙いはそれだったのだ。
内戦が勃発したのは貴族勢力の力を削ぐためだった。貴族派による帝国内の混乱、皇族への不敬行為を大義名分に貴族の権威を失墜させるための策。無論、それだけの狙いで内戦を起こしたわけではない。クロスベルが不可侵となり、それを挟み対立するカルバード共和国から侵攻を受けない事も見越していたのだ。そして、防壁消失の後のクロスベル弱体化まで。

 


クロスベルの防壁を見越して内戦を起こしたというのなら、オズボーンは結社と繋がっていた事になる。しかし、その部下たるルーファスはクロチルダを切ろうとした。つまり、オズボーンは結社を裏切ったという事になる。


クロチルダは言った。「クロウの執念があったとは言え、貴方が死んでいない事は予想していた」と。

 

 


「リベールでの一件に関する結社との水面下での取引……恐ろしく油断ならない相手だという事はわかっていたものね……」

 

 

「とは言っても、このタイミングで内戦が起きたのは少々予定外だったがね。本来ならクロスベルを取り込んでからゆっくりと貴族派を呑み込むつもりだったが………そういう意味で私はまんまとしてやられたわけだ。……クロウ・アームブラストにね」

 

 

その言葉は賞賛か挑発か。あるいはその両方であるかもとウィルは受け取る。

剣聖か、それ以上の存在へと飛躍した今のウィルでさえオズボーンの大きさは測りきれない。単純に人間としてデカいのだ。

 

ちらとクロウを見ると、オズボーンの言葉の受け取り方はウィルと同じようで向けていた敵意はわずかに変貌していた。

 

 

「良く言うぜ。その予定外ですら利用してこの結末に持っていっちまうんだからな。……敵ながら大したもんだ、と言っておくぜ」

 

 

そのクロウのセリフに、ナギトは冷静な印象を受ける。それが思わず顔に出てしまったようで、

 

 

「意外かよ?俺は言った──お前らも聞いてたはずだぜ。これは気が抜いた方が負けるゲーム───あくまで俺は祖父さんの代わりに一発殴りたかっただけさ」

 

 

そしてそれは暗に、狙撃に成功してオズボーンを葬ったと勘違いしたクロウの敗北宣言のようにも思えて。

 

 

「……私は君に敗北していたよ、アームブラスト。私が人の身であったならば」

 

 

それは後に、オズボーンが《子供達》に出す宿題の答えを暗示していて、そういったズルがなければクロウに敗北していたという宣言に他ならない。

 

 

「そうかよ。ならまた挑ませてもらうぜ。……次は剣か、あるいは政での舞台か……せいぜい楽しみにしてやがれ」

 

 

 

両者の敗北宣言をもってクロウとオズボーンの会話は一段落を迎え、雰囲気がまた一層引き締まる。

 

 


「まさか十三工房の一角まで完全に取り込んでいたなんてね……この先、どうするつもりなの?」

 

 

クロチルダの驚嘆と問いかけに、オズボーンは不敵に笑った。

それはウィルたちⅦ組に詳細はわからないまでも、確信させる。

 


「決まっている。結社の《幻焔計画》とやら───このまま私が乗っ取らせてもらう!クロスベルの後始末も兼ねてな」

 

 

“激動の時代”はこれから来るのだと。

 

 

クロチルダはオズボーンに「帰って他の蛇共に伝えるがいい。立ち向かって来るのであれば、遠慮なく叩き潰してくれると」と言われ、転移魔術を発動した。足元に青い輝きを放つ魔法陣が描かれる。

 

 


「無様なところを見せたわね…婆様によろしく。
君たちも…色々と迷惑をかけたわね。クロウ……貴方にも」

 

 

「ヴィータ……いや、こっちも世話になった」

 

 

 

「いつかまた、会いましょう」

 

 

そう言ってヴィータ・クロチルダは輝きに包まれると姿を消した。
姉の敗北にエマは呆然と、逃げ去った姉の名を呟くのみ。

その間にレクター、クレア、ルーファスがオズボーンの元に集い、ミリアムは一瞬の逡巡の後にそれに追従した。

 

 


「今回は良くやってくれた。
《氷の乙女(アイスメイデン)》、《白兎(ホワイトラビット)》、《かかし男(スケアクロウ)》、───そして《翡翠の城将(ルーク・オブ・ジェイド)》よ」

 

 

「閣下こそ、良くご無事で」

 


「ま、あんたが死ぬとは端から思っちゃいないけどな」

 


「オジサンならもしかして、と思ってたけど」

 


「結局、復活の顛末は教えて頂けなさそうですね?」

 

 

オズボーンの死亡について、子供達が抱いていた感想に「それは宿題としよう」と誤魔化し、ルーファスに指示を出す。

 


「ルーファス───、一週間で後始末をしたまえ。終わり次第、クロスベル制圧を任せる」

 

 

その後、この場の後処理が始まる。気絶したままのセドリックはレクターに抱えられ、現実逃避したカイエン公をミリアムとクレアが見張る。ルーファスは今後についてオズボーンを話し合っていた。

 

Ⅶ組はどこまでも蚊帳の外だ。
それでも、腹を立てるどころか、呆然とするしかないのが現状。

そんな状況に風穴を空けるのはウィル。空けなければならない。

 

 


「ギリアス・オズボーン。あなたと取引がしたい」

 

 

オズボーンはルーファスとの会話を中断し、わざとらしくニヤリと笑う。

 

 

「ほう……取引とな?それはいかなる要件かな?ナギト・シュバルツァー、いやウィル・カーファイと呼ぶべきか?」

 

 

「どっちでもいい。面倒だから腹芸はなしだ。今後、俺たちトールズ士官学院特科クラスⅦ組のメンバーに立場が不利になるような事を一切するな。卒業した後にもだ。噂話が流れる事も禁ずる」

 

 

「それはそれは…また難しい条件を突きつけられたものだ。この内戦終結に手を貸してくれた君たちにそんな事をするわけがないだろう?噂話にまでは手を出せんがね」

 

 

「言い方を変える。あなたが、あなたの部下が、あなたの息がかかった者が、帝国民に間違った情報を噂として流すな、という事だ」

 

 

「ふむ、いいだろう……了解した。
だが、その青年はどうする?アームブラスト……彼がテロリストである事はすでに不特定多数に知れ渡っている。これからどう手を回した所で拘束せぬわけにはいくまいよ」

 

 

「それならそれに協力したルーファス・アルバレアもだ。……クロウはテロリストグループに潜入捜査していた人物として報じればいい。そこのルーファスさんのように」

 

 

「…彼が私を撃った所をトールズ士官学院の生徒たちに見られていたのだろう?それは生徒たちにどう説明するつもりだ?」

 

 

「あなたは生きている。あの場であなたが死んだと見せかけるための罠だったという事にすればいい」

 

 


誰も口を挟む事はできない、裏側の打ち合わせというもの。これによりシロはクロに、クロはシロに変わる。クロウは少しばかり苦い顔をしたが、今は構っている暇がない。

 


しかし、話はそんなに単純なものではない。これは双方が望んでいる結末ではないのだ。不穏分子クロウをなんとかしたいオズボーンと、救いたいウィル。問題はウィルがどうオズボーンを説き伏せるかだった。

 

 

「……なるほどな。しかし、ならば英雄として活躍してもらう事になるが?」

 

 

「構わん」

 

 


「フフ……了承しよう。だが、その上でこの話、断ると言ったら?」

 

 


もしも、の話だった。しかし、それを聞いたウィルからは途端に剣呑な雰囲気が醸し出された。

 


「あんたら全員を、ここで殺す。オズボーン宰相はすでに死んでいると国民に知れ渡っているから問題ない。ルーファスさんは煌魔城の中で不幸な事故に遭い、レクターさんも同様。クレアさんだってそうです。今の俺なら可能だ。……ミリアムは俺たちの側になるんだったら見逃すけど」

 

 

「フフ…殺すとはまた恐ろしい話だ」

 

 

「オズボーン宰相、あなたがどんなマジックで甦りを果たしたのかは知らないが、微塵切りでもすればさすがに復活まで時間がかかるだろう」

 

 


「まったく《剣鬼》とは良く言ったものだ。親しくない者であれば、こうも無慈悲になれるとはな。安心したまえ、そちらの条件はすべて飲んでやろう」

 

 

オズボーンの返事を聞いて、ウィルは安心した。これで、とりあえずは大丈夫なはずだ。
しかし、気は抜くな。これは取引なんだ、殺すと脅されても、突く所は突くのがギリアス・オズボーンという男だ。

 

 

「では、その対価に君は何をくれるのだね?
そんな条件を飲むのだ、それなりのものを用意してくれているのだろう?」

 

 

「もちろんだ。だけどここでは言えない。
少ししたら使いを寄越せ。その後に伝える」

 

 

ウィルの答えに、オズボーンは首をひねるが、おおよその見当はついている事だろう。

 

 


「そうか。では期待しておくとしよう」

 

 

取引は終わった。
これで、完璧に運命は変わった。煌魔城でクロウは死なず、その後も士官学院生として生きることができる。“願い」通りだ。

しかし、この後の展開はどうなるのだろうか?
自分が歪めてしまった『閃の軌跡』のストーリー。
本来の流れならここで……、と考えた所でオズボーンが動いた。

 


オズボーンはⅦ組のメンバーたちの間を割って進み、そのリィンの肩に手を置いた。
他の人物には、その行動の意味がわからない。ウィルでさえ、知識がなければ「何故リィンに?」と思った事だろう。

同じく疑問に思っていたであろうリィンの、表情が一瞬ののちに変貌する。

 

 

「あな、たが……まさか………」

 

 

「そうだ。……思い出したようだな」

 

 


オズボーンはまた笑う。それは笑いでもない嗤いでもない、何か他の種類のものだ。

 


そして彼は、衝撃の事実を口にした。

 

 

「───久しいな、我が息子よ。
お前にも内戦終結の英雄として、しばらくは働いてもらうぞ」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。