仕事の合間に仕事する…みたいな感じですかね。仕事じゃないけど。
貿易地ケルディック。
その名の通り貿易が盛んな街であり、大市で賑わっているのが特徴である。
「さて、それじゃまずは宿にチェックインしましょうか。あそこに見える《風見亭》よ。ビールがおいしいのよね〜」
と、サラが差したのは宿酒場《風見亭》。一階が酒場、二階は宿という帝国では珍しくもない店だ。A班の面々はサラに促されるままに風見亭に向かって歩いていく。
それを離れた場所から見やる人影があった。
「おやおや、あれは《紫電》のお嬢さんに………よもや《剣鬼》もいるとは。それにあの制服は……ふむ、どうやら魔女殿の言っていたあの線が現実味を帯びてきたかな……?」
白い外套の貴族衣装を着る青年。しかし貴族と言うには少しばかり胡散臭く、なんならヘンテコなステッキと羽をあしらった仮面が似合いそうな風貌の人物。
「ふふ……気まぐれで立ち寄ってみたが、面白い事になりそうだ」
妙な視線を感じて振り返るナギト。しかし、ケルディックの駅前から風見亭までで自分たちを見ていたような輩はいない。「気のせいか」と呟いて納得して、クラスメイトたちに続いて風見亭に入るのだった。
風見亭にチェックインしたA班は荷物を下ろすために部屋に入る。しかし、その部屋というのがどうやら1つしかとっていないらしく、男女で寝食を共にするらしい。一部屋にベッドが5つ、綺麗に並んでいた。
「これはサラ教官の配慮らしいけど……つまり、そういう事ですよね?男女間の仲を深める(意味深)っていう……」
「ちょっと!ありえないんですけど!年頃の男女が一緒の部屋で寝るなんて!サラ教官は何を考えてるの!?」
わざとらしく肩をかき寄せて言うのならまだしも、アリサのそれはガチだ。ガチで嫌がっている。というかナギトもナギトだった。うら若き乙女達の前で冗談は冗談でも悪い冗談が過ぎた。
そんなアリサの言い分も確かではあったがラウラにたしなめられる事となる。
“我々は士官学院の学生であり、将来軍人になれば男女の別などない”という内容の正論で。
有史以来、正論は人をイラつかせても救った事はない……あえて会話にまざらず、そんな事をぼんやりと考えるナギトだった。
アリサはしぶしぶながら……本当にしぶしぶながら納得した。
「うー……仕方ないわね。…でも男子!ちょっとでも怪しい動きをしたら許さないからね!エリオットはまだしも、誰かさんは前科があるし、誰かさんは常にいやらしい顔してるし!」
「言われてるぞリィン」
「前科っていうのは俺だけど、常にいやらしい顔してるのはナギトだろ」
「あぁん!?お前だってオリエンテーリングの時ーーーっ痛い!イタタタタ!痛いですアリサさん耳引っ張らないで!?」
「さ・っ・さ・と・い・く・わ・よ……!」
忌まわしい記憶を思い出さないように!と言わんばかりの怖い笑顔でナギトの耳を引っ張りながら部屋から出て行くアリサ。残った面々は苦笑いするしなかったという。
☆★
その後、実習の課題についての書類が入っている封筒を開放し、中身を拝見。
内容は、このケルディックの人々からの依頼だった。
手配魔獣の討伐に、導力灯の交換、教会のおつかいなど多種多様な依頼だ。
これはいったいどう言う事なのだろうか?そんな疑問をぶつけるべく酒場で昼前ながら酒とツマミをいただいているサラに話しかけてみた。
サラによると【必須】と書いてある依頼以外はこなさなくても良いとの事。
ただし、そこらへんの判断も特別実習の評価に繋がるらしい。
宿酒場から出たナギトらは、依頼をこなす事にした。
まずは西ケルディック街道に出て導力灯の交換。
途中に現れた狼型の魔獣の群れはラウラのSクラフトで一掃した。
Sクラフトは通常の
そうこうしているうちに依頼のひとつである手配魔獣と遭遇する事になった。
先手必勝!という事で、まずはアリサ、エリオットによるアーツで戦端を開く。
うろうろしていた所を攻撃され、怯んだ魔獣に詰め寄るのはA班の剣士3人。
「合わせろリィン!」
「任せろ!」
戦術リンクを結び、いつも以上に息ぴったりの2人による紅葉切り。それはアーツで怯んだ魔獣をさらに硬直させ、生じた隙には待ってましたとばかりにラウラの剛剣が叩き込まれる。
現状で考え得る理想的な連携。ファーストコンタクト。しかしそれだけで斃れてくれるほど易しい相手なら手配魔獣とはされないだろう。
A班の初撃を耐え切った魔獣は叫び声をあげる。敵を威嚇するためか、自らを鼓舞するためか。
そのハウリングの直後、眼前にいたラウラに向けて鋏にも似た剛腕を振り下ろす。
それは大剣で防御するが、その威力に思わずたたらを踏むラウラに魔獣は追撃を行う。
そうはさせじとナギトは疾風で斬り込み、魔獣の尻尾を切り落とす。今度こそ痛みに喘いだ魔獣を油断なく見据えるナギトの頬には一条の傷があった。
それは魔獣の攻撃によるものではなく、アリサの矢でできた傷だった。ナギトと同じくラウラのカバーをしようと放った矢がナギトを掠めたわけである。ナギトからすれば“後ろにいるなら前の奴の動きくらい見てろバカ!”であり、アリサには“いきなり射線に入らないでよバカ!”という言い分がある。単なる連携不足であった。10リジュもずれていれば頭を穿っていたであろうと考えれば2人とも内心冷や汗ものだったが。
そんな事はあれど、隙は隙である。エリオットのアーツが再び放たれる。アクアブリード。打ち出された水弾は魔獣の顔面に激突し、衝撃で上体がのけぞった。
「ラウラ、足元崩せ!」
「承知!」
好機と見たナギトはラウラに指示を出し、ラウラは間髪入れずに地裂斬を繰り出して魔獣の足元を抉った。体勢を崩した魔獣。これ以上ないチャンス。
「リィン!」
「ナギト!」
どうやらリィンもナギトと同じく考えのようで、同時に互いの名前を呼んだ事に苦笑しながら太刀を構える。
「三の型、業炎撃!」
大上段に構えた太刀から炎が立ち昇る。業火を纏った剣を力任せに叩きつけ、それでようやく魔獣はこと切れるのだった。
☆★
その後、依頼達成の報告を行い、ケルディックに帰還したA班一行だったが、なにやら大市が騒がしいようだ。
行こうと言うので行ってみると、そこでは2人の商人が今にも取っ組み合いを始めようとしている所だった。
それを慌てて止めると、タイミング良く大市の元締めオットー氏がやって来ていさかいを納めた。
商人2人の喧嘩の内容は、大市正面の場所をどっちが使うのか、というものだった。
これについての申請は領主に行い、期間と場所を指定されるのだが、今回の問題は商人2人共、大市正面の場所を使う許可を得ている事だった。
しかも期間まで同じ。正面という目立つ場所ゆえに商人たちのヒートアップも仕方ない面もあった。
これについて元締めオットーに聞くと、少し前に大幅の増税があり、それについての陳情をやめない限りは領邦軍(各領地を治める貴族が持つ半正規軍のようなもの)は動かず、今回の商人2人の喧嘩のような事態もたびたび起きるようになった……とのこと。
大市についての許可は領主が下すため、今回のようにわざと場所と期間を同じにすれば喧嘩を起こさせて、大市の売り上げも下げられるし、それを仲裁するはずの領邦軍も動かないとなるとさらに売り上げは悪化する。
となれば陳情を取り下げなければいけないので、ケルディック大市としては困るわけだ。
「というかそれでケルディック大市が過疎りでもしたら、それこそ税収ダウンじゃないの?もしかして領主様ってアホでらっしゃる?」
オットーの話を聞き終え、A班は宿酒場に戻り夕食を楽しみながら、そういった雑談を交わす。ちなみに発言者はナギトだった。
「その辺はバランスを取ってるんでしょうね。生かさず殺さず…真綿で首を絞めるみたいに……」
「というか、ケルディックの増税主はクロイツェン州を治めるユーシスの父親だぞ?」
アリサが妙にリアリティのある怖い発言をして、リィンが増税主について言及する。
「そういやそうか」とナギトは思い出す。エレボニア帝国を四分し管理する四大名門。その一角であるアルバレア公爵家は帝国の南西部クロイツェン州を統括している。
クラスメイトのユーシスを見ていると、優秀という言葉が良く似合う男という印象を受ける。何事もそつなくこなす美男子ーーーナギトからすれば字面だけで腹が立ってくるくらいだ。
しかもその兄貴は絵に描いたような貴公子で、社交界の噂はとある放蕩皇族と二分するほどだという。
そんな人物たちの父親が、こんな後先を考えない増税をするか?と疑問が生まれるが“優秀な人物の血族が全員優秀なわけもないか”と結論する。
そんな感じで話は進み……
「しかし…この急な増税は、何かの準備なのかねぇ……」
夕食を食べ終えて、優雅に紅茶を啜りながらナギトは言った。わざとらしく“何かの準備”を強調して。まったく優雅ではなかった。
「準備…と聞くとちょっと嫌な予感がしちゃうね。革新派と貴族派の対立が深まってるって聞くし…」
「領邦軍の軍拡の話もあったわね。……まったく、内戦でも起こすつもりなのかしら?」
「さすがにそこまで愚かな事はしないはずだ。帝国正規軍は精強……おそらく相手と同等以上の力を持つ事で交渉を有利にするつもりなのだろう」
「なるほどな、そういう考え方もできるのか……」
そうした雑談と言うには物騒な雑談がひとしきりした所で、
その後、話は《Ⅶ組》について、からトールズへの志望動機に変わる。
ラウラはある人物に近づくためと言った。
アリサは“自立”するために、家を出たかったと。
エリオットは本当は音楽系の学院に通いたかったそうだ。
「俺は……自分を見つけるためかな」
リィンは問いに対してそう答えた。
「ぶふっ」
くっさ!くさい!これはくさい(確信)!
危うくラウラに紅茶を吹きかけてしまう所だったじゃねーかリィン!
「げほっげほっ……げほげほげほ」
これはあかん。紅茶が気管に侵入してきた。やべぇ、咳が止まんねぇ。
大丈夫、続けて。とジェスチャーをして会話を続けさせるがナギトの咳のせいで微妙に締まらない雰囲気になってしまった。
ナギトの咳が止った頃、よくやくリィンの「……自分を見つけるためかな(きりっ!)」についての説明も終わったらしく、次はナギトの番となった。
「ナギトはどうなの?」
「それはもちろん、女の子との出会いが目的で」
「ふ、不純だね……」
不純ってなんだエリオット。
思春期の男って言うのはな、みんな色々と建前を立てちゃいるが、ほとんどは出会い目的の行動をするもんなんだよ。
…と心の中だけで反論する。すでに全員からの視線が痛い。ジト目の威力を身をもって知った。
「というのは冗談半分で。俺は1年以上前の記憶がないから。自分が今後どうやって生きて行くか……この士官学院で見つけられたらなぁ、って感じかな」
言葉にしたらリィンの「〜以下略(きりっ!)」とほとんど変わらない件。学院に提出した願書の志望動機にはそう書いた記憶がある。
実は“楽しそうだから”というのが1番の理由だが、勉強はきついし実技もしんどいのはわかってたのに、何故楽しそうだからと思ったのは自分でも謎だ。
まあ、それだけじゃ志望動機としては不足していて、シュバルツァー男爵家にミラを出してもらう以上は、テオ・シュバルツァー男爵言われた“リィンを見守る”というタスクはこなすため…という理由もあった。
「へえ、意外と真面目なのね」
「いつもの様子からは想像できない理由だな」
と、女性陣。
「あれ、おかしいな?なんか俺の評価がすごく低いのは気のせい?」
「気のせいじゃないだろうな」
「気のせいじゃないだろうね」
と男性陣。
「当たりきつすぎてぴえんだわ」
と、そんなこんなで笑い話も終わったし部屋に戻ってレポートをまとめよう……として階段を登る前にラウラに声をかけられた。
「リィン、ナギト」
「ん、なんだ?」
「へい、なんでしょう」
振り返って見たラウラの表情はどこか神妙なものがあった。あんまりふざけてはいられない雰囲気であると察したナギトは表情を引き締めた。
そして、ラウラは意を決したように訊いてきた。
「そなたたち、どうして本気を出さない?」
一瞬の空白。どうしてラウラがそういう発想に至ったのか理解する工程。色々な要素が頭の中を駆け巡る。
「そなたたちの太刀筋…《八葉一刀流》に間違いないな?かの《剣仙》ユン・カーファイが興したとされる東方剣術の集大成。皆伝に至った者は理に通じるとされ、《剣聖》と呼ばれるという……」
ラウラはリィンとナギトの2人が八葉一刀流の剣士だと見抜いていた。ていうか「見たか…八葉が一刀!」なんてリィンがバトルを締めるから割りとバレバレではあったのだが。
「父上にも言われたのだ。剣の道を進むのなら、いずれ八葉の者と出会うだろう…とな」
その時のナギトは微妙な表情をしていた。何と答えるべきか。記憶喪失の件もあるし、ほとんど推測だからなー、と。あるいはリィンに全任すっか、とも。
「確かに、俺たちが扱うのは八葉一刀流だ。俺は一時期、ユン老師に師事してた事もあった。だけど、剣の道に限界を感じて修行を打ち切られた身だ。俺はただの初伝止まり……期待させたのなら謝るよ」
リィンは少しだけしゅんとした様子でそう言った。あくまで“俺は”と言っているあたりナギトについて語るつもりはないらしい。
「いや、そなたが謝る必要はない。して、ナギトはどうなのだ?」
ラウラはリィンの言葉に若干の不快感を一瞬だけ滲ませて、次はナギトに訊ねる。
「俺は……1年以上前の記憶がない。だから、俺が八葉一刀流を使えるんだとしたら、それはリィンの教えによるものだ」
未だどう答えるか決めかねていたナギトは事実のみを説明する。
これは“普通に考えたらそうなる”という回答に過ぎない。
しかし、推測ができている以上はそれを語らない事にも座りの悪さを感じたナギトはまた微妙な表情になった。
「そうか……よい稽古相手が見つかったと思ったのだがな。外で素振りをしてくる」
ラウラは残念そうに言うと外へ出て行ってしまった。
これでいいのか、と自問する。
“剣”の道に生きている以上、“剣”について真摯に来られたら、真摯に返すべきなんじゃないか?
「あー、くそ」
くだらない。こんな理由付けはいらない。自分が嫌になる。
ナギトはただ、自分の事をラウラに知って欲しいだけだ。例えそれが真実でなくとも、推測混じりであろうとも。
「ちょっとラウラと話してくる」
ナギトはリィンにそう告げると、ラウラの後を追って外に出た。
風見亭から外に出ると、少し歩いた所でラウラが素振りをしていた。
一抹の不安も、迷いも、畏れも、何もかもを振り払うような、断ち切るような、感じさせないような素振り。
なんてまっすぐなんだろうか。
この娘がこのまままっすぐに剣の道を歩んでいったとしたら、どれどけの傑物になる事か。
「ラウラ」
「……ナギトか。何用だ?」
ちょっと対応が冷たいのは気のせいじゃない。
さっきの会話で気に障ったセリフがあるはずだ。
「……本当の事を話したい。俺の、八葉一刀流についての」
「本当の事?」
ラウラはそこで素振りを止め、その瞳を俺に向けた。
すべてを包み込むような……それでいて何もかも切り裂くような琥珀色の瞳。
「ああ。俺の実力について」
ナギトは躊躇わずに言った。隠さないと、決めていた。
深呼吸をして「広い場所に行こう」と歩き出す2人。
「俺は、戦いというのは互いに向き合う前から始まっているものだと思ってる。考えて、考えて、考える。そうする事でどんな事態にも対応できて、どうやって自分を押しつける戦いができるのか。相手に何もさせないにはどうすればいいのか。それを考える奴が強いんだと思ってる」
「兵法の1つにもそのような文言はあるな」
ナギトの言葉を否定したいのだろうか。冷たい口調でラウラはそう返事をした。
まあ、ラウラは正々堂々が大好きな騎士道まっしぐらの剣士だから、想定内の反応だ。よーいドン、で戦いを始めたいタイプなのだろう。
「……考えて戦う。例えば、俺がラウラと戦う事になったとして。俺が戦闘中に胸を揉んだらお前は動揺するだろ?その時に俺が斬りつければ、はい俺の勝ちってなるわけだ」
「なっ……!?」
ラウラは絶句して足を止める。例えば、と前置きしたが想像してしまったのだろう。赤面しながら、動揺が見て取れるようにプルプルと震えていた。
「ち、乳を……いや、私はそんな事で動揺などしない!さ、さあ!揉むが良い!」
揉むが良い!ではない。意地を張っているのが丸わかりなのに、そんな事を言うものではない。
ラウラのお胸を堪能する大チャンスに見えて落とし穴だ、これは。
「そんな事言って、いざ揉んだらキレるんだろ。知ってる知ってる…リィンとアリサがやってたやつね」
勇気が出なかったとか、そんなわけではない。決して。
「まあ、俺が言いたい事はだな。人は考えて戦う方が強いはず。感覚だけで戦うよりは、どうやって相手を下すのか常に思考している者が強い……という事。だけど、皮肉な事に俺の場合は思考を行わない、感覚だけで戦う方が考えて戦うより圧倒的に強いんだよ」
ナギトの言葉にラウラはハテナマークを浮かべる。
さもありなん。どちらにしろ使える
だったら無思考で戦うより、どう相手を打倒するか考えて戦う方が強い…という自らの結論を否定する発言。
東ケルディック街道まで出た。
「お喋りは、これにてお仕舞い」
「え?」と立ち止まるラウラから数歩離れて太刀を抜き放つ。ナギトの雰囲気はいつもの洒脱なものではなく真剣そのもの。
ここまで真面目なナギトをラウラは初めて見た。
「口で説明するより体感した方が速かろうよ。……ラウラ、3分で良い。集中を切らさずに俺の攻撃を待て」
色々と聞きたい事はあったが、ラウラも剣を鞘から引き抜いた。
気圧された、以上に愉しみに心が震える。
「……いいだろう。今のそなたはまるで抜き身の剣のようだな。それがより研ぎ澄まされるというのなら、いくらでも待とう」
ありがとう、なんて言わない。ナギトは目を瞑り、集中を始める。いや、正確にはなにもしない。ただ、頭を空っぽにする。
思考という思考を排除するーーーーという思考すら邪魔だ。
思考だけじゃない。この器に居座るナギト・シュバルツァーなんて人格も不要だ。戻れ。戻れ。戻れ。記憶を失う前の剣の鬼に。
剣鬼七式 外ノ太刀、雷の型 迅雷
太刀を構え、駆けて、ラウラの首元にそれを置いた。
「……ッ なに!?」
驚愕のラウラの表情。
無我状態を解くと、一気に思考の渦が脳内の天地を埋め尽くした。
「これが、俺の本気の速度だ。さっきの状態だと、スピードだけでなくパワーもテクニックも、通常の俺とは次元が異なる高みへと至る」
太刀を納めて、言葉を続ける。
「何か感じられたか?俺の動きを察知できたか?認識できたか?」
ラウラは悔しそうに「まったく見えなかった」と返す。
「これが俺の真の実力……普段は発揮できない本気ってやつだよ」
それからナギトは順序立てて説明していった。
俺が1年前にシュバルツァー家に拾われて、リィンに八葉一刀流を教わった事。
その際、付近に落ちていた太刀(今も使っている)が手に馴染んでいる事。
1年という短い期間では弟子が師の技を超えるのは不可能だろうという事。
そして、無我状態になると師であるはずのリィンを圧倒できるような力を発揮できる事。
「これらの要素を組み合わせて考えてみると、1つの可能性が浮かび上がる」
「1つの可能性……?それはいったいなんたのだ?」
ラウラはナギトの言葉に興味深々だ。
次のセリフも半ば予想できているだろうから興奮も覚めやらぬ…といった様子。
「それは…記憶を失う前の俺が、リィンを遥かに上回る、それこそ《剣聖》クラスの八葉一刀流の使い手であった可能性だよ」
「ふ、ふふ……」
俺の言葉を聞くと、ラウラは不敵に笑い始めた。
なんだろう?ラウラの戦闘狂が発動しそうな気がする。
「やはり、父上が言っていた事は本当だったではないか!よしナギト、今すぐ手合わせしてくれ!さあ、さあ!今すぐヤろう!」
夜の個室だったなら喜んでルパンダイブしていた所だが。
さすがに大胆過ぎますラウラさん。
なんて言えるはずもなく、今日の所は勘弁してもらう事になった。
これからはナギトが週一で顔を出すフェンシング部でなら手合わせしてもいい、という条件を出したら、渋られたもののなんとか承認は得られた。
さすがに四六時中ヤろうヤろうって言われたら、意味が別だとわかっていても興奮しちゃうもの。
その後、ナギトとラウラは宿酒場に戻り、リィン、エリオット、アリサに指導されつつ実習のレポートを書き上げて就寝するのだった。
こうしてⅦ組の初めての実習の夜は更けていく。
波乱の2日目、夜明けは近い。