不意に、世界が反転した。
しかしそれは一瞬で、世界から色をなくしたようなものを感じただけ。この感覚は、旧校舎の“試シ”があった頃のものと同種だ。
ナギトはクロウたちとの雑談を中断し「ちょっとトイレに行ってくる」と席を立つ。
ナギトの、ここから先の記憶は曖昧だった。
自らの内にあった、数多のプレイヤーたちの閃の軌跡に関する記憶。プレイヤーたちの願いはクロウの生存。故に必要なのは煌魔城までの記憶で、そこから先の記憶は重要視されていなかった。それが、この後日譚の記憶が曖昧な理由だ。
しかし、覚えている事はある。 この後、旧校舎の異変が再発して、それを協力者の力も借りながら解決する。 それがⅦ組の最後の自由行動日の過ごし方だ。
旧校舎に向かう途中で、本校舎屋上から視線を感じた。見上げた先にいたのは歴史学を担当する教官のトマスだ。普段ののほほんとしたトマスらしからぬ視線に、ナギトは目を細める。
そしてまた、世界が変転する。 前回と違い、今回は一瞬の変化ではない。世界から光が消え去った、まるで海の底で不自然なスポットライトに照らされたトマスと対面する。
「これは………」
見た事がある、というのは主観の話ではなく、客観の話だ。思い出した、プレイヤーとしての記憶。トマス・ライサンダーという男の正体。
「落ち着いてください。私にあなたを害する意思はありません」
「………
ナギトに敵意がないと宣言するトマスの正体を言い当てて見せる。それは決して良手ではない。無駄に警戒心を上げるだけの行為だった。
「何故…私の事を?」
瓶底メガネの奥の瞳が細められる。
ナギトがトマスの正体──七耀教会における戦闘部隊……星杯騎士団の副長であると見抜いた理由は、いくらでも並べ立てる事ができた。そもそも動き方が怪しいだの、人当たりが良くてメガネをかけてるだの、と。
「思い出しただけですよ、副長殿。……とは言ってもそんなズルももうそろそろおしまいですが」
ナギトの言い方は相変わらず迂遠で、わざとわからないように言っている。
しかしそれは逆に言っている内容自体は真実であると感じさせた。
トマスは色々な聞きたい事を飲み込んで、さっさと本題に入る事にした。
「ナギト・シュバルツァーくん………あなたはいったい何者ですか?」
ナギト・シュバルツァーとは何者か。
問われた意味を考えて。そんな“作者の気持ちを答えよ”みたいな問題の捉え方に苦笑した。
ナギトが答えに詰まっていると捉えたのか、トマスは問いかけの内容を開示した。
「ナギトくん、あなたの存在はいかなる書物にも記されていません。我々の教典はもちろん、数多の禁書、この内戦中に帝国に出現した黒の史書の写しにも……です。蛇の連中には“特異点”と呼ばれていたようですが……」
トマスの言葉に“それはそうだろう”と納得するナギト。ナギトの存在は特異点───イレギュラー、願いの化身。
「“特異点”………」
言ってしまえばナギトはただそれだけの存在。そのためだけの存在だ。
やはり答えに窮したナギトにトマスは畳みかける。
「今…教会内部では意見が分かれています。……つまり、その後に備えてあなたと協力体制を敷くのか、それとも───外法として狩るのか」
「………封聖省お得意の外法認定ですか」
「ええ。ひと1人殺すにしても大義名分が必要な時代です。あなたが内戦中に画策した“幻獣討伐作戦”───あれだけで外法認定するのは難しいですが、多少の無理は通ります」
さすがに権力者は言う事が違う。親が白と言えば鴉でも白というやつだろう。それに“幻獣討伐作戦”に関してはナギトは白とは言えず、むしろ真っ黒だ。いくらか配慮したとは言え民間人に重傷者も出た。
「ですが私もこの一年、ここトールズ士官学院で教官としてあなたを見てきて………決して善人ではないとしても、悪辣さを持っているとしても。あなたが自身の正義に従って行動できる人間である事はわかっているつもりです」
トマスは“幻獣討伐作戦”に隠された意図を読み解いたのか、ナギトの在り方に言及した。
「………だから、答えてください。あなたは…世界の味方ですか? それとも世界の敵ですか?」
その質問はきっと、世界に害するか否かという意味だ。しかしひねくれているナギトは、それを額面通りに捉えて答える事しかしない。
ナギトは───いや俺たちは、クロウを殺そうとした、この世界の敵だ。
「その聞き方なら、俺は……」
回答しようとしたナギトを「身内の恥を晒すようなんですが」とトマスが話題を変えて止めた。
その気遣いに嘆息しつつナギトは話を聞く。
「我々星杯騎士団が所属する封聖省と、法国の正規軍や隠密僧兵を擁する典礼省は対立しています。派閥争いみたいなものですね。そこで話は戻りますが、ナギトくんを取り込みたい側の人間は、それで派閥争いを一気に優勢にしたいからそう言っているんですよ。あなたが味方になれば、それだけで守護騎士数人分の戦力と目されていますからね。……かく言う私もあなたを味方にしたい側の人間でして……、それだけあなたは危険で魅力的な人なんですよ」
「たはは」と笑ってトマスは頬をかいた。
「……やっぱり、優しいですね………トマス教官」
トマスはナギトを死なせたくないのだ。ナギトがいかに隔絶した実力を持っていたとしても、星杯騎士団の総力、僧兵庁の総力を挙げれば、その首を取る事が叶うと思っているが故に。
だから、手を取れと言っているのだ。味方になれと。
そんな優しさを見せたトマス相手にだからこそ、ナギトは真摯に応えようと思った。
「俺はこの世界を愛しています。でもクソみたいな筋書きを用意するこの世界が大嫌いです。だから俺は世界の味方ですけど、ある意味で敵でもあります」
「それは………」
トマスによるナギトの言葉の内に秘められた意味の想像は、ありふれた悲劇を回避しようという意志。
それは正解でもあり不正解でもあった。
喜劇も悲劇もその実、すべて世界に用意された脚本だ。クロウの死もその一端に過ぎず、今日も世界は一分のズレもなく運営されている。
─────はずだったのだ。ナギトが現れるまでは。
“クロウを救いたい”───その一念の元に集合しヒトの形を成したのが“特異点”。つまりナギトだ。
ナギトは自身の掌を見つめる。この手が世界の筋書きを変えた。クロウを死の運命から救った。
ああ………もう、それだけで満足だ。
「最初の質問に答えます。俺はナギト・シュバルツァーです」
本当か?
「この世界が大好きで、八葉一刀流が大好きで、Ⅶ組のやつらが大好きで、」
そんなわけがない。
「そんな大好きなやつらとまだまだ生きていたい。────そう思ってるだけの、ただの人間です」
クロウを救えたから満足だなんて、そんなのは俺たちの勝手な感想でしかない。
ナギトは───俺は、まだ、生きたい。
リィンと、クロウと、ラウラと。
他のⅦ組の連中に知り合った人たち。
彼ら彼女らと一緒に、今度は俺自身の軌跡を描いていきたい。
「そんな答えで、どうですか?」
閃の軌跡は、素晴らしい物語。
ただ一点、クロウが死んでしまうという事実を認められぬ者たちが特異点としてその世界に化て出たのだ。そしてクロウの救済という無念を晴らした特異点は成仏する。それが正しい帰結。当然の結末。
その後の世界に特異点という存在は雑音だ。俺たちはただクロウが死ななかったというIFが見たかっただけ。そこに変なキャラクターを混ぜて物語が濁るのは嫌だ。
だから消える。特異点は、ナギトという存在は。この世界に発生したバグは。
それこそが俺たちが望んだ展開。軌跡の末路。希望に満ちた物語の続き。
そんなものは、クソ食らえだ。
俺が、まだ、あいつらと一緒にいたい。
俺にはそれだけでもう充分過ぎる理由だ。
願いの果てに歪んだ希望だとしても。この美しい物語を穢してしまう行為だとしても。こんなこと誰も望んでいないとしても。
それでも俺は、生きていたい。
「……いえ、それを聞けて良かったです。むしろ完璧な答えですよ」
ナギトが出した結論に、何にも忖度しない意思にトマスは敬意を表した。
ナギトが己の命可愛さに星杯騎士団と協力する、というのがトマスとしては既定路線の考えだった。
しかしこうも当たり前の幸福を祈られては、教会の人間として損得や責任なんて言葉で縛りつける事はできなかった。
「…それはそうと、ナギトくん。今後教会と協力していくつもりはありますか?」
だが、それはそれとして。トマスは最低限、聞かなければならない事があった。
「つもりはあります、が………確たる事は何も言えませんので、何とも……」
この後日譚をもって“ナギトは消える”。そんな運命への叛逆を決意したのはいいが、何も具体策がない状況だ。
そんな状態では七耀教会への協力を約束する事もできずにふわふわした回答になってしまう。
「……わかりました。前向きに検討してもらえる、と理解しておきますよ」
ひとまずトマスはナギト状況を理解しないまでも、この回答の意図は何となく感じ取っていた。
「その上でひとつ警告です。すでにあなたもわかっているでしょうが、今回の内戦はあくまで序曲に過ぎません」
「はい。……まだ何も終わっていない」
「その通り。ここから先は各勢力が入り混じる総力戦になるでしょう。だからあなたも備えるべきだ………この先に待つ激動の時代に」
☆★
トマスとの会話を終え《匣》から解放されたナギトはその足で旧校舎へ向かった。
すでに鐘が鳴り響いている旧校舎だったが、学院祭の時のように障壁は展開されていない。
「ナギト! 今までどこに……」
「まあちょっとな。それより状況は?」
リィンの疑問をかわして現況について尋ねる。
とは言ってもⅦ組や揃った一同はろくに事態を把握できていなかった。
それも当然だ、そんな不測の事態をどうやって予測しろと言うのだ。
ともあれ中に入らない事には話は進まない。ナギトを含めた一同は旧校舎の内部に進入した。
扉の先はもはや旧校舎と呼べるものですらなかった。第七層の時のような異空間が広がるのみだ。
しかも、今回はそれが旧校舎の入口から直接繋がっていた。あの昇降機があった部屋に続く扉さえ跡形もない。
《灰の騎神》ヴァリマールを手にするために、Ⅶ組は旧校舎に潜った。文字通り、地下へ地下へと歩を進めたのだ。しかし、今回の昇降機の行先はどうやら上らしい。上に登った先にはヴァリマールの他に別の騎神でも封じられているとでも……、と言うのは冗談にしても。
この異変の原因がわからない事には、これが悪性によるものなのか、そうでないのかはわからない。
Ⅶ組は協力者の力も借りて、この夢幻回廊とでも言うべきダンジョンの攻略に乗り出した。
夢幻回廊の攻略メンバーの数は協力者も含めて20人に及ぶ。そのため、探索メンバーと休憩メンバーに分かれて攻略を進めていた。
その途中で、ナギトとリィンとクロウが同時に休憩メンバーになり、ナギトは二人にトマスから呼び出されている事を告げた。
あの2人もナギトと同じく忠告を受けるのだろう。この内戦はあくまで激動の時代への序曲でしかない事を。
やがて2人が戻ってきて夢幻回廊の探索も後半に入る。
終わりは近く、ナギトは自らの未来に想いを馳せる。
トールズを卒業したら、まずはレグラムに行こう。ヴィクター・アルゼイド子爵にラウラと交際してる事を伝えないと。たった1人の愛娘だ、どんな反応をするのかと思うと今から笑みが止まらない。
次はやっぱりユミルかな。記憶を取り戻した事、シュバルツァー家を出る事は伝えなければならない。感謝を伝えて、これからもリィンとは義兄弟のままでいる事を許してもらわなければ。
ああ、あと老師にも会わなきゃ。俺はちゃんとあなたの息子として恥じない剣士に成長したと、この姿を見せなきゃいけない。
忘れるところだった、共和国にも行かなければ。あの辺境の遊撃士協会支部での出来事は俺にとってとても有意義な月日だった。その感謝と、突然去ってしまった事への謝罪をしなければ。
……ああ、やる事がたくさんだ。やりたい事がいっぱいある。やらなきゃいけない事も。
「─────消えたく、ねぇなぁ……」
☆★
永遠に続くかと夢幻回廊も、ついに終点を迎える。白い闇の先にあったのは、いつか見た、灰の戦場。
灰の如き砂の積もる、戦場跡のような景色。地面に突き立つ無数の剣は墓標のようにも見えた。 しかし、そんな世界に異物が存在した。Ⅶ組が足を踏み入れた地面は灰の砂ではなく、煌魔城の緋の玉座を模した場所だったのだ。
つまり、Ⅶ組と協力者たちが見ている光景は、灰の戦場跡にぽつんと緋の玉座のようなものがある、というどこか不自然なものだった。
だがここで、ナギトだけが別のものを見ていた。
「やっぱり………来ると思ってたよ」
「ここは、そういう場所だからな」
景色が風化する。色彩が喪われて目の前の男だけが黒々とした色を放っている。
周囲にはいつの間にか自分たちだけしかおらず、ここが異界である事を理解した。
「よう、俺たち」
ナギトはあえて気軽に手を挙げた。挨拶として放たれたそれをもう1人のナギト──願いの化身はため息で迎え撃つ。
「……何だよ」
大きなため息にたじろぐナギトに、願いの化身は「お前な」と告げる。
「今もまだ思い悩んでるの、わかってんだぞ。消えたくねー、って無様に心が喚き散らしてるのをな。そういう強がり、もう身体に染み付いてんな…ナギト・シュバルツァー」
「む……」
「俺たちはお前だ、お前の一部だ。だからそういうのはわかる。でもお前はもう俺たちじゃないんだな」
願いの化身の言葉にナギトは疑問符を浮かべる。そんな様子に化身は「はっ」と鼻で笑った。
「お前はホンっトーにどうしようもない大馬鹿だ。俺たちの大願は“クロウの生還”…それだけだ。それなのになんだ? リィンと義兄弟?Ⅶ組の一員?ラウラといい感じ?」
それはナギトがこれまでやってきた事だ。その全てがナギトの選んだ道ではないが、その全てがあるかるこそ今のナギトがある事は確か。
「───ふざっけんな!! 俺たちはただクロウに生き残って欲しかっただけだ!それを……こうも物語に介入しやがって…!俺たちの大好きな“閃の軌跡”が台無しだろうが」
「それは………えっと、すみません」
ぶっちゃけた話、願いの化身が言っている事はわかる。ナギト自身、この物語にテキトーなキャラクターが介入して原作ぶち壊しとか発狂案件だ。
「……でも」
「黙れい! 俺たちが喋ってんだよ!」
有無を言わさぬ願いの化身。怒髪天を衝くとはこの事だ。
「だいたいお前は好き勝手やり過ぎだ。何だよ、貴族連合に参入するとか。いくらスパイ目的でも限度ってもんが───」
───と、化身の小言は続く。いくらでも捲し立てられそうな舌にナギトは口を噤むしかない。
5分もしただろうか、化身の口撃も収まって、チラリとナギトが視線を上げると同じ顔と視線が交わった。
「────けどまあ、悪くなかった」
端的に言ったセリフに「は」とナギトは息を飲み込んだ。
「面白かったよ。お前という人間が増えた閃の軌跡は」
「え、いや……え?」
「記憶喪失で、八葉一刀流の剣士で、《剣鬼》なんて過去があって、挙句の果てにはヒトの形をしたバグだった───なんてトンデモ設定だったけどな」
「………お前が言うのかよ…………」
化身の言葉にナギトは苦笑いしながら言葉を返す。2人で少し笑い合って、穏やかな顔のまま化身が告げた。
「そんなお前に朗報だ、ナギト・シュバルツァー」
化身は一旦言葉を区切って、やはり穏やかに笑って続ける。
「この世界で、お前という存在が確立した」
「…………、…………………?」
考えてみたが、ちょっと意味がわからなかった。
「“?”じゃねえ! わかんねえのか!? お前はこれからも生き続けられるって事だ!」
その言葉に、俺は─────────────。
「………、…マジ、か? 嘘じゃね?え、嘘だよね?」
「ちったあ希望を信じろ。………泣いてるくせに」
「泣いてねえやい!」
制服の袖口で頬を拭った。何だか初めて、この赤い制服が自分のものになった気がして、また頬を拭う。
「でも、なんで?」
ひとまず現実を受け入れた。これからも生きられるという希望の道。受け入れたからには、どうしてそうなったのかが気になるところ。
「さっきも言ったが……、お前は俺たちじゃなかったからだ」
それは化身が先程も語った言葉。
願いの化身───“クロウを救いたい”という願いが織り重なって生まれたのが“俺”という“特異点”だ。“俺たち”というのは化身の裡側で織り重なった願いの声が複数あるからだ。それはつまりクロウ救済を願った魂の数だけ。
そんな中、運命の強制力──システムの抵抗で記憶を失って生まれたのが“ナギト”という人格だった。────正確には“人格らしきもの”だが。
そんな“人格らしきもの”はユミルで郷の皆と触れ合い、トールズでたくさんの友人に恵まれ、帝国各地で様々な縁を結んだ。
「俺が紡いだ縁が、俺をこの世に留める“重石”になった………」
「そうだな。あるいは“鎖”か………。まあ、おめでとさんだ」
化身の言葉に「ありがとう」と言ったナギトは返す言葉で尋ねる。
「でも俺たち───いや、お前たちはどうなる?」
「俺たちは消えるさ。この後日譚の終わりと一緒に。俺はナギトじゃないからな」
軽々に言う化身に、ナギトはどこか物悲しさを感じる。
「────、そうか」
それを飲み込んだところで、化身は言った。
「話を変えるが、もうひと山ある」
「え?」と聞き返すナギトの横───緋の玉座で影が盛り上がった。
「…来たか」
化身が呟き、影は緋の玉座でぐねぐねと踊った。
「あれは───」
「システムの最後の抵抗だ」
ナギトの疑問に化身が答える。
「……まだ何かあるのか」
「気を抜くなよ。今はまだアディショナルタイムってところだ。逆転される恐れがある」
呆れたようなナギトの声音に、しかし化身は警戒を促す。額には玉の汗があるように見えた。
「どういう事だ…?」
「前提から言うが“クロウの生存”は“ナギトの存在”あってこそだ。……お前がここで負けて“ナギトの存在”が最初からなかった事にされれば……」
化身の説明に思考を巡らせる。思い当たったのは最悪の可能性。
「───“クロウの生存”までなかった事にされる」
「そういうことだ」と肯定する化身。2人が話す間に影は形を変えていく。
幻獣からロア=エレボニウスへ。ロア=エレボニウスから《灰の騎神》ヴァリマールへ。《灰の騎神》ヴァリマールから《
目を細めるナギトに化身は告げる。
「《紅き終焉の魔王》………現状最強最悪の敵だな。……やれるか、ナギト」
「やるしかないならやるだけ…だけども! なんであんなのが生えてきてんの?」
「
《紅き終焉の魔王》は騎神2騎、Ⅶ組に加えて《蒼の深淵》が協力してやっと倒せた相手だ。
それをたった1人で打ち倒せとは─────
「はっ、いいね。滾る……!」
兇悪に嗤う。
しかしそれは紛れもなくナギトだ。これまで積み上げてきたナギトらしさ────数多の人と縁を結べたナギトの個性だ。
「……手助けは期待するなよ。代わりにひとつ助言してやる」
太刀をすらりと抜いたナギトの背中に化身が語りかける。
「“特異点”を使え」
“特異点”とはナギト自身の事ではなかったか。そんな疑問を口にするより早く化身は言い放った。
「あの紅蓮の魔王はおそらく、本来の魔王を上回る強さだろう。わかりやすく言えば全パラメータ無限みたいなもんだな」
「それ勝てるか?」とぼやくナギトだが化身は無視して続けた。
「だが、俺たちの本質はバグ───ゲームのデータをぶっ壊す最悪だ」
「つまるところ、“
「それだけじゃねえよ。俺たちの力は言わばデータの改竄。この世界に対して特攻を持つ」
「くっそチートじゃん」
「そうだ。この力を使えればクロウの生存ももっと楽だったかもな。…………これまでは俺たちがいたから無制限に使えたはずだが……、これ以降はもう使えないだろうな」
「使えない?」
「正確には使えるだろうが、代償が必要になる。それはおそらく存在そのものだ」
「こえーな、使わんとくわ。んで、まだお前がここにいるって事は、その特異点としての力は振るい放題って事でいいか?」
「そうだ。やれるか? ってかやれ」
軽妙にやり取りを交わすナギトと化身。本質は同一だからか、会話のテンポが噛み合う。
しかし、本質は同じ、根っこが同じでもナギトは“特異点”から分たれて“ナギト”ととして確立した以上は差異はある。
化身からの言葉にナギトは応える。
変態を遂げて真に魔王と化した紅蓮を前に笑んだ。
「やってやるさ。俺を誰だと思ってる?」
太刀を、構える。
「───知ってるさ。やってやれ、
ニヤリ、笑って。
「──願いを織りて生まれしこの身、願い叶えて未だ在り」
太刀に、己の存在を乗せる。
特異点という世界を変える存在を乗せる。
“八葉一閃”に全てを解放する力を乗せるのだ。
「──在りて続けばこの身世界に変革を齎さん」
それは祝詞のようであった。
「────千の人に千の軌跡を」
否、事実それは祝詞であった。
世界を定められた軛から解き放つ。その祝福を寿ぐ言葉であった。
「─────
☆★
時間が経つというのは案外早いもので。
あの旧校舎の一件があってからの学院生活は一瞬で過ぎていった。
「光陰矢の如し、か」
なんて呟いた日にはクロウに盛大にバカにされたが。
とうとうトールズ士官学院を卒業し、Ⅶ組が別れる日が来た。
Ⅶ組全員がトリスタ駅前に集まり、別れを惜しまぬ、湿っぽい事はなしの雰囲気で思い思いに言葉を紡ぐ。
サラにこの一年の指導の感謝の言葉を告げる不意打ちも成功し、見事にオチがつく。
それぞれの目的地に向かうため駅に入ったところでナギトがひょこっと顔だけを戻して「リィン」と呼んだ。
「なんだナギト、忘れ物か?」
「ああ、ベッドの下のエロ本を処理しといてくれ───って、そうじゃなくて」
いつもと変わらぬやり取りにやはり、2人とも笑んで。
「俺たちは義兄弟だ。いつまでもな。達者でやれよ」
そんなナギトの不意打ちに、リィンは少し涙ぐむ。
「バカ………、不意打ちか?」
「正解」とナギトはがははと笑う。最後に「じゃあな」と手を振って今度こそ別れた。
駅のホームでクロウの隣に座る。ナギトとクロウはここから東と西で早くも別れる事になっていた。
やがてジュライへ向かう列車が来て、それに乗り込むクロウの背中を呼び止めた。
「クロウ、生きろよ」
「なんだ突然。言われなくても拾った命だ。精一杯生きてやるさ」
言われなくてもクロウはわかっていたらしい。
しかし、ナギトは何度もクロウの死を看取ってきたプレイヤーの願いの化身。その生に感謝と祝福を贈らずにはいられない。
「ああ、生きろ。今を、力一杯生きろよクロウ」
クロウはニヒルな笑みと共に列車に姿を消す。
やがてレグラム行きの列車が来て、数名の友と共にそれに乗り込んだ。
まずはレグラムだ。ヴィクターにラウラとの交際を報告せねば。次はユミル。シュバルツァーの名を返上すると共にテオに感謝を伝えなければ。
未来の展望を夢想してナギトは微笑む。
やりたい事が、たくさんあるんだ。
だから。
「俺も生きよう。この素晴らしい世界を」
THE END
and
To be continued
完結ッ!完結です! 思ったより時間がかかった……
完結ですが、ナギトのやりたい事はたくさんあるので、この“八葉を継ぐ者”はタイトルを変えて新たに別枠で連載を始める予定です。
ここまで読んでくださった読者諸兄には感謝を。ありがとうございました。
そして、今後も八葉を継ぐ者をどうぞよろしくお願いします。