閃の軌跡 〜八葉を継ぐ者〜   作:クラウンドッグ

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どっちでもいいの真意

 

 

あの後。煌魔城でリィンがオズボーンの実子であると判明した後、Ⅶ組のメンバーはエマの転移術によって煌魔城より退去した。

 

まるで夢だったかのように煌魔城はバルフレイム宮へと姿を戻した。

 

内戦終息の声明が発表されたのは、混乱の収束した翌日だった。

貴族連合は正規軍に全面降伏し、与みしていた将らはすべて階級を落とすか、閑職に追いやられた。

しかし、その事に文句を言う人物は誰もいない。この内戦で一人勝ちしたとも言えるギリアス・オズボーンによる正当な人事異動だとされたからだ。

 

 

その後、内戦終息は帝国各地に広まり、混乱していた帝国民も落ち着きを取り戻した。かと思えば、帝国はクロスベル侵略を始めたのだ。

 

内戦開始直前のクロスベルの暴挙に対する制裁にして、その行為を正す。という名目のもと、クロスベルは瞬く間にエレボニア帝国領となった。

 

 

エレボニア帝国の内戦やクロスベルの異変と時を同じくして国内が荒れていたカルバード共和国も、帝国のクロスベル制圧の報に本腰を入れてクロスベルより帝国を追い払おうとするも、機甲兵の存在により敢え無く敗れ去る事となる。

 

カルバードも飛空挺部隊を投入するが、これも撃墜される。その際に活躍したのが内戦終結に尽力したと言われる二人の若き英雄───《蒼の騎士》と《灰色の騎士》だ。

 

 

 

そして、現在。

クロスベルのオルキスタワーにて、ルーファス・アルバレアがクロスベル総督に任命された。

 

 

 

しかし、クロウやリィンの事を除けばクロスベルの事など、ナギトにとっては所詮は他人事であった。

 

内戦終結に一役買った英雄として二人はクロスベルの守備に駆り出されていた。

クロウの復讐すると誓った相手の言いなりになるのは、いったいいかなる屈辱かはわからない。だが、それでも今は言う通りにしてほしい。でなければナギトも運命を変えた意味がないのだ。

 

 

 

ナギト・シュバルツァーを名乗る男は、すでに自身の記憶のすべてを取り戻していた。

ウィル・カーファイとして剣技を培ってきた年月を。《剣鬼》と呼ばれ恐れられた僅かな期間を。ナギト・シュバルツァーとして友人たちと共に成長した時間を。

 

ならば、この男を今は何と呼べばいいのか?

本名であるウィルか?親しみを込めて呼んできたナギトか?はたまたは渾名である《剣鬼》か?

 

 

《剣鬼》呼びはないとしても、ウィルと呼べばいいのか、ナギトと呼べばいいのかわからない。

 

本人は学院卒業までは(手続きが面倒だから)ナギト・シュバルツァーと名乗るつもりらしいが、本心はどうなのだろうか?

そこがはっきりしないせいで、内戦終結から今まで彼を呼ぶときはほとんどの人物が「ねえ」とか「なあ」とかになってしまっているのが現状である。

 

 

それに、少し気になっている事がある。気になっているというか、腹が立っているというか。

 

煌魔城で彼がオズボーンと話す時、オズボーンの「何と呼べばいいのか?」という問いに対して「どっちでもいい」と吐き捨てたのだ。

ウィルでもナギトでもどっちでもいいと。それはいったいどういう事だ。ウィルとして過ごした年月も、ナギトとして過ごした時間もどうでもいいという事なのか。

 

 

あの場では、そんな事を言っている場合ではないとわかっていた。しかしそれでも「ナギトと呼べ」と言って欲しかった。自分たちと過ごした時間は特別なものだったと。Ⅶ組で共に励んできたナギトの名は特別なものだと、発して欲しかったのだ。

 

 

 

それがここの所、Ⅶ組がぎくしゃくしている理由である。

 

 

☆★

 

 

中庭のベンチからラウラがギムナジウムから出てくるのを確認して話しかける。「よう、ラウラ」と。

 

 

「ナギトか。どうしたのだ?」

 

 

 

ナギトは「ラウラを待ってたんだよ」と返して、ラウラがどう反応するのか見てみるが、ラウラは平然と「そうか、では行こう」と歩き出す。

 

ううむ、やはりこの程度では赤面すらしなくなったか。

 

 

ラウラと並んで歩きながらナギトは言った。

 

 

「そういや、今日は水泳部も送別会だったんだっけか?何をやったんだ?」

 

 

 

「競泳が主だ。あとは簡単な引き継ぎだな。ナギトはフェンシング部の送別会によばれたと聞いたが?」

 

 

「部外者だから断ろうと思ったんだけどな。まあ、部員全員の総当たり戦をやった感じかな」

 

舐めプしたら先輩フリーデルに一本取られた事は内緒だ。迅雷もかくやというスピードで踏み込んできた時は本気でフリーデルが人間か疑った。

 

他愛のない話をしながら学院を出て、寮に戻る前にナギトはラウラを喫茶店に誘う。喫茶店に入ると、いつもと違って客は少ない事に気付く。秘密話もできそうなくらいだ。

 

テーブルに着いて飲み物を注文すると、ラウラが唐突に、その問題を出した。

 

 

 

「ナギト、いつまで今のままでいるつもりだ?」

 

 

何が?と問い返すほどナギトは鈍いわけではない。ラウラはいつまで一部のメンバーを除くⅦ組のメンツと不仲もどきを続けるのか?と問うているのだ。

 

 

 

「まあ……いつまでも今のままってわけにも行かないよなぁ。来週にはリィンとクロウも帰ってくる予定だし、噂の件もあるしな……」

 

 

来週には政府の要請でクロスベルに向かっていた二人が帰ってくる。帰ってきた二人にまでナギトとその他のメンバーの不仲を見せたくはない。

 

ラウラもそこまでは承知していたが、その次のワードについてまでは考えていなかった。「噂?」と聞き返すラウラにナギトは「ほら、常任理事の」と言う。

 

それで納得したラウラは、それでも首をひねる。そんなのただの噂だし、噂には手を出せないはずだと。

ナギトはラウラのその疑問を察しつつも、話題を一つ前に戻す。その噂にはある人物の作為が感じられる、とは言えないことだ。

 

 

 

「今日の内にでも動くとするわ。いいかげんにしとこうと考えてたとこだしな」

 

 

「うむ、それなら安心だ」

 

 

 

「ならこの話は終わり。恋人らしい会話をしようじゃないか」

 

 

 

ナギトはそう言って雰囲気を一変させる。内戦終結直前に恋仲となった二人だったが、あの夜からあまり恋人らしい事をしていない。このあたりでそろそろラウラ成分を補充しなければバーサーカーと化してしまう(大嘘)。

 

 

 

「うむ…それはいいのだが、こういうのはもっと雰囲気が大事なのではないのか?」

 

 

「時にはこういうのもいいだろうよ。というか、こんなやり方でもないとそんな雰囲気にならないしさ」

 

 

 

ラウラの「それもそうだな」という声を聞き届けてから、ごほん、と咳払いをしてナギトは訊く。

 

 

「ラウラは俺のどんなところが好き?剣の道って答えはなしで」

 

 

と、初期の恋人にありがちな質問をした。それも、ラウラの挙げるナギトを好きな理由の主たる『剣の道』という逃げ道を塞ぎつつ、である。

 

 

ラウラは「ふむ……」と数瞬思考し、「無理だ」と言う。

 

 

 

「私はそなたの剣の道…つまりそなたの生き方に惚れたのだ。そなたの、ナギト・シュバルツァーの生は剣の道とは切り離せぬものなのだろう?ならば私はやはり、そなたの剣の道が好きだと言おう」

 

 

 

正論すぎる正論だ。しかしナギトは予想していたかのように、わざとらしくぶーたれる。

 

 

「そんなのわかってるよ。でも恋人ってのはもっと甘い言葉を求めるものなんですー」

 

 

 

 

だだをこねるナギトに、ラウラは「では、言い方を変えよう」と続ける。

 

 

「私はナギトのすべてが好きだ。嫌いなところなど、何一つとしてない」

 

 

これにはさすがに赤面したナギト。そのナギトに次はラウラが訊く。

 

 

 

「ナギトは私のどのような所が好きなのだ?」

 

 

 

「真っ直ぐなところ。かわいいところ。困ってる人がいると助ける性格。……うん、全部かな。嫌いなところは一つもないよ」

 

 

言うと、この言葉にはやはりラウラも赤面する。はたから見る店員は初々しいなー、と思いつつ新たな客にいらっしゃいませ、と声をかける。

 

 

 

ナギトは、今夜このままイケるか!?と半ば興奮しつつ、さらに会話を続けようとして、その声に遮られた。

 

 

 

「やっほー、二人とも!ここでなにしてるの?」

 

 

ミリアムの登場である。情報部に戻っていたミリアムが帰ってきたのだ。

 

 

 

「ちょっとお喋りだ。帰ってきたのか?」

 

 

甘ったれ恋人モードから切り替わり、いつもの表情でミリアムに問いかける。それにミリアムは「うん、やっと仕事が片付いてさー」と返す。「どうしてここに?」とナギトが訊く。

 

 

「第三学生寮に帰ったんだけど、誰もいなくて。それで町に出たら店の外でナギトとラウラを見つけたから来たんだ。もしかしてオジャマだった〜?」

 

 

 

「そんな事はない」と言いかけたラウラを遮ってナギトは「そうだよ。まったく、俺とラウラのLOVE LOVEタイムを邪魔してくれやがって」と悪態を吐く。ミリアムはニシシと笑って悪びれもせずに「ゴメンね?」と言った。

 

 

 

勘定を済ませて店を出てから、第三学生寮へと帰る。三人並び歩きながら、ミリアムは「そういえば」と話を振る。

 

 

「噂ってここまで広まってるんだね」

 

 

ナギトは「そうだな」と答える。

 

 

「ねえナギト。……気づいてる?」

 

 

 

その主語のない問いに、ナギトはたったのニ文字で応える。

 

 

「──ああ」

 

 

 

噂について、確信はあったが確証はなかった。このミリアムからの問いかけが、確証になった。

「なんの話だ?」と首をひねるラウラには、とりあえず「なんでもない」と答えておく。

 

 

☆★

 

 

 

寮での夕食後、皆が席を立つ前にナギトが声を張り上げる。

 

 

「みんな、話があるんだ。しばらく付き合ってくれないか?」

 

 

 

 

異を唱える者はいなかった。

「あ、サラ教官は結構です」という言葉にも笑いをこぼす者も。

 

 

「なによ、あたしはいらないって言うの?」

 

 

 

むっとするサラにナギトは「だって、教官はわかってるでしょう?」と言った。

 

「他にもラウラ、ユーシス、フィーにガイウス……あれ、けっこういるな。まあいいや、全員に確たる言葉として伝えとこう」

 

 

 

そのセリフは、いきなり本題に入るという事を示唆していた。

 

 

 

「俺の事はこれまでのとおり、ナギトと呼んでくれ。これからもずっと」

 

 

 

言葉の意味を考える一同だが、その中で一番ナギトを遠巻きにしていたアリサが言った。

 

 

 

「どういう事かしら?……その意味が私にはわからないのだけど」

 

 

 

アリサは煌魔城でのナギトの「どっちでもいい」を根に持っているのだ。若干の棘がある言い回しにナギトは逆に「どういう意味だと思う?」と問いかけた。

 

その表情は、最近の落ち着いたナギトではなく煌魔城以前のナギトがよくした表情だった。その表情の意味は“考えろ。考えればわかる”だ。

 

 

 

「……いかんな。これじゃいつもとおんなじか。俺はこれでも反省してる。煌魔城でのオズボーンとの会話の際、呼び方をどっちでもいいと軽々に言った事を」

 

 

 

ナギトは言ってのける。本人には無自覚だろうと思われていた、不和の原因を。煌魔城以降、磨きのかかった慧眼に皆は一様に瞠目した。

 

ナギトは「だが」と続ける。

 

 

「それでも、その真意を考えてみてほしい。俺は、やつにナギトでもウィルでもどっちにでも呼んでもらって構わなかった」

 

 

だけど、みんなにはナギトと呼んでほしい。とはもはや答えとも言えるヒントのために口に出さなかった。

 

 

「だから、どっちでもいいと言った」

 

 

「しかし、僕たちにはナギトと呼べと?卒業までしかそう名乗らないのだろう?」

 

 

論理の矛盾に早く気づいたのはマキアスだった。しかし、そこからの事までに頭は回っていない。

 

ナギトはいつものようにニヤつくが、それではやはり、いつも通りなのだ。今回は反省の意を込めて、早々に真意を明かすとしよう。

 

 

 

「そうだ。俺はトールズ卒業までしかナギト・シュバルツァーを名乗らない。

その後は、こう名乗るつもりだ。ナギト・ウィル・カーファイと。俺にとっては、ウィルとして過ごした年月もナギトとして生きた期間も等しく大切なものだ。だから、どちらかを捨てると言う事はしない。これまでみんなにはナギトと呼んでもらっていた。だからこれまでもそう呼んでほしい。……それだけの話だよ」

 

 

 

そう言ったナギトの顔は少し寂しそうだった。

誰にも言えない。言わないと決めている。

 

────ナギト・シュバルツァーという存在は消える。

 

“クロウを救う”───その一点のために発生したバグは、それを達成したら消えてなくなるのが運命だ。

 

だからきっとナギト・ウィル・カーファイなんて名乗れないし、この時間も長くは続かない。

今のこれは、ただのエピローグ。閃の軌跡Ⅱという物語が真のエンディングを迎えるまでの猶予時間に過ぎない。

だからこそナギトは、いつも通りに過ごすのだ。

 

 

 

ナギトの言葉、そこからの理解は早かった。

オズボーンからは何と呼ばれてもいい。大した関わりも親愛の情もないからだ。だが、Ⅶ組のメンバーにはこれまでの通り、親愛を込めてナギトと呼んでほしい。

 

 

たったそれだけの事だったのだ。

あまりにも簡単であまりにも難解な謎は、こうして解かれた。

 

言ってしまえば、これはナギトのわがままだった。ウィルの時に親しくなった人物にはウィルと、ナギトの時に親しくなった人物にはナギトと呼んでほしい。大切な思い出の象徴ともいえる名を、その時のままに親愛を込めて呼んでほしい。

 

 

 

たったそれだけを言うのに、どれだけの時間をかけているのだか。とナギトは我が事ながら呆れる。しかし、本当はみんなにそう気づいて欲しかったのだ。本当はすぐにでも言いたかった「俺はお前たちだからナギトと呼んでほしいんだ」と。

 

 

 

 

ナギトは「話はこれで終わりだ」と言って、一人食堂を出て行く。残された皆はその後ろ姿に若干の照れ隠しを見てとりながら、安堵していた。

これで、疲れて帰ってくるであろうリィンとクロウを、ぎくしゃくしたまま迎えなくていいわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

食堂から出たナギトも、それについては安堵していた。

しかし、目下の一番の問題はそれではない。確かにリィンとクロウにぎくしゃくしたⅦ組を見せるのは嫌だったが、そこまで大した問題ではなかった。

 

 

 

 

「明日、行くかなぁ」

 

 

 

ナギトは呟いて、自室に入る。

後ろ手にドアを閉じるナギトの表情は、明日の事を考えて早くも緊張したものとなっていた。

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